児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

アスリート盗撮罪についての法制審議会の議論

法制審議会 刑事法(性犯罪関係)部会
第5回会議 議事録
○長谷川幹事
もう一点は、撮影の対象です。スポーツ選手のユニフォームなどが問題となってくるのですが、衣服に覆われているということでこの犯罪の対象から一律除外されるということはないようにというか、それも検討に残しておきたいと思っています。下着が明確に入ったら、それはそれでいいのですが、ユニフォームなどについても、これは、例えばスポーツジャーナリストの写真はどうだとか、そういう区別の難しさはあるのですが、実際に撮影されたものが、見る者をしてやはり性的な羞恥心を覚えさせるような形で、着衣の上からでも撮影されているようなものについては、犯罪化の検討は論点として残しておいていただきたいと思います。
○井田部会長 それは、スポーツ選手が競技しているところを撮影する行為をすべて処罰すべきだということではないですよね。どういう場合に処罰すべきだということなのでしょうか。
○長谷川幹事 撮影行為と撮影の成果物、なかなか切り離すのが難しいかもしれないですけれども、撮影された者がスポーツをしているところを普通に撮影しているものと評価されないもの、例えば、殊更に、胸の谷間のところを強調して撮影しているだとか、見ている人が性的な羞恥心を覚えたりするようなものについては対象とすると、そういうものを撮影したことが構成要件としてなっていく形を考えています。
○橋爪委員 一点質問させていただきたいのですが、具体的にどのような処罰規定を設けるべきという御提案でしょうか。
○長谷川幹事 処罰規定というのは、法定刑などでしょうか。
○橋爪委員 むしろ具体的な構成要件の内容です。スポーツ選手の臀部や胸部などをアップにする写真を撮影する行為を対象にされていると思いますが、具体的にどのような行為態様を規定した上で、どのような構成要件を設けるべきとお考えかについて、お伺いさせてください。
○長谷川幹事 ほかの要件についてまだ分からないのですけれども、着衣の有無にかかわらず、人の性的な部位、臀部とか、そこの定め方は少し置いておきますが、そういったものを強調又は露出するような方法で、かつ、人に羞恥心をもたらすような画像とか、何かそのような、すみません、まだ練れていないですが。わいせつ物頒布罪の判例の定義とか、いろいろな定義を参考にして持ってきたらと思うのですが、そういう二つの要素を構成要件にした形を考えています。
○橋爪委員 今の点に関連しまして、私も意見を申し上げたいと思います。長谷川幹事がおっしゃったとおり、スポーツ選手の臀部とか胸部をアップにしたような画像がネットには拡散しており、そして、このような画像の公開・拡散によって、被害者の方が強い羞恥心や不快感を抱くことは当然でありまして、このような被害を極めて深刻に受け止める必要があると考えております。ただ、既に今日も議論がございましたけれども、性的な姿態の撮影を処罰する根拠は、やはり性器や臀部、胸部などの性的な部位あるいは下着など、本来は衣服の下に隠されており外部から視認不可能な部位を撮影し、かつ、その画像を固定化する点にあるように思われます。
したがいまして、この問題につきましても、性的な部位や下着など、本来は外部から視認不可能な部位が写り込んでいる場合と、水着やユニフォームなど外部から視認可能な部位のみの撮影であり、性的部位や下着が写り込んでいない場合とに分けて検討する必要があるように思われます。このうち前者の類型、すなわち、性的な部位や下着が撮影されている場合については、被害者の性的自由の侵害が明らかでありますので、これは処罰対象に含めるべきです。例えば、赤外線を用いた撮影装置を利用して水着やユニフォームを透視して性的部位や下着を撮影する行為は、当然に可罰性があると思われます。また、特殊な装置を用いていなくても、例えば、ユニフォームがずれる、透ける等したことにより、性的部位や下着が写り込んでいる場合についても、撮影者に故意がある場合には同様に処罰可能であると思われます。
これに対して後者の類型、すなわち、性的部位や下着が写り込んでいない場合には、性的部位を撮影したことを処罰の根拠にはできませんので、先ほど御提案がありましたように、別の観点から処罰の根拠を見いだす必要がございます。先ほど長谷川幹事からは、撮影行為に際して臀部や胸部を過度に強調する撮影行為を処罰対象とする旨の御提案がございました。
もっとも、仮にこのような規定を設ける場合には、具体的にどの程度まで強調すれば構成要件に該当するかに関して明確な判断基準を設ける必要があると思いますが、この点を法文上明確に規定することは極めて困難であるように思われます。また、仮にこのような規定を設けた場合でも、その場合には、性能の高いカメラを用いて通常の撮影行為を行った後、特定の部位だけを拡大する行為が横行するだけですので、このような罰則は実効性という観点からも疑問が生じます。
さらに、別の規定ぶりとしましては、行為者の目的に着目した上で、性的な目的に基づく撮影行為を処罰対象にすることも考えられます。しかし、撮影行為が通常の態様で行われた場合に、性的な意図、目的を撮影段階で認定することは極めて困難であるように思われ、このような規定形式も実効性に疑問が生じます。また、客観的には通常の撮影行為として認められているものが、本人の目的だけを根拠として可罰的な行為に転ずるというのは、理論的にも正当化し難いように思われます。
さらに考えますと、撮影者の行為態様が、例えば、被害者を羞恥させ困惑させるものであるとして、撮影行為の態様に着目した処罰規定を設ける可能性もあるのかもしれません。実際、このような観点から盗撮行為を条例違反で処罰している事例も散見されます。しかし、こういった事案は、行為者が被害者に執拗に付きまとったり、至近距離から撮影しようとするなど、行為態様の異常性を重視した判断である点が重要です。したがいまして、たとえ胸部や臀部をアップにしていても、撮影の外見や行為態様自体が一般の撮影者と変わりない場合については、撮影態様に着目した処罰も困難であろうと思われます。
このように、いろいろ考えてまいりましたけれども、性的部位や下着が写り込んでいない撮影行為については、処罰対象を明確に限定した上で、かつ実効性がある罰則を設けることは困難であるように思われます。このことは、性的部位や下着が写り込んでいない撮影については、実はその後の画像の加工行為や公開などを含めて法益侵害性が顕在化するにもかかわらず、これを撮影行為だけを切り取って処罰することの困難性に起因するものと思われます。既に性犯罪に関する刑事法検討会でも申し上げたところですが、これらの行為につきましては、まずは撮影場所や撮影方法に関する規制の強化、さらに、性的に加工された画像のアップロードに関する規制等を検討した上で、被害の可及的防止を図ることが先決ではないかと考える次第です。
○長谷川幹事 いろいろな問題点を御指摘いただき、私もまた考えたいと思います。最後の方におっしゃっていただいた、撮影行為と切り離して、加工やアップロードの時点で規制することの検討ということは、大いに進めていただきたいと思います。

p29
○井田部会長
さらに、スポーツ選手、アスリートに対する撮影について、それを処罰対象にすべきだという御意見もありましたけれども、これは犯罪を構成する行為を明確に切り分けることは難しいのではないか、また、実効的な罰則にならないのではないかということが指摘され、他方で、着衣の上からであっても、例えば透視機能のある撮影機器を用いて撮影する場合には、当然これは撮影の処罰範囲に含まれる行為になるのではないかといった御指摘がありました。また、アダルトビデオへの出演強要を処罰対象とすべきではないかという意見がありました。
これについては、別途検討している強制性交等罪、それから、撮影罪の要件を検討するときに併せて議論することがよいのではないかという御指摘がありました。言い換えると、アスリートの撮影の問題とアダルトビデオの出演強要の問題は、別途の特有の問題、あるいはそれについての特有の規定を設けるような問題としてではなくて、この撮影罪の規定ぶりの問題、処罰範囲の問題、あるいは、そもそも強制性交等罪、強制わいせつ罪の要件を考える際に併せて検討すべきだということで恐らく合意が得られたのではないかと思われました。
以上、まとめさせていただいたような御意見・御指摘を含む本日の議論を踏まえて、事務当局において更なる議論のたたき台を作っていただき、二巡目の議論では、それを基に更に議論を深めるということにしたいと思います。そういうことでよろしいでしょうか。
(一同異議なし)

法制審議会 刑事法(性犯罪関係)部会
第7回会議 議事録
○井田部会長 大変有益な問題提起だと思います。一つは、フィギュアスケートの選手が、あるいはもうちょっと一般化すると、海水浴場などで、水着姿を撮影するような行為について、どの範囲であればいわば許容限度にとどまり、どの範囲から撮影罪の対象になってくるのかの線引きの問題ですかね。もう一つは、二次提供についてどう考えるかということですが、どうでしょうか。
○橋爪委員 前半について、一言、私の理解を申し上げます。
撮影罪の処罰根拠とは、性的姿態等、すなわち一般に外部からは見られないもの、つまり、下着姿であるとか、あるいは性的部位のように、一般には外部からは見られないように衣服で覆われているものが撮影されることに伴う法益侵害に求められると思われます。そのような意味で、例えば、水着やスポーツのユニフォームなどは、外部から見られないものとはいえませんので、配布資料19の「1(1)対象」の「①」から「③」には該当せず、今回の原案では処罰対象からは除かれていると理解いたしました。
○浅沼幹事 今、橋爪委員から御発言がありましたけれども、たたき台を作成した事務当局としましても、この案としては、そのような水着姿やユニフォーム姿は、処罰すべき撮影対象には含まれていないという案として作成しています。その上で、それが適当かどうかは御議論いただきたいという趣旨でございます。
○齋藤委員 水着などもそうなのですけれども、性的な部位だと思われるところ、衣服に覆われているけれども、そこを特に強調して撮った場合みたいなことを想像したのですけれども、それは、この中には入っていないという理解でよろしかったでしょうか。
○橋爪委員 以前の部会で発言した記憶がございますが、確かにアスリートの性的な部分を強調した撮影行為が横行しており、大きな問題であると認識しております。ただ、仮に性的に強調した撮影行為を処罰するとしても、例えば、精巧なカメラを使うと、普通の撮影行為でも後から加工などをして一部だけを強調することもできます。そうすると、性的に強調した撮影行為というものを、そもそも構成要件上、処罰対象を明確に規定できるかという問題もありますし、また、性的な部分を強調した撮影行為、あるいは性的な目的の撮影行為を処罰対象にするとしても、それを実効的に処罰することは困難ではないかとも思われまして、深刻な問題ではありますが、今回の撮影罪をめぐる議論では、一応分けて考えた方がいいだろうと考えている次第です。

・・・・・・
○今井委員
他方で、このような撮影行為やこれによって生じた画像の提供行為と比べると、当罰性を下回るものではないか、あるいは、処罰すべきかどうかについて意見が分かれる、そういった外延的といいますか、撮影行為とやや距離感があるような提供等、拡散行為について、どこまでを処罰対象とするかということは、保護法益を侵害する危険性の程度を、具体的に慎重に検討して決定すべき問題だと思います。例えば、先ほども、スポーツ選手がユニフォームを着ていて、そして、その一部にフォーカスし、クローズアップするというような行為でありますとか、部会長もおっしゃっておりましたけれども、水着を着るのが当然の海水浴場でありますとかプール等で、水着の一部について焦点を当てているような行為、多々そういうことが生じていると思いますけれども、そういったことが、この部会で、ほぼ合意されつつある法益との関係で、その侵害の程度があるやなしやという点から、そうした行為を処罰対象に取り込むかを検討すべきものだと思います。
保護法益を自己の性的な姿態を他の機会に他人に見られない性的自由あるいは性的自己決定権とした場合には、今のように衣服を着けた状態の性的な部位が、画像上拡大されるなどして強調されたことによって、どの程度保護法益の侵害が生じているといえるだろうかということ、あるいは、具体的にどの程度まで強調すれば、ここで想定しています罰則の構成要件に該当するのか、そこに明確な線引きができるかという観点から、改めて慎重に検討すべきであると思います。そして、こうした加工行為、クローズアップするような行為が、保護法益の侵害を生じさせるとはいえないのだとしますと、その提供行為についても、やはり保護法益の侵害がより遠くなりますので、処罰するのは難しいのではないかと私は思いますが、また、皆さんと慎重に検討すべきだと思います。

スカート内下着撮影を試みたが短パンをはいていた場合は、性的姿態撮影罪の未遂(2条3項)か

 スカート内撮影の場合は、下着が見えてなかったら「性的姿態等」がないので、未遂にもならないでしょう。
 更衣室盗撮・トイレ盗撮であれば、カメラを仕掛ければ、そのうち下着姿になる可能性があるが、公共の場所で行きずりのスカート内盗撮の場合だと、その機会には下着にならない。

 撮影罪の保護法益については、自己の性的姿態を他の機会に他人に見られないという意味での性的自己決定権と説明されますが、下着ではない短パンをはいている場合には、自己の性的姿態を他の機会に他人に見られないという意味での性的自己決定権が侵害される危険はないので、法益侵害の危険性がありません。
 法務省の逐条説明では未遂の事例として「結果として撮影に至らなかった行為の中には、例えば、撮影する目的で撮影機器をスカートの下に差し向けてシャッターを押したが、露光不足で撮影に失敗した場合など、法益侵害の危険性を創出するものも含まれ得ることから」という例が挙げられていますが、シャッター押しても、露光十分でも、下着が写らないので、法益侵害の危険性がありません。
 浅沼検事の言葉を借りれば 「本条第1項各号に掲げる撮影行為をしようとしたものの、結果として撮影に至らなかった行為だが、法益侵害の危険性を創出するもの」とは言えないということです。
 迷惑条例の卑わい行為を検討すべきでしょう。

性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律(令和五年法律第六十七号)
(性的姿態等撮影)
第二条
1 次の各号のいずれかに掲げる行為をした者は、三年以下の拘禁刑又は三百万円以下の罰金に処する。
一 正当な理由がないのに、ひそかに、次に掲げる姿態等(以下「性的姿態等」という。)のうち、人が通常衣服を着けている場所において不特定又は多数の者の目に触れることを認識しながら自ら露出し又はとっているものを除いたもの(以下「対象性的姿態等」という。)を撮影する行為
イ 人の性的な部位(性器若しくは肛こう門若しくはこれらの周辺部、臀でん部又は胸部をいう。以下このイにおいて同じ。)又は人が身に着けている下着(通常衣服で覆われており、かつ、性的な部位を覆うのに用いられるものに限る。)のうち現に性的な部位を直接若しくは間接に覆っている部分
2 前項の罪の未遂は、罰する。

浅沼雄介検事「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律」及び「性的な姿態を撮影する行為等の処罰及び押収物に記録された性的な姿態の影像に係る電磁的記録の消去等に関する法律」警察学論集77巻1号
3 第2 項
本項は、本条第1項各号に掲げる撮影行為をしようとしたものの、結果として撮影に至らなかった行為の中には、法益侵害の危険性を創出するものも含まれ得ることから、未遂犯を処罰するものである。

法務省逐条解説
○第2条(性的姿態等撮影)
【説明】
1 趣旨
本条は、人の意思に反して性的な姿態を撮影する行為がなされれば、当該性的な姿態が記録されて固定化されるため、性的な姿態が当該姿態をとった時以外の機会に他人に見られる危険が生じ、ひいては、不特定又は多数の者に見られるという重大な事態を生じる危険があることから、これを処罰するものである。
2 撮影対象
本条の罪の撮影対象については、撮影された場合に自己の性的な姿態を他の機会に他人に見られるかどうかという意味での性的自由・性的自己決定権が侵害されるものとして「性的姿態等、すなわち、、」
○人の性的な部位性器若しくは肛門若しくはこれらの周辺部臀部又は胸部や、人が身に着けている下着のうち現に性的な部位を直接若しくは間接に覆っている部分
○わいせつな行為又は性交等がされている間における人の姿態
としている。
他方、性的姿態等のうち、撮影対象者が、人が通常衣服を着けている場所において不特定又は多数の者の目に触れる状況にあることを認識しながら自ら露出し又はとっているものについては、
○衣服を着けるなどしていれば見られないにもかかわらず、あえて自ら露出し又はとったものである以上、当該撮影対象者が、保護法益を放棄している場合があると考えられること
○性的姿態等が不特定又は多数の者の目に触れる状況であることを認識しながら自ら露出し又はとっている者が、撮影行為までも許容する意思なのか、その場で見られることだけしか許容しない意思なのかは、外形的・客観的に区別が困難であり、撮影対象者の内心で区別するほかないが、そのような内心のみで犯罪の成否が分かれることとすると、処罰の外延が不明確になると考えられることから、一律に撮影対象から除外することとしている(注1 。

・・・
4 第2項
本項は、結果として撮影に至らなかった行為の中には、例えば、撮影する目的で撮影機器をスカートの下に差し向けてシャッターを押したが、露光不足で撮影に失敗した場合など、法益侵害の危険性を創出するものも含まれ得ることから、性的姿態等撮影罪の未遂犯を処罰することとするものである。

https://news.yahoo.co.jp/articles/7730257bd1b1498207bd9e8894b12610537cd0f3?source=sns&dv=pc&mid=other&date=20240119&ctg=loc&bt=tw_up
スカート内をスマホで盗撮するも「ズボンと一体」で未遂に 会社員の男(56)を現行犯逮捕 広島
1/19(金) 17:38配信
広島駅の構内で女性のスカートの中にスマートフォンを差し入れて下半身を撮影しようとしたとして、男(56)が警察に現行犯逮捕されました。
性的姿態等撮影未遂の疑いで逮捕されたのは、広島市南区に住む会社員の男(56)です。
警察によりますと、男は18日午後0時半ごろ、JR広島駅構内の上りエスカレーターで、専門学校生の女性(21)のスカート内にスマートフォンを差し入れ、下半身を動画で撮影しようとした疑いがもたれています。しかし女性は、スカートとズボンが一体となった着衣を履いていたため、未遂に終わったということです。

https://news.yahoo.co.jp/articles/91db1a015899cdf9d7f28f18083917c426b8505f?source=sns&dv=pc&mid=other&date=20240225&ctg=loc&bt=tw_up
スマホで20代女性のスカート内を撮影 女性は“短パン” 警察は“性的姿態等撮影未遂”の現行犯で32歳無職の男を逮捕
2/25(日) 14:08配信
 男は2月24日午後7時20分ごろ、札幌市営地下鉄東豊線さっぽろ駅で、駅構内のエスカレーターを利用していた20代女性のスカートの中をスマホで撮影しようとした性的姿態等撮影未遂の現行犯で逮捕されました。
 警察によりますと、異変に気付いた女性が駅職員に相談し、事件が発覚しました。
 男は女性のスカートの中を撮影しましたが、女性が「短パン」をはいていたため、法律的には「性的姿態」とならず、未遂にとどまるということです。


法制審議会ではフィギュアスケートの衣装の下着性が議論されています。

法制審議会
刑事法(性犯罪関係)部会
第7回会議 議事録
p40
○木村委員 条文の細かいことではなくて恐縮なのですけれども、以前の部会でも申し上げましたけれども、特に盗撮行為については、広く条例で規定が設けられていることを考えれば、都道府県の区別なく、法律で統一的に規制するという時期に来ているのではないかと思いますので、それは是非入れていただければと思います。
なお、お示しいただいた配布資料19の中の「撮影する行為」という文言について、きちんと理解できているかどうかよく分からないのですけれども、どこまで含まれるのかというのは、議論する余地があるのかなと思います。条例では、例えば、県によっては機器の設置まで含むというような規定もあるようです。特に赤外線カメラ等を準備して機器を設置すれば、十分当罰性はあると思いますので、未遂罪を作るかどうかという議論と関係しますけれども、未遂のような行為も処罰できるような対応は必要なのかなと思います。
○佐藤(拓)幹事 今の木村委員の発言と重なるところもあるかと思うのですけれども、私は、配布資料19の1枚目の検討課題の、先ほどの御発言で二つ目の丸以降のところでの御意見がありましたけれども、まず一つ目の丸のところに関係して発言させていただきたいと思います。
保護法益に関してですけれども、当部会の第5回会議で議論しましたように、撮影罪の保護法益については、自己の性的姿態を他の機会に他人に見られないという意味での性的自己決定権とすることが考えられますところ、保護法益をこのように捉えることを前提に、撮影としてどのような行為を捕捉すべきかを確認しておきたいと思います。
性的な姿態の視覚的情報が記録・固定化されることによって、性的な姿態を他の機会に他人に見られる危険性が創出される一方で、性的な姿態を単に撮影機器のファインダーを通して見るだけの場合や、撮影する目的で撮影機器をスカートの下に差し入れるだけの場合、その視覚的情報は記録・固定化されませんので、先ほど述べたような意味での保護法益の侵害というものは、まだ発生していません。したがって、撮影とは保護法益の侵害が生じ得る映像の記録・固定化を伴う行為を意味し、記録・固定化を伴わない行為は撮影行為そのものには当たらないと考えるのが適当だと思われます。
もっとも、木村委員がおっしゃいましたように、結果としてこのような意味での撮影に至らない行為の中でも、例えば、撮影する目的で撮影機器をスカートの中に差し向けてシャッターを押したけれども、何らかの事情で撮影に失敗したと、記録としては残らなかったという場合などは、法益侵害が発生しなかったのは偶然にすぎず、当罰的であるように思われます。そこで、例えば、撮影罪の未遂罪ですとか、条例のように差し向けるとか機器の設置を独立の構成要件とするとか、そういったことも検討すべきではないかと考えます。
○井田部会長 保護法益について、性的自由・性的自己決定権と解すべきだとした上で、撮影というのは映像の記録・固定化という、正に保護法益の侵害が生じ得る、そういう行為を意味すると解すべきだという御意見でした。また、それとの関係で、もし未遂の可罰性を検討するのであれば、それは別途検討する必要があるということで、単にファインダーでのぞいてみるというだけでは、撮影には当たらないという御意見と理解しました。

p41
橋爪委員
ただ今の御意見に関連しまして、飽くまでも本罪が性的自由又は性的自己決定権に対する犯罪であるという観点から、撮影対象をめぐる問題について、三点意見を申し上げたいと思います。
第一点ですが、配布資料19の1枚目の枠内の「(1)対象」の「②下着」の意義です。ここでは、下着姿が性的姿態と評価できることが前提となっていると思われますので、当然ではありますが、こういう下着というのは、性的部位をカバーする目的で、被害者が現に身に着けていることが必要であると思われます。つまり、洗濯物としてベランダに干してある下着を撮影しても、本罪を構成しないということを確認しておきたいと思います。 また、私自身、そこら辺は非常に疎いのですけれども、下着と申しましても、最近ではどこまでが下着といえるか、その外延が明確ではないような気がします。ここでも飽くまでも性的な姿態の撮影と評価できる実質があることに意味がありますので、下着という概念につきましても、例えば、通常衣服で覆われているものであって、また、性的な部位をカバーするために用いられているものというような形で、何らかの限定を付すことが必要であるような印象を持ちました。

p45
齋藤委員
二点教えていただきたいなと思っているのですけれども、例えば、フィギュアスケートなどで、足を上げているときに下半身のところを強調して撮るような写真をたくさん撮っている人たちというのは、「ひそかに」でもなく、対象が、そもそもフィギュアスケートの衣装は「下着」でもないので、それはこうしたところに当たるのかということが一つと、もう一つ、配布資料19の2枚目の「2」の提供行為に関して、これは、撮影した人が誰かに提供して、その提供された人が更にまた誰かに提供した場合も、処罰の対象となる提供に当たるのかということです。そして、やはり特定・少数が除かれてしまうと、そういう写真や動画を共有する特定・少数のグループ内で共有した場合が除かれてしまうというのは、問題ではないかと思いました。
○井田部会長
大変有益な問題提起だと思います。一つは、フィギュアスケートの選手が、あるいはもうちょっと一般化すると、海水浴場などで、水着姿を撮影するような行為について、どの範囲であればいわば許容限度にとどまり、どの範囲から撮影罪の対象になってくるのかの線引きの問題ですかね。もう一つは、二次提供についてどう考えるかということですが、どうでしょうか。
○橋爪委員 前半について、一言、私の理解を申し上げます。
撮影罪の処罰根拠とは、性的姿態等、すなわち一般に外部からは見られないもの、つまり、下着姿であるとか、あるいは性的部位のように、一般には外部からは見られないように衣服で覆われているものが撮影されることに伴う法益侵害に求められると思われます。そのような意味で、例えば、水着やスポーツのユニフォームなどは、外部から見られないものとはいえませんので、配布資料19の「1(1)対象」の「①」から「③」には該当せず、今回の原案では処罰対象からは除かれていると理解いたしました。
○浅沼幹事 今、橋爪委員から御発言がありましたけれども、たたき台を作成した事務当局としましても、この案としては、そのような水着姿やユニフォーム姿は、処罰すべき撮影対象には含まれていないという案として作成しています。その上で、それが適当かどうかは御議論いただきたいという趣旨でございます。
○齋藤委員 水着などもそうなのですけれども、性的な部位だと思われるところ、衣服に覆われているけれども、そこを特に強調して撮った場合みたいなことを想像したのですけれども、それは、この中には入っていないという理解でよろしかったでしょうか。
○橋爪委員 以前の部会で発言した記憶がございますが、確かにアスリートの性的な部分を強調した撮影行為が横行しており、大きな問題であると認識しております。ただ、仮に性的に 強調した撮影行為を処罰するとしても、例えば、精巧なカメラを使うと、普通の撮影行為でも後から加工などをして一部だけを強調することもできます。そうすると、性的に強調した撮影行為というものを、そもそも構成要件上、処罰対象を明確に規定できるかという問題もありますし、また、性的な部分を強調した撮影行為、あるいは性的な目的の撮影行為を処罰対象にするとしても、それを実効的に処罰することは困難ではないかとも思われまして、深刻な問題ではありますが、今回の撮影罪をめぐる議論では、一応分けて考えた方がいいだろうと考えている次第です

