刑法学者からは違和感があるようです
渡辺卓也「児童ポルノ処罰法における目的犯規定の意義」姫路・ロージャーナル第4号
その他の目的犯規定
判例分析においても明らかになったように、目的犯規定には、後の行為を目的とする犯罪(縮められた二行為犯)と、結果を目的とする犯罪(切り詰められた結果犯)とがある。この点は、従来から指摘されており、前者の例としては、各種偽造罪(刑法148条以下)等が、後者の例としては、虚偽告訴罪(172条)等が挙げられてきた。
児童ポルノ処罰法における輸出罪は、この両者を含むものといえる。
これは、輸出罪と同じ理由から処罰の早期化が図られていると考えられる、輸入罪についても妥当すると思われる。また、客体の移動を要件とする点で類似する、運搬罪についても、同様に解す余地があろう。これらの犯罪類型においては、客体を移動させることによって当該客体が相手方に到達することが予定されており、この相手方への到達という「結果」を、「提供」概念の意味と理解することが可能だからである。
これに対して、製造罪、所持罪、及び保管罪については、「結果」としての提供に至るような客体の移動は要件とされておらず、専ら、客体の存在による拡散の危険性が目的によって高められる、という理解に基づいて、早期化が図られていると考えられる。すなわち、拡散のためには後に提供「行為」が改めて行われることが必要な、犯罪類型であるといえる。したがって、これらは、後の行為を目的とする犯罪と解すべきであろう。
ところで、児童ポルノ処罰法を巡っては、2004年の改正の後も、改正の議論が行われてきた。その改正案の中には、新たな目的犯規定の追加を求めるものもある。すなわち、かつての与党案においては、「提供」等の目的を伴わない児童ポルノの単純「所持」ないし電磁的記録の単純「保管」一般を禁止するとともに(同改正案6 条の2)、「自己の性的好奇心を満たす目的」での児童ポルノの「所持」ないし電磁的記録の「保管」を処罰の対象としている(7 条1項)。ただし、その法定刑については、従来からある犯罪類型と比べて低く抑えられている
上述のように、単純「所持」一般の処罰は、拡散規制との関係では、
危険犯処罰の過度の早期化を推し進めるものと理解可能であるから、当該規定においても、目的犯規定とすることによって、処罰範囲の拡張を制限することが意図されているといえる。しかし、そこでの、「自己の性的好奇心を満たす目的」は、これまで論じてきた、後の行為を目的とする犯罪にも、結果を目的とする犯罪にも含まれない、新たな種類の目的要件である、と評価できる。というのは、例えば、提供目的所持罪のように、これまで論じてきた目的犯規定が、拡散規制において、何らかの意味で、後の拡散の危険に関係するものとして目的要件を規定してきたのに対して、「自己の性的好奇心を満たす目的」は、何ら、後の拡散の危険に関係する心理状態とはいえないからである。むしろ、「性的好奇心を満た」し続けるためには、児童ポルノを拡散させず、自らの元に留めておく方がよい、といえるであろう。したがって、新たな所持罪は、提供目的所持罪のような従来の目的犯規定とは異なる種類の規定として理解され、その目的要件も、別個の理由から説明される必要がある。
この点、「自己の性的好奇心を満たす目的」は、むしろ、傾向犯における内心の「傾向」と類似するものといえるかも知れない。すなわち、判例が要求しているとされる、強制わいせつ罪における「犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図」と、同様に捉えることが可能である。しかし、このような「傾向」は、少なくとも、法益侵害の危険には影響を及ぼさない要素といえるから、周知のように、傾向犯を認める判例については批判が多いところである。児童ポルノ処罰法において傾向犯を明文化するとすれば、そのような批判を封じるだけの説得的な論拠が必要であろう。