児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・不同意性交・不同意わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録・性的姿態撮影罪弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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供述汚染を理由とする無罪判決(福岡地裁r03.10.04 準強制わいせつ罪)

供述汚染を理由とする無罪判決(福岡地裁r03.10.04 準強制わいせつ罪)
 集団検診事案では要注意。

裁判年月日 令和 3年10月 4日 裁判所名 福岡地裁 裁判区分 判決
事件番号 平31(わ)187号
事件名 準強制わいせつ被告事件
文献番号 2021WLJPCA10046003
主文
 被告人は無罪。
理由
第1 公訴事実の要旨 ― 秘匿した氏名等は,別紙呼称一覧表のとおり
 本件公訴事実の要旨は,「診療放射線技師である被告人が,平成30年5月9日,福岡市〈以下省略〉のa学校(以下「学校」という)の敷地内に停めた胸部検診車内において,正当な胸部レントゲン検査を受けるものと誤信して抗拒不能の状態にあるA(当時15歳)に対し,その背後に立って脇の下から両手を回し,着衣の上からAの両胸をもみ,もって人の抗拒不能に乗じてわいせつな行為をした」というものである。
第2 争点及び当裁判所の判断
 1 争点及び判断の分岐点
 本件の争点は,公訴事実記載のわいせつ行為(以下「本件行為」という)の有無であり,その判断の分岐点は,公訴事実記載の被害(以下「本件被害」という)にあったとされる証人Aの公判供述(以下「A証言」という)の信用性である。
 2 当裁判所の判断
 当裁判所は,A証言の信用性には疑問の余地があり,それ以外に本件被害の存在を認めるに足りる証拠はないから,被告人が本件行為を行ったと認めるには合理的な疑いを差し挟む余地があると判断した。
  (1) 前提事実等
 十分な信用性を備えている証人B,同C,同D及び同Eの各公判供述(以下,証人は姓のみで記し,各公判供述を「B証言」,「C証言」などという)等,関係各証拠によれば,以下のような事実が認められる。
   ア 軽度知的障害のある高校生が通う学校において,平成30年5月9日,1年生全員を対象とした胸部レントゲン検査(以下「本件検査」という)が行われた。被告人は,本件検査を行うため,公益財団法人bから派遣された診療放射線技師である。本件検査は,同日午前11時頃,男子生徒から始まり,女子生徒は,同日午前11時10分頃から同日午前11時25分頃まで行われた(本件検査は,クラス順,出席番号順で行われ,Aの検査が行われたのは後の方である)。
 同日夕方,Aとは別のクラスの女子生徒の保護者から,学校に対し,本件検査の際に娘が胸を触られたと言っているので調査してもらいたい旨の連絡があった。
 翌同月10日,各クラスの担任である女性教諭が,各クラスの女子生徒に対し,その被暗示性にも留意しつつ,一対一での聞き取り調査を行ったところ,Aを含む複数の女子生徒が,本件検査の際に胸を触られたことを申告した。
 聞き取り調査を受け,上記保護者にその結果を報告し,翌同月11日,同保護者と校長とが警察に対し被害届を提出することとなった。同月14日,学校では,スクールカウンセラー主導のもと,生徒の感情面をケアする目的のアンケートが行われ,同月18日,保護者に対する説明会が行われた。その際,同席していた検察,警察から,捜査への協力が求められ,同月21日以降,Aを含む本件検査を受けた女子生徒らに対する事情聴取が行われた(Aの事情聴取時の状況を録音録画した記録媒体が甲15であり,その際に作成された検察官調書が甲9である)。
   イ 被告人(当時は被疑者)に対する任意捜査が行われている時期,被告人は,自らの携帯電話機に,「じいちゃん,ばあちゃん,Y家のご先祖様,F家のご先祖様,背後霊様,守護霊様,Yの容疑で被害者の証言がバラバラ,チグバグ支離滅裂になってますように。Yの容疑が嫌疑不十分証拠不十分になってますように。Yの容疑が不起訴,沙汰やみになってますように。何卒よろしくお願いいたします。」という書き込みを行った。
  (2) A証言の内容