 性的姿態撮影罪の未遂について論じてるのは、永井論文くらいだ

永井善之「性的姿態等撮影罪」新設の意義と課題 -不同意わいせつ罪との関係など
言語: ja
出版者:
公開日: 2023-10-31
キーワード (Ja):
キーワード (En):
作成者: NAGAI Yoshiyuki
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メタデータ
URL https://doi.org/10.24517/0002000055

三 性的姿態等撮影罪の新設による課題
 以上のような撮影罪の新設に伴い、次のような諸点についての確認や検討が必要となるように思われる。
 1 未 遂
 すでにみたように、撮影罪についてはその未遂も処罰されることから、同罪の実行の着手時期の如何が重要となる。この点まず、盗撮類型については、前述のように現在の大半の条例において撮影の前段階ながら可罰的とされている撮影機器の(差し)向けや設置という行為との対比において考えると53)、同機器を被写体に向ける時点では着手が認められようが、それを設置するのみでも足りるかは具体的な事案によると考えられ、予備に止まる場合もありえよう。
 また、不同意類型及び誤信類型については、これらの類型では、撮影行為が、不同意意思の形成等が困難な状態又は行為の性質等に係る誤信がある状態にさせて行われる場合と、それらのような状態に乗じて行われる場合の2つの類型があるところ54)、特に前者の類型についての実行の着手時期の確認を要しよう。この点については、同じく性的自由を侵害する罪としてその未遂も処罰され、性的行為が人を一定の状態させて行われる場合とそのような状態に乗じてなされる場合とを同様に処罰する、準強制わいせつ罪・準強制性交等罪(刑法等改正法案による改正前の刑法178条)とパラレルに解されえようところ、これらの罪において、性的行為が人を一定の状態にさせて行われる場合には当該状態にさせる行為の開始が実行の着手時期であると解されている55)。撮影罪における不同意類型及び誤信類型においても、撮影が人を所定の状態にさせて行われる場合には、その行為が同意なき撮影を可能にする手段としての違法性を帯びる行為であって同類型の同罪の実行行為の一部であると解されるから、そのような状態にさせる行為を撮影の意思をもって開始した時点が実行の着手時期となると解されえよう。

53)撮影罪(特に盗撮類型)の未遂の可罰化は、前述のように現在は大半の条例において撮影以前の段階の行為も処罰されていることに対応したものであろう(法制審刑事法部会第7回会議・前掲注43)40頁以下[木村光江委員、佐藤(拓)幹事]参照)。
54)このような行為態様の類型化は、刑法等改正法案による改正後の不同意わいせつ罪、不同意性交等罪についても同様である。
55)浅田和茂『刑法各論』(成文堂、 2020年)128頁、井田良『講義刑法学・各論(第2 版)』(有斐閣、2020年)129頁等参照。

嘉門優「性的姿態の撮影等罪の新設」刑事法ジャーナル78号
p52
また、本法では、「人が身に着けている下着(通常衣服で覆われており、かつ、性的な部位を覆うのに用いられるものに限る。)のうち現に性的な部位を直接若しくは間接に覆っている部分(2条1項1号イ)」も対象となる。本条の表現から、「下着」自体が有する性的な性質が問題にされるのではなく、性的部位をカバーする目的で、被害者が現に身に着けている状態の「下着」、すなわち、人の「下着姿」が性的姿態と評価できることが前提となっている。
しかし、同様の規定を有するドイツで批判されているように、「下着」にも多様なものがあり、判断が難しい場合も存在する。たとえば、スカートの下のレギンスやタイツ、ズボンの下の股引やステテコ、カッターシャツやブラウスの下のTシャツなどが問題になりうる。

p55
五対象性的姿態等
本法2条1項1号の「性的姿態等」のうち、「人が通常衣服を着けている場所において不特定又は多数の者の目に触れることを認識しながら自ら露出し又はとっているものを除いたもの」を「対象性的姿態等」と称し、一定の限定が設けられている。これは、たとえば、路上など、人が通常衣服を身に着けているような場所において、不特定又は多数人の目に触れることを認識しながら、あえて性的姿態を露出している場合や、不特定多数の人が通る道であることを知りながら、わざと裸で寝ている人を撮影した場合を除外する意図だとされる(40)。このような場合は、被撮影者自ら保護法益を放棄していると考えられるとの理解が示された(41)。
ドイツ刑法184条kにもほぼ同様の趣旨で、撮影対象の身体領域は「視線から保護されている限り」、つまり、被害者が着用している衣服によって視線から遮られていることを要件とする文言が規定されている。ただし、この要件に対し、たとえば、丈の長さが非常に短いミニスカートの裾から見えた下着を撮影したという場合に、被撮影者はふさわしい衣服を身につけるべきだったという主張が行為者側に認められるのかどうかが問題となるとの指摘があり、日本法でも同様の問題が生じると思われる。


青少年条例の「下着」

東京都青少年の健全な育成に関する条例の解説 令和元年8月
「下着」とは、上着の下に着る衣服で、特に、直接肌に着ける衣類をいい、かつ通常公衆の場所でそれのみを見せることのないものをいう。例えば、ショーツ、ブラジャー、パンティストッキングなどであり、靴下は含まない。

被写体児童自身には自身に対する性的搾取の契機を欠くため、児童ポルノ関連犯罪の主体ではない~仲道祐樹「児童ポルノ法の判例と理論的課題:自画撮りの問題をめぐって」警察学論集76巻12号

被写体児童自身には自身に対する性的搾取の契機を欠くため、児童ポルノ関連犯罪の主体ではない~仲道祐樹「児童ポルノ法の判例と理論的課題:自画撮りの問題をめぐって」警察学論集76巻12号

 法文上は児童も主体に含まれるのですが、Instagramなどで、児童が自発的に撮影済み画像を売っている場合でも児童には製造罪・提供罪は成立しないそうです。自撮りによるい供給は止まりそうにありません。

仲道祐樹「児童ポルノ法の判例と理論的課題:自画撮りの問題をめぐって」警察学論集76巻12号
以上をまとめると次の通りである。まず、自画撮り送信による姿態をとらせ製造罪は、描写および製造の点について、間接正犯としての構造を有する。刑法総論における間接正犯の一般理論からでは、背後者の正犯性を肯定することは困難であるが、姿態をとらせ製造罪の構成要件の特徴から、「姿態をとらせ」という要件を充足するような働きかけが存在する場合には、それが、児童ポルノ該当影像を送信しろという指示の性質、自画撮り行為自体の特性および児童の性的判断能力の未熟さとが相まって、被写体児童の行為が存在したとしても、これを背後者の行為と同視できるため、このような解釈から間接正犯としての姿態をとらせ製造罪を認めることが可能である。もっとも、このような解釈による場合、「姿態をとらせ」に該当する事実として、行為者からの働きかけの存在を示すことが必要となる。
次に、被写体児童自身による提供目的製造罪や公然陳列(目的製造)罪、提供罪については、児童ポルノ法の趣旨である、児童の性的搾取・性的虐待からの保護という観点から、被写体児童自身には自身に対する性的搾取の契機を欠くため、児童ポルノ関連犯罪の主体ではないという帰結が導かれる。

この見解が裁判所で通用するかは未知です。
未公開判例として児童を共犯にするものがあります。

広島高裁平成26年5月1日
1 控訴趣意中,事実誤認の主張について
エ 以上の次第であるから,原判示第1及び第3の各犯罪事実を認定した原判決には,被告人に,児童■■■が18歳に満たない児童であることに関する認識があったと認めた点を含め,事実の誤認があるとは認められない。論旨は理由がない(なお,被告人の当審公判供述の趣旨等にも鑑み,職権で判断を加えると,原判決が認定,摘示した原判示第3の事実の内容は,前記(1)で摘示したとおりである。要するに,原判決は,児童■■■の原判示の姿態を撮影して,その画像データを被告人の携帯電話機に送信し,その携帯電話機の記録媒体に蔵置させるに至らせるという,児童ポルノ製造の犯罪の主要な実行行為に当たるものを行ったのは児童■■■自身であるという事実を摘示しているが,児童■■■が共同正犯に当たるとは明示しておらず,被告人に関する法令の適用を示すに当たっても,刑法60条を特に摘示していない。他方,原判決は,本件について間接正犯の関係が成立するという事実を示しているものでもなく,本件の関係証拠に照らしても,間接正犯の成立をうかがわせる事実関係があるとは認め難い。しかし,原判決は,罪となるべき事実として,児童■■■が上記の実行行為を自ら行ったという事実は摘示し,これらの行為は,被告人が,自らの意思を実現するため,児童■■■との意思の連絡の下,児童■■■に行わせたものであるという趣旨と解される事実関係を摘示しているものと理解することが可能であるし,かつ,そうした事実関係を前提に犯情評価等を行っていると見ることができることなどに照らすと,原判決が,被告人と■■■との共謀の存在を明示せず,法令の適用に刑法60条を挙示していないことが,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りに当たるとは,いまだいい難いと考えられる。)。

わいせつ電磁的記録記録媒体陳列被告事件及び被告人両名に対する性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律(以下「AV出演被害防止・救済法」という。)違反被告事件(東京地裁r5.9.14)

 職業選択の自由を主張されたようです。

東京地方裁判所令和4年刑(わ)第2969号、令和5年特(わ)第204号
令和5年9月14日刑事第16部判決

       判   決

法人の名称 合同会社
代表者の氏名 b
職業 会社役員 b 昭和47年○○月○日生
 被告人bに対するわいせつ電磁的記録記録媒体陳列被告事件及び被告人両名に対する性をめぐる個人の尊厳が重んぜられる社会の形成に資するために性行為映像制作物への出演に係る被害の防止を図り及び出演者の救済に資するための出演契約等に関する特則等に関する法律(以下「AV出演被害防止・救済法」という。)違反被告事件について、当裁判所は、検察官倉田詩野並びに被告人両名につき私選弁護人鈴木健太(主任)、同柴田圭太、同萩原裕樹及び同豊田大将各出席の上審理し、次のとおり判決する。


       主   文

被告人bを懲役2年及び罰金150万円に、被告人合同会社aを罰金30万円に処する。被告人bにおいてその罰金を完納することができないときは、金1万円を1日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。
被告人bに対し、この裁判が確定した日から3年間その懲役刑の執行を猶予する。
被告人bから金876万3449円を追徴する。


       理   由

(罪となるべき事実)
第1 被告人b(以下「被告人b」という。)は、インターネット上の動画販売サイトを利用して、不特定多数のインターネット利用者にわいせつな電磁的記録である動画ファイルを公然と陳列しようと考え、別表記載のとおり、平成28年9月30日頃から令和4年9月19日頃までの間、29回にわたり、東京都品川区α×丁目××番×号c×××号室の当時の被告人方において、男女の性交場面等を露骨に撮影したわいせつな電磁的記録である動画ファイル29点を、インターネットに接続したパーソナルコンピューターを用いて、「d,Inc.」が管理するサーバーコンピューターにそれぞれ記録、保存させた上、令和4年10月20日までの間、不特定多数のインターネット利用者が、被告人が設定した代金を支払うことにより前記各動画の閲覧が可能な状態を設定し、もってわいせつな電磁的記録に係る記録媒体を公然と陳列した。
第2 被告人合同会社a(以下「被告会社」という。)は、千葉県市川市β×番××号e××××号室に本店を置き、性行為映像制作物等の映像制作等を業とするもの、被告人bは、被告会社の代表社員として被告会社の業務全般を統括するものであるが、被告人bは、被告会社の業務に関し、
1 令和4年9月1日、横浜市γ区δ××××番地「f店」×××号室において、
(1)別紙秘匿目録記載のA(以下「A」という。)との間で性行為映像制作物への出演契約を締結しようとするに際し、あらかじめ、同人に対し、法令で定める事項を記載し又は記録した説明書面等を交付し又は提供しなかった
(2)Aとの間で性行為映像制作物への出演契約を締結した際、速やかに、同人に対し、出演契約事項が記載され又は記録された出演契約書等を交付し又は提供しなかった
2 令和4年9月19日、川崎市ε区ζ×丁目×番×号「g店」×××号室において、
(1)別紙秘匿目録記載のB(以下「B」という。)との間で性行為映像制作物への出演契約を締結しようとするに際し、あらかじめ、同人に対し、法令で定める事項を記載し又は記録した説明書面等を交付し又は提供しなかった
(2)Bとの間で性行為映像制作物への出演契約を締結した際,速やかに、同人に対し、出演契約事項が記載され又は記録された出演契約書等を交付し又は提供しなかった
3 令和4年9月23日、東京都品川区α×丁目××番×号c△△△号室において、
(1)別紙秘匿目録記載のC(以下「C」という。)との間で性行為映像制作物への出演契約を締結しようとするに際し、あらかじめ、同人に対し、法令で定める事項を記載し又は記録した説明書面等を交付し又は提供しなかった
(2)Cとの間で性行為映像制作物への出演契約を締結した際、速やかに、同人に対し、出演契約事項が記載され又は記録された出演契約書等を交付し又は提供しなかった。
(証拠の標目)
(法令の適用)
被告人bについて
罰条
判示第1の行為
包括して刑法175条1項前段
判示第2の1(1)、第2の2(1)及び第2の3(1)の各行為
いずれもAV出演被害防止・救済法22条1項2号、21条1号、5条1項
判示第2の1(2)、第2の2(2)及び第2の3(2)の各行為
いずれもAV出演被害防止・救済法22条1項2号、21条2号、6条
刑種の選択
判示第1の罪について
懲役刑及び罰金刑を選択
判示第2の1(1)ないし第2の3(2)の各罪について
いずれも懲役刑及び罰金刑を選択
併合罪の処理
懲役刑について
刑法45条前段、47条本文、10条(最も重い判示第1の罪の刑に法定の加重)
罰金刑について
刑法45条前段、48条2項(各罪所定の罰金の多額を合計)
労役場留置
刑法18条(金1万円を1日に換算)
刑の全部執行猶予
懲役刑について
刑法25条1項
追徴
組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律16条1項本文、13条1項1号(判示第1の罪に係る犯罪収益のうち、主文掲記の追徴額は没収することができない。)
被告会社について
罰条
判示第2の1(1)、第2の2(1)及び第2の3(1)の各行為
いずれもAV出演被害防止・救済法22条1項2号、21条1号、5条1項
判示第2の1(2)、第2の2(2)及び第2の3(2)の各行為
いずれもAV出演被害防止・救済法22条1項2号、21条2号、6条
併合罪の処理
刑法45条前段、48条2項(各罪所定の罰金の多額を合計)
(法令の適用に関する補足説明)
第1 争点等
 弁護人は、判示第2の各事実(以下「本件各事実」という。)に関し、AV出演被害防止・救済法(以下「本法」という。なお、本法の規定を引用する場合には、「法」と略称する。)5条1項、6条、21条1号、同条2号、22条1項2号の各規定(以下、法5条1項を「本件説明義務規定」、法6条を「本件契約書等交付義務規定」といい、両者及びそれらの違反に対する罰則規定である法21条1号、同条2号及び22条1項2号を併せて「本件各規定」という。)は、憲法22条1項に違反して違憲無効ないし本件各事実に適用する限りで違憲無効であるため、本件各事実について被告人b及び被告会社は無罪である旨主張する。
 当裁判所は、本件各規定は、憲法22条1項に違反するものではなく、本件各事実への適用においても違憲とはいえず、本件各事実について被告人b及び被告会社はいずれも有罪であると判断したので、以下その理由を補足して説明する。
第2 本法の規定等
1 本法は、性行為映像制作物の制作公表により出演者の心身及び私生活に将来にわたって取り返しの付かない重大な被害が生ずるおそれがあり、また、現に生じていることに鑑み、性行為映像制作物への出演契約に関し、その締結の前後を通じて出演者の性に関する自己決定権を保障し、併せてその心身の健康及び私生活の平穏その他の利益を保護するため、制作公表者が、出演契約を締結し、性行為映像制作物の制作公表を行うにあたって守るべき各種の規律を定めている。
2 すなわち、制作公表者が出演者との間で出演契約を締結しようとするときは、出演契約書等の案を示して出演契約事項を説明し、また、法5条1項各号所定の事由について、説明書面等を交付等して説明しなければならず(法5条1項)、出演契約を締結した場合には、速やかに、当該出演者に対し、出演契約事項が記載等された出演契約書等を交付等しなければならない(法6条)。また、性行為映像制作物の撮影は、出演契約書等の交付等又は説明書面等の交付等のいずれか遅い日から一月を経過した後でなければ、行ってはならず(法7条1項)、性行為映像制作物の公表までの間には、出演者に対し、当該出演者の出演に係る映像であって公表を行うものを確認する機会を与えなければならない(法8条)。さらに、性行為映像制作物の公表は、その撮影が終了した日から四月を経過した後でなければ行ってはならない(法9条)。そして、制作公表者が法5条1項、6条の規定に違反したときは、出演者は出演契約を取り消すことができ(法11条)、法7条1項、8条、9条の規定の違反があった場合には、出演契約を無催告で解除することができる(法12条)上、性行為映像制作物の公表が行われてから一年を経過するまでは、出演者は、出演契約の任意解除等ができるものとされている(法13条1項)。
 その上で、制作公表者が、法5条1項に違反し、説明書面等を交付等しなかった場合には、六月以下の懲役若しくは百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科するとされ(法21条1号)、法6条に違反して、出演契約書等を交付等しなかった場合にも、同様に処罰される(法21条2号)。なお、上記各罰則についての両罰規定として法22条1項2号が定められている。
第3 本件各規定の合憲性
1 憲法22条1項は、狭義における職業選択の自由のみならず、職業活動の自由も保障しているところ、職業の自由に対する規制措置は事情に応じて各種各様の形をとるため、その同項適合性を一律に論じることはできず、その適合性は、具体的な規制措置について、規制の目的、必要性、内容、これによって制限される職業の自由の性質、内容及び制限の程度を検討し、これらを比較考量した上で慎重に決定されなければならない。この場合、上記のような検討と考量をするのは、第一次的には立法府の権限と責務であり、裁判所としては、規制の目的が公共の福祉に合致するものと認められる以上、そのための規制措置の具体的内容及び必要性と合理性については、立法府の判断がその合理的裁量の範囲にとどまる限り、立法政策上の問題としてこれを尊重すべきものであるところ、その合理的裁量の範囲については、事の性質上おのずから広狭があり得る(最高裁昭和43年(行ツ)第120号同50年4月30日大法廷判決・民集29巻4号572頁参照)。
2 本件説明義務規定は、制作公表者に対し、出演契約の締結に当たって、あらかじめ、出演者に対し、出演契約事項だけでなく、本法による出演契約の規制内容等(法5条1項1号)、撮影された映像により出演者が特定される可能性があること(同項3号)、出演契約に関する相談機関の名称及び連絡先(同項4号)等を記載等した書面等を交付等して説明することを義務付けている。これは、性行為映像制作物への出演が、出演者の心身及び私生活に将来にわたって取り返しの付かない重大な被害を生ぜしめるおそれがあることから、出演者が契約の内容や効果を十分に理解した上で契約締結の判断をできるようにし、また、説明書面等を交付等することで、契約締結後も、前記相談機関を含む第三者への相談等も含め、性行為映像制作物への出演について熟慮する機会を与えることで、出演者の性に関する自己決定権を保障する趣旨と解される。
 本件契約書等交付義務規定についても、前記性行為映像制作物への出演に伴うリスクの内容及び性質に鑑み、出演契約締結後に、出演者が契約の内容を確認できるようにするとともに、出演契約書等を見せながら前記相談機関を含む第三者に相談すること等も含め、性行為映像制作物への出演について熟慮する機会を与えることによって、出演者の性に関する自己決定権を保障する趣旨と解される。
 以上によれば、本件説明義務規定及び本件契約書等交付義務規定の上記各目的が、公共の福祉に合致することは明らかである。
3(1)そこでまず、本件説明義務規定についてみると、その説明の対象となる事項(以下「説明事項」という。)は、出演契約事項のほか、出演契約締結を判断するに際し重要な事項であると認められ、出演契約の性質及び内容等に照らせば、前記目的のために、所定の事項を記載等した書面等を交付等して説明させることに合理性があることは明らかであり、説明事項の内容に照らせば、書面等を準備することも含め、説明それ自体の負担は限定的なものである。また、本件説明義務規定に違反して出演契約が締結された場合には、性行為映像制作物への出演が出演者の意に沿わないものとなりかねず、出演者に重大な被害を与える危険性があること等に照らせば、本法所定の罰則をもってその実効性を担保していることにも相応の必要性、合理性が認められる。
(2)次に、本件契約書等交付義務規定についてみると、前記目的に照らし、所定の事項を記載した契約書等を交付させることに合理性があることは明らかであり、その負担も、本件のような規定がない場合であっても、契約の締結に伴って通常生じ得るものにすぎない。また、契約書等の交付がなかった場合には、契約の内容を十分確認することができず、性行為映像制作物への出演が出演者の意に沿わないものとなるおそれがあり、出演者に前記のとおり重大な被害を生ぜしめるおそれがあること等に照らせば、本法所定の罰則をもってその実効性を担保していることにも相応の必要性、合理性が認められる。
4(1)ア 以上の各点に関し、弁護人は、法7条1項、9条及び13条の各規定に沿って性行為映像制作物の制作公表を行った場合に生じる制作公表者や出演者等に対する影響の大きさや、法7条1項及び9条によれば、本法施行日から5か月間は、性行為映像制作物の公表ができなくなり、その間、実質的に収入を得る機会がなくなること、同施行に伴い、従前、性行為映像制作物の制作公表やそれへの出演によって稼得していた人々の中に収入の減少等により経済的な不利益を被った者がいること等を指摘し、法7条1項、9条及び13条が、許可制と同様に職業の選択の自由そのものに対する強力な制限である旨主張し、職業の自由に対するより緩やかな制限である職業活動の内容及び態様に対する規制によってはその目的を十分に達成することができないと認められるか否かを審査すべきであると主張しているものと解される。
イ しかしながら、まず、本件でその憲法適合性が問題となっているのは本件各規定であって、弁護人が指摘する法7条1項、9条及び13条が直接問題となる訳ではない。
 その上で、弁護人の前記主張にも鑑み、本件説明義務規定及び本件契約書等交付義務規定において、説明事項とされ、また、出演契約の内容を規律するものとされている法7条1項、9条及び13条の各規定の内容も踏まえて検討すると、まず、法7条1項、9条及び13条の各規定により、性行為映像制作物を制作公表するにあたって事前の届出や許可等が課されていたり、制作公表を行う主体が法的に制限されたりしているものではない。さらに、前記各規定の内容を具体的に検討すると、法7条1項及び9条に関していえば、性行為映像制作物の内容やそれによる事業活動それ自体を全面的に規制するものではなく、本件各規定と同様、出演者の性に関する自己決定権を保障するという観点から、性行為映像制作物の制作公表のプロセスに対して一定の規制を課したものにとどまるところ、撮影や公表までに経過が必要とされる期間も、前述した性行為映像制作物の出演に伴うリスクの内容及び性質並びに制作公表に要する期間等に照らして合理的な限度といい得る。また、法7条1項及び9条の各規定によって、本法施行後、最低5か月間は、同施行後に締結した出演契約に基づく性行為映像制作物が公表できないとしても、それは、上記のようなプロセスに対する規制を定めたことに伴うもので、その間職業の自由に対する制限の程度が強くなるというものではなく、また、その間においても、性行為映像制作物の制作公表に向けた新たな出演契約の締結や、法施行前に締結された出演契約に係る性行為映像制作物の制作公表の事業活動が制限されるものではなかったこと(法附則2条)等からすると、前記各規定によって、出演者を含め、収入を得る機会が実質的に奪われていたともいい難い。さらに、法13条に関しても、出演者の性に関する自己決定権を保障し、出演者の心身の健康及び私生活の平穏その他の利益を保護するために、前述した性行為映像制作物への出演に係るリスクの内容及び性質等を考慮して定められた一定の期間に限って出演者に任意解除権を認めたものにとどまる。そして、法7条1項、9条及び13条のいずれの規定についても、それに違反して性行為映像制作物の制作公表を行うことが罰則の適用対象になっている訳でもない。
 このように、法7条1項、9条及び13条の各規定による制約の内容を具体的にみても、制作公表者はもとより、出演者その他の性行為映像制作物の制作公表に関係する主体も含め、職業選択の自由そのものに対する強力な制限になっているということはできず、したがって、これら各規定に関連し、説明義務や契約書等の交付義務を課すにすぎない本件説明義務規定及び本件契約書等交付義務規定についても、職業選択の自由そのものに対する制限を加えるものとはいえない。
 以上によれば、本件説明義務規定及び本件契約書等交付義務規定は、職業活動の内容及び態様に対する制限にとどまるもので、その制限の程度も大きいということもできず、弁護人の前記アの主張はいずれも採用できない。
(2)なお、弁護人は、本法による規制が定められたことにより、公布から5か月間は職業選択の自由が失われていたといえ、同施行後5か月以内に起訴された本件各事実に適用する限りで違憲である旨を主張するが、前記4(1)イのとおり、同施行後5か月以内であっても被告人の職業選択の自由が実質的にも失われていたとはいえないから、弁護人の主張は、採用することができない。
5 以上によれば、本件説明義務規定及び本件契約書等交付義務規定を定め、それに違反した者を処罰するとの規制に必要性、合理性があるとした立法府の判断が、その合理的裁量の範囲を超えるものであるということはできず、本件各規定はいずれも憲法22条1項に違反するものということはできず、本件各事実への適用において違憲となるものではない。
(量刑の理由)
 本件は、被告人bが、インターネット上の動画販売サイトを利用して、わいせつな電磁的記録である動画ファイルを公然と陳列し(わいせつ電磁的記録記録媒体陳列、判示第1)、また、被告会社代表者である被告人bが、被告会社の性行為映像制作物の制作公表の業務に関し、3名の女性に対し、それぞれ、出演契約を締結しようとするに際し、あらかじめ説明書面等を交付・提供せず、また、出演契約を締結した際、速やかに、出演契約書等を交付・提供しなかった(本法違反、判示第2)という各事案である。
 わいせつ電磁的記録記録媒体陳列についてみると、約6年間にわたって、29本の動画を動画販売サイトにアップロードしており、健全な性風俗を害した程度は大きい。販売して利益を得ることを目的に継続的に行った犯行で、現に約1800万円もの販売額をあげるなどしており、職業的な犯行といえる。本法違反についても、面倒であるなどの動機から及んだもので、短絡的で身勝手な犯行といわざるを得ない。このような犯情に照らして、被告人b及び被告会社の刑事責任は軽視できない。
 もっとも、被告人bは、判示の各事実をいずれも認めて反省の態度を示しており、被告人bの妻も、被告人bと同居して監督する旨述べていること、被告人bには前科前歴もないこと等の事情も認められる。
 そこで、被告人b及び被告会社に対しては、それぞれ主文の刑を科した上で、被告人bに対する懲役刑について、その執行を猶予することが相当であると判断した。
(求刑 被告人bに対し、懲役2年及び罰金150万円並びに主文同旨の追徴、被告会社に対し、罰金30万円)
令和5年9月19日
東京地方裁判所刑事第16部
裁判長裁判官 安永健次 裁判官 花田隆光 裁判官 足立洋平

