刑事では無罪、民事では有罪みたいです
【判例番号】 L06620193
損害賠償請求控訴事件
【事件番号】 名古屋高等裁判所判決/平成22年(ネ)第278号
【判決日付】 平成23年4月14日
【掲載誌】 LLI/DB 判例秘書登載
第2 事案の概要(以下,略称は原則として原判決の表記に従い,原判決の記載箇所を適宜示す。)
1(1) 本件は,被控訴人(昭和49年○○月○○日生)が,平成18年7月24日に当時17歳9か月であったA子と性行為をしたこと(本件性行為〔原判決2頁20行目〕)について,18歳未満の青少年の健全育成を目的とする愛知県青少年保護育成条例(本件条例〔同2頁22行目〕)29条1項,14条1項(本件規定〔同2頁23行目〕)違反の罪により逮捕,勾留,公訴提起され,その後,その事件(本件被告事件〔同2頁24行目〕)について無罪判決が確定したところ,被控訴人が,①控訴人県所属の警察官が違法な逮捕状の請求(本件逮捕状請求〔同5頁4行目〕)及び逮捕(本件逮捕〔同5頁24行目〕)をし,被控訴人の弁解を供述調書(本件各員面調書〔同7頁24行目〕)に記載せず,かえって同人の意思に反する自白の文言を原判決別紙8(一覧表2〔同11頁21行目〕)のNo.1ないし6欄の各書類(員面調書)に作文して同人に署名・押印させたとして,②控訴人国所属の検察官が違法な勾留請求(本件勾留請求〔同6頁22行目〕)及び勾留状の執行(本件勾留状執行〔同7頁5行目〕)並びに公訴提起(本件公訴提起〔同8頁17行目〕)をし,被控訴人の弁解を供述調書(本件各検面調書〔同8頁8行目〕)に記載せず,かえって同人の意思に反する本件被疑事実(同2頁25行目)に沿う文言を一覧表2のNo.7ないし12欄の各書類(検面調書)に作文して同人に署名・押印させたとして,控訴人らに対し,国家賠償法1条1項に基づき,連帯して,慰謝料500万円及びこれに対する不法行為後の平成19年6月7日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。第3 当裁判所の判断
当裁判所は,原判決と異なり,被控訴人の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は以下に記載のとおりである。
1 「いん行」の意義について
(1) 本件規定は,「何人も,青少年に対して,いん行又はわいせつな行為をしてはならない」と規定しているところ,「いん行」の意義については,福岡県青少年保護育成条例違反事件に関する昭和60年大法廷判決(原判決13頁9行目)が判断しており,この法理が本件条例にも及ぶと解されることは,原判決13頁の(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。
(2) 昭和60年大法廷判決について
昭和60年大法廷判決が判断する「いん行」の意義の具体的内容及びその理由等は,原判決13頁から15頁までの(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。
すなわち,昭和60年大法廷判決は,「いん行」とは広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく,①青少年を誘惑し,威迫し,欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為(第1形態の性行為)のほか,②青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交又は性交類似行為(第2形態の性行為)をいうものと解される旨判示している。
(3) 第2形態の性行為について
原判決16頁から18頁までの(3)に記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,同17頁18,19行目の「とし,」から21行目の「(同・58頁)。」までを「としている。」と改める。)。
すなわち,第2形態の性行為に該当するためには,「結婚を前提としない性行為」であることが必要であるが,結婚する意思がなければ直ちに「いん行」に該当するというのではなく,昭和60年大法廷判決が具体的判断要素として挙げている,当時における両者のそれぞれの年齢,性交渉に至る経緯,その他両者間の付合いの態様等の諸事情を考慮して,健全な常識を有する一般社会人の立場から判断する必要がある。
