児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

客体の有体物性の論証

 大阪高裁H15.9.18の控訴理由の一部です。
 学説・判例よりも裁判例のほうが説得力あるようです。

 理屈としては、わいせつ図画罪についても使えます。
 名古屋のメール送信事件はどうなったんでしょうか?

法令適用の誤り(有体性がない電子データは児童ポルノではない。)
1 問題点
 被告人から購入者らに送られたのは、HPアドレス(とパスワード)だけである。それ以外には何も送られていない。
 かろうじて画像購入者が受取ったのは有体物としての児童ポルノではなく、有体物を離れた電子データとしての画像データである。それも、被告人からではなく、サーバーからである。

原判決
(罪となるべき事実)
第2 被告人は,
1 同年月日ころ,買主MHに対して,自己のホームページアドレス及びパスワードをメールで送信して,同人をして、京都市所在の同人方に設置されたパーソナルコンピューター内のハードディスクにダウンロードさせる方法で,児童を相手方とする性交に係る児童の姿態を露骨に撮影した児童ポルノである画像データ9画像,他人が児童の性器等を触る行為に係る児童の姿態を露骨に撮影した児童ポルノである画像データ4画像及び衣服の全部又は一部を着けないで性器等を露出した児童の姿態を露骨に撮影した児童ポルノである画像データ22画像を含む画像データ40画像を,代金5000円で販売した

 サーバーのHDDと、受信者のHDDに児童ポルノデータが蔵置されている場合に、それらのHDDが有体物たる児童ポルノであることは疑いないが、サーバーから受信者のPCへの画像データの電送は、有体物に全く化体していない。

 「データとして電送されていても、データを送る電線は有体物である。」というのは事実誤認である。衛星通信や無線LANを例に挙げるまでもなく、インターネットには随所に無線部分が存在するのである。

 ところで、本法は

 第2条(定義)
 3 この法律において「児童ポルノ」とは、写真、ビデオテープその他の物であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。

としていることから、有体物に限定していると解される。

 もとより「物とは有体物を謂ふ」(民法85条)のが法律学では常識である。
 そこで、刑罰法規においても、有体物以外をも対象とする場合には特別規定がおかれる。

第245条(電気)
この章の罪については、電気は、財物とみなす。

 さらに、電子データについては刑法上「電磁的記録」として特別の規定*1が置かれている。これらは、電磁的記録については、文書の概念を超えること等、従来の文書関係の規定では対応できなくなったために設けられたものである。
 
 児童ポルノについては「物」という有体物を意味する用語が用いられており、しかも、電磁的記録に拡大する規定がないのであるから、有体物を離れた電子データは児童ポルノではない。

 また、わいせつ図画の場合は、公然わいせつ罪との比較において、わいせつ図画の有体性が要求されるとされるが、児童ポルノの場合も、生身の児童の着衣の一部を着けない姿態を公然とさらしても、本法上の犯罪とはならないのであるから、有体性を要求されるのも当然の帰結である。
 有体物に化体しないデータを児童ポルノとするときは、単に児童の姿態をテレビ生中継・インターネット生中継した場合まで、児童ポルノ陳列罪となって、本来不可罰である公然児童姿態展示行為との境界が不明確となる。
 インターネット生中継について、わいせつ物陳列ではなく公然わいせつとした裁判例もある。(岡山地方裁判所、平成11年(わ)第524号わいせつ図画公然陳列被告事件*2)

2 本法の規定
(1) 規定
 2条の定義だけではなく、処罰される行為を見ても、有体物を前提にして、有体物が移動することを前提にしている。

第7条(児童ポルノ頒布等)
児童ポルノを頒布し、販売し、業として貸与し、又は公然と陳列した者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
2 前項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者も、同項と同様とする。
3 第一項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを外国に輸入し、又は外国から輸出した日本国民も、同項と同様とする。

 また、刑法のわいせつ罪の場合の公然わいせつ罪に対応する、公然と生身の児童の姿態(わいせつに至らない程度)を展示した場合は処罰されない。

(2) 警察庁執務資料*3
 警察庁のマニュアルでも、物理的に支配したり、場所を移転したり、船舶に積み込むこととされており、どこにも電子データは予定されていない。

ウ 所持「所持」とは、社会通念上一定の人が一定の物について事実上の支配をなし得る地位にあると認められる関係をいい、自ら保管すると他人に保管させるとを問わない。

エ 運搬「運搬」とは、一定の場所から他の場所へ物の所在を移転することをいい、その手段を問わない。
オ 本邦に輸入及び本邦から輸出「本邦に輸入」とは、外国から我が国に児童ポルノを搬入することをいい、「本邦から輸出」とは、我が国から外国又は我が国の統治権が現実に行使されていない地域に向けられた船舶、航空機等の輸送機関に児童ポルノを積み込むことをいう。

3 立法者
(1)議事録
 制定当時の国会審議*4*5*6を総合すると、ネット上の児童ポルノについては、問題意識としては存在したが、

HDDの陳列という最高裁判例を維持していく。
それ以上の規制については、改正時に検討する。

という程度の議論に終わっており、刑法のわいせつ罪の適用(HDDの陳列と構成する)を踏み越えた規制をするという議論は全くない。
 なお「現在、インターネットを利用しまして不特定または多数の者に対してわいせつ画像を閲覧させる行為というのがございますけれども、これは刑法第百七十五条との関連でいいますと、わいせつ画像のデータが記憶、蔵置されたハードディスク等の記憶装置は、わいせつ図画あるいはわいせつ物として刑法百七十五条のわいせつ物公然陳列罪により処罰されております。児童ポルノとの関係につきましてもこれと同様に考えておりまして、インターネットを利用して不特定または多数の者に対し児童ポルノを観覧、閲覧させた者については、児童ポルノ画像のデータが記憶、蔵置されたハードディスク等の記憶装置、これを児童ポルノとして児童ポルノの公然陳列罪が成立することになるというふうに考えております。」と説明している大森礼子議員は、法案の提案者であり元検事である。元検事として児童ポルノについてもHDDの陳列として構成すれば必要十分であると胸を張って断言しているかのようである。インターネット上でDLさせれば販売頒布罪になりえますとは言っていないのである。
 時期的にみて、わいせつ画像データのDLを「陳列罪」とする判決や実務を意識した立法であることは明かである。

(2)森山真弓の解説*7
 サーバーHDDをわいせつ図画として、その陳列とする判例を引用しており、画像データを児童ポルノとするという記載はない。
 児童ポルノについてもHDDの陳列として構成すれば必要十分であるかのようであって、ここでもインターネット上でDLさせれば販売頒布罪になりますとは言っていないのである。
 時期的にみて、わいせつ画像データのDLを「陳列罪」とする判決や実務を意識した立法であることは明かである。

(3)最新の報道*8
 自民党ではネット上での行為の処罰について現在検討されているとのことである。
 ここで初めて、「インターネット上でDLさせれば販売頒布罪になる」という改正動向が見えた。
 原判決が正しければ、改正など必要ない。

