児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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さいたま地裁h301121迷惑条例無罪

       主   文

 被告人は無罪。

       理   由

第1 本件公訴事実
   被告人は,正当な理由なく,平成29年8月19日午後9時34分頃から午後9時41分頃までの間,東京都北区(以下略)丙株式会社■■駅から同区(以下略)同社▽▽駅に向けて進行中の電車内において,甲(当時14歳)に対し,その陰部を着衣の上から手指で触るなどし,もって公共の乗物において,衣服その他の身に着ける物の上から人の身体に触れ,人を著しく羞恥させ,かつ,人に不安を覚えさせるような行為をしたものである。
第2 争点
   被告人及び弁護人は,被告人は痴漢行為をしていないとして無罪を主張している。被告人が公訴事実記載の時刻頃,公訴事実記載の電車(以下「本件電車」という。)に乗車し,被害者の近くにいたことに争いはなく,争点は,被告人が公訴事実記載の痴漢行為をしたかである。
第3 当裁判所の判断
 1 本件では,痴漢行為を証明する客観的証拠はなく,■■■(以下「甲」という。)から本件電車内で助けを求められたという■■■(以下「乙」という。)も痴漢行為を目撃しておらず,甲の証言が唯一の証拠となるから,この点を考慮した上で特に慎重な判断が求められる(最三小平成21年4月14日刑集63巻4号331頁等参照)。
   その結果,当裁判所は,甲の証言は真実を述べている可能性も十分にあると思料する一方で,合理的な疑いを超える証明が求められる本件刑事裁判においては,なお合理的な疑いを差し挟む余地は残るから,被告人は無罪と判断した。以下,その理由の詳細を示す。
 2 前提として,関係証拠によれば以下の事実が優に認められる。
  (1) 甲は,本件当日,午後9時26分に◇◇駅を発車する本件電車の先頭車両に乗車した。被告人も,同車両に乗車していた。
    本件電車の停車駅は,◇◇駅を発車後,××駅,■■駅,○○駅,○×駅,▽▽駅,×○駅の順である。
  (2) 本件電車は,◇◇駅発車時には,隣の人と肩が触れ合うぐらいの混雑具合であったが,その後の停車駅で乗客が降りて減っていき,▽▽駅を過ぎた頃には,被告人及び甲の周囲には数名の人が立っているだけの状況であった。
  (3) 甲は,▽▽駅から×○駅に向けて進行中の本件電車内において,スマートフォンで被告人の顔の写真を撮り,近くにいた乙に,被告人から痴漢被害に遭った旨を伝えた。甲と乙は一旦車両の後方に移動したが,甲が被告人を捕まえたいと言ったので,甲と乙は被告人に近付き,乙が被告人に「痴漢されましたよね」と申し向け,甲は被告人が背負っていたリュックサックを掴んだが,本件電車が×○駅に到着すると,被告人は甲の手を振りほどいて逃走した。
 3 甲の証言について
  (1) 当公判廷に証人として出廷した甲は,本件当日,池袋でライブを見た帰りに本件電車に乗って立っていたところ,◇◇駅発車後に被告人の傘の柄が甲の太ももの真ん中辺りに当たっているのに気付いた旨,××駅で他の乗客の邪魔にならないように一旦本件電車を降りて乗り直したが,被告人が再度目の前にいて,再び傘の柄の部分を左太ももに当てられ,その後当てられる位置が陰部の方に近付いてきた旨,■■駅を発車後は,被告人が右手の指3本で衣服の上から陰部を触ってきて,▽▽駅を過ぎて甲が被告人の写真を撮るまで,痴漢被害に遭っていた旨等を証言している。
  (2) この甲の証言について検討すると,甲の証言内容に明らかに虚偽と分かるような内容が含まれているわけではなく,また,本件当時14歳で,証言時15歳の甲があえて痴漢被害に遭ったと虚偽の被害を申告する動機も本件証拠上認定することはできないこと等に照らせば,当裁判所としても,甲が真実を述べている可能性も十分にあるものと思料する。
  (3) しかしながら他方で,甲の証言内容には以下に指摘するような事情もある。
   ア まず,甲が証言する痴漢被害は,■■駅を過ぎてから▽▽駅を過ぎるまで続いたというものであるが,▽▽駅を過ぎる頃までには本件電車内は空いてきていて,被告人及び甲の周囲には数名の人が立っているだけという状況で,甲の証言においても,痴漢行為が見える位置に乗客が立っていたと証言されている。そうすると,容易に他の乗客に見付かるような状況で被告人が本当に痴漢行為を継続し続けていたのか,常識に照らして疑問の余地が残る。
     もちろん,甲が真にこのような被害に遭ったからこそ,あえて一見不自然とも思われるこのような態様の被害を証言したという考え方も成り立ち得るところではあり,例えば客観的証拠や目撃証言等の他の証拠によって甲の証言の信用性が十分担保されていればそのような評価も可能であるとは思料するが,客観的証拠等のない本件においては,この点は,真にこのような痴漢行為があったのかについて合理的な疑いを差し挟む事情と見る余地が残るものといわざるを得ない。
