児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・不同意性交・不同意わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録・性的姿態撮影罪弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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「(仮称)大阪府子どもを性犯罪から守る条例(案)の概要」に対する意見書

 大阪弁護士会は反対です。

http://www.osakaben.or.jp/web/03_speak/kanri/db/info/2012/2012_4f1fc78d6d19d_0.pdf
2012年(平成24年)1月25日
大阪府知事 松 井 一 郎 殿
大阪弁護士会
会 長 中 本 和 洋
「(仮称)大阪府子どもを性犯罪から守る条例(案)の概要」に対する意見書
第1 意見の趣旨
「(仮称)大阪府子どもを性犯罪から守る条例(案)の概要」において示された「現行法上、犯罪行為に至らない程度の行為の処罰化」、「社会復帰支援対象者に対する居住地の届出義務の創設と過料による強制」には、いずれも必要性の論証が不十分であり、問題があると思料する。
すなわち、まず、前者については、処罰対象行為と社会的相当性のある行為との区別が明確でない結果、地域コミュニティや民間子育て支援活動等を進める政府方針にも否定的影響を与えるおそれが否定できない。また、後者についても出所者に対する社会復帰支援にも必ずしもつながるものではなく、かえって出所者が再犯をする可能性が高いものであるかのような不正確な理解にもつながりかねないものである。
したがって、本会は、「(仮称)大阪府子どもを性犯罪から守る条例(案)」に反対である。
第2 意見の理由
1 はじめに
大阪府の「(仮称)大阪府子どもを性犯罪から守る条例(案)の概要」(以下「概要」という。)では、①保護年齢を13歳未満の子どもとして「子どもに不安を与える行為」、「子どもを威迫する行為」(いずれも現行法上犯罪とはされていない行為)を犯罪として罰則を設け、かつ、②性犯罪刑期満了者に対し、社会復帰支援を行うために、「居住地の届出義務」を課して居住地、氏名、読み仮名、性別、生年月日、連絡先、罪名、出所年月日を新たに大阪府の区域内に住所を定めた日から一定期間内に知事に届け出なければならないとし、違反者には過料の行政罰を科すことを新たに提案している。
これらの提案は、子どもを性犯罪から守るという趣旨・目的から「犯罪そのものを起こさせない社会環境づくりが必要」との立場からなされた(平成23年12月「子どもを守る」性犯罪対策について、大阪府青少年健全育成審議会第4部会報告書)という。
確かに、将来のある子どもを性犯罪から守ることについて、そのこと自体に異論はない。行政が、積極的に子どもの成長に対する子どもの主体性を支援し、地域における子育て力量を強める民間の取り組みに対して支援を強めることなど、多様な取り組みに期待する声も存在する。
しかしながら、子どもの成長においては、本来、家庭、地域、学校等、子どもが持つ社会との接点で子ども自身が様々な経験を重ねて主体的に獲得する権利を保障することが最大の課題であるところ、本件「概要」には、子どもの成長のための種々の経験と主体性について十分に検討した形跡を窺うことができない。
特に、少子化社会を迎えて、地域住民の力の活用、民間団体の支援、世代間交流を促進する取り組みが政府機関でも旺盛に進められている中で、「声掛けによる規制が、ボランティアによる活動に付随する声掛けや社会常識の範囲内でのあいさつなどが、あたかも犯罪行為であるととらえかねない懸念を抱かせることは、地域コミュニティの衰退や崩壊につながる可能性がある」(前記報告書9ページ)との指摘は決して危惧にとどまるものではない。「子どもを性犯罪から守る」という趣旨を真に実現するためにも、社会の子育て力量を低下させるような結果をもたらしかねない規制は厳に慎重でなければならない。
2 いわゆる「声掛け規制」の問題性
(1)はじめに
声掛け行為がそれ自体、子どもや保護者、地域に大きな不安を与えているものと捉えて規制が必要であるとし、「概要」における規制の態様も下記(2)①については常習的な行為のみを取り締まろうとするものであり同②についてはそれ自体粗暴制や暴力性が認められるので、いずれも規制すべきであり、さらに罰則も違反者に対する抑制のため有益であるとして賛成する考え方もありうるところではある。
しかし、本会は、下記のとおり、「声掛け規制」については看過できない問題点があるものと考える。
(2)規制の対象行為となる行為の範囲があいまいである
「概要」はまず、保護対象年齢について「一定年齢で一線を画することは困難」であるとしながら、13歳未満の子どもを保護の対象として、