2 認定事実(補足説明を含む。)
(1) 証拠(甲1,24,30ないし37,43,44,49ないし51,乙イ1,3,乙ロ1,4の1・2,原審証人C,原審証人D〔原判決6頁17行目〕,原審被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると,本件性行為及び本件申告(同3頁24行目)に至る経緯等について,以下の事実が認められる(補足説明は後記(2)に記載)。
ア 被控訴人とA子の年齢等
被控訴人は,本件性行為時,31歳の会社員であり,平成15年6月27日に結婚した妻と1歳になる子供がおり,妻は妊娠していた。被控訴人は,A子と初めて性行為をした後,平成18年6月終わりころ,妻が妊娠した事実を知った。
A子は,本件性行為時,17歳9か月の高等学校の生徒であり,被控訴人と初めて性行為をするより前にも性行為の経験があった。
イ 本件性行為に至るまでの経緯及び付合いの態様
(ア) 被控訴人は,平成18年2月,勤務するB社が経営する飲食店(以下「本件店舗」という。)に副店長として異動になった際,本件店舗でアルバイトをしていたA子と知り合った。
被控訴人は,平成18年4月ころ,勤務の空いた時間にA子と話す機会が多くなったところ,A子は,被控訴人に対し,仕事や学校の話をしたほか,A子の母が2回離婚し,当時,別の男性と交際していること,母とけんかをした際に,施設に入ったらとか,出て行けなどと言われたことなどを話し,また,A子が過去に付き合っていた男性の話や,当時,A子にしつこくつきまとっている男性の話や相談をするうちに,次第に被控訴人と親しくなっていった。
被控訴人は,当初,A子に対し,特別な感情を有していなかったものの,A子の顔も雰囲気も自分の好みのかわいい子であると感じ,A子の仕事ぶりを見て,あるいは話をして親しくなるにつれ,A子に次第に好意を持つようになった。
A子は,被控訴人が一緒にいて楽で,波長が合うタイプであると感じ,被控訴人に自然に惹かれていった。
(イ) 被控訴人は,平成18年4月ころ(認定理由は後述),A子から見たい映画があると言われ,A子と共に映画を見に行くことになり,A子と携帯電話のメールアドレスを交換し,後日映画を見に行く日を決めた。
被控訴人は,同年4月末ないし5月初めころの仕事が休みの平日(認定理由は後述),A子が学校を終わった後,A子の自宅の近くまで車で迎えに行き,A子と共に映画を見に行った。被控訴人は,映画の後,A子を車で送って帰る途中,A子に対して了解を求めた上で,A子と初めてキスをした。
なお,A子は,同月初めころ,A子の母に対し,被控訴人から付き合ってほしいと言われていることを話したところ,A子の母から,普通に友達として付き合うのは良いが,肉体関係になってはだめと言われていた。
(ウ) 被控訴人とA子は,その後,携帯電話のメール交換により,今度いつ会うといった連絡のほか,仕事の些細な話や趣味の合った音楽の話などを通じてお互いの感情を伝え合うようになり,メールの回数も徐々に増え,また,ドライブデートなどをし,キスの回数も多くなり,お互いに好きだという話をして,感情が盛り上がり体を触れ合うこともあった。
また,被控訴人とA子は,休みがなかなか合わなかったため,A子がアルバイトの日を削るなどして2人で会う時間を作っていた。
(エ) 被控訴人は,A子と何回かデートをした後,同人に対し,気持ちが高ぶっており性行為をしないかとメールで尋ねたところ,まだ早いとの返事であったが,その後A子に対し,正式にA子と付き合っているつもりでいる旨の話をして性行為の同意を得たため,日程を調整し,平成18年5月11日(認定理由は後述),本件ホテル(原判決3頁16行目)でA子と性行為をした。
(オ) 被控訴人とA子は,その後,平成18年5月31日,同年6月8日,同月19日,同月26日,同年7月5日,同月17日,本件ホテルで性行為をした(認定理由は後述)。被控訴人とA子は,本件ホテルで,30分くらいテレビを見たり話をしたりすることもあり,性行為が終わった後は,他愛もない会話をし,ホテルを出ると途中で食事をするなどして,被控訴人は,A子を同人の自宅まで送っていた。被控訴人とA子は,性行為を持つようになった後も,性行為をするだけではなく,ドライブや映画に行くなどのデートをし,ホテルに行った帰りに食事をすることもあり,2人でディズニーランドに行くという約束もしていた。