16歳未満の者に裸体画像の送信を求めて送信させてしまった場合の、送信要求罪と不同意わいせつ罪の罪数処理

16歳未満の者に裸体の送信を求めた場合の、送信要求罪と不同意わいせつ罪の罪数処理
 最近の高裁判例では、撮って送るように求めると、撮影させた時点で不同意わいせつ罪(176条3項)になり、わいせつ行為そのものになります。他方、送信させる行為はわいせつ行為ではないとされます。そのうち、送信させる行為もわいせつ行為になる傾向です。
 法務省の解説では、送信要求行為は、不同意わいせつ罪の予備的行為で、不同意わいせつ罪とは観念的競合になったり、牽連犯にうなったり、併合罪になったりするそうです。

(十六歳未満の者に対する面会要求等)
第百八十二条 
3 十六歳未満の者に対し、次の各号に掲げるいずれかの行為(第二号に掲げる行為については、当該行為をさせることがわいせつなものであるものに限る。)を要求した者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)は、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
一 性交、肛門性交又は口腔性交をする姿態をとってその映像を送信すること。
二 前号に掲げるもののほか、膣又は肛門に身体の一部(陰茎を除く。)又は物を挿入し又は挿入される姿態、性的な部位(性器若しくは肛門若しくはこれらの周辺部、臀でん部又は胸部をいう。以下この号において同じ。)を触り又は触られる姿態、性的な部位を露出した姿態その他の姿態をとってその映像を送信すること。

「刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律について」法曹時報76巻01号
イ 本条第3項の罪に当たる行為が行われ、これに基づいて被害者に性的な姿態をとらせてその映像を送信させた行為が不同意わいせつ罪に該当する場合、同項の罪は、性的自由・性的自己決定権を保護法益とする不同意わいせつ罪の予備罪としてではなく、性的保護状態を保護法益とするものとして設けるものであり、保護法益が同一とはいえず、二つの法益侵害が存することから、同項の罪と不同意意わいせつ罪の両罪が成立するものと考えられる。
その上で、法的評価を離れ構成要件的観点を捨象した自然的観察の下で行為者の動態が社会的見解上一個のものと評価される場合には観念的競合となるが(注17)(注18)、そのように評価されない限り、同項の罪と不同意わいせつ罪は、罪質上通例その一方が他方の手段又は結果となるという関係があることから、具体的に行為者がそのような関係において両罪(注19)を実行したのであれば、牽連犯になると考えられる。

p127
(注18) 本条第3項の罪の実行行為は、16歳未満の者に対して性的な姿態をとってその映像を送信するように「要求する行為」であり、その結果として行われる不同意わいせつ罪の実行行為は、16歳未満の者に対して「性的な姿態をとらせてその映像を送信させる行為」であるから、前者の行為と後者の行為は同一ではないものの、「姿態をとらせて送信させる」行為には、それを要求する行為が内在的に含まれる(前提になっている)と考えるとすると、両罪の実行行為は、要求する行為の限度で重なり合う関係にあることになる。
そして、このように行為の一部のみが重なり合うにとどまる場合であっても、例えば、
○行為者が16歳未満の者に対して性的な姿態をとってその映像を送信するように要求し、16歳未満の者が直ちにこれに応じたため、要求する行為とわいせつ行為がほぼ同時的に行われるような事例
○行為者が16歳未満の者に対して性的な姿態をとってその映像を送信するように要求し、16歳未満の者がこれに応じようとするなどして、不同意わいせつ罪の実行に着手したとは認められるものの、結果的に既遂にまでは至らなかった事例では、これらの行為が刑法第54条の「一個の行為」と評価され、観念的競合と評価される余地もあり得ると考えられる。
(注19) なお、例えば、本条第3項の罪に当たる行為が行われ、これに基づいて被害者に性的な姿態をとらせてその映像を送信させた後、同被害者に対し、同映像を脅迫等の手段として用いてわいせつな行為が行われた場合であって、同項の罪とその後のわいせつな行為の間に手段・結果の関係が認められないときには、併合罪となると考えられる。

アルバムコレクションの相談対応・取材について

相談や取材申込みが相次いだので再掲しておきます。
https://okumuraosaka.hatenadiary.jp/entry/2021/08/04/104519
単純所持罪では検挙事例がありますが、端緒はわかりません。
削除して刑事処分を逃れ、警察相談で捜索を勘弁してもらうくらいしかできません。

相談事案はおおまかには
①知らないでダウンロードしたら、児童ポルノ的画像が混じっていた
②違法画像を期待してダウンロードしたら、児童ポルノだった
③アップロードした
に分類されます。




日本語のサイトがあったようですが、管理者の国籍とか、どの国の警察が捜査しているのかという点については、知りません。

管理者の責任については、総務省がまとめています
https://www.soumu.go.jp/main_content/000097100.pdf
ちょっと古い。

最新のは
東京高裁判決日不明 管理者の単独犯構成
になります。

管理者については、winnyの最決を前提にして、違法画像がやりとりされている認識が問題になると思います。
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=81846
弁護士に相談して上記の判例を取り寄せてもらって下さい。

少年による児童ポルノ製造行為による観護措置(小倉支部r5.10.16)

少年による児童ポルノ製造行為による観護措置(小倉支部r5.10.16)

裁判年月日 令和 5年10月16日 裁判所名 福岡家裁小倉支部 裁判区分 決定
事件番号 令5(少ロ)2号
文献番号 2023WLJPCA10166002
上記少年に対する児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反保護事件について、令和5年10月6日、福岡家庭裁判所小倉支部裁判官がした観護措置決定に対し、同月14日、付添人から適法な異議の申立てがあったので、当裁判所は、次のとおり決定する。 
主文
 本件異議の申立てを棄却する。
理由
 1 本件異議申立ての内容は、観護措置決定に対する異議申立書記載のとおりである。
 2 本件は、少年が、共通の友人を通じて女児(当時12歳)が家出していることを知り、性交渉を期待して宿泊場所として自宅を提供した上、女児が18歳に満たない児童であることを知りながら、①共犯者と共謀の上、女児の胸部を露わにさせるなどの姿態をとらせ、これを少年のスマートフォンで動画撮影して保存し、②女児に陰茎を口淫させるなどの姿態をとらせ、これを少年のスマートフォンで動画撮影して保存し、児童ポルノを製造したというものである。
 一件記録から認められる本件事案の内容・性質、少年の供述状況等によれば、少年が常習性を含む重要な情状事実について、友人に働きかけるなどして罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由が認められる。また、少年が家族と同居する自宅において本件各非行に及んでいることや少年の非行歴等に照らせば、逃亡すると疑うに足りる相当な理由も認められる。
 そして、本件非行の内容や経緯に照らすと、少年の非行性は軽視できるものではなく、少年の両親が身元引受や監督を誓約していること等の付添人の主張する事情を踏まえても、今後の適切な調査及び審判のためには、少年を少年鑑別所に収容した上で心身鑑別を行う必要があると認められる。
 3 以上によれば、少年を少年鑑別所に送致した原決定は正当であり、本件異議の申立てには理由がないから、少年法17条の2第4項、33条1項を適用して、主文のとおり決定する。
 福岡家庭裁判所小倉支部
 (裁判長裁判官 竹尾信道 裁判官 松浦絵美 裁判官 町田哲哉)

性的画像要求罪(182条3項)が適用された事例は、結局、撮影送信させているので、要求罪は撮影させた不同意わいせつ罪に吸収されるんじゃないか。

 
 青少年条例の児童ポルノ要求行為の場合と同様、要求行為が発覚するのは、撮影・送信してしまってからになるので、要求されただけで被害申告されることはないので、常に撮影させた不同意わいせつ罪を伴うことになります。

 牽連犯というより、観念的競合か吸収関係だと思います。撮影送信させるのを強要罪とした高裁判例では、全部併合罪とされていました。

 なお、撮影させる行為をわいせつ行為を評価するのは、奥村説です
  強要被告事件
  広島高裁岡山支部H22.12.15*1(岡山地裁H22.8.13)
  東京高裁H27.12.22*2(新潟地裁高田支部H27.8.25)
では独自の見解とされましたが、
  大阪高裁r03.7.14*3(京都地裁R3.2.3*4)
  大阪高裁r04.1.20*5 京都地裁r03.7.28*6
  札幌高裁r5.1.19*7(札幌地裁R04.9.14*8 )
で採用されました。

刑法第百八十二条 
3 十六歳未満の者に対し、次の各号に掲げるいずれかの行為(第二号に掲げる行為については、当該行為をさせることがわいせつなものであるものに限る。)を要求した者(当該十六歳未満の者が十三歳以上である場合については、その者が生まれた日より五年以上前の日に生まれた者に限る。)は、一年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
一 性交、肛門性交又は口腔性交をする姿態をとってその映像を送信すること。
二 前号に掲げるもののほか、膣又は肛門に身体の一部(陰茎を除く。)又は物を挿入し又は挿入される姿態、性的な部位(性器若しくは肛門若しくはこれらの周辺部、臀でん部又は胸部をいう。以下この号において同じ。)を触り又は触られる姿態、性的な部位を露出した姿態その他の姿態をとってその映像を送信すること。

刑法及び刑事訴訟法の一部を改正する法律案
【逐条説明】
注3)遠隔型の処罰規定については、対面型の処罰規定とは異なり、加重処罰規定を設けることとしていないところ、これは、次の理由による。
すなわち、本条第3項の要求行為の対象は、前記4のとおり、現在の実務において強制いせつ罪の成立を認めた裁判例を踏まえて規定しており、要求行為の対象となる行為が実現した場合には、強制わいせつ罪が成立すると考えられる。
その上で、要求行為からその対象となる行為が実現するまで、すなわち、強制わいせつ罪が成立するに至るまでの過程において、一般的・類型的に同罪に至る危険性が高まり、加重処罰の対象とするに足りる新たな当罰性を有する行為があり得るかについては、
〇行為者からの要求を直ちに承諾して、そのまま要求された行為に及ぶ場合も、相当程度あり得ることを踏まえると、要求行為後の行為について、加重処罰の対象とするに足りるものを明確に捕捉することは困難である
と考えられる。
そのため、遠隔型の処罰規定については、加重処罰規定を設けることとはしていない
・・・

本条第3項の罪に当たる行為が行われた後に、強制わいせつ罪に当たる行為が行われ
た場合、
〇本条第3項の罪は、性的自由・性的自己決定権を保護法益とする強制わいせつ罪の予備罪としてではなく、16歳未満の者が性被害に遭う危険性のない状態、すなわち、性被害に遭わない環境にある状態という性的保護状態を保護法益とする趣旨で設けるものである
ことから、本条第3項の罪と強制わいせつ罪の両罪が成立するものと考えられる。
その上で、社会的見解上の行為が一個と評価される場合には、観念的競合となる一方、一個の行為と評価されない場合には、本条第3項の罪と強制わいせつ罪は、罪質上通例その一方が他方の手段又は結果となるという関係があることから、具体的に行為者がそのような関係において両罪を実行したのであれば、牽連犯になると考えられる。

四国中央の教諭逮捕 少年に性的暴行容疑
2024.01.27 愛媛新聞
 交流サイト(SNS)で知り合った少年に自身の性的画像を送信させ、わいせつな行為をしたなどとして松山西署は26日、不同意性交等や映像送信要求などの疑いで四国中央市の市立小学校教諭A容疑者(30)を逮捕した。署と市教育委員会は、勤務先の学校名を明らかにしていない。
 容疑は2023年10月24日、県内の少年が16歳未満と知りながら、わいせつな画像を撮影、送信させて自身の携帯電話に保存し、同月29日には県内のホテルで性的暴行を加えた疑い。
・・・
映像送信要求:中学生に映像要求 運動部指導者逮捕 容疑で熊本東署 /熊本
2024.01.24 毎日新聞社
 熊本東署は22日、指導していた熊本市の公立中の運動部に所属する生徒に、スマートフォンを通じ自慰行為を見せるよう要求したとして、映像送信要求などの疑いで、容疑者(28)を逮捕した。
 逮捕容疑は、2023年9月3日午後7~8時ごろ、被害者が16歳未満で5歳以上年齢が離れていることを知りながら、交流サイト(SNS)を通じてわいせつな動画を送信して閲覧させ、それを用いてビデオ通話アプリを使い、自慰行為を見せるよう要求したとしている。
・・・
男子中学生への不同意わいせつ容疑で逮捕
2024.01.16 中日新聞
 【埼玉県】秩父署は15日、不同意わいせつと映像送信要求などの疑いで、容疑者(20)を逮捕したと発表した。署によると、「間違いない」と容疑を認めている。
 逮捕容疑では、昨年9月3日、県内に住む知人の10代の男子中学生に性的な部位の画像を撮影させ、自身に送らせたとされる。署によると、容疑者は昨年の春、秩父郡市の地域行事で中学生と知り合い、連絡先を交換。中学生の携帯に画像を要求するメッセージを送ったという。
・・・
性的映像送信要求 容疑で30歳再逮捕=宮城
2023.12.13 読売新聞
 泉署は12日、容疑者(30)を不同意わいせつと性的映像送信要求、児童買春・児童ポルノ禁止法違反(製造)の容疑で再逮捕した。性的な画像や動画を送るよう求める「性的映像送信要求罪」は7月の刑法改正で新設された。同署によると、同容疑での逮捕は県内初。
 発表によると、容疑者は9月10日午後11時30分頃、県内に住む10歳代の少女に性的な映像を撮影させ、その映像を送るよう要求し、スマートフォンに送信させて保存した疑い。同署は認否を明らかにしていない。

「16歳未満であることを知りながら去年8月ごろ、この少女にわいせつな行為をさせました。そしてその映像をSNSのメッセージ機能を利用して自分の携帯電話に送信させた」という不同意わいせつの被疑事実

 判例では、「送信させる」はわいせつ行為とされません。
 裁判例では、自慰行為させるが伴う場合に送信行為がわいせつと評価されることが多いようです。

阪高裁r03.7.14*1(京都地裁R3.2.3*2)判決速報
 2 なお,前記(3)は,Aに対し,前記ダイレクトメッセージ機能を使用して,その陰部,乳房等を露出した姿態をとって撮影して被告人のスマートフォンに送信するよう要求し,Aにそのような姿態をとらせてそれを撮影させたという強制わいせつの事実(令和2年8月27日付け起訴状記載の公訴事実第1)と,同要求をし,Aにそのような姿態をとらせてそれを撮影させた上,その画像データ2点を被告人のスマートフォンに送信させて前記サーバコンピュータ内に記憶・蔵置させたという児童ポルノ製造の事実(同公訴事実第2。原審第3回公判期日において令和3年1月18日付け訴因変更請求書のとおり訴因変更許可決定)として別個の訴因で起訴され,検察官は併合罪の関係にあると主張したが,原判決が観念的競合の関係にあると判断したものである。

阪高裁r04.1.20*3 京都地裁r03.7.28*4
 (3) 所論は,原判示第1の強制わいせつ罪につき,被害者に撮影させ,記録させ,送信させて,被告人が受信するまでしていれば,わいせつな行為と評価される余地はあるが,撮影させた行為だけではわいせつな行為に当たらないし,被告人の性的意図を考慮すると強制わいせつ未遂罪にとどまると主張する。
 しかし,被告人が被害者を脅迫して,要求どおり裸の写真を撮影させた行為が強制わいせつの既遂に当たることは,上記のとおり明らかである。被害者の意思に反して乳房等を露出する姿態をとらせ,これを撮影させるだけで十分な法益侵害性が認められるから,現実に画像データを送信させる行為は,強制わいせつ罪の成立を認める上で不可欠の要素とはいえない。異なる評価をいう所論は採用できない。

 札幌高裁r5.1.19*5(札幌地裁R04.9.14*6 )
 強制わいせつ罪(176条後段)の事案で、「撮影させた」までが強制わいせつ罪(176条後段)で起訴され、撮影させた点までをわいせつ行為とした。

 これまでの高裁判例は、「撮影させ」がわいせつ行為として起訴され、1審が「撮影させ」をわいせつ行為と認定して、控訴審でもそれが確認されたものである。その際、強要罪判例が参考にされている。

