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最高裁判所判例解説刑事篇
昭和60年度201頁
福岡県青少年保護育成条例違反被告事件昭和60年10月23日
高橋省吾
前掲各裁判例が説示するように、刑法の強姦罪等は主として個人の性的自由を保護法益とし、その処罰の対象となる性行為も自由意思の制圧ないしこれに準ずる場合としているのに対し、本条例の淫行罪は青少年の特質にかんがみてその健全な育成を図る見地から、青少年の育成を阻害するおそれのある淫行を禁じ、たとえそれが青少年の同意に基づくものであったとしてもその相手方を処罰することにしたものであるから、両者は処罰の趣旨・目的、内容(対象となる性行為の態様)等を異にするというべきである。そして、本条例の淫行処罰規定の保護法益を右のように解する以上、右規定違反の行為について必要な捜査が行われ公訴の提起がなされたとしても、そのことが直ちに青少年の保護育成上有害であるとはいえないのであって、親告罪とするか否かは右規定のもたらす現実的影響、地方的特性等をも考慮した立法政策上の問題というべきものと思われる。
また、刑法一八〇条一項は、被害者の感情を考慮して強姦罪等を親告罪としているが、二人以上の者によって現場において強姦罪等が犯された場合(同条二項)や被害者に致死傷の結果を生じた場合(同法一八一条)には、被害者の感情を尊重すること以上に犯人を処罰することの必要性が大きいと考えられるところから、もはや親告罪とされていない。本条例の淫行罪は、前叙のとおり、強姦罪等とは罪質・保護法益を異にしている上(注一五)、青少年が合意の上で淫行をしたときには、その青少年が強姦罪等のそれと同様の被害者とはいえないと思われること、また、親告罪としたのでは、合意の上での淫行の場合、規制目的を達しえないことも考えられることなどに徴すると、本条例の淫行罪が青少年の告訴を要件としていないとしても、必ずしも刑法との整合性を欠いて不合理であるとはいえないと思われる。因みに、児童福祉法の淫行罪(同法三四条一項六号、六〇条一項)は非親告罪である。
(注一五)
本条例の淫行罪は、淫行は青少年にとってはそれ自体で健全育成に対する抽象的危険を招くものであるという認識に立った上で、青少年以外の者に対して、このような危険を回避すべき義務を課し、右義務違反に違法性を認めているものと解することもできよう(亀山継夫「児童に淫行をさせる罪(その二 研修三四七号六〇頁参照)
亀山継夫「判例研究 児童に淫行をさせる罪 その2」(研修347号60頁)刑事局青少年課長
児童福祉法の淫行罪についての以上のような理解を前提とすると、条例の淫行罪の性格は、おのずから明らかになるといえよう。両者は、共に児童の健全な成長を保護法益とするものであるが、条例の性質上、後者は、前者に対する補充法的性格を有するものであること、後者が単に児童の淫行の相手方となることを構成要件としていること等からみれば、前者が「淫行」と「させる」の2要件によって、児童の健全な成長に対する現実の侵害ないしはそれに対する具体的危険を対象とするのに対して、後者は、児童が淫行をすることによる抽象的な危険を対象とするものと解する。
児童を相手方とする全く任意の性的交渉は、もし相手方が成人であれば単に不道徳な行為というにとどまるものであり、まして児童の側からの誘いかけがあったような場合には、その誘いに応じたというだけで処罰の対象となる点において広きに過ぎるという感があることは免れないが、これを前掲13ないし15の裁判例のように、構成要件的に限定しようとすると、児童福祉法の淫行罪との違いが明らかでなくなってしまい、ことに、15ないし18のような限定をすると、淫行を「させる」ということと同じになる。