なお,A子の母は,同年6月に入ったころには,A子が被控訴人の話ばかりをするようになり,A子が被控訴人と肉体関係になっているのではないかと心配するようになっていた。
(カ) 被控訴人は,平成18年7月24日にA子と会って本件ホテルに行く約束をしていたため,本件店舗での仕事のシフトを調整し,同日午後7時ころ,A子を車で迎えに行き,すぐに本件ホテルに向かい,同日午後8時30分ころ,本件ホテルの210号室において,A子と性行為(本件性行為)をした。
被控訴人とA子が本件ホテルを出た後,A子は,同日午後10時30分ころ,A子の母に,被控訴人と遠くまでドライブをしているので帰りが遅くなる旨のメールを入れたところ,A子の母から電話で,すぐに帰宅するように言われたため,被控訴人は,A子を同人の自宅に送った。
ウ 本件申告に至る経緯等
(ア) A子の母は,平成18年7月24日,前記イ(カ)の経緯でA子が帰宅した際,被控訴人とA子との交際状況に不審を持ち,A子を問いただしたところ,A子が被控訴人との性行為の事実を認めたため,被控訴人を呼び戻した。
被控訴人は,A子の母及び同人の交際相手(以下「A子の母ら」という。)から問いただされ,A子との性行為の事実を認めて謝罪し,A子の母は,被控訴人に対し,二度とA子に近づかないように求めた。その際,A子の母は,A子に対して暴力を振るい,A子の母の交際相手と共に被控訴人に対しても暴力を振るい,被控訴人に全治2週間の顔面打撲の傷害を負わせた。
(イ) A子の母らは,被控訴人がA子との関係を絶つ旨の発言をしたものの,平成18年7月24日午後11時過ぎころ,A子と共に本件店舗に向かい,本件店舗の店長(以下「店長」という。)に抗議した。店長は,A子の母らの要求が,被控訴人の勤務先に対し,暗に金銭の支払を要求するものであり,店長の一存で決められることではなかったため,一度上の人間と相談する旨返答した。
被控訴人の勤務先のマネージャーは,2ないし3日後,A子の自宅を訪れ,A子の母らに被控訴人を異動させることなどを告げたものの,金銭の支払についてはプライベートの問題であるとして要求を拒絶した。
A子の母らは,同マネージャーの対応に納得せず,被控訴人を連れて再度謝罪に来るよう要求した。同マネージャーが,約1週間後,被控訴人を含めて3名でA子の自宅を訪問し,被控訴人と共に謝罪したものの,A子の母らは,被控訴人や被控訴人の勤務先の態度に誠意がみられないとして,A子の母らの主導により瀬戸署に本件申告をするに至った。
エ 被控訴人及びA子の認識等
被控訴人は,職務上,A子と知り合った当初から,A子が17歳であることを知っており,A子も,被控訴人に妻と子供1人がいることを知っていた。A子は,被控訴人とは,年齢も離れているし,被控訴人が結婚して妻もいることを知っていたので,結婚することは考えておらず,被控訴人も,妻や子供と別れてA子と結婚することを考えておらず,A子に対しても妻と離婚するつもりはない旨を告げていた。
また,被控訴人は,A子に対し,性行為の対価として,金銭を渡したことはなく,A子を騙して同人と性行為に至ったという事実もなかった。
(2) 補足説明
ア 被控訴人は,平成18年5月ころからA子との交際を開始し,同月末ないし同年6月初めころ,A子と初めて性行為をするようになった旨を司法警察員に対する供述調書(甲33)及び公判供述調書(甲36)等で供述している。
しかし,被控訴人の本件ホテルの利用状況を捜査した捜査報告書(乙ロ4の1)によれば,平成18年5月11日から同年7月24日までの8回にわたり,前記(1)イ(エ)ないし(カ)のとおり,被控訴人が本件ホテルを利用しており,上記のとおり被控訴人がA子と本件ホテルで性交渉を行ったことが認められる。そして,被控訴人とA子との最初の性交渉が,上記のとおり同年5月11日と認められることなどからすると,被控訴人とA子が初めて映画に行った日(交際を開始した日)は,同年4月末ないし同年5月初めころと認められる。
