児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・不同意性交・不同意わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録・性的姿態撮影罪弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

いまどき「強制わいせつ罪につき性的意図はなかった」という主張

 記者が端折ってるのではないか。いまどきそんな主張されたのかが疑問ですが、大法廷h29.11.29があるから、性的意図がないと言っても無罪にはならないわけです。
 裁判所は馬渡調査官解説や薄井論文に従って処理してくるので、それを意識して弁解してください。

https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=87256
ウ 以上を踏まえると,今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべきであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず,もはや維持し難い。
(5) もっとも,刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。そして,いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる。
そうすると,刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである

 ここで最高裁は、「わいせつとは、いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものをいう。(最判昭26・5・10刑集5-6-1026)」は採らないことを宣言したものの、新定義は示せず、「行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ない」と判示しています。
 これでは現場の裁判官が困って、判断がバラバラです。
① 「性的自由を侵害する行為」(大阪高裁H28.10.27 大法廷h29.11.29の控訴審
② 「一般人の性欲を興奮,刺激させるもの,言い換えれば,一般人が性的な意味のある行為であると評価するものと解されるから,強制わいせつ行為に該当する。」(東京高裁H30.1.30)
③「被告人が~~などしたもので,わいせつな行為の一般的な定義を示した上で該当性を論ずるまでもない事案であって,その性質上,当然に性的な意味があり,直ちにわいせつな行為と評価できることは自明である。」(広島高裁H30.10.23)
④「わいせつな行為」に当たるか否かは,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断すべきである。(福岡高裁H31.3.15)

 そこで判例解説で裁判官向けのマニュアルが示された。これは判例ではないが、最高裁から出ているので、これで動いている。

馬渡調査官解説 強制わいせつ罪の成立と行為者の性的意図の要否 最高裁判所判例解説_刑事篇_平成29年度
 イ 「わいせつな行為」の判断方法
(ア)件的な意味の有無
 強制わいせつ罪が性的自由を中心とした性にかかわる個人的法益に対する罪であることに照らせば,「わいせつな行為」であるかどうかを判断するための核心部分は,当該行為に性的な意味があるか否かであると考えられる(前掲山口106頁,前掲西原36頁,前掲佐伯66頁等)。
 ところが,どのような行為に性的な意味があるといえるのかについては,性交類似行為等のように,その行為の外形自体から直ちに性的意味があることが明らかな行為がある一方,幼児の裸の写真を撮影する行為(家族が記念撮影の一環として行っている場合もあれば,他人に提供するために家族が児童ポルノを製造している場合もある。)やキスする行為(あいさつの場合もあれば,性的意味が込められている場合もある。)のように,その行為の外形自体だけでは,性的意味があるかどうかを直ちに判断できない行為とが考えられる。このように,行為そのものが持つ性的性質が不明確なために行為の外形自体だけからは判断のつかない行為については,その行為が行われた際の具体的状況等(例えば,○a行為者と被害者の関係性,○b行為者及び被害者の各性別・年齢・性的指向・文化的背景〔コミュニケーション手段の文化等〕・宗教的背景,○c行為が行われた時間,場所,周囲の状況,行為に及ぶまでの経緯,行為者及び被害者の各言動等が判断要素として考えられる)。をも考慮しなければ,性的意味があるか否かを判断できないものと思われる(前掲橋爪31頁)。
 本判決が,「刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具休的状況等をも考應に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある」と判示しているのは,上記のようなことを明らかにしたものと思われる。
(イ)性的な意味合いの強さの程度
 次に,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが「わいせつな行為」に該当するとは考えられない点にも留意が必要である。
