被告人がAに写真を撮影させて送信させた行為は、一連一体の行為として、性欲を刺激、興奮又は満足させ、かつ、普通人の性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもので、Aの性的自由を侵害する行為であるといえる。津地裁r5.8.18
東京高裁とか岡山支部によれば「送信させ」はわいせつ行為ではありません。
津地方裁判所令和05年08月18日準強制わいせつ、児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律違反被告事件送信型
津地判令和5年8月18日D1-Law.com判例体系〔28313043〕
判決文
■28313043
津地方裁判所令和05年08月18日
検察官 瀧沢万由花
検察官 阪本英晃
弁護人 若林直樹(国選)主文
理由
(犯罪事実)
被告人は、
第1 B市●●●において●●●との屋号で美術教室を営むものであるが、同教室の生徒であった●●●(当時17歳。以下「A」という)が、かねてより被告人から希望の美術大学に合格するためには同人の指示に従わなければならない旨申し向けられ、その旨誤信して抗拒不能の状態であったのに乗じ、Aにわいせつな行為をしようと考え、
1 令和4年7月1日、前記美術教室内において、Aに対し、美術指導の一環と称し、「感じて描いた方がいい」などと申し向け、Aをして被告人から美術指導を受けられるものと誤信させ、Aの背後から両手を両脇に差し入れ、そのまま着衣の上から両乳房をなでまわしたりもんだりし
2 別表記載のとおり、令和4年7月24日頃から同年8月9日頃までの間に、三重県及びその周辺において、同人に対し、直接口頭で又は被告人の使用する携帯電話機のアプリケーションソフト「C」を使用し、Aの使用する携帯電話機に「明日から恥ずかしいポーズは全裸で撮りなさい」などと記載したメッセージを送信し、その頃、Aに了知させ、陰部、乳房等を露出した姿態を自ら静止画として撮影し、被告人が使用する携帯電話機に同静止画を送信するよう要求し、同年7月24日頃から同年8月10日午前8時13分頃までの間、同県内のA方等において、同人に前記要求に応じた姿態をとらせ、81回にわたり、これを同人に撮影機能付き携帯電話機で撮影させて、その頃、被告人が使用する携帯電話機に同静止画を送信させ
もって、Aの抗拒不能に乗じてわいせつな行為をした。
第2 Aが18歳に満たない児童であることを知りながら、前記のとおり送信させた前記静止画を、その頃、日本国内において、被告人が使用する携帯電話機で受信させ、さらに、令和4年8月24日午前9時47分頃、同国内において、いずれかの方法で、同静止画合計81点を電磁的記録媒体であるUSBメモリに記録させて保存し、もって衣服の全部を着けない児童の姿態であって、殊更に児童の性的な部位が露出され又は強調されているものであり、かつ、性欲を興奮させ又は刺激するものを視覚により認識することができる方法により描写した児童ポルノを製造した。
(証拠)
(事実認定の補足説明)
1 弁護人の主張は次のとおりであり、被告人は無罪という。
(1) 第1の1、2につき、Aは抗拒不能の状態ではなかった。
(2) 第1の1のわいせつな行為はしていない。
(3) 第1の2別表番号1、2の文言(旨)を言い又は送信していない。
(4) 第1の2、第2の別表番号1から6までの静止画のうち7枚は、陰部、乳房等が一部しか写っておらず、あるいは不鮮明であるから、それらの写真を撮影させ送信させた行為はわいせつな行為に当たらず、それらの写真は児童ポルノに当たらない。
(5) 第1の2、第2につき、行為そのものが持つ性的性質が不明確である上、芸術指導の目的で行ったことを踏まえると、第1の2の行為はわいせつな行為に当たらない。第2の行為は、前記事情に加え、静止画データの流出防止のために行ったことも踏まえると、正当業務行為であり違法性が阻却される。
2 次の事実は関係証拠によって明らかである。
(1) 被告人は本件当時B市内で美術教室を営んでいた。A(本件当時17歳)は令和3年11月頃から被告人の経営する美術教室に通い、美術大学受験のため被告人の指導を受けていた。
(2) 被告人は、令和4年6月18日(以下は令和4年の日付をいう)、Aに「誓約書 一、指導方針はおまかせします。一、指導方法に従います。一、指導をすべてのことに優先させます。一、このことは私の意思で行いますので、一切文句は言いません。」と記載した書面を作成させた。
(3) 被告人は、7月24日、Aをして、全裸、陰部、乳房の静止画(以下「写真」という)10枚を撮影させて送信させた。
(4) 被告人は、8月6日、Aをして、全裸、陰部、肛門の写真24枚を撮影させて送信させた。
(5) 被告人は、8月7日から10日までの間、第1の2別表番号3から6までのとおり、C(携帯電話機のアプリケーションソフト)でAに指示して、陰部、肛門、全裸(陰部、乳房等を露出した状況)、陰部、乳房等を露出して自慰行為する状況の写真47枚を撮影させて送信させた。