イ 被控訴人は,前記(1)エに関し,妻に対しては愛情はないとか,A子と恋愛関係にあったとか,A子に夢中であったとか供述し,あるいはその旨を陳述書に記載する(甲37,44)。しかし,子細に検討すると,本件性行為がA子の母らや被控訴人の妻に発覚後の被控訴人の気持ちとそれ以前の感情とを正確には区別せずに供述しているのであり,加えて,本件検面調書(甲34,35)の内容に異議がなかったと認められる(原審被控訴人本人36頁)のである。したがって,本件性行為時の気持ちとして上記の供述内容どおりであったとの趣旨であるとすると,上記供述は採用することはできない。
3 本件逮捕状請求及び本件逮捕の違法性の有無について
(1) 判断基準
標記については,原判決25頁から26頁までの(1)に記載のとおりであるから,これを引用する。
すなわち,逮捕状請求及び逮捕は,刑事事件において無罪の判決が確定したというだけで直ちに違法になるものではなく,逮捕状請求及び逮捕状による逮捕の各時点において,犯罪の嫌疑について相当な理由があり,かつ,必要性が認められる限りは適法であり,反対に警察官が現に収集した証拠資料及び通常要求される捜査を遂行すれば収集し得た証拠資料を総合勘案して,その各時点で,犯罪の嫌疑についての相当な理由及び逮捕の必要性に関する合理的根拠が客観的に欠如している場合には,違法になると解するのが相当である。
(2) 本件警察官らが把握していた事実
標記については,原判決26頁から29頁までのイに記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,27頁20行目の「(ただし」から23行目の「うかがわれる。)」までを削除する。)
すなわち,本件逮捕状請求時及び本件逮捕時において,本件警察官らの把握していた事実は,本件性行為当時,被控訴人が31歳の会社員で,A子が高校生(17歳9か月)であったこと,被控訴人とA子は被控訴人が副店長をしていた本件店舗でA子がアルバイトとして働いていたことで知り合い,被控訴人とA子とが初めてデートをしてから1か月余り(実際には約2週間程度〔前記2(1)イ(イ)ないし(エ)〕)で性行為に至り,本件性行為までの間に少なくとも4ないし5回の性行為を持ったこと(実際には平成18年5月11日から同年7月24日までに8回〔前記2(1)イ(エ)ないし(カ)〕),被控訴人には妊娠している妻と1歳になる子供がおり,A子と婚姻する意思はなく,A子も被控訴人とは婚姻する意思はなかったことなどであったと認められる。
(3) 違法性の有無
ア 判断
(ア) 犯罪の嫌疑の有無
前記(2)によれば,被控訴人には妻があるから,被控訴人とA子との性行為は,単に成人と18歳未満の青少年との性行為というにとどまらず,被控訴人の妻に対する関係で民事上不法行為を構成する違法行為であり,このような関係を継続すれば,A子において被控訴人の妻から損害賠償を請求され得るのであり,双方独身(あるいは婚姻関係が破綻している場合)の恋人同士の関係とは質的に明らかに異なっているところ,31歳の社会人で妻子のある被控訴人は,被控訴人とA子とがこのような関係であることを理解していたばかりか,妻と離婚してA子との婚姻に発展することは望んでいなかったと認められる。そして,被控訴人は,A子がアルバイトとして働く店舗の副店長という立場でA子を管理監督する立場にあり,その職務上もA子との関係が一定範囲から逸脱しないようにすべき立場にあった。他方で,A子は高校生であり,前記(2)のとおり,被控訴人と婚姻に発展することは望まないが,被控訴人が真剣に付き合うというのであれば妻子があっても性的関係にも同意するというのであり,被控訴人との交際の社会的・法的意味の理解は十分でなく,被控訴人の真剣度に関心があったと認められる。したがって,被控訴人は,上記のとおりその身分的・雇用関係上の立場を顧みることなく,被控訴人との性行為が法的にいかなる意味を持つかを十分に理解していない18歳未満のA子との間で本件性行為に至ったということができる。殊に本件においては,被控訴人がA子と初めてのデートをしてからわずか1か月余り(本件警察官らの認識。実際には約2週間程度)で性行為に至っており,本件性行為までの2か月弱の間で少なくとも4ないし5回(本件警察官らの認識。実際には8回)の性行為を持っている。このような場合,本件規定にいう「いん行」のうち,昭和60年大法廷判決がいう第2形態の性行為に当たる蓋然性が高いということができる。