児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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(申立550万円 認容額440万円)強姦致傷・刑事損害賠償命令(東京地裁令和元年6月21日)

行為否認

損害賠償請求事件
東京地方裁判所
令和元年6月21日民事第1部判決
       判   決
1 東京地方裁判所平成30年(損)第23号刑事損害賠償命令事件の仮執行宣言付損害賠償命令を認可する。
2 異議申立て後の訴訟費用は被告の負担とする。


       事実及び理由

第1 請求
 主文と同旨
第2 事案の概要
1 本件は,原告が,被告による強姦致傷の被害を受けたと主張して,被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金440万円及びこれに対する不法行為の日である平成29年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
 原告は,上記強姦致傷を公訴事実とする刑事事件において,不法行為に基づき,被告に対し,550万円の支払を求める刑事損害賠償命令の申立てをし,裁判所は,このうち440万円の限りで一部認容する仮執行宣言付損害賠償命令を行ったところ,被告が異議の申立てをした。また,原告は,上記仮執行宣言付損害賠償命令を受け,移行後の民事訴訟手続において,請求の趣旨を主文と同旨のものに変更し,請求の減縮を行った。
2 前提事実(争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実)
(1)原告及び被告は,平成29年4月22日午後11時24分頃から同月23日午前1時頃までの間,原告の自宅(以下「原告宅」という。)において性交渉を持った(以下「本件性交渉」という。)。
(2)原告は,同日,順天堂大学医学部附属浦安病院を受診し,全治まで約5日間を要する顔面打撲,右膝内出血及び外傷性頸部症候群と診断された。(甲8)
(3)被告は,同年11月10日,本件性交渉につき,原告に対する強姦致傷を公訴事実として,東京地方裁判所に起訴された(同裁判所平成29年合(わ)第251号,甲1。以下「本件刑事事件」という。)。被告は,平成30年6月19日,東京地方裁判所において,原告に対する強姦致傷罪により懲役7年の有罪判決の宣告を受け(甲6),東京高等裁判所に控訴したが,同年12月13日,控訴棄却の判決がなされ(同裁判所平成30年(う)第1473号,甲10),同判決は同月28日に確定した。
(4)ア 原告は、平成30年5月31日,本件刑事事件において,被告に対して,損害賠償金550万円及び遅延損害金の支払を求める損害賠償命令の申立て(東京地方裁判所平成30年(損)第23号)をした。
イ 東京地方裁判所は,同年8月20日,上記アの申立てについて,被告が原告に対し,440万円及びこれに対する平成29年4月22日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でこれを認容する仮執行宣言付損害賠償命令を行ったところ,被告が,平成30年9月4日,異議を申し立てたため,本訴訟事件に移行した。(顕著な事実)
ウ 原告は,上記イの仮執行宣言付損害賠償命令を受け,平成31年1月17日付け「請求の減縮申立書」により,請求額を440万円とする請求の減縮を行い,また,同年2月5日付け「請求の減縮申立書訂正申立書(兼訴え変更申立書)」により,請求の趣旨を主文と同旨のものに変更した。(顕著な事実)
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1)被告による強姦致傷の被害の存否(争点1)
(原告の主張)
 被告は,原告が,携帯電話をなくして困っていたことに乗じて,言葉巧みに原告宅に上がり込み,その後,原告にいきなり抱きついてベッドに押し倒し,原告の身体に覆いかぶさって口を塞いだ上,「静かにしろ。」などと言って,スカート及びパンツを引き下ろし,膣内に手指を入れ,さらに,原告が逃げようとすると,背後から抱きついて,目を手で塞ぐなどした上,ベッドに押し倒し,膣内に手指を入れながら「おとなしくしろ。」と言うなどの暴行脅迫を加えた上で,本件性交渉を行った。これにより,原告は,全治まで約5日間を要する顔面打撲等の傷害を負った。 
 以上のとおり,被告は,原告に対して強姦致傷に当たる行為を行ったものであり,不法行為が成立する。
(被告の主張)
 否認する。被告は,ナンパ目的で原告に声を掛けて知合い,原告宅に行き,その際,「付き合う?」などと言ったところ,原告の方から「恋人になってよ。」と言われ,合意の上で本件性交渉を持ったのであり,本件性交渉を持つ際に暴行や脅迫などは行っていない。
 原告の主張は,原告本人の本件刑事事件における供述を根拠とするものであるが,原告は,一度原告宅から逃げようとした際に台所付近で相当程度暴れて抵抗した旨供述するところ,台所の床に置かれた空のペットボトルは倒れておらず,客観的状況と整合しないなど,暴行脅迫の有無という核心部分について,客観的事実と反する供述を行っている。
