児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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「女性が男性の体を弄ぶなどの内容のアダルトビデオの出演女優の顔部分にAの顔を合成加工し,あたかも同人がアダルトビデオに出演したように見える動画を掲載して,不特定多数の者が同動画を閲覧することが可能な状態にし」た行為を,「アダルトビデオに出演した旨の社会的評価を害するに足りる事実を摘示したといえ,名誉毀損罪が成立する。」と判示した事例(東京地裁R03.9.2)


 刑事確定訴訟記録法で閲覧していましたが、判例DBで公表されました。

【文献番号】25591214

東京地方裁判所
令和3年9月2日刑事第15部判決
 上記の者に対する名誉毀損著作権法違反被告事件について,当裁判所は,検察官山田昌広及び国選弁護人宮田直紀各出席の上審理し,次のとおり判決する。


       主   文
       理   由
(罪となるべき事実)
 被告人は
第1 令和元年12月21日頃,熊本市α区β×丁目××番××号γハイツ×××号室被告人方において,パーソナルコンピュータを使用し,インターネットを介して,不特定多数の者が閲覧可能な「b」と題するインターネットサイト内に,女性が男性の体を弄ぶなどの内容のアダルトビデオの出演女優の顔部分に別紙1記載のAの顔を合成加工し,あたかも同人がアダルトビデオに出演したように見える動画(前記パーソナルコンピュータ内に保存されていた「私のビデオ15.mp4」と題するファイル)を掲載して,不特定多数の者が同動画を閲覧することが可能な状態にし,もって公然と事実を摘示し,Aの名誉を毀損し,
第2 法定の除外事由がなく,かつ,著作権者の許諾を受けないで,別紙2記載のとおり,令和2年1月2日頃から同年2月16日頃までの間,3回にわたり,前記被告人方において,株式会社cほか2社が著作権を有する映画の著作物である「▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽」等を,前記パーソナルコンピュータを用いて出演女優の顔に別人の女性の顔を合成加工して翻案した動画を作成した上,その頃,前記被告人方において,前記パーソナルコンピュータを使用してインターネットを介し,前記株式会社cほか2社が著作権を有する前記翻案された各動画の情報を,インターネットに接続された自動公衆送信装置であるd株式会社が首都圏内において管理するサーバコンピュータの記憶装置に記録保存して,同サーバコンピュータに接続してきた不特定多数の者に前記各動画の情報を自動公衆送信し得る状態にし,もって前記株式会社cほか2社の著作権を侵害し
第3 法定の除外事由がなく,かつ,著作権者の許諾を受けないで,令和2年1月19日頃,前記被告人方において,株式会社eが著作権を有する映画の著作物である「◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇」を,前記パーソナルコンピュータを用いて男性と性交等している出演女優の顔に別紙1記載のBの顔を合成加工して翻案した動画(前記パーソナルコンピュータ内に保存されていた「私のビデオ140.mp4」と題するファイル)を作成した上,その頃,前記被告人方において,前記パーソナルコンピュータを使用してインターネットを介し,前記株式会社eが著作権を有する前記翻案された動画の情報を,インターネットに接続された自動公衆送信装置である前記d株式会社が首都圏内において管理する前記サーバコンピュータの記憶装置に記録保存して,同サーバコンピュータに接続してきた不特定多数の者にあたかもBがアダルトビデオに出演したように見える前記動画の情報を自動公衆送信し得る状態にし,もって前記株式会社eの著作権を侵害するとともに,公然と事実を摘示し,Bの名誉を毀損した。
(証拠の標目)《略》
(事実認定の補足説明)
1 争点
 本件の争点は,名誉毀損に関し,判示第1及び第3の動画の掲載により,A及びBがアダルトビデオに出演した旨の社会的評価を害するに足りる事実を摘示したといえるかである。当裁判所はこれを認めたため,以下補足して説明する。
2 前提事実
 関係各証拠によれば,以下の事実が認められる。
(1)被告人は,動画に登場する人物の顔を他の動画に登場する人物の顔に合成加工するソフトを用いて,アダルトビデオ及び芸能人の動画をAIに機械学習させ,アダルトビデオの女優の顔を芸能人の顔に合成した動画を作成し,更に動画編集ソフトを使用して顔の部分がぼやけているシーンや無駄なシーンを取り除く加工をした動画(以下「ディープフェイク動画」という。)を作成した。
 そして,それらの中でも出来が良いと判断したものを,被告人が管理・運営する「b」と題するインターネットサイト(以下「本件サイト」という。)に掲載していた。本件サイトに月額300円で会員登録をした者は,掲載されたディープフェイク動画を閲覧することができた。
(2)判示第1及び第3に係る動画(以下,判示第1に係る動画を「動画A」と,判示第3に係る動画を「動画B」といい,これらの動画を併せて「本件各動画」という。)は,それぞれ性交等の猥褻な場面が露骨に撮影されたアダルトビデオの女優の顔をA及びBの顔に合成加工したものである。
 本件各動画には映像上に「deepfakes-japan」というロゴタイプが付されていた。また,本件各動画から顔が映った場面を静止画で切り出したサムネイルの横には見出しが付されており,動画Aの見出しは,Aの氏名の一部を○と伏せ字で表記したものに続く「激似ディープフェイクエロアイコラ動画2」というもの,動画Bの見出しは,「B 激似ディープフェイクエロアイコラ動画」というものであった。
