児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録記録被告事件弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 hp3@okumura-tanaka-law.com)

性犯罪・福祉犯(監護者性交罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

「心の殺人・魂の殺人」 裁判員裁判における量刑評議の在り方について 司法研修所編

裁判員裁判における量刑評議の在り方について 司法研修所
p8
第3 裁判員裁判における量刑判断の在り方
1 量刑に国民の視点,感覚,健全な社会常識などを反映させるという視点
(1 )法益についての意識
前述したとおり,量刑の本質は.「被告人の犯罪行為に相応しい刑事責任を明らかにすること」にある。
そして,量刑においては,基本的には法益保護の要請に反した程度に応じて刑罰的非難の強弱が決められるべきであるから,裁判員には,まず,当該事案で問題とされている法益が何か,その内容がどのようなものかについて意識してもらう必要がある。
生命犯・身体犯・財産犯等における保護法益については裁判員も理解が容易であり,裁判員に対する特段の説明は不要と思われるが,裁判員は強姦致傷罪,強制わいせつ致傷罪などにおける保護法益(傷害の点を除く)を理解するのは必ずしも容易ではないということは経験するところである。
強制わいせつ罪及び強姦罪の保護法益についての通説的な理解は,性的自由(性的な事項についての自己決定の自由)であり,性的自由とは.「誰と,いつ,どのように性的関係をもつかの自由を意味する」とされている。
特に強姦罪においては,被害女性の心身に与える影響の甚大さなどから「心の殺人」と呼ばれることもあるが,裁判員に対しては,刑法上はあくまで自由に対する罪として位置付けられていることについて理解を求めておく必要がある。
その際は.「性的行為の自由」といった,教科書的な説明をしても裁判員はピンと来ないことはよく経験するところであるから.「意思に反して性的行為を強制きれない利益Jr性的攻撃を受けない自由」というような表現を用いるなどの工夫をするとともに,必要に応じて,刑法が他に自由に対する罪としてどのようなものを規定しているか,それらの自由と性的自由とはどのように違うのか,などを各罪の法定刑をも参照しつつ検討することにより,理解を深めることが考えられよう。
性犯罪については,時代により保護法益の重視の度合いも異なり,また,男性と女性によって法益侵害の受け止め方にも違いがある可能性があり,なるべく多角的な視点、で検討できるよう配慮すべきである。
なお,強姦致傷罪等の保護法益の基本部分を性的自由と捉える以上は,姦淫行為が未遂に終わったことは,意思に反した性交まではなかったという点で,姦淫行為が既遂に達した場合と比べて,通常,軽い違法評価がなされるということになると思われる。
裁判員から. (被害女性の精神的被害の大きさ等を踏まえて)「既遂の場合も未遂の場合も同じ」との意見が表明されたとしても,上記の理解からすれば,単純に「既遂も未遂も同じ」とすることは妥当でないということになる。
この点については,裁判員に対する適切な説明を工夫し,理解を得る必要があろう。
(2) 国民の視点,感覚,健全な社会常識などの反映の在り方
次に,当該法益の重さをどのようにみるかが問題となる。刑法は法益の内容に応じて異なった法定刑を規定しているから,こうした刑法の条文に則して,他の保護法益とも関連させながら,法益の重きを推し測ることになる。その結果,例えば,裁判官と裁判員とで当該事案で問題とされている法益についての評価が異なっており,そうした裁判員の意見が反映されて,従来の量刑傾向よりも一定程度重い又は軽い量刑判断がなされることは,まさに裁判員制度の趣旨に合致するところといえる。
裁判員制度施行後2年間の量刑についてのデータからすると,強姦致傷罪については量刑の分布をグラフ化してみた際のピークが2年ほど重い方向にスライドしていることが見て取れる*5。裁判員制度の導入によりこの種の犯罪については量刑が重くなったと一応いうことができるであろう。
裁判員が性犯罪事件で重い量刑意見を述べる背景には,性的自由という保護法益を重視する姿勢があるように思われるが*6,こうした感覚が量刑に反映されることは,裁判員制度導入の趣旨の現れということができょう。
もっとも,裁判員の保護法益の重視の程度がわが国の法体系から許容されないものとならないよう留意すべきである(例えば,一般的に,故意の生命侵害である殺人罪よりも性的自由〔及び身体〕の侵害である強姦致傷罪の刑が重くなるようなことになれば問題があると考えられる。)。
裁判官は,当該事案の罪だけでなく,刑法等に規定されている各種の犯罪を体系的に理解し,その中で当該犯罪の重さを位置付けることができるであろうが,裁判員は,裁判官から的確な説明がない限り,そのような考慮をして刑を決めることは困難で、あるから,他の罪の法定刑との差異やその量刑傾向との比較なと裁判員が保護法益の重さについて適正な評価ができるような様々な視点,素材を裁判官の方から提供する必要がある。
裁判員から,例えば,性犯罪の犯人は非人間性を感じさせ,嫌悪すべき異質な者たちで社会から徹底的に排除すべきであるというような意見が述べられるような場合は,裁判官としては,犯罪行為に相応しい刑を決めるということが量刑の基本であることについて改めて説得的に説明する必要があるしまた,例えば. 「出てきたら,またやるかもしれないので,できるだけ長く入れておきたい」とか.「社会に戻ってほしくない」など,被告人の再犯の危険性(特別予防の必要性)を殊更に重視して過重な量刑意見が述べられた場合は,まずは.その被告人について再犯のおそれを認めるに足りる根拠があるのか具体的に検討し,それが分からない場合にも,公刊物等に基づき刑事学的な知見(とりわけ性犯罪者の再犯率に関する統計的資料*7)を提供したりするなどして,然るべき対処をする必要がある。
再犯率などについても抽象的に説明するのではなく,例えば,再犯率が2割である場合には. 5人のうち4人は再犯をせずに社会に復帰できるのに,そのおそれがあるというだけで長く拘禁してよいかというような問題提起をして考えてもらうなど,理解しやすく,具体的な議論をしやすいような説明や論点の提供を心掛けるべきである。