4 学説
(1)甲南大学園田寿教授

「解説児童買春・児童ポルノ法」P29
http://www.lawschool-konan.jp/sonoda/law/kaishun/02sonota.html
 児童ポルノとは、「写真、ビデオテープその他の物」、すなわち何らかの有体物を記録媒体とする物である。したがって、電磁的な画像データそのものは無体物であり、本法における「児童ポルノ」には該当しない。ただし、児童ポルノに係る画像データが記録されたフロッピーディスクやハードディスク、CD−ROMやMO、LD、DVDなどは、「その他の物」に該当する。
 写真、ビデオテープなど視覚によって認識できる媒体が規制対象となっている。刑法175条のわいせつ物頒布等の罪と違って、規制対象に「文書」は含まれていない。視覚によって認識できるものであっても、絵については、法案の段階で議論があったが、最終的には規定されなかった。ただし、実在する児童を特定可能な程度にリアルに描写したような絵については、「その他の物」に該当する場合がある。

(2)東京都立大学 木村光江教授

 犯罪と非行124号P131
「輸入」とは日本の領海内に入っただけでなく陸揚げすることが必要であり(39),「輸出」とは外国に向けた船舶・航空機等に積み込むことを意味することになる(40)。インターネットにより画像データを送受信する行為は,当該データそのものが児童ポルノに該当するといえない限り,輸出入罪には当たらない。判例の多数は刑法上のわいせつ図画につき, わいせつデータが化体されたハードディスク等をわいせつ物であると評価しており(前貢参照),これを児童ポルノにも敷桁すると,単なるデータの送受信は輸出入に当たらないことになる(41)。

(3)東京大学山口厚教授

サイバーポルノとわいせつ物公然陳列罪 山口厚ジュリストNo.1224.
2 本決定は,わいせつな画像データが記憶,蔵置されたハードディスクが(公然陳列の対象となる)「わいせつ物」に当たるとしている。本件と同様の事案に関して,わいせつ図画公然陳列罪の成立を肯定しながら,陳列された「わいせつ図画」はコンピュータではなく,「情報としての画像データ」であると解した判決(岡山地判平成9・12・15 判時1641号158頁)があり,そのような理解を支持する学説( 堀内捷三「インターネットとポルノグラフィー」研修588号など)もあるが,最高裁としては,そうした理解を採らず,陳列される「わいせつ物」は有体物をいうとする, これまでの立場を維持したことになる。
 このような理解は,公然陳列に関わる本件の解決としては,妥当なものと評価することができるように思われる。なぜなら,「物」とは有体物をいうと解するのが自然であることはさておき,単なる無形のデータ自体が陳列の対象となるのだとすると,わいせつ物公然陳列罪よりも法益侵害性が低いために法定刑が低く定められている公然わいせつ罪(刑174条)に該当すると解されてきた事案についても,行為・姿態等のわいせつ性という無形データの公然陳列があることになって,わいせつ物公然陳列罪として重く処罰されることになりかねず(たとえば,塩見・後掲137 頁),それは妥当とは思われないからである。わいせつな内容のデータを問題とするとしても,それは媒体に「固定」されたものでなければならないのである。
なお,本決定のように「わいせつ物」について有休性を要求する場合に問題となるのは,特定の者に,その者の求めに応じて,わいせつな画像データを電子メールの添付ファイルとして送信するような場合である。この場合には,画像データが保存されている媒体が公然陳列されるわけではないし,そうした媒体が頒布,販売されるわけでもないから,可罰性を肯定することに問題が生じるからである。

(4)慶応義塾大学 安冨潔教授

捜査研究No,609 特別刑法の諸問題
五今後の課題
児童ポルノ等処罰法」は、附則第六条で法律施行後三年を目途に検討することとされている。本年は、法律施行三年目であり、見直しも検討されるであろうが、そこでの主要な論点として、児童ポルノのいわゆる単純所持罪を処罰すべきか、またインターネット等を利用した児童ポルノの送信・閲覧等の規制をどのようにすべきかが挙げられる。ことに、昨年一一月二三日に署名されたサイバー犯罪条約では、児童ポルノに関連する犯罪について必要な立法措置をとることを求めており、その関連においても検討すべき課題を含んでいるところである(サイバー刑事法研究会報告「欧州評議会サイバー犯罪条約と我が国の対応について」二七頁参照)。

(5)島戸純検事
 島戸検事は法務省刑事局付検事であって、検察における本法の第一人者である。島戸検事は大阪地裁H14.4.26(児童ポルノ製造罪、大阪高裁H14.9.10の原判決)について、次のように評釈している。

警察公論2002.12P59
( 3) 弁護人の主張(2)について
児童ポルノを製造,頒布等する行為は,児童ポルノに描写した児童の心身に有害な影響を与えるのみならず,このような行為が社会に広がることにより,児童を性欲の対象としてとらえる風潮を助長することになるとともに,身体的及び精神的に未熟である児童一般の心身の成長に重大な影響を与えることにかんがみて処罰することとしたものであり,「製造」の意義を解するに当たっても,この観点から検討することが必要である。
本件において,撮影がされていれば撮影行為それ自体が被害児童の人権を害しており,撮影者自身が現像,焼付けを行ったり,これを他者に依頼するのは比較的容易であるから,撮影行為のみでも,社会的にみて児童を性欲の対象としてとらえる風潮を助長することになるとともに,児童一般の心身の成長に重大な影響を与えることになるであろう。製造自体,直接視覚的に認識することができる状態にすることまでは要しない(例えば,児童ポルノを内容とする電磁的記録を記憶した記憶媒体を製造することも含まれる。)。よって,本判決①が撮影行為それ自体に可罰性を認めたことはもとより正当である。また,現像したり焼き付けする行為についても,同様に「製造」に当たると解することができよう。このように解すると,撮影,現像,焼付けが一連の行為としてなされた場合には,これを包括して一罪に該当すると考えられる。本判決①が「本件では,現像まで行われているところ,撮影,現像及び焼き付けは製造の一連の過程というべきであり,撮影及び現像を製造行為と認定した。」と判示しているのもこの趣旨によるものと理解される。

 デジタルカメラによる場合は、「児童ポルノを内容とする電磁的記録を記憶した記憶媒体を製造すること」が児童ポルノ製造であると述べており、「児童ポルノを内容とする電子データを製造すること」が児童ポルノ製造だとは述べていない。
 そもそも、画像データが児童ポルノであれば、未現像段階でも、記憶媒体に記憶されていなくても、画像データとしての児童ポルノが新たに作り出されていることになるから、その後、現像・焼き付けされようとデータに変更がない限りは、新たな児童ポルノは生まれないはずである。データに着目するのであれば、現像・焼き付け行為は、いわばデータの「器の変更」にすぎないから、評価に値しないのである。
 島戸検事が、データに変更がない現像・焼き付けを児童ポルノ製造行為としたことは、児童ポルノは有体物に限るという見解を明らかにしたものに他ならない。児童ポルノ無体物説には、もはや検察庁にも味方がいない。

