東京地方裁判所
平成22年12月16日主文
被告人を罰金50万円に処する。
その罰金を完納することができないときは、金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。理由
(罪となるべき事実)
被告人は、千葉県公安委員会に届出をしないで、平成21年1月9日から同年5月25日までの間、千葉県松戸市〔以下省略〕被告人方において、同人方に設置してあるサーバーコンピューターに「ぽっちゃりパフェ」と称する電子掲示板を蔵置して、異性交際希望者の求めに応じ、その者がインターネットを利用して同電子掲示板上に入力することによって、その異性交際に関する情報をインターネットを利用して公衆が閲覧することができる状態に置いてこれに伝達した上、同電子掲示板に設定された機能を用いて、当該情報の伝達を受けた異性交際希望者が電子メール等を利用して当該情報に係る異性交際希望者と相互に連絡することができるようにする役務を提供する事業を行い、もって届出をしないで、インターネット異性紹介事業を行った。
(弁護人の主張に対する判断)
第1 「インターネット異性紹介事業」該当性
1 「インターネット異性紹介事業」の要件
弁護人は、被告人が「ぽっちゃりパフェ」というウェブサイト(以下「本件サイト」という。)を運営したことが、インターネット異性紹介事業を利用して児童を誘引する行為の規制等に関する法律(以下「本法」という。)7条1項にいう「インターネット異性紹介事業」に該当しないと主張する。
本法における「インターネット異性紹介事業」とは、同法2条2号において、異性交際を希望する者(以下「異性交際希望者」という。)の求めに応じ(要件〈1〉)、その異性交際に関する情報をインターネットを利用して公衆が閲覧することができる状態に置いてこれに伝達し(要件〈2〉)、かつ、当該情報の伝達を受けた異性交際希望者が電子メールその他の電気通信(電気通信事業法2条1項に規定する電気通信をいう。)を利用して当該情報に係る異性交際希望者と相互に連絡することができる役務を提供する(要件〈3〉)事業(要件〈4〉)をいうものと定義されているので、以上の各要件に分けて検討する。
2 「異性交際を希望する者の求めに応じ」(要件〈1〉)について
(1) 「異性交際」の意義
本法2条2号によると、「異性交際」とは、「面識のない異性との交際」をいうところ、弁護人は、「異性交際」とは、その言葉の意味からすれば、戸籍上の異性に対する直接の対面を指すと解するべきであると主張する。
しかし、法文上そのような限定はなされていないことに加え、本法の目的が、インターネット異性紹介事業の利用に起因する児童買春その他の犯罪から児童を保護し、もって児童の健全な育成に資することにあり(同法1条)、インターネット異性紹介事業者のサイトを利用した男女が直接対面することにより児童が犯罪被害にあうことを防止するにとどまらず、そのサイトの利用に起因する犯罪から児童を保護することにあると解されることからすると、弁護人が主張するように限定的に解釈する理由はなく、弁護人の主張は採用できない。
(2) 本件サイトの要件該当性
関係証拠によれば、本件サイトのトップページ上には、本件サイトの名称である「ぽっちゃりパフェ」の記載の下に「ぽっちゃり女性、ぽっちゃり女性をこよなく愛する男性のためのホームページです。」と記載されている。また、同トップページ内に設置された「BBS出会いの掲示板」というコンテンツのうち、「出会いの掲示板パフェクィーン」と題する掲示板には、「出会いを求めるぽっちゃり女性からのメッセージ」「この掲示板は女性が募集記事を書きます。」などと記載されている。さらに、同トップページ内に設置された「SexyBBS大人の掲示板」というコンテンツのうち、「Sexyな出会いの掲示板パフェルージュ東日本版」と題する掲示板には、「Sexyな出会いを求める男女のメッセージ」「愛欲は活力の源です。オトコとしての、オンナとしての本能を満たすために用意された掲示板です。」「欲望はどれほど深く果てしなくても、相手あっての出逢いの場です。」などと記載されており、同掲示板上のメッセージには投稿者の性別を表示する欄がある。
