児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

警察官の職務を偽計により妨害する行為は偽計業務妨害か?

 刑法の先生の指摘を受けましたので、資料を集めておきます

 違法薬物の疑いを持って追跡等する警察官の行為を、強制力を行使する権力的公務だとすると、判例によれば、偽計業務妨害罪にはならないことになります。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170908-00050147-yom-soci
覚醒剤に見せかけた白い粉入りの袋を、警察官の前でわざと落として逃走し、パトカーを出動させる――。
 そんな騒動を動画に収め、動画投稿サイト「ユーチューブ」に公開していた夫婦が、8日、福井県警に偽計業務妨害の疑いで逮捕された。再生回数を増やして広告収入を伸ばすために、悪質ないたずらを働いたとみられている。

 逮捕されたのは同県越前市、自称広告業の男(31)と妻(28)。2人とも容疑を認めているという。

 発表によると、2人は共謀。男が8月26日午後4時頃、JR福井駅前の交番近くで、白い粉が入った袋をポケットから取り出し、警察官の前で落として突然逃走。約150メートル先で取り押さえられるなどし、警察官ら約30人とパトカー複数台が出動する騒動を起こし、正常な業務の遂行を妨害した疑い。妻は一部始終を撮影していた。

判例コンメンタール刑法 原田國男

(4) 公務と業務との関係
判例の動向
この点に関する最高裁判所判例は以下のものがある
最大判昭和26.7.18
争議中の労働者が現行犯人逮捕に赴いた警察官に対して、スクラムを組み労働歌を高唱て気勢をあげた事案において、業務妨害罪の業務の中には、公務員の職務は含まれないから、その執行に対し、かりに、暴行又は脅迫に達しない程度の威力を用いたからといって、業務妨害罪が成立すると解することはできないとした。〕
最判昭35.11.18
国鉄の事業ないし業務について、権力的ないし支配的門用を伴うものではなく、その実態は、まさに民営鉄道と同様であるから、その業務を業務妨害罪の対象から除外するのは相当でなく、国鉄職員の行う公務の執行に対する妨害は、その妨害の手段方法の如何によっては公務執行妨害罪のほか、業務妨害罪が適用されるとした。〕
最判昭41.11.30
国鉄の行う事業ないし業務の実態は、運輸を目的とする鉄道事業ないし業務であり、権力的作用を伴う職務ではなく、民営鉄道のそれと何ら異なるところはないから、国鉄職員の行う現業業務は、業務妨害罪の業務に含まれ、これに対する妨害に対し、業務妨害罪又は公務執行妨害罪の保護を受け、民営鉄道の業務との聞に、法律上の保護に差異があることは、憲法14 条に違反しないとした。〕
④最決昭62.3.12
本件において妨害の対象となった職務は、新潟県議会総務文教委員会の条例案採決等の事務であり、なんら被告人らに対して強制力を行使する権力的公務ではないのであるから、右事務は威力業務妨害罪にいう「業務」に当たるとした。〕
⑤ 最決平4 ・11 ・27 (猫の死骸を消防本部の消防長案の机の引き出し内に入れておき、消防長に発見させるなどした行為について威力業務妨害罪の成立を認めた。消防本部の消防長が行う事務処理が非権力的公務であって「業務」 に当たることを明示していないが当然の前提としている。〕
⑥最決平12 ・2 ・17 (公職選挙法 の選挙長の立候補届出受理事務は、強制力を行使する権力的公務でないから、右事務は偽計・威力業務妨害罪の「業務jに当たるとした。〕
⑦ 最決平14 ・9 ・30 刑集56 ・7 ・395 (動く歩道を設置するため、通路上に起居する路上生活者に対して自主的に退去するよう説得して退去させた後、通路に残された段ボール小屋等を様去することなどを内容とする環境整備工事は強制力を行使する権力的公務ではないから、威力業務妨害罪にいう「業務」に当たるとした。〕
大審院判例としては、次のものがあり、絞に公務が業務に含まれないとした

最高裁判例の射程
現在の最高裁判例の考え方は、公務のうち、強制力を行使する権力的公務は、業務妨害罪の業務に、あたらず、公務執行妨害罪の公務として、同条による保護を受け、前記公務以外の強制力を行使しない権力的公務及び非権力的公務は、業務妨害罪の業務に当たるとともに、公務執行妨害罪の公務にも、当たり、両罪による保護を受けるというものであろう(永井敏雄・判解刑昭62年76) 。