 例えば,性的関心をもって手に触れるとか,性的関心に基づいて衣服を着けた者を撮影するといった行為も,性的な意味を帯びると考えられるが,この程度の行為まで「わいせつな行為」として,強制わいせつ罪の処罰対象に含むことは,同罪の法定刑の重さ(特に法定刑の下限が懲役6月と定められている点が重要である。)に照らして妥当性を欠くと思われる。
 すなわち,強制わいせつ罪(刑法176条前段,後段),準強制わいせつ罪(178条1項),監護者わいせつ罪(平成29年改正で新設された179条1項)は,それぞれに規定(以下これらの規定を併せて「刑法176条等」という。)されている各態様(i暴行又は脅迫を用いる,ii13歳未満の者を相手とする,iii人の心神喪失もしくは抗拒不能に乗じ,又は心神を喪失させ,もしくは抗拒不能にさせる,iv18歳未満の者に対し,監護者であることの影響力があることに乗じる。)によって「わいせつな行為」をした者を,これらの各規定によって重く処罰しているのであるから,性的な意味がある行為の中でも,このような各態様によって,その行為を行うことが,保護法益(性的自由を中核とする性に関わる個人的法益)に対する重い侵害となるような行為,すなわち,性的な意味合いの強さが刑法176条等による非難に相応する程度に達している行為に限定されるぺきと考えられる(前掲橋爪31頁,前掲佐藤63頁,前掲刑事比較法研究グループ153頁等参照)。
 本判決が「同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない」と判示しているのは,このことを明らかにしたものと思われる。
(ウ)判断基準
 したがって,ある行為が「わいせつな行為」に該当するというためには,
 ①性的な意味があるか否か
 ②性的な意味合いの強さが刑法176条等による非難に相応する程度に達しているか否か
を判断しなければならないと考えられるが,これらをどのような基準で判断すべきなのかが,更に問題となる。
 これらの判断について,当該被害者が実際に当罰性の高い性的意味を感じたか否かによるべきでないことは当然であり,他方で,昭和45年判例の解釈を採用しない以上,行為者自身の性欲等を基準にすべきものでないことも明らかといえる。結局,その判断は,社会通念に照らして客観的に判断されるべきと考えられる。(注13)
 また,性的な被害に係る犯罪に対する社会の受け止め方は,前述のとおり時代によって変わり得るものであることからすれば,社会通念に照らして判断する際には,その時代の社会の受け止め方をも考慮しておく必要がある。もっとも,犯罪規定の解釈においては,法的安定性が求められることも当然であるから,社会の受け止め方の変化を考慮する際には,慎重な姿勢も必要であり,従前の判例・裁判例の積み重ねを十分斟酌する必要があろう。(注14)
 本判決が,「いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる」と判示しているのは,このようなことを明らかにしたものと思われる。

(注13)樋口亮介「性犯罪の主要事実確定基準としての刑法解釈」法律報時88巻11号89頁〔2016年〕は,性的という評価は社会の価値観に依存する以上,量刑の数値化同様,事例判断を積み重ねて平均的判断を形成していく他ない問題である,と指摘する。
(注14)犯罪規定解釈には法的安定性も要求されることからすれば,謙抑的な解釈をせざるを得ない結果として,社会の意識の変化と法解釈の変更の間に,若干のタイムラグが生じることはやむを得ないように思われる。

(エ)具体的判断方法
 そこで,「わいせつな行為」該当性の具体的判断方法を更に考えてみると,まずは,行為そのものが持つ性的性質の有無,程度に着目して,
 ①性的な意味があるかどうか
 ②性的な意味合いの強さがどの程度か
を検討すべきであって,それだけでは「わいせつな行為」該当性の判断がつかない場合には,次の段階として,行為そのものが持つ性的性質の程度を踏まえつつ,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも加えて判断していくことになろう。
 本判決が「わいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては・・・・・・」と判示しているのは,この点を明らかにしたものと思われる。
 更に敷衍すると,本判決が「行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分踏まえる」ことを求めている趣旨としては,
(a)行為そのものに,性的性質が有り,かつ,その性的性質の程度が強いために,直ちに「わいせつな行為」に該当すると判断できる行為かどうかという点と,
(b)行為そのものに備わる性的性質が無いか,あっても極めて希薄であるために,およそ刑法176条による非難に値する程度に逹しえないものとして,直ちに「わいせつな行為」に該当しないと判断できる行為かどうかという点の両面から検討することを求めているものと思われる。すなわち,(b)行為そのものに備わる性的性質が無いか,あっても極めて希薄と評価すべき行為については,その他の周辺事情(行為者の主観的意図を含め,当該行為が行われた際の具体的状況等諸般の事情)がどのようなものであろうと,およそ「わいせつな行為」に該当し得ないと考えられているものと思われる。
