乳房に触れる行為がわいせつ行為(刑法176条)と評価されるにはある程度の強度執拗性が求められる話
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「わいせつ」については、最高裁大法廷判決(平成29年11月29日)以降、明確な定義がありませんが、「客観的に性的な意味合いがある行為で、ある程度の強度があるもの」と理解されているようです。
着衣の上から乳房に触る行為についても、行為態様によっては、わいせつ行為と評価される可能性がありますが、法定刑の重さなどから、ある程度の強度や執拗さが要求されます。「単に触れるだけでは足りず、着衣の上からでも弄んだといえるような態様であることが必要」(条解刑法第4版523頁)と説明されています。
今回のケースは、画像で見る限りは、軽く触れている程度であり、わいせつ行為としての強度や執拗さに欠ける感じがします
大法廷h29.11.29が「同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。」「当該行為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから,その他の事情を考慮するまでもなく,性的な意味の強い行為として,客観的にわいせつな行為であることが明らかであり,強制わいせつ罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判決の結論は相当である」というのでね。
【判例番号】 L07210085
児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反,強制わいせつ,犯罪による収益の移転防止に関する法律違反被告事件
【事件番号】 最高裁判所大法廷判決/平成28年(あ)第1731号
【判決日付】 平成29年11月29日
【判示事項】 強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否
【判決要旨】 刑法(平成29年法律第72号による改正前のもの)176条にいう「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うための個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合はあり得るが,行為者の性的意図は強制わいせつ罪の成立要件ではない。
【参照条文】 刑法(平29法72号改正前)176
【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集71巻9号467頁
裁判所時報1688号245頁
判例タイムズ1452号57頁
判例時報2383号115頁
LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 警察公論73巻8号88頁
論究ジュリスト25号113頁
論究ジュリスト28号188頁
ジュリスト1517号78頁
ジュリスト1518号156頁
別冊ジュリスト251号30頁
上智法学論集62巻1~2号177頁
捜査研究66巻12号2頁
法学教室449号129頁
法学教室450号51頁
法学セミナー63巻2号123頁
法曹時報72巻1号172頁
判例時報2440号132頁
法学新報127巻1号197頁
法律時報91巻13号264頁主 文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中280日を本刑に算入する。理 由
1 弁護人松木俊明,同園田寿の各上告趣意,同奥村徹の上告趣意のうち最高裁昭和43年(あ)第95号同45年1月29日第一小法廷判決・刑集24巻1号1頁(以下「昭和45年判例」という。)を引用して判例違反,法令違反をいう点について
(1) 第1審判決判示第1の1の犯罪事実の要旨は,「被告人は,被害者が13歳未満の女子であることを知りながら,被害者に対し,被告人の陰茎を触らせ,口にくわえさせ,被害者の陰部を触るなどのわいせつな行為をした。」というものである。
原判決は,自己の性欲を刺激興奮させ,満足させる意図はなく,金銭目的であったという被告人の弁解が排斥できず,被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残るとした第1審判決の事実認定を是認した上で,客観的に被害者の性的自由を侵害する行為がなされ,行為者がその旨認識していれば,強制わいせつ罪が成立し,行為者の性的意図の有無は同罪の成立に影響を及ぼすものではないとして,昭和45年判例を現時点において維持するのは相当でないと説示し,上記第1の1の犯罪事実を認定した第1審判決を是認した。
(2) 所論は,原判決が,平成29年法律第72号による改正前の刑法176条(以下単に「刑法176条」という。)の解釈適用を誤り,強制わいせつ罪が成立するためには,その行為が犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させるという性的意図のもとに行われることを要するとした昭和45年判例と相反する判断をしたと主張するので,この点について,検討する。
(3) 昭和45年判例は,被害者の裸体写真を撮って仕返しをしようとの考えで,脅迫により畏怖している被害者を裸体にさせて写真撮影をしたとの事実につき,平成7年法律第91号による改正前の刑法176条前段の強制わいせつ罪に当たるとした第1審判決を是認した原判決に対する上告事件において,「刑法176条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには,その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し,婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であっても,これが専らその婦女に報復し,または,これを侮辱し,虐待する目的に出たときは,強要罪その他の罪を構成するのは格別,強制わいせつの罪は成立しないものというべきである」と判示し,「性欲を刺戟興奮させ,または満足させる等の性的意図がなくても強制わいせつ罪が成立するとした第1審判決および原判決は,ともに刑法176条の解釈適用を誤ったものである」として,原判決を破棄したものである。
