児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

強制わいせつ罪(176条後段)につき、性的傾向不要説(大阪高裁H28.10.27 被告人上告)

 判決傍聴してきました。
 性的意図はなかったという認定になっています。
 最判s45.1.29(http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=50924)には従わないという判示もあります。

阪高平成28年10月27日宣告
判決
上記の者に対する児童買春,児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(以下「児童ポルノ法」という。)違反,強制わいせつ,犯罪による収益の移転防止に関する法律違反被告事件について,平成28年3月18日神戸地方裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官清水淑子出席の上審理し,次のとおり判決する。
主文
本件控訴を棄却する。
当審における未決勾留日数中160日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人松木俊明作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用するが,論旨は,理由不備及び法令適用の誤りをいうものである。
そこで,記録を調査して検討する(以下,原判決別紙記載の女児を「被害女児」という。)。
第1法令適用の誤り及び理由不備の違法をいう論旨(控訴趣意書の控訴理由第1)について
1論旨は,強制わいせつ罪が成立するためには犯人に性的意図があったことが必要であるとして,原判示第1の1の事実について,被告人には性的意図が全くなかったのに強制わいせつ罪が成立すると判示し,刑法176条後段を適用した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあり,ひいては,原判示第1の1の犯罪事実(罪となるべき事実)には,被告人に性的意図があった旨の事実摘示を欠いているから,原判決には理由不備の違法がある,というものである
(1)原審で取り調べられた関係証拠によれば,被告人の行為は,被害女児(当時7歳)に対し,被告人の陰茎を触らせ,口にくわえさせ,被害女児の陰部を触るなどしたというものであって,これらが客観的に被害女児に対するわいせつな行為であることは明らかであるから,通常は,被告人の行為に性的意図を伴うものと推認することができる。
しかしながら,被告人は,インターネットを通じて知り合ったsから金を借りようとしたところ,金を貸すための条件として被害女児とわいせつな行為をしてこれを撮影し,その画像データを送信するように要求されて,真実は金を得る目的だけであり自分の性欲を刺激興奮させるとか満足させるという性的意図はなかったにもかかわらず,あたかも性的意図に基づきわいせつな行為をしているような演技をしてその様子を撮影して送信した,という趣旨の供述をしている。
sとのやり取りや撮影等に関する被告人の供述は,sの供述や発見された画像データの内容とも整合しており,被告人の弁解には合理性が認められ,金を得る目的だけであったとの被告人の供述も信用することができる。
被告人の弁解を排斥することができないとして,被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残るとした原判決の判断は相当である。
(2)ところで,強制わいせつ罪の保護法益は被害者の性的自由と解され,同罪は被害者の性的自由を侵害する行為を処罰するものであり,客観的に被害者の性的自由を侵害する行為がなされ,行為者がその旨認識していれば,強制わいせつ罪が成立し,行為者の性的意図の有無は同罪の成立に影響を及ぼすものではないと解すべきである。
その理由は,原判決も指摘するとおり,犯人の性欲を刺激興奮させ,または満足させるという性的意図の有無によって,被害者の性的自由が侵害されたか否かが左一右されるとは考えられないし,このような犯人の性的意図が強制わいせつ罪の成立要件であると定めた規定はなく,同罪の成立にこのような特別な主観的要件を要求する実質的な根拠は存在しないと考えられるからである。
そうすると,本件において,被告人の目的がいかなるものであったにせよ,被告人の行為が被害女児の性的自由を侵害する行為であることは明らかであり,被告人も自己の行為がそういう行為であることは十分に認識していたと認められるから,強制わいせつ罪が成立することは明白である。
以上によれば,強制わいせつ罪の成立について犯人が性的意図を有する必要はないから,被告人に性的意図が認められないにしても,被告人には強制わいせつ罪が成立するとした原判決の判断及び法令解釈は相当というべきである。
当裁判所も,刑法176条について,原審と同様の解釈をとるものであり,最高裁判例(最高裁昭和45年1月29日第1小法廷判決・刑集24巻1号1頁)の判断基準を現時点において維持するのは相当ではないと考える。
(3)所論は,強制わいせつ罪の保護法益を純粋に個人の性的自由とみて,同罪の成立に犯人の性的意図を要しないと解釈した場合,①わいせつ行為の範囲は,被害者の性的意思決定の自由が害される行為として被害者個人によって主観的に定められることになり,極めて不明確となる,②性的自由を観念できない乳幼児に対する強制わいせつ罪が成立しないことになり,その保護に欠ける,などと主張する。
しかしながら,前記のように解釈したとしても,強制わいせつ罪におけるわいせつな行為の該当性を検討するに当たっては,被害者の性的自由を侵害する行為であるか否かを客観的に判断すべきであるから,所論①のように処罰範囲が幸不明確になるとはいえない。
また,性的な事柄についての判断能力を有しない乳幼児にも保護されるべき性的自由は当然認められるのであり,その点で既に所論②は失当である上,犯人の性的意図の要否と乳幼児に対する強制わいせつ罪の成否とは特段関連する問題とは考えられないから,保護法益を純粋に性的自由とみて性的意図を不要と解釈すると乳幼児の保護に欠ける事態になるとの批判は当たらない。
その他,強制わいせつ罪の成立要件について繧々主張する所論は,いずれも失当であって採用することはできない。
3したがって,被告人に強制わいせつ罪が成立するとして当該法条を適用した原判決には,判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがあるとはいえない。
法令適用の誤りをいう論旨は理由がない。



