一連の児童ポルノ陳列行為が包括一罪とされています。
「被告人が児童ポルノ等陳列罪等にも及んでいることを踏まえると、男女関係を動機として被害者1名を刃物を用いて殺害した同種殺人事件の中で、かなり重い部類に属する事案と位置付けられる。ただし、同種殺人事件自体の量刑傾向に鑑みると、児童ポルノ等陳列罪等が加わっているといっても、全体としての評価には限度があり、検察官の求刑はやや重過ぎる。」ということで量刑は差し戻し前と同じ。
東京地方裁判所立川支部平成28年03月15日
理由
(犯行に至る経緯)
(罪となるべき事実)
第1 被告人は、被害者に性交類似行為をさせる姿態を撮影した静止画像データ1点及び同人が衣服の全部又は一部を着けず陰部等を露出させる姿態を撮影した静止画像データ12点(合計13点)を所持していたものであるが、同人が前記各静止画像撮影当時18歳に満たない児童であったことを知りながら、不特定多数のインターネット利用者に前記静止画像合計13点の閲覧が可能な状態を設定しようと考え、平成25年7月22日から同年10月6日までの間に、大阪府内、京都府内若しくは東京都内又はその周辺において、インターネット上のアダルトサイト「A」 (http://(以下略))のアカウント を介し、前記「A」の運営者が使用するサーバーコンピュータのハードディスクに前記静止画像データ合計13点を記録、保存させた上、不特定多数のインターネット利用者が閲覧できる設定にし、同年10月6日午後6時14分頃、同都内において、サーバーコンピュータのハードディスクを使用して運営されているインターネット上の交流サイト「B」のアカウント のタイムラインに、前記静止画像データ合計13点の所在を特定する識別番号 を投稿し、同日午後6時19分頃、同都内において、サーバーコンピュータのハードディスクを使用して運営されているインターネット上の交流サイト「C」のアカウント のウォールに、「...」との文言と共に前記 のタイムライン上の前記投稿を特定する識別番号 を投稿し、同月8日午後6時29分頃、同都内において、サーバーコンピュータのハードディスクを使用して運営されているインターネット上の掲示板「D地区掲示板」に、携帯電話から、「。」との文言と共に前記静止画像データ合計13点の所在を特定する識別番号 を投稿し、もって児童を相手方とする性交類似行為に係る児童の姿態、あるいは衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するものを、視覚により認識することができる方法により描写した児童ポルノであり、かつ、わいせつな電磁的記録に係る記録媒体を公然と陳列した
第2 殺人
第3 銃刀法違反
(証拠の標目)
(公訴権濫用についての判断)
1 弁護人は、本件追起訴は積み重ねてきたそれまでの手続を無にする時機に遅れた訴追権の行使であり、被告人に手続的負担を不当に課し迅速な裁判を受ける権利を侵害するもので、訴追裁量を逸脱し違法であるから、公訴棄却されるべきである等と主張する。
2 関係証拠によれば、追起訴に至る経過として以下の事実が認められる。
差戻し前一審の段階において、被害者遺族は、追起訴の対象となった事実関係(以下「画像投稿行為」という。)について、被害者の名誉が傷つけられることを危惧し告訴していなかった。平成26年8月1日、被告人は、差戻し前一審において本起訴事件につき懲役22年の判決を受け、これに対し被告人のみが控訴し、平成27年2月6日、東京高等裁判所は、同一審が起訴されていない画像投稿行為に関しこれを実質上処罰する趣旨で量刑判断を行った疑いがある旨判断して同一審判決を破棄し、本起訴事件を東京地方裁判所に差し戻した。被害者遺族は、差戻し後の審理において画像投稿行為が犯情としてすら考慮されなくなるのではという危惧感から、同事実について処罰を求める意向に変わり、同年7月10日、画像投稿行為に関する告訴状を東京地方検察庁立川支部検察官に提出し、同告訴は同月13日に受理され、同月29日、警視庁E警察署長から追起訴事件の検察官送致があり、同年8月7日本件追起訴がなされた。
3 確かに、本件追起訴は、非親告罪に関するものである上、本起訴事件と関連する事実にかかるものであって、捜査機関において当初より把握、訴追が可能な事件であったといえる。しかしながら、追起訴事件の性質、内容を踏まえれば、公訴権を発動するか否かの判断に際し、処罰に関する被害者側の意向は当然考慮されて然るべき事情であると考えられるところ、遺族の意向は控訴審判決を受けて上記のように変化するに至ったのである。このような経緯を踏まえれば、検察官が差戻し後になって本件追起訴を行ったことが、公訴の提起を無効ならしめるような極限的な場合に当たるとは到底いえない。
なお、追起訴事件にかかる基本的な事実関係は争いのない事実として差戻し前の本起訴事件においても一定程度審理されていたものであるから、被告人に生じた防御の負担も大きいものとはいえない上、控訴審判決及び追起訴から公判期日に至るまでの期間の長さ、当裁判所において顕著な期日間整理手続等の具体的経過からすれば、本件追起訴が被告人の迅速な裁判を受ける権利を侵害するものともいえない。
弁護人は、その主張の根拠をその他にも種々指摘するが、いずれも独自の法的見解に基づくものである。
