児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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「銭湯浴室内において、同人に対し、いきなりその陰茎を手で弄び、もって強いてわいせつな行為をした」という強制わいせつ事件につき、犯人性に疑いがあるとして無罪とした事例(堺支部h30.1.11)

 防犯カメラ映像について犯人として矛盾しない容貌の人物が、被告人以外に少なくとも数名おり(例えば論告要旨別紙3の番号203、220の人物)、これらの者が犯人である可能性を排斥し去ることはできない。」とされています。

大阪地方裁判所支部
平成30年01月11日
主文
被告人は無罪。

理由
第1 概要
  本件公訴事実は「被告人は、入浴中のA(当時13歳)に強いてわいせつな行為をしようと考え、平成28年5月29日午後8時45分頃から同日午後8時48分頃までの間に、(住所略)の銭湯浴室内において、同人に対し、いきなりその陰茎を手で弄び、もって強いてわいせつな行為をした」というものである。
  検察官は、被害者であるAの供述に基づいて被告人が犯人であると主張し、弁護人らは、被告人が本件公訴事実記載の日時に同記載の銭湯(以下「本件銭湯」という。)にいたことは争わないが、同記載の事件があったことを争うほか、被告人は犯人ではないから無罪であると主張する。
  当裁判所は、被害者であるAの供述等によれば、Aが本件公訴事実記載の被害に遭った事実は認められるものの、Aの犯人識別供述自体から直ちに被告人が犯人であると認めることはできず、これと他の事実関係を併せ考慮しても、被告人が犯人であると認めるにはなお合理的な疑いが残ると判断した。以下、その理由を詳述する。
第2 争いがなく、かつ、証拠により容易に認められる事実
 1 本件銭湯内部の配置等
  本件銭湯には、脱衣場、浴室及び露天風呂があり、浴室には浴槽のほか、西側に5つの洗い場が並んでおり、洗い場ごとに、東西方向の通路を挟んだ両側にそれぞれ4つのシャワー及び照明が設置されている。
 2 A及び被告人の入退出の時刻等
  (1) 被告人は、平成28年5月28日午後6時54分頃に本件銭湯に入店し、脱衣場と浴室を行き来した後、脱衣場から浴室に移動した。Aの弟、Aの友人、同人の弟(以下、この3名を併せて「弟ら」という。)及びAは、同日午後8時16分頃、脱衣場から浴室に移動した。その後、弟らは、同日午後8時45分38秒頃、被告人は、同日午後8時47分46秒頃、Aは、午後8時48分5秒頃、それぞれ浴室から脱衣場に戻った。
  (2) Aは、通報を受けて本件銭湯に臨場した警察官と共に、同日午後10時00分頃、脱衣場に入り、同日午後10時1分頃、浴室に移動したが犯人を見つけることはできなかった。その頃、脱衣場にいた被告人は、同日午後10時3分頃、脱衣場を出て、同日午後10時4分頃、本件銭湯から退店した。
 3 被告人の身体的特徴等
  被告人は、身長約168センチメートルの男性である。同日当時、27歳で、髪型は、5厘刈り程度の黒髪坊主頭、体格は中肉であった。
第3 事件性について
  本件公訴事実に係る被害状況についてのAの証言は、具体的でその内容からして勘違いするようなものでなく、被害に遭ったとする直後に、母親に被害を申告して警察に通報し、被害届を提出した事実によって裏付けられている。Aの証言は信用できるというべきである。弁護人は、Aの年齢からして、一般論として、周囲の気を引くなどするために虚偽の被害申告をする可能性が高いと主張するが、抽象的な可能性を指摘するにすぎず、その供述の信用性を左右するものではない。したがって、信用できるAの証言によれば、Aが本件公訴事実記載の被害に遭ったことが認められる。
第4 被告人の犯人性について
 1 写真面割状況について
  Aの証言及びBの証言等によれば次の事実が認められる。
  大阪府C警察署の警察官Bは、平成28年10月4日、A宅において、Aに対し、被告人を含む12人の男性の写真が貼付された面割台紙を用いて、いわゆる写真面割を実施した。なお、この写真はいずれも大きさが均一で被告人と年齢が似通ったものであり、被告人の写真番号は6番であった。
  Bは、Aに対し、「事件の犯人を覚えていますか」「もし覚えているなら、今からこちらが用意した写真を見てほしい」「この中に犯人がいるかもしれないし、いないかもしれないんだけど、それを見て犯人がわかれば教えてほしいし、似ている人がいたら教えてほしい、いなかったらいないということを教えてほしい」と事前に説明して写真面割を行った。面割台紙を見せる際に、Aは「覚えているか不安です」と言っていた。Aは、最初にぱっと面割台紙を見たときは「難しい」と言ったため、BはAに1枚ずつ順番に見ていってもらうと、Aは6番だけ似ていると答え、他の11枚については、似てないとか、全然違うとか否定的なことを言った。Bは、Aが6番が似ていると答えたので、どこが似ているかを尋ねると、Aは「最初は髪型が似てると思って目にとまったんだけれども、見てたら顔の感じとか、そんなんもこの人がすごく似てる」と言った。ただ、Aは、顔が似ているとは言っていたが、鼻や口などについて具体的に言っていなかった。
