児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

判示の一連の被告人の行為(特に,自己の股間を被害者の顔に押し付けようとする行為)が性的意味合いを有する行為であることは明白であり,医師である被告人と製薬会社のMRである被害者の関係性なども踏まえると,強制わいせつ罪としての処罰に値しないほど軽微な行為といえないことは明らかである。(津地裁R2.12.4)

判示の一連の被告人の行為(特に,自己の股間を被害者の顔に押し付けようとする行為)が性的意味合いを有する行為であることは明白であり,医師である被告人と製薬会社のMRである被害者の関係性なども踏まえると,強制わいせつ罪としての処罰に値しないほど軽微な行為といえないことは明らかである。(津地裁R2.12.4)
 「わいせつ=ある程度の強度をもつ性的意味合いを有する行為」という定義でしょうか。

職業 医師
事件名 強制わいせつ致傷
公判出席検察官 辻雄介
同 喜多村思穂
公判出席弁護人 西澤博(主任)
同 飯田真也
同 辻井拓夫
同 岩田和恵


       主   文

被告人を懲役3年に処する。
この裁判が確定した日から5年間その刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。


       理   由

(罪となるべき事実)
 被告人は,平成27年3月24日午後1頃から同日午後1時30分頃までの間,三重県松阪市 整形外科診察室において,別紙の1記載の製薬会社のMRである被害者甲(当時30歳。以下,単に「被害者」という。)に対し,椅子に座っていた被害者の乳房を着衣の上から触り,被害者の額にキスをした上,被害者甲の顔に自己の股間を押し付けようとし,もって強いてわいせつな行為をし,その際,これを避けようとした被害者を椅子から転落させてその顔面を床に打ち付けさせ,よって,被害者に全治不能の外傷性視神経損傷の傷害を負わせた。
(証拠の標目)《略》
(争点に対する判断)
1 争点
 本件の主たる争点は,〔1〕被告人が被害者の乳房を着衣の上から触り,被害者の顔に自己の股間を押し付けようとする行為を行ったか否か,〔2〕被告人のした行為が強制わいせつ罪にいう「わいせつな行為」に当たると評価できるか否か,〔3〕被告人において,被害者が被告人の行為について容認(同意)していると誤信していたという(合理的な)疑いはないか,の3点である。なお,その他,〔4〕強制わいせつ致傷罪が成立するためには,被告人が被害者の傷害結果について予見できていたという要件が必要か否かも争われている。
2 争点〔1〕についての判断
 まず,被告人が被害者に対して行った行為の内容(争点〔1〕)について検討する。
(1)被害者及び被告人の供述内容
 被害者は,当公判廷において,〔ア〕「被告人は,自分の胸目掛けて,上から,下から,横から,ランダムに手を伸ばしてきた。『やめて』とか『やめてください』と言いながら,自分の手で被告人の手を払いのけたり,両腕をクロスさせる形で胸をガードした。被告人の手が当たらないこともあったが,複数回は実際に胸に当たった」,〔イ〕「被告人が椅子から立ち上がって,キャスターの付いた丸椅子に座っていた自分に近付いてきて,背伸びをするような姿勢をとりながら腰を前に突き出して股間を強調し,自分の顔に向けて股間を突き上げるような動きをしてきた。すごく驚いて,『やめて』とか『やめてください』と言いながら,身体をよじり,椅子に座ったまま後ろに下がった。椅子から落ちそうになって,被告人から『危ない,怪我したら』と言われた。このとき,被告人が股間を強調する仕草をしてきたことについて,『何でそんなに大きくなろうとするんですか』と言った」,〔ウ〕「その後もう一度,被告人が椅子から立ち上がって,丸椅子に座っていた自分に向かって近づいてきて,自分の顔に向けて股間を近づけてきた。すぐ近くには被告人がいてすぐ後ろには診察室入口のドアがあったので逃げ場がないと感じて,とっさによけようとして椅子から転落し,顔を床にぶつけた」などと供述している。