(6)M検事
 M検事は、デジタルカメラによる児童ポルノ製造・販売・所持事件の起訴・公判担当であった。(副検事から検事となられ、大変勉強熱心な方である。)
 この事件の弁護人は、デジタル媒体の場合、データそのものが児童ポルノであるから、撮影時に製造罪は既遂になるが、以後のコピーは製造罪には当たらないと主張したが、それに対してM検事は有体物を基準として、「コンパクトフラッシュ及びパーソナルコンピューターを経由して光磁気ディスクに記録,蔵置していた」のだから、「コンパクトフラッシュ及びパーソナルコンピューター、光磁気ディスク」が全部児童ポルノになると主張した。
 さらには、バックアップ用の所持について、「今日,パーソナルコンピューターの普及に伴って,光磁気ディスク又はハードディスクなどの磁気ディスクを利用し,原本の同一性を維持したまま複写が可能になっており,直接販売の対象ではなく,単に原本又はデータが破壊した場合のバックアップ用として利用する意思しか有しないとしても,ハードディスクと一体となったパーソナルコンピューター又は光磁気ディスクから複写物が生み出され,社会一般に流布される危険性は極めて高く,」と述べ、画像データの流出ではなく、あくまで有体物である「複写物」の作成の危険性にのみ言及した。
 M検事が有体物説を採っていることは明かである。

(7)S検事(大阪高検
 大阪高裁H14.9.10の答弁書においてS検事は、未現像フィルム、ネガフィルム、写真の各段階(媒体が変換された時点)に児童への権利侵害があると力説されている。
 しかしS検事は「製造とは,児童ポルノを新たに作り出すことをいい,その手段は特に限定されていない」といいながら、媒体に載っていないと児童ポルノにならないというのは、有体物にしか着目していない・有体物のみを児童ポルノと考えていることが明かである。未現像フィルムとしての流通、ネガフィルムとしての流通、写真としての流通の危険性を指摘していて、媒体から離れた画像データとしての流通には一切言及していない。
 実は、銀塩カメラは、画像データが物体上の化学変化として有体物に記憶されるものであり、デジタル媒体は画像データが磁気ないしは光学的に有体物に記録されるものである。
 銀塩写真であろうとデジタルであろうと、媒体自体には違法性はなく、違法なのは画像データである。(フィルムスキャナーを使えば、ネガフィルムをデジタルに変換することもできるし、デジタルを印画紙に印刷することもできるから、今日、銀塩とデジタルの区別は無意味である。)
 銀塩の場合のみ、媒体に載っているもののみを児童ポルノとして、デジタルの場合は、媒体に載っていなくても児童ポルノとなるというのは、論理矛盾であり、銀塩の場合に媒体を要求する以上S検事はデジタルについても有体物説である。

5 わいせつ図画の有体性(刑法175条)
(1) 共通性
 保護法益こそ異なるが、条文の体裁や規制対象とする行為は、刑法175条とほぼ共通である。ネット上のわいせつ情報に関する学説・判例の蓄積は大いに参考になる。
 一言で言えば、学説・判例ともに「わいせつ物であるHDDの陳列」という構成によって目的を達成している。従来の解釈とも調和できるし、当罰性・可罰性を満たし、必要十分というわけである。

(2) 明治大学川端博教授

研修616号
 インターネットを利用したわいせつ画像の公開に関しては,刑法175条によって全面的に対処できるかどうかが.種々の観点から問題となってくる。本稿においては,わいせつ画像そのものが「情報」として175条の対象となりうるか否かについて若干の検討を加えた。そして,本条の客体は「有体物」に限られるべきであり.わいせつ「情報」それ自体に関連する当罰行為は,「情報犯罪」としてのコンピュータ犯罪の取り扱いの問題として総合的に立法的解決を早急に図るペきであるとの結論に到達したのである。わたくしは.従前より文書偽造罪との関連で,「情報犯罪」としてのコソピュータ犯罪に対処するための立法を希望してきたがわいせつ罪規制との関連でも立法的解決を切望するものである。

(3) 名取俊也検事 

研修596号
わいせつ画像データを刑法175条の「わいせつ図画」と認定した事例
岡山地裁平成9年12月15日判決・公刊物宋登載)
 本判決はデータ自体をわいせつな図画としたが,そこで理由として述べられている点については,必ずしも説得力を有するものではないように思われる。すなわち,本判決は,「有体物としてのコソピュータはなんらわいせつ性のない物であり,これをわいせつ物であるということはあまりに不自然かつ技巧的である」とするが.記憶装置内のわいせつな画像のデータがごく一般的な操作により再生されるべき性質を有することからすると,これを可視的・可読的なものとするのに機器・操作を必要とすることを除けば.わいせつな写真や文章が印刷された写真集や小説等と本質的に異なるところはなく,わいせつな画像のデータが化体されたことをもって,その記憶装置自体のわいせつ性を認めることには何ら問題なく,「あまりに不自然かつ技巧的」とするようなものではないと思われる(前掲前田8lべ−ジ参照)。
 文理的にも.「わいせつな文書,図画その他の物」とある場合には.「わいせつな文書,図画」は「物」の例示として.その一部を成している場合に用いられるのであり(前田正道・ワークブック法制執務620ページ),一般に,「物」が有体物を意味すると解される以上,「わいせつな文書,図画」も有体物であるとする解釈が素直であるように思われる。

(4) 東京都立大学 前田雅英教授

インターネットとわいせつ犯罪 ジュリスト1997.6.1 no.1112
 インターネットでわいせつ画像を販売する行為を、「販売罪」で把握する場合には、わいせつな内容に関する「デジタルデータ」そのものをわいせつ物と考えた方がわかりやすい。わいせつ画像データを蔵置した「ハードディスク」を販売するとはいいにくいからである。そして、わいせつ画像や音声のデジタルデータそのものを「わいせつ物」と解することも、不可能ではない。わいせつデータそのものの販売行為の当罰性が非常に高まり、しかも、立法的手当ができない場合には、一七五条の「物」概念に情報を含ましめざるを得ない事態が考えられよう。
 ただ、現在、「物」とは基本的には有体物と解されており、わいせつデータそのものを「物」に含めない解釈が選択されるべきであろう。従来の解釈との連続性も考えれば、わいせつ「物」は、なんらかの有体物に蔵置された状態で把握することが望ましいのである。
 そこで、インターネットの場合は、わいせつ画像販売行為を犯罪行為として捕捉するのでほなく、わいせつ画像を不特定多数人に見せる行為を「公然陳列」として処理していると考えられる。そして、その場合でも、検察、裁判所は、有体物としての「わいせつ物」にこだわり、公然とわいせつデータを入力したハードディスクを「わいせつ物」と構成した上で、それを陳列したものとして構成要件該当性を認めたのである。

