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裁判年月日 平成28年 6月29日 裁判所名 熊本地裁 裁判区分 判決
事件名 強姦、わいせつ誘拐被告事件
裁判結果 有罪(懲役4年(求刑 懲役10年))
文献番号 2016WLJPCA06296009
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,当時17歳の被害者を強姦しようと考え,平成27年2月15日午前5時37分頃から同日午前6時30分頃までの間,熊本市〈以下省略〉に在るホテル(以下「本件ホテル」という。)の客室において,被害者に覆い被さり,腕を掴むなどして,抵抗することが著しく困難な状態にさせて性交した。
(証拠の標目)―括弧内は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠甲の番号
・ 被害者の公判供述
・ 現場引当見分報告書(甲9)
・ 捜査報告書2通(甲11,13(不同意部分を除く。))
(事実認定の補足説明)
1 争点及び判断の分岐点
弁護人は,被告人は被害者に対して判示の暴行(以下「本件暴行」という。)を行っていないと主張する。関係証拠上,被告人と被害者が本件ホテルで性交したことは明らかであるものの,被告人と性交したのは本件暴行を受けたからであるという被害者の供述と,被害者と性交したのは被害者が承諾したからであるという被告人の供述とが対立している。すなわち,本件の争点は本件暴行の有無であり,その判断の分岐点は,被告人から本件暴行を受けた旨の被害者の供述の信用性である。そして,性交場所である本件ホテルがいわゆるラブホテルであり,本件ホテルに行くまでの経緯に関しても,被害者の供述と被告人の供述とが対立していることからすると,被告人から本件暴行を受けた旨の被害者の供述の信用性は,被害者と被告人が本件ホテルに行くまでの経緯にも注目して判断すべきである。
2 被害者供述の信用性について
(1) まず,被害者と被告人との間のLINEアプリ(以下「LINE」という。)のチャット履歴(甲13)及びこれにより裏付けられて信用できる被害者及び本件友人の供述等によれば,被害者と被告人が本件ホテルに行く前に熊本市a区○○に在るコンビニの駐車場(以下「本件駐車場」という。)に立ち寄るまでの経緯に関して,以下のような経緯が認められる。すなわち,平成27年2月初め頃に,LINEのチャットで「一言まじなめすぎ なめられすぎだけん お前まじ探さすっけん」,「お前ん彼氏殺すね」等のメッセージを送信してきた被告人に好感を持っていなかった被害者は,ラウンジでのアルバイトが終了した同月15日午前3時過ぎ,被告人から「いますぐでてきて 店に年ばらさなんごっなる」,「bえきに一人できて」とのメッセージが送られてきて呼び出されたことから,怖いと思いながらも一緒にアルバイトをしていた本件友人と共に被告人と会ったところ,被告人が本件友人が一緒に来たことに腹を立てて本件友人に対して殴るなどと言ったために本件友人が泣き出したことから,被告人と二人きりで話をせざるを得なくなり,被告人と二人で本件友人らの前から立ち去り,本件駐車場まで自動車で移動したというものである。
このような本件駐車場に行くまでの経緯を踏まえて,本件ホテルに移動するまでの経緯に関する被害者の供述について検討する。まず,本件駐車場に移動するまでの間に被害者が被告人に好意を抱くこととなるような事情はなく,被告人が供述する被害者と二人きりになってから本件ホテルに自動車を走らせるまでの状況を前提としても,被害者が被告人に好意を抱くこととなるような事情は見当たらない。そうすると,被告人から性交を求められることとほぼ同義である本件ホテルへの移動を求められたところで被害者がこれを承諾するような状況であったとは到底考え難い。また,被告人が被害者を呼び出す際,未成年者を働かせてはいけないラウンジで被害者が働いていたことを材料にしていたことに照らせば,被害者が供述する被告人による脅迫文言は,被告人が自身に好意を抱いていない被害者に性交を求める際の脅し文句として自然である。したがって,本件駐車場から本件ホテルに移動するまでの経緯に関する被害者の供述は信用することができるから,被告人が被害者の承諾を得ることなく本件自動車を本件ホテルまで走らせたことが認められる。そして,被告人が供述するその後性交に至るまでの状況を前提としても,被害者が被告人に好意を抱くこととなるような事情はなく,結局,被害者が被告人と性交するまでの事情を通してみても,被害者が被告人と二人きりで行動しているからといって,被害者が被告人と性交することを承諾したのかもしれないと疑わせるような状況は見いだせない。そうすると,被告人と性交したのは本件暴行を受けたからであるという被害者の供述は,本件犯行前の状況に沿うものとして,十分な信用性が認められる。