   イ また,甲は,痴漢被害に遭っている間,数駅間にわたって,例えば本件電車が駅に着いた際に電車から降りるなど,痴漢被害から逃げるための行動を取っていない。
     痴漢被害に遭った女性が恐怖心等のあまりその場から動けなくなり,そのまま被害に遭い続けることはもちろんあり得るが,本件で甲は,痴漢被害に遭って少し経ってから,被告人の目を見て,被告人をにらみ付け,スマートフォンを用いてツイッターで友人に助けを求めたなどと証言している。以上のような行動は取ることができたものの逃げることだけできなかったという場合も否定はし切れないから,当裁判所としてもこの点から甲の証言が虚偽であると言うつもりはないけれども,合理的疑いが残るかが問題となる本件刑事裁判においては,以上のように被告人をにらみ付けたり,ツイッターで助けを求めることもできて,かつ,途中の駅でたくさん客が降りたことにも気付いていたと言う甲が,なぜ途中の駅に着いた際に電車から降りるなどの単純な行動が取れなかったのか,なお疑問の余地が残るものと評価せざるを得ない。
   ウ さらに,甲は,スマートフォンで被告人の顔の写真を撮った際の状況について,検察官からの主尋問に対しては,写真を撮ったことに気付かれたら被告人から暴力を振るわれると思い,被告人に気付かれないように,少し横にずれて,まだ陰部を触られている状況で,撮っているのが分からないように少し下から撮ったなどと証言していたが,その後の尋問に対しては,カメラのシャッター音は切っていなかった旨や,写真を撮った際には乙の方に助けを求めに向かい始めるところで既に被告人の手は陰部から離れていた旨等を証言している。
     このうち,写真を撮った際にも痴漢被害に遭い続けていたのかどうかについては,供述が一貫していないものの,短時間の出来事についての証言であり,この点の説明にやや齟齬が生じたこと自体は特段不自然ではないという評価も可能であるとは思われる。しかしながら,写真撮影時の心境やその態様については,被告人に暴力を振るわれるのが怖かったので気付かれないような態様で写真を撮ったと述べる一方で,シャッター音を鳴らして写真を撮っているなどの点で,必ずしもその説明が一貫しているとは言い難い。もちろん,痴漢被害に遭っている状況で冷静に状況を分析できずに,又はシャッター音のことを失念して,甲が証言するとおりの心境や態様で写真を撮ったという可能性はあるものの,そうであったと認定できる証拠もない以上,結局甲の証言からは,当時の心境や,なぜそのような態様で写真を撮ったのか,判然としない部分が残る。
   エ 加えて,甲は,近くにいた乙に助けを求め,一旦被告人から離れてから被告人を捕まえに行った際に,乙が被告人に「痴漢をしましたよね」と話し掛けたのに対して,被告人が片言の日本語で「ごめんなさい」と言っていたと証言している。
     しかしながら,この点について当公判廷で証言をした乙は,被告人が言葉を発した記憶は全くなく,被告人の声を聞いていない旨を証言している。乙の証言の信用性に何ら疑いはなく,当時被告人はごめんなさいと言っていなかったと認められるが,その場合,甲がなぜ,犯人性や故意等を裏付ける重要な供述となり得るこの「ごめんなさい」という言葉を被告人が言っていたと証言したのか,本件証拠上その理由は不明であり,刑事裁判の基本原則の下で考えれば尚更,様々な可能性が考えられると言うほかない。
   オ その他の証言内容を見ても,甲は,痴漢被害の内容について,右手の指3本で陰部を衣服の上から触られた,途中で指をまばらに動かされたり,陰部の手前から奥の方に触る場所を変えたりした旨証言するが,それ以上に触られ方や触られている間の心情等が具体的に証言されているわけではない。この点は,性的被害の内容を自身の口から積極的に語れないことはもっともである上,甲としては証人尋問の際に質問された内容に答えた結果がこのようになっただけではあるけれども,結果として証言された痴漢被害の内容が,必ずしも実際に経験した者でなければ証言できないほどの具体性や迫真性のある内容とはなっていない以上,この点からも合理的疑いを超える程に甲の証言の信用性が高いと評価することは困難である。
  (4)ア これに対して検察官は,被告人と面識がなく,本件前に被告人とトラブルを起こしてもいない甲には,あえて虚偽の被害を申告する動機はない旨を主張する。
     しかしながら,甲は痴漢被害の前に被告人の傘が太もも等に当たっていたと証言しており,本件前にトラブルがなかったという前提については,必ずしもそうであったとは言えない。
     その上で更に検討すると,確かに,本件で甲が虚偽の被害を申告する動機があると立証されているわけではない。しかしながら他方で,そのような動機がないという立証も十分にされていない。特に本件では,前記のとおり,被告人が「ごめんなさい」と言っていたとなぜ甲が証言したのか不明であるなど,甲の内心面には判然としない部分も残るのであって,そのような本件の具体的事情の下においては,動機について様々な可能性が考えられる以上,動機がないという十分な立証がされているとは認められない。