(5) 関西大学教授山中敬一

インターネットとわいせつ罪『インターネットと法』'99山中敬一.P79
わいせつ物の「頒布」「販売」
 わいせつ物の頒布販売は,客体たる「物」自体の有償無償での「交付」を要するから、インターネットを通じて,わいせつ磁気情報の形で頒布・販売することはできない。

(6) 塩見淳京都大学教授

法学教室210号
わいせつ画像を掲載したホームページの開設とわいせつ図画公然陳列罪の成否
東京地裁平成八年四月二二日判決
判例時報一五九七号一五一貫、判例タイムズ九二九号二六六頁)

判例タイムズ0874号
パソコン通信の利用等
 判例には現われていないものの、実務家のなかには、猥褻画像をファックスで送信したり、猥褒ソフトをパソコン通信で配布するといった、猥褒物のやりとりが存在しないケースが登場することを想定して、一七五条を端的に猥褻情報の頒布・販売等をとらえる類型と解すべきだとの主張も見られる。
しかし、猥嚢情報の物への化体という要件を外すことは、ストリップ・ショーに関する判例の態度とは一貫せず、「物」を「情報」と読みかえることには解釈論としても無理があるように思われる。また、従来の解釈によっても、猥嚢図画や猥嚢ソフトが「物」として存在している限り、その情報を不特定の者に流す行為は、猥褻物公然陳列罪には問いうるので、直ちに不可罰の領域を生じるわけではない点も指摘できよう。

刑法雑誌第41巻 第1号
インターネットを利用したわいせつ犯罪
二  わいせつ図画・物
(一) その特定
 a 通説的見解
 インターネットのホームページにわいせつ画像を掲載する形態において、一七五条の客体たる「わいせつな文書、図画その他の物」に当たるのは何かを巡っては、わいせつな画像情報が蔵置されたサーバーコンピュータ(ハードディスク) とするのが通説であり、判例も同旨と解される。
 従来から判例では、直接にわいせつ性を顕現しなくても、わいせつな情報が化体し、容易に顕在化しうる場合は、わいせつ図画・物と認定するとの態度を示してきている。既に大審院は、わいせつ映画の上映に一七五条の適用を肯定した際、映画フィルムをわいせつ図画と解していたと見られるし、戦後に至ると、マジックインクで修正されたわいせつ写真につき、少なくとも修正前の写真を容易に復元できるのであればわいせつ図画に当たるとされ、さらに記録媒体の発展に伴って登場してきた録音テープ、ダイヤルQ2に接続された録音再生機、ビデオテープなどもわいせつ図画・物への該当性が肯定された。他方、ストリップショーのように、わいせつ情報そのもので物への「化体」がない場合については、一七五条ではなく一七四条の公然わいせつ罪が適用されたのである。そして、学説も判例を基本的に支持してきたと見てよいと思われる。右の従来の解釈を前提とすれば、アクセスを通してわいせつ情報を容易に顕在化させるハードディスクにも、わいせつ物性を問題なく肯定できることになろう。同旨の判例・通説は支持されうる。
 このように、「わいせつ図画・物」をわいせつ情報が化体したハードディスクに求める解釈に対しては、「インターネットの場合、わいせつ画像データが蔵置された「わいせつなサーバーからユーザーのパソコンにわいせつデータが送信され、そこにわいせつデータのコピーが作成される」のであり、「ユーザーが『見ている』 のは、実はサーバ−の『わいせつなハードディスク』ではなく、自分の『わいせつなハードディスク』だとの指摘が見られる。しかし、この指摘は、ホームページを閲覧する際のメカニズムの説明としては正しいとしても、法律構成の観点からは不正確といえる。通説のもとでは、ユーザーのハードディスクにコピーが作成される点は閲覧のプロセスと捉えられているからである。「ユーザーが見ている』 のはあくまで「サーバーの『わいせつなハードディスク』なのである。

(7) 吉田統宏法務省刑事局参事官

警察学論集51巻4号わいせつ画像をわいせつ図画と認定した事例
岡山地裁平成9年12月15日判決・公刊物未登載)
 本判決は、「有体物としてのコンピューターはなんらわいせつ性のない物であり、これをわいせつ物ということはあまりに不自然かつ技巧的である。」などとして、わいせつ画像データ自体をわいせつ図画であると認定した。
 しかし、わいせつ画像データとこれが記憶蔵置されたコンピュータIを一体として捉えてわいせつ図画あるいはわいせつ物と認定することは、比較的容易にデータを媒体から分離・移転させることができることを除き、わいせつな写真や文章をこれが印刷された紙などの媒体と一体として捉え写真集や小説をわいせつ物とすることと本質的に異なることはなく、わいせつな画像のデータ
が化体されたことをもって、その記憶装置自体のわいせつ性を認めることは、「あまりに不自然かつ技巧的」とするほどのものではないと思われる (前掲前田雅英論文八一)。また、記憶装置内のわいせつな画像は、ごく一般的な操作により再生させなければ、可視的・可読的なものとはならないが、そのことはわいせつ画像を録画したビデオテープ等にわいせつ性を認め得るとすることと本質的に異なるところはないと思われる。
 したがって、本件のようにわいせつ画像データが化体した媒体が存在する場合に、従来の解釈を変更して、無体物であるデータを刑法一七五条のわいせつ図画と捉える必要があったのか疑問である。

(8)条解刑法P450

わいせつなビデオテープを所持し, 注文の都度, 自己の所有する空のテープにダビングして譲渡すれば, ダビングしたテープの販売に当たるが, ダビング用の空のテープを客が持ち込んだ場合についても,有償でダビングして交付した行為が販売に当たるとした裁判例がある(大阪地堺支判昭54・6・22判時970−173)。転写の請負契約の履行として録画されたテープが客に交付されたものであるが,録画の主要材料は被告人が供給したものであるから,客が空のテープを提供したとしても,録画されたテープの所有権はいったん被告人に帰属したものと解されるとして,販売に当たるとしたものである。この考え方を是認する見解もあるが,無形のわいせつ情報が主要材料となり得るか問題があるとして,録画されたテープの頒布に当たるとする見解もある。更に問題となるのは,客がわいせつビデオテープと空のテープを持ち込み,有償でダビングする場合である。前記裁判例は,有償譲渡にはならないが有償配布になるとして,販売に当たるとしたが,情報を化体した有体物を「文書,図画その他の物」と捉えてきた従来の見解によると(本条注3 参照),テープもその内容となるわいせつ情報も他人に移転されたわけではないから,販売はもちろん,頒布に当たると解するのも困難であろう(大コンメ2版(9)47)。

6 経済産業省サイバー刑事法研究会*9*10
 経済産業省では、サイバー犯罪条約の批准に備えて、国内法との関連性を調査するために、サイバー刑事法研究会を設けた。
 児童ポルノに画像データを含めることについては慎重論であって、立法の必要があるとしている。