(自己が淫行の相手方となるか、第三者を相手方にさせるかという点に違いがあるという考え方もないではないが、これについては後述する。〉条例の補充的性格、青少年保護育成条例の趣旨、目的、条例の淫行罪の体裁等を総合して考えると、条例の淫行罪は、性道徳上社会的に是認されないような性的交渉は、おとなにとってはともかく、児童にとってはそれ自体で健全成長に対する抽象的危険を招くものであるという認識に立った上で、成人に対して、ζのような危険を回避すべき義務を課したものと解するのが最もすなおな見方であろう。したがって、前出9ないし12の裁判例の考え方が是認されるべきであろう。もっとも、淫行罪の成立を否定した前掲裁判例のうち、15ないし18は、先に指摘したように一八歳以上ではあるが20歳未満の少年の犯した事犯に関するものであり、この年齢層が成人でもなく児童でもない特殊な中間層であること、青少年保護育成条例の罰則は児童か犯した場合には適用しないとされている例が多いとと、成人と同様の回避義務ないしは児童保護義務を要求するわげにはいかないこと等を考えると、結論的には妥当なものであったかもしれないということができるが、その理由付けは、違法性ないしは責任の大小、有無の点によるべきであったと思われ、構成要件の限定解釈によってその結論を理由づけようとしたところに無理があったと思われる。
熊本地裁山鹿支部s39.11.10によれば「被告は本件不法行為当時は性経験のない満十七才の未成年者で、原告乙との情交も人妻として性経験のある同原告の方に多分に被告の情念をそゝるような言動のあつたことが看取されること」の場合に6万円を認容しています。
慰藉料請求事件
【掲載誌】 判例時報399号41頁
主 文
被告は原告甲に対し金六万円を支払え。
原告甲のその余の請求ならびに原告乙の請求はいずれもこれを棄却する。
訴訟費用中、原告乙と被告との間に生じた分は同原告の負担とし、原告甲と被告との間に生じた分はこれを三分し、その二を右原告の負担とし、その余を被告の負担とする。事 実
原告等訴訟代理人は「被告は原告甲同乙に対し、各金二〇万円宛支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、その請求原因として、
一、原告等は夫婦(原告甲は夫、同乙は妻)である。
二、しかるところ、昭和三六年八月六日夜、被告丙の実母である訴外Aは、原告乙が村祭に行つた帰途同女を言葉巧みに右訴外人宅に連れ込み同家の寝所蚊帳内に寝かせてしまつた。
三、すると間もなく、被告丙が右蚊帳内に這入つて来て、嫌やがる右原告を押えつけ同女の抵抗を抑圧して強いて同女をその場に姦淫した。
四、その後も被告は右原告の右弱身に乗じて同女に肉体関係を強要し、同女は泣く泣くこれに応じて来たが、ついに同原告は被告の胤を宿して妊娠し、悲痛の極に達した。
五、しかるに被告は無情にも同原告に堕胎を慫慂し、同原告はそれに従わざるを得ず、昭和三六年一一月一〇日頃、○○郡○○村○○の○○産婦人科病院において妊娠中絶手術を受けた。
しかして、被告は右原告の右妊娠中絶に必要な書類の作成に際し、擅に原告甲の氏名印章を冒用し、なお右手術費の半額を負担するとの約束もその後反古にして一銭も支払わない。
六、被告の右不法行為に因り、原告乙は精神上、肉体上一生拭い去ることのできない苦痛を味わされたのであり、また原告甲は妻の貞操に対する独占権を侵奪され、かつ妻を姦せられたことによつて著しく名誉を毀損され精神上堪え難い苦痛を蒙むつた。
よつて、原告等は、被告に対し、右各精神的損害に対する慰藉料として、各金二〇万円宛の支払を求めるものである。
旨ならびに被告訴訟代理人の主張中、原告等訴訟代理人の主張に反する分および「原告甲は被告に対する慰藉料請求権を抛棄したものである。」との抗弁はいずれも否認する旨各述べ、立証《略》
