児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

公然わいせつ事件につき、立ち小便だったという弁解について、原判決の認定は,被告人が立っていた位置や陰茎を露出した目的について論理則,経験則等に照らし不合理な認定をしたことによるものであり,事実を誤認したものとして原判決を破棄して無罪とした事例(高松高裁h29.11.2)


 見せつけてない事案です。
 公然わいせつ罪のわいせつ行為,すなわち行為者の性欲を刺激興奮又は満足させる動作であって,普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する行為である





高松高裁平成29年11月 2日 
事件名 公然わいせつ被告事件
 上記の者に対する公然わいせつ被告事件について,平成29年7月11日徳島簡易裁判所が言い渡した判決に対し,被告人から控訴の申立てがあったので,当裁判所は,検察官野口勝久及び弁護人島内保彦(私選)出席の上審理し,次のとおり判決する。
主文
 原判決を破棄する。
 被告人は無罪。
 
 
理由

第1 論旨等
 原判決が認定した罪となるべき事実は,「被告人は,平成28年6月15日午後10時13分頃,徳島市〈以下省略〉の株式会社a・○○営業所西側路上において,同所付近を通行中の女性ら不特定多数の者が認識できる状態で,殊更に自己の陰茎を露出し,もって公然とわいせつな行為をした。」というものである。
 論旨は,被告人はわいせつ行為をしておらず,故意もなかったから,原判決には事実の誤認がある,また,原判決のわいせつ行為の解釈は広汎に過ぎ,法令適用の誤りがある,というのである。
第2 事実誤認の論旨について
 1 以下の事実は,関係証拠によって明らかである。
 すなわち,本件現場は片側3車線の国道の南行き車線に沿って,バス停留所のため車道が張り出した場所であり,車道に沿って幅4mの歩道が設けられている。同歩道には,車道が張り出した部分の中央よりもやや北側(道路沿いにある上記営業所の自動車出入口の北端に沿った地点の近く)の車道側の端に照明灯(以下「本件照明灯」という)が設置されている。本件照明灯の根元部分は,高さ150cm程度,幅と奥行は大人の肩幅前後の箱型で,これと車道との間に短いガードパイプがある。
 被告人は,本件の2分弱前にボックスタイプの軽自動車を運転して現場に至り,車道の張り出した部分に南向きに駐車して外に出た。被告人は,車道上において,同車の歩道側の横で,ズボン(前閉じのもの)とパンツを下げ,陰茎を露出した(以下「本件行為」という)。そこに,目撃者である女性2名が,上記歩道を南から北に向かい自転車で走行してきた。同女らは,被告人が陰茎を出した状態で立っていたのを目撃し,いったん通り過ぎてから,被告人車両のナンバーを確認し,交番に行って通報した。
 2 原判決は,各目撃者及び被告人の捜査段階の供述を根拠として,被告人が陰茎を露出した時間が少なくとも5秒間以上であったこと,各目撃者の正常な性的羞恥心が害されたことを認め,本件行為は公然わいせつ罪のわいせつ行為であると認めた。そして,原判決は,本件照明灯付近で立ち小便をするためにズボンを下ろしたという被告人の原審供述について,以下の点を指摘して,立ち小便の目的であったことを否定し,被告人には本罪の故意があったと認めた。
  ア 本件現場は片側3車線の国道であり,現場の明るさ,時間帯からも,立ち小便をすれば現認されるおそれが高かった。
  イ 被告人は,本件の約5時間後まで小便をしていないと供述しており,当時,尿意があったか疑問であるし,強い尿意ではなかったというのであるから,コンビニエンスストアのトイレや人通りのない場所を探す余裕があった。
  ウ 被告人が本件現場で立ち小便をするほど冷静さを欠いた状態であったとは思われない。
  エ 被告人は,捜査段階において,手で陰茎を包み隠すなどしていなかったと供述しており,陰茎を見られる可能性があることを認識していた。
 3 しかし,原判決の上記認定は是認することができない。
  (1) 目撃者の一人であるAは,本件当夜の実況見分に立ち会って,①初めて犯人を見た地点として,犯人まで約8mの地点(原審甲8号証の実況見分調書添付の現場見取図2の①地点)を,②もう一度犯人を見た地点として,犯人まで約5mの地点(同②地点)を指示した。そして,同人は,検察官調書(原審甲6)において,①地点で見たときは犯人が陰部を出していることには気が付かなかったが,②地点で犯人が陰部を出していることに気が付いたと供述し,犯人が立っていた位置については,電柱(本件照明灯)や柵のある場所ではなく,それよりも先の北側であったと供述している(もう一人の目撃者Bの供述調書には,犯人の位置についての具体的な供述はない)。