原判決
神戸地裁h28.3.18
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=85900
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/900/085900_hanrei.pdf


 この判例が変更されつつあります。

       強制わいせつ被告事件
【事件番号】 最高裁判所第1小法廷判決昭和45年1月29日
【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集24巻1号1頁
       最高裁判所裁判集刑事175号57頁
       判例タイムズ244号230頁
       判例時報583号88頁
【評釈論文】 警察学論集23巻8号132頁
       警察研究42巻6号121頁
       研修263号61頁
       別冊ジュリスト58号110頁
       別冊ジュリスト83号36頁
       別冊ジュリスト117号32頁
       捜査研究38巻4号81頁
       法学研究(慶応大)45巻10号132頁
       法曹時報22巻4号142頁
       法律のひろば23巻6号41頁

       主   文

 原判決を破棄する。
 本件を札幌高等裁判所に差し戻す。

       理   由

 弁護人塩谷千冬の上告趣意中判例違反をいう点は、所論引用の判決は性欲の刺戟興奮以外の目的で婦女に暴行脅迫を加え裸体写真を撮つた行為が強制わいせつの罪を構成するか否かについては何ら判示していないから、本件に適切でなく、所論は不適法であり、その余の論旨及び弁護人高橋良祐の上告趣意は、いづれも単なる法令違反の主張で適法な上告理由にあたらない。
 しかし、職権により調査するに、刑法一七六条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であつても、これが専らその婦女に報復し、または、これを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しないものというべきである。本件第一審判決は、被告人は、内妻Aが本件被害者Bの手引により東京方面に逃げたものと信じ、これを詰問すべく判示日時、判示アパート内の自室にBを呼び出し、同所で右Aと共にBに対し「よくも俺を騙したな、俺は東京の病院に行つていたけれど何もかも捨ててあんたに仕返しに来た。硫酸もある。お前の顔に硫酸をかければ醜くなる。」 ……と申し向けるなどして、約二時間にわたり右Bを脅迫し、同女が許しを請うのに対し同女の裸体写真を撮つてその仕返しをしようと考え、「五分間裸で立つておれ。」と申し向け、畏怖している同女をして裸体にさせてこれを写真撮影したとの事実を認定し、これを刑法一七六条前段の強制わいせつ罪にあたると判示し、弁護入の主張に対し、「成程本件は前記判示のとおり報復の目的で行われたものであることが認められるが、強制わいせつ罪の被害法益は、相手の性的自由であり、同罪はこれの侵害を処罰する趣旨である点に鑑みれば、行為者の性欲を興奮、刺戟、満足させる目的に出たことを要する所謂目的犯と解すべきではなく、報復、侮辱のためになされても同罪が成立するものと解するのが相当である」旨判示しているのである。そして、右判決に対する控訴審たる原審の判決もまた、弁護人の法令適用の誤りをいう論旨に対し、「報復侮辱の手段とはいえ、本件のような裸体写真の撮影を行なつた被告人に、その性欲を刺戟興奮させる意図が全くなかつたとは俄かに断定し難いものがあるのみならず、たとえかかる目的意思がなかつたとしても本罪が成立することは、原判決がその理由中に説示するとおりであるから、論旨は採用することができない。」と判示して、第一審判決の前示判断を是認しているのである。