サイバー刑事法研究会報告書P27
 わが国における児童ポルノグラフィに関連する様々な犯罪行為の処罰については、「児童買春・児童ポルノ禁止法(児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律)」で規定されているが、第1 項cについては、児童ポルノ画像データ自体をインターネットを通じて送信する行為、および「不特定又は多数」の者に対して行う意図を有しない「特定」の者に頒布する行為が、同法で規制されておらず、担保できない。
 児童買春・児童ポルノ禁止法第2 条第3 項にいう「児童ポルノ」は、従来より一般に有体物と解されているところ、横浜地裁川崎支判平成12・7・6(電子メールシステム上の画像データを有体物に化体されたのと同視して「図画」に該当するとして、「猥褻物」概念を拡張解釈)の考え方に立てば、児童ポルノをデータとして送信することも現行法で処罰の対象となると解する余地はある。尤も、最決平成13・7・16 は、「わいせつな画像データを記憶、蔵置させたホストコンピュータのハードディスクは、刑法第175 条が定めるわいせつ物に当たるというべきである」としており、これに従えば児童ポルノデータ自体を児童ポルノと解することには困難が生じることになろう。いずれにせよ、児童ポルノデータを「物」と解すること自体は解釈として疑問が残る以上,同項の「児童ポルノ」の定義規定を改正し、児童ポルノ画像データが含まれることを明文で追加するか、又は児童ポルノデータをコンピュータ・システムを通じて送信することを処罰する規定を創設する等、新たな刑事立法を行うことが本来望ましいものと解される。
 第1 項dおよびe、ならびに第2 項b およびc については、わが国の国内法が規制の対象と
していない類型であるから、第4 項の規定に基づいて、それらを適用しない権利を留保しなければならない。
(3) 研究会における意見
 児童ポルノに情報を含むか否かという点の解釈については、川崎支部判例最高裁判例のいずれが今後の主流となっていくかという問題もさることながら、そもそも定義規定それ自体が明確性を欠いているという問題も看過されてはならない。
米国においては、児童ポルノの配布、送信についての規制をめぐって、憲法訴訟がおきており、「表現の自由を侵害する」という違憲判決が出た場合には、本条による規制が人権保障に反するのではないかという点が、正しく問題となる。この点に関しては、たしかに「児童ポルノは特別である」旨の連邦最高裁判例が存在するが、米国も本条についてはなお留保の可能性がある。

P90
2.1.2.条約第9 条関係
【担保されていない可能性が高い行為】
 児童ポルノ画像自体をインターネットを通じて送信する行為。
[第9 条第1 項c]
【試 案】
 児童買春・児童ポルノ禁止法第2 条第3 項における「児童ポルノ」の定義規定(「写真、ビデオテープその他の物」)を改正し、児童ポルノ画像データが含まれることを明文で追加するか、又は児童ポルノデータをコンピュータ・システムを通じて送信することを処罰する規定を創設する等の新たな刑事立法を行う。
2.1.3.条約第22 条関係

7 立法的対応の例
(1) 風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律
 風営法では、ネット上で画像データがDLに供されることを、「自動公衆送信装置による映像送信型性風俗特殊営業*11*12*13」として、「販売・貸付け」(2条6項5号*14)とは別個に規定して、立法的解決を図っている。
 しかも、本法施行に併せて、ネット上で児童ポルノ画像データがDLに供されることを設置者に対して禁止している(31条の8*15)。つまり、風営法上には、児童ポルノをである画像が電子データと化すことを想定し、それがネット上で送信されることが規制する規定があるのである。

(2) 著作権法
 著作権法では、データのダウンロードについては、「公衆送信」「自動公衆送信」*16という概念を設けている。

 また、著作権者に無断で公衆送信したものは著作権侵害の罰則(119条)を受けるから、「公衆送信」「自動公衆送信」は刑罰法規の構成要件となっている。
 さらに、120条の2には「公衆送信若しくは送信可能化した罪」も設けられている。

(3) 電波法108条
 電波法では、「わいせつな通信」という概念を用いてデータの送信を規制している。電波では販売頒布できないことを意味している。
 また電波を利用した「児童ポルノ通信」は不可罰である。

第108条 無線設備又は第100条第1項第1号の通信設備によつてわいせつな通信を発した者は、2年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。

第2条 この法律及びこの法律に基づく命令の規定の解釈に関しては、次の定義に従うものとする。
1.「電波」とは、300万メガヘルツ以下の周波数の電磁波をいう。
2.「無線通信」とは、電波を利用して、符号を送り、又は受けるための通信設備をいう。

(4) 国際電気通信連合憲章34条(平成7年条約第2号)
 国際電気通信連合憲章では、「法令、公の秩序若しくは善良の風俗に反すると認められる私報の伝送」という概念を用いてデータの送信を規制している。電気通信では販売頒布できないことを意味している。

第34条 (電気通信の停止)
180
1 連合員は国の安全を害すると認められる私報又はその法令、公の秩序若しくは善良の風俗に反すると認められる私報の伝送を停止する権利を留保する。この場合には、私報の全部又は一部の停止を直ちに発信局に通知する。ただし、その通知が国の安全を害すると認められる場合はこの限りではない
181
2 連合員は、また、他の私用の電気通信であって国の安全を害すると認められるもの又はその法令、公の秩序若しくは善良の風俗に反すると認められるものを切断する権利を留保する。

8 判例
(1) 大阪高裁H14.9.10
 最近、大阪高裁H14.9.10は、児童ポルノは有体物であることを有すると判示している。有体物である媒体(未現像フィルム、ネガ、写真)が変われば児童ポルノとしても別個のものであり、媒体変化のたびに1個の製造罪が成立するとまで言っているのであるから、極端なほどまで有体性にこだわっている。(画像データが児童ポルノであれば、媒体の変換があっても、児童ポルノとしての新規性はない。)
 大阪高裁H14.9.10を前提にすると、御庁は、「児童ポルノは有体物である必要はない」などとは言えるはずがない。
 この判決の定義には、どうやっても無体物を含ませることはできないから、原判決はこの大阪高裁判決に違反する。

平成14年9月10日宣告
平成14年(う)第798号
児童ポルノとは,「写真,ビデオテープその他の物」であって「視覚により認識することができる方法により描写したもの」であることを要するが,有体物を記録媒体とする物であれば,必ずしもその物から直接児童の姿態を視覚により認識できる必要はなく,一定の操作等を経ることで視覚により認識できれば足りるから,写真の場合は現像ないし焼付け等の工程を経てこれが可能になる未現像フイルムや現像済みネガフィルム(以下,撮影済み及び現像済みネガフィルムを「ネガ」という。)は,これに当たると解するべきであるから,本件の場合,児童ポルノ製造罪は撮影により既遂になると解するのが相当である。