 次に,行為そのものが持つ性的性質が不明確であるために,行為の外形だけでは「わいせつな行為」該当性の判断がつかない類型においては,行為そのものが持つ性的性質の程度を踏まえた上で,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮することになる。この場合には,事案ごとに様々な考慮要素が考えられるところ,個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて,当該事案における判断要素とすべきと考えられる各事情を抽出し,それらの各事情を総合考慮することによって,社会通年に照らし,①性的な意味があるか,②当該行為の性的な意味合いの強さが刑法176条等の非難に値する程度であるか,を判断していくほかないものと思われる。(注15)
 本判決が「事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具休的事実関係に基づいて判断せざるを得ない」と判示しているのは,以上のような点を明らかにしたものと思われる。

(注15)行為そのものが持つ性的性質の有無・程度は,その行為態様(身体的接触の有無,接触した身体の部位,接触の直接性,接触時間,接触態様,衣服の有無等)によって異なると考えられ(前掲佐藤63頁以下参照),その行為態様における性的性質の程度に応じて,以下のような3類型が観念できるものと思われる。
 ただし,このように類型化して観念できるとはいえ,第Ⅰ類型に当たると考えられる行為について,そのほかの具体的状況も併せた上で「わいせつな行為」に該当すると判断することが許容され得ないとは考え難いことからすると,実務上は,第Ⅰ類型と第Ⅱ類型とを厳密に区別することにさほど意味があるとは考え難い。また,仮に,ある行為を第Ⅰ類型に分類して観念したとしても,例えば医療として行われた行為については,正当行為として違法性が阻却されると整理することによっても妥当な解決が導けるであろう(医療行為と評価されるべき行為〔例えば,性器への接触行為〕について,第Ⅰ類型に分類して正当行為として違法性が阻却されるとするか,第Ⅱ頬型に分類して「わいせつな行為」に該当しないとするかは,結論において差異はなく,実務上は,どのような客観的状況の下でどのような主観に基づいて行われた場合に「医療行為」と評価されるべきなのかという点がより重要であると考えられる。)。
 むしろ,注目すべきなのは,第一点目として,本判決が,性的な意味の有無及びその意味合いの強さの判断方法に関し,行為そのものが持つ性的性質にまず着目すべきという判断順序と判断要素としての重要性の序列を明らかにしているという点であり,第二点目として,本判決が,行為そのものに備わる性的性質が無い,あるいは,希薄とされる第Ⅲ類型と第Ⅱ類型との区別を求めているとみられる点であろう。すなわち,第Ⅲ類型は,行為者の性的意図がいかに強いとしても,「わいせつな行為」にはおよそ該当しないと評価すべき行為であり,強制わいせつ罪の処罰範囲を画する上では,第Ⅱ類型と第Ⅲ類型をどのように区別して捉えるかが,今後重要な課題となるのではなかろうか(前掲刑事比較法研究グループ154頁も参照)。
【第Ⅰ類型】行為そのものが持つ性的性質が明確であるため,具体的状況如何にかかわらず,直ちに「わいせつな行為」に該当すると認められる行為類型
 医療行為等の正当業務行為として違法性が阻却されるような例外的な場合を除けば,刑法176条等の定める態様(暴行脅迫による,13歳未満の者を相手とする,心神喪失もしくは抗拒不能に乗じる,監護者の地位に乗じる等)によって行われることが,社会通念上およそ許容され得ないと考えられる程度に,行為そのものが持つ性的性質が明確で,性的な意味が強くあると直ちにいえる行為が,この類型に当たると考えられる。
 例えば,平成29年改正により新設された強制性交等罪にいう口腔性交,肛門性交が,同改正法施行前に行われていたとすれば,当然この類型に当たると考えられるし,そのほかにも濃密な性器接触行為や性器への異物挿入行為等も考えられるところではあるが,具体的にどのような行為であれば,性的性質が明確であるとして直ちに「わいせつな行為」に該当するといえるのかについても,その時代の社会通念によるというほかないと思われる。
【第Ⅱ類型】当該行為の行われた際の具体的状況如何によって,当該行為が「わいせつな行為」に該当するか否かの判断が分かれ得る行為類型
 この類型に当たる行為としては,例えば,キスする行為,裸で一緒に入浴し相手の身体を洗う等の行為,全裸写真を撮影する行為等が考えられる。これらの行為は,状況次第では強い性的な意味を持ち得る性質の行為ではあるが,場合によっては,性的な意味のない単なる親愛表現としてのコミュニケーション行為や,性的な意味のない監護・養育行為等として行われることも考えられるなど,行為そのものが持つ性的性質の有無・程度自体が必ずしも明確とはいえない行為である。
 そのため,第I,第Ⅲ類型とは異なり,「わいせつな行為」該当性は,行為そのものが持つ性的性質の程度に加えて,それ以外の事情,すなわち当該行為が行われた際の具体的状況等をも加えて総合考慮して,性的な意味があるかどうかや,その性的意味合いの強さを判断しなければならない。
