問題になっているのは、着衣の児童の画像を加工して胸部・陰部等を露出したようにした画像と思われます。
児童ポルノ法2条3項3号の「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位(性器等若しくはその周辺部、臀でん部又は胸部をいう。)が露出され又は強調されているもの」にあたるのかが問題になります。
法文上は、同号の「児童」は、同条1項に定義される「18歳未満の実在人」を意味しますので、「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態」というのも、「実在する児童」の「実在する(裸の)姿態」を意味することになります。他の条項を見ても、姿態をとらせて製造罪(7条4項)、ひそかに製造罪(同条5項)も児童ポルノは「実在する姿態」を記録したものであることを前提にしています。この観点からは、着衣の児童の画像にAIで加工した場合は、加工した部分は、「実在する児童」の姿態でもなく、「実在する姿態」ではなもないので、児童ポルノではないことになります。
もっとも、児童ポルノ法制定時の国会審議では、合成写真が児童ポルノとなりうる場合があるとされています。そこでも「実在する児童についてその身体の大部分が描写されている写真」の存在が前提とされています。児童の水着姿の写真に性器等を合成したような場合でしょうが、合成した部分はその児童の「実在する姿態」ではないので、法文に合いません。
第145国会 衆議院法務委員会会議録12号 平成11年05月14日
○大森参議院議員
写真等が実在する児童の姿態を描写したものであると認められない限り児童ポルノには該当いたしません。ただ、合成写真等を利用した疑似ポルノの中には、実在する児童の姿態を描写したものであると認定できるものもあると考えられ、このようなものについては、今回の法案の児童ポルノに当たり得ると考えます。
具体的な事案における証拠に基づく事実認定の問題でありますが、例えば、実在する児童についてその身体の大部分が描写されている写真を想定すると、そこに描写された児童の姿態は実在する児童の姿態に該当いたします。そこで、その写真に描写されていない部分に他人の姿態をつけて合成したとしても、ある児童の身体の大部分を描写した部分が実在する児童の姿態でなくなるわけではありません。
以上により、合成写真についても、児童ポルノに当たり得る場合があるということになります。
この点については、「CG児童ポルノ事件」と知られる最高裁判例(最決令和2年1月27日
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-89197.pdf
)があって、CGで創造した場合も児童ポルノになると誤解されることもあるようです。
しかし、同最決の事案は往年の児童ポルノ写真集を基にして、構図や人物配置などを修正した上で極めて写実的に筆で描いたもので、「実在する児童」の「実在する(裸の)姿態」がある事案です。
控訴審(東京高裁平成29年1月24日)でも写真とCGとの同一性(姿態の実在性)が争われて「被写体となった児童と全く同一の姿態,ポーズをとらなくても,当該児童を描写したといえる程度に,被写体とそれを基に描いた画像等が同一であると認められる場合には,その児童の権利侵害が生じ得るのであるから,処罰の対象とすることは,何ら法の趣旨に反するものではないというべきである」とされています。
今回の事案のように、裸の部分がAIによる合成であり(顔写真を使用された)児童の裸の姿態が全く実在しない場合に関するものではありません。
むしろ同最決がわざわざ「写真集に掲載された写真3点の画像データを素材とし,画像編集ソフトを用いて,コンピュータグラフィックスである画像データ3点を作成した」との事実認定を示して、もとの児童ポルノ写真の存在とCG画像との同一性を前提にしたことは、「実在する児童」の「実在する(裸の)姿態」が児童ポルノの要件であることを示したとも理解できます。
従って、この判例に従えば、着衣の画像を加工して裸にした場合は、児童ポルノにはならないことになります。
参考文献
調査官解説は、写真撮影が1次的表現物、写真を基にしてCGで描くことを2次的表現物として、CGも児童ポルノになりうると説明する。
村田一広・法曹時報74巻9号212頁
(1)児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成26年法律第79号による改正前のもの)2条3項にいう「児童ポルノ」の意義,(2)児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成26年法律第79号による改正前のもの)7条5項の児童ポルノ製造罪の成立と児童ポルノに描写されている人物がその製造時点において18歳未満であることの要否〈最高裁判所判例解説/刑事関係2〉
村田一広・最高裁判所判例解説刑事篇令和2年度23頁
