裁判年月日 令和 5年 1月25日 裁判所名 松江地裁
事件番号 令3(わ)81号
上記の者に対する準強制わいせつ被告事件について、当裁判所は、検察官佐藤壇及び弁護人丸山創(国選)各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人は無罪。
理由第1 公訴事実の概要並びに争点及び判断の骨子等について
1 公訴事実の概要
被告人は、松江市〈以下省略〉において「a整骨院」(以下「本件整骨院」という。)の名称でマッサージ業等を営んでいたものであるが、施術を装って女性客にわいせつな行為をしようと考え、令和3年5月6日、同所において、別紙記載の女性客(以下「A」という。)に対し、Aが抗拒不能の状態にあることに乗じ、施術用のベッドにうつ伏せに横たわっていたAのショーツの中に手指を差し入れてその陰部を触り、さらに、同ベッドに横向きに横たわっていたAのブラトップの中に手指を差し入れてその乳房を触るなどし、もってわいせつな行為をしたものである。
2 争点及び判断の骨子
本件においては、被告人が、判示の日時頃に、本件整骨院において、Aに対し施術をしたことは証拠上も明らかであるが、被告人は、Aの陰部付近及び乳房に触れたことについては認めているものの、あくまで施術の過程で意図せずに触れたものである旨供述し、これに沿って、弁護人は、被告人のしたマッサージ(厳密には「マッサージ」の範ちゅうに属さない施術もあるようだが、本判決では便宜上そのようにいう。)は、「わいせつな行為」(刑法178条1項)には該当しない、あるいは、被告人には故意がない、正当業務行為(刑法35条)であるなどと主張する。そこで、当裁判所は、検察官請求に係る証人としてAを2度にわたって取り調べた他(以下、「A供述」というときはその2回を併せたものを指す。)、あん摩マッサージ指圧等の専門家証人2名を取り調べたのに加え、弁護人請求に係る、本件時のマッサージの状況の被告人による再現動画や、本件整骨院で被告人による施術を受けていた別の女性客(以下「B」という。氏名は別紙のとおり。)を取り調べ、併せて数次にわたる被告人質問を実施するなどした。これらの審理の結果、当裁判所は、乳房や陰部ないしその付近を触られたなどとするAの公判供述は基本的に信用できるが、A供述を前提としても、被告人によるAに対する一連の行為は正当な施術行為であった可能性が否定できず、「わいせつな行為」があったと認めることはできないから、被告人は無罪であると判断した。
第2 当裁判所の判断
1 前提事実
関係各証拠によれば、次の事実を認定することができる。
(1) 被告人の経歴等(甲13、14、乙1)
被告人は、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師及び柔道整復師の資格を取得し、長年にわたってマッサージ業に従事していたものであり、平成26年10月に本件整骨院を開設して経営すると共に、自ら客らに施術をしていた。
(2) Aの通院歴等(甲3、A供述)
Aは、令和元年8月後半頃から、右側の座骨と恥骨の境目付近が痛むようになり、医院や整骨院を受診するなどしたが症状が改善しなかったため、令和元年12月20日から、知人の紹介で本件整骨院に通うようになった。Aは、本件整骨院に通うようになってからその痛みが改善し、被告人の腕が良いと感じていたこともあって、新型コロナウイルスの流行による影響で一時通院を中断した時期があったものの、令和3年2月25日から通院を再開し(以下、年の記載のない日付はいずれも令和3年のものである。)、本件(5月6日)後の5月12日まで継続的に通っていた。上記中断後、最後の通院までの通院頻度は、概ね1週間に1度程度であった。
(3) 本件整骨院における施術時の状況等(甲7、12)
本件整骨院では、施術を受ける者は専用の施術着に着替えることになっていた。施術着は、上衣はノースリーブ、下衣は半ズボンであり、上衣の前面には乳房の下辺りまで下げることができるファスナーがついており、背面はマジックテープで閉じる仕様となっていた。下衣の左右側面には腰の辺りまで上げることができるファスナーがついていた。
