2項破棄
福岡高等裁判所宮崎支部平成29年6月8日
上記の者に対する強姦被告事件について、平成29年2月3日宮崎地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官内田武志出席の上審理し、次のとおり判決する。主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役3年に処する。
この裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予し、その猶予の期間中被告人を保護観察に付する。
原審における訴訟費用は被告人の負担とする。理由
主任弁護人木坂理絵の控訴趣意は、量刑不当の主張である。
論旨は、被告人を懲役4年に処した原判決の量刑は重すぎて不当であり、刑の執行を猶予すべきである、というのである。
そこで検討すると、本件は、A音楽祭りに参加するため陸上自衛隊の駐屯地内の宿舎に宿泊していた陸上自衛官である被告人が、同じく上記音楽祭りに参加するため同宿舎に宿泊していた被害者に対し、暴行脅迫を加え、反抗を抑圧して姦淫したという強姦の事案である。
原判決は、酔余の犯行であることがうかがわれ、高い計画性などは認められないものの、自己の性欲を満たすためだけの身勝手な犯行動機に酌量すべき点がないこと、暴行の程度が強度とはいえないが、被害者の恐怖心や羞恥心といった感情につけ込んだ卑劣な犯行であること、本件犯行により被害者が被った精神的苦痛は相当大きいものであり、犯行結果が重大であることを犯情事実として指摘した上、刑の公平性の観点から同種事案(単独で、知人等に対し、凶器を用いずに強姦したもの1件の事案で、量刑上特に考慮すべき前科がないもの)の量刑傾向を踏まえて検討すると、本件は同種事案の中で決して軽い部類に属する事案とはいえないと判断し、これに加えて、一般情状として、被告人が不合理な弁解に終始して真摯に反省している様子が見られないこと、被害者が被告人に対する厳しい処罰感情を抱いていることなどもそれなりに重視せざるを得ないと指摘し、被告人に前科前歴がないこと、本件が有罪となれば被告人が免職の懲戒処分を受けることにより相応の社会的制裁を受けると考えられること(なお、禁鎖以上の刑に処する判決が確定すれば、自衛隊法38条2項により当然失職するから、原判決の上記説示は正確とはいえないが、退職手当が不支給となることが見込まれることなど、相応の社会的制裁を受けると考えられることには変わりがない。)など被告人にとって酌むべき事情をも最大限考慮しても懲役4年は免れないと判断して、前示の刑に処したものである。
原判決の上記量刑判断は、以下の点を除いて、おおむね相当であり、結論においては当裁判所も支持できる。
すなわち、原判決が「事実認定の補足説明」の項で説示する被害者の原審公判供述の内容によれば、被告人は、既に消灯時間が過ぎている時間帯に、被害者の方から折り返しの電話をかけてきたので、被害者に対し、「下に降りてきて直接会って話さないか。」などと言い、被害者に何度断られても同じことをしつこく言い続けたところ、最終的に被害者もこれに応じて中央階段を下りてきたこと、中央階段踊り場で被害者に会い、「直接会って話してみたかった。」「やっと会って話せるね。」などと言ったこと、「もうちょっと近寄ってほしい。」と言って、近づいてきた被害者にいきなり抱き着いたこと、「やめてください。」と言っておなか辺りを両手で押すようにしてきた被害者に対し、「いいじゃん。」などと言いながらキスをしたこと、顔を左右に振って抵抗し、後ずさりして壁に背中が付くようになった被害者に対し、更にキスをして、直接胸を揉み、パンツの中に手を入れて陰部を触るなどしたこと、その際、被告人の体を押し返すようにして「やめてください。帰ります。」と言った被害者に対し、「騒いだら人が来るぞ。人に見られるぞ。」などと言ったこと、その後、原判示の暴行により本件強姦に至ったことが認められるから、上記の事実経過に照らせば、被告人が被害者を呼び出した当初から強姦ないし強制わいせつの犯意を有していたとは考え難く、中央階段踊り場で被害者と会い、会話やわいせつ行為をする過程で徐々に犯意を形成していったものとみるのが自然である。原判決が被告人の犯意発生時期をどのように認定したのか判文上は判然としないが、「高い計画性などは認められない」とした原判決の説示が当審説示と同旨をいうものであれば是認できる。そうであれば、被害者が、被告人の誘いに応じて、消灯時間経過後に、あえて被告人に会いに行ったことが、被告人に対し、被害者も被告人に好意を持っているのではないかとの期待を抱かせ、犯行の遠因となった側面があることは否定できず、このような事情がなかった事案と比較して、被告人に対する非難の程度は若干低くなるというべきである。原判決がこの点をどのように評価したのか定かではないが、その「量刑の理由」において、身勝手な犯行動機に酌量すべき点はないとして触れていないことに照らすと、特に被告人に有利な事情としては考慮しなかったものと考えられるから、原判決の量刑を不当ならしめるものとまではいえないものの、いささか適切さを欠くというべきである。
そうすると、本件の非難可能性に関する評価は幾分低下するものの、その点を踏まえても、軽い部類に属する事案とはいえないとする原判決の判断が不合理であるとはいえない。
