児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

3項製造罪と強制わいせつ罪の罪数関係

 いまなら、観念的競合説の判決が出ても、併合罪説の判決が出ても、判例違反になります。
 例えば、被告人が

Aが18歳未満の児童であることを知りながら、平成21年7月14日午後3時50分ころから同日午後4時10分ころまでの間、当時の被告人方において、同女(当時3歳)に対し、その陰部を露出させる姿態をとらせ、これを所携のデジタルカメラのカメラで撮影し、その静止画を電磁的記録媒体であるSDカードに記録して保存し、さらに、同女の着衣の中に右手を差し入れ、その乳首をつまむなどした

という行為をしたとして、

Aが18歳未満の児童であることを知りながら、平成21年7月14日午後3時50分ころから同日午後4時10分ころまでの間、当時の被告人方において、同女(当時3歳)に対し、その陰部を露出させる姿態をとらせ、これを所携のデジタルカメラのカメラで撮影し、その静止画を電磁的記録媒体であるSDカードに記録して保存し、さらに、同女の着衣の中に右手を差し入れ、その乳首をつまむなどし、もって衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激する同画像を電磁的記録に係る記録媒体に描写することにより、同児童に係る児童ポルノを製造するとともに、13歳未満の女子に対し、わいせつな行為をした

と書けば、観念的競合なので、処断刑期は10年(仙台高裁)。
 これに対して、途中で切り分けて、

第1 
 Aが18歳未満の児童であることを知りながら、平成21年7月14日午後3時50分ころから同日午後4時10分ころまでの間、当時の被告人方において、同女(当時3歳)に対し、その陰部を露出させる姿態をとらせ、これを所携のデジタルカメラのカメラで撮影し、その静止画を電磁的記録媒体であるSDカードに記録して保存し、もって衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激する同画像を電磁的記録に係る記録媒体に描写することにより、同児童に係る児童ポルノを製造した
第2 
 同日時同所において、Aが13歳未満の者であることを知りながら、Aの着衣の中に右手を差し入れ、もって13歳未満の女子に対し、わいせつな行為をした

と書けば、併合罪加重されて、処断刑期は13年(東京高裁)。
 同じ行為なのに、起訴状の書き方を変えると処断刑期が変わるというのは、おかしいですよね。
 
 しかも、もともと、撮影行為というのはわいせつ行為です。

この論点は、社会的見解上一個の行為かということになるので、控訴審の弁護人にこの点を突いてもらうしかないですね。
 観念的競合の判決には、吸収関係の主張を
 併合罪の判決には、観念的競合・吸収関係の主張を
してもらえば、高裁が悩むと思います。

追記
 こういう新規の論点で、高裁レベルで観念的競合だと言わせるのは大変なんですよ。併合罪の原判決に観念的競合を主張しても「独自の見解だ」と一蹴されて終わります。仕方ないから観念的競合の原判決の罪数処理を少なくなる方と多くなる方(多くなるのも被告人の利益になるので)に論難してみました。
 仙台では、弁護人が、「吸収関係だ」とか「併合罪なので、訴因不特定だ」などと主張したのに対して、検察官が観念的競合を主張して、仙台高裁も詳細に罪数関係を判示しています。東京高裁h19.11.6(2項製造罪と児童買春罪)については、事案が違うとしています。
 詳細というより、口を酸っぱくして弁護人を説得してる感じです。こんなに罪数処理について枚数をさくことはありません。

仙台高裁H21.3.3(上告中)
理由
1本件控訴の趣意は,弁護人奥村徹作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載のとおりであるから,これらを引用するが,論旨は,法令適用の誤り,訴訟手続の法令違反及び量刑不当の主張である。
・・・
1については,刑法176条のわいせつな行為は,法文上,態様について限定がなく,また,自己の裸体を他人の目に触れさせたくないという気持ちは,人間の本質的部分に由来するものであるから,強制わいせつ罪の保護法益である性的自由には,自己の裸体を他人に見られたり写真等に撮影されたりしない自由を含むものと解される。そうすると,自らの性的欲求を満足させるために,各被害児童の陰部をデジタルカメラ等で撮影した被告人の行為が,同条にいうわいせつな行為に該当することは明らかというべきである。所論は,公然わいせつ罪の主たる保護法益が善良な風俗であるとしても,多少なりとも見せられた者の性的自由が害されているから,強制わいせつ罪と公然わいせつ罪とを区別するためには,強制わいせつ罪については身体的接触を要件とすべきであるなどとも主張するが,所論も認めるとおり,公然わいせつ罪は善良な性的風俗の侵害を本質とするものであり,わいせつ行為を見せられた者の性的自由を侵害する場合があるとしても,それは副次的なものにすぎず,直接的な性的自由の侵害を本質とする強制わいせつ罪とは行為態様において大きな違いがあるといえるのであって,身体的接触を強制わいせつ罪の要件としなければ両者を区別し得ないものではない。所論は独自の見解に基づくものであって採用の限りでなく,この点において原判決に法令適用の誤りはない。
2については,上記のとおり被害児童の陰部を撮影する行為は,刑法176条のわいせつな行為に該当するというべきところ,撮影の際に電磁的記録であるその画像データが携帯電話機やSDカードに同時に記録されるような場合には,このような記録行為も撮影行為と不可分なその一部と評価できるのであるから,原判示第2から第4までの各事実における各記録行為も撮影行為の一部としてわいせつな行為に該当するということができる。したがって,この点においても原判決に法令適用の誤りはない
3については,強制わいせつ罪は,被害者の性的自由を保護するものであるのに対し,児童ポルノ法7条3項の児童ポルノ製造罪は,児童ポルノの製造が児童に対する性的搾取や性的虐待の手段等となって,児童の心身に有害な影響を及ぼすことにかんがみ,そのような行為を規制することによって児童の保護を図るものであり,両者は規制の趣旨,目的を異にするものであって,法条競合の関係に立つものではないから,強制わいせつ罪とともに上記児童ポルノ製造罪の成立を認めた原判決に法令適用の誤りはない。