 もっとも,成人相手の行為であれば,まずは,相手の承諾の有無が問題となり,承諾さえあれば不可罰であるから,承諾ある行為について,「わいせつな行為」該当性を判断する必要はない。また,承諾なしに暴行,脅迫を加えるなどして,強い性的性質を持ち得る行為(キスなど)をした場合には,そのような経緯自体からして,性的意味のないコミュニケーション行為とみる余地がなくなるため,性的な意味合いを推認でき,「わいせつな行為」に該当すると容易に判断できるであろうから,実際の判断に迷う事例は少ないと思われる。また,行為者と相手との間に何らの関係性もない全くの他人が唐突に強い性的性質を持ち得る行為を行った場合にも,同様にして,性的な意味合いを容易に肯定できるものと思われる。
 これに対し,13歳未満の者を相手にする場合などで,暴行・脅迫がない場合などでは,必ずしも,その判断は容易とはいえない。殊に,年少者を相手として,保育者や監護者等の密接な関係性を有する者が行った場合には,その関係性からして,当該行為が,「わいせつな行為」として行われたのか,単なる養育行為や性的な意味のない親愛表現として行われたのかを,適切に判断しなければならないであろう。
【第Ⅲ類型】行為そのものに備わる性的性質がおよそ無い,あるいは希薄であるため,具体的状況如何にかかわらず「わいせつな行為」該当性を否定すべきと考えられる行為類型
 行為そのものが持つ性的性質が無いか,あっても非常に弱いため,刑法176条等の保護法益(性的自由を中核とする性にかかわる個人的法益)に対する侵害となることがおよそ考えられないか,同条等による非難に値する程度の侵害にはおよそ達し得ないような行為がこの類型に入るものと考えられる。そのような行為は,具体的状況がどうであろうと「わいせつな行為」に該当すると認められるほどの強さに達する性的な意味合いをおよそ持ち得ないと考えられる。すなわち,一般的にみて性的性質が希薄な行為については,行為者がいかに,強い性的意図をもっていたとしても,法定刑の重い強制わいせつ罪等を成立させる程度の強さの性的意味合いを持つとは認め難いと思われる(前掲佐藤64頁)。
 この類型の行為は,仮に暴行,脅迫によって強制されたとしても強要罪が成立するにとどまるとすれば足りるし,13歳未満の者に対して暴行脅迫を加えることなく行ったとしても不可罰というほかなく,監護者の地位に乗じて行われたとしても不可罰と考えられる(ただし,そのような行為であっても,各都道府県の定める迷惑防止条例に該当する場合はあり得るであろう。本判決後のものではあるが,嘉門優「強制わいせつと痴漢行為との区別について」季刊刑事弁護93号147頁も参照)。
 この類型に当たるのではないかと考えられる行為としては,例えば,手に触れる行為,衣服を着た状態の者を写真撮影する行為等が考えられるが,どのような行為について,一般的にみて性的性質が希薄というべきかについても,その時代の社会通念を反映させて決せられるほかなく,時代によって移り変わっていくと考えられる(例えば,纏足文化があり,纏足に強い性的意味合いがあると一般的に評価されている社会では,纏足にまつわる行為に強い性的意味があるとみる余地が出てくるであろう。前掲佐藤65頁注50も参照。)。したがって,多様な性的行為が想定される現代社会では,例えばフェティシズムに基づく行為をどのように考えるかも,社会通念に根差して考えていくべき今後の課題となろう(前掲樋口89頁,前掲佐藤65頁,園田寿「強制わいせつ罪における<性的意図>について」山中敬一先生古稀祝賀論文集下巻124頁〔2017年〕等)。

(オ)行為者の目的等の主観的事情
 「わいせつな行為」該当性の判断において,具体的状況等の事情を総合考慮する場合に考えられる判断要索については,様々なものが考えられ,多くの場合には,当該行為そのものが持つ性的性質の強さに加えて,○a行為者と被害者の関係性,○b行為者及び被害者の各属性等,○c行為に及ぶ経緯,周囲の状況等の諸要素の中から,当該事案における「わいせつな行為」該当性の評価に必要と考えられる判断要素を抽出して,これらを総合考慮し,性的な意味の有無やその性的な意味合いの強さを判断すれば,当該行為の「わいせつな行為」該当性を決することができると思われるが(注16),中には,行為者がどのような目的でその行為をしたのかという主観的事情を総合判断の一要素として考慮せざるを得ない場面も,少ないとはいえ,あり得ると考えられる(前掲刑事比較法研究グループ154頁,前掲佐藤64頁,前掲和田621頁等)。
 すなわち,①当該行為そのものが持ち得る性的性質がさほど強くない行為(例えば,身体的接触のない裸体写真撮影行為や単に抱きしめる行為),あるいは,②行為者の主観以外の具体的状況を考慮してみても,性的な意味ではない別の社会的意味が想定され得るような行為(例えば,監護者が児童と入浴し身体を洗う行為)(注17)では,最終的には,行為者の目的等の主観的事情を考慮に入れて判断せざるを得ない場合があると考えられる。(注18)例えば,性的な意味を持ち得るような行為であったとしても,医療行為や養育行為として行われていることが認められれば,社会通念上,通常は,性的な意味のない行為というべきであるから,「わいせつな行為」に該当しないと考えられるところ,医療行為と評価できるかどうかや,養育行為と評価できるかどうかの判断要素として,行為者の目的(医療目的・養育目的ではなく,専ら自らの性欲を満たす目的であったか否か等。)を検討しなければならない場面もあり得るであろう(医師による女性患者に対する陰部に対する検査行為について,検査に名を借りたわいせつ行為であるとして準強制わいせつ罪として起訴され,弁護人から医師の正当行為であると主張された事案について,「わいせつの目的」がないから「わいせつ行為」とは認定できないとした京都地判平成18年12月18日LLI判例秘書(L06150442)参照)。