本件時、Aは、上はブラトップと呼ばれるタンクトップの裏側に乳房を収めるカップのついた下着、下は一般的な下着(ショーツ)を着用し、その上に施術着を着用して専用のベッドの上で施術を受けた。
(4) 被害届提出に至る経緯等(A供述)
Aは、本件当日(5月6日)も通院したが、以前から、被告人による施術の過程で、陰部や乳房を触られることがあったと感じ不審に思っていたところ、本件当日の施術中にも陰部や乳房を触られたと感じ、自身、性的な被害に遭っているのではないかと考え始めた。そうした中、Aは、5月9日、性暴力に関する新聞記事を見て自身が受けている施術に疑問を深め、インターネットで「整体 性被害」と検索して調べるなどした結果、被告人による施術はわいせつ行為であったとの疑いを強め、5月10日に被告人にLINEでメッセージを送り、「プライベートゾーン」への施術はやめて欲しい旨を伝え、被告人がこれを了承した。そして、5月12日にも被告人による施術を受けたが、その際は性器等への接触はなかったものの、普段は50分ないし1時間の施術がその半分くらいの時間で終わってしまい、今までの施術は何だったのかという思いになった。そして、5月17日、県の性暴力被害者支援センター(以下、単に「センター」という。)に電話相談したところ、警察への相談を提案され、5月19日以降、警察へ相談し、被害届を提出するに至った。
2 本件施術内容の認定
(1) 当事者の主張の概要
ア A供述の概要
Aの当公判廷における2回にわたる供述の概要は次のようなものである。すなわち、被告人は、専用ベッドでうつ伏せに寝かせられていたAの左側に立ち、左手でAの股関節の外側を指圧しながら、右手の親指以外の先端を、ショーツの股部分からショーツの中に入れて、股関節の外側を左手で指圧する動きと同じリズムで、陰核、小陰唇、膣の入口、肛門の辺りなどを指先で突くような感じで直接触ってきた。閉じている小陰唇をこじ開けるように、ひだの間に指を入れて押し広げる感じでも触られ、膣に指を入れるように(実際には入っていない。)、膣の入口を突く前後の動きも感じた。これらの行為は約1分間にわたって行われた。被告人は、同様に、Aの反対側に立って、反対側の股関節の外側を右手で指圧する際にも、左手の親指以外の指の先端を使って、Aの陰部を突くように直接触ってきた(以下、かかる一連の行為を「行為①」と呼ぶことがある。)。
被告人は、次に、Aを施術室のベッドに体の右側を下にして横向きで寝かせた際、手で直接左の乳房を触ってきた。その際、被告人は、右手をAの背中辺りに当て、左手の平をブラトップの裾からカップの中に入れAの左の乳房にべったりと触れた状態で、左手の指で肋骨や肋間を下から上に押すように約1分間触ってきた。被告人の手の平と指の腹はAの乳首にも当たっていた。被告人は、Aが体の左側を下にして横向きに寝た状態の際にも、同様に、Aの右の乳房や乳首を直接触ってきた(以下、かかる一連の行為を「行為②」と呼ぶことがある。)。
その後、被告人は、Aをベッドの上に仰向けに寝かせ、ショーツのウエスト部分から中に手を入れ、腹部の子宮や陰毛の辺りを直接触ってきたし(以下、かかる一連の行為を「行為③」と呼ぶことがある。)、更にその後、Aをベッドの上に仰向けで寝かせ、腹部にバイターと呼ぶ電動マッサージ器を当ててきたが、同マッサージ器を、鼠径部や陰核の辺りにも当ててきた(以下、かかる一連の行為を「行為④」と呼ぶことがある。)。
イ 被告人の供述の概要
被告人は、上記行為①ないし④について、これらと対応すると思われる施術内容について、概ね次のとおり供述しており、これは被告人がAとは別の女性をモデルにして本件施術の流れを再現した動画(弁1、2)とも合致するものである。すなわち、行為①について、被告人は、Aの左側に立ち、左手でAの左側の腰の痛い部分を触り、痛みがある箇所を確認しつつ、右手で痛みの反応点を探していた。その際、反応点がある筋肉に触れて引っかけて、手前に1回引いて戻すように、Aの仙骨、尾骨、座骨の辺りで中指と薬指を動かしていた。右手はショーツの中に入っているので、一瞬、陰核や膣の入口、肛門の辺りなどに触れることがあるが、どの指が触れたのかは覚えていない。小陰唇のひだの間に指をこじ開けて入れるような動きはしていないと思う。Aの右側に立った際に左手で反応点を探すこともしたが、左手がAの陰部に触れたかは覚えていない。