(2) 弁護人は,被害者の供述を前提としても性交された本件ホテルの室内で抵抗らしい抵抗をしていないという本件犯行時の状況,被害者が被告人と行動を共にしたという本件犯行後の状況に照らせば,被害者の供述は信用できないと主張する。しかし,被害者が抵抗らしい抵抗をしていないのは,本件暴行を受けて抵抗が著しく困難になったからだけのことであり,性交後も被告人と行動を共にしたのは,被告人に恐怖心を抱いていた被害者が被告人から行動を共にするように言われてそのようにせざるを得ないと考えただけのことであるから,弁護人が指摘する点は,被害者供述の信用性を減殺させるものではない。
2 結論
以上によれば,信用できる被害者供述により,被告人が被害者に本件暴行を行ったと認定できる。
(一部無罪の理由)
1 平成27年10月19日付け起訴状記載の公訴事実の要旨
平成27年10月19日付け起訴状記載の公訴事実(わいせつ誘拐,強姦)の要旨は,被告人が,A(当時16歳。以下「告訴人」という。)及びその友人を自らが運転する自動車に乗車させて走行していた際,告訴人を誘拐して強姦しようと考え,平成26年11月24日午前2時頃から午後3時頃までの間,熊本市a区内のタクシー乗り場に停車中の同車内において,前記友人に対し,嘘を言って同車から降車させた上,同車を発進させて告訴人を同所から被告人方まで連れ去り,同所において,告訴人を押し倒して覆い被さり両手首を押さえつけた上で,「声出したら中出しするぞ。」などと言い,同女が抵抗することが著しく困難な状態にさせて性交したというものである。
2 強姦の点について
(1) 争点及び判断の分岐点
弁護人は,被告人は告訴人に対して,上記1の暴行脅迫(以下「本件暴行脅迫」という。)を行っていないと主張する。関係証拠上,被告人と告訴人が被告人方で性交したことは明らかであるものの,被告人と性交したのは本件暴行脅迫を受けたからであるという告訴人の供述と,告訴人と性交したのは告訴人が承諾したからであるという被告人の供述とが対立している。したがって,告訴人に対する強姦罪の成否に関する争点は飽くまで本件暴行脅迫の有無であり,その判断の分岐点は,主として,被告人から本件暴行脅迫を受けた旨の告訴人の供述の信用性であり,検察官がそれを支える証拠と位置付けている被告人が告訴人の父との間で取り交わした念書(以下「本件念書」という。)の証明力も問題となる。
(2) 告訴人供述の信用性
ア 被害申告の状況との整合性について
(ア) 告訴人が,被告人から本件暴行脅迫を受けたことによって性交したとすれば,性交状況の細部はともかく,被告人と性交したことや,それが被告人から暴行や脅迫を受けたことによるものであったことという被害の核心部分については,明確に認識するはずであり,その記憶が直ちに曖昧になるとは考え難い。
ところが,友人等に対する被害申告の内容は,強姦被害があったとされる直後の時期にされたものであるにもかかわらず,曖昧である。すなわち,告訴人は,強姦被害があったとされる平成26年11月24日の夕方頃,友人のBからの安否を確認するLINEのメッセージに対し,被告人に何かされたのかもしれないがよく覚えていない旨のメッセージを送っている。また,告訴人は,その2日後である同月26日に受診した産婦人科の医師に対し,強姦されたとは断言していないとみられるのである(甲44(c産婦人科医院作成の告訴人の診療録)・3丁の「主訴」欄に「11/23~11/24-rape?」とあり,末尾に「?」が記載されているところ,これは,告訴人が医師に対してレイプされた可能性があるとは述べつつも,レイプされた旨を断言しなかったためであると考えられる。)。この点,強姦被害に遭ったことを隠そうとして意図的に曖昧な申告をした可能性があると考えることもできそうである。しかし,告訴人が強姦被害に遭ったことを隠したいのであれば,Bには,何らかの被害に遭ったかもしれないなどと曖昧な答えをする必要はなく,単に大丈夫だったとだけ答えておけば足りるし,産婦人科医師にも,妊娠等を懸念していたとしても,強姦被害に遭った可能性があることまで説明する必要はない。
そうすると,告訴人が前述したような曖昧な被害申告をしていることは,強姦被害に遭った者の言動としていささか不自然であり,告訴人が,公判廷において,自己の認識して記憶したことをありのままに供述しているのかにつき疑問を持たざるを得ない。
(イ) 他方,告訴人は,被害に遭ったとされる当日のうちに父母や友人に対して公判廷で供述したのと同様の被害を申告している旨供述する。しかし,上記(ア)のような被害申告の状況に照らせば,告訴人が父母らに対して公判廷で供述したような被害申告をしているのかについてはそもそも疑問があるが,その点は措くとしても,父や友人の供述等を検討すると,そうした疑問は一層強くなる。