 また,上記第1記載の児童ポルノの頒布,販売目的等による製造等を処罰することにした趣旨からみて,新たに児童ポルノを作り出すものと評価できる行為はいずれも製造に当たると解するのが相当であるところ,これを写真についてみてみると,上記のとおり児童ポルノ製造罪は撮影によって既遂となるが,現像,焼付けもまたそれぞれ製造に当たるものと解され,各段階で頒布,販売等の目的でこれを行った者には児童ポルノ製造罪の適用があり,ただ,先の行為を行った者が犯意を継続して彼の行為を行った場合には包括一罪となるものと解される。従って,本件では現像行為は不可罰的事後行為とはならないから,現像行為を製造とした原判決には法令適用の誤りはない

 なお、これは銀塩カメラの事例であるが、銀塩カメラは、画像データを化学反応によって物質上に記憶蔵置したものであり、画像データとしては「撮影→現像→焼き付け」の過程で変化はない。(変化があった場合を、過失であれば「現像ミス」、「焼き付けミス」、故意であれば「現像操作」「焼き付け操作」という。)
 本件でデータを児童ポルノとするならば、この事例は、撮影のみが児童ポルノ製造罪であって、事後はデータに変更がない限り製造罪を構成しないはずである。
 さらにデジタルカメラ利用の児童ポルノ事犯の場合は、メディア・媒体(CDROM、FD、HDD、MO)が変換される場合があり、画像データを児童ポルノとすると、データに変更がない限り新たな児童ポルノは生じないことになる。(不可罰的事後行為の範囲は広くなる。)
 本件で安易に画像データを児童ポルノとすれば、このような既出の事例を野放しにすることになる。場当たり的な対応ではこちらを立てればあちらが立たずという結果を生むのであって、もはや司法解決の可能性を超えている。法秩序維持のためには、裁判所は自己保身よりも、合理的な擬律を目指した方がよい。

(2) 京都地裁H14.4.24 販売罪*17
 写真集という物理的形状を取っていれば、その被描写者のうち1名につき児童ポルノ性が認められれば全体が児童ポルノとなるという判断であって、児童ポルノが有体物でない限り採用できない結論である。
 しかも、写真集という物理的形状を取っていれば、写真集1冊を販売するごとに1罪の販売罪が成立し、併合罪となるというのであるから、罪数面でも、有体物であることを前提にしている。

平成13年わ第948号
児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反被告事件
 以上のような写真集であることを前提に考察すると,児童ポルノの被害法益が主として個人的法益であると解するのが相当であるとしても,1個の思想の表現として本件写真集という形式が選択されている場合においては,その一部が児童ポルノであることが立証されれば,他の部分については,厳密にその要件を満たすか否かの検討をしなくても,本件写真集が児童ポルノ法2条3項3号に該当することは明らかなのであるから,そのような場合にまで,本件写真集の被撮影者一人一人につき,児童の特定を必要とするものではないと解するのが相当である。

(3) 大阪高裁H14.9.12 販売罪(前記京都地裁判決の控訴審)*18
 この判決は、写真ごと被描写者ごとに特定する必要があるという控訴趣意に対して、有体物である写真集の場合には写真集は1個の思想であるであるからなどという理由で、児童ポルノの特定は「写真集の特定」を持って足りるとしたものである。
 画像データが児童ポルノたりうるとするならば、写真集として一冊に綴じられているかどうかにかかわらず、個々の写真がバラバラに画像データとして流通する可能性があるのだから、控訴趣意通り、写真ごとの特定が必要となるはずである。写真集としての特定などナンセンスである。
 したがって、この判決も児童ポルノの有体性を前提にしているのである。
 しかも、写真集という物理的形状を取っていれば、写真集1冊を販売するごとに1罪の販売罪が成立し、併合罪となるというのであるから、罪数面でも、有体物であることを前提にしている。

阪高裁平成14年9月12日判決
平成14年(う)第833号
しかしながら,(1)の点については,原判決は上記⑤の結論を否定していない上,児童ポルノが本件のように複数の写真が掲載された写真集である場合には,そのうちの1枚の写真が本法2条3項3号の要件を満たしてさえいれば,その余の写真がその要件を満たしているか否かを問わず,その写真集は児童ポルノに当たると解すべきである(なお,所論は,写真集も児童ポルノに当たると解すれば,表現の自由を不当に侵害するし,複数の写真が一冊にまとめられることによって児童の保護も後退すると主張する。しかしながら,1冊にまとめられた複数の写真は,販売等の際には同じ運命をたどるから,これを一体のものとしてみることはその実態に適っている上,所論がいうように個々の被撮影者を特定しなければならないとすれば,そのために多大な時間と労力を要し,ひいては写真集を本法による規制から逃れさせることになり,かえって,児童の保護に適わず,不合理である。)から,本罪の保護法益が個人的法益であるからといって,上記①ないし④の各結論が当然に帰結されるものではないし,また,写真集が児童ポルノに当たり得るからといって,犯情の軽重を判断したり,刑を量定したりする際に,その要件を満たす写真や被撮影者の数を考慮することができないと考える根拠もない。したがって,原判決には所論のような理由のそごはない。

(4) 新潟地裁長岡支部H14.12.26 製造・販売・所持
 弁護人はデジタルカメラを用いて児童ポルノが製造された場合につき画像データが児童ポルノになると主張した。ここでは画像データは児童ポルノではないと判断されている。
 しかも、製造罪、販売罪、所持罪を通して、画像数にかかわらず、CDROMが1個なら児童ポルノも1個、PCが1台なら児童ポルノ1個とされており、「児童ポルノであるCDROM○○個を製造・販売・所持した」と認定されている。原判決の認定と異なる。

(5) 横浜地裁H12.2.2
 陳列罪について、児童ポルノが有体物に限られることを前提にして、HDDの陳列として構成した事例である。

立花書房H12警察実務重要裁判例P202
「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」について初めて児童ボルノ公然陳列罪を適用した事例横浜地判平成一二・二・二、確定、公刊物末登載
本件は、被告人が、平成九年一一月七日ころから同一〇年一〇月ころまでの間、埼玉県大宮市内の被告人方において、インターネットを利用し、衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写したものである。児童ポルノの画像データ合計一九画像分を、東京都千代田区内のプロバイダー会社内に設置された同社が管理するサーバーコンピュータに送信し、同コンピュータの記憶装置であるディスクアレイに記憶・蔵置させて、インターネット対応パソコンを有する不特定多数の利用者に右児童ポルノ画像が閲覧可能な状況を設定し、同一一年一一月一日から同月一〇日ころまでの間、電話回線を使用し、右児童ポルノ画像の情報にアクセスしてきた不特定多数の者に右情報を送信して再生閲覧させ、もって、児童ポルノ画像を公然陳列した。