 もっとも,主観的事情として考慮すべき内容は,行為者自身の性欲を満たす性的意図に限られないであろう。被害者に対して性的屈辱感を感じさせることによって復讐等を果たす目的や,第三者らの性欲を満たすための画像等を他人に提供する目的等であっても,社会通念に照らせば,そのような目的によって,当該行為に強い性的な意味が付与されると考えられるので,それらの目的の有無も含めた主観的事情も考慮要素になり得ると考えられる。
 本判決は,「そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があることは否定し難い」と判示し,「わいせつな行為」該当性の判断方法を示し,その判断をする際に必要な場合には,性的意図だけでなく,目的等も含めた行為者の主観的事情を考慮してもよい旨を明確に示すことにより,昭和45年判例を変更する射程を明らかにしたものと思われる。
 なお,このような主観的事情は,純粋に内心を探り当てて認定されるべきものでないことは当然であって,行為者の主観的事情が外部的徴表として表れていなければ,行為者の目的等を認定することは困難であり,その認定は慎重に行う必要がある(安易に自白に頼るような姿勢は厳に慎むべきであろう。)。

(注16)当該行為が行われた際の具体的状況等を総合考慮する場合の具体的判断要素
 当該行為が行われた具体的状況等の諸事情を総合考慮して「わいせつな行為」該当性を判断する場合においては,以下のような判断要素を総合考慮(性的意味合いを強める方向の事情と,性的意味合いを弱める方向の双方の事情の総合考慮)していくことが考えられる。
 もっとも,下記のとおり,種々の判断要素が考えられるものの,全ての事件において,これらの要素の有無を逐一判断する必要はないし,そのようなやり方は不相当であって,個別の事案ごとに,その事案にふさわしい判断要素となる事情を抽出して拾い上げ,それらの意味合いを総合考慮すべきと考えられる。
 ○a行為者と被害者の関係性
 見ず知らずの者による行為は,挨拶等のコミュニケーションのため,といった他の意味の可能性を排除できるため,多くの場合,性的な意味が肯定され得るであろう。行為者と被害者との間に,一定の関係性(親子,保育者と被保育者,医師と患者等)がある場合には,その関係がどのようなものであるかに加えて,○b以下の判断要素が重要になるものと思われる。
 ○b行為者及び被害者の各属性等(それぞれの性別・年齢・性的指向・文化的背景〔コミュニケーション手段に関する習慣等〕・宗教的背景等)
 被害者が幼ければ,性的な意味がないというべき事案が多くなるであろうが,行為者自身に小児を対象とする性的傾向があるといった場合には,性的な意味が肯定される方向の大きな事情となる。また,被害者及び行為者が同性の友人関係にあっても,どちらか一方または双方が同性愛者である場合には,性的な意味が肯定される余地が増える。行為者及び被害者の双方あるいは片方に,コミュニケーションとしてキス,ハグする習慣があるのであれば,性的な意味はないと判断すべき場合が増えると考えられる。
 ○c行為に及ぶまでの経緯,行為者及び被害者の各言動,行為が行われた時間,場所,周囲の状況等
 行為に及ぶまでの経緯,言動,周囲の状況等に,性的な意味を示すものがあれば,性的な意味が肯定されやすくなり,性的な意味のない純粋な挨拶等のコミュニケーション行為としてであったり,あるいは医療・養育行為として行われていることを示すもの等があれば,性的な意味が否定されやすくなる。また,大勢の前で,明るい場所で,いきなり衣服をはぎ取って全裸にする行為は,性的な屈辱感を与えるという意味において性的に重要な意味をもつ場合が多いと考えられるが,風呂場の更衣室で,入浴前に同性の生徒同士が衣服を脱がせて全裸にする行為であれば,通常は,性的な意味があるとは考えられない(もっとも,そのような状況でも,いじめなどで,相手に性的屈辱感を与える目的があったとすれば,性的な意味が肯定され得るであろう。)。
 ○d行為に及んだ目的を含む行為者の主観的事情
 通常は,当該行為そのものが持つ性的性質の程度に加えて,○aないし○cの諸要素を総合考慮することにより,当該行為が,①性的な意味があるか否か,②性的な意味合いの強さが刑法176条等による非難に相応する程度に逹しているか否か,を判断できるものと思われる。
 しかし,中には,行為者がどのような目的でその行為をしたのかという主観的事情を総合考慮の一要素として考慮に入れざるを得ない場合もあり得ると考えられる。
 ただし,行為者の目的等の主観的事情を立証したり認定したりするためには,その間接事実として,行為者と被害者の関係,行為者及び被害者の各属性等(年齢・性別・性的指向・文化的背景等),行為に至るまでの経緯・周囲の状況を考慮することになることから,実際上の判断要素は,かなりの程度重複することになろう。例えば,監護者が子どもと一緒に入浴してその性器に触れたり子どもの裸体を撮影する事例などでいえば,行為者の客観的な言動として,当該行為の前後に現に当該被害児童の写真を「児童ポルノ」として提供していたとか,当該行為の前後において,性的欲望を満たす意図で入浴していたことを示す日記を残しているとか,行為者の主観的事情が,外部的徴表として表れていなければ,結局のところ,行為者の目的等を認定することは困難であると思われる。