 他方,被告の本件刑事事件における供述は,暴行脅迫に関する部分を除き,基本的には原告の供述と符合するのであり,また,被告が本件性交渉の後,証拠隠滅行為等を行うことなく日常どおりの生活を送っており,逮捕から刑事裁判の控訴審まで,一貫して同内容の主張を続けていることからすると,信用性が高いといえる。
 以上によれば,原告の供述を信用することはできず,被告が原告に強姦致傷に当たる行為を行ったということはできないから,不法行為は成立しない。
(2)損害の発生及び数額(争点2)
(原告の主張)
 原告は,被告の不法行為により,全治5日間の傷害を負い,また,精神的苦痛を被った。原告が被った精神的苦痛は,被告による不法行為そのものによる苦痛のみならず,念願の仕事を諦めざるを得なくなった苦痛,周囲の人間と信頼関係を築くことができなくなり,社会生活上支障が出ていることによる苦痛等も存在するのであり,これらを慰謝するには,400万円を下らない。
 また,原告は,本件に関し,弁護士に委任せざるを得なくなったのであり,被告の不法行為と因果関係のある弁護士費用相当損害金としては,40万円が相当である。
(被告の主張)
 否認ないし争う。
 原告の主張する各種の症状や人間関係,仕事関係への支障等はいずれも抽象的なものである上,本件との因果関係を基礎付ける証拠はない。
 また,本件性交渉に至る経緯の中で,被告による欺罔や脅迫等は行われておらず,原告が負った傷害の程度も軽微であるし,原告は,現場である原告宅に,事件以降,居住を続けていたというのであり,これら事情からすれば,原告の受けた精神的損害の程度は,同種事案と比べると評価を異にするものというべきである。
第3 当裁判所の判断
1 争点1(被告による強姦致傷の被害の存否)
(1)本件性交渉に至る経緯及びその後の経過について,原告は,本件刑事事件において,大要,以下の供述をする(甲2)。
 原告は,携帯電話をなくし,会う約束をしていた仕事関係者と連絡がとれなくなっていたところ,自宅の最寄り駅近くにある交番に遺失物届を出すため,同駅の改札を出たところで,被告及びその友人から声を掛けられ,携帯電話をなくしたことを伝えた。その後,交番に行って遺失物届を出した際に,警察官から,ノートパソコンをWi-Fiに繋げて連絡をとる方法があるなどとアドバイスを受けたため,ノートパソコンのある原告宅に帰ることとし,交番を出ると,被告から再び声を掛けられた。原告が,上記経緯を説明すると,被告は,自身の携帯電話のデザリング機能を使うよう提案してきた。原告は,当初断ったものの,被告の提案を受けることとして,被告に,自宅からパソコンを持ってくるので,ここで待つよう伝えたが,被告は,原告の話を聞かず,原告についていき,「住民の目もあるし,寒いから入らせて。」「エントランスまでしか入らないから。」などと述べ,結局,原告宅に入れることになった。原告宅においては,ベッドなどがある奥の部屋には入らず,玄関近くでインターネット接続作業を行ったが,結局,上記仕事関係者とは連絡が取れなかった。この間,被告は,しきりに奥の部屋に行きたがったため,原告は怖くなり,パソコンから,元交際相手に「たすけて」,「しらないひといてこわい」などのメッセージを送信したものの,すぐに返事はなかった。原告は,被告に帰ってもらおうと思い,その旨を伝えたところ,被告から,「チューしようよ。」と言われ,突然抱きつかれ,その後,両手で体を持ち上げられて奥の部屋まで連れて行かれ,ベッドに押し倒されて,身体に覆い被さられて口を塞がれた上,「静かにしろ。」などと言われ,スカート及びパンツを引き下ろされ,膣内に手指を入れられ,さらに,原告が逃げようとすると,背後から抱きつかれ,目を手で塞がれるなどされた上,再びベッドに押し倒され,膣内に手指を入れられ,「おとなしくしろ。」などと言われるなどして,本件性交渉が行われた。原告は,性交が中断した段階で,逃げ出そうと考え,一緒にシャワーを浴びようと提案し,一緒に浴室に入った。そして,原告は,「タオルを取ってくるから。」などと言って浴室から先に出ると,ショーツを履き,ルームウェア1枚だけを羽織った上で,裸足で自宅を飛び出し,前記交番に駆け込み,警察に被害を申告した。その後,病院に行き,前記前提事実(2)の診断を受けた。いずれの傷害も,本件性交渉の前には存在しないものであった。
(2)証拠(甲3,8)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,本件性交渉直後に,ショーツを履き,ルームウェア1枚のみを羽織り,裸足のまま交番に駆け込み,被害の申告をしたことが認められるところ,同事実は,上記(1)の原告の供述と符合するものであり,強姦被害直後の被害者の行動として,不自然なところはない。また,原告は,本件性交渉の直前に,元交際相手に対し,「たすけて」「しらないひといてこわい」などのメッセージを送信しているところ,同事実は,原告宅に被告を入れたものの,被告がしきりに奥の部屋に行こうとしたため怖くなったという供述と符合するものである。さらに,原告において,初対面の被告に対し,敢えて強姦被害について虚偽の申告をする動機は存在しない。
 以上によれば,原告の上記(1)の供述の信用性は高いというべきである。