強要被告事件
広島高裁岡山支部H22.12.15*7(岡山地裁H22.8.13)
東京高裁H27.12.22*8(新潟地裁高田支部H27.8.25)
すなわち,原判決が認定した事実には,被害者に対し,その名誉等にいかなる危害を加えるかもしれない旨脅迫して同女を畏怖させ,同女をして,その乳房,性器等を撮影させるという,強制わいせつ罪の構成要件の一部となり得る事実を含むものの,その成立に必要な性的意図は含まれておらず,さらに,撮影に係る画像データを被告人使用の携帯電話機に送信させるという,それ自体はわいせつな行為に当たらない行為までを含んだものとして構成されており,強要罪に該当する事実とみるほかないものである。
弁護人は,①被害者(女子児童)の裸の写真を撮る場合,わいせつな意図で行われるのが通常であるから,格別に性的意図が記されていなくても,その要件に欠けるところはない,②原判決は,量刑の理由の部分で性的意図を認定している,③被害者をして撮影させた乳房,性器等の画像データを被告人使用の携帯電話機に送信させる行為もわいせつな行為に当たる,などと主張する。
しかしながら,①については,本件起訴状に記載された罪名及び罰条の記載が強制わいせつ罪を示すものでないことに加え,公訴事実に性的意図を示す記載もないことからすれば,本件において,強制わいせつ罪に該当する事実が起訴されていないのは明らかであるところ,原審においても,その限りで事実を認定しているのであるから,その認定に係る事実は,性的意図を含むものとはいえない。
また,②については,量刑の理由は,犯罪事実の認定ではなく,弁護人の主張は失当である。
そして,③については,画像データを送信させる行為をもって,わいせつな行為とすることはできない。
以上のとおり,原判決が認定した事実は,強制わいせつ罪の成立要件を欠くものである上,わいせつな行為に当たらず強要行為に該当するとみるほかない行為をも含む事実で構成されており,強制わいせつ罪に包摂されて別途強要罪が成立しないというような関係にはないから,法条競合により強要罪は成立しないとの弁護人の主張は失当である。

https://news.yahoo.co.jp/articles/a775e368046ad7e1b54b66d8d570d06abac63839
県内在住の少女が16歳未満であることを知りながら去年8月ごろ、この少女にわいせつな行為をさせました。そしてその映像をSNSのメッセージ機能を利用して自分の携帯電話に送信させた疑いが持たれています。

「送信させ」をわいせつ行為とした上で準強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪を観念的競合としたもの(大津地裁r5.10.26 確定)

 「送信させ」をわいせつ行為とした上で準強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪を観念的競合としたもの(大津地裁r5.10.26 確定)

 判示第1は、当初起訴状は、児童ポルノ製造罪のみで、訴因変更で、準強制わいせつ罪が追加されたものです。
 公訴事実の同一性がないという高裁判例が山ほどあるので、控訴して訴因変更の違法を主張すべきでした。
 さらには、「送信させた」はわいせつ行為ではないという高裁判例も幾つかあるので、そう主張すべきでした。

 大津地検で当初起訴状6/5と訴因変更請求書6/26を閲覧して確認しました。
 強制わいせつ罪と製造罪は多くの高裁判例併合罪とされているので、訴因変更許可は違法です。自然確定ですが、控訴していれば、準強制わいせつ罪が落ちますので、宣告刑はかなり下がります。準強制わいせつ罪を追起訴してきたら、観念的競合の判例を当てれば、かなり未決がもらえたでしょう。

第1〔訴因変更後の令和5年6月5日付け起訴状記載の公訴事実関係〕
  A(氏名は別紙記載のとおり。以下「A」という。当時13歳)が18歳に満たない児童であることを知りながら、令和4年7月22日頃から同年8月12日頃までの間、東京都内又はその周辺において、複数の架空人を装い、Aに対し、SNSアプリケーションを用いて多数のメッセージを送信して、Aの写真が人身売買の情報を掲載するインターネット上のサイトに掲載されており、Aが人身売買を逃れるには、架空人の要求に従う必要がある旨申し向け、Aにその旨誤信及び畏怖させ、その要求を拒絶することができない抗拒不能の状態にあることに乗じてAにわいせつな行為をしようと考え、同日、東京都内又はその周辺において、Aに対し、乳房及び性器を露出した姿態を撮影し、被告人が使用する携帯電話機に同静止画を送信するよう要求し、同日、滋賀県内のA方において、Aに乳房及び性器を露出させる姿態をとらせ、これをA使用の撮影機能付き携帯電話機で撮影させた上、同画像データ2点を、アプリケーションソフト「B」を使用して同携帯電話機から被告人が使用する携帯電話機に送信させ、その頃、同データ2点をそれぞれB株式会社が管理する日本国内設置の電磁的記録媒体であるサーバコンピューター内に記録して保存し、もって人の抗拒不能に乗じてわいせつな行為をするとともに、衣服の全部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写した電磁的記録に係る記録媒体である児童ポルノを製造し、

判例ID】
28313641
【裁判年月日等】
令和5年10月26日/大津地方裁判所刑事部/判決/令和5年(わ)253号/令和5年(わ)287号
【事件名】
児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反(変更後の訴因:準強制わいせつ、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反)、準強制性交等被告事件
【裁判結果】
有罪
【裁判官】
谷口真紀 西脇真由子 山口美和
【出典】
D1-Law.com判例体系
【重要度】
1

■28313641
津地方裁判所
令和5年(わ)第253号/令和5年(わ)第287号
令和05年10月26日
被告人 Y
年齢 昭和53年(以下略)生
本籍 (省略)
住居 (住所略)
職業 無職
検察官 花田咲季
弁護人 松尾博美(国選)

主文
被告人を懲役8年に処する。
未決勾留日数中90日をその刑に算入する。

理由
(罪となるべき事実)
 被告人は、
第1〔訴因変更後の令和5年6月5日付け起訴状記載の公訴事実関係〕
  A(氏名は別紙記載のとおり。以下「A」という。当時13歳)が18歳に満たない児童であることを知りながら、令和4年7月22日頃から同年8月12日頃までの間、東京都内又はその周辺において、複数の架空人を装い、Aに対し、SNSアプリケーションを用いて多数のメッセージを送信して、Aの写真が人身売買の情報を掲載するインターネット上のサイトに掲載されており、Aが人身売買を逃れるには、架空人の要求に従う必要がある旨申し向け、Aにその旨誤信及び畏怖させ、その要求を拒絶することができない抗拒不能の状態にあることに乗じてAにわいせつな行為をしようと考え、同日、東京都内又はその周辺において、Aに対し、乳房及び性器を露出した姿態を撮影し、被告人が使用する携帯電話機に同静止画を送信するよう要求し、同日、滋賀県内のA方において、Aに乳房及び性器を露出させる姿態をとらせ、これをA使用の撮影機能付き携帯電話機で撮影させた上、同画像データ2点を、アプリケーションソフト「B」を使用して同携帯電話機から被告人が使用する携帯電話機に送信させ、その頃、同データ2点をそれぞれB株式会社が管理する日本国内設置の電磁的記録媒体であるサーバコンピューター内に記録して保存し、もって人の抗拒不能に乗じてわいせつな行為をするとともに、衣服の全部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写した電磁的記録に係る記録媒体である児童ポルノを製造し、
第2〔令和5年6月26日付け起訴状記載の公訴事実(第1ないし第3)関係〕
 1 令和4年7月22日頃から同年8月7日頃までの間、東京都内又はその周辺において複数の架空人を装い、A(当時13歳)に対し、SNSアプリケーションを用いて多数のメッセージを送信して、Aの写真が人身売買の情報を掲載するインターネット上のサイトに掲載されており、Aが人身売買を逃れるには、架空人の要求に従う必要がある旨申し向け、Aにその旨誤信及び畏怖させ、その要求を拒絶することができない抗拒不能の状態にさせた上で被告人と性交することを要求し、同日午前7時6分頃から同日午後4時20分頃までの間に、滋賀県C市内又はその周辺に駐車中の自動車内において、Aと口腔性交及び性交をし、
 2 Aが前記抗拒不能の状態にあることに乗じてさらに性交等しようと考え、同年10月9日午前6時54分頃から同日午後7時2分頃までの間に、同県D市内又はその周辺に駐車中の自動車内において、Aと口腔性交及び性交をし、同県E市(以下略)から同県D市内に至る間を走行中の自動車内において、Aと口腔性交をし、さらに、同県内の道路上に駐車中の自動車内において、Aと口腔性交し、
 3 Aが前記抗拒不能の状態にあることに乗じてさらに性交等しようと考え、同年12月4日午前7時6分頃から同日午後4時28分頃までの間に、同県D市内又はその周辺に駐車中の自動車内において、Aと口腔性交及び性交をし、
 もってそれぞれ人の抗拒不能に乗じて性交等をし
たものである。
(証拠の標目)括弧内の符号番号は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠の番号を示す。
(法令の適用)
罰条
 判示第1の所為のうち
  準強制わいせつの点 令和5年法律第66号附則2条1項により同法による改正前の刑法178条1項、176条前段
  児童ポルノ製造の点 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律7条4項、2項、2条3項3号
 判示第2の1ないし3(第2の2は包括して)の各所為
  いずれも令和5年法律第66号附則2条1項により同法による改正前の刑法178条2項、177条前段
科刑上一罪の処理
 判示第1の罪 刑法54条1項前段、10条(1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから、重い準強制わいせつ罪の刑で処断)
累犯加重
 判示の各罪 いずれも刑法56条1項、57条(前記の前科があるので再犯の加重(ただし、判示第2の1ないし3の各罪の刑については同法14条2項の制限内))
併合罪の処理 刑法45条前段、47条本文、10条(刑及び犯情の最も重い判示第2の3の罪の刑に同法14条2項の制限内で法定の加重)
未決勾留日数算入 刑法21条
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
刑事部
 (裁判長裁判官 谷口真紀 裁判官 西脇真由子 裁判官 山口美和)

児童ポルノ製造の包括一罪で科刑上一罪になりそうな「強制わいせつ、強制性交等、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反被告事件」松江地裁R5.6.28

児童ポルノ製造の包括一罪で科刑上一罪になりそうな「強制わいせつ、強制性交等、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反被告事件」松江地裁R5.6.28

 今井判事は多数回の製造罪を併合罪にされますが、高裁判例では包括一罪です。

 こういうのは、児童ポルノ製造の画像があるので、強制わいせつ罪・強制性交罪についても写っている通りの公訴事実にされることが多いのですが、最近は、強制わいせつ罪と製造罪、強制性交と製造罪を観念的競合にする高裁判例が出ているので、同一児童に対する数回の製造行為を包括一罪にする高裁判例と合わせれば、かすがい現象で、科刑上一罪になりますよね。未公開の高裁判例を並べるだけですよ。
 この事件の控訴審では主張されていません。

判例番号】 L07850795
       強制わいせつ、強制性交等、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反被告事件
【事件番号】 松江地方裁判所判決/令和4年(わ)第74号、令和4年(わ)第96号、令和4年(わ)第123号、令和4年(わ)第131号
【判決日付】 令和5年6月28日
【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

(罪となるべき事実)
 被告人は、
 【令和4年7月12日付け起訴状記載の公訴事実】
第1 別紙記載のA(当時14歳)に強いてわいせつな行為をしようと考え、令和4年3月6日午後1時44分頃から同日午後4時25分頃までの間、松江市(以下略)被告人方2階において、Aに対し、その背中に腕を回して抱擁した後、いきなりその唇にキスをし、ベッドに仰向けに押し倒す暴行を加えてその反抗を抑圧した上、Aの両乳房を着衣の上から複数回もみ、さらにAの上衣をまくり上げて両乳房を直接複数回もむなどし、もって強いてわいせつな行為をした。
 【令和4年8月5日付け起訴状記載の公訴事実第1】
第2 A(当時14歳)に強いてわいせつな行為をしようと考え、令和4年3月25日午後5時59分頃から同月26日午前1時頃までの間、岐阜県各務原市(以下略)ビジネスホテルB406号室において、Aに対し、Aをベッドに仰向けに押し倒す暴行を加えてその反抗を抑圧した上、Aの上衣をまくり上げてその両乳房を直接もみながら、その唇にキスをするなどし、もって強いてわいせつな行為をした。
 【令和4年5月13日付け起訴状記載の公訴事実】
第3 A(当時14歳)に強いてわいせつな行為をしようと考え、令和4年3月26日午後5時25分頃から同月27日午前9時42分頃までの間、愛知県小牧市(以下略)ビジネスホテルC603号室において、Aに対し、「俺が押し倒したるから寝ろ。」「どんだけ怖いか教えてやるからそこに寝ろ。」「泣きながらごめんなさいと言わないと、そのままやるからな。」などと言って脅迫し、その後にベッドに仰向けに押し倒す暴行を加えてその反抗を抑圧した上、Aの上衣をまくり上げて両乳房を直接複数回もみ、その唇にキスをするなどし、もって強いてわいせつな行為をした。
 【令和4年6月13日付け起訴状記載の公訴事実】
第4 A(当時14歳)と強制的に性交をしようと考え、令和4年3月29日午後11時30分頃から同月30日午前1時29分頃までの間、前記第1の被告人方2階において、Aに対し、「警察に行ってもいいけど、俺にも言い分がある。」「警察に行ったら、撮った写真全部ばらまくからな。これは脅しじゃないぞ。」「夢壊れるぞ。」などと言って脅迫し、その反抗を著しく困難にしてAと性交した。
 【令和4年8月5日付け起訴状記載の公訴事実第2】
第5 Aが18歳に満たない児童であることを知りながら、別表記載のとおり、令和4年3月6日午後3時59分頃から同月30日午前1時13分頃までの間、14回にわたり、別表記載の各場所において、Aにその胸部及び性器を露出した姿態をとらせ、これを被告人が使用する撮影機能付き携帯電話機で撮影し、その画像データ14点を同携帯電話機本体の内蔵記録装置にそれぞれ記録して保存し、もって衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により電磁的記録に係る記録媒体に描写した児童ポルノを製造した。
(証拠の標目)
 各証拠書類に併記の甲を付した括弧内番号は検察官請求証拠の番号を示し、職を付した括弧内番号は職権により採用した証拠の番号を示す。
判示事実全部について
 被告人の当公判廷における供述(第4回公判期日におけるもの)
 第1回公判調書中の被告人の供述部分
 証人Aに対する当裁判所の尋問調書(職2)
 捜査報告書(甲16)
判示第1ないし第4の各事実について
 写真束(甲48[採用部分に限る。]、49)
判示第1、第4並びに第5別表番号1及び6ないし14の各事実について
 検証調書(甲26)
判示第1の事実について
 写真撮影報告書(甲36、37)
判示第2の事実について
 写真撮影報告書抄本(甲41)、捜査報告書(甲44)
判示第3の事実について
 写真撮影報告書(甲1[抄本]、13)、捜査報告書抄本(甲14)
判示第5の各事実(別表1、2ないし5、6ないし9、10ないし14)について
 写真撮影報告書(甲2)、捜査報告書(甲12)
(事実認定の補足説明)
第1 本件の争点等
 判示第5については関係証拠から明らかに認められ、被告人及び弁護人もこれを争っていない。また、判示第1ないし第3の各わいせつ行為を行ったことも被告人及び弁護人は争っておらず、本件の争点は、被告人が、①判示第1ないし第4に関する暴行・脅迫及び②判示第4に関する性交を行ったかの点である。すなわち、検察官は、Aの供述等に基づき、これらがあった旨主張するのに対し、弁護人は、①判示第1ないし第4について、被告人がAにキスをしたり胸をもんだりするなどの性的接触をしたことは認めるが、交際中であったAの同意の下で行ったもので、暴行・脅迫をしていないし、②更に判示第4については性交にまでは及んでいないとして、無罪を主張している。
 なお、弁護人は、裁判所が職権でAの期日外尋問を採用したこと、同尋問に関する尋問事項を検察官が作成し、同尋問事項が尋問期日の直前に弁護人に知らされたこと等を指摘し、当事者主義に反し、被告人の防御権を損なうもので、Aの尋問調書は、法的関連性がないため証拠能力がなく、厳格な証明がされたものともいえない旨主張する。しかしながら、本件では、検察官が、AはPTSDの影響により供述不能であるとして、Aの証人請求をせず、Aの司法面接結果に関する捜査報告書(甲3ないし8)を刑訴法321条1項2号前段書面として請求し、これに対して弁護人は供述不能ではないなどとして異議を述べたこと、供述不能に関する立証として検察官請求の医師の証人尋問が実施されたこと、裁判所が職権で証人Aを取り調べることに関する意見を聴取したところ、検察官はAが供述不能であるとして異議を述べる一方で、Aの証人尋問の実施方法に関する意見書を提出したことが認められる。このような審理経過に鑑みれば、当事者双方が、Aの供述の重要性の高さを認識していたことは明らかで、裁判所において、必要と認めて、職権でAの期日外尋問を採用したこと、その尋問につき交互尋問方式によることとしたことに違法な点はない。また、期日外尋問に先立ち尋問事項を定める趣旨は、当事者に尋問に立ち会うか否かを決めるための資料を提供するとともに、尋問事項を検討し、更に必要な事項を付加して請求する機会を与える点にあり、審理経過等から尋問事項が当事者に明らかである場合には、改めて尋問事項を告知する必要はないというべきである。本件では、前記審理経過のとおり、検察官がAの司法面接結果に関する捜査報告書を請求・開示しており、Aに対する尋問事項は当事者双方において明らかで、事前に尋問事項を告知する必要性はなかった上に、検察官の尋問事項書はAの期日外尋問の5日前に提出されており、尋問直前の提出ともいえない。実質的に、弁護人は、Aに対して広範な尋問を行っている。そうすると、弁護人の前記主張は、およそ採用することができない。
第2 前提となる認定事実
 関係各証拠によれば次の事実が認められる(以下においては、令和4年の出来事について暦年の記載を省略する。)。
 1 被告人とAの関係等
 (1)被告人は、心理カウンセラーを称して不登校等の相談に乗るとともに、10年余りにわたり、踊りのチーム(××と称するもので、以下「チーム」という。)を主宰していた。チームには、被告人の当時の妻(以下「元妻」という。)及びAと同じ中学校の同級生である二男も参加していた。
 (2)Aは、小学6年生の冬頃から、妹と共にチームに所属し、その練習や行事に参加していた。被告人とAとはチームの活動を通じて家族ぐるみで交流するようになり、Aは、中学2年生時の令和3年5、6月頃から、多いときは月に2回程度、妹と共に被告人方に宿泊するようになった。被告人は、Aらと共に外出することもあり、元妻や二男が同行することもあった。
 2 3月5日から同月6日までの出来事
 (1)Aは、3月5日、被告人方を訪れて同所に宿泊した。Aが、妹を伴わずに一人で被告人方に宿泊したのは、同日が初めてであった。
 (2)被告人は、3月6日午後3時58分頃から同日午後3時59分頃までの間、被告人方において、自身の携帯電話機を使用して、2回にわたり、Aが上衣をまくり上げて胸部を露出させている写真を撮影した(うち1回が判示第5の別表1の犯行)。
 3 3月25日から3月30日までの出来事
 (1)被告人は、3月中旬頃、Aの母親に対し、同月27日に愛知県内で開催される踊りのイベントについて見学ないし参加するため、同月25日から同月27日にかけて、Aを連れて愛知県へ行くこと及び基礎疾患を有するAの妹が新型感染症にり患することを防止するため、愛知県から戻った後に、Aが一定期間被告人方に宿泊することを提案し、Aの母親の承諾を得た。
 (2)被告人は、3月25日、Aと二人で、被告人が運転する車で愛知県方面に向かい、同日、判示第2のホテル406号室に、同月26日、判示第3のホテル603号室に、いずれもAと共に宿泊した。
 (3)Aは、友人に対し、自身の携帯電話機を使用して、3月26日午前1時頃から同日午前1時13分頃までの間、被告人と愛知県に来ており、体を触られた、被告人は警察に言ってもいいと言っているが、本当に警察に言いたいくらい辛い、警察に言うとチームや被告人の二男、Aの母親等に迷惑がかかる、このことをAの母親に伝えてほしい旨のメッセージを送信したが(LINEのトーク機能による。以下同じ)、同日午前5時51分頃、やはりAの母親には伝えないでほしい旨のメッセージを送信した(甲48)。
 (4)前記友人は、Aの一連のメッセージを閲読し、3月26日午前10時10分頃から同日午前10時11分頃までの間、Aの母親に対し、Aの前記メッセージの画面を撮影したスクリーンショットを送信するとともに、後からAは送らなくてよい旨伝えてきたが報告する旨のメッセージを送信したが、Aの母親は、前記友人を連絡先として登録(友達登録)していなかったことから、これらのメッセージ及びスクリーンショットを受信することはなかった(甲49)。
 (5)被告人は、3月26日午後10時41分頃、判示第3のホテルの客室において、自身の携帯電話機を使用して、4回にわたり、Aの全裸の写真を撮影した(判示第5の別表2ないし5の犯行)。
 (6)被告人とAは、3月27日、島根県内に戻り、Aは、同日以降も被告人方に宿泊し、同月30日に自宅に帰った。
 (7)被告人は、3月27日午後11時28分頃、被告人方において、自身の携帯電話機を使用して、4回にわたり、Aの全裸等の写真を撮影し(判示第5の別表6ないし9の犯行)、同月30日午前1時12分頃から同日午前1時13分頃までの間、被告人方において、自身の携帯電話機を使用して、5回にわたり、Aの性器が露出した写真を撮影した(判示第5の別表10ないし14の犯行)。
 4 Aの被害申告
 Aは、4月中旬頃、通学先中学校の教員に対し、被告人から性的被害を受けた旨申告した。
第3 A供述の信用性の検討
 Aは、証拠調べ期日での証人尋問において、被告人から、判示第1ないし第4記載の各被害を受けた旨供述していることから、A供述の信用性について検討する。
 1 供述内容の合理性等
 Aは、判示第1ないし第4のとおりの各性的被害の内容のほか、被告人から、Aの学校のことを相談するために泊まりに来るように言われてこれに応じ、その翌日である3月6日に初めて被告人から性的被害を受けたこと、被告人の家族や自身の家族、チームの仲間等に迷惑が掛かることを心配して他人に相談できず、気が進まないながらも被告人と共に愛知県に行くことになったこと、同月26日に友人に被害に関するメッセージを送信したが、警察に行かないといけなくなるなどと再考して母に連絡しないように伝えたことなどについて具体的に供述しており、Aの年齢等にも鑑みれば、その内容について不自然、不合理な点は見当たらない。また、判示第4の被害についても、自身の女性器に指を入れられた後、握らされた被告人の男性器が硬くなったこと、男性器を太ももの付け根辺りに押し付けられた後、自身の女性器に入れられて、刺さるような強い痛みを感じ、痛い旨言ったことなど、その供述内容は、迫真性を有する合理的なものである。さらに、被害申告をした経緯について、Aは、強制性交等の被害に遭った後も、チームの仲間等に迷惑がかかることから警察沙汰にしたくないと思っていたが、被告人からまた泊まりに来いと言われたために再び被害に遭うことを恐れて、友人に相談し、通学先中学校の教員に被害申告するに至った旨供述しており、Aが強制性交等という程度の大きい性的被害に遭うまでに至っていたことに照らせば、その内容は合理的で、流れも自然なものといえる。
 2 客観証拠との整合性
 Aは、前記第2の3(3)のとおり、友人に対してメッセージを送信しているところ、これらのメッセージは、被告人がAに対して判示第2に関するわいせつ行為をした時間帯に近接して送信されたものである。その上、被告人から性的被害に遭って多大な精神的苦痛を感じながらも、母親、被告人の親族、学校やチームの仲間に迷惑をかけることなどを慮って警察等に被害申告することを躊躇い、被告人に調子を合わせて行動を共にしているというAの生々しい心の葛藤が、メッセージの内容に如実に示されている。このメッセージを閲読した友人において、Aの母親に実際に報告を試みたことに照らしても、これらのメッセージが虚偽や誇張を述べたものとは考え難い。これらのメッセージは、それ自体、Aが同意なく性的被害に遭ったことを強く推認させるものであり、Aの供述を客観的に裏付け、その信用性を高めるものである。
 3 虚偽供述の動機の不存在等
 Aは、被告人と家族ぐるみで交流を深めていたもので、チームや被告人の家族は、Aにとって重要な居場所であったと考えられる。被害申告をすることは、このような関係性等を崩壊させることを意味するのは自明で、Aが殊更に、被告人に不利益な虚偽の供述をする動機は考え難い。また、Aは、被告人の男性器が自身の女性器に入っているところは直接見ていない旨述べるなど、記憶にある部分とそうでない部分を明確に区別して供述しており、虚偽を述べたり、誇張したりしている様子はうかがわれない。
 4 前記1ないし3の事情に照らせば、A供述は、高い信用性を有するものと認められる。
 5 弁護人の主張及び被告人供述の検討
 これに対し、弁護人は、①被告人とAは交際関係にあり、一連のわいせつ行為(判示第4の機会におけるわいせつ行為を含む)はAの同意の下で行われた旨述べる被告人供述は信用できる、②(ア)被告人が家族や犬のいる自宅の部屋で犯行に及ぶことは不自然であるし、(イ)順次性的被害に遭っていたのであれば、Aが、被告人と旅行に出かけたり、一緒に外出して笑顔で過ごしたりしていることを説明できず、不自然である、③Aがクラミジア感染症にり患しているのに、被告人は同感染症にり患していないから、被告人がAと性交した事実を説明できない、④被告人が勃起不全で性交ができない状態であった旨の被告人供述は信用でき、この点からも、被告人がAと性交した事実を説明できないと指摘し、Aの供述は信用できないと主張する。
 まず、①被告人とAが交際関係にあり、Aの同意の下に性的行為が行われたとする点については、客観証拠である前記第2の3(3)のメッセージの内容と明らかにそぐわない(なお、被告人は、Aの全裸の写真や胸部、性器が露出した写真を多数撮影しているが、そのことがAの同意や交際関係の存在を推認させるものでないことは明らかである。)。また、被告人とAは、家族ぐるみの交流があったとはいえ、チームの主宰者と参加していた中学生という関係に過ぎず、それを超える特別の関係性があった事情もない。被告人は、公判廷で、Aから相談したい旨言われて被告人方に招いたところ、3月6日、Aから、母親の交際相手から性的被害を受けている旨相談され、「大泣き」されたため、Aを抱きしめて慰めるとともに、どちらからともなくキスをし、Aに触ってもいいか確認して胸を触った旨供述するが、被告人が性的被害の相談を受けた機会に同様の性的行為をし、Aがこれに同意するということ自体、不自然極まりない。被告人は、公判廷で、3月25日、車中でAとの間で交際する話になった旨も供述するが、交際申込みに至った経緯やAとのやりとりに関する被告人の供述は、具体性に欠ける曖昧なものである。Aと交際していた旨の被告人供述はおよそ信用できず、これを前提とする弁護人の主張は採用できない。
 次に、②(ア)被告人が自宅で各犯行に及ぶことが不自然であるとする点については、一般的に、性的被害を受けた者が恐怖のあまり声を出せないこと自体、被害者心理として首肯できるものである上、Aが助けを求めて事態が明るみに出れば、被告人の元妻及び二男やチーム等のAが大切にしている居場所や関係性が崩壊することになるのは自明で、助けを求められないことは十分にあり得ることで、それまでの被告人とAとの関係等からすれば、被告人もそのことを認識していたといえる。Aは、被告人が家族に対して自室に入らないように伝えていた旨供述しており、このことも併せ考慮すれば、被告人が自宅で各犯行に及ぶことが不自然であるとはいえない。②(イ)性的被害に遭いながらも被告人と行動を共にしていたこと等を不自然とする点についても、A自身が、居場所や関係性を崩壊させたくないと逡巡し、被告人を怒らせないように調子を合わせていたとの合理的な説明をしている上、このようなAの心情は前記第2の3(3)のメッセージの内容によっても客観的に裏付けられている。
 ③クラミジア感染症に関する点については、Aのり患の事実は証拠上明らかになっておらず、この点に関する弁護人の主張は前提を欠く。仮にAがクラミジア感染症にり患していたとしても、感染時期が判示第4の犯行に先立つものか定かではない上、感染女性との一度の性交により男性が同感染症にり患する蓋然性の程度を考慮しても、少なくとも、被告人が同感染症にり患していないがゆえに、Aとの性交の事実が否定されるものではない。
 ④勃起不全に関する点については、被告人供述を前提とするものであるが、被告人の元妻の供述によれば、被告人は、3月までは元妻と月1回程度性交し、勃起不全を訴えるなどして性交及び射精を完遂できないことはなかったことが認められる(被告人との間に三子がいる元妻が、この点について公判廷で虚偽の供述をする動機は考え難い上、その内容自体、自然で合理的なものであるから、その供述は信用できる。)。また、被告人は、Aと旅行に出かける2日前にコンドーム1箱を購入し、被告人方の捜索差押までの間に一部を消費していることが認められ、このことは勃起不全で性交ができなかった者の行動として不自然である。これらの事情からすれば、そもそも、勃起不全である旨の被告人の供述は信用できず、これを前提とする弁護人の主張も採用できない。
 以上のとおり、被告人供述は、A供述の信用性を何ら動揺させるものではない。弁護人の主張は、いずれも採用できない。
第4 結論
 以上によれば、Aの供述は信用できるから、その供述するとおりの判示第1ないし第4の各被害を認定することができる。
(法令の適用)
 1 構成要件及び法定刑を示す規定
  被告人の判示第1ないし第3の各所為はいずれも刑法176条前段に、判示第4の所為は刑法177条前段に、判示第5のうち別表記載の番号1、番号2ないし番号5(包括して)、番号6ないし番号9(包括して)及び番号10ないし番号14(包括して)の各所為はいずれも児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律7条4項、2項、2条3項3号にそれぞれ該当する。
 2 刑種の選択
  判示第5の各罪(別表1、2ないし5、6ないし9、10ないし14)についていずれも懲役刑を選択する。
 3 併合罪の処理
  以上の各罪は刑法45条前段の併合罪であるから、刑法47条本文、10条により最も重い判示第4の罪の刑に法定の加重をする。
 4 宣告刑
  以上の刑期の範囲内で被告人を懲役8年に処する。
 5 未決勾留日数の算入
  刑法21条を適用して未決勾留日数中320日をその刑に算入する。
 6 訴訟費用の処理
  訴訟費用は、刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させない。
(量刑の理由)
 被告人は、踊りのチームの主宰者等として、チーム員のAに対して上位の立場にあることを利用し、14歳と年若い被害者に対し、自宅や踊りのイベントに出かけた宿泊先において強制わいせつを繰り返したあげく、強制的な性交にまで及んでいるのであって、一連の犯行態様は悪質で卑劣極まりないものである。撮影していたAの裸体写真をばらまくなどの脅迫文言等も相応に強度である。被告人に対する信頼を裏切られ性欲のはけ口とされたAは、程度の高い性的凌辱を受け続け、肉体的・精神的苦痛が大きいことから、今後の健全な成長・発達に対する悪影響も懸念される。総じて生じた結果は重く、慰謝の措置を講じてもいない被告人に対し、A及びその母親が峻烈な処罰感情を述べるのも、もっともなこととして理解できる。以上に述べた点から被告人の刑事責任は重大で、相当長期の実刑を免れない。
 同種前科がないことや、各児童ポルノ製造は認めていること等の被告人に有利な事情も考慮した上で、被告人に対しては、主文の刑を科すこととした。
(求刑:懲役12年)
  令和5年6月28日
    松江地方裁判所刑事部
        裁判長裁判官  今井輝幸
           裁判官  佐藤洋介
 裁判官藤本拓大は、差支えのため署名押印できない。
        裁判長裁判官  今井輝幸

