児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

原判決は,凶器を用いず,路上類型・侵入類型でない強制性交等1件の事案を同種事案として想定しているが,本件の量刑を検討するに当たっては,これに該当する事案のうち本件と同じ刑法177条前段の罪に係る(かつ,量刑上考慮する前科がなく,示談・宥恕がない)ものだけを同種事案とみて考察するのが適切であったと思われる(東京高裁R02.11.17)

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       強制性交等被告事件
T高等裁判所判決令和2年11月17日

       主   文

 原判決を破棄する。
 被告人を懲役4年に処する。
 原審における訴訟費用は被告人の負担とする。

       理   由

第1 事案の概要及び本件控訴の理由
 1 本件に関するT地裁の原判決が認定した犯罪事実の概要は,被告人が,出張型massage店のセラピストとして当時の被告人方に派遣された被害者(以下「A」という。)に強制性交をしようと考え,暴行を加え,その反抗を著しく困難にして,性交したというものである。
 2 本件控訴の理由は,次のとおりである。
  (1)本件において,被告人がAに刑法177条前段(強制性交等罪)が定める暴行を加えたとは認められず,その故意も認められない,また,被告人はAとの性交に際し,その合意があると誤信していたもので,前記犯罪事実を認定し,同罪の成立を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認及び法令適用の誤りがある。
  (2)被告人を懲役5年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当である。
第2 事実誤認等の主張に関する判断
 1 原判決の認定について
   原判決は,Aの原審証言の信用性を肯定し,これに反する被告人の原審公判供述を排斥して,被告人がAに加えた一連の暴行を認定した上,その態様や現場の状況,被告人がAから何度も拒絶感や抵抗を示されたのに性交に及んだこと,被告人とAとの体格差等を考慮すれば,Aは,物理的,心理的に抵抗することが困難な状況にあったと推認され,前記一連の暴行は,Aの抵抗を著しく困難にさせる程度の暴行と評価することができ,被告人がAに対して刑法177条の定める暴行を加えたものと認められる,また,本件massage店のサービス内容等に関する被告人の認識や被告人とAとの関係性に加え,Aから積極的に性交等を求める言動は一切なく,Aが拒絶感や抵抗を示していた経緯等を併せ考えれば,被告人が,性交についてAの合意があると誤信していたとは認められないとして,強制性交等罪の成立を認めた。
   この原判決の認定は,論理則,経験則等に照らし概ね合理的なものであって,その結論は当裁判所も支持できるものと判断した。
   以下,弁護人の控訴趣意における主張を踏まえながら説明する。
 2 本件の事実経過について
  (1)原判決が認定した犯罪事実に,争点に対する判断の項の説示を併せると,原判決は,Aの原審証言に基づき,被告人がAとの性交に至る過程でAに加えた暴行の態様について,概ね次のⅠ~Ⅵのとおり認定したものと解される。
   Ⅰ いきなりAの右手をつかんで引っ張り,その手を自分の着衣の上から陰茎に押し付けた。
   Ⅱ AのTシャツをめくり上げ,brassiereをずり下げて直接Aの胸をなめた。
   Ⅲ Aのズボンを下着ごと無理矢理引き下ろして脱がせ,Aの陰部を手指で弄んだ。
   Ⅳ Aにkissをしようとした。
   Ⅴ Aの身体を被告人の身体の上に乗せ,Aの陰部に陰茎を直接押し当てて擦り付け,被告人の身体から逃れて立ち上がろうとしたAの足又は腰をつかんだ。
   Ⅵ Aの頭を両手でつかんでその口付近に陰茎を押し付け,口腔内に陰茎を挿入しようとした。
  (2)弁護人は,これらのうち,Ⅳ及びⅥについてはいずれもその事実自体が認められない,Ⅲについては被告人がAのズボンを下着ごと引き下ろして脱がせたことはあるものの無理矢理にではなかったと主張する。
  (3)そこで,原判決が依拠するAの原審証言を検討すると,その信用性については,以下のア~オのような事情を指摘することができ,これらの事情を総合すれば,Aの原審証言は信用できるものと考えらえる。