(3)ア これに対し,被告は,〔1〕原告は,一度奥の部屋から逃げようとした際に被告に背後から捕えられ,奥の部屋に連れ戻される際に台所付近で相当程度暴れて抵抗した旨供述するが(甲2・証人尋問調書54頁),台所の床に置かれた空のペットボトルは倒れておらず,その他のものも倒れずに整然と並んだままであること,〔2〕上記抵抗の際は,付近に設置されていた洗濯機がずれるほどの力で抵抗した旨供述するが(甲2・証人尋問調書54頁),実況見分時の写真では,ずれているとはいえないこと(甲7),〔3〕本件性交渉中に鼻血が出た際にティッシュで拭った旨供述するが(甲2・証人尋問調書88頁),当該ティッシュは原告宅から発見されていないこと(甲7),〔4〕原告宅を出る際に,暖簾が外れていた旨供述しているが(甲2・証人尋問調書72頁),実況見分時には掛かっていたことなどを挙げ,原告の本件刑事事件における供述は,客観的事実に反し,信用できないなどと主張する。
 しかしながら,上記〔1〕については,ペットボトルに原告や被告の手足等が直接当たらなければ,倒れなくても不自然ではない。この点,被告は,原告の供述を前提とすれば,床や台所においてある物が倒れると考えるのが経験則に照らし相当であるなどと主張するが,原告の供述を前提としても,手足等が当たらない可能性があるのであって,被告の主張は採用できない。また,上記〔2〕について,原告は,被告に暖簾や洗濯機の位置を戻すよう述べた旨も供述しているのであり(甲2・証人尋問調書84頁),原告の供述は,実況見分時の写真と矛盾するものではない。さらに,上記〔3〕については,たしかに,甲7からは,実況見分時にティッシュが発見されていないとは認められるものの,他方で,掛け布団には,血痕ようのものの付着が認められるのであり,ティッシュが未発見であることは,本件性交渉の際に鼻血が出たという原告の供述の核心部分を否定するまでの事情であるということはできない。加えて,上記〔4〕については,そもそも,本件性交渉後の原告の供述内容を問題とするものであり,暴行脅迫の有無という原告の供述の中核部分の信用性を特段左右するものではない。
 このほか,被告は,本件刑事事件において,原告に虚偽供述の動機がないと評価したことは不当であるなどと主張するが,被告の指摘は抽象的なものであり,前記(2)で述べた被害申告の態様に照らしても採用し難い。
イ また,被告は,本件刑事事件における被告の供述は,暴行脅迫に関する部分を除き,基本的には原告の供述と符合するのであり,信用性が高いなどと主張する。
 しかしながら,被告の本件刑事事件における供述を前提とすると,原告は,元交際相手に対し,「たすけて」などとメッセージを送信したにもかかわらず,直後に心変わりをして被告と合意の上で本件性交渉を行い,その後,再び心変わりして,ショーツを履き,ルームウェア1枚だけを羽織って,裸足で外に出て,警察官に強姦の被害申告をしたことになるが,そのような可能性は考え難く,被告の供述は信用し難い。
 被告は,本件性交渉の後,証拠隠滅行為等を行うことなく日常どおりの生活を送っていること,一貫して同内容の主張を続けていることからすると,被告の供述は信用できるなどと主張するが,被告が本件性交渉後に日常通りの生活を送っていたとしても,原告と合意の上で本件性交渉を行ったことが裏付けられるわけではないし,一貫して同内容の主張を続けていたとしても,上記の供述内容の不合理性に照らせば,被告の供述は信用できない。そして,このような信用性に乏しい被告の本件刑事事件における供述をもって,原告の供述の信用性が左右されることはないというべきである。
(4)以上のとおり,原告の本件刑事事件における供述は信用性の高いものであり,これによれば,本件について,前記(1)の事実を認めることができ,原告は,被告から暴行脅迫を受け,同意なく本件性交渉が行われたと認められる。
 また,本件性交渉の前に,前記前提事実(2)記載の顔面打撲等の傷害は負っていなかったことからすると,上記の傷害は,本件性交渉に際して生じたものと認められるから,原告は,被告による強姦致傷の被害を受けたといえる。
2 争点2(損害の発生及び数額)
(1)慰謝料について
 被告による強姦致傷の態様,これにより原告の被った恐怖感や屈辱感及び社会生活上の支障の程度,その他本件全証拠及び弁論の全趣旨によって認められる本件不法行為に関する一切の事情を総合考慮すると,慰謝料として400万円を認めるのが相当である。
(2)弁護士費用相当損害金について
 本件訴訟の類型,難易度,認容額その他本件全証拠及び弁論の全趣旨によって認められる本件訴訟に関する一切の事情を考慮すると,弁護士費用相当損害金としては40万円を認めるのが相当である。
第4 結論
 以上によれば,原告の請求は理由があるから,全部認容すべきである。
 よって,被告に対して440万円及びこれに対する平成29年4月22日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を命じた仮執行宣言付損害賠償命令を認可することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第1部
裁判長裁判官 前澤達朗 裁判官 中畑章生 裁判官 神本博雅