控訴理由は被告人に有利な構成になっています。
東京高裁令和5年10月12日
判 決
上記の者に対する、住居侵入、強制わいせつ、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(以下、「児童ポルノ法」という。)違反、準強制わいせつ、強制わいせつ未遂、住居侵入・強制わいせつ(変更後の訴因 住居侵入・強制わいせつ・児童ポルノ法違反)被告事件について、令和年月日地方裁判所支部が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は検察官大澤新一出席の上審理し、次のとおり判決する。
理 由
本件控訴の趣意は、弁護人奥村徹作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書2通に記載されたとおりであり、(1)理由齟齬及び理由不備、(2)訴訟手続の法令違反、(3)法令適用の誤り、(4)量刑不当の主張である。第3 訴訟手続の法令違反の論旨について
1 論旨
第3事件における当初の訴因は住居侵入とBに対する強制わいせつであったところ、原審検察官は、そこにBの姿態を撮影した児童ポルノ製造を付加することを内容とする訴因変更を請求し、原審裁判所はこれを許可した。
しかし、住居侵入罪と児童ポルノ製造罪は牽連犯の関係にはないから、この訴因変更許可は違法である。
2 当裁判所の判断
原審記録によれば、所論が指摘するとおり、第3事件について、原審検察官が、当初の訴因である住居侵入とBに対する強制わいせつの事実に関し、そこにBの姿態を撮影した児童ポルノ製造の事実を付加することを内容とする訴因変更を請求し、これに対し、原審弁護人は、異議なしとの意見を述べ、原審裁判所は、前記検察官の訴因変更請求について、同請求を許可する旨の決定をしたことが認められる。これは、原審検察官と原審裁判所がいずれも、住居侵入罪及び児童ポルノ製造罪が牽連犯関係にあり、住居侵入罪を介して、当初起訴されていた強制わいせつ罪を含めた全体が科刑上一罪となる、いわゆる「かすがい現象」を生じると判断し、その罪数処理を前提とした取扱いをしたものと解される。
そして、後記の法令の適用の誤りの論旨で説示するとおり、第3、第4事件において、いずれも、住居侵入罪と児童ポルノ製造罪を牽連犯とした原判決の判断、そして、同一の住居侵入罪を介して各々の強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪を含む全体を科刑上一罪とした原判決の判断に誤りはない。したがって、原審裁判所が、前記の判断のもと、前記訴因変更請求を許可する決定をしたことにつき、何ら違法はないというべきである。
以上によれば、訴訟手続の法令違反の論旨は理由がない。
第4 法令適用の誤りの論旨について
1 論旨
(1) 住居侵入罪と強制わいせつ罪の関係について
住居侵入罪と強制わいせつ罪との間に牽連関係は認められないから、原判決が、第1ないし第4、第6事件において、各々の住居侵入罪と強制わいせつ罪につき牽連犯が成立するとしたことは、法令の適用を誤っている。
(2) 住居侵入罪と児童ポルノ製造罪の関係について
住居侵入罪と児童ポルノ製造罪の間も牽連関係は認められないから、原判決が、第3、第4事件において、各々の住居侵入罪と児童ポルノ製造罪につき牽連犯が成立するとしたことは、法令の適用を誤っている。
(3) いわゆるかすがい現象について
かすがい現象によって処断刑が軽くなる罪数処理は違法であり、原判決が、第2事件において、科刑上一罪としたことは法令の適用を誤っている。
また、仮に住居侵入罪と強制わいせつ罪、住居侵入罪と児童ポルノ製造罪との間で牽連犯が成立するとしても、同様の理由から、原判決が、第3、第4事件において、科刑上一罪の処理をしたことは、法令の適用を誤っている。
2 当裁判所の判断
(1) 住居侵入罪と強制わいせつ罪の関係について
所論の指摘は多岐にわたるが、その主な論拠は、①両罪に客観的牽連性が認められない、②牽連犯の規定そのものに合理性が乏しく廃止論が根強い上、かすがい現象で処罰範囲が限定されることになる解釈は、性犯罪の厳罰化が要請される現在の価値観では維持できないはずである、③住居侵入罪と強制わいせつ罪を牽連犯とする最高裁判例はなく、住居侵入罪と強制性交等罪を牽連犯としている判例も現在では合理性を欠いている、④特に第3事件では、「正当な理由がないのに」侵入したという認定に留まり、住居侵入罪と強制わいせつ罪の間の牽連性が示されていない、⑤両罪の被害者が異なる、などというものである。