行為②について、被告人は、まず、Aの体の右側を下にして、次に左側を下にして、それぞれ横向きに寝かせ、ブラトップの裾から手を差し入れて手のひらを密着させる感じで肋骨や肋間を揺らすように触った。乳房や乳首に手が触れたかについてははっきりと覚えていないが、ブラトップのカップ内まで手を入れる必要はないため、触っていないと思っている。
行為③について、被告人は、Aの腹部を全体的に触って、内臓の状態、腹部の硬さ、便の詰まりの有無などを確認し、行為④について、被告人は、バイターと呼ばれるマッサージ器を、腹部や足等に当てた。
(2) 信用性の判断
Aと被告人の供述内容は、性器や乳房への接触の程度等については異なるものの、これらに接触した(少なくともその可能性がある)ことや、その時間が、1時間程の一連の施術の中での比較的短い時間(A供述によっても数分程度)であったという限度では両者は一致している(以下、この接触を「本件接触行為」という。)。また、施術の流れや個々の施術の態様についても、両者に大きな食い違いはない。すなわち、行為①について、Aは被告人の手の動きについて陰部やその周辺を突くような感じであったと供述するが、被告人は、中指と薬指で反応点がある筋肉に触れて引っかけて、手前に1回引いて戻すというものであったと供述しており、表現の仕方は違うものの、手の動きに関する供述は概ね一致しているといえるし、行為②については、乳房付近を触っていた時間や乳首を触ったかといった点以外は両者の供述に大きな差異はなく、行為③④についても、手や機械の動かし方についての両者の供述は概ね一致しているといえる。Aと被告人で供述に食い違いがあるのは、主に、被告人が、Aの小陰唇のひだの間に指を入れて押し広げるように触れたり、膣に指を入れるようにしてその入口を突くように前後に動かしたりし、これらの行為を約1分間にわたって続けていたとか(行為①)、左右交互に、手の平をAのブラトップの裾からカップの中に入れ、Aの乳房にべったりと触れた状態で、左手の指で肋骨や肋間を下から上に押すように約1分間触った(行為②)などとする、触れた箇所やその際の時間といった点であり、これらの点についてA供述のみに依拠してそのような事実を認定できるのか、A供述にそこまでの高度の信用性を認め得るのかについて検討する必要がある。
ア 供述の信用性を肯定する方向に作用する事情
本件に現れたすべての事情を精査しても、Aが被告人を陥れるような動機は全く見当たらないし、当公判廷においても、羞恥心に耐え、口にするのが憚られるような自身にとって不名誉な供述をしている。Aがあえて嘘の供述をしていると疑うべき事情は一切認められない。
また、Aは、本件整骨院で受けた施術の内容を、スマートフォンのメモ機能を使って日付毎に分けて記録していたところ(甲18)、一般論として、こういったメモが、実際に経験した日と近接した日に作成されていれば、こういったメモの存在自体が供述の信用性を高める事情といえよう。そこで、その記録の本件当日(5月6日)の欄をみると、「そこに指入れられるのはどうしてもイヤだ」とか「下のプライベートゾーンはイヤだ」、あるいは「胸もガッツリ触られる」といった、大筋でAの公判供述に沿う記載がなされている(なお、このメモの記載には後述のような問題点もある。)。
この記載自体はやや抽象的であり、「そこに指入れられる」とは、例えばショーツの中に指を入れられる、という意味とも取れるし、触れる態様や触られた時間等についても記載されていないから、その記載から直ちにAの公判供述どおりの本件接触行為があったことがすべて裏付けられているとまではいえないものの、大筋でA供述を支えるものといえる。