また、実際に投稿者が書き込んだメッセージの内容をみると、前記「出会いの掲示板パフェクィーン」には、「都内在住の34歳の主婦です。学生時代のようにドキドキワクワクする恋愛がしてみたいです。メールから始めて、少しずつ親交が深められればなって思います。」(投稿者:A(東京))、前記「Sexyな出会いの掲示板パフェルージュ東日本版」には、「当方、多摩地区在住の既婚45歳です。平日の日中にお会いできる主婦の方との出会いを求めています。」(投稿者:B〔♂(男性の意)〕(東京))などの記載があり、これらの掲示板には、その他にも「出会い」「お付き合い」「恋人」等の言葉を使用して交際を求める記載がある。
これらの本件サイトの記載内容やその利用状況に照らせば、本件サイトを運営していた被告人が、互いに面識のないぽっちゃりとした体型(太めの体型の意)の女性とそのような女性を好む男性との間での交際を求める者を対象として、その求めに応じてサービスを提供することを方針として本件サイトを運営していたものと十分推認できる。
さらに、信用できる被告人の捜査段階の供述によれば、被告人が本件サイトを開設した経緯が、もともと被告人が利用していたいわゆる出会い系サイトが閉鎖されたことにあること、被告人は、本件サイトに、ぽっちゃりとした体型の女性が彼氏を求める内容や、ぽっちゃりとした体型の女性を好む男性がぽっちゃりとした体型の女性との交際を求める内容の書き込みがあり、中には年齢、既婚未婚の別などの書き込みがあることも承知していたが、削除していなかったことなどが認められる(この点、弁護人は、被告人の捜査段階における供述につき、任意同行から取調べ過程における捜査官からの心理的圧迫、取調べ中痔を患っていたことによる体調面の不良、弁護人選任権の侵害などを理由として、供述には任意性がない旨主張し、被告人も公判廷においてこれに沿う供述をするが、関係証拠によれば、弁護人が主張するような、任意性に疑いを生じさせる事情があるとは認められない。また、被告人の捜査段階の供述内容は、本件サイトを開設した経緯といった被告人しか知り得ない内容が含まれているなど、全体として具体的で詳細かつ自然であり、信用性も認められる。)。
(3) 小括
以上のとおり、本件サイトの記載内容やその利用状況自体から、被告人が、本件サイトの対象者を異性交際を希望する者とする運営方針をとっていたものと十分推認される上、被告人が本件サイトを開設した経緯、本件サイトの書き込みについての被告人の認識をも併せ考慮すると、被告人が、異性交際を希望する者の求めに応じて本件サイトを運営していたことは明らかである。
これに対し、被告人は、本件サイトは、ぽっちゃりとした体型の女性を主役とし、そのような女性に関心を有する者が男女の分け隔てなく交流するためのコミュニティーサイトであると主張するが、前記のような本件サイトの記載内容やその利用状況と整合せず、かかる主張は採用できない。
3 異性交際に関する情報の伝達について(要件〈2〉)
関係証拠によれば、前記「出会いの掲示板パフェクィーン」には、冒頭に設けられた「この掲示板について」との欄に「この掲示板は女性が募集記事を書きます。」との記載があり、実際に書き込まれた募集記事をみても、投稿者の年齢のほか、「156−82とかなりのぽっちゃりです。」「身長は160センチ体重は75キロの結構なぽちゃです。」といった身長、体重等の自己に関する情報、「お互いに時間がある時に食事やお茶などしながら楽しい時間を過ごせるお相手を探しています。」「性格や趣味の合う、未婚で優しい30代以下の方」といった交際を希望する相手に関する情報が記載されている。また、同じく前記「Sexyな出会いの掲示板パフェルージュ東日本版」にも、実際に、「恋人チックなセフレ募集」という題名で、女性を示す記号「♀」と所在する地域を示す「(群馬)」という募集する者に関する情報が記載されている。その他にも、これらの掲示板には、年齢、既婚未婚、体型等の自己の関する情報や交際を希望する相手に関する情報等が記載されている。さらに、本件サイトの機能上、年会費2000円を支払いパワーユーザーと称する会員登録を行えば、後述するメッセージボックスやツーショット・チャットにおいて、相手にメールアドレス、電話番号等の自己に関する情報を自由に伝えられることとされている。