そうすると、本件追起訴は検察官の訴追裁量を逸脱するものではなく、違法、無効といえないことは明らかである。
(法令の適用)
罰条
判示第1の行為のうち
児童ポルノ公然陳列の点 包括して平成26年法律第79号附則2条により同法による改正前の児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律7条4項前段、2条3項1号、3号
わいせつ電磁的記録記録媒体陳列の点
包括して刑法175条1項前段
判示第2の行為のうち
住居侵入の点 刑法130条前段
殺人の点 刑法199条
判示第3の行為 銃砲刀剣類所持等取締法31条の18第3号、22条
科刑上の一罪の処理
判示第1につき(観念的競合) 刑法54条1項前段、10条(重い児童ポルノ公然陳列罪の刑で処断)
判示第2につき(牽連犯) 刑法54条1項後段、10条(重い殺人罪の刑で処断)
刑種の選択 判示第1の罪につき懲役刑を選択
判示第2の罪につき有期懲役刑を選択
判示第3の罪につき懲役刑を選択
併合罪の処理 刑法45条前段、47条本文、10条(最も重い判示第2の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)
未決勾留日数の算入 刑法21条
没収 刑法19条1項2号、2項本文(判示殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しない)
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(量刑の理由)
本件は、元交際相手である当時18歳の被害者宅に侵入の上、刃物を用いて被害者を殺害し、その前後に児童であった時期に撮影された被害者の性的な写真をインターネット上に陳列したという事案である。
殺害行為の態様は、被害者の帰宅を待ち伏せた上、逃げる被害者を追いかけながら頸部や腹部等をナイフで突き刺す等し合計11か所もの傷を負わせ、その際、確実に被害者を殺害しようと首や肝臓を狙い、実際に肝臓を貫通するほどの強い力を込めて突き刺したというもので、執拗かつ残酷である。
また、殺害の前後には、被害者から任意に提供を受けたその陰部等が露出した刺激的な画像等を、被害者の顔とともに投稿し、複数のインターネット交流サイトに投稿を重ねるなどして確実に閲覧数を増やしている。画像は相当数の不特定多数者に閲覧され、その抹消は困難な状況であって、被害者の尊厳を傷つけること甚だしいといえる。
被告人は、本件一連の犯行計画をたて、判示のとおり被害者宅近辺に潜伏しながら入念な準備を行った上、被害者の画像を投稿することにより、自分自身を被害者殺害から後戻りできないように心理的に追い込み、殺害当日には被害者方に侵入後少なくとも6時間にわたって潜伏して、被害者を殺害している。犯行に至るまでには多少のためらいがあったにせよ、友人に諭される等思い止まる機会はあったにもかかわらず、結局被告人は計画通りに犯行をやり遂げている。一連の犯行態様の苛烈さ執拗さも踏まえれば、本件は非常に強固な犯意に基づき敢行された計画性の高い犯行といえる。
弁護人は、本件一連の犯行動機について、被告人の不遇な成育歴が心理的問題を生じさせ動機形成に影響を与えた、わいせつ画像の陳列は自己の存在証明であった等と主張する。しかし、わいせつ画像には被告人自身の氏名や画像が含まれていないことや投稿の文言内容等からすれば、画像陳列行為の主だった動機は殺害だけでは飽き足らず、被害者に対する恨みやその尊厳を傷つけるところにあったとみられる。被害者には格別落ち度がなかった本件の経緯をみると、成育歴が本件動機形成に与えた影響をもって刑を大きく減じる事情と考えることはできない。このように、犯行動機は、被害者の全てを奪い徹底的におとしめるという身勝手かつ理不尽なものというほかない。
生前、画像公開をほのめかされて関係継続を迫られ、ついに公開されたことを知った際の被害者の精神的苦痛は察するに余りあるが、さらにその後18歳の若さで理不尽にもその将来を絶たれた被害者の無念はいかばかりかと推察される。大切に育ててきた一人娘をこのような形で殺害された上、著しくその尊厳を傷つけられた遺族の悲しみ、苦しみは深く、遺族が、被告人に対する厳しい処罰感情を示しているのも当然である。
そうすると、本件は、少女であった被害者の命と尊厳を一方的に奪い傷つけた極めて悪質な犯行であり、被告人が児童ポルノ等陳列罪等にも及んでいることを踏まえると、男女関係を動機として被害者1名を刃物を用いて殺害した同種殺人事件の中で、かなり重い部類に属する事案と位置付けられる。ただし、同種殺人事件自体の量刑傾向に鑑みると、児童ポルノ等陳列罪等が加わっているといっても、全体としての評価には限度があり、検察官の求刑はやや重過ぎる。
以上の事情に加え、被告人が遺族の心情を逆撫でするような発言をしていた差戻し前一審時の態度を改め、未だ不十分ではあるものの被害者やその遺族に対して謝罪の言葉を述べるなど被告人なりの反省の態度を示していること、被告人の母が被告人の帰りを待つと述べる等周囲の人間による更生への支援が期待できること、前科前歴がないこと等といった被告人に有利な事情をも考慮し、主文の刑を科するのが相当と判断した。
(求刑 懲役25年 ペティナイフ1丁の没収)
刑事第1部
(裁判長裁判官 菊池則明 裁判官 深野英一 裁判官 守屋麻依)