(注17)監護者あるいは保育者が,子どもを入浴させる行為は,通常であれば,監護・養育・保育行為であって,性的な意味がないといえる。しかし,例えば,監護者等の立場にある行為者において,行為当時の目的について,注16に挙げたような証拠等によって,当初から入浴時の様子を撮影して児童ボルノとして提供する目的があったと認定できる場合や,子どもと一緒に入浴して性器に触れることについて性的欲望を満たす目的があったと認定できる場合など,性的虐待行為と評価できるような行為の場合には,社会通念上「わいせつな行為」に該当し得ると考えられるであろう。
(注18)諸外国においても,「性的」と評価するにあたり,客観面を重視しつつも性的意図も考慮要素としたり,客観的には多義的な場合には性的意図という主観面を重視するといった議論がなされているようである(前掲刑事比較法研究グループ11頁)。

 薄井判事がさらに詳しいマニュアルを書いている。いろいろな行為類型がある。

強制わいせつ罪における「性的意図」薄井真由子文書名植村立郎「刑事事実認定重要判決50選 上 《第3版》」2020立花書房
3「わいせつな行為」該当性の判断について
(1)本判決の分析
 本判決は,あくまで性的意図の要否について判断したものであって,性的意図を強制わいせつ罪の成立要件でないとしたことに関連して,行為者の主観的事情が「わいせつな行為」該当性の判断要素の一つとなることがあり得るとしたにすぎない。したがって,本判決は,刑法176条の「わいせつな行為」の定義を直接判示するものではない。もっとも,その判示内容からすると,「わいせつな行為」該当性についても,次のとおりの判断枠組みを示しているとみることができる。
 ア 判断基準
 第1に,判断基準として,「いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべきかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪の一般的な受け止め方を考盧しつつ客観的に判断されるべき」であるとする。これは,一般人からみて刑法176条の「性的な被害」と評価できるかという観点の検討を求めているものと考えられる 5)。強制わいせつ罪のわいせつ概念については,「性的性質を有する一定の重大な侵襲」と定義する見解が示されている 6) が,本判決もこの見解に親和的と解される 7)。
 イ 具体的判断方法
 第2に,具体的判断方法としては,まず,
①行為そのものが持つ性的性質が明確で,直ちにわいせつな行為と評価できる行為と,
②当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為があるとした。
そして,②の行為については,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,
○ア○アその行為に性的な意味があるといえるか否かや,
○イ○イその性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に
基づいて判断するものとした。
その上で,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があるというのである。
 したがって,「わいせつな行為」該当性の判断に当たっては,まず,「行為そのものが持つ性的性質」を検討することになる。
(2)行為そのものが持つ性的性質の判断について 8)
 上記(1)イ①行為そのものが持つ性的性質が明確で,直ちにわいせつな行為と評価できる場合とはどのような行為であろうか。
 本判決で問題となった「被害者に対し,被告人の陰茎を触らせ,口にくわえさせ,被害者の陰部を触るなど」の行為が,①の場合に当たることは異論のないところである(なお,平成29年改正により刑法177条の強姦罪は強制性交等罪となり,同罪の処罰対象となる性交等に膣性交のほか口腔性交・肛門性交が含まれるようになったため,現在ではそもそも陰茎を口にくわえさせる行為は176条ではなく177条による処罰対象となっている。)が,①の場合に当たる行為について,部位と態様の2つの側面から検討することとしたい 9)。
 なお,治療行為としての性器等への接触については,「行為」にどこまでを取り込むかという観点から異論もあるだろうが,治療行為であることで性的性質が否定されるものと解されるから,後記(3)で取り上げる。
 ア 性器(陰茎・陰部)への直接の接触行為
 どのような場合が①の場合に当たるのかについて,本判決の判示では「強姦罪に連なる行為のように」とされており,上記のとおり平成29年改正後の刑法177条は強制性交等罪として膣性交(陰茎の陰部への挿入)・口腔性交(陰茎の口腔への挿入)・肛門性交(陰茎の肛門への挿入)の3類型を処罰対象としているから,これらの性交等,すなわち性器(陰茎・陰部)の挿入に連なる行為は性的性質が明確で直ちにわいせつな行為と評価できるということになる。
 直接の接触は挿入に次いで性的侵襲度の高い行為であるから,本判決で問題となった行為のように,被害者の性器(陰茎・陰部)を直接触る,あるいは行為者の性器(陰茎・陰部)を被害者に直接触らせる行為は,明らかに①の場合に当たるものといえる。