イ 供述の信用性に疑問を生じさせる方向に作用する事情
A供述によると、Aは、特に通院を再開した2月25日以降、しばしば陰部や乳房を触られ、被告人にこれらの部位に触れられることには抵抗があると言ったがやめてもらえなかったというのである。Aが、複数回にわたり、陰部や乳房を触られる施術に対し、不快感や恥辱感を抱いていたことは前記のメモ(甲18)によっても一部裏付けられており、そのこと自体には疑いはない。
ところで、Aが本件整骨院に行き始め、通院を続けるにつれて被告人の行為がだんだんとエスカレートしてきたとか、本件当日に陰部等に触る程度が特別に著しいものであったとはA自身も述べていない。そうすると、Aの述べるような本件接触行為と同等の性器等への接触が本件以前にも繰り返されていたことになる。しかし、Aが、本件整骨院への通院を辞め、別のマッサージ師等を探すことはいつでも可能であり、それを妨げる事情があったとはうかがわれない。Aは当時60歳に近い年齢で、能力的に問題があるとはうかがわれず、週に1回ほど本件整骨院に通っていたにすぎないし、本件整骨院への通院を辞めないよう、被告人から何らかの精神的な支配を受けていたといった事情は一切うかがわない(監護者性交等の事案などでは、被害者が加害者から何らかの精神的支配を受け、心理的に他に助けを求めることができなかったケースも少なからずみられるが、本件では全く事情が異なる。)。にもかかわらず、Aは通院を再開した2月25日から週に1回程度、殊に本件があった翌週の5月12日にも本件整骨院への通院を続けているのである。Aが述べるような本件接触の態様、特に小陰唇のひだの間に指を入れて押し広げるように触れられていたなどとする接触は、相当強度のものといえるが、こういった接触をされ続けながら、自身が性被害を受けているのかどうかも判断がつかないまま、我慢して被告人の施術を受け続けていた、というのは違和感を拭い去れない。結局、被告人による性器等への接触は、Aが、不快感、恥辱感を我慢してでも本件整骨院への通院を継続して良いと感じる程度のものであったといわざるを得ず、実際にAが受けていた接触は、Aが述べるものよりも軽度のものであったと考えなければ、通院を続けていた理由を合理的に説明することができない可能性がある。
また、本件を警察に申告した経緯については上記認定のとおりであるが、自身が性被害を受けているのかどうか、判断がつかない状態で、性被害に関する新聞記事を見て意を決して公的機関に相談し、その勧めで警察に申告するに至ったという経緯自体は、(本件接触行為の程度がA自身の述べるほどの強度のものでないという前提であれば)特段、不自然とは思われない。ただ、本件があったとされる5月6日から、警察に申告した5月19日頃まで2週間ほどの期間があるところ、Aは、センターに相談するまでは被告人を警察に訴えるといった明確な意図があったとは思われず、自身の被害についていわば半信半疑であったところを、センターでそれが性的被害であると賛同され、意を強くして警察に申告したものとうかがわれる。このことは、5月10日に被告人にプライベートゾーンに触れる施術を止めるようメッセージを送り、実際に被告人がそのような施術を止めたのに、同日以前の被害を申告していることからもうかがわれる。また、Aは、センターに相談する前、5月11日に前記のメモ(甲18)に、記載が落ちていた日の分を書き加えたことを自認している。
Aは、訴える以上、証拠をきちんと整えておかなければならないといった思いを強め、センターでの賛同を得て、被告人が施術にかこつけて陰部や乳房を触っていたとの認識を固め、被告人に対する怒りや嫌悪感を募らせていたことがうかがわれる。さらに、Aは本件までに何度も同様の施術を受け、性器等に接触されたことがあり、センターや警察に相談する前に、それまでの被害を振り返って上記メモ(甲18)の追加記載をしたというのであるから、他の回(例えば、Aにとって印象に残っているであろう最も酷い接触を受けた回等)との記憶の混同を生じている可能性もある。