   ア Aの証言内容には,全体として,特に客観証拠と矛盾する点やそれ自体不合理といえる点は見当たらない。
   イ 次の経過は,Aが,性交等に及んだ被告人に対し,直後から強い嫌悪感や拒絶感を有していたことを如実に示しており,本件当時,被告人に好意又は他の何らかの意図や目的を有して被告人との性交等に応じたなどと疑う余地はない。
    (ア)Aは,本件当日,性交直後に被告人から差し出された現金7万円の受領を頑なに拒んだ。被告人は最終的にこの7万円を強引にAの所持していたバッグに押し込んだが,迎えに来た本件massage店の運転手にこれを渡そうとし,被告人から渡された現金をすぐにでも手放そうとする態度に出た。
    (イ)Aは,送迎運転手や経営者に対し,被告人から自己の意思に反して性交されるなどした旨の被害を打ち明けた上,数時間後には経営者と共に警察署を訪れ,その被害事実を申告してその後の対処を相談するなどし,更には,本件から数日のうちに,スマートフォンのアプリを利用して被害の内容等を記したメモ(■■■以下「本件メモ」という。)を作成した。
    (ウ)Aは,捜査段階においても,高額の支払を提示する被告人からの示談の申入れを拒むなどした。
   ウ 前記運転手は,原審において,本件の直後にAから「抵抗したけど逃げ切れなかった」などと言われたと証言しており,この事実はAの証言を支えている。
   エ Aにあえて虚構の事実を作出して被告人を罪に陥れる理由や動機があるとは考え難い。
   オ Aは,記憶にないことや記憶が曖昧な点についてはその旨率直に述べるなど,その証言態度も真摯なものと認められる。
  (4)そして,本件メモは,事件から間もない時点で,その後の捜査等に備え,自身の記憶していた出来事を簡潔に記載して作成されたもので,そうした作成経過等を考えると,その記載内容には高度の信用性があると認められるから,Aの原審証言のうち,本件メモの記載と合致する内容については,とりわけ信用性が高いというべきである。
    弁護人は,A自身が,本件当日に警察署で行われた被害再現の時点で既に記憶が曖昧であった旨証言していることからすれば,その数日後に作成された本件メモについても,曖昧な記憶に基づくものに過ぎないと主張する。しかし,Aがそうした証言をしたのは,本件メモには簡潔な記載にとどまる個々の性的行為の状況について,その際の自身の体勢等の詳細を問われた場面であり,被告人から当該性的行為を受けたことそのものの記憶が曖昧であったと述べているわけではない。被告人からされたことに比べて,その時の自己の体勢といった事項はあまり記憶に残らないか,思い出しにくくとも自然というべきであり,弁護人の主張を踏まえてもAの証言の信用性は揺らがない。
    さらに,弁護人は,本件メモに,陰部を触られた旨の重要な事実が記載されていないことからも本件メモの信用性は低いと主張する。しかし,本件メモには「ズボンとパンツを脱がされ,さわられた」との記載がある上,Aは,当初陰部を触られたことの記憶がなかったが,逮捕された被告人がその旨供述していると捜査官から聞かされて思い出したなどと述べているところ,そうした供述経過もそれ自体特に不合理なものではなく,弁護人の主張は採用できない。
  (5)前記(1)Ⅲについては,弁護人は,このとき被告人が仰向けに寝て上半身だけを起こし,Aが体育座りの体勢であったことからすれば,被告人がAの協力なくしてそのズボンやパンツを脱がせるのは不可能であり,Aが自ら尻を浮かせたか,少なくとも抵抗はしていなかったとしか考えられないとする。しかし,この点については,本件メモに前記(4)に言及した記載がある上,Aは,原審において,脱がされないよう必死でズボンを強くつかみ,「脱がさないで」と言ったが,さらに強く引っ張られて脱がされたなどと証言している。前記のとおり,本件において,Aが,被告人との性交等に強い嫌悪感や拒絶感を有し,これがAの意思に反するものであったことは明らかと認められることからすれば,性交等にも直結するそうした被告人の行為にAが進んで応じるとか,自ら協力するなどとは考え難い。被告人がそれにも構わずそのような行為に及んだ経緯,状況をもって,「無理矢理」とした原判決の評価にも誤りはない。
  (6)前記(1)Ⅵについては,Aが,原審において,被告人に両手で頭をつかまれて陰茎の方に引っ張られ,「なめて」と言われ,口の近くに押し付けられたなどと証言しており,これは,そのときの心情等を含めた具体的な内容を述べるものであって,本件メモの「顔を強く股間に当てさせて舐めさせようとした」との記載によっても裏付けられている。