 本件各動画のサンプル動画は無料で閲覧することができるが,本件各動画は有料で会員登録をした者のみが閲覧することができた。
3 当裁判所の判断
(1)ア 本件各動画は,アダルトビデオの女優の顔にA及びBの顔が合成されたものであるところ,顔と輪郭部分とのつながり,顔の向き,表情の変化などはいずれも自然であり,本件各動画は精巧に作成されたものと評価できる。
イ 弁護人は,本件各動画の内容自体に関し,口元等がぼやけている部分があることや,音声が途切れたり,口の動きと整合しなかったりする部分があることなどを指摘して,本件各動画は動画自体の精巧さの点でA及びBがアダルトビデオに出演したと誤信させるものではないと主張する。
 しかし,口元等がぼやけている部分はごく一部であり,しかも短時間のものにすぎない。音声と動きの不整合についても,動画Bについては若干のずれにすぎず,大枠においてほぼ一致しているといえるし,動画Aがその後半になって無音となることについても,Aが出演した動画を編集等した際に生じたものと視聴者が認識することはあり得ると考えられる。したがって,弁護人の指摘を踏まえても,本件各動画は,全体としてみれば,A及びBが出演した動画として違和感を生じさせない精巧なものと評価できる。
(2)ア 弁護人は,〔1〕本件各動画の掲載態様に関し,本件各動画には「deepfakes-japan」というロゴタイプが付され,サムネイルには「ディープフェイク」や「激似」との見出しも付されていること,〔2〕本件各動画の掲載方法に関し,合成した芸能人の顔画像のみが異なる,共通のアダルトビデオを重複して利用した多数の類似の動画と共に掲載する方法が採られていることを踏まえれば,ディープフェイク動画であることが明瞭であるから,視聴者においてA及びBがアダルトビデオに出演したと誤信する余地はないと主張する。
 しかし,前述のような本件各動画の精巧さからすれば,〔1〕視聴者が,ディープフェイク動画である旨の見出し等の記載を信用せず,本当はA及びBがアダルトビデオに出演したものであると誤信するおそれは否定できない。また,〔2〕視聴者において,本件各動画が,多数の類似のディープフェイク動画の基となるアダルトビデオそのものであると誤信するおそれも否定できない。
イ なお,弁護人は,第三者が,本件各動画のロゴタイプやサムネイルの見出しを消したり,他の類似の動画と切り離したりして転載することについてまで被告人に責めを負わせることになるから,処罰範囲が不当に広がるものであり許されない旨主張する。しかし,本物であると誤信し得る精巧な動画を転載が特に困難な事情も認められない状態でインターネット上のサイトに掲載したという被告人の行為自体が,A及びBの社会的評価を低下させる危険があるといえるから,第三者の刑責を被告人に負わせるものではなく,不当な処罰範囲の拡大という弁護人の主張は当を得ない。
ウ 弁護人は,本件各動画の視聴者について,ディープフェイク動画であることを認識せずにインターネット上で本件各動画を発見して視聴する者は限られる旨主張する。しかし,ディープフェイク動画の視聴を意図せずに,サンプル動画を閲覧するなどして会員登録をし,本件各動画を視聴する者がいる可能性はある上,ディープフェイク動画の視聴を意図していた者であっても,本件各動画の精巧さを踏まえれば,本物であると誤信するおそれは否定できない。
エ 弁護人は,著名な芸能人であるA及びBがアダルトビデオに出演するということ自体が信じ難い内容である旨主張するが,本件各動画の精巧さを踏まえれば,A及びBに関する知識が豊富ではない視聴者がA及びBがアダルトビデオに出演したと誤信する可能性があることはもとより,A及びBについて豊富な知識を有する視聴者においても誤信するおそれがないとはいえない。
(3)以上によれば,本件各動画の掲載は,A及びBがアダルトビデオに出演した旨の社会的評価を害するに足りる事実を摘示したといえ,名誉毀損罪が成立する。
(法令の適用)
罰条
判示第1の行為 刑法230条1項
判示第2の各行為 別紙2記載の番号ごとに,著作物の翻案権の侵害及び公衆送信権の侵害を包括して,著作権法119条1項,23条1項,27条,28条
判示第3の行為のうち,
著作権法違反の点 著作物の翻案権の侵害及び公衆送信権の侵害を包括して,著作権法119条1項,23条1項,27条,28条
名誉毀損の点 刑法230条1項
科刑上一罪の処理(判示第3)
刑法54条1項前段,10条(1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,1罪として重い著作権法違反の罪の刑で処断)
刑種の選択
判示第1 懲役刑を選択
判示第2ないし3 懲役刑及び罰金刑を選択
併合罪の処理 刑法45条前段
懲役刑について 刑法47条本文,10条(刑及び犯情の最も重い判示第3の罪の刑に法定の加重)
罰金刑について 刑法48条2項(判示第2及び第3の各罪所定の罰金の多額を合計)
労役場留置 刑法18条
刑の執行猶予 刑法25条1項(懲役刑を猶予)
訴訟費用 刑訴法181条1項ただし書(不負担)
(量刑の理由)
 本件は,被告人が,アダルトビデオの女優の顔に芸能人らの顔を合成加工したディープフェイク動画を作成して自ら運営するインターネットサイトに掲載したという名誉毀損及び著作権法違反の事案である。
・・・
(求刑-懲役2年及び罰金100万円)
令和3年9月2日
東京地方裁判所刑事第15部
裁判長裁判官 楡井英夫 裁判官 赤松亨太 裁判官 竹田美波

(別紙1)
A ■■■■
B ■■■■
(別紙2)