 これに対し,被告人は,当公判廷において,〔ア〕「被害者甲の上半身に向けて手を伸ばしたことはあったが,被害者甲の胸を触るつもりはなく,当たらない距離で上半身に手を伸ばして,触るふりをしただけである。被害者甲から胸をガードされていたこともあって,被害者甲の胸に手は当たらなかった」,〔イ〕「股間を強調する仕草をしたとされる1回目の行為については,被害者甲から離れた場所で,自分の身体の正面を被害者甲に対して横に向けた状態で,股間を強調する動作をしただけであって,被害者甲の顔に股間を近付けることはしていない。なお,『危ない,怪我したら』という発言はしたが,その直前に被害者甲の膝をつつく動作をしたときに,被害者甲が大きく椅子を引いてバックして,後ろの診察室の入口にぶつかりそうになったことを受けてしたものであって,股間を強調する動作とは関係がない」,〔ウ〕「被害者甲が椅子から転落するきっかけとなった行為については,椅子から立ち上がって,向かい合って座っていた被害者甲の胸元に向けて手を伸ばしてつつこうとしたところ,被害者甲が体をひねってよけたために,バランスを崩して転倒したものであって,このときに股間を強調するような動作はしていない」旨供述している。
(2)検討の前提となる事実関係
 関係証拠によれば,これら供述の信用性を検討する前提となる事実関係として,次のとおりの事実が明らかに認められる。
ア 犯行時の状況
 被害者甲は,被告人から上半身に向けて手を伸ばされるなどした時点(前記〔ア〕の時点)においては,「やめてください」などと言いながら被告人の手を払いのけるなどして受け流していたのに対し,被告人から股間を強調する仕草をされたとされる時点(前記〔イ〕〔ウ〕の時点)においては,被告人の行為を避けようとして,被告人から「危ない,怪我したら」と声をかけられたり,現にバランスを崩して椅子から転落するに至っており,後者の時点(前記〔イ〕〔ウ〕の時点)においては,被告人の行為を真剣に避ける必要を感じさせるような切迫した状況があったことが如実にうかがわれる。
イ 犯行直後の被害申告状況
 被害者甲は,本件犯行当日の夕方に,職場の同僚(女性)から左目の上にけががあるのを見とがめられて,その理由を問いただされる中で,「被告人に股間を顔に押し当てられた。これを避けようとしてバランスを崩し,床で左目をうった」旨の説明をし,さらに,本件犯行翌日にも,上記の同僚から報告を受けた職場の責任者(男性)から事情を聴かれて,「被告人に,胸を揉まれたり,顔をなめられたり,股間を顔に押し付けられたりした」旨の説明をした。
 しかも,これらの被害申告をした際,被害者甲は,非常に混乱した精神状態の中で,涙を浮かべながら,職場の同僚や責任者から問われるままに,絞り出すようにして被害状況を話したと認められるし,警察への通報を頑なに拒否し,MRとして被告人の医院の担当を継続することを希望していたと認められる。このように被害申告時の状況は,一定の思惑をもって殊更な虚偽・誇張を述べる余裕があったとは考えにくいだけでなく,被告人を貶めるような殊更な意図をもって被害申告を始めたとは考え難いものであった。
(3)被害者甲及び被告人の供述の信用性
 被害者甲供述は,その内容において殊更な虚偽や誇張を疑わせるような不自然な点はなく,本件時の状況を録音した音声データ等の他の証拠と明らかに齟齬する点もない上,前認定の犯行時の状況や犯行直後の被害申告状況によって強力に裏打ちされているから,十分に信用することができる(なお,被害者甲供述は,事件直後に被害申告を受けた職場の同僚や責任者の供述との間で,(a)被告人から胸を揉まれたのか,触られたにとどまるのか,(b)被告人から股間を顔に押し付けられそうになった際,被告人が椅子の上に立っていたのか,床に立っていたのかなどの点につき,若干の食い違いが認められるが,非常に混乱した精神状態の中で断片的に語られる被害者甲の話を,聞き手の側が想像で補いながら被害状況を認識したことによって,若干の食い違いが生じたものと理解できるから,被害者甲供述の信用性を揺るがすほどの問題とは見なかった。)。
