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向井香津子「強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否」 最高裁判所判例解説_刑事篇_平成29年度_-_(著)法曹会

向井香津子「強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否」 最高裁判所判例解説_刑事篇_平成29年度_-_(著)法曹会
 わいせつの定義はないといいながら、「性的意味合いがある行為」に、要件を付け足して、これまでの定義と同じところを規制しようとしています。

〔6〕強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否
     (平成28年(あ)第731号 同29年11月29日大法廷判決 棄却
       第1審神戸地裁 第2審大阪高裁 刑集71巻9号467頁)
(エ)具体的判断方法
 そこで,「わいせつな行為」該当性の具体的判断方法を更に考えてみると,まずは,行為そのものが持つ性的性質の有無,程度に着目して,
 ①性的な意味があるかどうか
 ②性的な意味合いの強さがどの程度か
を検討すべきであって,それだけでは「わいせつな行為」該当性の判断がつかない場合には,次の段階として,行為そのものが持つ性的性質の程度を踏まえつつ,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも加えて判断していくことになろう。
 本判決が「わいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては・・・・・・」と判示しているのは,この点を明らかにしたものと思われる。
 更に敷衍すると,本判決が「行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分踏まえる」ことを求めている趣旨としては,
(a)行為そのものに,性的性質が有り,かつ,その性的性質の程度が強いために,直ちに「わいせつな行為」に該当すると判断できる行為かどうかという点と,
(b)行為そのものに備わる性的性質が無いか,あっても極めて希薄であるために,およそ刑法176条による非難に値する程度に逹しえないものとして,直ちに「わいせつな行為」に該当しないと判断できる行為かどうかという点の両面から検討することを求めているものと思われる。すなわち,(b)行為そのものに備わる性的性質が無いか,あっても極めて希薄と評価すべき行為については,その他の周辺事情(行為者の主観的意図を含め,当該行為が行われた際の具体的状況等諸般の事情)がどのようなものであろうと,およそ「わいせつな行為」に該当し得ないと考えられているものと思われる。
 次に,行為そのものが持つ性的性質が不明確であるために,行為の外形だけでは「わいせつな行為」該当性の判断がつかない類型においては,行為そのものが持つ性的性質の程度を踏まえた上で,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮することになる。この場合には,事案ごとに様々な考慮要素が考えられるところ,個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて,当該事案における判断要素とすべきと考えられる各事情を抽出し,それらの各事情を総合考慮することによって,社会通年に照らし,①性的な意味があるか,②当該行為の性的な意味合いの強さが刑法176条等の非難に値する程度であるか,を判断していくほかないものと思われる。(注15)
 本判決が「事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具休的事実関係に基づいて判断せざるを得ない」と判示しているのは,以上のような点を明らかにしたものと思われる。

(注15)行為そのものが持つ性的性質の有無・程度は,その行為態様(身体的接触の有無,接触した身体の部位,接触の直接性,接触時間,接触態様,衣服の有無等)によって異なると考えられ(前掲佐藤63頁以下参照),その行為態様における性的性質の程度に応じて,以下のような3類型が観念できるものと思われる。