被告訴訟代理人は「原告等の各請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」旨の判決を求め、答弁および抗弁として、
一、原告主張請求原因事実第一項は認める。
二、同第二項中、昭和三六年八月六日夜、原告乙が被告方に来てその蚊帳内に入つたことは認めるが、同女が訴外Aによつて言葉巧みに被告方に連れ込まれ、かつ同女の誘いによつて同家の寝所蚊帳内に寝かされてしまつたとの点は否認する。当夜右Aは他出不在中であつたものである。
なお、右原告が当夜村の祭りに行つたということは知らない。
三、同第三項中、被告が右蚊帳内に入つたことは認めるが、それは右原告乙の誘いで入つたものであり、当時右蚊帳内には被告の弟妹も一緒に寝ておつたものである。
しかして、原告乙は人妻で性に関心があり、当時夫である原告甲が出稼ぎ中で空閨を守つていたことから、被告に対し、同人を前から好きだつた等と積極的に働きかけて性交したものであり、全くの和姦であつて、絶対に強姦などというものではない。
四、同第四項中、その後被告と原告乙との間に数度の性的交渉のあつたことならびに同原告が妊娠したことは認めるも、その余の点は否認する。
五、同第五項中、被告が原告乙から堕胎したいと相談をかけられこれに同意したことならびに妊娠中絶手術を受けるための虚偽文書の作成に同意したことは認めるが、被告の方から堕胎を進めたり、手術費用の半額を負担する旨約束したり、右虚偽文書作成のため原告甲の氏名を冒用し同人の印章を冒捺したとの原告主張は否認する。
なお、原告乙が右中絶費用の半額を支払つたということは不知。
六、同第六項については、原告乙に関しては、同人が自ら招来したことで慰藉を受けるべき何らの請求権も認め得られないし、また原告甲についても、同人の夫権侵害は守操義務を負う原告乙が右義務に違背して招来したことであり、同原告の誘惑に陥つたに過ぎない被告には何らの責任がない。
仮りに被告が原告乙の誘惑を拒み通さなかつた点に責任ありとするも、原告夫婦間では既に和解が成立し、現在円満に暮らしているのであるから、原告甲は右請求権を抛棄しているものというべきである。
旨述べ、立証《略》理 由
原告等が夫婦であることならびに被告が原告乙と昭和三六年八月六日夜、初めて被告方で性交し、その後続いて肉体関係のあつたことおよびこのため右原告は懐妊し妊娠中絶の手術を受けたこと等については当事者間に争いがない。
右初度性交およびその後の継続的肉体関係の動機ならびに態様について、原告等訴訟代理人は右動機は被告の暴行もしくは脅迫によるものであり、またその態様はすべて強姦である旨主張し、被告訴訟代理人は右動機は原告乙の誘惑もしくは同原告と被告間の合意によるものであり、またその態様は悉皆和姦である旨主張するので、まづこの点について審按するに、《証拠略》を綜合すると、原告乙は昭和三一年三月二一日農業を営む相原告甲と婚姻し、同人との間に長男Bを儲け、夫婦仲も円満であつたところ、右夫(相原告)甲は同三六年七月七日京都方面に長期の出稼ぎに赴いたので、原告乙は右長男(当時四才)ならびに義父母(訴外D夫婦)と共に、右相原告甲の留守をまもつていたが、同年八月六日夜右長男Bおよび被告の弟妹等を伴い○○市○○の中央グラウンドで催された花火大会を見物に行き午後一一時半頃帰村し、被告宅に立ち寄つたところ、偶々被告の実母Aが同夜所用で同家を明けることになり、同女から差支えがなかつたら同家に宿泊してもらいたい旨依頼され、俄かに同家に前記長男と共に泊ることになつたこと。そして同原告は被告方の六畳間に被告の弟妹や原告の右長男と共に床を並べ蚊帳を吊つて横臥就寝したところ、それから一〇分位経つた頃、被告が帰宅し、最初右原告等の就寝していた室と別の座敷に床をとつたが蚊帳がなく蚊に喰われるとこぼしていたので、右原告が気の毒に思い被告を原告等の寝ていた蚊帳内で就寝するように招き入れたこと。