 してみれば、性欲を刺戟興奮させ、または満足させる等の性的意図がなくても強制わいせつ罪が成立するとした第一審判決および原判決は、ともに刑法一七六条の解釈適用を誤つたものである。
 もつとも、年若い婦女(本件被害者は本件当時二三年であつた)を脅迫して裸体にさせることは、性欲の刺戟、興奮等性的意図に出ることが多いと考えられるので、本件の場合においても、審理を尽くせば、報復の意図のほかに右性的意図の存在も認められるかもしれない。しかし、第一審判決は、報復の意図に出た事実だけを認定し、右性的意図の存したことは認定していないし、また、自己の内妻と共同してその面前で他の婦女を裸体にし、単にその立つているところを写真に撮影した本件のような行為は、その行為自体が直ちに行為者に前記性的意図の存することを示すものともいえないのである。しかるに、控訴審たる原審判決は、前記の如く「報復侮辱の手段とはいえ、本件のような裸体写真の撮影を行つた被告人に、その性欲を刺戟興奮させる意図が全くなかつたとは俄かに断定し難いものがある」と判示しているけれども、何ら証拠を示していないし、また右意図の存在を認める理由を説示していないのみならず、他の弁護人の論旨に対し本件第一審判決には、事実誤認はないと判示し控訴を棄却しているのであるから、原判決は、本件被告人に報復の手段とする意図のほかに、性欲を刺戟興奮させる意図の存した事実を認定したものでないこと明らかである。してみれば、原判決は、強制わいせつ罪の成否に関する第一審判決の判断を是認し維持したものといわなければならない。
 要するに、原判決には刑法一七六条の解釈適用を誤つた違法があり、判決の結果に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
 そして、第一審判決の確定した事実は強制わいせつ罪にはあたらないとしても、所要の訴訟手続を踏めば他の罪に問い得ることも考えられ、また原判決の示唆するごとく、もし被告人に前記性的意図の存したことが証明されれば、被告人を強制わいせつ罪によつて処断することもできる次第であるから、さらにこれらの点につき審理させるため刑訴法四一一条一号四一三条により原判決を破棄し、本件を原裁判所に差し戻すべきものとする。
 よつて、裁判官入江俊郎、同長部謹吾の反対意見があるほか裁判官全員一致の意見により主文のとおり判決する。
 裁判官入江俊郎の反対意見は、次のとおりである。
 私は、いわゆる強制わいせつの罪に関する刑法一七六条の解釈につき、多数意見と根本的に立場を異にする。私は、本件第一審判決およびこれを是認した原判決の採用した同条の解釈が正当であつて、本件上告趣意に対する最高検察庁検察官の弁論における主張も充分理由があると考える。それ故、本件上告は、これを棄却すべきものである。私の右反対意見の理由は、次のとおりである。
一 刑法一七六条が、一七七条、一七八条とならんで、同法一七四条、一七五条に比し、より重い刑を定めたこと、および刑法一七六条の罪が、一八〇条一項により、一七七条、一七八条、一七九条の罪とともに親告罪とされ訴追にあたつて被害者の意思が尊重されるべきことを定めている所以は、性的しゆう恥心ないし性的清浄性が、各個人にとつて、精神的にも肉体的にも極めて重要な性的自由に属する事柄であり、個人のプライヴアシーと密接な関係をもつているものであることに鑑み、法が特にこのような個人の性的自由を保護法益としたからにほかならないものと考えられる。このことは。改正刑法準備草案が、現行刑法一七四条および一七五条の罪に相当する罪を風俗を害する罪の章下に入れ、同法一七六条、一七七条および一七八条の罪に相当する罪を姦淫の罪の章下に入れて、両者をはつきりと区別していることからも、了解しうるところである。そして、このような個人のプライヴアシーに属する性的自由を保護し尊重することは、まさに憲法一三条の法意に適合する所以であり、現時の世相下においては、殊にこれら刑法法条の重要性が認識されなければならないのであつて、これら法条の解釈にあたつては、個人をその性的自由の侵害から守り、その性的自由の保護が充分全うされるよう、配慮されなければならない。