 ただし,このように類型化して観念できるとはいえ,第Ⅰ類型に当たると考えられる行為について,そのほかの具体的状況も併せた上で「わいせつな行為」に該当すると判断することが許容され得ないとは考え難いことからすると,実務上は,第Ⅰ類型と第Ⅱ類型とを厳密に区別することにさほど意味があるとは考え難い。また,仮に,ある行為を第Ⅰ類型に分類して観念したとしても,例えば医療として行われた行為については,正当行為として違法性が阻却されると整理することによっても妥当な解決が導けるであろう(医療行為と評価されるべき行為〔例えば,性器への接触行為〕について,第Ⅰ類型に分類して正当行為として違法性が阻却されるとするか,第Ⅱ頬型に分類して「わいせつな行為」に該当しないとするかは,結論において差異はなく,実務上は,どのような客観的状況の下でどのような主観に基づいて行われた場合に「医療行為」と評価されるべきなのかという点がより重要であると考えられる。)。
 むしろ,注目すべきなのは,第一点目として,本判決が,性的な意味の有無及びその意味合いの強さの判断方法に関し,行為そのものが持つ性的性質にまず着目すべきという判断順序と判断要素としての重要性の序列を明らかにしているという点であり,第二点目として,本判決が,行為そのものに備わる性的性質が無い,あるいは,希薄とされる第Ⅲ類型と第Ⅱ類型との区別を求めているとみられる点であろう。すなわち,第Ⅲ類型は,行為者の性的意図がいかに強いとしても,「わいせつな行為」にはおよそ該当しないと評価すべき行為であり,強制わいせつ罪の処罰範囲を画する上では,第Ⅱ類型と第Ⅲ類型をどのように区別して捉えるかが,今後重要な課題となるのではなかろうか(前掲刑事比較法研究グループ154頁も参照)。
【第Ⅰ類型】行為そのものが持つ性的性質が明確であるため,具体的状況如何にかかわらず,直ちに「わいせつな行為」に該当すると認められる行為類型
 医療行為等の正当業務行為として違法性が阻却されるような例外的な場合を除けば,刑法176条等の定める態様(暴行脅迫による,13歳未満の者を相手とする,心神喪失もしくは抗拒不能に乗じる,監護者の地位に乗じる等)によって行われることが,社会通念上およそ許容され得ないと考えられる程度に,行為そのものが持つ性的性質が明確で,性的な意味が強くあると直ちにいえる行為が,この類型に当たると考えられる。
 例えば,平成29年改正により新設された強制性交等罪にいう口腔性交,肛門性交が,同改正法施行前に行われていたとすれば,当然この類型に当たると考えられるし,そのほかにも濃密な性器接触行為や性器への異物挿入行為等も考えられるところではあるが,具体的にどのような行為であれば,性的性質が明確であるとして直ちに「わいせつな行為」に該当するといえるのかについても,その時代の社会通念によるというほかないと思われる。
【第Ⅱ類型】当該行為の行われた際の具体的状況如何によって,当該行為が「わいせつな行為」に該当するか否かの判断が分かれ得る行為類型
 この類型に当たる行為としては,例えば,キスする行為,裸で一緒に入浴し相手の身体を洗う等の行為,全裸写真を撮影する行為等が考えられる。これらの行為は,状況次第では強い性的な意味を持ち得る性質の行為ではあるが,場合によっては,性的な意味のない単なる親愛表現としてのコミュニケーション行為や,性的な意味のない監護・養育行為等として行われることも考えられるなど,行為そのものが持つ性的性質の有無・程度自体が必ずしも明確とはいえない行為である。
 そのため,第I,第Ⅲ類型とは異なり,「わいせつな行為」該当性は,行為そのものが持つ性的性質の程度に加えて,それ以外の事情,すなわち当該行為が行われた際の具体的状況等をも加えて総合考慮して,性的な意味があるかどうかや,その性的意味合いの強さを判断しなければならない。
 もっとも,成人相手の行為であれば,まずは,相手の承諾の有無が問題となり,承諾さえあれば不可罰であるから,承諾ある行為について,「わいせつな行為」該当性を判断する必要はない。また,承諾なしに暴行,脅迫を加えるなどして,強い性的性質を持ち得る行為(キスなど)をした場合には,そのような経緯自体からして,性的意味のないコミュニケーション行為とみる余地がなくなるため,性的な意味合いを推認でき,「わいせつな行為」に該当すると容易に判断できるであろうから,実際の判断に迷う事例は少ないと思われる。また,行為者と相手との間に何らの関係性もない全くの他人が唐突に強い性的性質を持ち得る行為を行った場合にも,同様にして,性的な意味合いを容易に肯定できるものと思われる。