そうすると、Aが無意識的にせよ、実際よりも本件接触行為について被告人に不利な方向で記憶の変容等を生じていた可能性が完全には払拭できないから、これらの事情は、A供述の信用性に疑問を生じさせ得る事情といえる。
ウ まとめ
以上検討したところからすれば、本件接触行為についてのA供述については、基本的に信用性が認められ、被告人が触ったかどうか覚えていないなどと曖昧に述べている点も含め、性器等に触れる接触があったという限度では十分にそのような事実を認定できる。他方、その供述については、前記で検討したような信用性に疑問を生じさせる事情もないではないし、もとより、触られていたのは約1分間などという時間に関する供述については、A自身、時計を見ていたわけではなく、多分に感覚的なものであって、そのまま鵜呑みにできるものではない。これらの事情をも踏まえて考えると、被告人とAの各供述が概ね一致する行為③④は、そのような事実があったと認定できるが、行為①②については、A供述のみによってAの述べるような激しい接触行為があったと認定することは慎重であるべきであって、一連の施術の中で、わいせつ行為と評価するに足り得る程度の、性器や乳房等に触れる接触があったという限度での事実を認定することが相当である。
3 「わいせつな行為」該当性について
(1) 施術内容について
上記のとおり、Aは座骨と恥骨の境目辺りが痛むなどして本件整骨院に通い始めたというのであるから、陰部やその周辺を施術の対象とすること自体はむしろ当然といえ、不自然なことはない。そして、こういった陰部や乳房の周辺、あるいは性器や乳房に触れるような施術が、一律、法的に禁止されているとは解されず、施術として正当なものであれば、犯罪を構成するとはいえない。
その施術について、被告人は、行為①については、動かしている手の中指と薬指を經穴も意識しつつ反応点がある筋肉に触れて引っかけて、被告人の手前に1回引いて戻す「腱引き」と呼ばれる技法による施術を行っていた、行為②については、Aの肋骨がとても固く、肋骨の動きを良くするために、「筋膜リリース」という技法によって肋骨をほぐした、肋骨の間には經穴もあり、そこを触る意味もあった、などと述べているところ、「腱引き」、「筋膜リリース」については専門家証人として取り調べたマッサージ学校の教員(証人C)や、自身もあん摩マッサージ等の治療院を開業している島根県鍼灸マッサージ師会の代表理事(証人D)も承知しており、「腱引き」に関する書籍等もあり(弁5等)、「筋膜リリース」はマッサージ師会の代表自らも取り入れているというのであるから、実在の技法であると認められる。そして、被告人がAにした施術がこれらの技法によらないものであると断定できる事情はない。もちろん、こういった技法に則っているからといって、被告人のした施術が直ちにわいせつ行為でないといえるものではないが、その施術が正当なものであることを推知させる一事情とはいい得る。
また、被告人は、行為③のようにAの陰部や乳房といった性的意味合いの強い部位を、着衣の上からではなく直接、素手で触っているが、被告人は、被施術者の痛みの有無等を確認するためにその必要があったといい、マッサージ学校の教員も、その方がより細かい反応を確認、把握することができると述べているから、これが施術として不自然で、あり得ないなどとはいえない。行為④のバイターによる施術もこれが必要でないとする根拠は見いだせない。そして、これまで検討してきたとおり、本件接触行為は、Aが被告人から施術を受ける中で発生しているものである。その施術にマッサージとしての効果があったことは、A自身、効果があったからこそ我慢して本件整骨院に通っていたと述べており、専門家証人も、2名とも、その施術に効果があること自体は否定していない。
(2) 施術内容について事前に明示的な了解を取っていなかったことについて
