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判 決
上記の者に対する強制わいせつ被告事件について,令和2年10月6日高知地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官岡本安弘及び弁護人谷脇和仁(私選)出席の上審理し,次のとおり判決する。
主 文
原判決を破棄する。
被告人を懲役年月に処する。
この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。
理 由
本件控訴の趣意は,量刑不当の主張であり,刑の執行を猶予すべきであるというのである。
本件は,精神科の医師である被告人が,患者である被害者(当時28歳)を診察していた際,同人に強いてわいせつな行為をしようと考え,病院の診察室において,同人の両肩付近を両手で押さえ,その両頬や唇にキスをしたという事案である。
原判決は,本件犯行は,不眠を訴えて精神科の治療を受けている被害者に悪影響を与えかねない悪質なものである上,精神科医として豊富な経験を有する被告人にはこれが容易に想起できるにもかかわらず,後先を考えずに本件犯行に及んだものであって,医師としての良識を甚だ欠いた点でも悪質であること,被害者は,本件犯行により大きな精神的打撃を受け,本件を一つの要因としてPTSDを発症し,精神的苦痛に苛まれていて,被告人の厳重処罰を求めていることを指摘し,被告人が賠償金として100万円を被害者に支払い,被害者の生活圏に接近しないことなどを約束して示談が成立してはいるものの,被害者の精神的打撃に照らすと慰謝の措置が十分とはいえないことも指摘した上で,被告人に前科前歴がないことや,被告人なりに反省の態度を示していることなどを考慮しても,実刑は免れないとし,被告人を懲役1年に処した。
原判決の量刑事情の認定及び評価は概ね相当ではあるものの,本件のわいせつ行為の程度や被害者と示談が成立したことなどからすれば,原判決の量刑は,同種事案の量刑傾向の中では重い部類に属するとはいえる。しかし,医師である被告人が診察中に患者である被害者にわいせつ行為をしたという本件事案の特殊性に照らすと,被告人の行為責任は重いとみた原判決の量刑が重過ぎて不当であるとまではいえない。
所論は,本件犯行態様は,被害者の両頬や唇にキスをしたというものであり,わいせつ行為の程度は相対的に軽微であると主張する。しかし,被告人が,精神科医でありながら,精神的な不調を訴えて受診している被害者に与えた悪影響の大きさなどに照らせば,所論の指摘を踏まえても,被告人に対する非難の程度は高いとした原判決の量刑判断が重過ぎて不当であるとまではいえない。
所論は,被告人と被害者との間で示談が成立し,賠償金が支払われていることを重視すべきであると主張する。しかし,被害者の精神的被害が大きく,処罰感情も厳しいことに照らせば,示談が成立したことなどを過大に評価するのは相当でないとした原判決の量刑判断が誤っているとまではいえない。
もっとも,原判決後,被告人が被害者に対して,賠償金として支払済みの100万円に加え,更に1000万円を支払い,被害者が被告人を許すことなどを内容とする示談が新たに成立したこと,被告人が反省を深め,贖罪のために生活困窮者の居住支援等を行う法人に土地建物を寄付したことなどが認められる。これらの事情に加えて,同種事案の量刑傾向や前記の被告人のために酌むべき事情を併せ考慮すると、被告人に対しては,直ちに実刑に処するのではなく,社会内で更生する機会を与えることが相当になったといえる。
そこで,刑訴法397条2項により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,被告事件について更に次のとおり判決する。
原判決の認定した罪となるべき事実に原判決挙示の法令を適用し,その所定刑期の範囲内で被告人を懲役1年6月に処し,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予することとして主文のとおり判決する。
令和3年2月18日
高松高等裁判所第1部
裁判長裁判官 杉山愼治 裁判官 安達拓 裁判官 井草健太