(6) 8月24日午前9時47分頃、前記(3)から(5)までのとおりAに送信させて受信した写真合計81点を、USBメモリに記録させて保存した。
3 Aは被害の経緯、状況等について次のとおり供述する。
(1) Aはかねて被告人から「このままではどの大学にも行けない」などと言われていたところ、6月18日頃、「希望する大学に行きたいならもっと指導を厳しくする」として、被告人に言われるままに、前記2(2)の誓約書を書いた。被告人はAに毎日の課題として、行動を逐一報告することなどのほか、Aの下着の写真を撮って送ることを要求した。被告人は「下着のしわや汚れを観察するとデッサンの観察力をつけられる。下着の形や柄のデザインも勉強になる」などとも説明した。被告人は、誓約書を書かせた後も、Aに対し、何度か、「指示に従わないなら指導をやめてもいいんやで」などと言った。
(2) Aは、被告人の要求に従い、6月下旬頃から7月上旬頃まで自分の下着の写真、6月下旬頃から8月上旬頃まで自分の下着姿の写真を撮影し、Cで被告人に送信した。さらに、被告人は、同年7月初め頃から、Aが忘れ物等をしたことの「罰」、「自分をさらけ出す練習」等として、Aの全裸姿の写真、陰部、肛門、乳房等を露出させた写真、更には自慰行為をする写真を撮影して被告人に送信するよう要求した。Aは前記2(3)から(5)までのとおり、被告人の要求に従ってそのような写真を撮影して被告人に送信した。
(3) Aは被告人の要求に疑問を感じたが、被告人の指導に従うとの誓約書を作成したし、希望する美術大学に合格するためには被告人の指導を受けなければならず、そのためには被告人の要求に逆らうことはできないと思い込み、嫌だったがやむなく要求に従っていた。
(4) 7月24日、美術教室の帰り際に、被告人から、「全裸で自分の見てもらいたい部位を写して送りなさい」と言われたことから、自分の全裸あるいは陰部、乳房を露出させた写真を撮影して被告人に送信した(第1の2別表番号1の事実)。
(5) 8月6日、美術教室が休みで午前8時頃まで寝ていたところ、被告人から、Cのチャット機能で、「休みだからといって8時まで寝ているのはだらしない奴隷だ」(「反省文を書きなさい」と言われ、返事が遅かったとして)「下腹部に『奴隷』と書いた写真を送りなさい」と言われ、それをすぐ実行できないと、全裸の写真を撮るよう要求され、全裸で色々なポーズを撮った写真を、更に「陰部の写真を送れ」、「できるだけ広げて撮るように」と言われ、陰部や肛門の写真を、それぞれ撮影して被告人に送信した(第1の2別表番号2の事実)。
(6) 7月1日、午後1時頃、美術教室で被告人と二人だけで居合わせ、Aが椅子に座ってデッサンをしていたところ、被告人が「感じて描いた方がいい」などと言い、後ろからAの両脇に両手を差し入れてくすぐった後、両手を胸の方に移動させ、両手のひらでベスト又はカッターシャツの上から両胸をなでまわしたり、中央に寄せたり、持ち上げたり、軽くもんだりした。すごく嫌な気持ちになったが、頭が真っ白になり理解できず、抵抗できなかった(第1の1の事実)。
4 A供述の信用性
(1)ア(ア) 前記2(3)から(5)までのとおり、被告人がAに撮影させ送信させて保管した写真には、Aの全裸姿、乳房、陰部、肛門を露出させた姿、自慰行為をする姿が撮影されている。それらは一見して性欲を刺激、興奮又は満足させ、かつ、普通人の性的羞恥心を害する内容のものといえる。
(イ) Aは、被告人の要求に応じて前記のような写真を自ら撮影し、その画像データを被告人に送信したのであるが、このような行為をあえてした理由について、前記3(3)のとおり具体的に納得できる説明をしている。A供述は前記2の事実と整合し、一見不自然、不可解なAの行動をよく説明し得るものである。前記3(4)から(6)までの供述内容も、具体的で、前記2の事実に照らし不自然、不合理でない(なお、前記3(6)の供述経過[二、三回目の取調べで初めて供述した。警察官から「他に何かされたか」と聞かれ、色々な性的被害の例を示されて、前記3(6)の被害を思い出して供述したという]も不自然とはいえない)。
イ Aの母親供述にある本件発覚、被害申告の経緯(Aは、8月上旬頃、泣きながら、母親に対し、「何をするにも逐一行動を報告するように命令される。下着の写真を送れと言われる。恥ずかしいポーズをとって自分の体とか送った」などと話した。母親は、Aが「大きなことにしたくない。塾に行っている子にも迷惑がかかる。私も悪いんじゃないの」などと言って渋るのを説得し、9月3日警察に相談に行った旨。甲10)に照らしても自然である。
ウ Aがありもしないうその話をして被告人を陥れる理由も見出し難い。
(2)ア 他方、被告人供述は次のようなものである。