 これに対し,13歳未満の者を相手にする場合などで,暴行・脅迫がない場合などでは,必ずしも,その判断は容易とはいえない。殊に,年少者を相手として,保育者や監護者等の密接な関係性を有する者が行った場合には,その関係性からして,当該行為が,「わいせつな行為」として行われたのか,単なる養育行為や性的な意味のない親愛表現として行われたのかを,適切に判断しなければならないであろう。
【第Ⅲ類型】行為そのものに備わる性的性質がおよそ無い,あるいは希薄であるため,具体的状況如何にかかわらず「わいせつな行為」該当性を否定すべきと考えられる行為類型
 行為そのものが持つ性的性質が無いか,あっても非常に弱いため,刑法176条等の保護法益(性的自由を中核とする性にかかわる個人的法益)に対する侵害となることがおよそ考えられないか,同条等による非難に値する程度の侵害にはおよそ達し得ないような行為がこの類型に入るものと考えられる。そのような行為は,具体的状況がどうであろうと「わいせつな行為」に該当すると認められるほどの強さに達する性的な意味合いをおよそ持ち得ないと考えられる。すなわち,一般的にみて性的性質が希薄な行為については,行為者がいかに,強い性的意図をもっていたとしても,法定刑の重い強制わいせつ罪等を成立させる程度の強さの性的意味合いを持つとは認め難いと思われる(前掲佐藤64頁)。
 この類型の行為は,仮に暴行,脅迫によって強制されたとしても強要罪が成立するにとどまるとすれば足りるし,13歳未満の者に対して暴行脅迫を加えることなく行ったとしても不可罰というほかなく,監護者の地位に乗じて行われたとしても不可罰と考えられる(ただし,そのような行為であっても,各都道府県の定める迷惑防止条例に該当する場合はあり得るであろう。本判決後のものではあるが,嘉門優「強制わいせつと痴漢行為との区別について」季刊刑事弁護93号147頁も参照)。
 この類型に当たるのではないかと考えられる行為としては,例えば,手に触れる行為,衣服を着た状態の者を写真撮影する行為等が考えられるが,どのような行為について,一般的にみて性的性質が希薄というべきかについても,その時代の社会通念を反映させて決せられるほかなく,時代によって移り変わっていくと考えられる(例えば,纏足文化があり,纏足に強い性的意味合いがあると一般的に評価されている社会では,纏足にまつわる行為に強い性的意味があるとみる余地が出てくるであろう。前掲佐藤65頁注50も参照。)。したがって,多様な性的行為が想定される現代社会では,例えばフェティシズムに基づく行為をどのように考えるかも,社会通念に根差して考えていくべき今後の課題となろう(前掲樋口89頁,前掲佐藤65頁,園田寿「強制わいせつ罪における<性的意図>について」山中敬一先生古稀祝賀論文集下巻124頁〔2017年〕等)。

(オ)行為者の目的等の主観的事情
 「わいせつな行為」該当性の判断において,具体的状況等の事情を総合考慮する場合に考えられる判断要索については,様々なものが考えられ,多くの場合には,当該行為そのものが持つ性的性質の強さに加えて,○a行為者と被害者の関係性,○b行為者及び被害者の各属性等,○c行為に及ぶ経緯,周囲の状況等の諸要素の中から,当該事案における「わいせつな行為」該当性の評価に必要と考えられる判断要素を抽出して,これらを総合考慮し,性的な意味の有無やその性的な意味合いの強さを判断すれば,当該行為の「わいせつな行為」該当性を決することができると思われるが(注16),中には,行為者がどのような目的でその行為をしたのかという主観的事情を総合判断の一要素として考慮せざるを得ない場面も,少ないとはいえ,あり得ると考えられる(前掲刑事比較法研究グループ154頁,前掲佐藤64頁,前掲和田621頁等)。