(別紙)
Aの氏名■■■

                            

対償供与約束能力 10~12歳との児童買春事件

 裁判例をみると、10歳で対償供与約束能力を認めるようですが
 性行為の意味を理解しないと、性交等の対価というのも理解できないと思うので、刑法の性的承諾能力(13歳)とは別個に観念できるのでしょうか?
 10歳とか12歳とかに、対償供与約束能力を認めて、性的承諾能力を認めないというのは矛盾です。

 どうせ、6歳児童に「飴ちゃんやるから体触らせて」というのは、不同意わいせつ罪しか立てないわけです。
 この辺は、児童買春罪ではなくて、不同意性交罪(177条3項)のみを検討すればいいと思います。


 児童との約束の解釈については、通常の意思表示と同様で、意思能力の問題とか錯誤とか取消とかがありえるという解釈です。
>>

阪高裁令和5年2月2日宣告 
 所論は、対償供与約束の存否は、外形から客観的に判断すべきところ、1万円以上を交付する旨の被告人の申し出については、被害児童が断って白紙に戻ったから、両名の間に対償供与の約束は成立していないと主張する。しかしながら、外形から客観的に判断するとの趣旨は、所論がいうように発言内容を分断して個別にその意味を確定することではなく、表示内容と異なる内心などの主観面によって認定が左右されないとの意味で、一般的な意思表示の解釈や認定と同様、外部への表示内容を社会通念に従って合理的に解釈して対償供与約束の成否やその内容を認定することは当然に許容される。本件においては、被告人からの対償供与の申し出に、いったん、被害児童から消極的な返答のメッセージが送られたのは、やりとりの一局面にすぎず、その後もやりとりは途切れずに続いており、これらを含めた一連の経緯からすると、本件性交の時点で対償供与約束があったと客観的に判断できることは前述のとおりである。
 所論は、被害児童において、被告人と会うときには性交までする約束はなかったと供述している(原審甲5)ことを指摘し、対償供与約束が認められるとしても、その対象の範囲は、性交類似行為までで、性交についての対償供与約束は成立していないとも主張するが、本件性交について被告人が被害児童の同意を得た時点で、これが対償供与の下に行われるとの約束が成立したものと認められるのは前記のとおりで、それ以前の時点での約束内容についての証拠関係が上記認定を左右することはなく、この点の主張も採用できない。
<<

 

  地裁   H17.9.29 (罪となるべき事実)
 被告人は、平成17年2月26日、東京都渋谷区〈以下省略〉所在のホテル「b」において、A(当時12歳)が18歳未満であることを知りながら、同児童に対し、現金1万円の対償を供与する約束をして、同児童と性交し、もって児童買春をしたものである。
12歳
地裁 四日市 H23.1.7 (犯罪事実)
 被告人は,■(当時12歳,平成■年■月■日生)が18歳に満たない児童であることを知りながら,
第1 平成22年10月12日午前10時46分ころから同日午後1時11分ころまでの間,三重県三重郡<以下略>所在のホテル「a」α号室において,上記児童に対し,現金1万5000円を対償として供与する約束をして上記児童と性交し,児童買春をした。
12歳
名古屋 高裁   H23.5.11 所論は,判示第1の事実に関し,13歳未満の者には性交等を有効に承諾する能力がなく,対償供与の約束は成立し得ないから,本件においても,当時12歳の被害児童との間に対償供与の約束は成立しておらず,したがって児童買春罪は成立しない,という。しかし,法が児童の承諾のあった性交等を処罰することとしているのは,児童が心身ともに未熟であることから,その承諾そのものを問題視して児童に対する性的搾取及び性的虐待から児童の権利を擁護するためであり,法は性交等の承諾を与える児童の能力が完全でないことを当然の前提としているのである。また,刑法176条後段及び177条後段は,性的知識に乏しい年少者を特に保護する趣旨で,13歳未満の者に対しては,同意の有無を問わず,かつ,暴行脅迫を用いないでも強制わいせつ罪,強姦罪が成立することとしているのであり,児童買春罪の成立を認めるに当たって,これらの規定が13歳未満の者について対償供与の約束が成立したとの事実を認める妨げとなるものではない。所論は失当である。 12歳
神戸 地裁 尼崎 H26.7.29 第5 D(当時10歳),B及び家出をしてA方に寝泊まりしていたI(Iは当時の姓。平成10年○月○○日生,当時15歳。以下「I」という。)がそれぞれ18歳未満であることを知りながら,前記各児童に対する性交等の周旋をしたAに対し,あらかじめ現金合計5万円の対償を供与する約束をした上,平成25年10月6日,兵庫県尼崎市(以下略)所在の××東側階段において,
 1 自己の性的好奇心を満たす目的で,Dの陰部を触り,
 2 Iに自己の陰茎を口淫させる性交類似行為をし,
 3 Bに自己の陰茎を口淫させる性交類似行為をし,さらに同所において同人と性交し,
 もって,それぞれ児童買春をした。
10歳
水戸 地裁   H28.9.12 (罪となるべき事実)
 被告人は,
 第1 A(○年○月○日生,当時11歳)が13歳に満たない児童であることを知りながら,
  1 平成27年10月4日午後2時10分頃から同日午後4時43分頃までの間に,茨城県ひたちなか市〈以下省略〉付近駐車場に駐車中の自動車内において,Aに対し対償としてiPod touch(ポータブルオーディオプレーヤー)1台を供与して,Aに自己の性器を口淫させるなどの性交類似行為をし,もって児童買春をするとともに,13歳未満の女子に対しわいせつな行為をし,
11歳
名古屋 地裁   R1.12.5 (罪となるべき事実)
 被告人は,A(別紙記載。当時12歳)が13歳に満たない児童であることを知りながら,平成31年3月9日午前2時15分頃から同日午前3時13分頃までの間に,愛知県大府市〈以下省略〉aホテル217号室において,Aに対し,約1万3000円相当のチケット代金等の支払を対償として供与する約束をして,Aと性交及び口腔性交をし,もって児童買春をするとともに,13歳未満の者に対し,性交等をしたものである。
12歳
前橋 地裁   R2.4.16 第3 被告人は,■(以下「C」という。当時12歳)が13歳未満の者であること及び18歳に満たない児童であることを知りながら,
1(令和元年12月3日付け起訴状記載の公訴事実第1)
 同児童と性交等をしようと考え,令和元年8月15日午前11時44分頃から同日午後3時33分頃までの間,宇都宮市δ××××番地×g×××号室において,同児童に対し,ホテル代を含めた現金2万円の対償を供与する約束をして,同児童と性交等をし,もって児童買春をするとともに13歳未満の者に対し,性交等をし
12歳

 

高裁判例が混乱しているが、就寝中の児童の着衣を脱がして撮影する行為は、姿態をとらせて製造罪(7条4項)であって、ひそかに製造罪(同条5項)ではないこと

高裁判例が混乱しているが、就寝中の児童の着衣を脱がして撮影する行為は、姿態をとらせて製造罪(7条4項)であって、ひそかに製造罪(同条5項)ではないこと

 坪井検事によれば「ひそかに」とは,「描写の対象となる児童に知られることのないような態様で」 という意味と解説されているので、寝ている児童の前であからさまにスマホをかざしていると「ひそかに」には該当しません。

 最近、5項製造罪でもいいという高裁判決が出ていますが、「賛同できない」とか「同項の製造に該当するとした原判決の解釈が誤りであるとまで断ずるには足りない」とかで、積極的な理由が付されていません。姿態をとらせて製造罪説は、法文に忠実で、文献と判例を並べただけなので、誤りは絶対無い。

(1)姿態をとらせて製造罪説

阪高裁H28.10.26*1(姫路支部h28.5.20*2)
論旨は,第10,第12及び第13の各2の製造行為は,いずれも盗撮によるものであるから,法7条4項の製造罪ではなく,同条5項の製造罪が成立するのに,同条4項を適用した原判決には,法令適用の誤りがある,というものである。
 しかしながら,法7条5項は「前2項に規定するもののほか」と規定されているから,同条4項の罪が成立する場合には同条5項の罪は成立しないことが,法文上明らかである。所論は,法7条5項に「前2項に規定するもののほか」と規定されたのは立法のミスであってこの文言に特段の意味はないとした上で,法7条5項の罪と他の児童ポルノ製造の罪との関係は前者が後者の特別法の関係だと主張する。しかし,法7条5項の罪が追加された法改正の趣旨を考慮しても所論のように「前2項に規定するもののほか」に意味がないと解する必要はなく,法7条5項の罪が特別法の関係にあるとの所論は,独自の見解であって,採用できない。いずれも法7条4項の罪が成立しているとした原判決の法令適用に誤りはない。

阪高裁r05.1.24*3(奈良地裁R04.7.14*4)
 しかし、同法7条5項の規定する児童ポルノのひそかに製造行為とは、隠しカメラの設置など描写の対象となる児童に知られることがないような態様による盗撮の手段で児童ポルノを製造する行為を指すと解されるが、同項が「前2項に規定するもののほか」と規定していることや同条項の改正経緯に照らせば、児童が就寝中等の事情により撮影の事実を認識していなくても,行為者が姿態をとらせた場合には、姿態をとらせ製造罪(同条4項)が成立し、ひそかに製造罪(同条5項)は適用されないと解される。
 したがって、検察官は、本来、上記各事実をいずれも姿態をとらせ製造罪として起訴すべきところを、誤ってひそかに製造罪が成立すると解し、同一機会の各事実と合わせると姿態をとらせたこととなる事実を記載しながら、「ひそかに」との文言を付して公訴事実を構成し、罰条には児童買春・児童ポルノ処罰法7条5項を上げた起訴状を提出し、原判決もその誤りを看過して、同様の事実認定をした上で、上記のとおりの適条をしたことが明らかである。このような原判決の判断は、判文自体から明らかな理由齟齬とまではいえないにせよ、法令の適用に誤りがある旨の所論の指摘は正しい。 


(2) ひそかに製造罪説

東京高裁r5.3.30*5(東京地裁R04.7.14*6)
その余の事実については、同項の製造に該当するとした原判決の解釈が誤りであるとまで断ずるには足りないし、仮に同条4項による製造と認定すべきであって法令の適用に誤りがあるとしても、同項の製造罪と同条5項の製造罪は、同一法条に定められ、その罪質も法定刑も同じであって、本件において、その要件の差により被告人の防御の機会を奪う事態となっていたとは考え難いし、量刑上も影響を及ぼすものではないことが明らかであるから、その誤りは判決に影響を及ぼさない。

東京高裁r5.6.16*7(立川支部r05.1.20*8)
しかしながら、原審記録によれば、前記各事件は、いずれも、被告人が、各児童に所定の姿態をとらせた上、ひそかにその姿態を撮影するなどした行為に係るものと認められるところ、これらについて、訴追裁量を有する検察官が同条5項のひそかに所定の児童の姿態を撮影するなどした事実を摘示した上で同条5項の罪により公訴を提起し、被告人及び原審弁護人は事実及び犯罪の成立を争わず、原判決においてその事実が認定されて犯罪の成立が認められたものであり、同条5項の罪の成立を認めた原判決の法令の適用に誤りはない。所論は、同条5項の罪が成立するためには同条4項の罪が成立しない場合であることを要するというが、同条4項の罪が成立しないことが同条5項の罪の成立要件であるとの趣旨であれば、そのように解すべき合理的理由はなく、賛同できない。

阪高裁R5.7.27*9(神戸地裁姫路支部R5.3.23*10) 上告中 第三小法廷
   以上を踏まえると、本法7条5項において「前二項に規定するもののほか」と規定されているのは、実体的に3項製造罪又は4項製造罪に当たるものを除くという趣旨ではなく、3項製造罪又は4項製造罪として処罰されるものを除くという趣旨と解される。

阪高裁r5.9.28*11(奈良地裁葛城支部R5.3.13*12) 上告中 第三小法廷
   以上を踏まえると、本法7条5項において「前二項に規定するもののほか」と規定されているのは、実体的に3項製造罪又は4項製造罪に当たるものを除くという趣旨ではなく、3項製造罪又は4項製造罪として処罰されるものを除くという趣旨と解される。


 坪井検事によれば「ひそかに」とは,「描写の対象となる児童に知られることのないような態様で」 という意味と解説されているので、寝ている児童の前でスマホをかざしていると「ひそかに」には該当しません。

坪井麻友美「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律について」H26_捜査研究 第63巻第9号(2014年9月号)

 念頭に置かれるのは、浴室・トイレ盗撮であって、「この要件は,児童を描写する行為の客観的態様についての要件であって,児童の承諾の有無を問題とする要件ではなく,また,当該児童が当該描写を認識しているか否かも問わない。」「描写の対象となる児童に知られることのないような態様」に当たるかどうかは,一般人を基準に判断することとなる。」というのであるから、カメラは児童からみて隠されていなければならない。
 坪井検事はわざわざ「犯人側の態様で判断される」というのである。被害者側の主観・内心は考慮しないというのである。

 だとすると、眠っている被害者の下着を脱がして、触る等して、スマホで撮影する行為は、カメラが露出していて、一般人からみると、「児童に知られるような態様」であるから、「ひそかに=描写の対象となる児童に知られることのないような態様で」に該当しない。

坪井麻友美「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律について」(法曹時報66巻11号29頁)
イ要件
(ア) 「ひそかに」「ひそかに」とは,「描写の対象となる児童に知られることのないような態様で」という意味であり,児童が利用する脱衣所に隠しカメラを設置して盗撮するような場合が典型例である。
この要件は,児童を描写する行為の客観的態様についての要件であって,児童の承諾の有無を問題とする要件ではなく,また,当該児童が当該描写を認識しているか否かも問わない。

(注18)
「描写の対象となる児童に知られることのないような態様」に当たるかどうかは,一般人を基準に判断することとなる。客観的にこのような態様に当たる場合,通常,被写体となる児童は描写されていることを認識・承諾していない場合が多いと考えられるが,たまたま児童が隠しカメラの存在に気付き,盗撮されることを内心認容していた場合や,撮られる間際にカメラの存在に気付いた場合なども盗撮製造罪は成立し得る。
(注19) 「ひそかに」の他法令での用例としては,軽犯罪法の窃視の罪(問、法第1条第23号「正当な理由がなくて人の住居,浴場,更衣場,便所その他人が通常衣服をつけないでいるような場所をひそかにのぞき見た者」)があるところ,同法上の「ひそかに」は,「見られないことの利益を有する者に知られることなく」という意味であり,見られる者の認識(承諾)を問題とする文言と解されている(注釈特別刑法第7巻,風俗・軽犯罪編111頁)。軽犯罪法の窃視の罪の保護法益はプライパシー権であって被害者の承諾があれば法益侵害がないと考えられるのに対し,児童ポルノの盗撮製造罪の保護法益及び処罰の趣旨は上記のとおりであるから,両法における「ひそかに」の文言の意義は異なるものと解される。

 月刊警察には児童側の内心は考慮しないって書いてある。

法務省刑事局付坪井麻友美「児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律」について月刊警察2014. 10 No.373
第7条第5項の「ひそかに」とは,どのような意昧ですか。
「ひそかに」とは,「描写の対象となる児童に知られることのないような態様で」という意味であり,児童が利用する脱衣所に隠しカメラを設置して盗撮するような場合が典型例です。
この要件は,児童を描写する行為の客観的態様についての要件であって,児童の承諾の有無を問題とする要件ではなく,また,当該児童が当該描写を認識しているか否かも問いません(たまたま児童が隠しカメラの存在に気付き,盗撮されることを内心認容していた場合や,撮られる間際にカメラの存在に気付いた場合等も,盗撮製造罪は成立し得ます。)。
本項の児童ポルノの製造罪の趣旨は, Q11で述べたとおり,かかる行為が児童の尊厳を害し,児童を性的行為の対象とする風潮が助長され,抽象的一般的な児童の人格権を害するなどの点にあり,その保護法益が児童のプライパシー権そのものではない上,本項が,児童ポルノを製造する行為のうち,盗撮によるものを特に処罰することとした理由が,盗撮が行為態様の点において違法性が高いと考えられたことによるものであるため,盗撮製造罪は,児童の承諾の有無にかかわらず成立するのです。
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裸体を撮影送信させる行為について、高裁レベルでは強要罪説(岡山支部H22.12.15、東京高裁H28.2.19)から、強制わいせつ罪説(大阪高裁R03.7.14)に移りつつあるが、最高裁の判断がない状況。

