公判廷での被害者特定事項秘匿については、裁判の公開原則と対立しますが、訴訟関係者にはわかりますので、実質的にはほとんど支障有りません。
白木功他2名「『犯罪被害者等の権利利益の保護を図るための刑事訴訟法等の一部を改正する法律(平成19年法律第95号)』の解説(1)」法曹時報 第60巻9号p55
〈総論〉
(1) 趣旨
刑事裁判においては,被害者の氏名等が,起訴状の朗読,冒頭陳述,書証の朗読,被告人質問,論告・弁論等の訴訟手続の各場両において,公開の法廷で、明らかにされることがある。
しかしながら,例えば性犯罪に係る事件のように,どこのだれが当該事件の被害者であるかが般に明らかにされることにより,被害者等の名誉やプライパシーが著しく得されるおそれがあるような事件等については,公開の法廷で被害者の氏名等を明らかにしないこととすることが,被'占者等の保護の観点)から必要かつ相当であると考えられる。
この点本法律による改正前の刑事訴訟訟の下でも,実務上,公開の法廷において氏名等を明らかにされたくない旨の申告が被害者等からあった場合や,検察官が,事案の性質等から,被害者の氏名等を明らかにしないことが適当であると判断した場合などに,検察官が,弁護人や裁判所に被害者の氏名等を公開の法廷で明らかにしないことについての同意や協力を求め,その同意が得られた場合には,例えば,仮名を用いたり,単に「被害者と述べるなどの方法により,その氏名等を秘匿するなどの運用が行われてきたところである。
しかし
?公開の法廷で被害者の氏名等を明らかにしないことは,弁護人や裁判所の同意が前提となることから,氏名等の秘匿が必要と考えられるすべての場合に常にこれを行うことができるわけではないこと
? 被害者の氏名等の秘匿が可能であることを法律上明記することにより,裁判官,検察官,弁護人等の注意を喚起し,被害者等の名誉やプライバシ一等が干守されることを未然に防止することができると考えられること
? 被害者の氏名等の秘匿が可能であることが法律上明記されていること自体が,被害者等に安心感を守え,被害の申告や十分な供述の確保にも資することとなると考えられること
などから,本去律により,公開の法娃で性犯罪等に係る事併の被害者の氏名等を秘匿することができるよう,法改正がなされたものである。
(2) 被告人・弁護人の権利との関係
そもそも「公開の法廷で性犯罪等に係る事件の被害者の氏名等を明らかにしないようにする」といっても,それは,刑事裁判の手続上、公開の法廷で性犯罪等の被害者の氏名等を傍聴人に知られないようにするということにすぎず,被害者の氏名等を被告人・弁護人に対して秘匿するということではない。
また,本法律による改正後の刑事訴訟法第290条の2は,秘匿の申出を受けた裁判所は,被告人又は弁護人の意見を聴き,相当と認めるときに限り,被害者の氏名等を公開の法延で明らかにしない旨の決定をすることができることとしており,さらに,同法第295条第3項は,被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがあるときは,訴訟関係人のする尋問・陳述等が被需者の氏名等にわたる場合であっても,これを制限することができないこととしている。
このように,本法律においては,被告人の防御権等を不当に侵害することがないような措置が講じられていることから,被告人や弁護人の権利が侵害されることはないものと考えられる。
(3) 裁判公開の原則との関係
憲法第37条第1項により,刑事被告人には公開裁判を受ける権利が保障されており,また,憲法第82条により,裁判の対審及び判決は公開法廷でこれを行うこととされているが,その一方で,性犯罪等の被害者等にも,憲法第13条により,名誉やプライパシーを不当に侵宮されない権利が保障されているものと解されている。
そして,前述したとおり,本法律により公開の法廷で被害者の氏名等を秘隠することとしたとしても,被告人や弁護人の権利が侵害されることはないと考えられることに加え,氏名等の秘匿の対象となるのは,いわゆる性犯罪に係る事件のように,その氏名等が公開の法廷で明らかにされることにより被害者等の名誉等が著しく害されるおそれがあると認められる事什や,その氏名等が公開の法廷で明らかにされることにより被害者やその親族の身体・財産に危害が加えられるおそれ等があると認められる事件といった,秘匿の必要性が合理的に認められる場合に限られており,また,そのような事例においても,公開の法廷で明らかにしないこととされるのは「被害者の氏名等のみであって,それ以外の事案の内容,訴訟当事者による攻撃・防御の状況や内容,裁判所による判断の内容やその理由等は,すべて公開されることとなるととから,裁判公開の要請の趣有に反するととはないものと考えられる。
したがって,本法律により,公開の法廷で性犯罪等に係る事件の被害者の氏名等を秘匿することとしても,憲法第37条や第82条との関係で問題が生ずることはない。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110127-00000027-mai-soci
佐賀地裁はこのほか事件発生年や学校名、学校の所在地、女子高生の実名なども伏せることを決めている。教諭は起訴内容を否認しており、教諭の弁護士は「無罪主張するうえで具体的な事実を隠して公判を進めるのは非常に難しい。質問や答えの認識に食い違いが生じる恐れがあり、正確な審理、被告の防御のために不適当」と反発している。
起訴状などによると、教諭は07年6月と10年3月、18歳未満と知りながら別々の女子高生に性的行為をしたとされる。