そこで検討するに、いわゆる科刑上一罪(刑法54条1項)の実質的根拠は、社会通念上一体の事実と評価できる数個の犯罪につき、それに対する刑罰の適用を1回に留めることが刑罰適用上の合目的要請等の観点から相当であるという点にあり、複数個の行為の間に牽連関係があるといえるためには、罪質上、通例その一方が他方の手段又は結果となるという関係があることに加えて、具体的な場面においてもかかる関係が認められることが必要になるというべきである。
これを本件についてみると、住居に侵入して居住者に対し強制わいせつに及ぶ犯罪類型があるから、性質上、住居侵入が強制わいせつの手段として通常用いられる関係があるということができる。そして、被告人は、第1ないし第4、第6事件において、各々の住居侵入に続けて侵入先で強制わいせつ又は準強制わいせつに及んでおり(ただし、第2(2)事件については未遂)、各事件において、実際にも住居侵入を手段として強制わいせつ等の結果を生じた(又は生じさせようとした)ことが明らかである。そうすると、本件各事件の事実関係の下では、これらの事件について住居侵入罪と強制わいせつ罪(又は同未遂罪)又は準強制わいせつ罪の間に牽連性があるとした原判決の判断に誤りはない。
弁護人は、前記①の論拠として、強制わいせつ罪は強制性交等罪と比べて屋内で行われる割合が圧倒的に少ないから、侵入罪との牽連関係が低い旨主張するが、屋外で実行する形態の強制わいせつ罪が相応の比率に上るとしても、侵入先の屋内でこれを行う犯罪類型が存在することが否定されるわけではなく、所論は採用し難い。前記②について、牽連犯の成立範囲を限定的に解すべきかどうかはともかく、両罪に牽連性があるとの判断が誤りとはいえないことは前記のとおりであるし、かすがい現象で不都合が生じ得るとしても、そのことが直ちに牽連犯の成立を否定する理由にはならないというべきである。前記③について、住居侵入罪と強制わいせつ罪を牽連犯と判示した最高裁判例がないことは所論が指摘するとおりであるが、他方で、下級審の裁判例は多数に上り、また、最高裁判所が罪数処理の誤りを理由に破棄した例は見当たらないから、原判決が判例やその趣旨に違反するということはできない。前記④について、理由齟齬及び理由不備の項で説示したとおり、罪数に関する判断は「罪となるべき事実」の記載ではなく「法令の適用」の中で示すものであるし、罪となるべき事実の記載として、「正当な理由がないのに」以上に具体的な目的を示すことが常に必要とされるわけでもない。また、「けんれん正当な理由がない」という中には、「わいせつ行為をする目的」も含まれると解することも可能である。そして、原判決は、第3事件の法令の適用中で両罪が牽連犯になることを明らかにしている上、実態としても、被告人がわいせつ目的で住居へ侵入した旨を自認し、現に原判示のとおり、侵入した住居内で強制わいせつ行為に及んだことからすると、牽連性を認めたことに誤りはない。前記⑤について、被害者の同一性が牽連犯の成立要件となるわけではないから、所論の根拠にならない。
以上のとおり、前記各所論はいずれも理由がない。
(2) 住居侵入と児童ポルノ製造の関係について
所論は、①特に児童ポルノ法7条4項(特定の姿態をとらせての製造)の罪については客観的に住居侵入罪との牽連性が認められない、②本件における侵入行為は、児童ポルノ製造行為を目的としていない、③判例上、児童ポルノに関する罪は、他の罪とは牽連犯にならないとされている、④住居侵入罪と児童ポルノ製造罪を牽連犯と認めた判例がないのに対し、これを否定した裁判例が複数ある、⑤牽連犯の成立を認めると、一事不再理効の範囲が広がりすぎる、などというものである。