そこで被告は同原告と同じ蚊帳内に床を並べたが、同原告の横に寝ているうち、次第に情欲を催し同原告が有夫の婦であることを承知の上で同女に挑むに至つたこと。同原告は当初被告の右挑みを軽く拒んでいたが、同原告自身当時前記のように夫の出稼ぎによる空閨の侘しさをかこつておつた折柄とて、被告の右誘惑に心動き、ついに被告に身体を委せ関係するに至つたこと。右原告は被告と右のように関係してからは、次第に同被告に対し普通以上の好意をいだくに至り、その後は同人としめし合わせて、殆んど毎晩のように同人を原告宅の裏口から階下の部屋に導き入れて同衾し性交を続けて来たこと。その結果原告は被告の胤を宿して懐胎するに至つたので、両名相談のうえ、原告は同年一一月一〇日頃、居村○○所在の○○産婦人科病院で妊娠中絶手術を受けたこと。しかるに当夜被告が原告の右手術の結果を案じて原告方に忍んで来ているところを前記原告の義父訴外Dに発見され、被告と原告春代間の姦通の事実が露見するに至つたこと等の事実が認められる。
原告等訴訟代理人は前記のように原告乙は被告から強姦されたものである旨強く主張し、同原告本人尋問の結果も概ねこれに副つているが、右尋問結果における右乙の供述には、
(イ) 初度性交の夜真実被告に暴力をもつて犯されようとしたので、声を出して拒んだり、精一杯抵抗したのであるということであれば、当時傍らには被告の弟妹や原告の長男も枕を並べて一緒に寝ておつた(このことは右原告の供述から明らかである。)ことであるから同人等が眼を覚ますことは必定であり、したがつてまた被告としても、そのような状況の下ではその野望(同人にかゝる野望があつたと仮定しても)を遂げることに躊躇し、原告の反抗を抑圧してこれを強姦するというような行動はとれなかつた筈であると考えられること。
(ロ) 同原告は当夜被告から犯された後、ただただ悲しくて鳴咽し続けていたとか、その翌朝も泣き乍ら帰宅し朝食も摂れなかつたほどであると述べているが、証人Dの証言によると右翌朝帰宅時の右原告は格別平素と異つたような状況は見受けられなかつたということ。
(ハ) 同原告はその後の被告との性交もすべて被告に無理に犯されたものであり、悲しくて死んでしまおうとさえ思つたと述べているが、もしそのような状況であつたとすれば、右各性交に際し原告も当然抵抗したことであるから、それが同一家屋の二階に寝ている義父母(D夫婦)の耳に入らない筈がなく(老人が夜間眼覚め易いことは経験的公知の事実である。)また同原告としても、右のように被告から襲われることを警戒し、むしろ進んで義父母と寝所を同じにするなどしてその難を避ける等の所為に出ていた筈であり、外部から侵入されて犯され易い階下に一人寝(子供とは一緒であるが)するということはあり得ないということ。
等随所に不自然なところがみられ、只管自己弁護に終始したものであつて、信憑性に乏しいものが認められるのみならず、前記乙第一号証(右乙が参考人として司法警察員に供述した供述書)中における同人の供述記載と対比すれば、右尋問結果には到底信を措くことができない(同原告本人尋問における同人の供述は夫たる相原告甲同席の法廷でなされたものであつて、同女の置かれている立場上真相の表白を期待し得ない状況にあつたことは容易に推知し得るところである。)。
また証人Dの証言中には右原告乙は極めて温順、かつ内気で夜になつたら一人では外にも出られないほどである旨の供述があるが、これまた右原告が夜間幼児と二人きりで階下に就寝しておつたこと(被告との媾曵前も)や、前記妊娠中絶の手術を同村内のしかも夫甲の姉夫婦(E夫婦)が住んでいる近く(同じ○○部落)の産院で受けていること等のやゝ放胆的と思われる性格も窺われる事実(以上の事実は前記乙第一号証によつて明認できるところである。)の存在に徴し到底信用できない。
