児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

[医療]医師・歯科医師が刑事処分を繰り返し受けた時の行政処分

 同一人物が繰り返した場合の行政処分というのは、なかなかわかりませんでした。

http://judiciary.asahi.com/fukabori/2013090400001.html
 その不安が的中し、厚生労働省はAさんの事故だけ分離して2011年9月に行政処分を行い、翌2012年3月、他の3件のうち2件だけを処分対象にして医道審議会に諮問した。前述したように、s医師本人が過失を認めているのに処分対象としなかった1件について厚生労働省は「明らかな不正が確認できない」と言うだけで、それ以上の詳しい説明はしていない。

 筆者は今年3月、s医師の処分を2回に分けた理由を、厚生労働省医政局医事課の田原克志課長(当時)に尋ねた。すると、「既に行政処分の公表期間を過ぎており具体的には答えられない」としたうえで、一般論として次のような回答がメールで送られてきた。

 1.行政処分の対象となるのは、主に罰金以上の刑に処せられた者、医事に関する犯罪又は不正の行為があった者であり、前者については司法処分が確定した後、後者については犯罪又は不正の行為が認定できた後に行政処分の手続きを進めている。
 行政処分の原因となる事実が複数ある者について、全ての事実が確定している場合は同時に手続きを進めていくことになるが、一部の事実のみが確定している場合は、既に確定している事実のみで手続きを進めて行政処分を行い、別の事実が確定後に、再び行政処分を行う場合がある。

 【参考事例1:同一人物が複数の事件を起こし、同時に行政処分を行った例】
 道交法違反(罰金32万円):略式命令日 2009年10月
 道交法違反(罰金50万円):略式命令日 2011年5月
  → 1と2を併せて2012年3月行政処分(医業停止2カ月)
 【参考2:同一人物が複数の事件を起こし、別々に行政処分を行った例】
 迷惑防止条例違反(罰金30万円):略式命令日 2005年9月
  →2007年2月行政処分(業務停止3カ月)
 迷惑防止条例違反(罰金50万円):略式命令日 2008年9月
  →2010年2月行政処分(医業停止1年)
 迷惑防止条例違反(懲役6カ月執行猶予3年):判決日 2010年6月
  →2011年2月行政処分(医業停止2年)

 2.刑法第27条に「猶予期間経過の効果」、第34条の2に「刑の消滅」に関する規定があるが、厚生労働省は次の[1]〜[3]に該当する場合は「刑の言い渡しの効力が消滅している」として、行政処分の対象とはしないという運用をしている。そのため、行政処分の原因となる事実が確定しているものは、できる限り速やかに行政処分の手続きを進めることにしている。
 禁固刑以上
  刑の執行が終わり、罰金以上の刑に処せられないで10年を経過したとき
 執行猶予付
  執行猶予を取り消されることなく猶予期間を経過したとき
 罰金
  刑の執行が終わり、罰金以上の刑に処せられないで5年を経過したとき
 厚生労働省の説明によれば、複数の事件を起こした同一の医師もしくは歯科医師を2回に分けて処分した例も、複数の事件を併せて一度に処分した例もあるから、2回に分けて実施されたs医師の処分が特異というわけではないということになる。
次に、「刑事罰の確定後一定期間が過ぎれば処分できなくなる」という行政処分の運用については少し説明が必要だ。

 「猶予期間経過の効果」に関する刑法第27条は、「刑の執行猶予の言渡しを取り消されることなく猶予の期間を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う」というものだ。これは、執行猶予期間が無事終了すれば、将来にわたって刑が執行されないことを定めた条文である。厚生労働省は猶予刑を受けた医師、歯科医師行政処分の対象にしようとする際は、執行猶予期間が終了する前に処分をしているわけだ。

 次に、「刑の消滅」に関する刑法第34条の2の規定は、「禁錮以上の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで十年を経過したときは、刑の言渡しは、効力を失う。罰金以下の刑の執行を終わり又はその執行の免除を得た者が罰金以上の刑に処せられないで五年を経過したときも、同様とする」というものだ。法務省によれば、これはいわゆる前科の抹消に関する条文である。禁錮刑以上で10年間、罰金刑で5年間、罰金刑以上の刑を科されるような犯罪を起こさなければ、前科はなくなる。厚生労働省は、刑事罰を受けた医師、歯科医師を対象に行政処分を行うときは、この刑法の規定を理由として、前科が抹消される前に実施するという運用をしているわけだ。
こうした厚生労働省の説明をs医師のケースに当てはめると、伊藤さんの妻Aさんの事故に関して2006年11月に罰金刑を受けているから、それから5年が経過する2011年11月までに処分をする必要があったということになる。したがって厚生労働省としては、少なくともAさんの事故については2011年9月の医道審議会医道分科会に諮問しなければならかったというわけである。

 しかし、s医師は残り3件の医療事故についても2010年3月の伊藤さんとの和解調書の中で過失を認めている。たとえ2010年3月から調査を始めたとしても、2011年9月の医道審議会医道分科会までには1年半もの時間があったわけである。

 改正医師法によって調査権限を手に入れた厚生労働省が、Aさんの事故以外の3件については事実関係の確認が間に合わず、2012年3月の医道審議会医道分科会に回さざるを得なかったというのは説得力に乏しい。

 厚生労働省が刑事事件での判決確定をもとに処分してきた方針を変更してから、医師、歯科医師に対する処分の申し立ては2013年3月までに計144件あったが、そのうち実際に処分を行ったケースは3件にとどまる。