マッサージ師が、女性の乳房や性器ないしその付近に触れる施術をすることについて、上記専門家証人2名は異口同音にそのような施術はあり得ないとの見解を述べているが、両名とも、マッサージ等の手法はマッサージ師ごとに個人のやり方があることは認めた上、前記のように、被告人の施術について効果があることは否定していない。その各供述全体をみると、証人両名が「あり得ない」というのは、その施術をする際に、被施術者の了解も得ずにすることが問題であるというものと解される。すなわち、陰部や乳房の周辺に対する施術は、性的な意味合いが強く、被施術者である女性に不快感を与えたり、場合によってはわいせつ行為として訴えられる危険性をも有するものであるから、これらの部位の周辺に対する施術に注意を要することは業界内でも周知されており、効果が認められるとしても施術を行わないケースもあるが、あえて施術する場合には、事前に施術の内容やその効果等を十分に説明し、被施術者の了解を取った上で行うべきである、という趣旨であり、本件では、被施術者であるAの了解を得ずに施術したことを問題視するものと思われる。
確かに、本件において、被告人が、本件起訴に係る施術を行う前に、Aから性器等に接触することにつき、少なくとも明示的に了解を得ていないことは明らかである。上記専門家証人2名のいうとおり、被施術者となる女性の心情への配慮のため、あるいは施術者が訴えられるリスク等を考えるなら、施術をするたびに、事前に、今回の施術では性器等への接触がある旨を説明し、明示的に了解を得ておく(場合によっては同意書のようなものを徴する。)のが妥当であることに疑いはない。こういったことはマッサージ学校の教員が述べるように、マッサージ業界内に止まらず、社会の常識であるといえる。
しかし、被告人がAにしたマッサージの施術のように、何回も繰り返し同様の施術をする場合に、毎回、そういった説明等をしなければならないというのはやや現実的ではなく、初回に詳しい説明をすれば、2回目、3回目と回を重ねるごとに説明を省略することも許されると考えられ、必ずしも毎回、事前説明の上で明示的な了解を得ていなくとも、事実上、了解を得たとみるべき場合もあり得るといえる。
こういった観点からみてみると、Aが、内心、性器等に触れられる施術について全く納得していなかったことは明らかであるが、客観的には、必ずしもそのような認定評価が困難な面がある。
すなわち、Aはこれまでの被告人による施術において、性器等に触れられる施術があった際、被告人に対し、そのような施術が本当に必要なのかと問い質したことがあり、通院再開後の3月5日や3月9日にも施術中にやめてくれと言ったというのであるが、A自身、自分の年齢でそのようなことを言うと自意識過剰と思われるのが嫌であり、言い出しづらかったなどとも述べているから、詰問するような強い口調ではなかったとうかがわれる。このことは、5月10日に、Aから、比較的強い論調で、被告人に対し、そういった施術をやめて欲しいとのメッセージを送った後、5月12日の施術の際には、実際にそういう施術をしなかったこととも合致するところである。
そして、Aは、そのようなことを言うたびに、被告人から、施術として、その効果を上げるために必要であるなどと言われ、これに反論することもなく、上記5月10日まで、効果がなくてもいいからそういった施術を止めるよう、強く申し入れることもないまま、漫然と本件整骨院へ通い続けていたのである。
こういった経緯をみると、Aの内心はともかく、客観的には、Aは、施術効果のために、性器等に触れられる施術もしぶしぶながら了解していたとみることは十分に可能であり、少なくとも、被告人において、Aがそういった施術を了解しているのだと認識していたとしても、それが不自然、不合理であるとも認め難い。
(3) A以外の女性客に対する施術について
