児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

虚偽の事実を告げられわいせつ行為に応じれば就職できるという誤認に基づきわいせつ行為に応じた場合は抗拒不能にあたる(東京地裁H20.2.8) 

 法益関係的錯誤でいえば、わいせつ行為であることに誤認がなければ、承諾があるといえそうですよね。

東京地裁平成20年 2月 8日
 3 次に,弁護人の主張するところは,本件各被害者は被告人の行為がわいせつ行為であることは知悉した上で,これを了解したものであり,本件では本件各被害者がこうした了解をするに至った動機において誤認があったものに過ぎず,このような場合には,準強制わいせつ罪における抗拒不能にはあたらないというのである。
   (1) そこで,検討するに,本件各被害者の各証言及び被告人の公判供述によると,被告人は,本件各被害者に対して,被告人が最初に会った時点において,日本テレビないしフジテレビにおいてその各職員の採用を担当する部署の責任者の地位にあることを表示する名刺を見せるなどした上,第1被害者に対して「あなたの笑顔がすごいすてきだったので,お話ししたいと思い,声をかけました。」などと申し向け,また,第2被害者に対しても,「自分は,人事でアナウンサーの採用の面接のことを担当している。」などと申し向けている。
 そして,それ以後,被告人と本件各被害者が判示の各わいせつ行為の現場に至る間においても,第1被害者が受験した試験の結果につき「(面接試験は)落ちていた。」「自分がどうにかしてあげられると思うからもう少しあなたの話を聞きたい。」「そんな時計じゃ駄目だ。」「スカートの丈もそんなんじゃ駄目だ。」などと,また,第2被害者に対しても,同被害者が受験した採用面接の感想などを聞いた上で「採用されるためには自分をアピールしていかなきゃいけない。」などと言い,また,同被害者が受験の結果として不合格であることを聞くと,「自分は今見てきたので知っている。」「人事の採用に関して,何回かの面接を免除することができる権利を持っているので,そういうことも考えている。」「自分がその判断をするには時間が掛かるので,ここで帰りますというのはやる気がないんじゃない。」「今回の面接はなかったことにして,2次面接や3次面接から来る処理をしようかと考えている。」「何回かの面接を免除するためには,自分が模擬面接のようなことをやって判断しなければならないので,個室を探さないといけない。」などと申し向けたほか,フジテレビのアナウンサーの実名をあげてあたかも自分がこうした人物を育成したかのようなことを申し向けたことが認められる。
 さらに,前記各証拠によると,各わいせつ行為の現場において,被告人は,第1被害者に対して,同被害者が制作をやりたいという趣旨のことを言ったのに対して「君は秘書に向いている。」「自分は人事部課長だから権限はあるから,そういう採用はできる。」,また,第2被害者に対して「アナウンサーでも,最近は露出をしていくことで視聴率を取っていくんだ。」「足をなるべく前に出すようにして座り,また,そういうことを生かして頑張りますということを言ったほうがいい。」などとそれぞれ申し向けている。
 そして,現実に,本件各被害者にわいせつ行為をするにあたっても,第1被害者に対しては,「(着用していたスカートについて)そんな長いのじゃ駄目だ。もっと上げた方がいい。」などと申し向けてスカートを太もも方向に上げさせた後,これを触ったり,同被害者にキスをさせ,また,胸元から手を入れて乳房をもんだり,なめたりし,その一方で,被告人は「私は人事部課長だから権限はあるから,採用できる。」「本当に日本テレビに入りたいんでしょ。第1志望でしょ。」などと言いながら,同被害者にキスをしたり,さらに,同被害者の太ももから陰部を触るなどのわいせつ行為を行ったこと,あるいは,第2被害者に対しては,「足をもっと見せた方がいいので,ストッキングをはくよりもはいていない方がいい。」として,同被害者自身にストッキングを脱がせた上,同被害者の足をソファーの上に乗せさせたり背後を向かせたりして「自分は採用の方向で考えているので,それに対してのお礼の気持ちでこういうことを受けるんだ。」などと申し向けながら,繰り返して同被害者の太ももや殿部を触り,また,その際に,同被害者の下着をずらすようにしてその陰部をさわり,その後,同被害者がソファーに座るとその隣りに座って同被害者の着衣に手を入れて胸を触ったり,太ももを触ったりするなどのわいせつ行為を行ったことがそれぞれ認められる。
 そして,前記のような被告人の一連の言動によって,本件各被害者は,いずれも,まず,被告人がそれぞれが現に就職を希望している各テレビ局の人事担当者であり,その意向により各テレビ局の職員採用を行うことができる権限を有するものと誤認したこと,さらに,また,被告人による前記のようなわいせつ行為を受忍することによって,各テレビ局に職員として採用されることが可能となる(逆に言えば,こうした行為を拒絶した場合には,その採用が不可能ないしは困難となる。)ものと誤認するに至ったと考えられる。