なお、インターネットのホームページを利用した児童ポルノ公然陳列事案においても、刑法一七五条のわいせつ物公然陳列非の場合と同様、公然陳列の吋艶物が有体物に限られるか否かという論点があり、有体物に限定する立場からは、児童ポルノの画像データが記憶蔵置されているサーバーコンピュータの記憶装置であるディスクアレイを公然陳列の対象物である児童ポルノと構成する必要があるところ、本件においても、かかる構成がとられている。

(6) 大阪地裁H12わ2321 児童ポルノ販売
 弁護人が個々の被描写者の画像を特定する必要があると主張したのに対して「児童ポルノ販売罪は、児童ポルノという「物」を販売することが構成要件とされる」と判示している。明らかに有体物を前提にした判決である。

第二 公訴棄却の主張について
弁護人は、児童ポルノ販売罪について、販売したビデオテープに複数の披撮影者がある場合、被撮影者のうちどれが児童ポルノの対象児童であるのか特定する必要があるのに、本件では、単にビデオタイトルごとの特定しかなされておらず、複数の被撮影者のうちどれを「児童」として審判の対象としているのかが不明確であり、訴因の特定を欠くから、公訴棄却されるぺきである旨主張する。
しかし、児童ポルノ販売罪は、児童ポルノという「物」を販売することが構成要件とされるもので、児童ポルノ法二条三項所定の描写が含まれるビデオテープその他の物であれば、犯罪の客体となるから、披撮影者のうちどの人物が同罪における児童ポルノの対象児童であるのかについてまでは具体的に特定する必要はない。

9 わいせつ図画の場合の判例
(1) 京都地裁H9.9.24*19
 わいせつな画像データにつき、「ホストコンピューターであり、右電話回線に接続したNEC製パーソナルコンピューターのハードディスク内に記憶させて、ホストコンピューターの管理機能に組み込み、電話回線を使用して、パソコン通信の設備を有する不特定多数の顧客に右わいせつ画像が閲覧可能な状況を設定し、右わいせつ画像の情報にアクセスしてきたAら不特定多数の者に右データを送信して再生閲覧させ」たという本件と全く同じ行為が行われた事例につき、上告審に至るまで、一貫して、「サーバーのHDDをわいせつ物として、ダウンロードさせることによって、公然陳列した」と構成したものである。
 画像データをわいせつ物としうるのであれば、端的にデータを陳列・販売したと擬律できる事案である。陳列罪の関係ではわいせつ物は有体物に限るが、販売罪の関係では有体物に限らないとでも言わない限り、本件原判決との整合性が取れない。

 陳列罪は単に、サーバーにアクセスして認識可能になった時点で既遂になるにもかかわらず、「Aら不特定多数の者に右データを送信して再生閲覧させ」た時点までを罪となるべき事実に挙げている点で、まさに、本件原判決と過不足なく全くの同一の事実関係を認定していることが明らかである。
 これがわいせつ物陳列罪ならば、本件も児童ポルノ陳列罪、本件が児童ポルノ販売罪なら、この事例はわいせつ物販売罪である。
 同じ事実を前提にしていながら、適用罰条が違うのは許されない。これでは訴因ないし罪となるべき事実の結語で「もって陳列したものである」と記載すれば陳列罪、「もって販売したものである」と記載すれば販売罪となるようなものであり、結語で罪名が決まるということは訴因ないし罪となるべき事実は、なんら構成要件を構成する事実となっていないということである。

 しかし、本件が販売罪なら、この京都の事件も販売罪で起訴されているはずである。わいせつ図画の場合は陳列罪だが、児童ポルノなら販売罪というのは均衡を欠く。本件児童ポルノにつき、仮に検察官がわいせつ図画の罪も起訴しようとした場合(可能であろう。)はどう擬律するつもりなのだろうか?「わいせつ物陳列罪と児童ポルノ販売罪の観念的競合」なのか?笑止千万である。

【事件番号】京都地方裁判所判決/平成7年(わ)第820号
【判決日付】平成9年9月24日
【判示事項】パソコンネットの開設運営者が自己の管理するホストコンピュータのハードディスク内にわいせつ画像データを記憶・蔵置した事案において、右ハードディスク自体が、わいせつ物公然陳列罪の「わいせつ物」に該当するとした事例

(2) 大阪高裁H11.8.26*20
 上記京都地裁判決の控訴審判決であって、結論は地裁と同じである。

【事件番号】大阪高等裁判所判決/平成9年(う)第1052号
【判決日付】平成11年8月26日
【判示事項】パソコンネットの開設運営者が自己の管理するホストコンピューターのハードディスク内にわいせつ画像データを記憶・蔵置するなどした事案において、わいせつ物公然陳列罪の成立を認めた原判決の判断が維持された事例
【参照条文】刑法175
【参考文献】判例タイムズ1064号239頁
      判例時報1692号148頁

 すでに述べたように、この結論を維持しようとすると、本件原判決の結論は維持できない。
 特に、控訴審判決は、データがダウンロードされた事実は、陳列罪の構成要件ではなく、単に訴因特定か情状のために摘示されたにすぎないとする。

 すでに説示したように、本件におけるわいせつ物公然陳列罪が既遂に達した時期は、被告人が、わいせつ画像データを記憶・蔵置させたハードディスクをホストコンピューターの管理機能に取り込み、会員による右データへのアクセスが可能な状態にした時点であると解すべきであり、原判決が、右のアクセス可能な状態に置いたことのみならず、アクセスしてきた不特定多数の者に右データを送信して再生閲覧させたことをも認定、判示しているのは、それが既遂に達するための不可欠な要素であるとして判示したとみるべきではなく、本件において被告人がわいせつ物を公然陳列したという犯行態様を、その犯情にかかわる結果部分を含め、具体的に認定、適示したに過ぎないとみるのが相当である。したがって、原判決の右認定が、同罪を所論のような結果犯と構成したものとは認められないから、所論はその前提を欠いており失当である。

 しかし、これがわいせつ物陳列罪ならば、本件も児童ポルノ陳列罪、本件が児童ポルノ販売罪なら、この事例はわいせつ物販売罪である。
 また、控訴審判決は、画像データが一旦受信者のPCにDLされていて受信者はそのそのデータを見ていることを認めているが、もし、DLが完了されていた場合には販売頒布罪の可能性もあると考えていたなら、控訴審は、「ダウンロードが完了していた事実については別途販売頒布罪(併合罪)が成立する可能性がある」として、罪となるべき事実から削除していたであろう。DLしたという部分は処罰対象に含め得ないから、情状として扱ったのではないか。
 次に見る判例に基づけば、本件の事実関係を前提として児童ポルノ陳列罪が成立することは堅いであろう。それでは、本件の販売罪との関係はどうなるのであろうか?販売罪は陳列罪を吸収するのか?初耳である。併合罪なのか?それも初耳である。
 