そこで検討するに、児童の現在する住居等に侵入した上で、同所において、児童に性欲を興奮させる等の姿態をとらせて撮影等をするという犯罪類型は現実に存在しており、その場合、罪質上、住居侵入が児童ポルノ製造の手段として不可欠な関係が認められる。そして、被告人は、第4事件については元々幼児の裸体を撮影する目的で住居に侵入した旨自認するほか、第3事件も概ね共通する態様で敢行しており、特異な事情が事後的に生じるなどして撮影に至ったわけではないから、いずれの事件についても住居侵入を手段として児童ポルノ製造の犯行を行ったものということができる。そうすると、本件各事件の事実関係の下では、これらの事件について住居侵入罪と児童ポルノ製造罪の間に牽連性があるとした原判決の判断に誤りはない。
以上によれば、弁護人の前記①及び②の主張は採用できない。前記③について、所論指摘の事例は、児童ポルノ製造罪につき住居侵入以外の罪との関係で個別に牽連犯の成否を検討したもので、児童ポルノ製造罪がどのような罪とも一律に牽連犯にならない旨を判示したものでないことは明白である。前記④について、住居侵入罪と児童ポルノ製造罪の罪数について明示的な判断をした最高裁判例がないことは前記(1)と同様である。また、下級審では、結論として両罪を牽連犯としなかった事例があることは認められるが、牽連犯の成否は前述のとおり個別の事情をも勘案して決すべきところ、前記各事例における詳細な事実関係は明らかでないから、両者の関係を併合罪とした前記下級審の罪数処理が本件の場合に必ずしも妥当するということはできないし、もとよりそれらの判断が何らかの拘束力を有するものでもない。
以上のとおり、前記各所論はいずれも理由がない。
(3) いわゆるかすがい現象について
前記(1)でみたとおり、第2(1)及び(2)事件の住居侵入罪と準強制わいせつ罪及び強制わいせつ未遂罪をそれぞれ牽連犯とした原判決の判断に誤りはない。そして、第2(1)及び(2)事件の準強制わいせつ罪及び強制わいせつ未遂罪が併合罪の関係であるとしても、同一の住居侵入罪を介して全体が科刑上一罪となるとした原判決の判断にも誤りは認められない。
また、前記(2)で説示したとおり、第3、第4事件において住居侵入罪と児童ポルノ製造罪を牽連犯とした原判決の判断にも誤りはなく、強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪が併合罪の関係にあるとしても、同一の住居侵入罪を介して各々の強制わいせつ罪と児童ポルノ製造罪を含む全体を科刑上一罪とした原判決の判断に誤りはない。
所論は、①かすがい現象を認めると、新たな犯罪が加わるのに全体が科刑上一罪となる結果として処断刑が引き下げられるという不合理な事態が生じる、②児童ポルノ法7条4項の罪は、撮影者による事後の複製行為まで処罰範囲とするため、例えば、住居侵入をした上で強制わいせつと児童ポルノの製造(撮影行為)に及び、後に当該児童ポルノを複製して、このうちの複製行為のみで処罰された場合、かすがい現象により一罪となる強制わいせつが後から発覚しても起訴できないことになるなど、一事不再理効が予想外に広がり得る、などというものである。
しかし、前記①については、原審における求刑や宣告刑等をみても、第2ないし第4事件が全体として科刑上一罪とされたことにより、かすがい現象を認めなかった場合に比べてそれぞれの処断刑の上限が下がったとはいえるが、そのことによる支障が生じたことは全くうかがわれない。また、かすがい現象で所論指摘の不均衡が生じる面がある点は否定できないにせよ、これを採用しない場合は、同一の行為について法的評価を異にしたり(併合罪の関係にある複数の行為のうち、一つについてのみ住居侵入罪との牽連関係を認める場合)、一つの住居侵入行為を複数回評価したり(併合罪の関係にある複数の行為について、いずれも一つの住居侵入罪と牽連関係を認める場合)といった別の問題に直面するから、かすがい現象がおよそ不合理で、採用の限りではないとまではいえない。
次に、前記②については、やはり本件において所論のいうような問題が顕在化しているわけではない上に、強制わいせつ時点の撮影行為と、その後に時間を隔てて行われる複製行為とが必ずしも包括一罪と評価されるとは限らないから、所論の指摘する不合理性は、ただちにかすがい現象を否定すべき理由とはならない。
所論はいずれも理由がない。
(4) 小括
以上によれば、原判決の罪数処理が格別不合理であるとは認められず、法令適用の誤りの論旨は理由がない。
東京高等裁判所第2刑事部裁判長裁判官 大善文男
裁判官 大野 洋
裁判官 岡田龍太郎