① 子どもに不安を与える行為の禁止と常習者に対する罰則の新設
② 子どもを威迫する行為の禁止と罰則の新設
を提案している。「概要」によると、①子どもに不安を与える行為とは、「甘言又は虚言を用いて惑わし、又は欺くこと」「不当な目的で、義務のない行為を要求すること」とし、②子どもを威迫する行為とは、「言いがかりをつけ、又はすごむこと」「身体又は衣服等を捕らえ、又はつきまとうこと」としている。
ところで、こうした行為は、正常・相当な言動や子どもが好きで接点を求める行為などと(このような行為については、いかなる意味においても違法性はないはずであるどころか、地域社会と子どもとの意思疎通の接点として、むしろ奨励されて良い行為である。)、性犯罪を行おうとする行為との明確な区別は外観では全くできないこととなる。
①②の規定の対象となっている行為自体は、それ自体として処罰を要する結果をもたらしているわけではなく、「もしかしたら性犯罪に発展するかもしれない」ということをもって処罰の対象とするというものだからである。これは犯罪の予備的行為とも確定し難い行為を、仮に社会生活上正常な行為であっても処罰するという、被害のない処罰規定であることにほかならない。
これは憲法が規定する罪刑法定主義の原則との関係で問題がある。
「概要」はこれらの行為を犯罪とし、被害者には判断能力が不十分だとして、通報を市民に求め、それを捜査の端緒とする。地域住民は、子どもとの接点を持つ大人の言動に犯罪かそれとも正常な行為なのか区別するよりもまず疑いをもつことが求められ、とりあえず通報することを奨励されかねない。これでは、地域住民は、地域のコミュニティの子育て力量を高める努力に逆行することとなろう。もしそうなれば、子どもの成長の機会をも奪いかねないという深刻な影響が発生することも懸念される。
(3)罰則の必要性の論証が必ずしも十分とは言えない
前記報告書は、こうした規制を必要とする論拠として大阪府下における子どもに対する強姦(平成22年は2件)や強制わいせつ事案の認知件数(同213件)を掲げつつ、それは認知件数であって、認知されていない暗数を考慮すると実際の発生件数は相当数にのぼるであろうという。確かに、暗数があることには十分考慮して検討することが必要であることは言うまでもないが、だからと言って、なんら性犯罪に発展するとは言い難い行為まで処罰する根拠としては不十分と言わざるを得ない。
しかも、前記報告書の引用する数値の検討に慎重さが求められるものであることは言うまでもないところ、たとえば、「13歳未満対象・暴力的性犯罪の出所者の再犯率」と題する資料の読み方について、平成17年6月から平成22年5月までの出所者数は740人であったという資料の中で、そのうち、出所後子ども対象・暴力的性犯罪による再検挙者は49人(6.6%)であることが示されていて、その再犯率は決して高いものではないことが読み取れる。
結局、前記報告書が指摘する資料的論拠は、平成18年から22年中の「声掛け事案等」しかないこととなる。これは当然「概要」のような処罰規定を持たない段階での「声掛け事案の通報件数」ということである。この通報件数が、実質的に性犯罪に発展し、処罰規定がなかったために性犯罪を防げなかったという因果関係はこの資料からは読み取ることができない。その意味では、年間約500件の声掛け通報がなされて、それがどのように扱われ、その処理過程において処罰規定の有無がどのような影響をもたらしたか、という論証は不十分と言わざるを得ない。
(4)地域コミュニティ破壊の要因になる恐れがある
奈良県では、平成16年11月に発生した小学生女児誘拐殺人事件を契機として子どもに対する犯罪の未然防止、安全の確保などの観点から平成17年7月、「子どもを犯罪の被害から守る条例」を制定した。前記報告書では、この条例によって特段の問題もなく地域コミュニティが発展しているとの報告がある、との事実が紹介されている。
しかし、奈良県条例では、「概要」のような処罰規定がないのであり、このような報告の真偽はさらに検討を要するとしても、処罰規定を制定する十分な根拠とはなっていない。前記報告書は続けて、「奈良県では常習的な声掛け違反者に対しては懸念がある」という表現をもって、処罰規定がないことが条例の効果をもたらさないかのような根拠としようとしているようにも読める。しかし、上記「懸念」の紹介だけで、本来犯罪でもない行為を予備的行為であるとして、社会生活上通常あり得る行為まで犯罪化する十分な根拠とは言えないものである。
3 居住地等届け出義務創設の問題点
(1)はじめに
居住地等届出義務の創設についても、その目的が社会復帰支援のためのものであること、対象となる性犯罪が18歳未満の子どもに対する強姦、強制わいせつ等の犯罪に限定されていること、届出期間が5年間に限定され、違反に対する制裁も行政罰にとどまること、届け出られた情報については社会復帰支援活動のみに限定して使用されることから、この程度の届出義務を課すことに賛成する考え方もありうるところではある。