a まず,告訴人は,平成26年11月24日の夕方頃に被告人に父親宅周辺まで送ってもらっている最中か到着後のいずれかの時期に,友人であるCに電話を掛け,被告人から3回姦淫された旨を話したと供述する。
確かに,Cも,同日の午後4時か5時頃に,告訴人から電話が掛かってきて,「車の中にいる。」,震えた声で泣きながら「もう嫌だ。」などと言っているのを聞いた旨供述する。しかし,Cは,告訴人がずっと「もう嫌だ。」という言葉を繰り返していたが,告訴人の口から被害の内容を聞いたことはなく,被告人宅で告訴人と被告人との間で何があったのかについて,現在も知らないと供述する。検察官も指摘するとおり,C供述の信用性に疑問はないが,Cの供述は,Cに対し具体的な被害申告をしたという告訴人の公判供述を裏付ける証拠とはいえず,むしろその日のうちにCに対し姦淫されたことやその回数を話したという告訴人の供述の信用性を疑わせる証拠である。
b 次に,告訴人は,被告人に強姦された後,被告人に父親宅周辺まで送ってもらい,父親宅到着後,父から何をしていたのか尋ねられ,被告人に3回姦淫された旨を話したと供述する。
確かに,父も,告訴人が,平成26年11月24日の夕方頃に父親宅に来た際,被告人から無理やり3回姦淫された旨を話したと供述する。しかし,告訴人は,父に被害を申告したとき,「そうかみたいな感じで」話を流されたと供述する一方,父は,「そうか」と流すことはなかったし,被告人から姦淫された旨の被害を聞いた後,性交時に抵抗したのか,被告人がコンドームを付けていたのか,被告人の性器をくわえさせられたのかなどを質問していったと供述している。このように,父に対する告訴人の被害申告の状況に関する両名の供述は整合しない部分がある。さらに,父は,被告人の性器をくわえさせられたのかという質問に対して告訴人が首を縦に振ったと供述するが,告訴人は,そもそも被告人からそのような被害に遭ったとは述べていない。そうすると,父の上記供述は,告訴人が供述する被害内容と矛盾している。このように父に対する被害申告の状況に関する両名の供述は,整合しない部分がある上,矛盾する部分まであり,父の供述は,父に対し公判廷で供述したような被害申告をしたという告訴人の公判供述を裏付ける証拠とはいえない。
c さらに,告訴人は,帰宅した平成26年11月24日のうちに,母に対し,レイプされた旨を話したと供述し,父は,刑事告訴に関する告訴人と母の意向を確認したところ,その日のうちに刑事告訴はしないという方針になったと供述する。
しかし,母は,その日の夜,Cに対し,「とりあえず妊娠しとらんならいいけどねぇって感じだね」というやや深刻さに欠けるLINEのメッセージを送っているとともに,当日は警察に対する被害申告等をしていない。他方,母は,同月26日,告訴人と共に産婦人科医院に赴き,強姦被害に関して事件化するか否かについて告訴人と話し合う前に警察に相談している。このような経緯からすると,告訴人が供述するように,帰宅した同月24日のうちに,母に対し,レイプされた旨を話し,刑事告訴に関する意向確認がされたとの事実が存在したかについては,疑問を抱かざるを得ない。母のCに対するLINEのメッセージや,同月26日の母の言動は,母に対し,帰宅した日のうちに被害申告をしたという告訴人の公判供述を裏付けるものとはいえず,かえって,そのような事実がなかったことをうかがわせるものである。
(ウ) 以上によれば,告訴人が強姦被害に遭ったとされる直後の言動は,強姦被害に遭った者のそれとして不自然であり,強姦被害に遭ったことを家族らに話した旨の供述については裏付けとなる証拠がないから,告訴人の供述の信用性を肯定することは困難である。
イ 供述内容の自然性及び迫真性について
検察官は,告訴人の供述内容が自然で迫真的であると評価できることが告訴人の供述の信用性を高める事情であると主張している。しかし,供述内容が自然で迫真的であるなどの抽象的な指標によって,その供述の信用性を判断することは困難であるだけでなく危険が伴う。そして,上記アのとおり,告訴人が,公判廷において,被告人との性交状況に関して,自己が認識して記憶したことをありのままに供述しているのかにつき疑問があることからすれば,供述内容が自然で迫真的であることは供述の信用性を高めることには結びつかないというべきである。
(3) 本件念書について