 これに対し,被告人の供述は,前認定の犯行時の状況や犯行直後の被害申告状況と整合性がなく,信用することができない。すなわち,被告人の言うような軽微な行為がなされたにとどまっていたのなら,被害者甲が椅子から転落するほどの事態になるとは考え難いし(前記(2)ア),被害者甲が大変な精神的ショックを受けるとも考え難い上(前記(2)イ),被害者甲が本件の直後に一定の思惑をもって殊更な虚偽・誇張を述べたということになるが,本件においてそのような可能性を現実的な問題として考慮する余地がないことは前に述べたとおりである(前記(2)イ)。
(4)結語
 以上の次第で,被害者甲証言に依拠して,判示のとおりの行為を被告人が行ったものと認定した。
3 争点〔2〕についての判断
 次に,被告人の行為が強制わいせつ罪にいう「わいせつな行為」に当たるといえるか否か(争点〔2〕)について検討するに,判示の一連の被告人の行為(特に,自己の股間を被害者甲の顔に押し付けようとする行為)が性的意味合いを有する行為であることは明白であり,医師である被告人と製薬会社のMRである被害者甲の関係性なども踏まえると,強制わいせつ罪としての処罰に値しないほど軽微な行為といえないことは明らかである。
4 争点〔3〕についての判断
 さらに,被告人において被害者甲が容認(同意)していると誤信していたという(合理的な)疑いはないか(争点〔3〕)について検討すると,関係証拠によれば,〔1〕被告人と被害者甲の間には,医師と製薬会社のMRという関係があるだけでプライベートの付き合いはなく,常識的に見て,被害者甲が被告人の性的な行為を受入れる素地は全くなかったこと,〔2〕被害者甲は,被告人から胸を触られそうになった際,何度も「やめて」などと言って拒絶の意思を表示したり,自己の手で胸をガードし,自己の手で被告人の手を払いのける行為を行っており,被告人も,被害者甲が身体を触られたくなくてこのような言動をとっていることを分かっていたことが認められる。これらの事実を踏まえると,被告人において,被害者甲が嫌がっていることを認識していたことは明らかであって,被告人において被害者甲が容認(同意)していると誤信していたという疑いを差し挟む余地はない。
5 争点〔4〕についての判断
 なお,弁護人は,被告人において,被害者甲がけがをするということが全く予想できなかったとして,被害者甲の負傷結果を被告人に帰責することは許されない旨主張するが,結果的加重犯において,基本犯についての故意があり,基本犯に内在する危険が現実化した以上は,結果についての予見可能性を改めて検討するまでもなく,結果を被告人に帰責することができるものと解される(このように解するのが確立した判例である)から,弁護人の主張は採用できない(そもそも本件においては,被害者甲がけがをしたことについて被告人に過失があったことは明白であり,弁護人の主張は前提においても失当というほかない。)。
(法令の適用)
罰条 平成29年法律第72号附則2条1項により同法による改正前の刑法181条1項(176条前段)
刑種の選択 有期懲役刑を選択
刑の執行猶予 刑法25条1項
訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文
(量刑の理由)
1 本件は,見るべき前科のない被告人が,単独で,凶器を用いないで実行した強制わいせつ致傷1件の事案(なお,他に併合されている主要な罪がなく,13歳以上の被害者甲に対するものであって,わいせつ行為が既遂に達しており,傷害の程度が2週間以内~全治不能であって,犯行態様が「路上型」でも「侵入型」でもないもの。以下「本件類型」という。)である。
2 犯罪行為そのものに関する事情(犯情)に着目して,本件類型の量刑傾向を踏まえて,本件の量刑について検討する。