裸体を撮影送信させる行為について、高裁レベルでは強要罪説(岡山支部H22.12.15、東京高裁H28.2.19)から、強制わいせつ罪説(大阪高裁R03.7.14)に移りつつあるが、最高裁の判断がない状況。

 警察に聞かれましたが、大阪高裁は実刑になっていますが、送信させる型強制わいせつ(リモートわいせつ型)は、量刑が軽めなので、1審と控訴審の未決が多くなっているのと、上告未決が何日もらえるかわからないのとで、上告できていません。

文献番号】 25470943
【文献種別】 判決/広島高等裁判所岡山支部控訴審
【裁判年月日】 平成22年12月15日
【事件番号】 平成22年(う)第100号
【事件名】 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反、強要被告事件
【審級関係】 第一審 25470942
岡山地方裁判所 平成22年(わ)第146号
平成22年 8月13日 判決
【事案の概要】 被告人が、3名の被害児童に対して乳房等を露出した画像を送信させて児童ポルノを製造し、そのうち1名に対しては、送信させるべく脅迫を加えたという児童ポルノ製造及び強要の事案の控訴審で、前記各公訴事実による起訴は、そもそも実質的に強制わいせつ罪を起訴したものとはいえず、検察官の訴追裁量を適正に行使したものと認められるなどとして、被告人の本件控訴を棄却した事例。
【裁判結果】 棄却
【上訴等】 上告
【裁判官】 山嵜和信 佐々木亘 石田寿一
【掲載文献】 高等裁判所刑事裁判速報集(平22)号182頁
【参照法令】 刑法223条
刑法45条前段
児童買春法7条
児童買春法2条
【引用判例】 (当判例が引用している判例等)
最高裁判所第一小法廷 昭和58年(あ)第909号
昭和59年 1月27日
最高裁判所第一小法廷 平成19年(あ)第619号
平成21年10月21日
【全文容量】 約16Kバイト(A4印刷:約9枚)


《全 文》

【文献番号】25470943

児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反,強要被告事件
広島高等裁判所岡山支部平成22年(う)第100号
平成22年12月15日第1部判決

       判   決

■■■■

 上記の者に対する児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ法」という。)違反,強要被告事件について,平成22年8月13日岡地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官見越正秋出席の上審理し,次のとおり判決する。


       主   文

本件控訴を棄却する。


       理   由

第1 本件控訴の趣意は,弁護人奥村徹作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に記載されたとおりであるから,これらを引用する。
第2 訴訟手続の法令違反の控訴趣意について
1 論旨は,次のとおりである。
(1)原判決は,(罪となるべき事実)として,被告人が,■(当時15歳。以下「被害者B」という。)が18歳未満の児童であることを知りながら,原判決別表1記載のとおり,平成21年7月11日,11回にわたり,同児童に乳房等を露出した姿態等をとらせ,これをカメラ機能付き携帯電話機で撮影させた上,その画像データ11点を被告人が使用するパーソナルコンピューターに電子メール添付ファイルとして送信させ,被告人方において,これらを上記コンピューターで受信し,そこに内蔵された電磁的記録媒体であるハードディスクに記録して蔵置し,もって,児童ポルノを製造し(原判示第1),■(当時13歳。以下「被害者C」という。)が18歳未満の児童であることを知りながら,原判決別表2記載のとおり,同年8月13日,6回にわたり,同児童に前同様の姿態等をとらせてこれを撮影させた上,その画像データ6点を前同様に送信させ,被告人方において,これらを,前同様に受信し,上記ハードディスクに記録して蔵置し,もって児童ポルノを製造し(同第2),■(当時16歳。以下「被害者A」という。)が18歳未満の児童であることを知りながら,同年9月1日,被告人方において,同児童に対し,上記コンピューターを使用し,インターネット上のチャットにより,「君のIP情報ぬいたんだけどばらまいてもいい?」,「とりあえず写真送ってもらおうか」,「Tシャツ脱いで,胸のところはだけてとって」などと種々申し向けて脅迫し,同児童をしてこれに応じなければ同児童の自由等にいかなる危害を加えられるかもしれない旨怖がらせ,原判決別表3記載のとおり,6回にわたり,同児童に前同様の姿態等をとらせてこれを撮影させた上,その画像データ6点を前同様に送信させ,被告人方において,これらを前同様に受信し,上記ハードディスクに記録して蔵置し,もって同児童に義務のないことを行わせるとともに,児童ポルノを製造した(同第3)との事実を認定判示し,被告人を懲役2年6月,執行猶予3年間に処した。
(2)しかしながら,原判決には,次のとおり,判決に影響を及ぼすことの明らかな訴訟手続の法令違反がある。
ア 原審裁判所が,平成22年6月28日,原審弁護人が刑訴法40条に基づき裁判所の訴訟記録の閲覧を求めたのに対し,被害者特定事項秘匿申出書部分の閲覧を拒否し、原審弁護人が後日謄写申請をしたのに対し,上記申出書の申出人の氏名・住所の謄写を許さなかったため,早期の被害者A及びCに対する慰謝の措置が妨げられた(控訴理由第1)。
イ 本件各公訴事実は,いずれも実質的に強制わいせつ罪であり,告訴のないまま起訴ないし一部起訴されたものであって,公訴棄却とすべきであったにもかかわらず,原判決が実体判断をしたものである(控訴理由第4)。 
2 そこで,原審記録を調査し検討する。
(1)前記控訴理由第1について
ア 原審記録によれば以下の事実が認定できる。
(ア)平成22年3月19日,岡山地方検察庁検察官は,岡山地方裁判所に対し,被害者A本人からの被害者特定事項の秘匿の申出があった旨通知したが,同通知には連絡先として同人の住所が記載されていた。
(イ)同年6月18日,同検察官は,同裁判所に対し,被害者Bの法定代理人母及び被害者Cの法定代理人母から,それぞれ被害者特定事項の秘匿の申出があった旨通知したが,これら各通知には,それぞれ申出人の氏名と共に連絡先として各申出人の住所地が記載されていた。
(ウ)原審弁護人は,同年5月3日付け保釈請求を行ったころまでには,被害者Aとの示談交渉を始めており,また,同年6月15日ころまでには,検察事務官を通じ,示談交渉のため,被害者B及び同Cの各母の氏名及び携帯電話番号を把握していた。
(エ)同年7月7日,原審弁護人は,原審裁判所に対し,申請人欄に,原審弁護人の氏名,所属弁護士会及び申請資格を,閲覧謄写人氏名欄に,原審弁護人以外の者の氏名を各記載し,謄写対象として,被害者特定事項秘匿の申出の通知書を含めて謄写を求める内容の,刑事事件記録等閲覧・謄写票を提出した。これに対し,原審裁判所は,被害者特定事項の秘匿申出通知について,連絡先及び法定代理人氏名の記載を除いた部分の謄写を許可した。
(オ)なお,原審記録上,平成22年6月28日の原審弁護人による記録等の閲覧申請にかかる書類は存在しない。
イ そこで判断するに,まず,前記認定事実によれば,原審弁護人が,平成22年6月28日,原審裁判所に対し,所論主張の閲覧申請をしたとは認められない。当時,原審弁護人が,原審裁判所に在庁し,所論主張の閲覧の可否を打診し,原審裁判所が拒否的回答をしていたとしても,上記のとおり閲覧申請をしたとは認められない以上,これらをもって訴訟手続の法令違反になるとは認められない。
 次に,刑訴規則31条によれば,弁護人は,裁判長の許可を受けて,自己の使用人その他の者に訴訟に関する書類等の閲覧又は謄写をさせることができるとされているから,その許否は,裁判長の合理的裁量にゆだねられていると解される。そして,前記認定事実によれば,原審弁護人が,平成22年7月7日付けの刑事事件記録等閲覧・謄写票の閲覧謄写人氏名欄に,原審弁護人以外の者の氏名を記載していることが明らかであるから,原審弁護人が刑訴規則31条所定の許可申請をしたと解するほかなく,原審裁判所がその謄写を制限した部分は,被害者特定事項の秘匿申出通知3通のうち,被害者Aの連絡先,同B及び同Cの保護者氏名及びその連絡先の記載部分のみに止まる上,原審弁護人において,既に被害者Aとの示談交渉を始め,同B及び同Cの各母の氏名及び携帯電話番号を把握していたという事実に照らせば,原審裁判所の上記謄写制限が合理的裁量を逸脱したとは認められず,結局,これをもって訴訟手続の法令違反になるとは認められない。
 所論は,上記謄写制限がなければ,被害者A及び同Cに対し早期の慰謝の措置が可能であった旨主張しており,上記裁量を逸脱した旨の主張とも解される。しかし,被害者特定事項の秘匿の申出があらかじめ検察官に対してされた場合の,検察官から裁判所に対する通知について,刑訴規則196条の2において,やむを得ない事情があるときを除き書面によることとされている趣旨が手続を明確にする点にある上,同書面の記載事項については,法令上規定がなく,上記趣旨にかんがみ,刑訴法290条の2第1項所定の申出人から被害者特定事項の秘匿の申出があった旨記載されていれば足り,その余の記載は,その後の申出人に対する通知などの便宜のためになされるものにすぎないと解されるのであり,その記載された事項について被告人の防御の観点から弁護人に開示されることが法律上当然に予定されているわけではないのであるから,所論主張の利益は事実上のものというべきであって,上記裁量の逸脱を基礎付ける事情とは認められない。
(2)前記控訴理由第4について
ア まず,検察官は,現行法上,広範な訴追裁量権を有しており,立証の難易等諸般の事情を考慮して訴因を設定することができるのであるから,公訴提起に当たり設定した訴因中にたまたま告訴の得られていない親告罪に該当する事実の全部又は一部が含まれている場合であっても,検察官において,殊更に親告罪の趣旨を没却する意図を有するなどの特段の事情があるときに限り,同公訴提起が上記裁量を逸脱したものと解する余地があるに止まるというべきである。
 そして,強制わいせつ罪が個人の性的自由を保護法益とするのに対し,児童ポルノ法7条3項,1項,2条3項3号に該当する罪(以下「3項製造罪」という。)は,当該児童の人格権を第一次的な保護法益としつつ,抽象的な児童の人格権をも保護法益としており,両者が一致するものではない。しかも,原判示各事実は,前記のとおり,原判示第1及び第2の各事実については,各被害者に児童ポルノ法2条3項3号所定の姿態をとらせるに際し,脅迫又は暴行によった旨認定していないし,上記各事実と同旨の各公訴事実も同様に脅迫又は暴行によった旨訴因として掲げていない上,原判示各事実及びこれらと同旨の各公訴事実についても,それぞれ,各被害者をして撮影させた画像データを被告人の使用するパーソナルコンピューターに送信させてこれらを受信し,さらに,上記コンピューターに内蔵されたハードディスクに記録して蔵置した各行為を含んでいるところ,上記各行為はいずれも3項製造罪の実行行為(原判示第3の事実については強要罪の実行行為の一部でもある。)であって,強制わいせつ罪の構成要件該当事実には含まれない事実である。
 したがって,被害児童の告訴の有無にかかわらず,3項製造罪で訴因を設定することが,検察官が殊更に親告罪の趣旨を没却する意図を有することの徴表と見る余地はないし,その訴因中に告訴の得られていない強制わいせつ罪に該当する事実の全部又は一部が含まれているとしても,それだけで検察官に上記意図があるとも解されない。また,原判示第3の事実と同様の訴因について,強要罪の訴因中に告訴の得られていない強制わいせつ罪に該当し得る客観的事実が含まれている(このことは後記第3において後述する。)点についても,「人に義務のないことを行わせ」たとの構成要件に該当する事実は,3項製造罪の構成要件に該当する事実でもあって,実質的には,3項製造罪による訴因に,人に義務のないことを行わせる手段としての脅迫行為が加わったにすぎないのであるから,そのことをもって検察官が上記意図を有することの徴表と解することはできない。
 そうすると,原判示各事実と同旨の各公訴事実による起訴は,そもそも実質的に強制わいせつ罪を起訴したものとはいえず,検察官の訴追裁量を適正に行使したものと認められる。
イ したがって,上記各起訴に対し,原判決が実体判断をしたことが訴訟手続の法令違反であるとは認められない。
(3)その他,所論が縷々主張する点を逐一検討しても,原審の訴訟手続に法令違反があるとは認められず,論旨は理由がない。
第3 法令適用の誤りの控訴趣意について
1 論旨は,次のとおりである。
(1)原判決は,前記のとおり,原判示第3の事実を認定判示した上,同事実について,児童ポルノ製造の点が3項製造罪に,強要の点が刑法223条1項にそれぞれ該当し,両者は観念的競合であるとして科刑上一罪の処理をするに当たり,上記児童ポルノ製造罪の刑で処断することとし,刑種の選択をしなかった。
(2)しかしながら,原判決には,次のとおり,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある。
ア 原判示第3の事実及びこれと同旨の訴因に掲げられた公訴事実は,それだけでも強制わいせつ罪に該当するから,法条競合により強要罪は成立しない(控訴理由第3)。
イ 仮に,強要罪と3項製造罪が成立するとしても,強要罪と3項製造罪は牽連犯ないし混合的包括一罪となる(控訴理由第5)。
ウ 強要罪と3項製造罪の法定刑を比較すると,強要罪の方が刑が重く,そうでなくとも犯情が重いから強要罪の刑で処断すべきであり,また,3項製造罪の刑で処断するとするのであれば刑種の選択をすべきである(控訴理由第2)。
2 そこで,原審記録を調査し検討する。
(1)前記控訴理由第3について
 そもそも訴因制度を採用した現行法の下では,裁判所としては,訴因の制約の下において,訴因に表れた事実について犯罪の成否を判断すれば足り,これにより実体的真実との乖離が甚だしく,これを放置することが正義感情に反すると思われる特段の事情のある場合に,釈明,訴因変更の勧告,訴因変更命令等の措置を取るべきは別として,そのような例外的な場合に該当しない限り,訴因外の事実をも(罪となるべき事実)として認定し別罪の成否を審理・判断する義務はないというべきである(最高裁判所昭和58年(あ)第909号同59年1月27日第1小法廷決定・刑集38巻1号136頁参照)。
 ところで,原判示第3の事実は,被告人が,当時16歳の被害者Aを脅迫し,同人に乳房及び陰部を露出した姿態等をとらせ,これをカメラ機能付き携帯電話機で撮影させたなどの,強制わいせつ罪に該当し得る客観的事実を包含しているが,強制わいせつ罪の成立には犯人が性的意図を有していることが必要であるところ,原判示第3の事実に,被告人が上記性的意図を有している事実が明示されてはいない。
 また,原判示第3の事実にかかる起訴状には,原判示第3の事実と同旨の公訴事実が記載され,その罰条として,3項製造罪のほか,「強要 刑法223条」と記載されているのみであるから,検察官において,上記性的意図を有していることも含めて訴因を設定する意思があったとは認められず,原判決が,被告人が上記性的意図を有していることも含めた訴因であることを前提に原判示第3の事実を認定したとも認められない。なお,所論は,原判決が上記性的意図を認定している旨も指摘するが,原判決は,(量刑の理由)欄において被告人に性的欲望を満たすためという動機があった旨説示しているにすぎず,(罪となるべき事実)として性的意図の存在を認定したものではないから,原判決の上記説示が上記結論を左右するものではない。
 そうすると,原判示第3の事実だけでも強制わいせつ罪が成立するとは解されず,所論は前提を欠いており,原判示第3の事実中,強要の点に刑法223条を適用して強要罪の成立を認めた原判決に法令適用の誤りがあるとは認められない。
 なお,所論は,法条競合という実体法上の問題であるから,訴訟法上の問題は無関係であり,強制わいせつ罪を構成する事実が認定された場合には強要罪は成立しない旨も主張するが,独自の見解といわざるを得ない上,原審記録を精査しても上記特段の事情があるとは認められないから,所論は失当である。所論引用の大審院判例及び高裁判例は,いずれも訴因制度が採用される以前の旧法下の事案であるか,訴因として恐喝未遂罪と強要罪が設定されている事案又は強要罪として掲げられた訴因中に恐喝罪若しくは逮捕罪に該当する事実がすべて掲げられている事案であって,本件はその射程外の事案である。
(2)前記控訴理由第5,第2について
 原判決が,原判示第3の事実を認定判示した上,児童ポルノ製造の点が3項製造罪に該当し,強要の点が強要罪に該当するが観念的競合であるとして科刑上一罪の処理をするに当たり,犯情の重い3項製造罪の刑で処断する適条をしたことは所論が指摘するとおりである。
 そこで検討するに,強要罪は,脅迫し又は暴行を用いて,人に義務のないことを行わせる行為をしたことを構成要件とし,3項製造罪は,児童に児童ポルノ法2条3項3号に掲げる姿態をとらせ,これを写真,電磁的記録にかかる記録媒体その他の物に描写することにより,当該児童にかかる児童ポルノを製造したことを構成要件とするものであって,被害児童に衣服の全部又は一部を着けない姿態をとらせて撮影し,その画像データを送信させてハードディスクに記録して蔵置することをもって児童ポルノを製造した場合に,強要罪に該当する行為と3項製造罪に該当する行為とは,一部重なる点があるものの,3項製造罪において,上記のとおり姿態をとらせる際,脅迫又は暴行によることが要件となるものとは解されず,また,両行為が通常伴う関係にあるとはいえないことや,両行為の性質等にかんがみると,それぞれにおける行為者の動態は社会的見解上別個のものといえるので,両罪は,観念的競合の関係にはなく,また,上記説示に照らせば,両罪は,通常手段結果の関係にあるともいえないから,牽連犯の関係にもないというべきである。
 また,強要罪は個人の行動の自由を保護法益とし,3項製造罪は,当該児童の人格権とともに抽象的な児童の人格権をも保護法益としており,保護法益の一個性ないし同一性も認められないことをも考慮すれば,両罪は,混合的包括一罪ともいえず,最高裁判所平成19年(あ)第619号同21年10月21日第1小法廷決定・刑集63巻8号1070頁の趣旨に徴し,刑法45条前段の併合罪の関係にあるというべきである。
 そうすると,控訴理由第2の点について判断するまでもなく,両罪を観念的競合として処断刑を導いた原判決には法令適用の誤りがあるといわざるを得ない。
 しかし,正しい法令を適用して得られる処断刑のうち,懲役刑の範囲は同一であり,被害者Aにかかる3項製造罪について罰金刑を選択した場合にのみ,300万円以下の罰金を併科した処断刑が導かれることとなるが,被害者Aにかかる3項製造罪の犯情に照らすと,上記選択がなされるとは考え難く,結局,異なった量刑になる蓋然性があるとはいえず,上記法令適用の誤りは判決に影響を及ぼすものとは認められない。
 したがって,原判決の適条について,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるとは認められない。
(3)その他,所論が縷々主張する点を逐一検討しても,原判決に,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるとは認められず,論旨は理由がない。
第4 量刑不当の控訴趣意について
 論旨は,要するに,被告人を懲役2年6月,3年間執行猶予に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であり,さらに減軽するべきであるというのである。
 そこで,原審記録を調査し検討すると,本件は,前記のとおりの事案であるが,被告人は,インターネット上のチャット等の匿名性を利用し,被告人とチャット等で通信してくる不特定多数の女性を狙い,実際に被告人と通信してきた被害児童らの未熟さにつけ込み,卑猥な姿態等の写真を撮影させメールで被告人宛に送らせるなどしたもので,殊に被害者Aにかかる事実については,言葉巧みに被害児童に脅迫文言を申し向けて,上記写真撮影やメールによる送付を行わせており,いずれも計画性が高く狡猾かつ卑劣な犯行である。被害児童らは,本件各犯行により困惑させられ,多大な嫌悪感や不安感に苛まれ,精神的苦痛を味わわされた。被害児童らはもとよりその保護者も含め厳しい処罰感情を示すのも当然である。しかも,被告人は,同種行為を多数回繰り返していることが認められ,常習性もうかがわれる。もとより性的欲求を満たすためという理由は身勝手であるし,被告人が過去に女性から受けた仕打ちに起因する女性一般に対する怨恨の情に基づくものであるとしても,いわば逆恨みというほかなく,動機に酌むべき点はない。これらの諸事情に照らすと,本件の犯情は悪質であり,被告人の刑事責任を軽く見ることはできない。
 そうすると,被告人が事実をいずれも認め,反省の態度を示していること,被害児童の1名に対し50万円を支払っていること(なお,前記のとおり,原審裁判所の前記謄写制限が慰謝の措置の妨げになったという事実は何ら認められない。),これまで前科はないこと,本件により家宅捜索を受けたのを契機として勤務先を退職したこと,母が被告人を監督する旨述べていること,その他所論が指摘する被告人のために斟酌し得る事情を十分考慮しても,被告人を懲役2年6月に処し,3年間の執行猶予を付した原判決の量刑は,刑期及び執行猶予期間のいずれにおいてもやむを得ないものであり,これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。
第5 よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決する。
平成22年12月15日
広島高等裁判所岡山支部第1部
裁判長裁判官 山嵜和信 裁判官 佐々木亘 裁判官 石田寿一

書 誌》
提供 TKC
【文献番号】 25545074
【文献種別】 判決/東京高等裁判所控訴審
【裁判年月日】 平成28年 2月19日
【事件番号】 平成27年(う)第1766号
【事件名】 強要、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反被告事件
【事案の概要】 強要、児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反の控訴審において、弁護人の控訴趣意は、訴訟手続の法令違反、法令適用の誤り及び量刑不当の主張であるところ、原判決の認定した事実には、被害者に対し、その名誉等にいかなる危害を加えるかもしれない旨脅迫して同女を畏怖させ、同女をして、その乳房、性器等を撮影させるという、強制わいせつ罪の構成要件の一部となり得る事実を含むものの、その成立に必要な性的意図は含まれておらず、さらに、撮影に係る画像データを被告人使用の携帯電話機に送信させるという、それ自体はわいせつな行為に当たらない行為までを含んだものとして構成されており、強要罪に該当する事実とみるほかないものであるなどとして、法条競合により強要罪は成立しないとの弁護人の主張を失当とするなどとして、控訴を棄却した事例。
【判示事項】 〔東京高等裁判所(刑事)判決時報
強要罪と平成26年法律第79号による改正前の児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律7条3項の児童ポルノ製造罪とが併合罪の関係にあるとされた事例
判例タイムズ判例タイムズ社)〕
強要罪と平成26年法律第79号による改正前の児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律7条3項の児童ポルノ製造罪とが併合罪の関係にあるとされた事例
【裁判結果】 棄却
【上訴等】 上告(後棄却)
【裁判官】 藤井敏明 福士利博 山田裕文
【掲載文献】 判例タイムズ1432号134頁
東京高等裁判所(刑事)判決時報67巻1~12号1頁
【参照法令】 刑法45条前段
刑法54条
刑法223条
児童買春法7条(平成26年法律9号改正前)
【備考】 第一審 平成27年8月25日新潟地方裁判所高田支部判決平成27年(わ)第35号
【全文容量】 約7Kバイト(A4印刷:約4枚)
文献番号】25545074