 イ 肛門,口腔への挿入や直接の接触行為
 口腔と肛門については,それ自体を性器と同視できるというわけではないが,性交の一形態として口腔性交や肛門性交があることからみて,口腔や肛門への挿入や接触行為には性的要素が認められよう。
 とりわけ肛門については,日常生活において物が入ったり他者が触ったりする部位ではないから,被害者の肛門に手指や異物を挿入したり直接触ったりする行為,あるいは行為者の肛門に被害者の手指や異物を挿入させたり直接触らせたりする行為は,肛門性交に連なる行為として,①の場合に当たるものと解される 10)。
 他方で,口腔については,日常生活上,さまざまな物が入る部位であるから,口腔に手指や異物を挿入するとか,直接触るとかいうことだけでは性的性質が明確ということはできない。挿入は侵襲度の高い行為であるが,口腔への挿入の場合には,何を挿入するかによりその性的性質の有無及び程度が大きく変わるものと解される。例えば,行為者の舌を被害者の口腔に挿入する行為は,挿入するものとの関連で性的性質が強く認められるから,①の場合に当たるといえるのではないだろうか。これに対し,直接の接触の場合(この場合は口腔への接触ではなく唇への接触というのが正確かもしれない)には,挿入よりも侵襲度が下がることから,それだけで①の場合に当たるというのは困難であるように思われる 11)。接触の執拗さ(継続性)も踏まえた上で,①の場合に当たるといえることもあろう。
 ウ その他の性的部位への直接の接触行為
 性器,肛門,口腔以外の性的部位としては,胸と霄部があげられることが多い。胸と臀部は性を象徴する典型的な部位といえるから、被害者の胸や臀部を直接触ったり揉んだりする行為,あるいは行為者の胸や臀部を直接被害者に触らせる行為は,瞬間的な接触や狭い範囲の接触でなければ,性的性質が強く,①の場合に当たるのではないかと思われる 12)。もっとも,接触の具体的態様を考慮することにはなろう。
 なお,男性や児童の胸が女性の胸と性的性質が同じかどうかは議論のあるところだが,強制性交等罪において男女の別がなくなり,今日では性的な被害については男性や児童も女性と同じであると一般的に受け止められていることからすれば,男性や児童の胸の性的性質について女性の胸と区別する解釈は基本的に採り得ないものである 13)。
 エ その他の行為
 性器あるいは性的部位への着衣の上からの接触や,接触を伴わず,被害者の性器あるいは性的部位を見たり撮影したりする行為については,直接の接触よりは性的侵襲度が低いといえるから,①の場合ではなく,②の場合として,行為が行われた際の具体的状況等を踏まえて「わいせつな行為」といえるかを判断するのが相当と解される。
(3)行為が行われた際の具体的状況等を考慮した判断について
 ア 行為そのものの性的性質を検討したときに,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為(②の場合)については,次に,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,○ア○アその行為に性的な意味があるといえるか否かや,○イ○イその性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断することになる。諸般の事情としては,行為者と相手との関係,場所や時間帯,行為に至る経緯,前後の行動等があげられるだろう。
 ②の場合に当たる行為としては,肌を撫でる行為,着衣を脱がせる行為,着衣を付けない状態で写真を撮影する行為など,性的意味とは別の意味でなされることもある行為があげられる。例えば,福祉サービスとしての入浴介助で相手の着衣を全て脱がせる行為には性的意味は認められないが,夜間に二人きりの部屋で相手の着衣を全て脱がせる行為については性的意味が認められることが通常だろう。これは,当該行為が行われた際の具体的状況等により,その行為が性的意味を持つものなのか,それとも別の意味でなされたものなのかを判断しているのである。また,前記(2)エのように性的部位に関わるものの性的侵襲度が比較的低い行為については,性的意味があること自体は明らかであるが,当該行為が行われた際の具体的状況等を踏まえ,その意味合いの強度を判断することになる。
 そして,上記の判断に当たっては,行為者の目的等の主観的事情を判断要素の一つとすることもあり得るというのであるが,具体的に,行為者の主観的事情が,行為の性的意味の有無やその意味合いの強度にどう影響するのだろうか。なお,ここで考慮対象とされるべき主観的事情には,行為者自身の性欲を満たす性的意図に限られず,相手に対して性的屈辱感を覚えさせることによって復讐等を果たす目的や,第三者らの性欲を満たすため性産業に提供する目的等も含まれる 14)。
 イ 性的意味の有無への影響について
 上記のように,性的意味からなされることも,別の意味からなされることもある行為については,まずは当該行為が行われた際の具体的状況に関する客観的事情から、その行為の意味を考えるべきである 15)が,さらに行為者の主観的事情を一要素として考盧することにより,当該行為が性的意味から行われたと判断されることはあり得る。とはいっても,ほとんどの場合は,客観的事情から性的意味を肯定できるかどうか判断されるものと思われる。例えば,知り合いの児童を抱きすくめて臀部を含む身体を撫でる行為については,物陰に連れて行っているとか,児童が嫌がっているのにやめなかったなどの客観的事情から,親愛の情ゆえの行為ではなく性的意味が肯定できるのであって,行為者の主観的事情は,客観的事情を踏まえても両様の解釈が成り立ち得るときに,いわば補充的に機能するにすぎないと考えられる。
