児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

教員のわいせつ行為につき、行為否認の不合理弁解をしても「他の同種事案と比較して犯行態様が極めて悪質とまではいえない」などとして執行猶予にした事例(名古屋地裁H30.2.28)

 

 報道では7歳とされていました。
 わいせつ行為の定義は争われていません。
 被害者証言の信用性を否定する心理学者の鑑定書が採用されています

裁判年月日 平成30年 3月28日 裁判所名 名古屋地裁 裁判区分 判決
事件名 強制わいせつ被告事件
文献番号 2018WLJPCA03286002
 上記の者に対する強制わいせつ被告事件について,当裁判所は,検察官大野智己及び同笹井卓並びに弁護人(私選)塚田聡子(主任)及び同中谷雄二各出席の上審理し,次のとおり判決する。
 

主文

 被告人を懲役2年に処する。
 この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
 訴訟費用は被告人の負担とする。
 
 
理由

 (罪となるべき事実)
 被告人は,A(別紙記載。当時○歳)が13歳未満であることを知りながら,同人にわいせつな行為をしようと考え,平成28年1月22日午後1時15分頃から同日午後1時30分頃までの間に,愛知県●●●内の小学校(別紙記載)○年○組教室内において,同人に対し,その襟元から着衣の中に右手を差し入れて同人の胸を直接触り,もって13歳未満の女子に対し,わいせつな行為をしたものである。
 (証拠の標目)
 (弁護人の主張に対する判断)
 被告人及び弁護人は,被告人は判示行為をしておらず無罪であると主張する。
 1 Aの供述
  (1) 掃除の時,教室の先生(被告人。以下同じ。)の机の後ろで,しゃがんでちり取りとほうきで掃除をしていた。机で作業をしている先生に取れたごみを見せると,先生は,座ったままくるっと横を向いて,私の服の首元から右手を入れて,「おっぱい。」と言いながら人さし指でちょんちょんと2回私の左乳首を直接触った。えっと思ってびっくりした。嫌だって言ったり,泣いたりすると,皆寄ってきて恥ずかしくなるから,そのまま掃除を続けた。
  (2) 上記供述は,被害の状況や当時の心境が,特徴的な点も含めて具体的に述べられ,実際に体験した者でないと語れない内容であって,Aから被害状況を聞いたAの母及びカウンセラーCの供述内容ともおおむね整合し,Aの申告内容は一貫している。Aは,被告人に刑務所に行ってほしいとは思わないとも供述しており,被告人に不利な虚偽供述をする動機はない。証人Cは,Aを数回カウンセリングし,Aが話す被害内容が具体的で矛盾点がなく,母に同調する印象もなかったことから,Aの供述が虚言である可能性が極めて低いと思ったと供述する(内容は合理的であるし,立場上,殊更被告人に不利な虚偽供述をする動機はないから,その供述は信用できる。)。
 以上からAの供述は信用できる。
 これに対し,弁護人は,心理学者の鑑定書等に基づき,以下の点を挙げてAの供述は信用できないと主張する。①被告人に触られた胸が左か右かという周辺的な情報を被害の2か月も後に自発的に思い出し,しかも感覚まで覚えているのは不自然であって,警察官等の取調べや母の聞き取りが暗示的・誘導的に作用して記憶が作られた可能性が高い。②Aは胸を触られるのが見えたと述べるが,当時のAの着衣の襟ぐりは狭く,前かがみになっても襟元と身体の間に空間はできない。③被告人が後ろを振り向いて触ったのか,横を向いて触ったのか供述が変遷している。④被害を誰かに言おうと思わなかった理由につき,検察官調べと警察官調べで異なる内容を挙げている。⑤掃除の時間,教室に多くの児童がいる状況で胸を触るのは不可能であるし,仮にそのような行為をすれば,必ず目撃する児童がいるはずだが,誰も見ていない。
 上記鑑定書は,Aやその母の供述調書等を鑑定資料とし,Aの能力や供述聴取の時期・回数・主体から誘導の可能性を指摘し,心理学的観点からAの供述に信用性がないと結論づけたものであるが,鑑定人はAやその母に直接会って話を聞いておらず,鑑定人の上記指摘は具体的根拠に基づくものではない。それに加えて,上記鑑定等に基づく弁護人の主張に対しては,以下の点を指摘することができる。①Aが述べる被告人の言動は特徴的であるから,感覚等を2か月後に覚えていたとしても,特段不自然ではない。Aは,被害を自発的に母に申告しているし,その後のカウンセリングにおいて,被害に対するAの情緒的反応は,母と温度差があり,母に同調して訴えるとか母に心理的操作を受けるということもなく年齢相応であったというのであるから(証人C),Aが母の誘導を受けた可能性は低い。取調べは,Aの申告に基づいて行われているから,警察官等の誘導の可能性も低い。②胸を触られるのが見えたという供述は,Aの当時の着衣の様子からすると疑問が残るが,触った感覚で分かったとも述べており,Aが述べる被害状況は,主に触れられた感覚を訴えるものであることも考慮すると,直ちにAの供述全体の信用性は否定されない。③Aは,教卓のそばで掃除をしていたら,先生がくるっと自分の方を向いて胸を触ったと一貫して述べてそのように再現しており,弁護人が指摘する点は表現の違いにすぎない。④Aは,被害を誰かに言おうと思わなかった理由として複数の理由(先にママに言わなければいけないと思ったから。ほかの子がどう思うか分からないから。先生が好きな子もいるから。)を挙げ,そのいずれもが理由であると述べるところ,これらは併存し得るものであり,捜査段階でそのいずれかを述べたからといって供述の変遷と捉えるのは不適切であるし,その内容からして警察官等の誘導によるものとも考え難い。⑤掃除の時間に多くの児童が教室にいたが,騒然とした教室内でそれぞれ自分が担当する掃除をしていた。Aは教卓のそばでしゃがんでおり,胸を触られたのは極めて短時間の出来事で,Aは声を上げていない。そうすると,他の児童が気付かなかったとしても,不自然ではない。
 以上から,弁護人の主張は採用できない。
 2 被告人の供述
  (1) 教卓で添削をしていると,Aが教卓の後ろから,「ごみがたくさん取れたよ。」などと言ってちり取りを見せてくれた。振り向いてAの顔を見て褒めようとしたが,後ろが狭く,Aがけがをするおそれがあったので,振り向くことができず,頭をなでようと「たくさん取れたね。」などと言ってAの方を見ずに右手を後ろに伸ばすと,指がAの顎の辺りに当たった。この間,Aの方を全く見ていなかった。校長に呼び出されてAの服の中に手を入れて触ったのかと尋ねられた際,絶対にやっていないと答えた。
  (2) 上記供述中,Aの顔を見て褒めようとしながら,その顔を一切見ずに手を後ろに伸ばして頭をなでようとしたというのは,極めて不自然である。また,後ろが狭く,振り向くとAがけがをするおそれがあったからできなかったとも述べるが,Aの方を見ずに手をAがいる後方に伸ばす行為も危険である。
 さらに,被告人がAに触れた状況についての供述は信用できるAの供述に反し,被告人が校長に述べた内容は証人B校長(以下「B校長」という。)の供述(「服の中に手を入れたのか。」,「素肌を触ったのか。」,「胸に届いている可能性があるね。」との問いかけに対して,被告人は全て「はい。」と答えた。)に反する。
 B校長の上記供述は,被告人が述べた内容を同人が否定した部分も含めて詳細に述べられていることや,教頭と二人で被告人の話を聞き,経過を記録するなど慎重に対応していたこと,被告人の監督責任を負う小学校管理者という立場にあったことからすると,被告人に不利な虚偽供述をする動機はないことから,十分信用できる。
 信用できるB校長の供述によれば,被告人は供述を変遷させており,その変遷に合理的理由は認められない。
 以上から,被告人の供述は信用できない。
 3 結論
 信用できるAの供述から,被告人が判示行為をした事実を認定した。
(証拠の標目)
括弧内の甲の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。
 証人Aに対する当裁判所の尋問調書
 証人Aの母(別紙記載),同B,同Cの各公判供述
 戸籍全部事項証明書抄本(甲2)
 捜査報告書(甲5,28,29)
 写真撮影報告書(甲6)