    弁護人は,Aが過去にも他の客から同種の行為をされたことがある旨述べている点を捉え,本件とその際の記憶とを混同している可能性があるとも指摘するが,現実に性交に至った本件と,そこまでには至らず事なきを得た過去の出来事とで,記憶に混同が生じるなどとはおよそ考え難い。
  (7)一方,前記(1)Ⅳの点については,Aの原審証言は,弁護人も指摘するとおり,その具体的な中身をみれば,Aは,「顔が近づいてきたので,顔をそむけた」と述べているに過ぎず,この点に係る本件メモの記載も「口かほっぺたにkissをされたような気がする」という程度の内容にとどまっている。このAの原審証言から,一連の経過の中で互いの顔が近づき,Aが被告人にkissをされそうだと感じるような場面があったとはいえるにしても,それ以上に,被告人が前記(1)Ⅳのとおり意図的にAにkissをしようとしたとの事実までは認めることができないというべきであり,これを認めた原判決の認定には疑問が残る。もっとも,前記(1)Ⅳはその他の前記各行為に比して軽微なものであり,これが欠けたとしても,後述する暴行の評価や故意の認定,更には量刑の判断にいずれも何ら影響しないというべきである。
  (8)なお,そのほか,前記(1)Ⅰ,Ⅱ及びⅤの各行為については,Aの原審証言が本件メモの記載に裏付けられており,また,少なくともその外形的事実の限りでは,被告人の供述とも概ね齟齬しておらず,これらを認定し得ることは明らかである。
 3 暴行の評価について
  (1)前記2から,被告人は,Aに対し,前記2(1)ⅠからⅢまで,Ⅴ及びⅥの各行為に及び,これらの有形力を行使したものと認められるところ,以下のア~ウの事情を前提とし,エ~カのような状況に置かれて,これらの有形力の行使を受けたAの情況を測れば,経験則等に照らし,本件当時,Aは,被告人に性的行為を求められ,少なからず動揺,狼狽する心理状態に陥り,更には自己の意思に反して前記各行為を重ねられていく中で,性交時には,被告人に対して既に抵抗することが著しく困難な状況にあったと評価せざるを得ない。
   ア 本件massage店においては,性的サービスを一切提供しないことを対外的に表明し,利用客に対しては,massageの施術を行うセラピストに性的サービスを要求する行為等を禁じ,その旨定める規約に同意の上で署名した同意書の提出を事前に求めていたところ,Aは,そうした営業方針がとられていることを前提に本件massage店に勤務し,本件当日,被告人方に派遣されたものである。
   イ Aは,被告人方に派遣されるのは本件当日が初めてであり,それ以前に被告人との面識はなかった。
   ウ Aが身長約158cm,体重約45kgであったのに対し,被告人は身長約180cmと比較的大柄であった。
   エ 本件当時,被告人方の寝室は電気が消され,被告人とAの二人きりの状況であった。
   オ 被告人は,Aから足のmassageを受けていた際,性的興奮を覚え,ためらうAに強要して,鼠蹊部のmassageをさせた上,その流れの中で前記2(1)Ⅰの行為に及び,その後,Ⅱ,Ⅲ,Ⅴ及びⅥの各行為にも及んだ。
   カ 前記オの間,前記2(5)で述べたところを敷衍すれば,Aは,一貫して,相応の嫌悪感や拒絶感を示したものの,被告人がこれに構わず各行為に及び,その末に,自己の意思に反する性交にまで至ったと認められる。
  (2)弁護人は,被告人のAに対する一連の有形力の行使は,いずれもAが容易に防ぎ,回避することができる状況の下でなされた行為であり,合意の上での性交等の場合にも伴うような行為に過ぎず,極めて程度の弱いものであったと主張する。
    しかし,前記のとおり,Aが被告人との性交等に強い嫌悪感や拒絶感を有していたと認められることからすれば,被告人によるいずれの性的行為の場面においても,例えば,弁護人が前提とするように,被告人の要求にAが自ら進んで,或いはこれに協力して,被告人の頭の両脇に自ら手をついて覆い被さり,被告人に胸をなめさせたとか,被告人の身体を自らまたいでその上に乗ったとか,自分の頭や口を自ら被告人の陰茎に近付けたなどとは想定することができない。Aは,いずれの場面にあっても,動揺,狼狽する心理状態の中で,一貫して相応の嫌悪感や拒絶感を示していたのであって,にもかかわらず,被告人が一連の性的行為に及んでいることは,それ自体,被告人によるそれ相応の力が作用した結果であったと考えるほかはない。
