児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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迷惑行為防止条例違反被告事件につき,被害者らの犯人識別供述の信用性が認められないとして,無罪が言い渡された事例(京都地裁H26.3.18)

京都府迷惑行為防止条例違反
裁判年月日 平成26年03月18日
裁判所名・部 京都地方裁判所    第1刑事部
結果 その他
原審裁判所名  
原審事件番号  
原審結果  
判示事項の要旨 迷惑行為防止条例違反被告事件につき,被害者らの犯人識別供述の信用性が認められないとして,無罪が言い渡された事例
http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20140611112850.pdf
2 信用性判断
 観察条件等について
被害者は,本件被害に遭った際に,犯人の顔を至近距離で観察しているものの,すぐ前を向き自転車で走り去った犯人を観察できた時間はごくわずかであったと考えられ,犯人と面識のない被害者が,犯人の容貌を正確かつ詳細に識別するだけの十分な時間的余裕はなかったと認められる。被害者が,公判廷において,「犯人の顔とかは,はっきりと見た記憶とか印象で残っていることはない」旨供述していることは,被害者が犯人の容貌を明確に認識・記憶できなかったことを物語っている。
また,被害者が事件直後いったん後方に走り,振り返って犯人を再び観察した際には,被害者は,自転車をこいでいる犯人の後ろ姿を確認したにとどまる。しかも,関係証拠によれば,悲鳴を聞いた目撃者が急いで約9mほど移動する間に,被害者は一旦後方に走り,立ち止まって振り返り,犯人を観察した上,再び後方に走り出すという一連の動作を終えていたと考えられるから,被害者が犯人の後ろ姿を観察できた時間はごく短かった
と認められる。そして,被害者は本件被害に遭った後,犯人と逆方向に走り出してから二,三秒くらいで犯人の方を振り返った旨供述しており,振り返ったときには自転車に乗っていた犯人と被害者との間には相当程度(少なくとも十数m)の距離が開いていたと推認できること,被害者の視力は右目が0.3未満,左目が0.3ないし0.6であったこと,観察の際に泣いていたことからすれば,被害者が犯人の後ろ姿を観察した際の条件も良好であったとはいえない。
 被害者の供述経過について
被害者は,公判廷において,犯人の特徴について,大要,「黒髪,前髪はちょっと真ん中に分かれている感じでおでこが見えていて,後ろの髪の毛はちょっと散らばっているような感じ,40歳位,服は上下黒のジャージっぽい服で,背中に斜めの柄があり,左太ももの方に白かピンクの何かの文字が入っていた。」などと供述する。そして,被害者の供述する犯人の特徴は,被告人の髪型や年齢とよく一致するほか,着衣が上下黒色であることや,背中に斜めの柄があり,ズボンに白やピンクの文字が入っている点など,事件直後に職務質問を受けた際の被告人の服装ともよく一致している。
しかしながら,被害者は,?背中にあった斜めの柄に関しては,警察署での取調べの際に被告人の写真を見せられて初めて思い出した,?事件直後に警察官に事情聴取を受けた際には,犯人の服装や髪の毛の色について聞かれたが,犯人のズボンに白やピンクの文字が入っていたこと等は説明していない旨供述している。そして,面通し以前の被害者の初期供述の内容は明らかではないものの,事件直後,警察官が被害者及び目撃者から事情聴取した際,犯人の特徴は「40歳位,男性,頭髪黒色モジャモジャヘヤー,上下黒色ジャージ着用,赤色自転車に乗車」と特定されていたことに照らすと,被害者は事件直後の事情聴取で犯人の髪型や衣服の柄等につき,その詳細を述べなかったものと推認される。
以上のような供述経過をみると,被害者が公判廷において供述する犯人の特徴に関する記憶の一部,とりわけ,犯人を識別するうえで重要な役割を果たす髪型や衣服の柄等の詳細は,事件後の面通しや取調べの過程において付加,具体化されたものである疑いが強い。

 犯人選別手続の状況について
被害者の1回目の面通しは,事件から間もなく行われているものの,いわゆる単独面通しであり,警察車両の中から路上で警察官と話をしている被告人の姿を見るという比較的暗示性の強い方法が採られている。また,被害者は,被告人を犯人と同定する以前に,同乗する目撃者が被告人と犯人が同一人物であるかのような発言をするのを聞いており,目撃者の発言が被害者に不当な予断を与えた疑いも否定できない。
 犯人であると識別した根拠について
被害者は,公判廷において,被告人を犯人であると識別した根拠について,「上下黒のジャージっぽい服と,髪の毛と,前髪の感じ(分けている感じ,おでこが出ている)と,ズボンで,この人やと思った。」「ズボンには模様があった。同じやと思った」などと供述する。しかしながら,?被害者がすれ違いざまの一瞬で犯人の髪型を上記程度に具体的かつ明確に認識できたのかは大いに疑問であるし,?視力の良くない被害者が,しかも目に涙を浮かべた状態で,少なくとも十数m先を自転車で移動中の犯人のズボンの模様を認識できたとは考え難い。被害者の上記供述は,かえって,犯人の前髪の特徴やズボンの模様等,被告人を犯人と識別する際に重要な役割を果たす部分の記憶は,単独面通しで被告人を見たことにより,犯人の特徴として付加,具体化されたことを強く示唆するものである。
 結論
以上のとおり,被害者が犯人の顔や後ろ姿を観察した際の条件が良好であったとはいえないこと,1回目の面通しは暗示性や誘導の危険性の高いものであったことや,犯人の重要な特徴に関する被害者の記憶は面通しや取調べの過程で変容,具体化した疑いが濃厚であることに照らすと,被害者が1回目の面通しの際に被告人を犯人であると思い込んだ疑いは否定できないから,被告人が犯人である旨の被害者供述は直ちには信用できない。