(4) しかしながら,昭和45年判例の示した上記解釈は維持し難いというべきである。
ア 現行刑法が制定されてから現在に至るまで,法文上強制わいせつ罪の成立要件として性的意図といった故意以外の行為者の主観的事情を求める趣旨の文言が規定されたことはなく,強制わいせつ罪について,行為者自身の性欲を刺激興奮させたか否かは何ら同罪の成立に影響を及ぼすものではないとの有力な見解も従前から主張されていた。これに対し,昭和45年判例は,強制わいせつ罪の成立に性的意図を要するとし,性的意図がない場合には,強要罪等の成立があり得る旨判示しているところ,性的意図の有無によって,強制わいせつ罪(当時の法定刑は6月以上7年以下の懲役)が成立するか,法定刑の軽い強要罪(法定刑は3年以下の懲役)等が成立するにとどまるかの結論を異にすべき理由を明らかにしていない。また,同判例は,強制わいせつ罪の加重類型と解される強姦罪の成立には故意以外の行為者の主観的事情を要しないと一貫して解されてきたこととの整合性に関する説明も特段付していない。
元来,性的な被害に係る犯罪規定あるいはその解釈には,社会の受け止め方を踏まえなければ,処罰対象を適切に決することができないという特質があると考えられる。諸外国においても,昭和45年(1970年)以降,性的な被害に係る犯罪規定の改正が各国の実情に応じて行われており,我が国の昭和45年当時の学説に影響を与えていたと指摘されることがあるドイツにおいても,累次の法改正により,既に構成要件の基本部分が改められるなどしている。こうした立法の動きは,性的な被害に係る犯罪規定がその時代の各国における性的な被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応していることを示すものといえる。
これらのことからすると,昭和45年判例は,その当時の社会の受け止め方などを考慮しつつ,強制わいせつ罪の処罰範囲を画するものとして,同罪の成立要件として,行為の性質及び内容にかかわらず,犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させるという性的意図のもとに行われることを一律に求めたものと理解できるが,その解釈を確として揺るぎないものとみることはできない。
イ そして,「刑法等の一部を改正する法律」(平成16年法律第156号)は,性的な被害に係る犯罪に対する国民の規範意識に合致させるため,強制わいせつ罪の法定刑を6月以上7年以下の懲役から6月以上10年以下の懲役に引き上げ,強姦罪の法定刑を2年以上の有期懲役から3年以上の有期懲役に引き上げるなどし,「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号)は,性的な被害に係る犯罪の実情等に鑑み,事案の実態に即した対処を可能とするため,それまで強制わいせつ罪による処罰対象とされてきた行為の一部を強姦罪とされてきた行為と併せ,男女いずれもが,その行為の客体あるいは主体となり得るとされる強制性交等罪を新設するとともに,その法定刑を5年以上の有期懲役に引き上げたほか,監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪を新設するなどしている。これらの法改正が,性的な被害に係る犯罪やその被害の実態に対する社会の一般的な受け止め方の変化を反映したものであることは明らかである。
ウ 以上を踏まえると,今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべきであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず,もはや維持し難い。
(5) もっとも,刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。そして,いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる。
そうすると,刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。
(6) そこで,本件についてみると,第1審判決判示第1の1の行為は,当該行為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから,その他の事情を考慮するまでもなく,性的な意味の強い行為として,客観的にわいせつな行為であることが明らかであり,強制わいせつ罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判決の結論は相当である
向井香津子「最高裁判例解説 強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否」 法曹時報第72巻第1号
(イ)性的な意味合いの強さの程度
次に,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが「わいせつな行為」に該当するとは考えられない点にも留意が必要である。
例えば,性的関心をもって手に触れるとか,性的関心に基づいて衣服を着けた者を撮影するといった行為も,性的な意味を帯びると考えられるが,この程度の行為まで「わいせつな行為」として,強制わいせつ罪の処罰対象に含むことは、同罪の法定刑の重さ(特に法定刑の下限が懲役6月と定められている点が重要である。)に照らして妥当性を欠くと思われる。