       威力業務妨害被告事件
【事件番号】 最高裁判所第1小法廷決定平成14年9月30日
【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集56巻7号395頁
       裁判所時報1325号341頁
       判例タイムズ1105号92頁
       判例時報1799号17頁
       LLI/DB 判例秘書登載
【評釈論文】 警察時報59巻2号73頁
       現代刑事法5巻11号88頁
       ジュリスト1241号92頁
       ジュリスト臨時増刊1246号146頁
       ジュリスト1297号158頁
       判例評論542号42頁
       法学教室271号116頁
       法曹時報56巻6号166頁

       主   文

 本件各上告を棄却する。

       理   由

 被告人両名の弁護人大口昭彦,同向井千景,同森川文人及び同萱野一樹の上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
なお,所論にかんがみ,本件における威力業務妨害罪の成否について職権で判断する。
 2 以上の事実関係によれば,本件において妨害の対象となった職務は,動く歩道を設置するため,本件通路上に起居する路上生活者に対して自主的に退去するよう説得し,これらの者が自主的に退去した後,本件通路上に残された段ボール小屋等を撤去することなどを内容とする環境整備工事であって,強制力を行使する権力的公務ではないから,刑法234条にいう「業務」に当たると解するのが相当であり(最高裁昭和59年(あ)第627号同62年3月12日第一小法廷決定・刑集41巻2号140頁,最高裁平成9年(あ)第324号同12年2月17日第二小法廷決定・刑集54巻2号38頁参照),このことは,前記1(8)のように,段ボール小屋の中に起居する路上生活者が警察官によって排除,連行された後,その意思に反してその段ボール小屋が撤去された場合であっても異ならないというべきである。
 3 さらに,本件工事が威力業務妨害罪における業務として保護されるべきものといえるかどうかについて検討する。
 本件工事は,上記のように路上生活者の意思に反して段ボール小屋を撤去するに及んだものであったが,前記1の事実関係にかんがみると,本件工事は,公共目的に基づくものであるのに対し,本件通路上に起居していた路上生活者は,これを不法に占拠していた者であって,これらの者が段ボール小屋の撤去によって被る財産的不利益はごくわずかであり,居住上の不利益についても,行政的に一応の対策が立てられていた上,事前の周知活動により,路上生活者が本件工事の着手によって不意打ちを受けることがないよう配慮されていたということができる。しかも,東京都が道路法32条1項又は43条2号に違反する物件であるとして,段ボール小屋を撤去するため,同法71条1項に基づき除却命令を発した上,行政代執行の手続を採る場合には,除却命令及び代執行の戒告等の相手方や目的物の特定等の点で困難を来し,実効性が期し難かったものと認められる。そうすると,道路管理者である東京都が本件工事により段ボール小屋を撤去したことは,やむを得ない事情に基づくものであって,業務妨害罪としての要保護性を失わせるような法的瑕疵があったとは認められない。

【事件番号】 最高裁判所第1小法廷決定昭和62年3月12日

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集41巻2号140頁

       最高裁判所裁判集刑事245号735頁

       裁判所時報955号67頁

       判例タイムズ632号107頁

       判例時報1226号141頁

       労働判例500号39頁

【評釈論文】 警察研究59巻10号49頁

       警察時報42巻9号115頁

       ジュリスト889号62頁

       ジュリスト臨時増刊910号162頁

       別冊ジュリスト117号46頁

       捜査研究36巻8号52頁

       判例タイムズ637号44頁

       月刊法学教室84号78頁

       法曹時報40巻7号201頁

       法律のひろば40巻7号41頁

       主   文

 本件上告を棄却する。

       理   由

 弁護人森川金寿外八名の上告趣意のうち、憲法二八条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余は、事実誤認、単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。
 なお、原判決の是認する第一審判決の認定によれば、本件において妨害の対象となつた職務は、新潟県議会総務文教委員会の条例案採決等の事務であり、なんら被告人らに対して強制力を行使する権力的公務ではないのであるから、右職務が威力業務妨害罪にいう「業務」に当たるとした原判断は、正当である(最高裁昭和三一年(あ)第三〇一五号同三五年一一月一八日第二小法廷判決・刑集一四巻一三号一七一三頁、同昭和三六年(あ)第八二三号同四一年一一月三〇日大法廷判決・刑集二〇巻九号一〇七六頁参照)。