その他被告と原告乙との間の姦通行為に関する前記認定を覆えして、被告が右原告を強姦したものであると認定するに足る証拠は存しない。
そうすると結局被告と原告乙とは右姦通行為によつて、相原告甲が妻たる原告乙に対して有する貞操を守るべきことを要求する権利を侵害したものというべきであるから、被告と右乙の両名が共同不法行為者として、原告が右姦通によつて蒙むつた損害を賠償すべき義務の存することは明らかであるが、原告乙において被告に対し、貞操を奪われたことを前提とする慰藉料の請求をなすことは全く失当であるものといわなければならない。
尤も同原告が被告との性交の事実が露見してその夫たる相原告甲や義父等から辛い仕打ちを受け精神的肉体的に相当の苦痛を受けるに至つた事実は認められるが、これは同原告乙において、その夫に対する背信行為により自らその原因を招いたものとして当然甘受しなければならないところであり、これが責を被告に転嫁することは許さるべきものではない。
一方被告訴訟代理人は原告甲の夫権侵害は右原告乙がその守操義務に違背し招来したものであつて、同原告の単独責任に係り、かゝる義務がなく、ただ右原告の誘惑に陥つたに過ぎない被告には何らの責任がない旨、また仮りに被告が人妻たる右原告の誘惑に陥りその情を受けた点に責任があるとするも、既に原告夫婦間では和解が成立し、夫たる原告甲は妻たる原告乙の前記守操義務違反を赦して現在円満な夫婦共同生活に復帰しているのであるから、原告甲は被告に対する賠償請求権も当然抛棄したことになるというべきである旨、それぞれ主張するので、まづその前半の相姦者は元来守操義務がないのであるから、姦婦の誘惑に陥りその情を受けたに過ぎないような場合は夫権侵害の責任はないものである旨の主張について按ずるに、およそ姦通は有夫の婦と相姦者両者の性交によつて成立する、いわゆる必要的共同不法行為(必要的共犯的なもの)たる性質を有するものであり、これはたとえ右両者の間にそのいずれかが能動的もしくは積極的で、他は受動的もしくは消極的であるというような差違があつたり、一方が他方を誘惑し、他方は一方の誘惑に陥つたに過ぎないというような関係があつたとしても、それが全く片面的な不法性交(強姦もしくは責任能力のない男子を相手とする有夫の婦の性交行為等)となるものでない限り、右共同不法行為性には消長がなく、右有夫の婦もしくはその相姦者のいずれか一方による単独の不法行為となるものではない。
したがつて、守操義務そのものは妻の固有的負担に属するものであるとしても、その相手となる男性(責任能力のない相姦者を除く)も右守操義務を有する人妻との性交行為によつて本夫の妻に対する右守操義務要求の権利(夫権)を必然的に侵害する結果となるものであるというべく、仮りに本件被告の立場が右乙の誘惑に陥りその情を受けたに過ぎないものであるとしても、被告において責任能力を有し、かつ右乙が有夫の婦であることの認識を有する以上、相姦者としての責任を免れ得べきものではないものといわなければならない。
しかして、被告が右乙との性交時、同女が有夫の婦であることの認識を有したことは既に認定したとおりであり、また同被告に右性交(共同不法行為)時自己の行為の結果を弁識するに足る精神能力、すなわち責任能力が存したことも被告本人尋問の結果等に徴し明白である。
したがつて、被告には原告甲の夫権侵害に対して何らの責任がない旨の被告訴訟代理人の所論は到底採用の限りでない。
つぎに同代理人の本夫の相姦者に対する賠償請求権は夫婦の和解により抛棄されたものとの事実上の推定を受けるべきものである旨の主張について判断するに、およそ姦通の当事者に対する不法行為責任については、被害者たる本夫が事前に該姦通行為を縦容した場合は別として、事後において妻と和解し円満な夫婦共同生活に復帰したとしても一旦成立した右不法行為たる姦通行為の違法性は阻却せられるものではない。