すなわち,強制わいせつ罪(刑法176条前段,後段),準強制わいせつ罪(178条1項),監護者わいせつ罪(平成29年改正で新設された179条1項)は,それぞれに規定(以下これらの規定を併せて「刑法176条等」という。)されている各態様(i暴行又は脅迫を用いる,ii13歳未満の者を相手とする,iii人の心神喪失もしくは抗拒不能に乗じ,又は心神を喪失させ,もしくは抗拒不能にさせる,iv18歳未満の者に対し,監護者であることの影響力があることに乗じる。)によって「わいせつな行為」をした者を,これらの各規定によって重く処罰しているのであるから,性的な意味がある行為の中でも,このような各態様によって,その行為を行うことが,保護法益(性的自由を中核とする性に関わる個人的法益)に対する重い侵害となるような行為,すなわち,性的な意味合いの強さが刑法176条等による非難に相応する程度に達している行為に限定されるべきと考えられる(前掲橋爪31頁,前掲佐藤63頁,前掲刑事比較法研究グループ153頁等参照)。
本判決が「同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない」と判示しているのは,このことを明らかにしたものと思われる。
(ウ)判断基準
したがって,ある行為が「わいせつな行為」に該当するというためには,
①性的な意味があるか否か
②性的な意味合いの強さが刑法176条等による非難に相応する程度に達しているか否か
を判断しなければならないと考えられるが,これらをどのような基準で判断すべきなのかが,更に問題となる。
これらの判断について,当該被害者が実際に当罰性の高い性的意味を感じたか否かによるべきでないことは当然であり,他方で,昭和45年判例の解釈を採用しない以上,行為者自身の性欲等を基準にすべきものでないことも明らかといえる。結局,その判断は,社会通念に照らして客観的に判断されるべきと考えられる。(注13)
また,性的な被害に係る犯罪に対する社会の受け止め方は,前述のとおり時代によって変わり得るものであることからすれば,社会通念に照らして判断する際には,その時代の社会の受け止め方をも考慮しておく必要がある。もっとも,犯罪規定の解釈においては,法的安定性が求められることも当然であるから,社会の受け止め方の変化を考慮する際には,慎重な姿勢も必要であり,従前の判例・裁判例の積み重ねを十分斟酌する必要があろう。(注14)
本判決が,「いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる」と判示しているのは,このようなことを明らかにしたものと思われる。(注13)樋口亮介「性犯罪の主要事実確定基準としての刑法解釈」法律時報88巻11号89頁〔2016年〕は,性的という評価は社会の価値観に依存する以上,量刑の数値化同様,事例判断を積み重ねて平均的判断を形成していく他ない問題である,と指摘する。
(注14)犯罪規定解釈には法的安定性も要求されることからすれば,謙抑的な解釈をせざるを得ない結果として,社会の意識の変化と法解釈の変更の間に,若干のタイムラグが生じることはやむを得ないように思われる。(エ)具体的判断方法
そこで,「わいせつな行為」該当性の具体的判断方法を更に考えてみると,まずは,行為そのものが持つ性的性質の有無,程度に着目して,
①性的な意味があるかどうか
②性的な意味合いの強さがどの程度か
を検討すべきであって,それだけでは「わいせつな行為」該当性の判断がつかない場合には,次の段階として,行為そのものが持つ性的性質の程度を踏まえつつ,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも加えて判断していくことになろう。
薄井真由子判事「強制わいせつ罪における「性的意図」」植村立郎「刑事事実認定重要判決50選_上_《第3版》」2020立花書房
ウ その他の性的部位への直接の接触行為
性器,肛門,口腔以外の性的部位としては,胸と臀部があげられることが多い。胸と臀部は性を象徴する典型的な部位といえるから、被害者の胸や臀部を直接触ったり揉んだりする行為,あるいは行為者の胸や臀部を直接被害者に触らせる行為は,瞬間的な接触や狭い範囲の接触でなければ,性的性質が強く,①の場合に当たるのではないかと思われる 12)。もっとも,接触の具体的態様を考慮することにはなろう。
なお,男性や児童の胸が女性の胸と性的性質が同じかどうかは議論のあるところだが,強制性交等罪において男女の別がなくなり,今日では性的な被害については男性や児童も女性と同じであると一般的に受け止められていることからすれば,男性や児童の胸の性的性質について女性の胸と区別する解釈は基本的に採り得ないものである 13)。
条解刑法4版p523
(イ) 具体的行為
わいせつな行為の具体例としては, 陰部に手を触れたり,手指で弄んだり, 自己の陰部を押し当てることや,女性の乳房を弄ぶことなどである.
陰部や乳房を着衣の上から触れた場合については,単に触れるだけでは足りず,着衣の上からでも弄んだといえるような態様であることが必要であるから,厚手の着衣の上からという場合は, 薄手の着衣の上からという場合より, 強い態様のものであることを要しよう(薄手の着衣の上からの場合につき肯定した例として, 名古屋高金沢支判昭36.5.2下集35=6-399)。なお,乳房が未発達な女児に対する場合であっても,社会通念上‘性的感情の侵害があるといえるから, わいせつ性は肯定されるが,全く発達していない幼児や男性の場合には否定されよう(大コンメ3版(9)68)
......
これに対し,単なる抱擁は, わいせつ行為とはいえない。女性の臂部を撫でる行為については,厚手の着衣の上から撫でてもわいせつといえないが(痴漢行為として条例違反となり得ることにつき,本条注8(キ)参照),下着の上から撫でたような場合にはわいせつ性を肯定し得るであろう(東京高判平13・9・18東時52-1=12-54, 名古屋高判平15.6.2
判時1834-161)。