   (2) もっとも,本件各被害者はいずれも本件当時既に成人した女性であって,その証言等から見れば,それなりに,社会常識を身につけた者であることが推測される。その点から言えば,本件各被害者が就職活動の過程において被告人によるわいせつ行為を受忍する必要があるとの考えを持ったこと自体が不可解と言えないこともない。
 しかし,この点は,本件各被害者の各証言から見ると,本件各被害者による前記のような誤認が生じた背景には,本件各被害者らにおいて,就職活動一般ないしは少なくともテレビ局等に対する就職活動において,人事担当者らによるこうした行為が通常行われているか,あるいは,少なくとも,そのようなこともありうるとの考え方があったことが推測されるところ,このような事態というものが現実に生じているかどうかは別にして,社会的な風評やイメージなども考慮して考えれば,本件各被害者がこのような考え方を有していたこと自体については,これを一概に不合理なものということはできず,これにともなって,本件各被害者が前記のとおりの誤認を生じたこともまた不合理なこととも言えない。
   (3) 以上のような各事実によると,本件各被害者においては,被告人の行為について,部分的にはアナウンサーとしての適性を見るためにした行為であると誤認していた部分も存在するものの,判示第1及び第3の各事実について認定したわいせつ行為,すなわち,接吻をしたり,乳房をもんだりさらには大腿部や陰部を触るなどの行為そのものについては,いわば,被告人から就職について有利な扱いを受けることの見返りとなる行為であって,それらが被告人のわいせつ意思の発露としてなされる行為であること,すなわち,これらの行為のわいせつ性についての誤認は存在せず,かつ,本件各被害者においては,外形上,それぞれの任意の判断に基づいてこれを受忍する意思決定をしたことがうかがわれる(第2被害者の場合,前記で見たような,被告人の言動の中には,同被害者のストッキングを脱がせて足をソファーの上に乗せさせるなど,外形的に見て,あたかもそれが職員の採用にあたっての面接等にあたる行為であることを装ったように見える部分もあるが,職員を採用するための正規の面接等の行為がカラオケ店の個室等において行われることは通常考えられないことであるし,その前後における被告人の言動から見ても,それは面接などといった職員の採用を担当する者としての権限の行使という外形を持つものではなく,また,現に第2被害者においてもそれを正規な面接等の行為と誤認したものとは考えられない。)。
 しかしながら,準強姦罪及び準強制わいせつ罪は被害者の性的行為に対する意思決定の自由を保護するものであり,これらがそれぞれ強姦罪ないし強制わいせつ罪と異なるのは,その手段として,暴行・脅迫が用いられるか,それ以外の手段が用いられるかに過ぎない。
 そして,準強姦罪ないし準強制わいせつ罪における抗拒不能は正常な判断に基づく意思決定ができない状態をいうものと考えられるところ,相手方に対して自己の身分等について虚偽の事実を告げるなどした結果,相手方が具体的な事実関係について誤認を生じ,その結果として,性交渉やわいせつ行為を受忍する意思決定をした場合等においては,こうした判断の前提となるべき事実に誤認があるのであるから,その判断は正常な判断とは言えず,したがって,このような欺罔行為によって被害者が錯誤に陥る場合も,準強制わいせつ罪における抗拒不能に該当しうるものと考えられる。
 もっとも,わいせつ行為ないし性交渉をともなう関係の当事者間において,それぞれの意思決定の前提となる事実(各当事者の身上等を含めて)について各々が完全に正確な認識を持つとは限らず,そこに何らかの誤認が存在することは,社会生活上,あり得べき事態と言え,そのような誤認が相手方の言動で生じた場合に全てが準強制わいせつ罪等になるとは言えないであろうが,本件で認定した前記各事実によると,本件各被害者はその就職活動という,その後のそれぞれの人生ないしは生活のあり方に重大な影響を及ぼすような場面に立っていたこと,また,被告人は本件各被害者が現実に就職を希望していた企業の人事担当者であることを装い,判示のような各種の言辞を申し向けたのであり,その結果として,本件各被害者は被告人の意向を受け入れることによって,自己の就職という希望が叶えられるという具体的な事実関係につき誤認を生じていたのであり,かつ,被告人の言動は当初からこうした誤認を生じさせるために,極めて具体的に虚偽の事実を語るものであったと認められる。さらに,本件の各犯行場所は,まんが喫茶(判示第1の犯行)ないしはカラオケ店(判示第3の犯行)の各個室であり,前者はカーテンないしパーテーションによって区画された空間であって,外部と完全に遮断された区画とは言えないけれども,一応,内部にいる者どうしの間のみで会話等のやりとりがなされる区画であり,後者はドアと壁によって外部とは遮断された機密性のある区画と評価できることに照らせば,このような区画内で被告人から本件のような経過でわいせつ行為に及ぶ旨の言辞を申し向けられた場合,むしろ,これを拒絶することの方にそれなりの心理的な抵抗感をともなうことが推測される。
 こうした事情を考慮すると,本件各被害者は,事実を誤認した結果として,準強制わいせつ罪でいうところの抗拒不能な状態にそれぞれ陥ったものと考えるべきである。

