「単純所持罪」って児童ポルノ罪のカタログではなんか異質ですよね。
実際には買った人を捕捉することになるから、譲受罪でいいいんじゃないですかね。
1 単純所持罪の位置付け
単純所持罪の構成要件は明らかにする者がいないので不明であるが、一応、「単純所持=販売等を目的としない所持」であるとの理解で論を進める。
上記の分析によれば、現行法の児童ポルノの罪は、児童ポルノの流通に関するものであり、現行所持罪も流通の一過程・販売等の準備行為であることから処罰されるものである。
ところが、単純所持は、流通には関係しない(未必的にでも流通の危険があるのであれば、現行法の1項提供罪で処罰できる。)点、提供・陳列等の準備ではない点で、現行法の児童ポルノ関係の罪とは全く異質である。
法益侵害の点では、単純所持行為よりも譲受行為の方が、児童ポルノを直接的に拡散させている点で法益侵害の程度が重いにもかかわらず、単純所持は許されないが、譲受は許されるというのは一貫性に欠ける。判例も児童ポルノ取得行為には可罰性がないとする(福岡高裁那覇支部H17.3.1*1、大阪高裁H18.9.21*2)ところであり、取得よりも下位にある所持に可罰性を見いだすことは困難である。
保護法益の重大性に照らして将来流通する潜在的な危険性を強調して初めて、流通を阻止しようとする児童ポルノ罪のカタログに位置づけることが可能であろう。2 処罰根拠
既に述べたように、児童ポルノ罪の保護法益はいずれも「撮影された児童の権利」を基本にしなければならない。
ところでH16改正の際の3項製造罪の処罰根拠については、立法関係者は「同じ撮影行為でも、姿態をとらせた場合には権利侵害があって流通危険があるから処罰の必要性があり、そうでない場合(盗撮・複製)には、権利侵害がないし、流通危険もない。」と説明していた*3*4*5。
複製されると流通危険が増すのが常識で、改正の際の立法者が児童ポルノの害悪を正確に理解しているのかははなはだ疑問であるが、これを前提にすると、姿態をとらせて撮影した者以外の者が所持しているだけというのは、処罰根拠が説明できない。3項製造罪にあたらない製造行為(複製・盗撮)は児童ポルノが生成されても処罰されないのに対して、児童ポルノが生成もされないし流通もしない所持行為を処罰するのは均衡を欠く。
単純所持の処罰にあたっては、3項製造罪の処罰根拠についての従来の説明との整合性も考慮する必要がある。3 立法の必要性
ある物や情報の流通を規制する場合には、営業としての流通を規制する方法(わいせつ図画等)と、目的を問わず流通を厳格に規制する方法(覚せい剤、サリン等)の2通りに大別できるのではなかろうか。実際には無限の規制方法がある。各種取締法の罰則を眺めればわかることだが、たとえば覚せい剤についてはそれに関与するあらゆる行為が細かく規制されているといっていい。
そして、規制対象についてどのような手段で規制するのかは、立法目的、保護法益、取締りの必要性を考慮して立法において判断されるのである。
児童ポルノについては、制定当初はわいせつ図画と同様に、営業としての流通を規制する方法が採用されたことは間違いない。それは立法者が保護法益が違う刑法175条を真似たという立法ミスであったが、改正法により是正され、個人的法益を重視して、有償性をとわずに画像を拡散する行為が処罰されるに至っている。
この流れで立法の方向を占うならば、薬物犯罪並に児童ポルノの流通に関わる行為を細かく取り上げて個別の構成要件を設ける方向に向かうことになるであろう。その中で、児童ポルノの害悪を強調して単純所持行為の流通危険性を強調すれば処罰することも可能であろう。
ただ、児童ポルノ提供・陳列行為は回数・被害児童数にかかわらず包括一罪だという裁判例(提供行為による権利侵害を重視しない)が多数派であり、撮影行為も気づかなければ処罰されない(盗撮行為は被害児童が気づかないから製造罪にあたらない〜島戸「児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の一部を改正する法律について」警察学論集57-08)という解釈が支配的であることを考えると、現行法の趣旨のさらなる徹底(個人的法益重視)をはかることが大前提となるであろう。
言い換えれば、児童ポルノは、それが流通すると、撮影された児童の権利を著しく損ない回復不可能となるから、流通に掛かる行為(製造・所持・提供・陳列等)が厳しく禁止されているところ、その目的達成に必要であれば、単純所持の規制も合理性があると言える余地がある。4 奈良県子どもを犯罪の被害から守る条例
(1)法文
目的からは、子どもポルノ所持罪はポルノに撮影された者の害悪ではなく、ポルノ所持者が児童に対する性犯罪に向かう危険に着目した社会的法益に対する罪であることがあきらかである。児童ポルノ罪の趣旨・保護法益(撮影された者の個人的法益を重視する)とは明らかに異なることから用語を区別して「子どもポルノ」としている。