これらの本件サイトの記載、機能やその利用状況に照らせば、本件サイトに異性交際に関する情報が記載されていることは明らかである。
そして、関係証拠によると、本件サイトは、インターネット上で公開されていたのであるから、これらの異性交際に関する情報を、「インターネットを利用して公衆が閲覧することができる状態に置いて伝達した」との要件を充足することも明白である。
4 電子メールその他の電気通信を利用した相互の連絡について(要件〈3〉)
関係証拠によると、本件サイトは、その機能上、掲示板に書かれた記事に対して返信記事を投稿した場合、返信記事を投稿した者が元の記事を掲載した者に対して自動的に交信許可を求めることとなり、元の記事を書いた者がその返信記事に対して交信を許可すると、元の記事を書いた者と返信記事を投稿した者との二人の間のみで、「P’EX」(ペックス)と称するメッセージボックスを用いて、電子メールの交換が可能となることが認められる。また、関係証拠によると、本件サイトは、ツーショット・チャット機能を有していることが認められる。
以上の事実によれば、本件サイトにおいて、異性交際に関する情報の伝達を受けた異性交際希望者が電子メール等を利用して当該情報に係る異性交際希望者と相互に連絡することができるようにする機能を有していたことが認められ、本件サイトが要件〈3〉に該当することも明らかである。
この点、弁護人は、本件サイトが有するツーショット・チャット機能は、同じ時間に本件サイトにアクセスしている場合に限った連絡手段であって、「相互に連絡することができる」とはいえないと主張する。しかし、本法2条2号にいう「相互に連絡することができる」とは、異性交際希望者の相互の連絡を常時可能にすることを要するものではないから、かかる主張は理由がない。また、被告人は、メッセージボックスを利用するには返信記事を投稿した者の交信許可のみでは足りず、元の記事を書いた者が交信許可をする必要があることや、メッセージボックスでのメールのやり取りをサイトの管理者である被告人も閲覧し得ることなどを挙げて、本件サイトは要件〈3〉に該当しないと主張するが、いずれも独自の主張であって、前記認定を妨げる事情とはいえない。
5 事業性について(要件〈4〉)
関係証拠によると、本件サイトは、被告人により、平成21年1月9日から同年5月25日までの間、インターネット上に公開されていたことが認められ、その運営が反復継続的に行われていたと評価できるから、その事業性が認められることは明らかである。
6 以上によれば、被告人が本件サイトを運営していたことは、「インターネット異性紹介事業」に該当するものと認定できる。
第2 憲法違反の主張
1 憲法31条違反の主張
弁護人は、本法2条2号で定義されている「インターネット異性紹介事業」の要件、とりわけ、「異性交際」という要件はあいまいで不明確であるから、インターネット異性紹介事業について届出義務を定めた同法7条1項、その義務違反の罰則を定めた同法32条1号は憲法31条に違反する旨主張する。
当該刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読み取れるかどうかによってこれを判断すべきであると解される(最大判昭和50年9月10日刑集29巻8号489頁参照)。
本法にいう「インターネット異性紹介事業」については、同法2条2号において諸要件を盛り込んで定義されているところ、その規定中で、「異性交際」という要件については、更に「面識のない異性との交際をいう」と定義されている。そして、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合にその行為が「異性交際」に該当するか判断することは十分可能というべきであり、同法2条2号のその他の要件についても同様である。
したがって、本法7条1項、32条1号が刑罰法規としての明確性に欠けるところはなく、憲法31条に違反するとはいえない。
2 憲法21条1項違反の主張