 金沢支部では、嘘で数百万円の対価を約束した児童買春罪については、抗拒不能に当たらないという判例があります。

名古屋高等裁判所金沢支部
平成14年3月28日
第2 控訴趣意中,訴訟手続の法令違反の論旨(控訴理由第4及び第23)について
1 所論は,原判示第2ないし第4の各行為は,被害者らの真摯な承諾なく抗拒不能の状態でされたもので,強姦,準強姦,強制わいせつ,準強制わいせつ罪に当たるとし,いずれについても被害者らの告訴はなく,親告罪たる強姦罪等の一部起訴は許されないから,本件起訴は違法であって訴訟手続の法令違反があるという(控訴理由第23)。
 しかしながら,児童買春罪や児童買春処罰法7条2項の児童ポルノ製造罪(以下,単に「児童ポルノ製造罪」という。)は親告罪ではなく,しかも強姦罪等とは構成要件を異にしていて,児童買春罪等が強姦罪等と不可分の一体をなすとはいえず,原判示第2ないし第4が強姦罪等の一部起訴であるとはいえないから,告訴欠如の如何を論ずるまでもなく(最高裁昭和28年12月16日大法廷判決・刑集7巻12号2550貢参照),所論は失当である。
なお,被告人の捜査段階及び原審公判の供述,共犯者の捜査段階の供述並びに被害者らの各供述によると,被告人らが被害者らに対して,畏怖させるような脅迫言辞を申し向けたことは認められない上,被害者らが性交等に及ぶ際あるいはその後の被告人らとのやりとりをみると,被害者らが恐怖心もあって買春に応じたと述べる部分もあるものの,他方で,買春行為の後,明日は行かないから,1日目の分だけお金を払って欲しい旨の電子メールを被告人に送信したり(原判示第2),これだけ恥ずかしい思いをしたのだからお金はもらって当然と思い,振込みでなく現金で欲しい旨申し出,受取りのため被告人が説明した場所に赴いたり(同第3の1),2度にわたって性交等に応じ,しかも2度目の際被告人に名刺を要求してこれを受け取り,記載してあった電話番号に電話をかけたり(同第4)していることなどが認められ,これら言動からすると,所論指摘の点を踏まえても,被害者らは対償の供与の約束により買春行為に応じたものと認めるのが相当であり,各被害者が抗拒不能の状況にあったということはできない。