Aに対し、美術の指導として、「服のコーディネートの写真や見てもらいたい写真を送りなさい。小さな変化を観察し、美しさを発見しなさい。身体を描く練習をしなさい。見えない所は写真を撮って描きなさい」などと指導したところ、Aは下着、下着姿、全裸の写真、更には乳房、陰部、肛門を露出させた写真、自慰行為をする写真を撮影して送信してきた。Aが続けてできることはそのようなことだけだったので、被告人はそれに合わせて第1の2別表番号3から6までの指示をした。乳房、陰部、肛門を露出させた写真は、Aが「恥ずかしくて絵が描けない」というので、被告人がAは何が恥ずかしいのかを理解するため、自慰行為をする写真は、Aが「気持ちいいとか感じるという感覚が分からない」というので、Aにそのような感覚を知ってもらうためのものだった。
イ しかしながら、被告人供述は前記2(5)の指示の内容(被告人が写真の内容を具体的に指示して送信するよう要求している)と整合しない。前記2(3)から(5)までの写真の内容(前記4(1)ア(ア)のようなもの)に照らしても、Aがこれらを自ら進んで撮影して被告人に送信したというのは不自然、不合理である。被告人供述は信用できない。
(3) A供述に反する被告人供述を踏まえても、A供述は十分信用できる。
5 A供述によれば、Aは本件当時前記3(3)のような状況にあり、被告人に対し反抗することが心理的に著しく困難な状態、すなわち、抗拒不能の状態にあったと認められる。また、A供述(前記3(4)から(6)まで)にあるとおり、被告人が第1の1のわいせつな行為をしたこと、第1の2別表番号1、2の文言(旨)を言い又は送信したことが認められる。
6 弁護人がその写真を撮影させ送信させた行為はわいせつな行為に当たらず、その写真は児童ポルノに当たらない(陰部、乳房等が一部しか写っていない。あるいは不鮮明である)という写真7枚(〈1〉甲32資料1写真番号15・甲33資料1写真番号6、〈2〉甲32資料1写真番号19・甲33資料1写真番号8、〈3〉甲32資料1写真番号77・甲33資料2写真番号12、〈4〉甲32資料1写真番号79・甲33資料2写真番号13、〈5〉甲32資料1写真番号81・甲33資料2写真番号14、〈6〉甲32資料1写真番号93・甲33資料2写真番号20、〈7〉甲32資料1写真番号97・甲33資料2写真番号22)は、いずれも陰部、肛門の全部又は一部が明白にそれと分かる程度に鮮明に撮影されている。それらの写真を撮影させ送信させた行為はわいせつな行為に当たり、それらの写真は児童ポルノに当たると認められる。
7(1)ア 被告人は抗拒不能の状態にあったAに要求し、その意思に反して、Aの全裸姿、乳房、陰部、肛門を露出させた姿、自慰行為をする姿の写真を撮影させた上、それらを被告人の携帯電話機に送信させ(それによって、被告人がそれらの写真を見ることができるだけでなく、被告人が管理・処分[第三者への拡散も含む]できる状態に置いたことになる)、更にUSBメモリに保存した。
イ 被告人は、前記4(2)アのとおり芸術指導のためだったというけれども、被告人供述によっても、前記アの行為が芸術指導としてどのような意味のあることなのか、合理的に理解することはできない。被告人供述はそれ自体として不自然、不合理であり、採用できない。被告人は性的な欲望や興味を満たすために前記アの行為をしたと認めるほかない(なお、仮に芸術指導として何らかの意味があるとしても、被告人が抗拒不能の状態のAに要求し、その意思に反してさせた行為は、Aの性的羞恥心を著しく害し、性的自由を侵害することが客観的に明らかで、社会常識に照らし到底容認できないと考えられる)。
(2) 以上のような、被告人がAに写真を撮影させて送信させた行為が持つ性的性質の有無及び程度に、その行為が行われた具体的状況、被告人の主観的事情も併せ考慮すれば、被告人がAに写真を撮影させて送信させた行為は、一連一体の行為として、性欲を刺激、興奮又は満足させ、かつ、普通人の性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するもので、Aの性的自由を侵害する行為であるといえる。
第1の2の行為はわいせつな行為に当たり、第2の行為は正当業務行為に当たらないと認められる。
8 第1の1、2のとおり準強制わいせつ罪、第2のとおり児童ポルノ製造罪が成立する。
(法令の適用)
罰条 第1の1、2 いずれも令和5年法律第66号による改正前の刑法178条1項、176条前段(第1の1、2別表番号1から6までは包括1罪)
第2 児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律7条4項、2項、2条3項3号
刑種の選択 第2 懲役刑を選択
併合罪の処理 刑法45条前段、47条本文、10条(重い第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重)
刑の執行猶予 刑法25条1項
訴訟費用の不負担 刑事訴訟法181条1項ただし書
(刑を決めるに当たり特に考慮した事情)
刑事部(裁判官 出口博章)