教諭の弁護士によると、地裁は1月4日付で被害者の特定につながりかねない情報について秘匿する決定を通知し、更に21日付で教諭の実名も伏せることを伝えたという。
教諭は10年7月、女子高生に対する性的暴行容疑で佐賀県警が逮捕。更にもう一人の女子高生に性的行為をしたとして児童福祉法違反容疑で再逮捕した。佐賀地検はいずれも同法違反罪で起訴した。
奥村の感覚では、別にA子さん、B子さんで尋問してても、支障ないですけどね。
被告人等がぽろっと言ってしまうと謝りますけど
http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/223392
女子生徒2人にわいせつな行為をしたとして児童福祉法違反(淫行)の罪に問われた佐賀県立高校の50代男性教諭の刑事裁判で、佐賀地裁は、教諭の氏名や学校名などを伏せて審理することを決めた。佐賀地検が「被害者が特定される」として地裁に要請していた。公開が原則の刑事裁判で、被告名などが明らかにされないのは異例だ。
決定は21日。教諭の弁護人によると、公判で伏せられるのは教諭の氏名や勤務先の学校名、学校の所在地、職員や他の生徒の氏名など。犯行があったとされる年も明かさないことにした。初公判は3月3日の予定。
刑事訴訟法は「被害者が特定される場合、裁判所は法廷で(被告の)氏名などを明かさないことを決定できる」と規定しており、佐賀地検が女子生徒の特定につながる恐れがあるとして情報を伏せて審理するよう地裁に申し入れていた。地検の馬場浩一次席検事は「被害者の要請に応じた。教諭を保護する意識はない」としている。
教諭は昨年9月までに2度にわたり起訴された。弁護人によると、教諭は起訴内容を否認しているといい、弁護人は「事実関係を争っており、氏名などが伏せられると無罪を主張する上で妨げになる。正確な審理ができない」と批判している。
●弁護側の防御権侵害も
▼神戸学院大の内田博文教授(刑事法)の話 氏名などを明らかにするのが裁判の原則だが、性犯罪で被害者だけでなく被告の氏名を伏せる例は増えている。ただ、学校名など多岐にわたり秘匿するのは異例。審理の対象があいまいになり、弁護側の防御権の侵害につながりかねない。
こんな控訴理由を起案したことがあります。
控訴理由 訴訟手続の法令違反
1 はじめに
原裁判所は、判示事件について、刑訴法290条の2第1項により被害者特定事項秘匿決定をして、公判廷でも特定事項が朗読されなかった法第二百九十条の二
1 裁判所は、次に掲げる事件を取り扱う場合において、当該事件の被害者等(被害者又は被害者が死亡した場合若しくはその心身に重大な故障がある場合におけるその配偶者、直系の親族若しくは兄弟姉妹をいう。以下同じ。)若しくは当該被害者の法定代理人又はこれらの者から委託を受けた弁護士から申出があるときは、被告人又は弁護人の意見を聴き、相当と認めるときは、被害者特定事項(氏名及び住所その他の当該事件の被害者を特定させることとなる事項をいう。以下同じ。)を公開の法廷で明らかにしない旨の決定をすることができる。
一 刑法第百七十六条 から第百七十八条の二 まで若しくは第百八十一条 の罪、同法第二百二十五条 若しくは第二百二十六条の二第三項 の罪(わいせつ又は結婚の目的に係る部分に限る。以下この号において同じ。)、同法第二百二十七条第一項 (第二百二十五条又は第二百二十六条の二第三項の罪を犯した者を幇助する目的に係る部分に限る。)若しくは第三項 (わいせつの目的に係る部分に限る。)若しくは第二百四十一条 の罪又はこれらの罪の未遂罪に係る事件
二 児童福祉法第六十条第一項 の罪若しくは同法第三十四条第一項第九号 に係る同法第六十条第二項 の罪又は児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律第四条 から第八条 までの罪に係る事件
三 前二号に掲げる事件のほか、犯行の態様、被害の状況その他の事情により、被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められる事件しかしながら、「・・・」という事実自体は、犯行態様や被害状況を考慮しても、「被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められ」ないから、上記の秘匿決定は違法である。
さらに、裁判の公開原則(憲法37条1項、82条1項)にも違反する。
憲法
第37条
1すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
第82条
1 裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。さらに、原裁判所は、通知書と「資料」を受理した上で、上記決定に至っているが、これは予断排除原則(憲法37条1項、刑訴法256条6項)に違反する。
憲法第37条
1すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。刑訴法第二百五十六条
6 起訴状には、裁判官に事件につき予断を生ぜしめる虞のある書類その他の物を添附し、又はその内容を引用してはならない。「被害者特定事項が公開の法廷で明らかにされることにより被害者等の名誉又は社会生活の平穏が著しく害されるおそれがあると認められ」ないにもかかわらず秘匿決定をした点で、原審の訴訟手続は法290条の2第1項および憲法37条1項、82条1項に違反するから、原判決は破棄を免れない。
また予断排除原則(憲法37条1項、刑訴法256条6項)に違反する点でも、訴訟手続の法令違反により、原判決は破棄を免れない。