▽児童の姿態が描写されたCGについて、そこに記録された姿態が、被写体の全体的な構図やその作成経緯等を踏まえへつつ、一般人からみて、架空の児童の姿態ではなく、実在の児童の姿態を忠実に描写したものであると認識できる場合には、実在の児童とCGで描かれた児童とが同一性を有すると判断できるとして、児童ポルノ製造罪及び児童ポルノ提供罪の成立を認めた事例(東京地判平28・3・15)判例時報2335号p105
判例時報の解説では保護法益については言及されていません。
一 本件は、被告人が、①衣服の全部又は一部を着けない実在する児童の姿態が撮影された画像データを素材として描写したコンピュータグラフィックス(以下「CG」という。
)の画像データ一六点(以下「本件一六点」という。)を含むCG集(以下「本件CG集l」という。)をパーソナルコンピュータのハードディスク内に記憶、蔵置させ、もって児童ポルノを製造し、②本件CG集l及び前記同様のCGの画像データ一八点(以下「本件一八点」といい、本件一六点と併せて「本件cG」という。)を含むCG集(以下「本件CG集2」という。)を、インターネット通信販売サイトを通じて、不特定の者二名にダウンロードさせ、もって不特定又は多数の者に児童ポルノを提供したとして、平成二六年法律第七九号による改正前の児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ法」という。)違反の罪に問われた事案である。
本件においては、
①本件一六点を含む本件CG集1の画像データが記録されたハードディスクが児童ポルノ法2条三項の「電磁的記録に係る記録媒体」として児童ポルノに当たり得るか否か、また、本件CGの画像データが同法七条四項後段の「電磁的記録」に当たり得るかが争われたほか、
②本件CGと検察官がその基となったと主張する写真とが同一であるか、
③本件cGの女性が実在したか、
④本件CGの女性が一八歳未満か、
⑤児童ポルノの製造又は提供の罪が成立するためには、本件CGの基となった写真の被写体の女性が製造又は提供の時点及び児童ポルノ法の施行時点において一八歳未満でなければならないか否か
など争点は多岐にわたった。
本判決は、結論として、本件一六点のうち一三点及び本件一八点については②ないし④のいずれかにおいて否定し、残りの本件一六点のうち三点について、児童ポルノ製造罪及び児童ポルノ提供罪の成立を認めた。
ここでは、今後も特に問題となると思われる①の争点(以下「本争点」という。)について触れる。
二 本争点について、弁護人は、機械的な複写の場合を除いては、実在の児童を被写体として直接描写するものでない限り、児童ポルノ法二条三項にいう「児童ポルノ」あるいは同法七条四項後段の「電磁的記録」に該当せず、前記のようなものではないCGについてはこれに当たらない旨主張した。
これに対し本判決は、児童ポルノ法の目的や児童ポルノ法七条の趣旨などを踏まえて、「同法二条三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したと認められる物については、CGの画像データに係る記録媒体であっても同法二条三項にいう『児童ポルノ』に当たり得、また、同画像データは同法七条四項後段の『電磁的記録』に当たり得るというべきである。
そして、このような児童ポルノ法の目的や同法七条の趣旨に照らせば、同法二条三項柱書及び同法七条の『児童の姿態』とは実在の児童の姿態をいい、実在しない児童の姿態は含まないものと解すべきである」とし、CGであっても、同法二条三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したと認められる物であり、かつ、そこに描写された姿態が実在の児童の姿態であるlと認められる場合については、児童ポルノ法の規制対象となり得ると判示した。
その上で、本判決は、CGに描かれた児童と実在の児童とが同一であるか判断する際の基準及びその際に考慮すべき要素について、「被写体の全体的な構図、CGの作成経緯や動機、作成方法等を踏まえつつ、特に、被写体の顔立ちゃ性器等(性器、肛門又は乳首)、胸部又は臀部といった児童の権利璽の観点からしても重要な部位において、当該CGに記録された姿態が、一般人からみて、架空の児童の姿態ではなく、実在の児童の姿態を忠実に描写したものであると認識できる場合には、実在の児童とCGで描かれた児童とが同一である(同一性を有する)と判断でき、そのような意味で同一と判断できるCGの画像データに係る記録媒体については、同法二条三項にいう『児童ポルノ』あるいは同法七条四項後段の『電磁的記録』として処罰の対象となると解すべきである。」とした。
三 児童ポルノ法は、二条三項において「児童ポルノ」の定義を規定しているが、そこにいう「児童」が実在する児童である必要があるか否かについては一般に肯定されている(大阪高判平12.10.24高刑速平12・―四六、森山真弓11野田聖子編著・よくわかる改正児童買春・児童ポルノ禁止法(ぎょうせい、二00五)七七、一八一、一八七、園田寿II曽我部真裕編著・改正児童ポルノ禁止法を考える(日本評論社、二0―四)一六等。
また、児童ポルノ法の法案に関する第一四五回国会法務委員会における参議院議員からの説明(同委員会議事録―一号、―二号)も同様。)。
そして、例えば絵であっても、実在する児童の姿態を描写したものと認められる限り、児童ポルノに当たり得るとされ、当該事案で、実在の児童を描写した「児童ポルノ」といえるか否かについては、個別具体的な判断となるが、実在する児童について、その身体の大部分が描写されている写真を想定すると、そこに描写された児童の姿態は「実在する児童の姿態」に該当し、そこで、その写真に描写されていない部分に他人の姿態を付けて合成すれば、児童ポルノに当たる場合があると文献等で示されている(森山11野田.前掲書一八一、一八七、前掲議事録―二号)。
前掲文献では、CGについて直接触れられていないが、本判決は、本争点について、CGであっても、実在の児童の姿態を描写したと認められる物に,ついては児童ポルノ法の規制対象になり得るとした上で、CGに描かれた児童と実在の児童とが同一であるかを判断する際の基準及びその際に考慮すべき要素を示したものである。
四 児童ポルノ法については、平成二六年に児童ポルノのいわゆる単純所持等に係る罰則が新設されるなどその処罰範囲を拡大する改正が行われたとーころであり、本判決は、同改正前の事案であるものの、その趣旨は同改正後にも妥当すると考えられる。
本争点については、これまでに裁判例が見当たらず、同種事案における今後の実務の参考になると思われる。
本判決の評釈等として知り得たものとして、①佐藤藤・研修八一八・一三、②渡部直希・警論六九•八•一六六、③上田正基·立命館法学三六七・ニ〇八がある(なお 控訴審の東京高判平29.l.24〔公刊物未登載〕では、事実認定及び本件争点を含む第一審の期日間整理手続で確認された争点判断については概ね相当とされて是認された。
もっとも児童ポルノ提供罪についての罪数判断において、本件CG集lの提供行為と本件CG集2の提供行為とは、併合罪関係に立つとみるのが相当であるとして、本判決を破棄し、本件CG集2の提供行為の点について無罪を言い渡し、また、本件CG集ーのうち有罪認定したCG三点に係る児童ポルノの製造提供の各行為については、児童の具体的な権利侵害は想定されず違法性の高い悪質な行為とみることはできないなどとして罰金刑が言い渡された。)。