被告人は,平成26年12月8日,告訴人の父と共通の知り合いであるDと会った際,告訴人に対して「準強姦してしまった事を,認めます。」と記載してある本件念書に署名している。検察官は,被告人が「強姦」を認める念書に署名したと主張するが,そもそも,本件念書の記載を見る限り,告訴人に対する暴行脅迫に関する言及が何らない以上,その記載自体から被告人が告訴人に対する暴行脅迫,ひいては告訴人を強姦したことを自認していたと認めることはできない。また,本件念書の作成に至る経緯を見ても,Dの供述によっても,被告人が,告訴人との性交が結果的には告訴人の承諾があったとはいえないものであったことをDの誘導によって認めたにとどまっており,被告人が告訴人に対する暴行脅迫を自認したわけではない。さらに,被告人が未成年の告訴人とコンドームを使用せずに性交していることに照らせば,この点について罪の意識を感じて本件念書に署名したと考えることも不可能ではなく,被告人が強姦行為を行ったという意識を有していたから本件念書に署名したと推認することもできない。
以上によれば,被告人が告訴人の父との間で本件念書を取り交わしているからといって,被告人が本件暴行脅迫を行ったと認めることや,告訴人の供述の信用性を肯定することはできない。
(4) 小括
以上によると,告訴人の被害供述の信用性を肯定することはできず,その他の証拠によっても本件暴行脅迫を認めることはできないから,強姦罪は成立しない。
3 わいせつ誘拐の点
(1) 検察官は,被告人が,告訴人と二人きりになるため,告訴人と共に自動車に乗車していたEに対し,停車して待っているからと嘘を言って降車させた上,同車を発進させて自宅まで連れて行ったことが誘拐の実行行為であると主張している。
(2) しかし,告訴人らの供述によれば,告訴人は,泥酔して公園で嘔吐した後,その場に居た被告人やEに対し,シャワーを浴びたいと自ら話していたこと,それを聞いた被告人が告訴人に対して「シャワーを浴びるとこまで連れて行くから来い。」と言ったこと,その後,告訴人が被告人宅で実際にシャワーを浴びたことが認められる。そうすると,被告人が告訴人を自宅まで連れて行った目的が,シャワーを浴びたがっていた告訴人にシャワーを浴びさせることにあったことは明らかである。
他方,Bの供述によれば,被告人が,泥酔していた告訴人を介抱しようとしていたBを告訴人の側から追い払おうとしていたことが認められるから,その後被告人が自宅で告訴人と性交に及んでいることも併せ考えれば,被告人は,Eを降車させた時点から,告訴人を自宅に連れ込んだ後にわいせつな行為に及ぼうと考えていたのではないかと推認することも不可能ではないようにも思われる。しかし,前記のような態度に加え,被告人が告訴人と共にEも乗車させていることに照らせば,被告人がその時点で既に,告訴人と二人きりになってわいせつな行為をしようと考えていたとまで推認することは難しい。また,前記2のとおり告訴人が本件暴行脅迫を受けたために被告人と性交に及んだとは認められないことに照らすと,被告人宅での被告人と告訴人とのやりとりの中で被告人が告訴人に対して性交を含むわいせつな行為をすることを考え始めた可能性を排斥することは困難である。
そうすると,被告人が,告訴人を自動車で被告人宅まで連れて行くためにEを降車させるための嘘を言ったとまでは認められない以上,誘拐罪も成立しない。
4 小括
以上の次第で,平成27年10月19日付け起訴状記載の公訴事実の点については,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(法令の適用)
罰条 刑法177条前段
未決勾留日数の算入 刑法21条
訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文(一部負担)
(量刑の理由)
凶器を用いない強姦既遂1件の事案である本件は,本件暴行自体が強姦の手段たる暴行として比較的軽度なものであるから,性交に至るまでの経緯を踏まえても,性的自由を侵害する危険性が他の強姦事案と比較して高いとはいえない。他方,被告人に性犯罪の前科があり,それが本件犯行後に処せられた罰金刑1犯にとどまるとはいえ,被告人の言動からは,女性の心情を思いやることができない自己中心的な性格傾向が顕著であり,この種の行為に対する規範意識が極めて乏しく,被告人の意思決定に対する非難の程度は,他の強姦事案と比較して低いとは到底いえない。そうすると,本件は同種事案の中で中程度の部類に属する事案であると評価できるから,同種事案の量刑傾向を踏まえると,被告人に対しては基本的に懲役4年程度をもって臨むのが相当である。
そして,一般情状の中では重要性が一段高い量刑事情である慰謝の措置についてみると,被告人は慰謝の措置を何ら執っていない。しかも,否認していて自己の行為を省みる姿勢が全くうかがえない被告人には,その他の酌むべき事情も見当たらない。
(検察官伊藤孝,私選弁護人江越和信(主任),西村好史 各公判出席)
(求刑:懲役10年)
(裁判長裁判官 溝國禎久 裁判官 大門宏一郎 裁判官 瀧澤孝太郎)
〈以下省略〉