 すなわち,①当該行為そのものが持ち得る性的性質がさほど強くない行為(例えば,身体的接触のない裸体写真撮影行為や単に抱きしめる行為),あるいは,②行為者の主観以外の具体的状況を考慮してみても,性的な意味ではない別の社会的意味が想定され得るような行為(例えば,監護者が児童と入浴し身体を洗う行為)(注17)では,最終的には,行為者の目的等の主観的事情を考慮に入れて判断せざるを得ない場合があると考えられる。(注18)例えば,性的な意味を持ち得るような行為であったとしても,医療行為や養育行為として行われていることが認められれば,社会通念上,通常は,性的な意味のない行為というべきであるから,「わいせつな行為」に該当しないと考えられるところ,医療行為と評価できるかどうかや,養育行為と評価できるかどうかの判断要素として,行為者の目的(医療目的・養育目的ではなく,専ら自らの性欲を満たす目的であったか否か等。)を検討しなければならない場面もあり得るであろう(医師による女性患者に対する陰部に対する検査行為について,検査に名を借りたわいせつ行為であるとして準強制わいせつ罪として起訴され,弁護人から医師の正当行為であると主張された事案について,「わいせつの目的」がないから「わいせつ行為」とは認定できないとした京都地判平成18年12月18日LLI判例秘書(L06150442)参照)。
 もっとも,主観的事情として考慮すべき内容は,行為者自身の性欲を満たす性的意図に限られないであろう。被害者に対して性的屈辱感を感じさせることによって復讐等を果たす目的や,第三者らの性欲を満たすための画像等を他人に提供する目的等であっても,社会通念に照らせば,そのような目的によって,当該行為に強い性的な意味が付与されると考えられるので,それらの目的の有無も含めた主観的事情も考慮要素になり得ると考えられる。
 本判決は,「そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があることは否定し難い」と判示し,「わいせつな行為」該当性の判断方法を示し,その判断をする際に必要な場合には,性的意図だけでなく,目的等も含めた行為者の主観的事情を考慮してもよい旨を明確に示すことにより,昭和45年判例を変更する射程を明らかにしたものと思われる。
 なお,このような主観的事情は,純粋に内心を探り当てて認定されるべきものでないことは当然であって,行為者の主観的事情が外部的徴表として表れていなければ,行為者の目的等を認定することは困難であり,その認定は慎重に行う必要がある(安易に自白に頼るような姿勢は厳に慎むべきであろう。)。

(注16)当該行為が行われた際の具体的状況等を総合考慮する場合の具体的判断要素
 当該行為が行われた具体的状況等の諸事情を総合考慮して「わいせつな行為」該当性を判断する場合においては,以下のような判断要素を総合考慮(性的意味合いを強める方向の事情と,性的意味合いを弱める方向の双方の事情の総合考慮)していくことが考えられる。
 もっとも,下記のとおり,種々の判断要素が考えられるものの,全ての事件において,これらの要素の有無を逐一判断する必要はないし,そのようなやり方は不相当であって,個別の事案ごとに,その事案にふさわしい判断要素となる事情を抽出して拾い上げ,それらの意味合いを総合考慮すべきと考えられる。
 ○a行為者と被害者の関係性
 見ず知らずの者による行為は,挨拶等のコミュニケーションのため,といった他の意味の可能性を排除できるため,多くの場合,性的な意味が肯定され得るであろう。行為者と被害者との間に,一定の関係性(親子,保育者と被保育者,医師と患者等)がある場合には,その関係がどのようなものであるかに加えて,○b以下の判断要素が重要になるものと思われる。
 ○b行為者及び被害者の各属性等(それぞれの性別・年齢・性的指向・文化的背景〔コミュニケーション手段に関する習慣等〕・宗教的背景等)
 被害者が幼ければ,性的な意味がないというべき事案が多くなるであろうが,行為者自身に小児を対象とする性的傾向があるといった場合には,性的な意味が肯定される方向の大きな事情となる。また,被害者及び行為者が同性の友人関係にあっても,どちらか一方または双方が同性愛者である場合には,性的な意味が肯定される余地が増える。行為者及び被害者の双方あるいは片方に,コミュニケーションとしてキス,ハグする習慣があるのであれば,性的な意味はないと判断すべき場合が増えると考えられる。
 ○c行為に及ぶまでの経緯,行為者及び被害者の各言動,行為が行われた時間,場所,周囲の状況等