 本件の結果は極めて重大である。被害者甲は,顔の左目付近を床に打ち付け,左視束管骨折をし,左目に全治不能の外傷性視神経損傷の傷害を負い,十分な矯正視力が得られず,視野も狭くなるなどして,日常生活や就労に大きな支障が出ているだけでなく,容貌にも変化が生じている。多大な精神的苦痛を被っているものと認められ,被害者甲が被告人に対して厳罰を求めるのも当然のことと理解できる。本件類型中の他の事案に比べても,極めて重大な結果が生じていることが明らかである。
 しかも,被告人は,被害者甲が嫌がっていることを認識していたものの,製薬会社のMRである被害者甲が,大口顧客である被告人の機嫌を損ねるような強い拒絶の態度をとることが難しいことに乗じて,また,被告人から軽微なわいせつ行為をされても大事にすることはないものと高をくくって,被害者甲に対する軽微なわいせつ行為を常習的にしつこく繰り返す中で,行動をエスカレートさせて本件犯行に至ったものと認められる。明確な脅迫文言は用いられておらず,わいせつ行為に向けられた暴行の程度も強度とはいえないが,殊更に強度の圧力を加えなくとも被害者甲の抵抗をある程度封じることができる関係性の中で行われた常習的犯行であるから,かなり悪質といわなければならない。
 しかしながら,被告人は,強姦(強制性交等)と境を接するような苛烈な行為に及んでいないことはもとより,被害者甲の胸や性器を直接触る等の典型的なわいせつ行為にも及んでおらず,比較的軽微なわいせつ行為にとどめていたとうかがわれる上,被害者甲から「やめて」と言われると強引に行為を継続することはしないで行為を一時中断することもあったと認められる。常習的にしつこくわいせつ行為に及んでいたとはいえ,被害者甲の性的自由(保護法益)を蔑ろにした度合いという観点では,典型的な強制わいせつ事案と同列に扱うことはできないと考えられる。
 また,被害者甲が重大なけがを負ったこととの関係で,被害者甲の身体の安全を蔑ろにした度合いという観点で本件を見ると,被告人のした行為は,相手の抵抗を排除するために強度の暴力を加えたような事案とは異なり,ここまで大きなけがを招いたのも当然であると評価できるような凶悪な態様のものではなかった。被告人としても、本件犯行の際,被害者甲に対し,「危ない,怪我したら」と言っており,被害者甲が負傷する可能性を認識していなかったわけではないものの,ここまでの重大な結果が生じることを想定していなかったことは否定し難い。したがって,本件の重大な傷害結果に見合うほどに被害者甲の身体の安全(保護法益)を蔑ろにした度合いが高いとはいえないから,本件の重大な傷害結果を量刑上考慮するにも一定の限度があるといわなければならない。
 これらの事情を踏まえると,本件は,本件類型の中で,実刑以外の選択は考えられないというほどに重い事案とまではいえず,執行猶予を視野に入れて量刑を検討するべき事案といえる。 
3 以上を前提に,犯罪行為以外の事情(一般情状)を含めて更に検討すると,被告人が被害弁償として2500万円という高額の供託をした(なお供託金取戻請求権は放棄した)事実が重要であり,この事実は,被害者甲に対する慰謝の措置を講じたものとして,量刑上相応に考慮されるべきであり,この事実も加味して考えれば,本件については,酌量減軽までするのは相当でないが,刑の執行を猶予して社会内で更生する機会を与えるのが相当である。
 なお,他に,〔1〕被告人が謝罪文を被害者甲に送付したこと,〔2〕被告人が不合理な弁解をして反省が十分でないと見られる面があること,〔3〕被告人の妻が被告人の今後の監督を約束しているだけでなく,被告人も再発防止策を具体的に講じている上,被告人自身相当に懲りたとうかがわれるから,再犯のおそれが高いとはいえないことなどの事実も認められるが,これらは,純粋な一般情状であって,具体的に刑を左右するほどの事情とは評価しなかった。
4 以上の次第で,当裁判所は,主文の刑が相当であると判断した。
(求刑 懲役3年)
令和2年12月14日
津地方裁判所刑事部
裁判長裁判官 柴田誠 裁判官 濱口紗織 裁判官 山本健太