最高裁判例解説刑事篇昭和62年度60頁 昭和59年(あ)第627号建造物浸入、威力業務妨害被告事件昭和62年3月12日 永井敏雄

強制力説の採用
以上の公務振り分け説に属する各説のうち、本決定は、強制力説を採用したものと見られるが、同説について述べるに先立って、他の説について検討しておこう。
まず‘ 現業説は、余りにも多くのものを威力業務妨害罪の対象から除いてしまっており、累積されている下級審の裁判例(学校等につき威力業務妨害罪の成立を認めるもの)とも相反し、他の説に比較すれば、実務的には難点が大きいものと考えられよう。
次に、民間類似説は‘伸縮自在である点に問題があるとも言える。例えば、学校については、内容重視型の民間類似説によっても、威力業務妨害罪の対象になるものとされており、koの点は一般に異論がないものと考えられているようである。しかし、内容重視の立場をもう少し徹底させ、そこで行われる授業内容や学校の設置目的などにまで踏み込んでいけば、司法研修所税務大学校、警察学校等をどのように評価すべきかが問題になり、内容重視型の民間類似説の中でも見解が分かれてくるのではないかと思われる。また、外観重視型の民間類似説にしても‘「類似性」というものを振り分けの基準としている以上、判断する者によって具体的な結論を異にするおそれもあり、だれにでも理解されやすい一義的な基準を示すという観点からすれば、やや難点があると言えるであろう
そこで、強制力説について見ると、この見解は、強制力の有無という振り分けの基準が他の説に比して明瞭である。また、公務の一部を威力業務妨害罪の対象から除こうとするのは、もともと「公権力の行使」と「経済活動を含む業務」とは、明らかにその本質を異にするという視点に発するものと思われ、そうしてみると、「公権力の行使」の最も端的な発現形態である「強制力」に着目し、これを公務振り分けの基準とすることは、右の視点にもよく符合していると言うことができるであろう。そして、強制力説の基本的な理由付けは、「強制力を行使する権力的公務」は、通常それにふさわしい「打たれ強さ」を備えており、威力ないし偽計で抵抗されたとしても格別の痛痒を感じないから、あえて威力業務妨害罪によって保護するまでのこともないという点にあるものと思われるが、右の考え方は、常識的にも受け容れやすいのではないかと考えられる。
本決定はいわゆる事例判例としての性格上、必ずしも判例の理論的な立場を明示したものとまでは言えないであろうがその説示に照らすと、本決定の背後には、右強制力説のような考え方が存在しているものと思われる。
従来の足尾鉱業所事件上告審判決及び摩周丸事件上告審判決においては、国鉄の輸送業務が威力業務妨害罪にいう「業務」に当たることの理由付けとして、「権力的作用の欠如」と「民間類似性」という二つの事項が掲げられていた。このため、実務の一線においてはこの種の問題を処理するに当たり、右二つの事項を併用する手堅い処理か多く見られたが、それには十分合理的な理由があったと言うべきであろう。
本決定は、従来の説示から一歩を進め、判別碁準として重要なものは、「強制力の欠如」であることを示したものと解される。もっとも、この「強制力の欠如」を判別基準に置く考え方は、決して新しいものではなくその実質的な内容は、従前の判例中に既に盛り込まれていたものと考えられる。すなわち、本決定は、従来「権力的作用の欠如」と言われていたものの実体が「強制力の欠如」である旨若干敷術するとともに、従来述べられていた「民間類似性」が外観重視型の民間類似説のそれに近いものであり)れが補助的ないし説明的な概念として用いられていたことを示したものと考えられる。その意味で、本決定は、県議会委員会の条例案採決等の事務が問題となった本件事案に即して、従来の説示を若干具体化したものと理解されるであろう。

朝山 刑事篇平成14年度163頁 平成10年(あ)第1491号威力業務妨害被告事件
(1) 「業務」と公務に関する判例理論
アこの問題に関する判例には変遷がみられるが,その到達点は,最ー小決昭62・3・12刑集41巻.. 2号140頁(新潟県議会委員会事件)に示されている。すわち,この判例は,新潟県の職員団体の関係者ら約200名が新潟県議会の総務文教委員会室に乱入し,条例案の採決等を妨害したという事案について,「原判決の是認する第一審判決の認定によれば,本件において妨害の対象となった職務は,新潟県議会総務文教委員会の条例案採決等の事務であり,何ら被告人らに対して強制力を行使する権力的公務ではないのであるから,右職務が威力業務妨害罪にいう『業務』に当たるとした原判断は,
正当である。」と判示した。