 従つて、これらの法条の罪については、行為者(犯人)がいかなる目的・意図で行為に出たか、行為者自身の性欲をいたずらに興奮または刺激させたか否か、行為者自身または第三者の性的しゆう恥心を害したか否かは、何ら結論に影響を及ぼすものではないと解すべきである。このことは、当裁判所大法廷判決(昭和二八年(あ)第一七一三号、同三二年三月一三日判決、刑集一一巻三号九九七頁)が、刑法一七五条のわいせつ文書につき、「猥褻性の存否は純客観的に、つまり作品自体からして判断されなければならず、作者の主観的意図によつて影響されるべきものではない。」としているのと相通ずるところがあるのである。
  ところで、刑法一七六条は、「十三歳以上ノ男女ニ対シ暴行又ハ脅迫ヲ以テ猥褻ノ行為ヲ為シタル者ハ六月以上七年以下ノ懲役ニ処ス十三歳ニ満タサル男女ニ対シ猥褻ノ行為ヲ為シタル者亦同シ」と規定しているのであるから、同条の罪が成立するためには、行為者(犯人)がわいせつの行為にあたる事実を認識し、一三歳以上の男女に対しては暴行または脅迫をもつて、一三歳未満の男女に対してはその有無にかかわらず、これを実行すれば必要にして充分であると解すべきである。そして、右にいうわいせつの行為とは、普通人の性的しゆう恥心を害し、善良な性的道義観念に反する行為をいうものであり、ある行為がこの要件を充たすものであるか否かは、その行為を、客観的に、社会通念に従つて、換言すれば、その行為自体を普通人の立場に立つて観察して決すべきものである。けだし、このような行為が、性的自由の意義を正しく理解しえないと考えられる一三歳未満の男女に対して行なわれたり、一三歳以上の男女に対しては暴行脅迫の手段をもつて行なわれたりすれば、それだけで個人の性的自由が侵害されることになるからである。
二 私は、刑法一七六条の罪は、これを行為者(犯人)の性欲を興奮、刺激、満足させる目的に出たことを必要とするいわゆる目的犯ではないと考える。また、本条の罪をいわゆる傾向犯と解する余地も、まことに乏しいといわざるをえないと思う。たとえ、動機ないし目的が報復、侮辱、虐待であつたとしても、その一事は何ら本条の罪の成立を妨げるものではなく、これと同趣旨を判示した第一審判決は正当であり、これを是認した原判決もまた相当であつて、何ら所論のような法令違反はない(原判決が、「しかし報復侮辱の手段とはいえ、本件のような裸体写真の撮影を行つた被告人に、その性欲を刺戟興奮させる意図が全くなかつたとは俄かに断定し難いものがあるのみならず」と判示したのは、原審が、本件多数意見のような考え方の存在することを顧慮してした念のためのものではないかと考えられるが、私はこれは全く蛇足無用の判示であると考える。)。
 多数意見は、本条の罪を目的犯のごとく解するようであり、多数意見によれば、刑法一七六条前段のいわゆる強制わいせつの罪が成立するためには、その行為が犯人の性欲を刺激、興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し、婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であつても、これが専らその婦女に報復し、またはこれを侮辱し、虐待する目的に出たときは、強要罪その他の罪を構成するのは格別、強制わいせつの罪は成立しないものというべきであるというのであるが、私は、上記意見および次の諸点に鑑み、右多数意見には到底賛成できない。
 (一)行為者が一定の目的・意図をもつて行為に出ることを必要とする犯罪については、刑法は、その各本条に、「……ノ目的ヲ以テ」(たとえば一五五条一項)とか、「……ヲ為ス為」(たとえば一〇七条)などの要件を付しているのである。ところが、刑法一七六条には右のような文言はなく、明文上において、本条の罪を目的犯であると解すべき根拠がない。