強要,児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反被告事件
東京高等裁判所平成27年(う)第1766号
平成28年2月19日第5刑事部判決


       主   文

本件控訴を棄却する。


       理   由

 弁護人奥村徹の控訴趣意は,訴訟手続の法令違反,法令適用の誤り及び量刑不当の主張であり,検察官の答弁は,控訴趣意にはいずれも理由がない,というものである。
1 法令適用の誤り及び訴訟手続の法令違反の主張について
 論旨は,要するに,原判決が強要罪に該当するとして認定した事実は,それだけでも強制わいせつ罪を構成するから,強要罪が成立することはないにもかかわらず,これを強要罪であるとして刑法223条を適用して有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがあり,また,原判決が平成26年法律第79号による改正前の児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律7条3項の罪(以下「3項製造罪」という。)に該当するとして認定した事実も,実質的には強制わいせつ罪に当たり,以上の実質的に強制わいせつ罪に該当する各事実について,告訴がないまま起訴することは,親告罪の趣旨を潜脱し,違法であるから,公訴棄却とすべきであるのに,実体判断を行った原審には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というものであると解される。
(1)強要罪が成立しないとの主張について
 記録によれば,原判決は,公訴事実と同旨の事実を認定したが,その要旨は,被害者が18歳に満たない児童であることを知りながら,同女に対し,要求に応じなければその名誉等にいかなる危害を加えるかもしれない旨脅迫して,乳房,性器等を撮影してその画像データをインターネットアプリケーション「LINE」を使用して送信するよう要求し,畏怖した被害者にその撮影をさせた上,「LINE」を使用して画像データの送信をさせ,被告人使用の携帯電話機でこれを受信・記録し,もって被害者に義務のないことを行わせるとともに,児童ポルノを製造した,というものである。
 すなわち,原判決が認定した事実には,被害者に対し,その名誉等にいかなる危害を加えるかもしれない旨脅迫して同女を畏怖させ,同女をして,その乳房,性器等を撮影させるという,強制わいせつ罪の構成要件の一部となり得る事実を含むものの,その成立に必要な性的意図は含まれておらず,さらに,撮影に係る画像データを被告人使用の携帯電話機に送信させるという,それ自体はわいせつな行為に当たらない行為までを含んだものとして構成されており,強要罪に該当する事実とみるほかないものである。
 弁護人は,〔1〕被害者(女子児童)の裸の写真を撮る場合,わいせつな意図で行われるのが通常であるから,格別に性的意図が記されていなくても,その要件に欠けるところはない,〔2〕原判決は,量刑の理由の部分で性的意図を認定している,〔3〕被害者をして撮影させた乳房、性器等の画像データを被告人使用の携帯電話機に送信させる行為もわいせつな行為に当たる,などと主張する。
 しかしながら,〔1〕については,本件起訴状に記載された罪名及び罰条の記載が強制わいせつ罪を示すものでないことに加え,公訴事実に性的意図を示す記載もないことからすれば,本件において,強制わいせつ罪に該当する事実が起訴されていないのは明らかであるところ,原審においても,その限りで事実を認定しているのであるから,その認定に係る事実は,性的意図を含むものとはいえない。 
 また,〔2〕については,量刑の理由は,犯罪事実の認定ではなく,弁護人の主張は失当である。
 そして,〔3〕については,画像データを送信させる行為をもって,わいせつな行為とすることはできない。
 以上のとおり,原判決が認定した事実は,強制わいせつ罪の成立要件を欠くものである上,わいせつな行為に当たらず強要行為に該当するとみるほかない行為をも含む事実で構成されており,強制わいせつ罪に包摂されて別途強要罪が成立しないというような関係にはないから,法条競合により強要罪は成立しないとの弁護人の主張は失当である。
(2)公訴棄却にすべきとの主張について
 以上のとおり,本件は,強要罪に該当するとみるほかない事実につき公訴提起され,そのとおり認定されたもので,強制わいせつ罪に包摂される事実が強要罪として公訴提起され,認定されたものではない。
 また,原判決の認定に係る事実は,前記(1)のとおり,強制わいせつ罪の構成要件を充足しないものである上,被害者撮影に係る画像データを被告人使用の携帯電話機で受信・記録するというわいせつな行為に当たらない行為を含んだものとして構成され,これにより3項製造罪の犯罪構成要件を充足しているもので,強制わいせつ罪に包摂されるとはいえないし,実質的に同罪に当たるともいえない。
 以上のとおり,本件は,強要罪および3項製造罪に該当し,親告罪たる強制わいせつ罪には形式的にも実質的にも該当しない事実が起訴され,起訴された事実と同旨の事実が認定されたものであるところ,このような事実の起訴,実体判断に当たって,告訴を必要とすべき理由はなく,本件につき,公訴棄却にすべきであるとの弁護人の主張は,理由がない。
(3)小括
 以上の次第で,法令適用の誤り及び訴訟手続の法令違反をいう論旨には,理由がない。
2 法令適用の誤りの主張について
 論旨は,原判決は,強要罪と3項製造罪を観念的競合であるとした上で,強要罪の犯情が重いとして同罪の刑で処断することとしたが,本件の脅迫は一時的で,害悪もすぐに止んでいるのに対し,3項製造罪は画像の流通の危険やそれに対する不安が長期に継続する悪質なもので,原判決の量刑理由でも,専ら児童ポルノ画像が重視されており,犯情は3項製造罪の方が重いから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある,というのである。
 しかしながら,本件の強要罪に係る脅迫行為の執拗性やその手口の卑劣性などを考慮すれば,3項製造罪に比して強要罪の犯情が重いとした原審の判断に誤りはない。
 法令適用の誤りをいう論旨は,理由がない。
 なお,原判決は,本件において,強要罪と3項製造罪を観念的競合であるとしたが,本件のように被害者を脅迫してその乳房,性器等を撮影させ,その画像データを送信させ,被告人使用の携帯電話機でこれを受信・記録して児童ポルノを製造した場合においては,強要罪に触れる行為と3項製造罪に触れる行為とは,一部重なる点はあるものの,両行為が通常伴う関係にあるとはいえず,両行為の性質等にも鑑みると,両行為は社会的見解上別個のものと評価すべきであるから,これらは併合罪の関係にあるというべきである。したがって,本件においては,3項製造罪につき懲役刑を選択し,強要罪と3項製造罪を刑法45条前段の併合罪として,同法47条本文,10条により犯情の重い強要罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で処断すべきであったところ,原判決には上記のとおり法令の適用に誤りがあるが,この誤りによる処断刑の相違の程度,原判決の量刑が懲役2年,執行猶予付きにとどまることを踏まえれば,上記誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえない。
3 量刑不当の主張について
 論旨は,被告人を懲役2年,3年間執行猶予に処した原判決の量刑は,重すぎて不当であり,執行猶予を付した罰金刑か,より軽い懲役刑(執行猶予付き)とされるべきである,というのである。
 そこで検討すると,本件は,前示のとおりの強要罪,3項製造罪の事案であるが,原判決は,未成熟な被害者を利用した犯行動機に特段の酌量の余地がないこと,製造に係る児童ポルノ画像数が11点と多いこと,脅迫の手口が卑劣で悪質なことなどを指摘し,一方で,被告人に前科がなく,反省の弁を述べていることなどの有利な事情をも踏まえて,前示の刑を量定したものである。
 原判決の上記量刑判断は,当裁判所も相当として支持することができる。
 弁護人は,強烈な脅迫文言はないこと,被害者1名に対する1回の事案であること,被告人が原判決後に反省を深めたことなどを考慮すべきである旨主張するが,これらは原判決が前提としているか,原判決の量刑を左右しないものである。
 また,弁護人は,類似事例の量刑を指摘して原判決の量刑を論難するが,個別事情が様々な事案を指摘するもので本件に不適切である。
 量刑不当をいう論旨は,理由がない。
4 結論
 よって,刑訴法396条により,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤井敏明 裁判官 福士利博 裁判官 山田裕文)

《書 誌》
提供 TKC
【文献番号】 25593923
【文献種別】 判決/大阪高等裁判所控訴審
【裁判年月日】 令和 3年 7月14日
【事件番号】 令和3年(う)第287号
【事件名】 強制わいせつ、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反被告事件
【事案の概要】 被告人が、被害者が13歳未満であることを知りながら、〔1〕遠隔地にいた同人に対し、ダイレクトメッセージ機能を使用して、その陰部、乳房等を露出した姿態をとって撮影して被告人のスマートフォンに送信するよう要求し、被害者にそのような姿態をとらせていわゆる自撮りをさせた上、〔2〕その画像データをダイレクトメッセージ機能を使用して被告人のスマートフォンに送信させて、アプリケーションソフト運営法人が管理するサーバコンピュータ内に記憶・蔵置させたという事案の控訴審において、刑法176条の「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うためには、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で、事案によっては、当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し、社会通念に照らし、当該行為に性的な意味があるといえるか否かや、その性的な意味合いの強さを具体的事実関係に基づいて判断するのが相当であるとして、強制わいせつ罪の成立を認め、被告人の控訴を棄却した事例。
【判示事項】 〔高等裁判所刑事裁判速報集〕
被告人が、アプリケーションソフトのダイレクトメッセージ機能を使用して、遠隔地にいた被害者(当時9歳)に対し、その裸体をいわゆる自撮りした画像を被告人に送信するよう要求し、被害者に、その陰部及び乳房を露出した姿態をとらせ、自撮りさせた行為(以下「本件行為」という。)の「わいせつな行為」(刑法176条)該当性が争われた事案について(なお、被害者は自撮り後、引き続き、被告人に画像を送信し被告人に閲覧させているが、送信・閲覧行為は強制わいせつ罪として起訴されていない。)、平成29年11月29日最高裁大法廷判決の判断基準を適用し、本件は行為そのものから直ちに「わいせつな行為」とまで評価できないものの、一定の性的性質を備えていて、「わいせつな行為」に当たり得るほどの強い性的意味合いを有し得るものであることに加え、本件行為の行われた際の具体的状況等をも考慮すると、性的な意味合いが相当強いものといえるから、「わいせつな行為」に当たるとして、強制わいせつ罪の成立を認めた事例
【裁判結果】 棄却
【上訴等】 確定
【掲載文献】 高等裁判所刑事裁判速報集(令3)号403頁
【参照法令】 刑法176条
【引用判例】 (当判例が引用している判例等)
最高裁判所大法廷 平成28年(あ)第1731号
平成29年11月29日
【全文容量】 約7Kバイト(A4印刷:約5枚)

【文献番号】25593923

強制わいせつ、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反被告事件
大阪高等裁判所令和3年(う)第287号
令和3年7月14日第6刑事部判決

TKC編注:当文献は,高等裁判所刑事裁判速報集からの収録となります。正本からの収録ではございません。)

控訴申立人 被告人

       判 決 要 旨

第1 事案の概要
1 罪となるべき事実(要旨)
 被告人は、被害者が13歳未満であることを知りながら、〔1〕遠隔地にいた同人に対し、ダイレクトメッセージ機能を使用して、その陰部、乳房等を露出した姿態をとって撮影して被告人のスマートフォンに送信するよう要求し、その頃、被害者にそのような姿態をとらせていわゆる自撮りをさせた上、〔2〕その画像データをダイレクトメッセージ機能を使用して被告人のスマートフォンに送信させて、アプリケーションソフト運営法人が管理するサーバコンピュータ内に記憶・蔵置させた。
2 訴訟経過
 検察官は、〔1〕行為(本件行為)を強制わいせつ罪、〔1〕及び〔2〕行為を児童ポルノ製造罪として、別個の訴因で(併合罪として)起訴した。
 弁護人は、本件行為につき、被害者に裸体を自撮りさせただけでは,遠隔地にいる被告人が見ることはできず、性的侵襲は弱いので、「わいせつな行為」に該当しないか、該当するとしても強制わいせつ未遂罪が成立するにとどまる旨主張したが、原判決は、本件行為につき強制わいせつ罪の成立を認め、罪数につき、児童ポルノ製造罪と観念的競合の関係にあると判断した。
 これに対し、被告人が控訴し、原審同様強制わいせつ罪の成立を争ったが、控訴審判決はこれを排斥し、控訴を棄却した。 
第2 控訴審判示
1 刑法176条の「わいせつな行為」に当たるか否かの判断を行うためには、行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で、事案によっては、当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し、社会通念に照らし、当該行為に性的な意味があるといえるか否かや、その性的な意味合いの強さを具体的事実関係に基づいて判断するのが相当である(最大判平29・11・29・刑集71巻9号467ページ参照。)。
2 これを踏まえて検討すると、本件行為は、当時9歳の女子児童である被害者に対してその陰部、乳房等を露出した姿態をとって撮影して被告人のスマートフォンに送信するよう要求し、被害者にそのような姿態をとらせてそれを撮影させたというものであり、撮影させた部位のうち、陰部(性器自体は写っていないものの、その周辺部である。)は性的要素が強く、乳房も性を象徴する典型的な部位である。また、衣服を脱がせる行為(又は衣服を着けない姿態をとらせる行為)は、裸になることを受忍させてその身体を性的な対象として行為者の利用できる状態に置くものであって、単独でも「わいせつな行為」に当たり得るほどの強い性的意味合いを有し得るものであるし、続いてそうした衣服を着けない姿態を撮影する行為も、自ら性的な対象として利用できる状態に置かせた裸体を、さらに記録化することによってまさに性的な対象として利用するものであり、それによって性的侵害性が強まるといえるから、「わいせつな行為」に当たり得るほどの強い性的意味合いを有し得るものといえる。
 本件では、被告人は遠隔地から被害者に指示しているから、直接被害者の姿態を目にしていないという点で、面前で行う場合と比べて被害者の性的自由を侵害する程度が小さいとはいえるものの、被害者に陰部等を露出した姿態をとらせ、これを撮影させた行為は、被害者に一定の性的行為を行わせ、かつ、その内容を第三者が知り得る状態に置く行為であり、被害者の身体を性的に利用する行為といえる。本件は、行為そのものから直ちに「わいせつな行為」とまで評価できないものの、一定の性的性質を備えていて、「わいせつな行為」に当たり得るものというべきである。なお、本件行為には被害者に撮影させた画像データを被告人に送信させたことや被告人が受信した画像データを閲覧したことは含まれていないが、被害者に陰部等を露出させた姿態をとらせてそれを撮影させたことによって、被告人を含む他人がその画像を見ることがあり得る状態に置かれており、性的侵害性は大きいといえるし、被告人は被害者に対して撮影した画像データを被告人に送信することも要求して撮影させており、被害者がこの要求に従って画像データを送信して被告人がこれを見ることになる具体的な危険性も認められるから、撮影させた画像データを被告人に送信させたこと等が含まれていないことが、「わいせつな行為」該当性を否定する事情とはならない。
3 さらに、本件の具体的状況等についてみると、被告人は当時53歳の中年男性、被害者は当時9歳(小学3年生)であり、動画配信アプリケーションを通じて知合い、ダイレクトメッセージ機能を使用してやり取りをしていた関係にすぎず、直接の面識はなく、本件行為は、被告人と被害者が性行為をしているかのようなメッセージのやり取りをしている状況においてなされたものである(例えば、被告人は、被害者に対し、陰部等を露出した姿態の画像データを送信させた直後に、「マンジル、白いの出てくるからね」「おちんちんを、なめてごらん」「ぬれたおちんちんをまんこにこするね」というメッセージを、乳房等を露出した姿態の画像データを送信させた直後に「もみながらなめるね」「おちんちんもこすってるぞ」といったメッセージを送信している。)。また、被告人にはかねてから年少の女児を対象とする性的嗜好があった。このような本件行為が行われた際の具体的状況等をも考慮すると、本件行為は性的な意味合いが相当強いものといえるから、「わいせつな行為」に当たるといえる。
4 原判決は、被害者への身体的接触がなく、被告人が撮影時に被害者にとらせた姿態を見ていないという本件行為の特徴を指摘して本件行為そのものが持つ性的性質は不明確であるともいえるとした上で、撮影の対象となった部位が性を象徴する典型的な部位等であること、被告人と被害者の関係性や各属性、本件に至る経緯や本件の前後に被告人が送信したメッセージの内容、被告人が自己の性欲を満たす目的を有していたことなどを考慮すると、撮影時に被告人が被害者の姿態を見ていなかったことを踏まえても、本件行為の性的な意味合いの程度は相当に強いといえるから、「わいせつな行為」に当たると判断した。原判決は、身体的接触がなく、被害者の姿態を直接見ていない本件行為に「わいせつな行為」該当性を認め得るほど強い性的意味合いがあることについて、本件行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度それ自体を判定し、それに着目した説明が十分なされているか疑問があるが、おおむね前述したところと同趣旨の判断をしているものと解され、その結論に誤りはない。
参考事項
1 前記最高裁判決で示された判断基準を、本件のような非接触型・非対面型わいせつ事案に当てはめて強制わいせつ罪の成立を認めた高裁判決はまれであり、その詳細な理由付けを含め、先例としての価値は大きい。
2 前記最高裁判決が「行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分踏まえる」としたことの趣旨につき、同判例解説(214ページ)では、次のような判断の順序を示したものと説明されている。すなわち、
(1)行為そのものに、性的性質が有り、かつ、その性的性質の程度が強いために、直ちに「わいせつな行為」に該当すると判断できる行為か
(2)行為そのものに備わる性的性質が無いか、あっても極めて希薄であるために、およそ刑法176条による非難に値する程度に達しえないものとして、直ちに「わいせつな行為」に該当しないと判断できる行為か
をまず判断し、次に、
(3)行為そのものが持つ性的性質が不明確であるために、行為の外形だけでは「わいせつな行為」該当性の判断がつかない類型においては、行為そのものが持つ性的性質の程度を踏まえた上で、当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮する
というものである。
 また、前記最高裁判決のいう「当該行為が行われた際の具体的状況等」として考慮すべき判断要素として、前記判例解説(218ページ以下)では、以下の事情が挙げられている。
(1)行為者と被害者の関係性
(2)行為者及び被害者の各属性等(それぞれの性別・年齢・性的指向・文化的背景〔コミュニケーション手段に関する習慣等〕・宗教的背景等)
(3)行為に及ぶまでの経緯、行為者及び被害者の各言動、行為が行われた時間、場所、周囲の状況等
(4)行為に及んだ目的を含む行為者の主観的事情(外部的徴表として現れているもの)
 本控訴審判決は、同判例解説と同様の視点で当てはめがなされている。
3 訴因には「わいせつな行為」の概略しか記載しないが、行為の行われた具体的状況等をも加味して「わいせつな行為」該当性を評価すべき事案においては、「わいせつな行為」であることを基礎づける具体的事実を冒頭陳述で指摘する必要があるとともに、論告で、その具体的事実の評価について丁寧に論じる必要がある(前記判例解説226ページ参照)。
1 非接触型のわいせつ行為(例えば、脅迫により畏怖した被害者に自慰行為をさせて自撮りさせ、その画像を遠隔地にいる被告人に送信させる事案)を強要罪で起訴する例が見られることについて、(被告人に画像を送信しなくても)強制わいせつ罪が成立するのではないかとの指摘がなされていた(橋爪隆「非接触型のわいせつ行為について」研修860号)が、本件はこれを肯定した高裁判決として参考になる。

マッサージ師が施術として乳房や陰部ないしその付近を触った行為が正当な施術行為であった可能性が否定できず、「わいせつな行為」があったと認めることはできないから、無罪であると判断した事例(松江地裁r5.1.25)

裁判年月日 令和 5年 1月25日 裁判所名 松江地裁 
事件番号 令3(わ)81号
 上記の者に対する準強制わいせつ被告事件について、当裁判所は、検察官佐藤壇及び弁護人丸山創(国選)各出席の上審理し、次のとおり判決する。 
 

