児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

児童淫行事件で被害者特定事項として被告人の人定まで秘匿したことは、裁判を受ける権利の侵害であり、裁判公開原則であるという主張(佐賀地裁H23.8.16 福岡高裁H24.2.29)

 福岡高裁は不親切に最高裁第一小法廷H20.3.5を読めと判示しています。その主文は次の通り

殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
最高裁判所第1小法廷決定平成20年3月5日
【掲載誌】  判例タイムズ1266号149頁
【評釈論文】 法学新報116巻7〜8号155頁


 上記の者に対する殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件について,被害者A及び同Cに係る被害者等から被害者特定事項の秘匿の申出があったので,当裁判所は,弁護人の意見を聴いた上,刑訴法290条の2第1項により主文1項のとおり決定し,併せて,検察官及び弁護人の意見を聴いた上,同条3項により主文2項のとおり決定する。
 なお,弁護人は,本件につき,被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることが,憲法37条1項の定める公開裁判を受ける権利を侵害し,ひいては,憲法32条の裁判を受ける権利そのものを空洞化するおそれがあると主張するが,同決定が,裁判を非公開で行う旨のものではないことは明らかであって,公開裁判を受ける権利を侵害するものとはいえないから,所論は前提を欠くというべきである。
 以上は,裁判官全員一致の意見である。
主   文
 1  本件の被害者A及び同Cにつき,被害者特定
事項を公開の法廷で明らかにしない。
 2  本件の被害者B,同D及び同Eにつき,被害
者特定事項を公開の法廷で明らかにしない。

【ID番号】 06310051
       殺人,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
【事件番号】 平成18年(あ)第2339号
【判決日付】 平成20年3月5日
【出  典】 判例タイムズ1266号149頁
1 本件は,暴力団幹部である被告人が,平成15年12月,同じ組織に所属する幹部A(A組組長)の自宅兼A組事務所において,所携のけん銃2丁を発射して,A(当時69歳)及び居合わせた別の幹部B(当時64歳),同C(当時61歳),同D(当時56歳)及び同E(当時41歳)の合計5名を次々と射殺し,その際,上記けん銃2丁を適合実包13発と共に加重所持したという,殺人5件,銃砲刀剣類所持等取締法違反1件の事案である。被告人は,本件犯行直後に警察に自首しており,事実関係についてはほぼ争いはなかったところ,1審判決(さいたま地判平17.9.8)は,被告人に求刑どおり死刑を言い渡し,被告人からの控訴を受けた控訴審判決(東京高判平18.9.28)もこれを支持して同控訴を棄却したため,被告人が更に上告に及んだ。
 2 そうしたところ,犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成19年法律第95号)が成立し,これにより刑訴法等が改正されて,新設された刑訴法290条の2第1項では,裁判所は,性犯罪等を取り扱う場合に,その被害者等(被害者又は被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者,直系の親族若しくは兄弟姉妹)やその法定代理人等から申出があるときは,被告人又は弁護人の意見を聴き,相当と認めるときは,被害者特定事項(氏名及び住所その他の当該事件の被害者を特定させることとなる事項)を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができ,また,同条3項では,裁判所は,犯行の態様,被害の状況その他の事情により,被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者若しくはその親族の身体若しくは財産に害を加え又はこれらの者を畏怖させ若しくは困惑させる行為がなされるおそれがあると認められる事件を取り扱う場合において,検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き,相当と認めるときは,被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができるようになって(以下,これらの決定を「秘匿決定」という。),本件の上告審が係属中の平成19年12月26日に同改正部分が施行された。そして,これらの規定は上告審にも準用されるため,本件でも秘匿決定をすることが可能となった。
 3 本件の被害者5名のうちA及びCの遺族は,A及びCに関する秘匿決定を求める旨の申出を検察官に行ったところ,検察官は,刑訴法290条の2第1項3号による「被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより,遺族等の社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件」として秘匿決定をするのが相当であるとの意見を付して,本件の審理を担当する最高裁第一小法廷に対し同申出があった旨の通知をした(同条2項参照)。
 これを受けて,第一小法廷は,法律の規定に基づき,弁護人に対しては,?A及びCにつき刑訴法290条の2第1項により秘匿決定をすること,並びに,?B,D及びEにつき同条第3項により秘匿決定をすることについての求意見を,検察官に対しては,上記?の秘匿決定をすることについての求意見をそれぞれしたところ,検察官からは相当との意見が示されたが,弁護人からは,不相当との意見と共に,被害者の氏名さえも法廷で明らかにできないとすることは,憲法37条1項に定める公開裁判を受ける権利を侵害し,憲法32条の裁判を受ける権利そのものを空洞化するおそれがあるとの意見が述べられた。
 4 これら求意見の結果を踏まえて,本決定は,刑訴法290条の2第1項によりA及びCについての秘匿決定をするとともに,同条3項によりB,D及びEについても秘匿決定をしたものであるが,その際,秘匿決定は違憲である旨の弁護人の主張に答えて,「弁護人は,本件につき,被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることが,憲法37条1項の定める公開裁判を受ける権利を侵害し,ひいては,憲法32条の裁判を受ける権利そのものを空洞化するおそれがあると主張するが,同決定が,裁判を非公開で行う旨のものではないことは明らかであって,公開裁判を受ける権利を侵害するものとはいえないから,所論は前提を欠くというベきである。」と説示した。
 5 本件は,最高裁の弁論で,秘匿決定が初めてされた事案であるところ,秘匿決定をすることと,憲法が保障する公開裁判を受ける権利等との関係を説示したものとしても注目に値するので,紹介する次第である(弁護人の主張にはないが,憲法82条1項の裁判の公開の規定との関係でも,本決定の説示は当てはまるものと思われる)。
 なお,本決定の2日後である平成20年3月7日,第一小法廷は,本決定に関し,「裁判所は,法第290条の2第1項又は第3項の決定をした場合において,必要があると認めるときは,被害者の氏名その他の被害者特定事項に係る名称に代わる呼称を定めることができる。」とする刑訴規則196条の4(前記刑訴法等の改正に伴って新設された。)に基づき,被害者特定事項に係る名称に代わる呼称として,?Aにつき「被害者甲」又は「甲」(なお,A組については「甲組」),?Bにつき「被害者乙」又は「乙」,?Cにつき「被害者丙」又は「丙」,?Dにつき「被害者丁」又は「丁」,?Eにつき「被害者戊」又は「戊」とそれぞれ定めた。そして,同月13日に開かれた弁論では,裁判長から,冒頭,「本件の各被害者については,被害者特定事項を公開の法廷で明らかにしない旨の決定及び被害者特定事項の名称に代わる呼称決定が発せられているので,弁護人及び検察官は,各決定に基づき弁論されたい」旨の注意喚起があり,甲乙等の呼称を用いた弁論が行われて結審し,同年4月24日,本件上告を棄却する判決が宣告されたとのことである。
 秘匿決定に関する文献等で,手近に参照できるものは,現時点では少ないが,いずれも前記刑訴法等の改正の概要を紹介したもので,立法事務担当者の手になるものとして,白木功「『犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律』の概要」ジュリ1338号48頁,岡本章「『犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律』の概要」刑事法ジャーナル2007年9号8頁がある。