しかし、本会は、下記のとおり、「居住地等届け出義務」についても看過できない問題点があるものと考える。
(2)前科情報のプライバシー性
「概要」が新たに届出義務を課す対象としているのは、「居住地、氏名、読み仮名、性別、生年月日、連絡先、罪名、出所年月日」である。これらの情報は、罪名、出所年月日以外の個々の項目をとればプライバシー性が高いとは言い難いが、「罪名、出所年月日」と一緒に届け出る以上、全体とすれば前科にかかわる事実に他ならず、高度にプライバシー性の高い情報である。
最高裁平成6年2月8日判決(ノンフィクション「逆転」事件)は、「有罪判決を受け、服役したという事実は、その者の名誉あるいは信用に直接にかかわる事項であるから、その者は、みだりに右の前科等にかかわる事実を公表されないことにつき、法的保護に値する利益を有する。」「有罪判決を受けた後あるいは服役を終えた後においては、一市民として社会に復帰することが期待されるのであるから、その者は、前科等にかかわる事実の公表によって、新しく形成している社会生活の平穏を害されその更生を妨げられない利益を有する。」と判示しており、これは、18歳未満の子どもに対して性犯罪を行った者についても変わるところがない。
また、最高裁平成15年9月12日判決(早稲田大学江沢民主席講演会名簿提出事件)では、大学が主催の講演会参加希望者に学籍番号、氏名、住所及び電話番号を名簿へ記入させ、無断でそれらの個人情報を警察に開示した同大学の行為について、「上告人らが任意に提供したプライバシーに係る情報の適切な管理についての合理的な期待を裏切るものであり、上告人らのプライバシーを侵害するものとして不法行為を構成する」としている。
上記の判例からしても、罪を犯した者に対し、自分の意思に反して自らの犯罪歴とともに前記各情報の届出義務を課すことは、十分に合理的な理由がない限りはその者のプライバシーを侵害することになる。
概要では、「臨床心理士、医師、民間の保護司、警察官等からなる「社会復帰支援員(仮称)」が社会復帰支援対象者と面談、相談に応じる等により、大阪府として社会復帰をサポート」するために「届出義務制度を設けます。」としている。たしかに、性犯罪刑期満了者の社会復帰支援は必要であるが、以下に述べるように十分に合理的な理由を見い出しがたい。
(3)届出義務を課すことの効果の論証が必ずしも十分とは言えない
18歳未満の子どもに対する性犯罪の再犯率について、前記報告書では、「一般に再犯率が高いといわれている。」としているが、結局のところ「再犯率とは、犯罪者がどの程度の割合で同じ犯罪を犯すのかであり、このデータはほとんど見あたらない。」としている。つまり、18歳未満の子どもに対する性犯罪の再犯率が一般に高いことを裏付けるに足りる資料はない、ということである。
このように、そもそも再犯率が高いかどうか不明であることに加え、住所の届出を強制することで再犯率が低下することを論証するに足りる十分な根拠が示されていない。例えば、アメリカでは、ミーガン法(性犯罪者情報公開法)があり、性犯罪者の情報公開が進んでいるが、かかる情報公開が再発防止にどこまで寄与しているかは未だ議論が定まっていないようである。
また、性犯罪刑期満了者の届出義務があるのは大阪府だけであるから、他の地域に行けば届出義務がなく、性犯罪刑期満了者の居住地を常に把握することは困難であって、性犯罪刑期満了者の社会復帰支援の実効性は低いと考えられる。
性犯罪を防止し、性犯罪被害者を少なくするためには、性犯罪刑期満了者に届出義務を課すのではなく、まず地域社会が出所者を受け入れる環境を整備(住居や就労先の確保など)し、性犯罪刑期満了者が自主的に社会復帰支援にアクセスしようとする充実した支援制度を構築すべきである。
(4)届け出た情報の漏洩の危険性について
「概要」は、「届出内容は、社会復帰支援活動のみに活用するものとし、届出内容、社会復帰支援活動により得られた内容については、厳格に管理するものとします。」としている。しかし、どのような管理を行うにしても、情報漏洩のリスクがなくなることはない。
しかも、社会復帰への相談対象には、警察が含まれていることにも十分注意しなければならない。性犯罪刑期満了者の居住に関する情報がいったん流出し、事情を知らない家族、親族、近所、勤務先等々に知られることになれば、性犯罪刑期満了者が、その地域社会で平穏に生活を営むことができなくなる。また、これから社会に復帰しようとする者が社会に復帰できなくなる恐れがある。これらの性犯罪刑期満了者に対する暴力などが起こったり、性犯罪刑期満了者が新たに犯罪に走るなどして、逆に新たな犯罪を誘発することもあり得るであろう。漏洩した場合の性犯罪刑期満了者の被る不利益は甚大であるし、社会的な被害も大きい。
以 上