 しかし,上記実況見分調書によれば,①地点は前記営業所の自動車出入口の南端に沿った地点付近であり(原審甲8の現場写真2),土地家屋調査士作成の現況平面図(原審弁1)によれば,①地点から8mの距離にある地点は,同出入口の北端付近で,本件照明灯の付近であることが認められる。また,①地点からは,本件照明灯に隠れるため,その北側の歩車道の境界付近の見通しは悪く(原審甲12の写真3),Aが供述するように,被告人が本件照明灯の北側に立っていたとすると,①地点から被告人を目撃することは困難である(被告人が本件照明灯の西側すぐ横に立っていたとすれば,①地点から目撃可能である)。
 一方,被告人は,本件照明灯付近に車を止めようと思ったが,行き過ぎたので1mくらいバックして照明灯付近に停車したと供述している。そして,上記自動車出入口を撮影した防犯カメラ映像(原審甲15)には,Aらの自転車が通過する2分弱前に被告人車両が画面右端に現れて後退し,画面から消える場面が映っている。画面右端はこの自動車出入口の北端を映しており,そこは本件照明灯の近くであるから,防犯カメラの映像は,部分的ながら被告人の供述を裏付けている。
 これらの点に照らせば,被告人が立っていた位置についてのAの供述には疑問が残り,本件照明灯の西側すぐ横に立っていたという被告人の供述を排斥することはできない。
  (2) ところで,被告人が被告人車両の歩道側の横に立っていたことは,各目撃者と被告人が一致して供述するところであり,被告人車両は比較的背が高い。前記のとおり,本件照明灯の根元部分は箱型で,その高さは150cm程度で肩幅前後の幅と奥行きがあり,その陰に人体が隠れる大きさである。そして,被告人の供述によれば,被告人は本件照明灯の方を向いて立ち,Aの供述によっても,南方(Aが来た方向)に45度くらい向いていたというに止まる。
 また,本件の当時は午後10時過ぎという時間帯で,前記防犯カメラの映像上,自動車の通行は多いが,歩道の人や自転車の通行は少なかったと認められる(なお,原審甲13によれば,平成29年3月15日午後10時30分から10分間の通行量は,南向き車線の車両が152台,本件歩道上は自転車3台,歩行者1人)。
 このような現場の状況(通行量を含む)において,被告人が被告人車両と本件照明灯の間に立っていたというのであれば,被告人が供述するところの,人が来ないようだったので立ち小便をしようとしたという行動は,非常識とはいえ,また,照明の下でそのようなことをするのかという疑問は残るものの,必ずしも不合理として否定することはできない。各目撃者も,被告人のいた所を通り過ぎたときにごく短時間,被告人がズボンを下げていて,陰部を出していたのを目撃したと供述するに止まり,陰部を第三者に殊更見せつけるような動きをしたことなど,被告人の上記供述を否定する事情は述べていない。原判決は,前記2アないしエの理由を示して被告人の供述を排斥しているが,アについては被告人が立っていた位置の検討を踏まえたものではなく,イないしエについても有力な根拠とはいえず,その説示には説得力がない。
  (3) 以上によれば,立ち小便をする目的であったという被告人の供述を排斥することはできない。そうすると,被告人が被告人車両と本件照明灯の間に立って立ち小便をしようとしたことを前提とすべきことになるが,これに加えて,目撃者の供述によっても,被告人が殊更陰茎を見せつける動作をしたとは認められないこと,被告人は,自転車が通ったのですぐにズボンを上げたと供述し,現に被告人車両はAらが通行した1分36秒後に走り去ったこと(防犯カメラ映像)を考慮すると,被告人の本件行為については,できるだけ目立たない形で立ち小便をしようとしたものに過ぎないのではないかという合理的な疑いがある。本件行為をもって公然わいせつ罪のわいせつ行為,すなわち行為者の性欲を刺激興奮又は満足させる動作であって,普通人の正常な性的羞恥心を害し善良な性的道義観念に反する行為であると認めた原判決の認定は,被告人が立っていた位置や陰茎を露出した目的について論理則,経験則等に照らし不合理な認定をしたことによるものであり,事実を誤認したものである。
 事実誤認の論旨は理由がある。
第3 破棄自判
 よって,法令適用の誤りの論旨について判断するまでもなく,刑事訴訟法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,当裁判所において自判することとし,被告事件については前記のとおり犯罪の証明がないから,同法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをすることとして,主文のとおり判決する。
 高松高等裁判所第1部
 (裁判長裁判官 半田靖史 裁判官 新崎長俊 裁判官 延廣丈嗣)