 さらに「ユーザーが、直接閲覧するわいせつ画像は、本件の場合、ユーザー側のパソコンのハードディスクに一旦ダウンロードされ記憶された画像データに基つき、そのパソコン画面に表示されることになるとはいうものの、右ユーザー側パソコンの画像データと本件ハードディスクに記憶・蔵置された画像データとの間には、これらによって表示されるわいせつ画像につき同一性が認められる」と述べているが、ここでは実際には(サーバーからコピーされた)受信者PCのデータを見ているのを、わいせつ物であるサーバーHDDを見ていると評価(同一視)しながら、本件では、受信者PCにあるデータは、サーバーHDDに蔵置されていたものが別個の存在でありサーバーHDDを通じて被告人から「譲渡=所有権移転を伴う現実の交付」されたものと評価するのは詭弁である。

 画像データが閲覧者のPCに送信されていることは大阪高裁H11も認めているところであり、あえてデータを「わいせつ図画」と捉えなかった。実態に照らして多少の無理があることは誰が見ても自明であるが、これは、わいせつ図画は有体物に限るという刑法の原則に従うものであり、大阪高裁H11の拘りもここにある。
 ここで、画像データが「わいせつ図画」に該当するのであれば、大阪高裁H11は、迷わず、画像データの陳列罪ないしは画像データの頒布罪を適用していたであろう。HDDをわいせつ図画とできるのであれば画像データをわいせつ図画とする必要はない。この意味で、HDDをわいせつ物とする立場と、画像データをわいせつ物とする立場は、二者択一関係にあって、両立し得ない。
 わいせつ罪も児童ポルノ罪も、ネットによって画像が流通すると法益侵害が拡大するという現象は同じであるから、法的評価は同一であるべきである。本法の実務ではネット掲載は陳列罪で処理されている所以である。
 本件もネット掲載が陳列罪とされる事実関係と寸分も変わるところはないから、従来の判例の見解によれば、サーバーHDDを児童ポルノとして、画像データは児童ポルノではないとして、販売罪ではなく陳列罪が適用されるべきである。
 従って本件原判決は、大阪高裁H11.8.26に違反する。

(3) 最高裁H13.7.16*21(上記大阪高裁H11.8.26の上告審)
 最高裁は閲覧のためには一旦データをDLすることが必須であることを前提として、「被告人が開設し,運営していたパソコンネットにおいて,そのホストコンピュータのハードディスクに記憶,蔵置させたわいせつな画像データを再生して現実に閲覧するためには,会員が,自己のパソコンを使用して,ホストコンピュータのハードディスクから画像データをダウンロードした上,画像表示ソフトを使用して,画像を再生閲覧する操作が必要であるが,そのような操作は,ホストコンピュータのハードディスクに記憶,蔵置された画像データを再生閲覧するために通常必要とされる簡単な操作にすぎず,会員は,比較的容易にわいせつな画像を再生閲覧することが可能であった。」と判示して、受信者がデータをダウンロードすることも「再生閲覧のための通常必要な簡単な操作」と判示しており、ダウンロードを陳列罪として評価していることがあきらかである。
 同じ行為を販売罪と評価した原判決はこの最高裁決定に違反する。
 ここでも、実際には(サーバーからコピーされた)受信者PCのデータを見ているのを、わいせつ物であるサーバーHDDを見ていると評価(同一視)しながら、本件では、受信者PCにあるデータは、サーバーHDDに蔵置されていたものが別個の存在でありサーバーHDDを通じて被告人から「譲渡=所有権移転を伴う現実の交付」されたものと評価するのは詭弁である。
 画像データが閲覧者のPCに送信されていることは最高裁H13も認めているところであり、あえてデータを「わいせつ図画」と捉えなかった。実態に照らして多少の無理があることは誰が見ても自明であるが、これは、わいせつ図画は有体物に限るという刑法の原則に従うものであり、最高裁の拘りもである。
 ここで、画像データが「わいせつ図画」に該当するのであれば、最高裁H13は、迷わず、画像データの陳列罪ないしは画像データの頒布罪を適用していたであろう。HDDをわいせつ図画とできるのであれば画像データをわいせつ図画とする必要はない。この意味で、HDDをわいせつ物とする立場と、画像データをわいせつ物とする立場は、二者択一関係にあって、両立し得ない。
 わいせつ罪も児童ポルノ罪も、ネットによって画像が流通すると法益侵害が拡大するという現象は同じであるから、法的評価は同一であるべきである。本法の審議においても陳列罪で処理するとせつめいされ、本法の実務ではネット掲載は陳列罪で処理されている所以である。
 本件もネット掲載が陳列罪とされる事実関係と寸分も変わるところはないから、従来の判例の見解によれば、サーバーHDDを児童ポルノとして、画像データは児童ポルノではないとして、販売罪ではなく陳列罪が適用されるべきである。
 最高裁H13を前提にすれば、「被告人が児童ポルノ画像データを記憶,蔵置させたホストコンピュータのハードディスクは,本法が定める児童ポルノに当たるというべきであるから,」これに反して、画像データをもって児童ポルノとした原判決の判断は不当であるという結論になる。
 従って本件原判決は、最高裁H13.7.16に違反する。

(4) 公然わいせつ罪との関係で有体性を必要とする判決
 本法には公然わいせつに対応する罪がないから、生身の児童の姿態を生中継する行為は、わいせつに当たらない限り不可罰である。生中継というのは、有体物への記録なくして画像データを送る行為に他ならない。
 この不可罰な行為と、児童ポルノ罪との区別は、有体性に求めるしかない。

【ID番号】00008281
      猥褻物公然陳列猥褻物公然陳列幇助及び詐欺被告事件
【事件番号】東京高等裁判所判決/昭和27年(う)第2831号
【判決日付】昭和27年12月18日
【判示事項】公然猥褻罪の成立する事例
【判決要旨】甲男が乙女と相談の上、乙女をしてキヤバレー内ホールにおいて数十名の観客の取り巻く裡に、腰部に白色のサロン一枚を纏い、胸部に乳バンド一本を着けたのみの半裸体で立ち現われ、「マニヒニメレ」と題するジヤズ演奏に合わせて臀部をことさらに動かすいわゆるフラダンスを踊りながら、先ず乳バンドを取り去り次いでサロンを脱ぎ捨て陰部を露出した後さらに両脚を交互に挙げ両股を開いたまま臀部を床に着ける等の挙措をさせた所為は、公然猥褻の罪を構成し猥褻物公然陳列の罪に該当しない。
【参照条文】刑法174
      刑法175
【参考文献】高等裁判所刑事判例集5巻12号2314頁
      高等裁判所刑事裁判速報集326号
      東京高等裁判所判決時報刑事2巻17号444頁

10 まとめ
 以上詳細に検討したように、学説・判例をみても、児童ポルノとは有体物をいい、電子データを含ませるには新たな立法が必要である。
 しかるに有体物に化体しない電子データを児童ポルノとした原判決には、法令適用の誤りがあって、正しく適用されていれば児童ポルノ罪については無罪を言い渡すべきであったことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。