    弁護人は,被告人の暴行の評価について,Aを押さえ付けていないとか,Aに対して急襲していないなどと主張するが,強制性交等罪は個人の性的自由を保護法益とするものであり,要件とされる暴行等も被害者の抵抗を著しく困難にする程度のもので足りると解されるのであって,被告人の暴行は,弁護人の形容に当たるほどの強度のものではなかったとしても,強制性交等罪の暴行としての評価の対象から外れる類の軽微なものでは決してない。
    また,弁護人は,被告人方の間取り等も指摘しつつ,Aが被告人の行為を容易に防ぎ,回避できたと主張するが,電気の消された被告人の寝室で被告人と二人きりの状況の中,意思に反する性的行為を受け,動揺,狼狽する心理状態のAに対し,冷静に,事後的にみれば可能といえる対処を求める前提も採用できない。
  (3)弁護人は,さらに,① Aは,かねて出張massageの仕事に従事しており,暗い部屋で男性と二人きりとなることに特段恐怖心を抱いていなかった,② Aは,過去にも男性客から性的行為を要求されるなどした経験があったといい,そのような事態への対処には慣れていたし,そうした際,massageを中断して部屋を出たこともあったという,③ Aは,被告人方を訪れる前に,同僚から「この人,俳優だよ,施術したことある,この人,最初はおとなしかったけど,最後,手首をつかまれてタオルを引っ張り合ったりした,だから気を付けてね」などと注意を受けていたというのであり,当初から,被告人に何らかの性的要求をされるかもしれないと予期し,心構えができていた,④ 被告人とAとの体格差に特筆するほどのものはない,などと指摘して,被告人がAに加えた有形力が極めて軽微なものであったこととも併せ,被告人がAに対してその抵抗を著しく困難にする程度の暴行を加えたとは評価することができないと主張する。
    しかし,①~③の点については,Aが勤務していた本件massage店やそれ以前に勤務していた店においては,いずれも性的行為を禁じる営業方針がとられており,Aは,それを前提に出張massageの仕事に従事していたものである。過去には男性客から性的行為を要求されるなどした経験もあったが,事例は数少ないというのであって,このことから直ちに,Aが男性客から性的行為を要求されるなどの事態に慣れていたなどとはいえない。Aは,過去に男性客から性的行為を要求されるなどした際には,いずれもこれを拒絶し,部屋を出るなどして事なきを得たものであって,拒絶の意思を表してもなお執拗に性的要求を受け,性交にまで至ったのはもとより本件が初めての経験であったのであるから,そのような事態に遭遇し,被告人について同僚から事前に若干の助言を受けていたことを踏まえても,前記のとおりAが少なからず動揺,狼狽する心理状態に陥ったであろうことは想像に難くない。
    ④の主張も採用できない。
  (4)したがって,弁護人の指摘する諸点を踏まえても,前記(1)の評価が揺らぐことはなく,被告人の一連の有形力の行使について,Aの抵抗を著しく困難にさせる程度の暴行と評価し,被告人がAに対して刑法177条前段が定める暴行を加えたものと認めた原判決の認定に誤りはない。
 4 被告人の故意について
  (1)以上の認定を前提とすると,原判決のうち,被告人の故意を認定した部分も相当であると評価できる。
    弁護人は,仮に,被告人がAに対して刑法177条前段の暴行を加えたものと認められるとしても,一連の暴行の態様や被告人とAとの体勢,被告人が当時認識できていたAの心理状況からすれば,被告人は,Aが抵抗困難な状況にあるとは認識することができず,ひいては自身の行為が刑法177条前段の暴行に当たるとの故意を欠いていたとも主張する。
    しかし,被告人が自己の暴行内容を認識できなった事情は認められず,被告人は,本件以前に本件massage店を利用した際,massageの施術を行うセラピストに性的サービスを要求する行為等を禁じる同店の規約に同意の上で署名した同意書を既に提出しており,当初から少なくともAに対して当然に性的行為を要求し得る立場にないことを承知した上で,Aに性的行為を要求し,その後の一連の経過において,少なくとも,Aが随所でためらいや抵抗の言動を示し,Aの合意がない可能性を十分認識していたにもかかわらず,Aとの性交を遂げているのであるから,当時,Aが抵抗することが著しく困難な状況にあったことにつき,その認識を欠いていたなどとは到底認められないのであって,この点の弁護人の主張も採用することはできない。