主文

 被告人は無罪。
 
 
理由

第1 公訴事実の概要並びに争点及び判断の骨子等について
 1 公訴事実の概要
 被告人は、松江市〈以下省略〉において「a整骨院」(以下「本件整骨院」という。)の名称でマッサージ業等を営んでいたものであるが、施術を装って女性客にわいせつな行為をしようと考え、令和3年5月6日、同所において、別紙記載の女性客(以下「A」という。)に対し、Aが抗拒不能の状態にあることに乗じ、施術用のベッドにうつ伏せに横たわっていたAのショーツの中に手指を差し入れてその陰部を触り、さらに、同ベッドに横向きに横たわっていたAのブラトップの中に手指を差し入れてその乳房を触るなどし、もってわいせつな行為をしたものである。
 2 争点及び判断の骨子
 本件においては、被告人が、判示の日時頃に、本件整骨院において、Aに対し施術をしたことは証拠上も明らかであるが、被告人は、Aの陰部付近及び乳房に触れたことについては認めているものの、あくまで施術の過程で意図せずに触れたものである旨供述し、これに沿って、弁護人は、被告人のしたマッサージ(厳密には「マッサージ」の範ちゅうに属さない施術もあるようだが、本判決では便宜上そのようにいう。)は、「わいせつな行為」(刑法178条1項)には該当しない、あるいは、被告人には故意がない、正当業務行為(刑法35条)であるなどと主張する。そこで、当裁判所は、検察官請求に係る証人としてAを2度にわたって取り調べた他(以下、「A供述」というときはその2回を併せたものを指す。)、あん摩マッサージ指圧等の専門家証人2名を取り調べたのに加え、弁護人請求に係る、本件時のマッサージの状況の被告人による再現動画や、本件整骨院で被告人による施術を受けていた別の女性客(以下「B」という。氏名は別紙のとおり。)を取り調べ、併せて数次にわたる被告人質問を実施するなどした。これらの審理の結果、当裁判所は、乳房や陰部ないしその付近を触られたなどとするAの公判供述は基本的に信用できるが、A供述を前提としても、被告人によるAに対する一連の行為は正当な施術行為であった可能性が否定できず、「わいせつな行為」があったと認めることはできないから、被告人は無罪であると判断した。
第2 当裁判所の判断
 1 前提事実
 関係各証拠によれば、次の事実を認定することができる。
  (1) 被告人の経歴等(甲13、14、乙1)
 被告人は、はり師、きゅう師、あん摩マッサージ指圧師及び柔道整復師の資格を取得し、長年にわたってマッサージ業に従事していたものであり、平成26年10月に本件整骨院を開設して経営すると共に、自ら客らに施術をしていた。
  (2) Aの通院歴等(甲3、A供述)
 Aは、令和元年8月後半頃から、右側の座骨と恥骨の境目付近が痛むようになり、医院や整骨院を受診するなどしたが症状が改善しなかったため、令和元年12月20日から、知人の紹介で本件整骨院に通うようになった。Aは、本件整骨院に通うようになってからその痛みが改善し、被告人の腕が良いと感じていたこともあって、新型コロナウイルスの流行による影響で一時通院を中断した時期があったものの、令和3年2月25日から通院を再開し(以下、年の記載のない日付はいずれも令和3年のものである。)、本件(5月6日)後の5月12日まで継続的に通っていた。上記中断後、最後の通院までの通院頻度は、概ね1週間に1度程度であった。
  (3) 本件整骨院における施術時の状況等(甲7、12)
 本件整骨院では、施術を受ける者は専用の施術着に着替えることになっていた。施術着は、上衣はノースリーブ、下衣は半ズボンであり、上衣の前面には乳房の下辺りまで下げることができるファスナーがついており、背面はマジックテープで閉じる仕様となっていた。下衣の左右側面には腰の辺りまで上げることができるファスナーがついていた。
 本件時、Aは、上はブラトップと呼ばれるタンクトップの裏側に乳房を収めるカップのついた下着、下は一般的な下着(ショーツ)を着用し、その上に施術着を着用して専用のベッドの上で施術を受けた。
  (4) 被害届提出に至る経緯等(A供述)
 Aは、本件当日(5月6日)も通院したが、以前から、被告人による施術の過程で、陰部や乳房を触られることがあったと感じ不審に思っていたところ、本件当日の施術中にも陰部や乳房を触られたと感じ、自身、性的な被害に遭っているのではないかと考え始めた。そうした中、Aは、5月9日、性暴力に関する新聞記事を見て自身が受けている施術に疑問を深め、インターネットで「整体 性被害」と検索して調べるなどした結果、被告人による施術はわいせつ行為であったとの疑いを強め、5月10日に被告人にLINEでメッセージを送り、「プライベートゾーン」への施術はやめて欲しい旨を伝え、被告人がこれを了承した。そして、5月12日にも被告人による施術を受けたが、その際は性器等への接触はなかったものの、普段は50分ないし1時間の施術がその半分くらいの時間で終わってしまい、今までの施術は何だったのかという思いになった。そして、5月17日、県の性暴力被害者支援センター(以下、単に「センター」という。)に電話相談したところ、警察への相談を提案され、5月19日以降、警察へ相談し、被害届を提出するに至った。
 2 本件施術内容の認定
  (1) 当事者の主張の概要
   ア A供述の概要
 Aの当公判廷における2回にわたる供述の概要は次のようなものである。すなわち、被告人は、専用ベッドでうつ伏せに寝かせられていたAの左側に立ち、左手でAの股関節の外側を指圧しながら、右手の親指以外の先端を、ショーツの股部分からショーツの中に入れて、股関節の外側を左手で指圧する動きと同じリズムで、陰核、小陰唇、膣の入口、肛門の辺りなどを指先で突くような感じで直接触ってきた。閉じている小陰唇をこじ開けるように、ひだの間に指を入れて押し広げる感じでも触られ、膣に指を入れるように(実際には入っていない。)、膣の入口を突く前後の動きも感じた。これらの行為は約1分間にわたって行われた。被告人は、同様に、Aの反対側に立って、反対側の股関節の外側を右手で指圧する際にも、左手の親指以外の指の先端を使って、Aの陰部を突くように直接触ってきた(以下、かかる一連の行為を「行為①」と呼ぶことがある。)。
 被告人は、次に、Aを施術室のベッドに体の右側を下にして横向きで寝かせた際、手で直接左の乳房を触ってきた。その際、被告人は、右手をAの背中辺りに当て、左手の平をブラトップの裾からカップの中に入れAの左の乳房にべったりと触れた状態で、左手の指で肋骨や肋間を下から上に押すように約1分間触ってきた。被告人の手の平と指の腹はAの乳首にも当たっていた。被告人は、Aが体の左側を下にして横向きに寝た状態の際にも、同様に、Aの右の乳房や乳首を直接触ってきた(以下、かかる一連の行為を「行為②」と呼ぶことがある。)。
 その後、被告人は、Aをベッドの上に仰向けに寝かせ、ショーツのウエスト部分から中に手を入れ、腹部の子宮や陰毛の辺りを直接触ってきたし(以下、かかる一連の行為を「行為③」と呼ぶことがある。)、更にその後、Aをベッドの上に仰向けで寝かせ、腹部にバイターと呼ぶ電動マッサージ器を当ててきたが、同マッサージ器を、鼠径部や陰核の辺りにも当ててきた(以下、かかる一連の行為を「行為④」と呼ぶことがある。)。
   イ 被告人の供述の概要
 被告人は、上記行為①ないし④について、これらと対応すると思われる施術内容について、概ね次のとおり供述しており、これは被告人がAとは別の女性をモデルにして本件施術の流れを再現した動画(弁1、2)とも合致するものである。すなわち、行為①について、被告人は、Aの左側に立ち、左手でAの左側の腰の痛い部分を触り、痛みがある箇所を確認しつつ、右手で痛みの反応点を探していた。その際、反応点がある筋肉に触れて引っかけて、手前に1回引いて戻すように、Aの仙骨、尾骨、座骨の辺りで中指と薬指を動かしていた。右手はショーツの中に入っているので、一瞬、陰核や膣の入口、肛門の辺りなどに触れることがあるが、どの指が触れたのかは覚えていない。小陰唇のひだの間に指をこじ開けて入れるような動きはしていないと思う。Aの右側に立った際に左手で反応点を探すこともしたが、左手がAの陰部に触れたかは覚えていない。
 行為②について、被告人は、まず、Aの体の右側を下にして、次に左側を下にして、それぞれ横向きに寝かせ、ブラトップの裾から手を差し入れて手のひらを密着させる感じで肋骨や肋間を揺らすように触った。乳房や乳首に手が触れたかについてははっきりと覚えていないが、ブラトップのカップ内まで手を入れる必要はないため、触っていないと思っている。
 行為③について、被告人は、Aの腹部を全体的に触って、内臓の状態、腹部の硬さ、便の詰まりの有無などを確認し、行為④について、被告人は、バイターと呼ばれるマッサージ器を、腹部や足等に当てた。
  (2) 信用性の判断
 Aと被告人の供述内容は、性器や乳房への接触の程度等については異なるものの、これらに接触した(少なくともその可能性がある)ことや、その時間が、1時間程の一連の施術の中での比較的短い時間(A供述によっても数分程度)であったという限度では両者は一致している(以下、この接触を「本件接触行為」という。)。また、施術の流れや個々の施術の態様についても、両者に大きな食い違いはない。すなわち、行為①について、Aは被告人の手の動きについて陰部やその周辺を突くような感じであったと供述するが、被告人は、中指と薬指で反応点がある筋肉に触れて引っかけて、手前に1回引いて戻すというものであったと供述しており、表現の仕方は違うものの、手の動きに関する供述は概ね一致しているといえるし、行為②については、乳房付近を触っていた時間や乳首を触ったかといった点以外は両者の供述に大きな差異はなく、行為③④についても、手や機械の動かし方についての両者の供述は概ね一致しているといえる。Aと被告人で供述に食い違いがあるのは、主に、被告人が、Aの小陰唇のひだの間に指を入れて押し広げるように触れたり、膣に指を入れるようにしてその入口を突くように前後に動かしたりし、これらの行為を約1分間にわたって続けていたとか(行為①)、左右交互に、手の平をAのブラトップの裾からカップの中に入れ、Aの乳房にべったりと触れた状態で、左手の指で肋骨や肋間を下から上に押すように約1分間触った(行為②)などとする、触れた箇所やその際の時間といった点であり、これらの点についてA供述のみに依拠してそのような事実を認定できるのか、A供述にそこまでの高度の信用性を認め得るのかについて検討する必要がある。
   ア 供述の信用性を肯定する方向に作用する事情
 本件に現れたすべての事情を精査しても、Aが被告人を陥れるような動機は全く見当たらないし、当公判廷においても、羞恥心に耐え、口にするのが憚られるような自身にとって不名誉な供述をしている。Aがあえて嘘の供述をしていると疑うべき事情は一切認められない。
 また、Aは、本件整骨院で受けた施術の内容を、スマートフォンのメモ機能を使って日付毎に分けて記録していたところ(甲18)、一般論として、こういったメモが、実際に経験した日と近接した日に作成されていれば、こういったメモの存在自体が供述の信用性を高める事情といえよう。そこで、その記録の本件当日(5月6日)の欄をみると、「そこに指入れられるのはどうしてもイヤだ」とか「下のプライベートゾーンはイヤだ」、あるいは「胸もガッツリ触られる」といった、大筋でAの公判供述に沿う記載がなされている(なお、このメモの記載には後述のような問題点もある。)。
 この記載自体はやや抽象的であり、「そこに指入れられる」とは、例えばショーツの中に指を入れられる、という意味とも取れるし、触れる態様や触られた時間等についても記載されていないから、その記載から直ちにAの公判供述どおりの本件接触行為があったことがすべて裏付けられているとまではいえないものの、大筋でA供述を支えるものといえる。
   イ 供述の信用性に疑問を生じさせる方向に作用する事情
 A供述によると、Aは、特に通院を再開した2月25日以降、しばしば陰部や乳房を触られ、被告人にこれらの部位に触れられることには抵抗があると言ったがやめてもらえなかったというのである。Aが、複数回にわたり、陰部や乳房を触られる施術に対し、不快感や恥辱感を抱いていたことは前記のメモ(甲18)によっても一部裏付けられており、そのこと自体には疑いはない。
 ところで、Aが本件整骨院に行き始め、通院を続けるにつれて被告人の行為がだんだんとエスカレートしてきたとか、本件当日に陰部等に触る程度が特別に著しいものであったとはA自身も述べていない。そうすると、Aの述べるような本件接触行為と同等の性器等への接触が本件以前にも繰り返されていたことになる。しかし、Aが、本件整骨院への通院を辞め、別のマッサージ師等を探すことはいつでも可能であり、それを妨げる事情があったとはうかがわれない。Aは当時60歳に近い年齢で、能力的に問題があるとはうかがわれず、週に1回ほど本件整骨院に通っていたにすぎないし、本件整骨院への通院を辞めないよう、被告人から何らかの精神的な支配を受けていたといった事情は一切うかがわない(監護者性交等の事案などでは、被害者が加害者から何らかの精神的支配を受け、心理的に他に助けを求めることができなかったケースも少なからずみられるが、本件では全く事情が異なる。)。にもかかわらず、Aは通院を再開した2月25日から週に1回程度、殊に本件があった翌週の5月12日にも本件整骨院への通院を続けているのである。Aが述べるような本件接触の態様、特に小陰唇のひだの間に指を入れて押し広げるように触れられていたなどとする接触は、相当強度のものといえるが、こういった接触をされ続けながら、自身が性被害を受けているのかどうかも判断がつかないまま、我慢して被告人の施術を受け続けていた、というのは違和感を拭い去れない。結局、被告人による性器等への接触は、Aが、不快感、恥辱感を我慢してでも本件整骨院への通院を継続して良いと感じる程度のものであったといわざるを得ず、実際にAが受けていた接触は、Aが述べるものよりも軽度のものであったと考えなければ、通院を続けていた理由を合理的に説明することができない可能性がある。
 また、本件を警察に申告した経緯については上記認定のとおりであるが、自身が性被害を受けているのかどうか、判断がつかない状態で、性被害に関する新聞記事を見て意を決して公的機関に相談し、その勧めで警察に申告するに至ったという経緯自体は、(本件接触行為の程度がA自身の述べるほどの強度のものでないという前提であれば)特段、不自然とは思われない。ただ、本件があったとされる5月6日から、警察に申告した5月19日頃まで2週間ほどの期間があるところ、Aは、センターに相談するまでは被告人を警察に訴えるといった明確な意図があったとは思われず、自身の被害についていわば半信半疑であったところを、センターでそれが性的被害であると賛同され、意を強くして警察に申告したものとうかがわれる。このことは、5月10日に被告人にプライベートゾーンに触れる施術を止めるようメッセージを送り、実際に被告人がそのような施術を止めたのに、同日以前の被害を申告していることからもうかがわれる。また、Aは、センターに相談する前、5月11日に前記のメモ(甲18)に、記載が落ちていた日の分を書き加えたことを自認している。
 Aは、訴える以上、証拠をきちんと整えておかなければならないといった思いを強め、センターでの賛同を得て、被告人が施術にかこつけて陰部や乳房を触っていたとの認識を固め、被告人に対する怒りや嫌悪感を募らせていたことがうかがわれる。さらに、Aは本件までに何度も同様の施術を受け、性器等に接触されたことがあり、センターや警察に相談する前に、それまでの被害を振り返って上記メモ(甲18)の追加記載をしたというのであるから、他の回(例えば、Aにとって印象に残っているであろう最も酷い接触を受けた回等)との記憶の混同を生じている可能性もある。
 そうすると、Aが無意識的にせよ、実際よりも本件接触行為について被告人に不利な方向で記憶の変容等を生じていた可能性が完全には払拭できないから、これらの事情は、A供述の信用性に疑問を生じさせ得る事情といえる。
   ウ まとめ
 以上検討したところからすれば、本件接触行為についてのA供述については、基本的に信用性が認められ、被告人が触ったかどうか覚えていないなどと曖昧に述べている点も含め、性器等に触れる接触があったという限度では十分にそのような事実を認定できる。他方、その供述については、前記で検討したような信用性に疑問を生じさせる事情もないではないし、もとより、触られていたのは約1分間などという時間に関する供述については、A自身、時計を見ていたわけではなく、多分に感覚的なものであって、そのまま鵜呑みにできるものではない。これらの事情をも踏まえて考えると、被告人とAの各供述が概ね一致する行為③④は、そのような事実があったと認定できるが、行為①②については、A供述のみによってAの述べるような激しい接触行為があったと認定することは慎重であるべきであって、一連の施術の中で、わいせつ行為と評価するに足り得る程度の、性器や乳房等に触れる接触があったという限度での事実を認定することが相当である。
 3 「わいせつな行為」該当性について
  (1) 施術内容について
 上記のとおり、Aは座骨と恥骨の境目辺りが痛むなどして本件整骨院に通い始めたというのであるから、陰部やその周辺を施術の対象とすること自体はむしろ当然といえ、不自然なことはない。そして、こういった陰部や乳房の周辺、あるいは性器や乳房に触れるような施術が、一律、法的に禁止されているとは解されず、施術として正当なものであれば、犯罪を構成するとはいえない。
 その施術について、被告人は、行為①については、動かしている手の中指と薬指を經穴も意識しつつ反応点がある筋肉に触れて引っかけて、被告人の手前に1回引いて戻す「腱引き」と呼ばれる技法による施術を行っていた、行為②については、Aの肋骨がとても固く、肋骨の動きを良くするために、「筋膜リリース」という技法によって肋骨をほぐした、肋骨の間には經穴もあり、そこを触る意味もあった、などと述べているところ、「腱引き」、「筋膜リリース」については専門家証人として取り調べたマッサージ学校の教員(証人C)や、自身もあん摩マッサージ等の治療院を開業している島根県鍼灸マッサージ師会の代表理事(証人D)も承知しており、「腱引き」に関する書籍等もあり(弁5等)、「筋膜リリース」はマッサージ師会の代表自らも取り入れているというのであるから、実在の技法であると認められる。そして、被告人がAにした施術がこれらの技法によらないものであると断定できる事情はない。もちろん、こういった技法に則っているからといって、被告人のした施術が直ちにわいせつ行為でないといえるものではないが、その施術が正当なものであることを推知させる一事情とはいい得る。
 また、被告人は、行為③のようにAの陰部や乳房といった性的意味合いの強い部位を、着衣の上からではなく直接、素手で触っているが、被告人は、被施術者の痛みの有無等を確認するためにその必要があったといい、マッサージ学校の教員も、その方がより細かい反応を確認、把握することができると述べているから、これが施術として不自然で、あり得ないなどとはいえない。行為④のバイターによる施術もこれが必要でないとする根拠は見いだせない。そして、これまで検討してきたとおり、本件接触行為は、Aが被告人から施術を受ける中で発生しているものである。その施術にマッサージとしての効果があったことは、A自身、効果があったからこそ我慢して本件整骨院に通っていたと述べており、専門家証人も、2名とも、その施術に効果があること自体は否定していない。
  (2) 施術内容について事前に明示的な了解を取っていなかったことについて
 マッサージ師が、女性の乳房や性器ないしその付近に触れる施術をすることについて、上記専門家証人2名は異口同音にそのような施術はあり得ないとの見解を述べているが、両名とも、マッサージ等の手法はマッサージ師ごとに個人のやり方があることは認めた上、前記のように、被告人の施術について効果があることは否定していない。その各供述全体をみると、証人両名が「あり得ない」というのは、その施術をする際に、被施術者の了解も得ずにすることが問題であるというものと解される。すなわち、陰部や乳房の周辺に対する施術は、性的な意味合いが強く、被施術者である女性に不快感を与えたり、場合によってはわいせつ行為として訴えられる危険性をも有するものであるから、これらの部位の周辺に対する施術に注意を要することは業界内でも周知されており、効果が認められるとしても施術を行わないケースもあるが、あえて施術する場合には、事前に施術の内容やその効果等を十分に説明し、被施術者の了解を取った上で行うべきである、という趣旨であり、本件では、被施術者であるAの了解を得ずに施術したことを問題視するものと思われる。
 確かに、本件において、被告人が、本件起訴に係る施術を行う前に、Aから性器等に接触することにつき、少なくとも明示的に了解を得ていないことは明らかである。上記専門家証人2名のいうとおり、被施術者となる女性の心情への配慮のため、あるいは施術者が訴えられるリスク等を考えるなら、施術をするたびに、事前に、今回の施術では性器等への接触がある旨を説明し、明示的に了解を得ておく(場合によっては同意書のようなものを徴する。)のが妥当であることに疑いはない。こういったことはマッサージ学校の教員が述べるように、マッサージ業界内に止まらず、社会の常識であるといえる。
 しかし、被告人がAにしたマッサージの施術のように、何回も繰り返し同様の施術をする場合に、毎回、そういった説明等をしなければならないというのはやや現実的ではなく、初回に詳しい説明をすれば、2回目、3回目と回を重ねるごとに説明を省略することも許されると考えられ、必ずしも毎回、事前説明の上で明示的な了解を得ていなくとも、事実上、了解を得たとみるべき場合もあり得るといえる。
 こういった観点からみてみると、Aが、内心、性器等に触れられる施術について全く納得していなかったことは明らかであるが、客観的には、必ずしもそのような認定評価が困難な面がある。
 すなわち、Aはこれまでの被告人による施術において、性器等に触れられる施術があった際、被告人に対し、そのような施術が本当に必要なのかと問い質したことがあり、通院再開後の3月5日や3月9日にも施術中にやめてくれと言ったというのであるが、A自身、自分の年齢でそのようなことを言うと自意識過剰と思われるのが嫌であり、言い出しづらかったなどとも述べているから、詰問するような強い口調ではなかったとうかがわれる。このことは、5月10日に、Aから、比較的強い論調で、被告人に対し、そういった施術をやめて欲しいとのメッセージを送った後、5月12日の施術の際には、実際にそういう施術をしなかったこととも合致するところである。
 そして、Aは、そのようなことを言うたびに、被告人から、施術として、その効果を上げるために必要であるなどと言われ、これに反論することもなく、上記5月10日まで、効果がなくてもいいからそういった施術を止めるよう、強く申し入れることもないまま、漫然と本件整骨院へ通い続けていたのである。
 こういった経緯をみると、Aの内心はともかく、客観的には、Aは、施術効果のために、性器等に触れられる施術もしぶしぶながら了解していたとみることは十分に可能であり、少なくとも、被告人において、Aがそういった施術を了解しているのだと認識していたとしても、それが不自然、不合理であるとも認め難い。
  (3) A以外の女性客に対する施術について
 弁護人側証人のBは、Aと同じように、本件整骨院に継続的に通い、被告人による施術を受けていたものであるが、被告人による施術の再現動画(弁1、2)を視聴して、自身が受けた施術の流れと変わるところはないとし、B自身も陰部付近や着用していた下着の上から性器を触れられることもあったが、B自身は、最初の頃に、リンパを流すために必要な施術であるなどといった説明を受け、被告人がわざとその辺りを触っているようにも思えなかったので、特に気にすることはなかったなどと供述している。また、検察官によると、A以外に被告人の施術を受けた女性9名(Bを含む。)から事情聴取したところ、全員が胸や陰部付近を触られたと述べ、うち2名(B他1名)は、必要な治療であったとの認識だが、残る7名は嫌であったと述べているという(第8回公判期日における検察官の釈明)。
 これらのことから、被告人は、Aに限らず、女性の被施術者に対し、同じように胸や陰部を触る施術をしていたことがうかがわれるが、その評価としては二通りあり得るかと思われる。その一つは、被告人が、わいせつな意図をもって、女性であれば誰彼かまわずに施術に名を借りてわいせつな行為をしていたという見方であり、もう一つは、被告人が、自身のやり方による施術として、どの女性に対しても、いわば機械的にそのような施術をしていたという見方である。
 ところで、被告人は、長年にわたってマッサージ等の施術をしてきたものであり、本件整骨院では、定期的に施術を受けに訪れる者が常時50名ほどいて、年代的には現役世代(60歳以下をいうと思われる。)の者が多く、その半数は女性であるといい、これまで相当多数の女性に胸や陰部を触る施術をしていたとうかがわれるが、被告人によれば、本件以前に、施術がわいせつ行為であると訴えられたことはないといい、検察官においても、過去にも本件同様の例があったことは全く指摘されていない。相当多数の女性に対し、性器等に触れるような施術をしながら、特に訴えられたこともないというのは、そのような施術に効果があり、それが必要であるという被告人の説明がそれなりに説得的であったとか、Bの言うように、わざと性器等を触っているようには感じなかった者が多かったからであると思料される。そうすると、前者の見方によるのはやや難があるといわざるを得ず、後者のように、被告人が、自身のやり方による施術としてそのような施術をしていた可能性が否定できず、これも施術が正当なものであることをうかがわせる一事情であるといえる。
 なお、男性に陰部等を触れられるのは、正当な施術であれば気に留めないという、Bのような者もいようが、女性であれば、仮に正当な施術であったとしても、羞恥心や恥辱感を覚えるのが当然ともいえ、現に検察官は9人中7人の女性が嫌であったと述べていたというのである。それは要するに個人の受け止め方の問題にすぎず、そういった意味ではAが羞恥心や恥辱感を感じ、自身がわいせつ被害に遭っていると思ったというのも特に不自然、不合理なこととは考えられない。ただ、逆に、女性が、羞恥心や恥辱感を感じたからといって、直ちにわいせつ行為がなされたとの認定の根拠とすることはできないともいい得るであろう。
 4 結論
 以上検討したところを総合すると、本件においては、被告人のした施術が正当なものであった可能性が少なからず認められ、公訴事実に掲げられた行為が「わいせつな行為」に該当すると認めるに足りるだけの立証がなされたとは認め難い。
 マッサージ師会の代表が述べるように、被告人らの世代のマッサージ師には、女性の心情に対する配慮を欠く施術をする者が少なからずいたというが、被告人自身もそういったやり方を改めず、そのためAに必要以上に不愉快な思いをさせた側面があることは否定できない。被告人は、そういったやり方が今日では通用しないことを自覚し、女性の心情に対する配慮を欠いた施術をしていたことについては猛省すべきであると思われるが、そういった配慮を欠くからといって、その施術が、犯罪行為として処罰の対象になるとまではいえない。
 以上の次第であり、本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから、刑訴法336条後段により、被告人に対し無罪の言渡しをする。
 (求刑―懲役2年6月)
 松江地方裁判所刑事部
 (裁判長裁判官 畑口泰成 裁判官 三島琢 裁判官 藤本拓大)<<