 行為に及ぶまでの経緯,言動,周囲の状況等に,性的な意味を示すものがあれば,性的な意味が肯定されやすくなり,性的な意味のない純粋な挨拶等のコミュニケーション行為としてであったり,あるいは医療・養育行為として行われていることを示すもの等があれば,性的な意味が否定されやすくなる。また,大勢の前で,明るい場所で,いきなり衣服をはぎ取って全裸にする行為は,性的な屈辱感を与えるという意味において性的に重要な意味をもつ場合が多いと考えられるが,風呂場の更衣室で,入浴前に同性の生徒同士が衣服を脱がせて全裸にする行為であれば,通常は,性的な意味があるとは考えられない(もっとも,そのような状況でも,いじめなどで,相手に性的屈辱感を与える目的があったとすれば,性的な意味が肯定され得るであろう。)。
 ○d行為に及んだ目的を含む行為者の主観的事情
 通常は,当該行為そのものが持つ性的性質の程度に加えて,○aないし○cの諸要素を総合考慮することにより,当該行為が,①性的な意味があるか否か,②性的な意味合いの強さが刑法176条等による非難に相応する程度に逹しているか否か,を判断できるものと思われる。
 しかし,中には,行為者がどのような目的でその行為をしたのかという主観的事情を総合考慮の一要素として考慮に入れざるを得ない場合もあり得ると考えられる。
 ただし,行為者の目的等の主観的事情を立証したり認定したりするためには,その間接事実として,行為者と被害者の関係,行為者及び被害者の各属性等(年齢・性別・性的指向・文化的背景等),行為に至るまでの経緯・周囲の状況を考慮することになることから,実際上の判断要素は,かなりの程度重複することになろう。例えば,監護者が子どもと一緒に入浴してその性器に触れたり子どもの裸体を撮影する事例などでいえば,行為者の客観的な言動として,当該行為の前後に現に当該被害児童の写真を「児童ポルノ」として提供していたとか,当該行為の前後において,性的欲望を満たす意図で入浴していたことを示す日記を残しているとか,行為者の主観的事情が,外部的徴表として表れていなければ,結局のところ,行為者の目的等を認定することは困難であると思われる。
(注17)監護者あるいは保育者が,子どもを入浴させる行為は,通常であれば,監護・養育・保育行為であって,性的な意味がないといえる。しかし,例えば,監護者等の立場にある行為者において,行為当時の目的について,注16に挙げたような証拠等によって,当初から入浴時の様子を撮影して児童ボルノとして提供する目的があったと認定できる場合や,子どもと一緒に入浴して性器に触れることについて性的欲望を満たす目的があったと認定できる場合など,性的虐待行為と評価できるような行為の場合には,社会通念上「わいせつな行為」に該当し得ると考えられるであろう。
(注18)諸外国においても,「性的」と評価するにあたり,客観面を重視しつつも性的意図も考慮要素としたり,客観的には多義的な場合には性的意図という主観面を重視するといった議論がなされているようである(前掲刑事比較法研究グループ11頁)。
・・・・・・・・・
 ウ 「わいせつな行為」の判断要素と「公訴事実」「罪となるべき事実」
 「わいせつな行為」について,上記のような解釈をとった場合において,「公訴事実」あるいは「罪となるべき事実」としてどこまで記載すべきかという点が問題となる(前掲樋口87頁参照)。
 「わいせつな行為」のような規範的事実について,その規範的評価の根拠となる事実をもれなく全て起訴状に書き切ることは困難である(わいせつな行為該当性評価の根拠となる事実をもれなく全て記載しようとすれば,わいせつ性を否定する方向の事情とこれを高める方向の事情とを全て書き切らなければならなくなるが,被告人の弁解が明らかとはいえない起訴の段階では,その作業を予め行うことには無理がある)。そもそも,訴因の特定という意味においては,「わいせつな行為」に該当すると評価されるべき行為自体(例えば,「キスをした」行為)が特定されていれば足りると思われる。その行為の「わいせつな行為」該当性の評価根拠となる事実は,作為として行われる「わいせつな行為」を特定するために必要な事実ではなく,これを認定するための間接事実であるように思われる。そうすると,起訴の段階で,評価の根拠となるべき事実関係の全てを公訴事実に記載することは,現実的ではないし,その必要もないと考えられる。したがって,起訴状には,日時,場所,被害者のほか,「わいせつな行為」と評価される行為(例えば,「キスをした」。)を記載し,「もって,わいせつな行為をした。」