児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成26年法律第79号による改正前のもの)2条3項にいう「児童ポルノ」の意義 2 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(平成26年法律第79号による改正前のもの)7条5項の児童ポルノ製造罪の成立と児童ポルノに描写されている人物がその製造時点において18歳未満であることの要否
(2)被告人は,本件各写真を素材として本件各CGを作成しており,実在 する児童の姿態(本件各写真の被写体児童の姿態)を直接見て描写したわけで はない。しかしながら,児童ポルノ法7条5項は,同条3項(現行法7条4 項。児童に姿態をとらせて描写する方法による児童ポルノ製造罪)や現行法7条 5項(ひそかに児童の姿態を描写する方法による児童ポルノ製造罪)と異なり, 児童の姿態を描写する方法を規定しているわけではなく,児童ポルノ法7条 5項にいう製造の方法が実在する児童の姿態を直接見て描写すること等に限 定されていないことは,同項の文言等に照らしても明らかである。本件各 CGが(本件各写真に表現された)実在する児童の姿態を描写したものと認め (注18)られる以上,本件各CGが本件各写真を素材として作成されたことは,児童 ポルノ製造罪の成立を否定すべき事情には当たらないというべきである。
(注18)弁護人の主張は,本件各CGが実在する児童の姿態を描写したものでは なく,飽くまでも本件各写真を素材とする創作物であるという趣旨を含むもの と解されるが,原判決が是認した第1審判決は,本件各CGが実在する児童の 姿態を描写したものといえるか否かにつき,素材写真(本件各写真)に記録さ れた実在する児童の姿態と素材写真を基に作成されたCGの画像(本件各写真)が同一性を有するかどうかという観点から検討した上,これを肯定した。
なお,2次的表現物が児童ポルノに該当するか否かは,2次的表現物が(1次的表現物に記録されている)実在する児童の性的姿態を描写したものであるか 否かの問題であり,1次的表現物と2次的表現物の表現内容が全体として同一でなくとも,2次的表現物が児童ポルノに該当する場合は当然あり得るものと 考えられる
5本決定について
(1) 本決定は,児童ポルノ法2条3項にいう児童ポルノの意義について, 「写真,電磁的記録に係る記録媒体その他の物であって,同項各号のいずれ かに掲げる実在する児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいい,実在しない児童の姿態を描写したものは含まない。」 と判示した。児童ポルノの意義につき,当事者間に争いがあったわけではなく,第1審判決及び原判決も,本決定と同様の解釈を前提としているが,最 高裁第一小法廷は,CGの児童ポルノ該当性が問題になったという本件事案 の性質及び上告趣意に鑑みて,同項の解釈として「児童ポルノ」の意義を確(注 21)認したものと解される
(注21)被告人は本件各写真を素材として本件各CGを作成しているところ,最 高裁第一小法廷は,本件行為が児童ポルノ製造罪に当たるとした第1審判決及 び原判決を是認する前提として,児童ポルノが実在する児童の姿態を描写した ものであるとの解釈を確認するとともに,本件各CGが本件各写真を素材とし たことをもって「実在しない児童の姿態を描写したもの」であるということは できない点を明らかにしようとしたものと推測される。
前田先生のコメントも、CGで写実的に描写する場合も写真撮影同様実在する児童の実在する姿態の描写方法であるから、児童ポルノになるとされる。
《WLJ 判例コラム 臨時号》第194号
CG描画画像の「児童ポルノ」該当性
~最決令和2年1月27日 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反被告事件1~
文献番号 2020WLJCC006
日本大学大学院法務研究科 客員教授
前田 雅英
罪刑法定主義の観点からは、CGは、対象物をフィルムにそのまま写し取った写真とは本質的に異なり、デジタル技術を用いて「描画」したもので、「絵」であるという主張が重要であった。
しかし、本件の第1審以来の議論、その評釈を通じて、CGも本法の規制の対象となり得ることはほぼ確定したといえよう。
しかし、従来のカメラでも、撮影時の絞り、シャッタースピード、各種フィルター、現像の仕方などで、画像は「創作」されるという面がかなりある。まして、デジタルカメラの時代に入り、その画像を保存する際、そしてそれを記憶媒体に保存する際に、画像をぼかしたり、輪郭を強調したりすることは自由に行い得る。その意味では、CGに類する作業が、一般の写真にも存在し得るのである。
その意味で、第1審、控訴審が指摘した「一般人であれば、写真に見紛う程に精緻に描かれたもの」は児童ポルノたり得る。「一般人という基準は曖昧で、罪刑法定主義に反する」という主張は、「法解釈が、最終的には一般人(国民)の規範意識に則ったものでなければならない」ということを否定するものなのである。