児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・不同意性交・不同意わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録・性的姿態撮影罪弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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特別公務員陵虐行為につき、互いに好意を寄せ、女性が処罰を望んでいないことなどから告発はしない方針

 保護法益は、個人的法益ではなく、「公務の適正さに対する社会の信頼」のはずですが

http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/130118/crm13011818550015-n1.htm
長野刑務所は18日、女性受刑者にキスしたり体を触ったりしたとして、同刑務所長野拘置支所の副看守長(56)を懲戒免職処分とした。互いに好意を寄せ、女性が処罰を望んでいないことなどから告発はしない方針。
 長野刑務所によると、昨年10月初旬、運動場で声をかけたのをきっかけに女性と私語を交わすようになり、他の刑務官から見えないような場所でキスしたり、クリームパンなどを手渡したりした。1人で巡回中だった11月12日には、食事を差し入れる窓に手を入れて尻を触るなどした。
 同11月中旬、刑が確定した女性の所持品検査が移送先の刑務所であり、好意を伝えるメモが見つかった。副看守長は「境遇を聞くうちに同情してしまった」とし、女性は「被害感情はなくうれしかった」と話したという。

条解刑法
(イ) 陵辱・加虐
「陵辱」ははずかしめる行為とか精神的に苦痛を与える行為、「加虐」は.苦しめる行為とか身体に対する直接の有形力の行使以外の肉体的な苦痛を与える行為などと説明されているが,明確に区別し得るものではなく,要するに,暴行以外の方法で精神的又は身体的に苦痛を与える行為と解すべきである。
具体例として,巡査が勤務中に窃盗嫌疑者の少女の陰部を弄したり姦淫するなどのわいせつ,姦淫行為を行った場合.パトカーで警ら中の警察官がシンナーを吸入している可能性のある少女を同車内に連れ込んで所持品検査に名を借りてわいせつ行為をした場合、警察の留置場の看守が女子房内等で勾留中の女性を姦淫した場合等がある。本罪は職務違反行為を処罰する趣旨であり職務違反となるか否かは被害者の意思いかんには関しない(大判大15・2.25新聞2545-11. 前掲東京高判平15・1・29

東京高判平15・1・29
四 当裁判所の判断
 特別公務員暴行陵虐罪は、刑法の中で汚職の罪(平成七年の改正前の同法では「涜職ノ罪」)の章に規定されており、その保護法益は、第一次的には、公務執行の適正とこれに対する国民の信頼であると解される。もっとも、現憲法が公務員を国民全体の奉仕者とし(一五条二項)、公務員による拷問を絶対的に禁止した(三六条)ことに伴い、昭和二二年、本罪については、構成要件をそのままにしながら(なお、構成要件的行為のうち「陵虐ノ行為」という部分は、平成七年の改正により「陵辱若しくは加虐の行為」と言い換えられた。)、その法定刑を大幅に引き上げる改正(「三年以下の懲役又は禁錮」から「七年以下の懲役又は禁錮」)がなされている。このような改正の趣旨については、本罪が公務員による国民に対する犯罪という側面を有することを示し、国民の基本的人権を保護しようとしたものであるとの指摘もなされているところであるが、前記のとおり本罪が汚職の罪の一種とされていることや、「天皇のための官吏」に象徴される旧憲法下の公務員に比して、現憲法下の公務員の法的性格が大きく変化したとはいえ、公務執行の適正を保持すること自体は、国民全体の奉仕者としての公務員に課せられた最も基本的な義務であると考えられることに照らすと、前記改正後も、汚職の罪の一種として公務員の職務違反行為を処罰するという本罪の基本的性格には変わりがないと考えられ、本罪の趣旨が個人的法益を保護することのみにある、又はその保護に重点が置かれていると理解するのは相当ではない。これに対し、所論(弁護人のそれを指す。以下同じ)は、本罪の趣旨は、憲法が絶対的に禁じた拷問又はこれに類する公務員の人権侵害行為を禁圧することにあると主張するところ、この主張は、本罪の保護法益を個人的法益を中心として理解することが前提となっているように窺われるが、前記検討の結果に照らし、その前提を採用することはできない。
 したがって、本罪にいう「陵辱若しくは加虐の行為」の意味は、公務の適正とこれに対する国民の信頼を保護するという本罪の趣旨に照らして解釈されるべきである。
 このような前提で検討すると、本罪の主体である「法令により拘禁された者を看守し又は護送する者」(以下「看守者等」という。)は、被拘禁者を実力的に支配する関係に立つものであって、その職務の性質上、被拘禁者に対して職務違反行為がなされるおそれがあることから、本罪は、このような看守者等の公務執行の適正を保持するため、看守者等が、一般的、類型的にみて、前記のような関係にある被拘禁者に対し、精神的又は肉体的苦痛を与えると考えられる行為(看守者等が被拘禁者を姦淫する行為[性交]がこれに含まれることは明らかである。)に及んだ場合を処罰する趣旨であって、現実にその相手方が承諾したか否か、精神的又は肉体的苦痛を被ったか否かを問わないものと解するのが相当である。すなわち、前記のような看守者等の立場に照らすと、看守者等が、その実力的支配下にある被拘禁者に対し、前記のような行為に及んだ場合には、当該具体的状況下において、相手方の被拘禁者がこれを承諾しており、精神的又は肉体的苦痛を被らなかったとしても、公務執行の適正とこれに対する国民の信頼を保護するという観点から見た場合には、本罪の陵虐行為に当たるということができるのであって、本罪の趣旨に照らしたこのような解釈が罪刑法定主義に反するものとはいえない。
 もっとも、所論が指摘するように、本罪にいう陵虐行為の意味については、一般に、暴行以外の方法で精神的又は肉体的苦痛を与える一切の行為をいうとされているが、同時に、本罪の性格に照らして、相手方個人の承諾は本罪の違法性を阻却しないとされており、前記大審院判例も、涜職罪の一種として公務員の職務違反行為を処罰する本罪において、当該行為が被害者の意思に反するか否かはあえて問うところではないと判示するところである。所論は、前記大審院判例は、現憲法下では先例的意義を有しないと主張するが、前記のとおり、公務員の法的性格が大きく変化した現憲法下でも、汚職の罪の一種として公務員の職務違反行為を処罰するという本罪の基本的性格に変わりはないと考えられることに照らすと、前記大審院判例の趣旨が合理性を失ったと解することはできない。そして、相手方の承諾がある場合には、当該行為によりその相手方が精神的又は肉体的苦痛を被らない場合も十分に考えられるところ、前記のように相手方の承諾が本罪の成否に何ら影響しないということは、本罪の構成要件的行為の解釈にあたって当然考慮されるべきであり(この点を争う趣旨の所論は採用できない。)、前記のとおり、当該行為が現実に相手方に対して精神的又は肉体的苦痛を与えなかった場合にも、本罪の陵虐行為に該当すると解することが、所論がいうように本罪の予定する犯罪定型を逸脱したものであるとはいえない。