従って、この「子どもポルノ」条例の存在を以て「児童ポルノ」の単純所持罪を根拠づけることはできない。「子どもポルノ」と「児童ポルノ」とは似て非なるものである。
言い換えれば、単純所持罪を現行法の児童ポルノ罪の趣旨から導き出すことに無理があることを示している。子どもを犯罪の被害から守る条例
http://www.pref.nara.jp/somu-so/jourei/reiki_honbun/k4011081001.html
第一条 この条例は、子どもの生命又は身体に危害を及ぼす犯罪の被害を未然に防止するため、県、県民及び事業者の責務を明らかにするとともに、必要な施策及び規制する行為を定め、もって子どもの安全を確保することを目的とする。
(定義)
第二条 この条例において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
一 子ども 十三歳に満たない者をいう。
四 子どもポルノ 写真、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって、次のいずれかに掲げる子どもの姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。
ア 子どもを相手方とする又は子どもによる性交又は性交類似行為に係る子どもの姿態
イ 他人が子どもの性器等(性器、肛門又は乳首をいう。以下同じ。)を触る行為又は子どもが他人の性器等を触る行為に係る子どもの姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
ウ 衣服の全部又は一部を着けない子どもの姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの
(子どもポルノの所持等の禁止)
第十三条 何人も、正当な理由なく、子どもポルノを所持し、又は第二条第四号アからウまでのいずれかに掲げる子どもの姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録を保管してはならない。
(禁止行為に係る通報)
第十四条 第十一条又は第十二条の規定に違反したと認められる者を発見した者は、保護監督者又は警察官に通報するよう努めなければならない。この場合において、通報を受けた保護監督者は、警察官に通報するよう努めなければならない。
2 前条の規定に違反したと認められる者を発見した者は、警察官に通報するよう努めなければならない。
第十五条 第十二条又は第十三条の規定に違反した者は、三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
2 第十三条の規定に違反して前項の罪を犯した者が、自首したときは、同項の刑を減軽し、又は免除する(2)実例
保護法益の違いをさておき、実際の処罰範囲を検討する。
捜査の端緒を考えると、実際には購入者しか検挙されない。
別件で押収されたPC・携帯電話から発見された児童ポルノを端緒とする場合、所持者自らが撮影した場合には、福祉犯・性犯罪を伴い、少なくとも3項製造罪で処罰されるから、単純所持罪が適用される場面はない。所持者自らが撮影したものではない場合には、何らかの方法で取得したものであるから、提供罪の対向犯としての譲受罪を設ければ、対応可能である。
①奈良簡裁H17.*6*7「子ども条例」初適用 児童ポルノ「所持」容疑 奈良県警 【大阪】
2005.11.10 大阪朝刊 30頁 2社会 (全446字)
調べでは、男は11歳の女児が出演したポルノDVD1枚を自宅に所持していた疑い。県警がインターネットを使った児童ポルノ大量販売事件を捜査する中で購入者として浮上し、今月1日に自宅を捜索していた。男は任意の事情聴取に対し、「ネット販売で買った」と話しているという。
朝日新聞社②読売新聞H19.11.22
子ども守る条例違反容疑で追送検 県警と高田署=奈良
2007.11.22 大阪朝刊 33頁 (全193字)
13歳未満の子どものポルノ映像を所持したとして、県警少年課と高田署は21日、容疑者(21)を子どもを犯罪の被害から守る条例違反(子どもポルノの所持)の疑いで葛城区検に追送検した。容疑者は「2年前にインターネットで購入した」と容疑を認めている。
県警は5日、小学生女児のスカートの内部を撮影したとして、容疑者を県迷惑防止条例違反で逮捕、余罪を捜査していた。
読売新聞社5 実効性
単純所持罪を導入することの効果を考えると
メリット
児童ポルノの違法性のアナウンス効果デメリット
メールを送りつけて逮捕・キャッシュや一時ファイルで逮捕される危険性
家庭における写真撮影を制約する
取り締まり体制が不十分なので、ときどき見せしめ逮捕
と推測される。
奈良県条例が実際には購入者を捕捉するにとどまっていることを考えると、購入する行為を「譲受罪」として処罰すれば、流通を阻止することを目標とする現行法の体系に合致するし、単純所持罪の目的を達成した上で、デメリットも回避できると考える。
かくして、単純所持罪は必要ないと考える。