 A証言の内容は,本件検査から約1年7か月が経過していることから記憶の減衰があっても不思議ではないこと,証人尋問という緊張を強いられる場面での遣り取りであること,軽度知的障害が影響を与えた可能性もあることなどの検察官の指摘を踏まえてもなお,相当に曖昧といわざるを得ないが(例えば,具体的にどの時点で被害に遭ったのかも,証人尋問により明らかになったとはいえない),その概要は,「本件検査の時,胸を両手で触られた。後ろから被告人の両手が来て,下から上に動いて,着衣の上から,胸の下のところを1回掴んできた。被告人の手は,指が真ん中を向く形で横向きにした両手で,人差し指が胸の下に当たるくらい,その指先は体の横に当たっていた」というものである。
  (3) A証言の信用性について
 A証言が信用できれば,本件被害とは態様の異なる準強制わいせつ罪の成否が問題となり得る内容ではあるが,A証言については,以下の問題点を指摘できる。
   ア 信用できるD証言からうかがえる核心部分に関する供述の変遷
 D証言の概要は,次のとおりである。すなわち,「本件検査の翌日行った聞き取り調査において,Aに対し,『昨日の検査の件で何か困ったことや,嫌な思いをしたことはないか』と尋ねたところ,Aは,自分の手を胸に当てるような形で,少し動かすような仕草とともに,具体的な言葉としては記憶していないものの,胸を触られた,すごく嫌だった,これまでの検査ではこのようなことはなかった,他の二人も更衣室で気持ち悪いと言っていた旨を述べており,メモには『一,二度』,『前の方』と記載していたので,明確な記憶はないものの,Aはその旨を述べていたと思う。既に聞き取りを終え,触られた旨を申告していなかった上記2名を再び呼び出し,胸を触られていないか再確認すると,一人は頷き,もう一人は触られたけど医師なので複雑な気持ちであるとのことであった」というのである。
 その申告や仕草,Dのメモを併せて考えると,Aは,Dに対し,本件検査において,被告人の両手のひらで両胸(乳房)を覆われ,少し動かされるように触られた(すなわち「もまれた」)旨を述べていたと認めるのが相当である。公訴事実に記載された犯行態様も,その趣旨とみるのが自然かつ合理的であり,本件被害の核心は,「両胸の前面を両手のひらで覆って動かした」部分ということができる。
 他方,Aは,公判廷において,被告人から「胸の下」を掴まれ,その指先が「体の横」にあった旨を証言しているのであり,Aの能力的な問題等を踏まえてもなお,胸の前面が手のひらで覆われていた旨を述べようとしているとみるのは相当に困難である。
 検察官も指摘しているように,「経験則上,一般に印象に残る特異な体験等は記憶に定着しやすく,そのような出来事があったか否かという点については,明瞭な記憶が残りやすい一方,その細部や周辺的な出来事の有無,あるいは,ある出来事と別の出来事との順序といった事項は忘れたり記憶の混乱が生じたりする可能性」があり,本件におけるAも「被害の核心部分については,被害当時,嫌な思いをした特異な出来事と認識した上,その後,担任教師や捜査官等に繰り返し話をして記憶に刻まれていった」と考えられる。上記のとおり,本件被害の核心となる特異な出来事は,着衣の上から,「両胸の前面を両手のひらで覆って動かした」という事実関係と捉えるべきであり,一般的なその衝撃の大きさなども考え併せると,この部分について,些細な違いとはいえない程の変遷が生じることは通常考え難い。
 また,仮にそのような変遷が生じたとすると,その理由としては,Aの能力的な問題や時間の経過等が考えられるが,検察官の上記指摘等も踏まえると,上記のような変遷は,それらによって合理的に説明することは難しい。
 Aの供述は,上記の本件被害の核心であって,記憶の減衰等が生じ難いと思われる部分について,合理的な理由もなく,見過ごすことができない程に変遷しているというべきである。
   イ 記憶の汚染の可能性
 A証言については,本件検査直後の同級生との会話により,「記憶の汚染」が生じた可能性を否定できない。
 すなわち,D証言のとおり,Aは,Dによる上記聞き取り調査に先立つ本件検査の直後,更衣室で,同じクラスの女子生徒2名とともに,胸を触られたとか,気持ち悪かったとかと話したと認められる。
 上記第2の2の(1)のアのとおり,本件検査から検察官によるAの事情聴取まで10日以上が経過しているが,その間に,担任による聞き取り調査,アンケートなども行われており,全ての女子生徒が,学校や家庭において,同級生や保護者,学校関係者等と,本件検査やその際の状況等に関して話をする機会が全くなかったとは考え難い(むしろ,表立っての遣り取りはなくても,噂として話が広がることは想定できるし,実際「噂になっていた」旨を述べる女子生徒も存在している)。そして,学校関係者や捜査官による事情聴取の際には,二次被害を避けるための配慮だけではなく,記憶の汚染(誘導,暗示等)が生じないよう十分な注意が払われていたとは思われるものの,それに先立つ同級生や保護者との会話については,誰が,誰に対し,どのような質問をし,どのような答えがされたのかなどは,具体的に明らかではない。