ィ上記判例は,公務を強制力を行使する権力的公務とそれ以外の公務とに区別した上,前者については,威力業務妨害罪にいう「業務」に当たらず,妨害が暴行又は脅迫に達した場合に限って,公務執行妨害罪(刑法95条)が成立するのに対し,後者については,威力業務妨害罪にいう「業務」に当たり,妨害が暴行又は脅迫に逹した場合には,公務執行妨害罪の成立も(注6)(注7)認めるという立場に立つことを明確にしたものである。この考え方は,公務と業務に関する限定積極説の中の強制力説といわれており,最二小決平12・2・17刑集.. 54巻.. 2号38頁においても踏襲され,公職選挙法上の選挙長の立候補届出受理事務が「業務」に当たると判断されるとともに,「偽計」による妨害の事案についても,適用されている。
ウ限定積極説の強制力説に立つ判例理論は,次のような点に,実質的根(注11)拠を求めることがでぎると考えられる。すなわち,怖制力を行使する権力的公務は,「威力」ないし「偽計」で抵抗されたとしても,通常それにふさわしい「打たれ強さ」を備えているから,格別痛痒を感じず,あるいは, 自らこれを排除する強制力を備えているから,あえて業務妨害罪によって保護されるまでもないのに対し,強制力を行使する権力的公務以外の公務は,そのような「打たれ強さ」ないし強制力を備えていないから,民間の業務と同様に,業務妨害罪によって保護される必要がある。公務に対する妨害が,「威カ」の程度を超え,「暴行又は脅迫」に達した場合には,公共のサービスに対する保護として,公務執行妨害罪によって手厘く保護することに合理性がある,というのである。
エ 上記の判例理論に対しては,強制力を行使する権力的公務に対して「偽計」で抵抗した場合に業務妨害罪の成立を認めないのは,公務に対する(注12)保護に欠けるとの批判も存するが,威力業務妨害罪に関する限りは,学説上も大方の支持を得ていると思われる。

刑事篇平成12年度19頁 平成9年(あ)第324号 業務妨害被告事件 平成12年2月17日 朝山芳史
p34
権力的公務に対する「偽計」による妨害の事例は、これまで判例に現われたものがなく、実際にも想定しにくいが、警察官が被疑者を逮捕しようとしたところ、偽計(例えば、変装)によって抵抗したような事例、あるいは、証拠物の捜索差押えに赴いた警察官に対して、被疑者が捜索の現場でその対象となった証拠物を隠匪して、捜索を妨害するような事例がこれに当たるであろうか(注二六)0 しかし、強制力ある行為にとっては、その対象者からの偽計による抵抗も、当初からいわば折り込み済みの職務の対象であり、そのような抵抗をいちいち別罪に問うことは、予定していないのではないかと思われる(注二七)。そもそも、強制力を行使する権力的公務に対して「偽計」により抵抗しても、それがある程度功を奏して「妨害」の程度に逹し得るかは疑問であって、そのような行為を処罰するまでもないという考え方も十分成り立ち得るであろう。修正積極説の論者は、権力的公務は、偽計に対しておよそ無力であるというが(注二八)ヽ「偽計」は、必ずしも相手を錯誤に陥れる性質のものばかりではないから、権力的公務は、偽計と分かった時点でこれを排除することができると考えられるので、偽計に対して必ずしも無力ではなく、
一定の「打たれ強さ」を備えていると考えることもできよう(注二九)0

p41
本決定の意義
本決定は、判例④と同様の見解に立って、選挙長の行う立候補届出受理業務が強制力を行使する権力的公務ではないとの理由で、業務妨害罪にいう「業務」に当たるとし、これと同旨の原判決の判断を是認したものである。
すなわち、本決定は、従来の判例理論を選挙長の行う立候補届出受理業務にも適用して業務妨害罪の成立を認めたという点で、事例的意義を有するものである。と同時に、これまで最高裁判例に現われた事案は、全て威力業務妨害の事案であったところ、本決定は、従来の判例理論を威力と偽計の双方を用いて業務を妨害した事案にも適用したという点で、新たな判断を示したものと解される。強制力を行使する権力的公務以外の公務について偽計業務妨害罪が成立し得ることは、判例③(摩周丸事件判決)においても、一般論としては判ホされていたところであるが具体的事案においてこの点を確認したのは、本決定が初めてであると思われる
本決定は、強制力を行使する権力的公務について偽計による妨害が行われた事案ではないから、修正積極説を否定したとまではいえず、権力的公務について偽計による妨害があった場合における偽計業務妨害罪の成立の余地を否定したものとはいえないであろう。しかし、本決定は、業務妨害について統一的に強制力を行使する権力的公務であるか否かによって成否を判断しており、修正積極説とは立場を異にするものと理解することができよう。
その理由は、本決定自体からは必ずしも明らかでないが、前記判例③を引用判例に挙げていることからしても、右判例の一般論を踏襲したものと解されよう。