 2 写真面割時におけるAの犯人識別供述の信用性
  被害現場の洗い場にはシャワーごとに照明が設置されており、Aの証言によれば、Aは被害の前後に犯人と約1メートルの距離で会話をしており、その際に犯人の顔等を視認していたというのであって、現に被害直後に似顔絵が描ける程度の情報量の記憶があったのであるから、視認条件はよかったといえる。また、写真面割の実施状況を見ても、面割台紙に貼付された写真の枚数やその内容、写真面割における写真の示し方や尋ね方に暗示や誘導があったなどの問題はみられない。したがって、Aの犯人識別供述は基本的に信用することができる。
 3 写真面割時におけるAの犯人識別供述の評価・位置づけ
  このようにAの犯人識別供述は基本的に信用できるというべきであるが、写真面割は被害時から4か月以上経てなされたものであり、その間に記憶が減退、変容した可能性を否定し難く、現にAは最初に面割台紙を見た際には難しいと言って12枚の写真中から被告人を犯人として選び出すことができなかったのである。また、被告人の写真を選び出した根拠を見ても、犯人の具体的な特徴を指摘してのものではない。このような点に照らせば、この犯人識別供述に、これにより直ちに被告人が犯人であると認定できるほどの証拠価値を認めることはできないというべきである。Aの犯人識別供述は、被告人を含む被告人によく似た人物が犯人であるという限度の評価にとどめるのが相当である。
  そして、Aは、被害直後から公判を通じて、犯人像として、年齢20歳くらい、身長170センチメートルくらい、中肉、坊主頭(なお、Aは写真面割時において、最初は髪型に着目して被告人の写真を選んでいるところ、この写真の被告人の髪は、本件当時の5厘刈り程度ではなく、それなりの長さがあることからすれば、Aの供述する「坊主頭」とは、髪の長さ数ミリメートルから上記写真程度のものをいうものと解するのが相当である。)と語っていることに照らせば、これらの特徴をも併せ持つ者が犯人であると認められる。
  そうすると、被告人は、上記認定のとおり、これらの特徴をよく満たすものであるところ、検察官は、そのような被告人が、たまたま事件とは無関係に本件銭湯にいたという偶然は通常あり得ないから、被告人が犯人であると強く推認できると主張する。しかしながら、容貌以外の犯人の特徴はありふれたものにすぎない上、本件犯行時多数人が本件銭湯に在館していたことを踏まえれば、他人のそら似の可能性を否定しがたい。
第5 本件防犯カメラ映像による犯人の絞り込みの成否
  検察官は、犯行が可能であったとする人物、すなわち弟らが浴室から脱衣場の出入口に現れるよりも前に浴室に入場し、同人らより後に浴室から脱衣場に現れた人物につき、本件銭湯に設置された防犯カメラの映像(以下「本件防犯カメラ映像」という。)を精査すれば、Aの供述する犯人像と整合する人物は被告人以外にいない旨主張する。
  そこで検討するに、Aの供述する犯人像を前提として本件防犯カメラ映像を精査し、犯人を絞り込むに当たっては、画像上の限界や主観的な捉え方の違いによる判断の差異があり得ることを踏まえる必要があるため、通常人なら誰が見ても明らかに犯人像と特徴が異なるといえる人物のみを除くべきであるところ、本件防犯カメラ映像を精査すると、そのようにいえない人物、すなわち犯人として矛盾しない容貌の人物が、被告人以外に少なくとも数名おり(例えば論告要旨別紙3の番号203、220の人物)、これらの者が犯人である可能性を排斥し去ることはできない。よって、検察官の主張は採用できない。なお、本件防犯カメラ映像からは、検察官が指摘するように、被告人が長時間浴室と脱衣場を行ったり来たりし、また、脱衣場に警察官が臨場した後に短時間で本件銭湯を出たなどの不審と評価し得る行動が認められるが、犯人であることを推認させる行動とまではいえない。
第6 結論
  上記のとおり、Aの犯人識別供述から直ちに被告人を犯人と認めることはできないし、これと検察官が指摘する他の事実関係を併せ考慮しても、被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明することができない事実関係が含まれているとは認められない。そうすると、被告人が犯人であると認めるには合理的な疑いが残るというべきである。
  したがって、以上のとおり本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
 (求刑・懲役1年6月)
第1刑事部
 (裁判長裁判官 武田義德 裁判官 櫻井真理子 裁判官 白井知志)