  (2)また,弁護人は,本件において,被告人が,原審公判で供述するとおり,Aとの性交につきその合意があると誤信していたから,被告人に強制性交等罪の故意が認められないとも主張する。
    しかし,被告人は,前記同意書を提出していたことからも明らかなとおり,本件massage店において性的サービスの提供はなく,派遣されたセラピストに性的行為を要求する行為等が禁じられていることを承知していたのであるから,Aが特に許容する場合であれば格別,少なくともAに対して当然に性的行為を要求し得る立場にないことは,これを十分認識していたものと認められる。また,前記のとおり,被告人がAに対して性的行為に及び,一連の暴行を加えた際,Aは,一貫して相応の嫌悪感や拒絶感を示していたものと認められるところ,間近にその様子と接していた被告人がそれを全く察知できなかったとは考えられない。被告人自身も,最初に性的興奮を覚え,鼠蹊部のmassageを要求した際,Aがこれをためらい,抵抗する言動を示したことや,前記2(1)Ⅰの暴行,すなわちAの右手をつかんで引っ張り着衣の上からその手を陰茎に押し付けるなどの行為に及んだ際,Aが自分の右手を引いて拒むなど,抵抗の言動を示したこと,更には前記2(1)Ⅴの暴行,すなわちAの身体を被告人の身体の上に乗せ,Aの陰部に陰茎を直接押し当てて擦り付けるなどの行為に及んだ際にも,Aがこれに抵抗する挙動を示したことについては,いずれもこれを認識していたと述べている。
    Aが,被告人に好意を示したり,自ら性的行為を求めたりする言動に出たことは一切なかったものと認められることをも併せ考えれば,被告人が,Aとの性交に及んだ際,その認識において,少なくとも,Aがこれを拒絶し,その合意がない相応の可能性を払拭できていたとは到底認めることができず,ひいては,被告人がAの合意があると誤信していたことを合理的に疑う余地はないというべきである。
  (3)さらに,弁護人は,本件massage店の業態からは,性的サービスを期待することも不自然ではなく,実態としても,客が初対面のセラピストと性的関係になることは普通にあり得ることであるから,被告人が,成り行き次第でAに性的サービスが受けられるかもしれないと考えた旨述べているのも何ら不自然ではないと主張する。
    しかし,被告人は,自身の述べるところによっても,これまで,身体の疲れをとりたいときには本件massage店等のオイルmassage店を利用し,性的な欲求を満たしたいときには性的サービスを提供する風俗店を利用して,両者を使い分けており,また,オイルmassage店を利用した際,派遣された女性従業員と性交等に及ぶこともあった一方で,女性従業員に性的行為を要求して断られたときには,そのような店ではないので性的行為を諦めていたともいうのである。こうした供述によれば,被告人が,内心,事の次第であわよくばAに性的サービスを提供してもらえるとの期待を抱いていたとしても,同時に,セラピストが特に許容する場合であれば格別,少なくともAに対して当然に性的行為を要求し得る立場にないことについて,その認識に欠けるところはなかったものと認められる。
    また,弁護人は,被告人が少しずつ性的度合いの強い行為に移行していった過程において,Aは,強い口調や大きな声で拒絶感を示すことはなく,むしろ,自ら身体を支える体勢で胸をなめられるがままにし,ズボンとパンツを容易に脱がせ,陰部を触られるがままにしていたものであり,その後,被告人がAの陰部に陰茎を直接押し当てて擦り付けるなどしたのに対しては嫌がる素振りを見せていたとしても,その後体勢を変えて性交に至った際には嫌がる素振りを見せておらず,これらの状況に直面した被告人にとって,Aが性交に合意していると誤信したとしてもやむを得ない事情があったと主張する。
    しかし,Aが,被告人による一連の性的行為に対し,一貫して,相応の嫌悪感や拒絶感を示していたことは既に述べたとおりであるから,弁護人の主張は前提を欠くし,陰部に陰茎を擦り付けられるなどの行為にすら抵抗を示していたAが,その後,自身の意思で性交に応じることも不自然であって,その筈のないことは誰でも容易に認識し得るところであるから,これらの弁護人の指摘も採用できない。