 そもそも,司法面接で問題とされている「記憶の汚染」とは,他者・自分の誘導や暗示によって記憶が変容することをいうが,「どのような誘導や暗示があれば,どのように記憶の汚染が生じるという法則があるわけではない。被聴取者に対する影響力の大きさ(例えば,教師が聞く場合と友人が聞く場合)などによっても記憶の汚染には差が生じる。誘導や暗示があれば,誘導・暗示された方向に記憶の汚染が生じるわけでもない。また,記憶の汚染による影響は,一かゼロかというものではなく,相対的なものである」(弁14)というのである。
 Aは,Dによる聞き取り調査よりも前である本件検査の直後に,同じ検査を受けた同じクラスの女子生徒と一緒に,「胸を触られた」,「嫌だった」といった話をしている(それを最初に言い出した者は,証拠上判然としない)。また,各クラスで行われた聞き取り調査を総合すると,本件検査の際に胸を触られたと申告した者が複数おり,検察官による事情聴取の際には,「みんなが噂していた」とか,多くの友人に対して話した旨を述べた者もいる。そして,弁護人も指摘するように,初めは何ともなかったものの,友人から嫌な気持ちになったと聞いて,女性として許せないと思うようになった旨をいう女子生徒もいるのである。
 女子生徒間で,本件検査に関する多くの情報が交換され,それにより影響を受けた者が存在するのであるから,Aについても,特別な事情が見当たらない本件においては,そのような影響の可能性がなかったとはいいきれない。専門家も,本件において,Aが,他の女子生徒と本件検査について話し合ったことによって,Aに「記憶の汚染」が生じた可能性は否定できない(弁14),と述べている。
 そうすると,Aの「記憶の汚染」は,Dによる聞き取り調査に先立つ本件検査直後の更衣室での会話によって生じた可能性を否定できないのであるから,Aが,聞き取り調査の際にDに対して申告した内容も,すでに「記憶の汚染」(記憶の変容)が生じ,実際には体験していない,あるいは実際には別の体験をした(姿勢矯正の際に体側部に手が当たったなど)に過ぎないのに,被告人から胸を触られた旨を述べた可能性を,完全には否定し得ないというべきである。
   ウ 小括
 以上のとおり,A証言については,核心部分に関する供述の変遷を指摘することができるほか,本件検査を受けた同級生との会話により「記憶の汚染」が生じた可能性を否定できず,その信用性には見過ごせない疑問があるといわざるを得ない。
  (4) その他の証拠について
 被告人による携帯電話機への書き込みについて,弁護人は,被告人が,任意捜査が行われていた間に,警察等で聞きかじった言葉を使って,「お守り」のつもりで入力したものであり,このメモから被告人が犯行を行ったことを推認することはできない旨を主張している。
 しかし,この書き込みの内容は,「犯罪の嫌疑をかけられた者が,実際には犯行に及んだにもかかわらず,何とか罪を免れたいと考え,神仏にすがった」と受け取るのが自然である。そして,信用できるD証言やC証言によると,聞き取り調査の際,A以外にも,本件検査の際に胸を触られた旨を申告した女子生徒が複数存在していたと認められることも考慮すると,この書き込みは,本件検査時にわいせつ行為に及んだことを自覚している被告人が,被害者である女子生徒の証言の信用性がなくなることを強く期待している文章と理解するのが,常識に適う。
 すなわち,この書き込みの存在は,被告人が,本件検査の際に,被検者である女子生徒の胸を触るなどのわいせつ行為に及んだことを強く推認させる。
 しかし,この書き込みにより被害者を特定することはできないから,これによって,被告人が本件行為に及んだことを推認することはできない。もとより,この書き込みの存在により,A証言の信用性が高まるという関係もない。
第3 結論
 本件行為の直接証拠であるA証言の信用性には疑問の余地がある上,それ以外に被告人が本件行為に及んだことを認めるに足りる証拠はなく,本件公訴事実については,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し,無罪の言渡しをする。
 よって,主文のとおり判決する。
 (求刑・懲役1年6月)
 福岡地方裁判所第2刑事部
 (裁判官 溝國禎久)
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