わいせつ電磁的記録等送信頒布被告事件(立川支部R4.3.22 東京高裁r4.10.6)
アメリカから頒布するのに、日本刑法を適用するのはどうなんだ。関与したアメリカ人が日本に来たら逮捕されるというのは行き過ぎではないかという論点もあったと思います。
判例秘書
わいせつ電磁的記録等送信頒布被告事件
東京地方裁判所立川支部判決令和4年3月22日主 文
被告人を懲役2年及び罰金200万円に処する。
その罰金を完納することができないときは,金1万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判が確定した日から3年間その懲役刑の執行を猶予する。理 由
(罪となるべき事実)
被告人は,インターネット上の動画販売サイトを利用して,不特定多数のインターネット利用者にわいせつな電磁的記録である動画ファイルを頒布しようと考え,氏名不詳者らと共謀の上,不特定の者であるAに対し
1 令和3年9月22日,あらかじめ氏名不詳者らをしてアメリカ合衆国内に設置された「B」が管理するサーバコンピュータに記録・保存させた男性の性器等を露骨に撮影したわいせつな電磁的記録である動画ファイル「C」1点を,動画販売サイト「D」を利用して同サーバコンピュータにアクセスした前記Aをして,東京都台東区西浅草1丁目3番1号警視庁菊屋橋庁舎に設置されたパーソナルコンピュータに送信させる方法により,同パーソナルコンピュータに記録・保存させて再生・閲覧可能な状況を設定させ,
2 令和3年10月29日,あらかじめ氏名不詳者らをしてアメリカ合衆国内に設置された「B」が管理するサーバコンピュータに記録・保存させた男性の性器等を露骨に撮影したわいせつな電磁的記録である動画ファイル「E」1点を,動画販売サイト「D」を利用して同サーバコンピュータにアクセスした前記Aをして,東京都小平市小川町2丁目1264番地の1警視庁小平警察署に設置されたパーソナルコンピュータに送信させる方法により,同パーソナルコンピュータに記録・保存させて再生・閲覧可能な状況を設定させ,
3 令和3年11月4日,あらかじめ氏名不詳者らをしてアメリカ合衆国内に設置された「B」が管理するサーバコンピュータに記録・保存させた男性の性器等を露骨に撮影したわいせつな電磁的記録である動画ファイル「F」1点を,前記「D」を利用して同サーバコンピュータにアクセスした前記Aをして,前記警視庁菊屋橋庁舎に設置されたパーソナルコンピュータに送信させる方法により,同パーソナルコンピュータに記録・保存させて再生・閲覧可能な状況を設定させ,
もって電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録を頒布したものである。
(証拠の標目)
(法令の適用)
罰条 包括して刑法60条,175条1項後段
刑種の選択 懲役刑及び罰金刑を選択
労役場留置 刑法18条(金1万円を1日に換算)
懲役刑の執行猶予 刑法25条1項
(量刑の理由)
本件わいせつ電磁的記録等送信頒布の犯行態様は,インターネットを通じ,不特定多数の者らを対象として行われたものであり,性生活に関する秩序及び健全な風俗を著しく害したものである。被告人は,その供述するところによれば,自らアダルトビデオ動画を製作しモザイク修正を施してインターネット上で販売していたところ,その売上げの増進を図るため,共犯者と共謀して本件犯行に及んだというのであり,本件は継続的,職業的犯行の一環として行われたものであり,厳しい非難を免れない。
したがって,被告人の刑事責任は軽視できず,本件が継続して利得の獲得を目的として行われたことを踏まえ,懲役刑に加え,罰金刑を併せ選択するのが相当である。これに対し,弁護人は,被告人が販売で得た利益を費消していないこと等を理由に,罰金刑を科すべきでないと主張するが,被告人は,その自認するとおり,本件により経済的利益を得ていたものである。被告人が利益を費消していないことが罰金刑を免れる理由とはならない。
他方,本件動画は削除されていること,被告人は,事実を認め再犯に及ばぬ旨述べるなど,反省の情を示していること,当然のこととはいえ,本件手続きにおいて一旦は身柄を拘束され事実上一定の制裁を受けていること,前科がないことなど,被告人のために酌むべき事情も認められるので,今回に限り,その懲役刑の執行を猶予することとした。
(検察官 G,私選弁護人 H(主任),I 各出席)
(求刑 懲役2年及び罰金200万円)
令和4年3月22日
東京地方裁判所立川支部刑事第3部
裁判官 朝倉静香
わいせつ電磁的記録等送信頒布被告事件
東京高等裁判所判決令和4年10月6日
主 文本件控訴を棄却する。
理 由
1 本件控訴の趣意
本件控訴の趣意は、主任弁護人及び弁護人作成の控訴趣意書記載のとおりであり、論旨は、原判示の動画ファイル3点はいずれも「わいせつな電磁的記録」(刑法175条1項後段)には当たらず、仮に当たるとすれば、同条は憲法21条に違反するほか、過度に広汎な刑罰法規であるから、同項後段の適用を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。
2 原判決が認定した罪となるべき事実の要旨
被告人は、インターネット上の動画販売サイトを利用して、不特定多数のインターネット利用者にわいせつな電磁的記録である動画ファイルを頒布しようと考え、氏名不詳者らと共謀の上、不特定の者1名に対し、あらかじめ氏名不詳者らをしてサーバコンピュータに記録・保存させた男性の性器等を露骨に撮影したわいせつな電磁的記録である動画ファイル3点(以下「本件動画」という。)を、動画販売サイトを利用して、同サーバコンピュータにアクセスした前記の者をして、前記動画ファイルのうち2点を警視庁菊屋橋庁舎に設置されたパーソナルコンピュータに、同1点を警視庁小平警察署に設置されたパーソナルコンピュータにそれぞれ送信させる方法により、各パーソナルコンピュータに記録・保存させて再生・閲覧可能な状況を設定させ、もって電気通信の送信によりわいせつな電磁的記録を頒布した。
