川端博レクチャー刑法各論第5版
第5版はしがき
本書の第4版を刊行した後,重要な法改正と最高裁の判例変更があった。まず,性犯罪に関する「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号)が制定されたのである。この法律により,従来の強姦罪が強制性交等罪に改称され,新たな犯罪類型の新設および構成要件の修正がなされたほか,性犯罪の法定刑が重くされたうえ,性犯罪が親告罪から非親告罪に変更されている。これらは,現行刑法制定以来の根本的改正であり,性刑法の発展のための大きな転機となるものであるといえる。
つぎに,最高裁の判例は,従来,強制わいせつ罪を「傾向犯」と解してきた。傾向犯は性的意図を強制わいせつ罪の成立要件とするものである。ところが,最高裁の大法廷は2017年ll月29日の判決において,性的意図を一律に同罪の成立要件とするのは相当でないとして従来の判例を変更し,強制わいせつ罪は傾向犯でないとしたのである。これは,性刑法に関する画期的な判例である。そこで,これらの法改正や判例変更に即して叙述を全面的に改めた。さらに,表記の統一を図って読み易くなるように努めた。
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(2)行為
本罪の行為は,わいせつな行為をすることです。わいせつな行為とは,「徒らに性欲を興奮または刺激せしめ,且つ普通人の正常な性的差恥心を害し,善良な性的道徳観念に反すること」をいいます(名古屋高裁金沢支判昭36.5.2下刑集3巻5=6号399頁)。これは,通常は,性欲を興奮または刺激させようとする意図のもとになされますが,客観的には,一般人の正常な性的差恥心を害し善良な性的道徳観念に反する行為がなされることを要する趣旨であると解されます。従来の判例・通説によりますと,本罪は傾向犯であると解されますから,本罪の行為は行為者の性欲を刺激興奮させ,または満足させるという性的意図のもとになされる必要があります。したがって,もっぱら報復または侮辱・虐待の目的で女子を強制して全裸にざせその姿態を撮影する行為は,本罪を構成せず強要罪を構成するにすぎないとされることになります(最判昭45・1・29刑集24巻1号1頁)。しかし,本罪は傾向犯ではないと解する説によりますと,上記の行為は本罪を構成することになります。わたくしは,かねてよりこの見解を支持してきております。最高裁の大法廷は,2017年11月の判決(最大判平29・11・29)において,性的意図を一律に強制わいせつ罪の要件と解した前掲判決の立場を変更し,被害者の受けた性的被害の有無やその内容,程度に目を向けるべきである旨を判示しています。これは,強制わいせつ罪が傾向犯であることを否定するものであり,妥当な判旨であると評価されるべきです。
本罪のわいせつ行為は,被害者の性的自由の侵害の観点から把握されるべきですから,性的風俗の保護を主たる目的とする公然わいせつ罪におけるわいせつ行為とは,その内容を異にします。たとえば,キス(接吻)は,公然わいせつ罪におけるわいせつ行為には当たりませんが,相手方の意思に反して無理におこなうばあいには本罪のわいせつ行為に当たります(東京高判昭32.l・22高刑集10巻1号10頁)。強制性交等は177条に規定されていますので,性交等の行為は本罪のわいせつ行為に含まれません。