   イ また,検察官は,甲の証言内容が具体的かつ自然であるなどと主張しているが,本件で甲が証言する痴漢被害の内容が,必ずしも実際に経験した者でなければ証言できないほどの具体性や迫真性がある内容となっているとは言い難いことは既に述べたとおりである。
     なお,確かに甲の証言中,甲の太ももに被告人の傘の柄が当たるなどした状況についてはそれなりに具体的に述べられているとも思われるが,それに不満を抱いて本件被害申告をした可能性も否定はされていない上,いずれにしても,この点が具体的であるからといって,その後の痴漢被害について証言する部分についても合理的疑いを超えて信用できるとは言い切れない。
   ウ さらに,検察官は,被告人の顔をにらみ付ける以外に抵抗らしい抵抗はできなかったという甲の証言は,甲が降車予定であった○○駅で降車しなかった客観的状況と整合すると主張する。
     しかしながら,にらみ付けるなどの行動を取ることができた甲が,途中の駅に着いた際に電車から降りるという単純な行動をなぜ取ることができなかったかについては,様々な評価が可能ながらも疑問の余地が残ることは前記のとおりであり,この点から甲の証言が合理的疑いを超えて信用できると評価することはできない。
   エ 加えて,検察官は,乙の証言において,助けを求めてきた甲は涙目で,声も震えていて,すごく怖かった様子が伝わってきた旨が述べられていることから,甲の証言は信用できる旨を主張するが,これは乙が受けた印象の問題でもあり,この点を過度に重視するのは相当でない。
  (5) 以上の諸事情等を総合考慮した場合,甲の証言は真実を述べている可能性も十分にあるとはいえ,他方でなお合理的な疑いを差し挟む余地は残るから,甲の証言は,それのみで本件公訴事実を合理的疑いなく認定できるほどの高い信用性があるとは言えない。
 4 被告人の供述について
  (1) 他方で被告人は,本件電車内で立っていたところ,1メートルくらい離れた距離に立っていた甲が自分の写真を撮ったが,なぜ写真を撮られたか全く分からず,その後もう一人の女性の乗客と一緒に近づいてきてリュックサックを掴まれたが,女性が日本語で話している内容が分からず,怖くなったので逃走した旨一貫して述べて,本件公訴事実記載の犯行を否認している。
  (2) 検察官は,捜査段階において被告人が,本件当日は本件電車を○○駅で降りて別の電車に乗り換え,アルバイト先の工場に向かう予定だったと述べていたのに,当公判廷では■▽駅で乗り換える予定だったと述べていて供述が変遷している点,及び当公判廷において被告人が,捜査段階では○○方面で乗り換えると供述しただけで,○○駅で乗り換えるとは言っていないと供述している点等から,被告人の供述は一貫性を欠き信用できないと主張する。
    しかしながら,被告人は,捜査段階の取調べ時に,自分のアルバイト先をよく覚えていない旨を述べていて,実際,○○駅で乗り換える予定だったと供述しつつも,目的地は○○駅で乗り換える必要のない■▽駅だったと述べるなどしていて,乗換駅や目的地について混乱している様子が見受けられる。被告人は日本に来て間もない外国人であり,しかもアルバイト先の工場は派遣会社を通じて決められ,その都度行き先が異なっていたというのであるから,被告人が目的地や乗換駅について取調べ時に混乱していたとしても不自然ではない。また,当公判廷において被告人が,取調べDVDを見る前に,捜査段階で○○駅で乗り換えると言っていたことを否定していた点についても,単に捜査段階でどのように話していたかを覚えておらず,現在の認識を基にして,捜査段階でもそのように言ったことはないと思い込み,その旨供述しただけという可能性も十分に考えられる。よって,以上の点をもって,本件公訴事実を否定する被告人の供述が不合理で信用性を欠くとは言えない。
  (3) また,検察官は,事件後の被告人の行動に関連して,被告人が供述する翌朝の乗車履歴が被告人のIC乗車券にはなく,被告人の供述が信用できないと主張するが,そもそもこの点は本件公訴事実について虚偽を述べていることに直ちに結びつくものとは認め難いし,当時の精神的動揺や裁判までの時間の経過により被告人が逃走後の行動を正しく記憶していない可能性もあり,被告人が切符を買って電車に乗ったという可能性も否定はできない以上,この点から当公判廷における被告人の供述が信用できないとは言えない。
  (4) さらに,検察官は,被告人の供述は甲の証言と矛盾していて信用できないと主張するが,甲の証言にはそれのみで本件公訴事実を合理的疑いなく認定できるほどの高い信用性があるとは言えない以上,この主張も採用できない。
  (5) そして,その他被告人の供述に不自然な点は見受けられないから,被告人の供述の信用性は排斥されない。
第4 結論
   よって,被告人が本件公訴事実記載の犯行をしたと認定するには合理的な疑いが残るから,当裁判所は,刑事訴訟法336条により,被告人に対して無罪の言渡しをする。
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  平成30年11月21日
    さいたま地方裁判所第1刑事部
        裁判長裁判官  高山光明
           裁判官  加藤雅寛
           裁判官  中川大夢