児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

欺罔による準強制わいせつ罪

 身分を偽ると準強制わいせつ罪だというのですが、お金を払うつもりがなくて児童買春した場合には、準強制わいせつ罪にはならないんでしょうか?

東京地裁平成20年 2月 8日 準強制わいせつ被告事件
  (3) 以上のような各事実によると,本件各被害者においては,被告人の行為について,部分的にはアナウンサーとしての適性を見るためにした行為であると誤認していた部分も存在するものの,判示第1及び第3の各事実について認定したわいせつ行為,すなわち,接吻をしたり,乳房をもんだりさらには大腿部や陰部を触るなどの行為そのものについては,いわば,被告人から就職について有利な扱いを受けることの見返りとなる行為であって,それらが被告人のわいせつ意思の発露としてなされる行為であること,すなわち,これらの行為のわいせつ性についての誤認は存在せず,かつ,本件各被害者においては,外形上,それぞれの任意の判断に基づいてこれを受忍する意思決定をしたことがうかがわれる(第2被害者の場合,前記で見たような,被告人の言動の中には,同被害者のストッキングを脱がせて足をソファーの上に乗せさせるなど,外形的に見て,あたかもそれが職員の採用にあたっての面接等にあたる行為であることを装ったように見える部分もあるが,職員を採用するための正規の面接等の行為がカラオケ店の個室等において行われることは通常考えられないことであるし,その前後における被告人の言動から見ても,それは面接などといった職員の採用を担当する者としての権限の行使という外形を持つものではなく,また,現に第2被害者においてもそれを正規な面接等の行為と誤認したものとは考えられない。)。
 しかしながら,準強姦罪及び準強制わいせつ罪は被害者の性的行為に対する意思決定の自由を保護するものであり,これらがそれぞれ強姦罪ないし強制わいせつ罪と異なるのは,その手段として,暴行・脅迫が用いられるか,それ以外の手段が用いられるかに過ぎない。
 そして,準強姦罪ないし準強制わいせつ罪における抗拒不能は正常な判断に基づく意思決定ができない状態をいうものと考えられるところ,相手方に対して自己の身分等について虚偽の事実を告げるなどした結果,相手方が具体的な事実関係について誤認を生じ,その結果として,性交渉やわいせつ行為を受忍する意思決定をした場合等においては,こうした判断の前提となるべき事実に誤認があるのであるから,その判断は正常な判断とは言えず,したがって,このような欺罔行為によって被害者が錯誤に陥る場合も,準強制わいせつ罪における抗拒不能に該当しうるものと考えられる。
 もっとも,わいせつ行為ないし性交渉をともなう関係の当事者間において,それぞれの意思決定の前提となる事実(各当事者の身上等を含めて)について各々が完全に正確な認識を持つとは限らず,そこに何らかの誤認が存在することは,社会生活上,あり得べき事態と言え,そのような誤認が相手方の言動で生じた場合に全てが準強制わいせつ罪等になるとは言えないであろうが,本件で認定した前記各事実によると,本件各被害者はその就職活動という,その後のそれぞれの人生ないしは生活のあり方に重大な影響を及ぼすような場面に立っていたこと,また,被告人は本件各被害者が現実に就職を希望していた企業の人事担当者であることを装い,判示のような各種の言辞を申し向けたのであり,その結果として,本件各被害者は被告人の意向を受け入れることによって,自己の就職という希望が叶えられるという具体的な事実関係につき誤認を生じていたのであり,かつ,被告人の言動は当初からこうした誤認を生じさせるために,極めて具体的に虚偽の事実を語るものであったと認められる。さらに,本件の各犯行場所は,まんが喫茶(判示第1の犯行)ないしはカラオケ店(判示第3の犯行)の各個室であり,前者はカーテンないしパーテーションによって区画された空間であって,外部と完全に遮断された区画とは言えないけれども,一応,内部にいる者どうしの間のみで会話等のやりとりがなされる区画であり,後者はドアと壁によって外部とは遮断された機密性のある区画と評価できることに照らせば,このような区画内で被告人から本件のような経過でわいせつ行為に及ぶ旨の言辞を申し向けられた場合,むしろ,これを拒絶することの方にそれなりの心理的な抵抗感をともなうことが推測される。
 こうした事情を考慮すると,本件各被害者は,事実を誤認した結果として,準強制わいせつ罪でいうところの抗拒不能な状態にそれぞれ陥ったものと考えるべきである。