しかして、かように夫婦間に和解ができた場合、被害者たる本夫は妻に対してはその守操義務違反による不法行為責任を免除(宥恕)し、これが賠償請求権も抛棄したものと推定するのが相当であるが、相姦者に対しては右本夫において明示的な責任免除ないし賠償請求権抛棄の意思表示をなさない限り寧ろ反対に解すべきことはこの種不法行為による被害者の意思解釈上当然の帰結であると考える。
尤も姦通行為に対する刑事責任が認められておつた当時においては、姦通罪は本夫の告訴を待つて論ずる(昭和二十二年法律第一二四号による刑法一部改正前の刑法第百八十三条第二項)ものとされ、かつこの告訴は婚姻を解消しまたは離婚の訴を提起した後でなければ許されず、もし本夫が姦婦と再び婚姻しもしくは離婚の訴を取下げた場合は告訴を取消したものと看做される(旧刑事訴訟法第二百六十四条)ことになつていたので、その当時における刑事責任としては、夫婦が和解し婚姻生活を継続する場合においては妻の姦通行為に対する事後の宥恕が行われたものとして相姦者に対する告訴権も消滅する効果を来たし、これに伴つて同人に対する民事上の賠償請求権も被害者たる本夫において、これを留保する旨の意思表示をせず、かつ相当期間不行使の状態で放置するときは、事実認定の上において該請求権を抛棄したものとの事実上の一種の類推を受ける場合の生じた事例も存したのであるが、勿論事実上の推定として一般化したものではなく、刑事責任がなくなつた今日においては、かゝる相姦者に対する刑事告訴権の消滅に伴つて民事賠償権の抛棄を事実上類推するという余地は全く存しないものといわなければならない。
しかして、本件において原告甲が被告に対し、その姦通を宥恕し、同人に対する賠償請求権を抛棄する旨の明示的な意思表示をなしたものと認むるに足る証拠は何ら存しないのであるから、同原告が被告に対する慰藉料請求権を抛棄した旨の被告訴訟代理人の主張も到底これを採用するに由ないものである。
よつて、進んで原告甲の被告に対し求め得べき慰藉料の額について考えるに、《証拠略》を綜合すると、原告甲は居村の高等小学校を卒業後農業に従事し、その実父D名義で家屋敷および田畑約一町歩を有する外はこれという纒まつた資産がなく、被告の本件不法行為当時は季節労働者として、建築工事関係の仕事に就労するため○○府下○○町に出稼ぎしていたもので、相原告たる妻乙との間には一男(当時四才)を儲け、夫婦仲も円満であつたこと。しかるに被告と右相原告乙との本件姦通行為により、それまで妻を信じて疑つたようなことの曽てなかつた原告としては精神上甚大な打撃を受け、一時は妻を殺してしまいたいというようなつき詰めた気持にさへなつたが、子供のことを考えて辛抱し思い直したこと。この件(妻の姦通)のため郷里には居辛くなり、その後出稼ぎ地の前記○○町に間借りの家を求めて相原告乙と子供も呼び寄せ同地に居住するようになつて現在に至つていること。夫婦仲は一時深刻な危機に陥つたが、相原告乙のその後における深い反省と原告の自制によつて漸次平静に向い、現在は概ね円満な状態に復しておること。等の事実が認められ、これに反する証拠はない。
また《証拠略》によると、被告は本件不法行為当時は性経験のない満十七才の未成年者で、原告乙との情交も人妻として性経験のある同原告の方に多分に被告の情念をそゝるような言動のあつたことが看取されること。被告はその実母Aの名義で田約一反七畝ならびに宅地約五畝および藁葺平家建住家同納屋各一棟を所有するも、右田は他に借金の担保に入つており、なお被告自身はその後自動車運転の免許を取り、最近漸く○○市内で運転手として就職したが、未だ生活に余裕を生ずるまでには至つておらず、後記受傷に因る治療費も現在猶全額未払であること。原告乙との本件姦通の事実が原告甲等に判明後同原告宅に呼び出され、同人ならびにその親族数名の者に取り囲まれて難詰され、慰藉料として八〇万円の支払方を要求されたが、その不可能であるとの故をもつてこれを拒絶するや、右原告等に交々殴打、足蹴等の集団暴行を受け一時意識を失う程度の重篤症状に陥り、頭部打撲挫傷、項部、右手関節打撲挫傷、脳震盪により七五日間入院し、退院後も一一日間通院して治療を受けたこと。等の事実が認められ、《証拠の認否略》