3 当審の判断
(1)本件動画のわいせつ性について
ア 所論は、本件動画は、刑法175条1項後段の「わいせつな電磁的記録」には当たらないと主張し、その理由として、刑法175条1項後段における「わいせつな電磁的記録」にいう「わいせつ」性の判断基準については、いまだ最高裁判所の解釈は存在せず、最高裁判例は、「わいせつ」該当性の判断基準は、その時代の健全な社会通念に照らして、それが徒らに性欲を興奮又は刺激せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものといえるかどうかによるべきであるという立場をとっているところ、インターネットの普及により、本件よりも遙かにわいせつ性の高い表現物が流通し、社会全体にこのような表現物が流通している状況下においては、単に性器が修正されていない動画を見たとしても、個々人がそれを見ることにより徒らに性欲を興奮又は刺激せしめられたり、性的羞恥心を害されたりすることはないから、本件動画が処罰の対象になることは、前記基準に照らしても、令和の時代の健全な社会通念にそぐわず、本件動画は「わいせつ」とはいえない、などと主張する。
そこで検討するに、まず、原審記録(甲2、6、10等)によれば、本件動画は、それぞれ、女性が男性器を口淫して射精させることなどを想起させる「ごっくん」との記載を含むタイトル名で、動画販売サイトのアダルト通販ページで販売され、いずれも、女性が、露出した男性器を口淫する場面が無修正で露骨に映し出される動画であることが認められる。
このように、本件動画は、女性が男性器を口淫する場面そのものを直接的に撮影してその場面を強調し、かつ、これを無修正で提供することで、閲覧者を性的に強く刺激し、興奮させるものであることは明らかであるから、所論の指摘する社会状況を踏まえてもなお、本件動画について、これを、徒らに性欲を刺激または興奮せしめ、かつ、普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反する電磁的記録、すなわち、刑法175条1項後段にいうわいせつな電磁的記録に当たると解した原判決の判断は相当というべきである。なお、本件動画は、その内容に、芸術性、思想性等により性的刺激を緩和する要素は窺われない。
イ 所論は、本件動画が、口腔性交場面が撮影されたわいせつ性のある動画であるとしても性交場面がないこと、女性器が撮影されていないこと、犯罪行為となり得る行為や暴力的描写がないこと、出演女性はいずれも18歳以上の女性であること、本件犯行に用いられた動画配信は、18歳以上の者であることを申告することが前提とされていることなどは、本件動画の「わいせつ」性を否定する事情であると主張する。
しかしながら、口腔性交も性交等の一類型であるし、撮影の対象が女性器か男性器かによってわいせつ性の判断基準を異にすべき理由は見出し難い。また、その内容に犯罪行為となり得るものが含まれているかどうかは、善良な性的道義観念に反するかどうかという観点からわいせつ性判断の一要素となり得ることはあっても、それが含まれていないからといって、そのことから直ちにわいせつ性が否定されるわけではない。出演者の年齢が一定以上であることも同様である。
また、想定される視聴者が一定年齢以上の者であることは、頒布範囲の広狭という観点から犯情の一要素として考慮する余地はあるとしても、これによって本件動画そのものの属性が変わるわけではないから、この点から本件動画のわいせつ性が否定されると考えることはできない。
ウ 所論は、原判決が被告人に有罪判決を言い渡した唯一の理由は、本件動画がいわゆる無修正動画であることに尽きるとして、最高裁判所平成20年2月19日(民集62巻2号445頁、いわゆる「第2次メイプルソープ写真集事件」)は、無修正で男性器が写っているとの一事をもって「わいせつ」に該当するという解釈をしていないとも主張する。
しかしながら、前記認定のとおり、アダルトビデオとして製作された本件動画の内容は、もっぱら閲覧者を性的に強く刺激し、興奮させるなど、その好色的興味に訴えるものであり、芸術性・思想性等によって性的刺激を緩和させる要素も窺われないものであるところ、原判決は、本件動画について、前記のような諸要素を全体的に考察してわいせつ性を認定したものと解されるから、所論が引用する判例に反するものではない。所論は採用できない。
(2)刑法175条の憲法適合性について
ア 所論は、①本件動画が「わいせつ」に該当するというのであれば、そのような行為を処罰する刑法175条は憲法21条に違反する、②刑法175条は刑罰法規として過度に広汎である、と主張する。
しかしながら、①については、刑法175条の規定が憲法21条に違反しないことは、最高裁の判例(最高裁昭和28年(あ)第1713号同32年3月13日大法廷判決・刑集11巻3号997頁、最高裁昭和39年(あ)第305号同44年10月15日大法廷判決・刑集23巻10号1239頁、最高裁平成29年(あ)第829号令和2年7月16日第一小法廷判決・刑集74巻4号343頁)に徴して明らかであり、②については、刑法175条にいう「わいせつ」の概念が不明確であるという点は、その概念が所論のように不明確であるということはできない(前掲最高裁令和2年7月16日第一小法廷判決等参照)から、所論は採用できない。
イ その他所論が指摘する点を検討しても、本件動画が刑法175条1項後段の「わいせつな電磁的記録」であるとして、同項後段を適用した原判決に法令適用の誤りはない。
論旨は理由がない。
4 結論
よって、刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。
令和4年10月6日
東京高等裁判所第6刑事部
裁判長裁判官 石井俊和
裁判官 杉山正明
裁判官 西野牧子