・・・
なお,付言するに,各被害児童の陰部を撮影する行為は,強制わいせつ罪のわいせつな行為に当たるとともに,児童ポルノ製造罪の実行行為にほかならないから,両罪を観念的競合として処理した原判決に法令適用の誤りはなく,また,原審の訴訟手続に所論のいうような法令違反はない。

 東京高裁h19.11.6は2項製造罪と児童買春罪の事案ですが、「児童に対する強制わいせつの状況を撮影した場合に,強制わいせつ行為が2項製造罪の実行行為の一部とはいえない」と言っています。ちょっとかすっている程度ですが、これも判例です。

東京高裁H19.11.6(控訴審で確定)
本件控訴の趣意は,弁護人奥村徹作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書2通に記載されたとおりであるから,これらを引用する。
まず,児童買春行為それ自体(児童との性交ないし性交類似行為)は,2項製造罪の実行行為の一部であるとは解されず,児童買春罪と2項製造罪は,その実行行為が部分的にも重なり合う関係にはないのである(このことは,児童に対する強姦や強制わいせつの状況を撮影した場合に,強姦行為や強制わいせつ行為が2項製造罪の実行行為の一部とはいえないのと同様である。)。
次に,両罪に該当する行為は,本件においてはほぼ同時的に併存し,密接に関連しているので,自然的観察の下で社会的見解上1個の行為と評価するのが相当か否かが問題となる。
判例上,外国から航空機等により覚せい剤を持ち込み,これを携帯し通関線を突破しようとした場合の覚せい剤取締法上の輸入罪と関税法上の無許可輸入罪が観念的競合の関係にあるとされており,両罪は実行行為の重なり合いはないが,このような行為は社会的見解上1個の行為であるとされている(最高裁昭和58年9月29日第一小法廷判決・刑集37巻7号1、110頁)ので,これと本件の場合を比較検討してみると,外国から覚せい剤を携行して通関線を突破して本邦内に輸入しようとする者は,必然的に両罪を犯すことになり,いずれか一方の罪のみを犯すということは考えられない(関税法違反罪の実行の着手前に発覚した場合を除く。)が,本件の場合は,児童買春罪のみを犯し,2項製造罪には及ばないことも,逆に,2項製造罪のみを犯し,児童買春罪には及ばないことも共に十分に可能なのである。
覚せい剤輸入の場合は両罪に該当する行為はいずれも「輸入」として同質的なものといえるが,「買春」と「製造」はむしろ異質な行為であって,行為者の動態としての1個性は認めがたいというべきであろう。
さらに,本件の2項製造罪においては,児童の姿態等の撮影とこれに伴う第1次媒体への記録により第1次媒体(児童ポルノ)を製造したものとされているにとどまるが,2項製造罪においては,第1次媒体の製造に引き続き,電磁的記録の編集・複写,ネガフィルムの現像・焼き付け等の工程を経て,第2次媒体や第3次媒体の児童ポルノを製造する行為も実行行為に包含されるのであり,事案によっては,相当広範囲にわたる行為に(包括)一罪性を認めざるを得ないであろうが,児童買春罪との観念的競合関係を肯定するとすれば,いわゆるかすがい作用により,科刑上一罪とされる範囲が不当に広がる恐れも否定できないように思われる(強姦罪等との観念的競合を肯定するとすれば,その不都合はより大きいものとなろう。)。
なお,本件と同様に撮影を伴う児童買春の事案において,児童買春罪と3項製準罪が観念的競合の関係にあるとした裁判例は少なくないようであり,3項製造罪に.ついては,「児童に姿態をとらせ(る)、」行為もその実行行為に含まれるのか否かという問題が存するのであるが,両罪を併合罪関係にあると解する余地もあるように思われる。
また,撮影者が淫行の相手方となる児童淫行罪(児童福祉法60条1項,34条1項6号)の事案についても,児童淫行罪と2項製造罪や3項製造罪が観念的競合の関係にあるとした裁判例も少なくないようであるが,これらについてもなお検討が必要のように思われる。
少なくとも,これらの裁判例の結論を動かし難いものとして,本件の児童買春罪と2項製造罪の罪数関係を論ずべきではないであろう。

 こっちも詳細というより、口を酸っぱくして弁護人を説得してる感じですが、一罪の判例をたくさん紹介しているので、遠慮してしまって、鈍ってますよね。もっと一罪説をバッサリ切り捨てても良さそうなのに。
 研修等では「性犯罪と製造罪の関係について、観念的競合説に疑問を呈した判例」と紹介されるに留まっています。
 だからその後の仙台高裁H21.3.3も躊躇せずに、弁護人の主張をバッサリやってますよね。

 仙台高裁判決をいただきましたのでそれを振りかざして、福岡高裁で青少年条例違反のわいせつ行為と3項製造罪を争点にしてますが、どうなりますかね?
 強制わいせつ罪については観念的競合説に傾くと予想しています。