  (4)なお,原判決は,被告人が直後に現金7万円を差し出すなどした行為について,「直後にAに現金を渡そうとしたこと自体が,被告人が当該性交に当たりAの意思に反するとの認識を備えていたことを指し示している」と判断しているが,弁護人が指摘するように,性交後のAとのやり取りやAの様子を見て,にわかに不安がよぎったとの被告人の説明も全く不合理であるとして排斥することはできないから,この事実を独自に挙げて被告人の認識の根拠とするには疑問が残る。
    もっとも,この点を除いても,これまで述べたことから被告人の認識に欠けることがないことは明らかである。
  (5)以上によれば,被告人に強制性交等罪の故意を認めた原判決の認定に誤りはない。
第3 量刑不当の主張に関する判断
 1 原判決が被告人を懲役5年に処した理由の概要は,本件における被告人の暴行は,それ自体が制圧的というほどに強度ではないものの,被告人は,Aの抵抗しにくい状況に付け入り,続けざまに暴行を加え,性交に及んでおり,Aの性的自由を侵害する卑劣で悪質な犯行というほかはなく,Aの処罰感情が厳しいのも当然といえ,自己の性的欲求を優先して犯行に及んだその経緯,動機にも酌むべき点はないから,本件は同種事案の中で重い部類に位置付けられ,被告人は相応の実刑を免れない,そして,被告人が不合理な弁解に終始していることも考えると,被告人に前科前歴がないことなど,酌むべき事情を考慮しても,酌量減軽をすべきとまではいえないというものである。
 2 控訴の趣意は,要するに,被告人の暴行が強度なものではないとしながら,抵抗しにくい状況に付け入ったとか,続けざまに暴行を加えたなどとして,本件を同種事案の中で重い部類に位置付けられるとした原判決は,恣意的であり,犯情評価を誤ったもので,被告人に対しては,酌量減軽をした上での量刑が相当であるというのである。
 3 被告人の暴行,犯行の経緯等をみても,同種事案は,どれもが自己の性的欲求を優先して被害者の性的自由を侵害する卑劣で悪質な犯行であるから,これらとの比較において,本件が特に際立って卑劣であるとか悪質であるとか評価できるような事情には乏しいというべきであり,本件を同種事案の中で重い部類に属するとした原判決の犯情評価には疑問がある。その一方で,本件の暴行の態様や犯行の経緯をもって,同種事案に比べて,犯情自体に酌量減軽の事由があるとは評価できない。
   被告人は,原審公判において,Aを傷つける結果を招いたことには一応反省や謝罪の弁を述べているものの,被告人の供述の全体をみると,何を反省し,何を謝罪しているのかは不明確であり,この点を一般情状として特に評価することはできない。
   なお,原判決は,凶器を用いず,路上類型・侵入類型でない強制性交等1件の事案を同種事案として想定しているが,本件の量刑を検討するに当たっては,これに該当する事案のうち本件と同じ刑法177条前段の罪に係る(かつ,量刑上考慮する前科がなく,示談・宥恕がない)ものだけを同種事案とみて考察するのが適切であったと思われる。そして,このような事案の最近の量刑傾向は,懲役4年を超え懲役5年以下とするものが分布の中央にあることを考えると,一般情状においても酌むべき事情の乏しかった本件について,酌量減軽をせずに被告人を懲役5年に処した原判決の結論は,重すぎて不当とはいえない。
 4 しかし,当審における事実取調べの結果によれば,原判決後に,被告人は,Aに300万円の慰謝料を支払うなどして和解を成立させ,Aの宥恕は得られていないものの賠償の措置を講じたことが認められる。これを考慮すると,現時点においては,原判決の量刑は,その刑期においてやや重過ぎると評価するべきであり,酌量減軽をした上で,刑期を1年減じることとするのが相当である。
第4 結論及び法令の適用
   以上から,刑訴法397条2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,被告事件について更に判決をする。
   原判決が証拠の標目欄に掲げた証拠から原判決の犯罪事実欄の事実を認定し,これは,刑法177条前段に該当するが,犯罪の情状に酌量すべきものがあるので刑法66条,71条,68条3号を適用して減軽をした刑期の範囲内で被告人を懲役4年に処し,原審における訴訟費用は,刑訴法181条1項本文により被告人に負担させることとして,主文のとおり判決する。
  令和2年11月17日
    T高等裁判所第10刑事部
        裁判長裁判官  細田啓介
           裁判官  神田大助
           裁判官  高森宣裕