以上の認定事実によると、被告が有夫の婦である乙と約三ヶ月間にわたつて情を通じ合い、そのため平和なるべき原告甲の家庭にたとえ一時的にもせよ深刻な危機を招来し、かつ同原告をして当分他郷に居を求めざるを得ない結果に至らしめたことは明らかで、これによつて右原告に蒙むらしめた精神的苦痛は決して軽くないものと考えられるが、他面同原告また、被告に対し前記のような報復的手段ともみられる集団暴行を加へ、同被告をして重傷を負わしめており、勿論かゝる報復的行為が許されないものであることは自明の理であるが、客観的にはそれは姦通の被害者たる同原告の精神的苦痛を事実上緩和する方法として広義のいわゆる報復的賠償(ヴインデイクチブ・ダアミッヂェと称されるもの)−−もとよりそれ自体は刑事責任と民事責任が分化しておらなかつた時代の遺物で、私的制裁ないし私的刑罰の許されない現行法制下においては不法として到底容認し得られない賠償方法であるが、−−の性質を有するものであるから、これによつて同原告の精神的苦痛が事実上相当程度緩和軽減され慰藉の実を得ておること(しかし、これは民法第五〇九条の適用に対して異を唱へるものでは勿論なく、また同条に抵触するものでもない。)はこれを認めざるを得ず、なお被告の不法行為にも拘らず、同原告と相原告乙間の夫婦関係にはついに破綻を来たさずに済んだことならびに被告は原告等に対し前記暴行による受傷の治療費は請求しているが、右受傷により蒙むつたとみられる精神的苦痛に対する慰藉料については自制謙抑してこれが請求をなしておらないこと(これは当裁判所に顕著な原告丙被告甲外五名間の当裁判所昭和三七年(ワ)第二三号治療費等請求事件の記録に徴し明白である。)等の事情が存するので、かゝる事情の存在に前認定のような原告甲の学歴、職歴、資産関係ならびに被告の本件不法行為時における年齢、現在の生活状態等を併せ考慮するときは、被告が原告甲に対し支払うべき慰藉料は金六万円をもつて相当とするものと考える。
したがつて、右原告の被告に対する本訴請求は右金六万円の限度においては理由があるからこれを認容し、右限度を超える部分ならびに原告乙の被告に対する請求はいずれも失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条、第九十二条本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石川晴雄)
https://c-3.bengo4.com/n_4733/
●17歳の娘は慰謝料を請求される?
「今回のケースで、上司の妻から、上司の交際相手である娘さんに対する不倫慰謝料を請求する場合、(1)請求根拠となる不法行為(民法709条)が成立するか否か、そして(2)成立するとして慰謝料額はいくらが妥当か、という2点が大きな論点になります」
澤藤弁護士はこのように述べる。「まず、娘さんの責任について検討してみましょう。
(1)については、上司に無理やり肉体関係を持たされたといった事情がない限り、17歳の未成年とはいえ、自らの意思で既婚男性と肉体関係を持ったのであれば、不法行為自体は成立すると判断されるでしょう。
もっとも、(2)の慰謝料額については、娘さんが17歳の未成年であり、他方、相手が22歳の成人であって、かつバイト先の上司であったことなどの諸事情を踏まえると、上司の責任の方が重いと考えられ、通常の慰謝料より相当程度低い金額の慰謝料しか認められない可能性が高いです」