と記載するだけで,犯罪事実の特定としては足りており,その評価の根拠となる事実の記載が不十分であるからといって,違法とはいえないであろう。もっとも,その評価の根拠となる事実は,攻撃防御の対象として重要であることは当然であり,事案に応じて,重要な部分(例えば,「通りすがりの通行人の被害者に対し突如キスをした」等)を可能な限り予め公訴事実に記載する方がより望ましいことは当然である。さらに,最終的には,「わいせつな行為」と評価するに足りるだけの事実関係が全て主張,立証されていなければ,「わいせつな行為」をしたとは認定できないから,少なくとも冒頭陳述等において,その評価の根拠となるべき事実が主張されている必要があるし,「わいせつな行為」該当性に争いのある事件であれば,その後の被告人の弁解を踏まえて,論告,弁論において,「わいせつな行為」該当性の評価に必要と考えられる判断要素とその総合考慮に関するそれぞれの見方が示されているべきと考えられる(以上につき,家令和典「訴因の特定と訴因変更の要否」松尾浩也ほか編・実例刑事訴訟法Ⅱ19頁〔2012年〕,池田修・最高裁判所判例解説刑事篇平成13年度73頁等参照)。
 次に,判決書の「罪となるべき事実」においても,同様に,当該行為を記載するだけで「わいせつな行為」と認められるような事案(本件のような強度の性的接触行為等)の場合には,行為の記載だけで十分といえるが,「わいせつな行為」該当性の判断が微妙な事案では,「わいせつな行為」と評価した根拠となる重要な事実関係を「罪となるべき事実」にも記載しておくのが望ましいと考えられる。ただし,仮にそれらの記載が欠けているからといって,それだけでは,直ちに理由不備とまではいえないであろう。
 4 本判決の意義
 本判決は,強制わいせつ罪の成立要件として性的意図を要求していた昭和45年判例を約半世紀ぶりに変更し,強制わいせつ罪の解釈を明確化したものとして重要な意義を有するといえよう。
 今後は,本判決を踏まえ,現代社会における社会通念に照らし,どのような行為がどのような場合に「わいせつな行為」に当たると評価するのが相当であるのかについて,具体的事例の集積を通じて明らかにされることが期待される。

(後注)本判決の評釈等として知り得た主なものとして,以下のものがある。 前田雅英「行為者の性的意図の満足と強制わいせつ罪の成否」捜査研究66巻12号2頁,研修804号2頁,成瀬幸典「強制わいせつ罪の主観的要件としての性的意図の要否」法学教室449号129頁,豊田兼彦「強制わいせつ罪における性的意図の要否」法学セミナー757号123頁,村井敏邦「強制わいせつ罪の成立に,わいせつ目的を必要とするか」時の法令2043号50頁,曲田統「強制わいせつ罪における『性的意図』の要否」法学教室450号51頁,松木敏明=奥村徹園田寿「強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否」法学セミナー758号48頁,木村光江「行為者の性的意図と強制わいせつ罪の成立要件」平成29年度重要判例解説156頁,松宮孝明「平成29年11月29日大法廷判決の意味するもの」季刊刑事弁護94号74頁,髙橋則夫「強制わいせつ罪における性的意図」論究ジュリスト25号113頁,塩見淳「強制わいせつ罪における『性的意図』」刑事法ジャーナル56号33頁,奥村徹最高裁大法廷平成29年11月29日判決の背景」判例時報2366号131頁,小林憲太郎「最高裁平成29年11月29日大法廷判決について」判例時報2366号138頁,佐藤拓磨「最大判平成29年11月29日の意義と今後の課題」判例時報2366号143頁,園田寿「強制わいせつ罪における『性的意図』の要否」新・判例解説Watch23・167頁,木村光江「強制わいせつ罪における『性的意図』」日髙義博先生古稀祝賀論文集下巻107頁,石飛勝幸「実務刑事判例評釈」警察公論73巻8号88頁,小棚木公貴「強制わいせつ罪の成立と性的意図の要否」北大法学論集69巻3号187頁,日和田哲史「強制わいせつ罪の成立要件と『性的意図』」上智法学論集62巻1=2号177頁,仲道祐樹「強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否」論究ジュリスト28号188頁,成瀬幸典「強制わいせつ罪に関する一考察」(下・完)東北大学法学会法学82巻6号160頁。(向井 香津子)