 (法令の適用)
 罰条 平成29年法律第72号附則2条1項,同法による改正前の刑法176条後段
 刑の全部の執行猶予 刑法25条1項
 訴訟費用 刑事訴訟法181条1項本文(負担)
 (量刑の理由)
 被告人は,小学校の教師でありながら,他の児童らがいる教室内で,掃除の時間に自己が担任を務める被害者の着衣の中に手を入れて胸を直接触ったもので,犯行態様は大胆で悪質である。被害者は,当時小学校○年生で,被害の内容を正確に把握していたとは言い難いものの,今後の健全な成長に悪影響が生じかねず,結果は重大である。被害者の両親の精神的苦痛は大きく,被告人の処罰を望む心情も当然のこととして理解できる。被告人は,不合理な弁解を述べ,反省や謝罪の態度が認められない。
 以上からすると,被告人の刑事責任は重い。
 もっとも,他の同種事案と比較して犯行態様が極めて悪質とまではいえないことや,被告人に前科前歴がないこと,本件により教師を辞めることになったことなど社会的制裁を受けたことなどからすれば,実刑を相当とする事案とは認められず,刑の執行を猶予するのが相当であると判断した。
 (求刑 懲役2年)
 名古屋地方裁判所刑事第2部
 (裁判官 安福幸江)
 
 
 〈以下省略〉