弁護人は、インターネット異性紹介事業を行おうとする者の届出制を定める本法7条1項について、立法目的の正当性は否定しないものの、その規制手段は、児童買春その他の犯罪からの児童の保護に資するものではなく、被告人及びサイト利用者のインターネットを利用した表現の自由を過度に制約するものであるから、憲法21条1項に違反する旨主張する。
そこで検討すると、本法7条1項は、インターネット異性紹介事業の本拠となる事務所(事務所のない者にあっては、住居)の所在地を管轄する都道府県公安委員会が、同事業者に対し、児童の健全な育成に障害を及ぼす行為を防止するための必要な指示(同法13条)や事業の停止・廃止命令(同法14条)、報告や資料の提出の要求(同法16条)という同事業者に対する監督を行う上で、あらかじめ同事業者を把握する必要があることから、同事業者に対し、都道府県公安委員会に当該事業に関する事項を届け出させることにしたものと理解される。公開の情報提供サービス等によってウェブサイトの運営者の氏名等にかかる情報を把握することが困難となっている現状にかんがみると、当該規定は、都道府県公安委員会による同事業者の監督を実効的なものとし、ひいては、同事業の利用に起因する児童買春その他の犯罪から児童を保護し、もって児童の健全な育成に資する(同法1条)という同法の目的を達成するにあたって必要かつ合理的な規制として許容されるというべきである。
この点、弁護人は、インターネット異性紹介事業の届出制を規定した本法改正の施行前後において、いわゆる出会い系サイト以外のウェブサイトの利用に起因する児童買春その他の犯罪の被害児童数が増加していることをもって、かかる規定が同法の目的達成に何ら寄与していないと主張するが、いわば同法の脱法行為が増加していることをもってそのように即断することは、相当とはいえない。
また、弁護人は、強い営利性のある事業者が運営するウェブサイトにおいて児童買春等の被害が多く生じているのであって、本法がそのようなサイトに限定せず一律に届出制を義務づけることは不合理であると主張するが、ウェブサイトを運営する主体の営利性の強さによって児童買春等の被害数が増加するとの前提事実自体が説得的ではなく、主張は採用できない。
したがって、本法7条1項は、前記目的達成のために必要かつ合理的な規制であって、憲法21条1項に違反するとはいえない。
3 適用違憲の主張
弁護人は、本法32条1号、7条1項が合憲であるとしても、ソーシャルネットワーキングサービスを運営する事業者には、いわゆる出会い系サイトと同様の書き込みがなされていたウェブページを削除するよう求めたのに対し、被告人に対しては本件サイトを削除するよう求めることなく直ちに本法を適用して起訴しており、不平等な法適用であって適用違憲である旨主張する。
しかし、本法32条1号は、同法7条1項の規定による届出をしないでインターネット異性紹介事業を行った者を直接罰することとしており、同事業者が都道府県公安委員会からの指導や勧告等に従わなかったことを要しない。また、関係証拠によると、本件捜査に関与した警視庁所属の警察官Cが被告人に対し、本件サイトの運営がインターネット異性紹介事業に該当することから、都道府県公安委員会に届出をするように再三にわたり求めていたことが認められ、かかる主張は前提を欠く。
したがって、被告人による本件サイトの運営について本法32条1号、7条1項を適用することにつき、適用違憲の問題は生じない。
4 結論
以上のとおり、本件に関する弁護人の憲法違反の主張はいずれも採用できない。
(量刑の理由)
本件は、被告人が、公安委員会に届出をしないでインターネット異性紹介事業を行った事案である。
被告人は、本件サイトにつき、児童による利用禁止の明示や児童でないことの確認などのインターネット異性紹介事業者に求められている措置を講じないまま、4か月余りにわたり運営しており、その態様は悪質である。また、被告人は、不合理な言い分に終始し、今なお本件サイトの運営を継続しており、反省の態度がうかがえない。
以上によれば、被告人の刑事責任を軽視することはできない。
他方、被告人に前科がないことなど、被告人のために酌むべき事情も認められるので、以上の事情を併せ考慮し、被告人を主文掲記の刑に処するのが相当であると判断した。
(求刑 罰金50万円)
刑事第1部
(裁判長裁判官 河合健司 裁判官 西連寺義和 裁判官 澤井彬子)