弁護人側証人のBは、Aと同じように、本件整骨院に継続的に通い、被告人による施術を受けていたものであるが、被告人による施術の再現動画(弁1、2)を視聴して、自身が受けた施術の流れと変わるところはないとし、B自身も陰部付近や着用していた下着の上から性器を触れられることもあったが、B自身は、最初の頃に、リンパを流すために必要な施術であるなどといった説明を受け、被告人がわざとその辺りを触っているようにも思えなかったので、特に気にすることはなかったなどと供述している。また、検察官によると、A以外に被告人の施術を受けた女性9名(Bを含む。)から事情聴取したところ、全員が胸や陰部付近を触られたと述べ、うち2名(B他1名)は、必要な治療であったとの認識だが、残る7名は嫌であったと述べているという(第8回公判期日における検察官の釈明)。
これらのことから、被告人は、Aに限らず、女性の被施術者に対し、同じように胸や陰部を触る施術をしていたことがうかがわれるが、その評価としては二通りあり得るかと思われる。その一つは、被告人が、わいせつな意図をもって、女性であれば誰彼かまわずに施術に名を借りてわいせつな行為をしていたという見方であり、もう一つは、被告人が、自身のやり方による施術として、どの女性に対しても、いわば機械的にそのような施術をしていたという見方である。
ところで、被告人は、長年にわたってマッサージ等の施術をしてきたものであり、本件整骨院では、定期的に施術を受けに訪れる者が常時50名ほどいて、年代的には現役世代(60歳以下をいうと思われる。)の者が多く、その半数は女性であるといい、これまで相当多数の女性に胸や陰部を触る施術をしていたとうかがわれるが、被告人によれば、本件以前に、施術がわいせつ行為であると訴えられたことはないといい、検察官においても、過去にも本件同様の例があったことは全く指摘されていない。相当多数の女性に対し、性器等に触れるような施術をしながら、特に訴えられたこともないというのは、そのような施術に効果があり、それが必要であるという被告人の説明がそれなりに説得的であったとか、Bの言うように、わざと性器等を触っているようには感じなかった者が多かったからであると思料される。そうすると、前者の見方によるのはやや難があるといわざるを得ず、後者のように、被告人が、自身のやり方による施術としてそのような施術をしていた可能性が否定できず、これも施術が正当なものであることをうかがわせる一事情であるといえる。
なお、男性に陰部等を触れられるのは、正当な施術であれば気に留めないという、Bのような者もいようが、女性であれば、仮に正当な施術であったとしても、羞恥心や恥辱感を覚えるのが当然ともいえ、現に検察官は9人中7人の女性が嫌であったと述べていたというのである。それは要するに個人の受け止め方の問題にすぎず、そういった意味ではAが羞恥心や恥辱感を感じ、自身がわいせつ被害に遭っていると思ったというのも特に不自然、不合理なこととは考えられない。ただ、逆に、女性が、羞恥心や恥辱感を感じたからといって、直ちにわいせつ行為がなされたとの認定の根拠とすることはできないともいい得るであろう。
4 結論
以上検討したところを総合すると、本件においては、被告人のした施術が正当なものであった可能性が少なからず認められ、公訴事実に掲げられた行為が「わいせつな行為」に該当すると認めるに足りるだけの立証がなされたとは認め難い。
マッサージ師会の代表が述べるように、被告人らの世代のマッサージ師には、女性の心情に対する配慮を欠く施術をする者が少なからずいたというが、被告人自身もそういったやり方を改めず、そのためAに必要以上に不愉快な思いをさせた側面があることは否定できない。被告人は、そういったやり方が今日では通用しないことを自覚し、女性の心情に対する配慮を欠いた施術をしていたことについては猛省すべきであると思われるが、そういった配慮を欠くからといって、その施術が、犯罪行為として処罰の対象になるとまではいえない。
以上の次第であり、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑訴法336条後段により、被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑―懲役2年6月)
松江地方裁判所刑事部
(裁判長裁判官 畑口泰成 裁判官 三島琢 裁判官 藤本拓大)<<