 これに対し、客観的にみて性的意味が認められない行為については,行為者が性的意図をもって行っていたとしても,行為者の主観的事情だけで性的意味を肯定することはできないというべきである。この点に関し,行為者の主観的事情との関係で取り上げられることの多い治療行為と行為者の特殊な性的嗜好フェティシズム)に基づく行為について検討しておく。
(ア)治療行為
 前記(2)のとおり,治療行為としての性器等への接触行為については,性的性質が否定されると解される。正当な治療行為である限り,行為者たる医師等が主観的には性的意図を有していたとしても,そのことだけで当罰性を肯定するのは不当であるから,主観的事情により治療行為が性的意味を帯びるものではない 16)。確かに医師等が性的意図を有していたと治療対象者が知れば,その性的羞恥心は害され性的被害を受けたと感じることはあるだろうが,対象者が行為者の性的意図を知る場合には,客観的にも行為者の性的意図の発露を伴うのが通常であろう(当該行為の際にひわいな言動をするとか,当該行為の様子を秘密裡に撮影するといった客観的行為を伴うからこそ,対象者が行為者の性的意図を認識し,また,犯罪として認知されるのが通常と思われる。)。こうした行為者の性的意図の発露を伴う行為については,客観的にみて正当な治療行為の枠から外れていると評価でき,それゆえに性的意味が認められると解される 17) から,上記解釈であっても不都合は生じないと思われる。
 なお,治療行為としての必要性の程度と関連させ,検査等として多少は有効ではあるものの必ずしも必要とはいえない行為をした場合で行為者に性的意図があった場合には,わいせつ行為性を肯定する余地を認めるのが妥当とする見解もある 18) が,外形的には行為者の性的意図が一切表れておらず,医学的に治療行為としての必要性が完全に否定できなければ,当該行為に性的意味を肯定することは困難ではないかと思われる 19)。
(イ)行為者の特殊な性的嗜好フェティシズム)に基づく行為
 行為者の特殊な性的嗜好フェティシズム)に基づく行為についても,性的意味の有無の判断と行為者の主観的事情の関係が問題となる。こうした行為は,一見性的意味を持つようには思われない行為であっても,行為者は性的意図を有して行っているからである。この点、あまりに特殊な性的嗜好であり,社会通念上は性的性質が認められない行為については,やはり,行為者の性的意図だけを理由に性的意味を肯定することはできないというべきである。例えば,女性が汗を流す姿を見ることに性的興奮を覚える者が,その姿を見たいがために無理やり運動場を走らせたとしても,社会通念上当該行為に性的意味は認められないから,行為者の主観的事情だけで性的意味があることにはならない。もっとも,社会通念上もフェティシズムに基づく行為として認知されているような行為であれば,そのことから性的意味を肯定できることもあるだろう。
 ウ 性的意味合いの強さへの影響について
 性的意味合いの強さについては,これまでも実務上,迷惑防止条例違反の罪や暴行罪にとどまるか強制わいせつ罪になるかという観点から考慮されてきた。例えば,電車内での痴漢の場合,着衣の上から臀部や陰部付近を撫でる行為は迷惑防止条例違反の罪として,着衣の中に手を差し入れて直接触る行為は強制わいせつ罪として処罰されていることが多 20)。これは,前者の行為は,強制わいせつ罪の法定刑に照らすと,そこまで性的意味合いが強いものといえないとの判断があるからである。
 もっとも,着衣の上から臀部や陰部付近を撫でる行為であっても,その態様に加え,当該行為が行われた具体的状況を踏まえて性的意味合いを検討するものであるから,場合によっては,性的意味合いが強いと判断されることになるのは当然である。裁判例では,電車内の痴漢ではなく,路上で通行中の女性を狙った犯行や屋内での犯行の場合には,行為自体をみると性的侵襲度が比較的低いものであっても「わいせつな行為」に当たると判断していることが多い 21)。
 性的意味合いの強さについても,基本的には客観的事情から判断することになると思われるが,行為者の主観的事情を考慮することで,その意味合いが強まり,刑法176条のわいせつ行為に該当するということはあり得なくはない 22)。 ただ,強制わいせつ罪としての処罰に値する性的侵襲かの判断は基本的に客観的事情で決まるものと思われるから,性的意味の有無について述べたのと同様,意味合いの強さについても,行為者の主観的事情は補充的に機能するにとどまるのではないだろうか。このように考えてくると,私見としては,行為者の主観的事情が刑法176条の「わいせつな行為」該当性に影響を与える場面はごく限られるものと解される。
 4 おわりに
 本判決は、強制わいせつ罪の解釈を明確化したものとして重要な意義を有する。もっとも,刑法176条の「わいせつな行為」該当性の判断や,そこに行為者の主観的事情がどのように影響するのかについては,残された課題であり,今後の事例集積とそれを踏まえた更なる分析が望まれる。