所論は、本件犯行に計画性は認められないこと、暴行脅迫の程度が同種事案と比較して重いとまではいえないこと、被告人が免職の懲戒処分を受ける見込みであること、被告人に前科前歴がないことなどを指摘するが、これらはいずれも、原判決が考慮済みの事情である。
そうすると、原判決の量刑は、その宣告の時点においてはやむを得ないものであって、これが重すぎて不当であるとはいえない。
しかしながら、当審における事実取調べの結果によれば、(1)原判決後、被告人が、被害者に対し、420万円を支払い、被害者との間で示談が成立したこと、(2)被害者は、被告人が本件の有罪確定により懲戒免職となること、被告人に幼い子供らがいること等の事情を考慮して、本件について被告人を宥恕し、執行猶予判決を望んでいること、(3)被告人は、遅まきながらも公訴事実を認めて反省の態度を示すに至ったことが認められる。
ところで、原審段階では無罪を主張して公訴事実を争い、原審で有罪判決を受けたため、控訴審段階では一転して公訴事実を認めて示談を試み、減刑を目指すような投機的な防御活動については、原審に主張立証活動を集中させ、控訴審の役割を原審の当否の事後的審査にとどめた現行刑訴法の枠組みにそぐわず、原審を軽視する風潮を助長しかねないから、これを原審段階で同様の情状立証がなされた場合と同等に評価することは、一般的には相当でない。しかし、本件において、被告人が、原判決後とはいえ、被害者に対し、この種慰謝料としては相当な額の金員を支払って示談を成立させ、被害者が被告人を宥恕するに至っていることは、被害者の精神的被害について、遅ればせながらも一定程度回復させたものと評価でき、かかる行為は被告人の反省の表れともいえるから、このような被害回復に向けた努力を量刑上全く考慮しないとすることは、被告人にとっても酷であり、被害者救済を助長するという刑事政策的見地からも好ましくはない。その上、原審段階で被害者との間で示談交渉が進まなかったのは、専ら原審弁護人の弁護方針に基づくものであって、被告人は当初から被害者との示談交渉を希望しており、原審において保釈された後は原判決を受ける前から当審主任弁護人に示談交渉の相談をしていたことも認められるから、上記示談成立の事実及び被害者の宥恕について、原審で有罪判決を受けたことを契機になされた投機的防御の結果であると断じることもできない。また、本件の証拠関係は、客観的証拠に乏しく、被害を訴える被害者供述の信用性が、これを否定する被告人供述を踏まえてもなお信用できるかが問題となり、その信用性判断に当たっては、種々の補助事実や間接事実の認定・評価を要するという構造となっており、その認定判断が容易な事案とはいえないこと、原判決は、原審弁護人が被害者供述の不合理性をいう根拠として主張した事実の一部につき一定限度で認定していることからすると、被告人は、当審においても、事実誤認を主張することにより引き続き無罪の主張をする余地もなくはなかったと考えられる。それにもかかわらず、被告人が、当審において、公訴事実をすべて認めて被害者に謝罪をし、その慰謝に努めたことは、前記の被害弁償の事実とも相まって、被告人の真摯な反省の情に基づくものというべきである。
以上によれば、前記説示に係る原判決後の情状は、当審において斟酌することも許容されるというべきである。そして、そもそも、前記のとおり原判決の犯情評価は、それのみでは量刑判断を不当ならしめるほどではないものの、被告人に対する非難可能性が低下すべき事情について適切に評価されているとは言い難く、この点においてやや重すぎるといえることを踏まえた上で、当審において妻が被告人の監督を誓約していること、強姦罪は被害者の性的自由を侵害する罪であるから、精神的苦痛を受けた被害者が自ら被告人を宥恕している事実は一般情状であっても相当程度の重みを有する事情というべきであり、現に原判決が参照した同種事案の量刑傾向のうち、被害者との示談が成立している事案についてはおおむね執行猶予付きの判決が言い渡されていることも併せて考慮すれば、現時点においては、被告人に対し、実刑判決を言い渡すことは重きに失するものといわざるを得ず、その刑の執行を猶予するのが正義に適うものと認められる。
よって、刑訴法397条2項により原判決を破棄し、同法400条ただし書を適用して更に次のとおり判決する。
原判決が認定した犯罪事実に原判決が適用した罰条を適用し、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役3年に処することとし、情状により刑法25条1項を適用してこの裁判確定の日から5年間その刑の執行を猶予することとし、なお本件の罪質に照らして、再犯防止の観点から、被告人に対しては性犯罪者処遇プログラムを実施するのが相当であること、女性である被告人の妻とは別に被告人に対する助言指導を行う監督者が必要であると考えられること等を考慮し、刑法25条の2第1項前段を適用してその猶予の期間中被告人を保護観察に付することとし、刑訴法181条1項本文により原審における訴訟費用を全部被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 根本渉 裁判官 渡邉一昭 裁判官 諸井明仁)