横浜地裁平成16年 9月14日
 なお、弁護人は、被害者らは、わいせつな行為をされること自体を理解・容認しており、その動機に誤信があったに過ぎないから、刑法178条の「抗拒不能」に該当しない旨主張するが、その解釈論は独自の見解で到底賛同できないうえ、弁護人は被害者らが被告人が優れた医師で治療的行為をされているものと誤信していたこと(さらにはわいせつな意図に気付かなかったこと)を自認しているのであるから、失当というほかない。すなわち、前記認定のとおり、被害者らは、本件各欺罔時、13歳ないし16歳の素直な性格の少女らで、いずれも被告人の指導を受けていたが、合格実績や著名大学卒、海外留学、先端研究などを吹聴する被告人の言動を信じ込んで塾長で優秀な医師として強い畏敬の念を懐いて心服しきっていたうえ、第1の被害者は悪性腫瘍や癌等の病気への強い不安感を懐かされ被告人の診療に依存せざるを得ない心理状態に陥っていたこと、他の被害者らはいずれも受験生として成績向上を強く望んでいたため成績向上のための特殊な治療的な行為であると信じ込んでしまったことなどから、本件各行為の外形的な認識はあっても、被告人にわいせつ目的などはなく正当な診療・治療等の行為を行うものと信じ込まされていたものと認められる。そうすると、いずれの被害者も、被告人のわいせつ目的を疑ったり、性的行為を拒むことが著しく困難な状態にあったことは優に肯認することができるから、前記「抗拒不能」の状態に当るものと認めるのが相当である。

東京地裁昭和62年 4月15日
 四 終わりに、判示の事実関係を前提として、被告人の行為が準強制わいせつ罪及び準強姦罪を構成することについて説明を付加しておく。
 刑法一七八条にいう抗拒不能は、物理的、身体的な抗拒不能のみならず、心理的、精神的な抗拒不能を含み、たとえ物理的、身体的には抗拒不能といえない場合であつても、わいせつ、姦淫行為を抗拒することにより被り又は続くと予想される危難を避けるため、その行為を受け容れるほかはないとの心理的、精神的状態に被害者を追い込んだときには、心理的、精神的な抗拒不能に陥れた場合にあたるということができる。そして、そのような心理的、精神的状態に追い込んだか否かは、危難の内容、行為者及び被害者の特徴、行為の状況などの具体的事情を資料とし、当該被害者に即し、その際の心理や精神状態を基準として判断すべきであり、一般的平均人を想定し、その通常の心理や精神状態を基準として判断すべきものではない。刑法一七八条は、個々の被害者の性的自由をそれぞれに保護するための規定であるから、犯人が当該被害者にとつて抗拒不能といいうる状態を作出してわいせつ、姦淫行為に及び、もつてその性的自由を侵害したときは、当然その規定の適用があると解すべきである。
 これを本件についてみると、被告人は、警察から依頼された医師であると名乗つたうえ、言葉巧みに売春と性病の検査を受ける必要があることを説き、その検査を拒否すれば警察に不利な報告をしたり、警察による公の捜査が行われたりして名誉や信用が失墜すると告げ、さらに、最悪の場合には逮捕されることもありうると暗示し、そのため被害者は、ひたすら被告人の言葉を信じ、これに従うほかないと観念して検査に応じたものであるから、被害者が被る危難の性質、程度、被告人の言動の巧妙さ、被害者の年齢、性知識、家庭環境などを考えあわせると、被害者が心理的、精神的な抗拒不能に陥つていたと認めるに十分である。また、被告人は、性行為による治療行為についても、手指を挿入する検査をした結果、性体験のない者としてはおかしい反応があつたとか、性病のおそれがあるとか告げて不安を募らせ、医師が男性器を挿入して性病を治療するのが一番効果的であると告げ、そのため被害者は、その言葉を信じてこれに応じるほかないという気持に追い込まれたものであるから、これまた被害者が抗拒不能に陥つていたことは明らかである。最後に、性体験のなかつた被害者が性器への手指挿入や性行為という検査、治療を受け容れ、そこに打算、好奇心その他の動機の介在を疑う余地がないという事実自体、被害者が心理的、精神的に抗拒不能に陥つていたことの何よりの証左であることを指摘しておくべきであろう。結局、被告人は、このような被害者の心理状態を利用して巧みに被害者を抗拒不能に陥れたうえ、わいせつ行為及び姦淫行為に及んだものであつて、その刑責は否定すべくもない。