 (二)尤も、一定の目的・意図、すなわち主観的意図が構成要件として明示されていない犯罪でも、構成要件の解釈上、それを必要とするものがないわけではない。たとえば、窃盗罪などの財産犯のごとく、これらの罪については、いわゆる不法領得の意思を必要とするというのが通説であり、また判例である。これは、たとえば窃盗罪についていうと、窃取という構成要件が、単に他人の所持する物を自己の所持に移すという客観的事実だけでなく、それに加えて、その物を自己の物にするという意思を必要とする行為であることによつて、はじめてこれを犯罪とする意味が生ずることによるのである。ところが、本条の罪のわいせつの行為については、解釈上、行為者(犯人)自身の性的意図を必要とする理由を見出だしえないことは、すでに前記一において述べたとおりである。すなれち本条は、個人(被害者)の性的自由を侵害する罪を定めた規定であり、その保護法益は個人のプライヴアシーに属する性的自由に存するのであつて、相手方(被害者)の性的自由を侵害したと認められる客観的事実があれば、当然に本条の罪は成立すると解すべく、行為者(犯人)に多数意見のいうような性的意図がないというだけの理由で犯罪の成立を否定しなければならない解釈上の根拠は、本条の規定の趣旨からみて、到底見出だしえないのである。
 (三)多数意見によると、相手方(被害者)の性的自由が侵害されている場合でも、行為者(犯人)に多数意見のいうような性的意図がないときは、本条の罪としては処罰できないことになるのであるが、かくては、刑法が、性的自由の保護を、財産行為の自由の保護(強盗罪に関する二三六条、恐喝罪に関する二四九条参照)および公務員の職務行為の自由の保護(職務強要罪に関する九五条二項参照)などとともに、その他一般の行為の自由の保護(強要罪に関する二二三条参照)と区別して、特に重く保護しようとしている趣旨が没却されることになる。すなわち、多数意見のように本件行為を強要罪に関する刑法二二三条によつて処断するとすれば、その刑は三年以下の懲役にすぎないこととなり、刑法一七六条該当の行為が六月以上七年以下の懲役にあたるとされていることと対比し、極めて均衡を失することとなる。
 本条は、行為者(犯人)に多数意見のいうような性的意図が必要とされるという点からではなく、相手方(被害者)の性的自由が侵害されるという点から、強要罪に関する刑法二二三条の特別規定となると理解してこそ、はじめてその法意が生かされることになると考えるのである。
 (四)多数意見によると、相手方(被害者)の性的自由が侵害されている場合でも、行為者(犯人)に多数意見のいうような性的意図がないときは、非親告罪である強要罪その他の罪として訴追され、審理、判決されることになつて、刑法一八O条一項が、性的自由の侵害を内容とする罪を特に親告罪として、訴追にあたつて被害者の意思を尊重すべきものとした趣旨が没却される点も、まことに不合理といわなければならない。
三 これを本件についてみるに、第一審判決およびこれを是認した原判決が適法に確定した事実関係の下において、また、記録に現われた諸証拠を照合すれば、本件で問題とされている行為は、まさに刑法一七六条前段の要件を充たすものというべきである。
 以上の理由により、私は上告趣意中、判例違反をいう点については、引用の判例は、本件に適切でなく、正当な上告理由にあたらないとする点において多数意見に同調するが、その余の点については、多数意見には反対であり、本件上告はこれを棄却すべきものと考える。
 裁判官長部謹吾は、裁判官入江俊郎の右反対意見に同調する。
 検祭官 齋藤周逸 公判出席
  昭和四五年一月二九日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    大   隅   健 一 郎