東京高裁平成15年 9月29日
 1 刑法178条にいう「抗拒不能」とは、心神喪失以外の理由で社会一般の常識に照らして当該具体的な事情の下において物理的、身体的あるいは心理的、精神的に抵抗できないか、又は抵抗することが著しく困難な状態にあることをいい、また、「抗拒不能にさせ」るとは、暴行、脅迫以外の手段を用いて前記の抗拒不能の状態を作り出すことをいうところ、これには欺く行為により被害者を錯誤に陥れて抵抗することが著しく困難な心理状態にさせる行為も含まれる。そして、抗拒不能にさせる行為か否かは、行為者及び被害者の年齢、性別、社会経験の程度、殊に欺く行為により錯誤に陥らせたという場合においてはその行為の状況などの具体的事情を基にして、当該被害者に即した心理的、精神的な状態を基準として判断すべきである。(中略)
 2 そこで、関係証拠によって認められる前記事実関係を踏まえて、本件について検討する。
  (1)〈1〉 原判示第1の事実についてみると、当時女子高校生であったBは、被告人が相当年配の男性で、しかも、自校の英語教師であるAの恩師であり、間違ったことはしない立派な人物であると信用し、一人で英語の個人レッスンを受けるため被告人方を訪れたところ、被告人は、同女に対し、英語上達につながるリラックス法があると言葉巧みに説き、これも信用させ、併せて強い口調も交えて、被告人の言に従えば英語が上達できるものと信じさせ、同女をして、これを拒否すれば被告人に英語を教えてもらえないし、失礼に当たるとも思い込ませ、わいせつな行為をする意思があるのにこれがないと装い、被告人から渡された服に下着まで脱いで着替えることが、リラックスのために必要であると誤信させ、そのように着替えさせるなどし、被告人のわいせつな行為に心理的に抵抗することが著しく困難な状態に陥らせたものと認められる。
   〈2〉 また、原判示第2の事実についてみると、当時女子高校生であったCは、被告人が自校の英語教師であるAの恩師で、心理学の修士号を持ち、変なことはしない尊敬できる人物であると信用し、一人で英語の個人レッスンを受けるため被告人方を訪れたところ、被告人は、同女に対し、トーフルで好成績を得る英語の勉強法につながるリラックス法があると言葉巧みに説き、これも信用させ、併せて強い語調も交えて、被告人の言に従えばトーフルで好成績を得られるものと信じさせ、わいせつな行為をする意思があるのにこれがないと装い、同女をして、被告人から渡された服に下着まで脱いで着替えることが、リラックスのために必要であると誤信させ、そのように着替えさせるなどし、被告人のわいせつな行為に心理的に抵抗することが著しく困難な状態に陥らせたものと認められる。
   〈3〉 さらに、原判示第3の事実についてみると、当時女子高校生であったDは、被告人が自校の英語教師であるAの恩師で、すばらしい先生であると信用し、Aに勧められたこともあって、一人で英語の個人レッスンを受けるため被告人方を訪れたところ、被告人は、同女に対し、英語の上達につながるリラックス法があると言葉巧みに説き、これも信用させ、被告人の言に従えば英語の上達につながるものと信じさせ、わいせつな行為をする意思があるのにこれがないと装い、同女をして、被告人から渡された服に下着まで脱いで着替えることが、リラックス法のために必要であると誤信させ、そのように着替えさせるなどし、被告人のわいせつな行為に心理的に抵抗することが著しく困難な状態に陥らせたと認められる。
  (2) このようにして、被告人は、Bら3名をいずれも「抗拒不能にさせ」たのであって、その上で同女らに対して原判示の各わいせつな行為をなした被告人には、同女らに対する準強制わいせつ罪が成立することは明らかである

東京高裁昭和51年 8月16日
しかしながら、刑法一七八条にいう抗拒不能とは、性交やわいせつ行為を拒否することが社会通念上不可能な場合であれば足り、抗拒不能に陥った原因の如何を問わないと解すべきである。そして原判決は、原判示第四の事実において、「同女にいわゆる後倒法、鈴振りなどの施術をして催眠状態にし、更に、真実治療に必要な施術を行うものと誤信している同女を、いすにかけた自分のひざの上にあおむけに寝かせ、片手で同女の目を押さえ、ひざで同女の体をゆするなどして、身動きのできない状態にして抗拒不能に陥らせたうえ、他方の手で同女のセーターをまくりあげ、じかに両乳房及び乳首をもむなどのわいせつの行為をし」たものと認定したうえ、これを準強制わいせつ罪に該当するものと判断しているのであるが、右事実においては、催眠状態と同女がとらされていた姿勢とがあいまって抗拒不能の状態にあったものと認定していることは判文上明らかであって、右のような事情が刑法一七八条の抗拒不能に当ることはいうまでもない。