児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

<野球部バス事故>1審判決不服、大分地検が控訴→禁錮2年6月執行猶予3年(福岡高裁H24.12.19)

 公務員は執行猶予付きでも失職になるので、罰金刑を求める弁護活動をすることがありますが、そういうことは重視しないという判例があって、厳しいところです。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120808-00000071-mai-soci
被告(50)を罰金100万円(求刑・禁錮2年6月)とした1審大分地裁判決を不服として福岡高裁に控訴した。地検は「他の判例の量刑との均衡を欠いている」としている。
。。。
 自衛官禁錮以上の刑確定で失職となる。このため、弁護側は罰金刑適用を求め保護者ら2万455人も減刑嘆願書を提出していた。

判例番号】 L06720754
自動車運転過失致死傷被告事件
福岡高等裁判所判決平成24年12月19日

【掲載誌】  高等裁判所刑事裁判速報集平成24年263頁
       LLI/DB 判例秘書登載

       主   文

 1審判決を破棄する。
 被告人を禁錮2年6月に処する。
 この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

       理   由

 第1 検察官の控訴理由(量刑不当)
 本件控訴の趣意は,検察官田中宏明作成の控訴趣意書記載のとおりであるから,これを引用するが,要するに,被告人を罰金100万円に処した1審判決の量刑は,罰金刑を選択した点で軽過ぎて不当であるというものである。
 第2 弁護人の答弁
 弁護人の答弁は,主任弁護人安部茂,弁護人小野裕佳共同作成の控訴答弁書記載のとおりであるから,これを引用するが,要するに,検察官の控訴には理由がないというものである。
 第3 控訴理由に対する判断
 本件は,大分県立高校の野球部員の保護者であった被告人が,全国高校野球選手権大分大会の開会式等が終わった後,同野球部の監督や部員などが乗った中型乗用自動車(マイクロバス。以下「バス」ともいう)を運転して学校に戻っていた際,大分自動車道を時速約90キロメートルで進行中に眠気を催し,前方注視が困難な状態になったのであるから,直ちに運転を中止すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,上記状態のまま運転を継続した過失により,同自動車道を時速約80キロメートルで進行中に仮眠状態に陥り,前方を同一方向に進行中の大型トラックの後方直近に迫って同車に気付き,右転把するも及ばず,バス左前部を上記大型トラックの右後部に衝突させ,バスの助手席に同乗していた野球部の監督で高校教員でもあったA(当時44歳)に脳挫傷等の傷害を負わせて死亡させたほか,上記大型トラックの運転手B(当時50歳)ほかバスの同乗者5名に対しそれぞれ傷害を負わせた,というものである(具体的な傷害の内容,程度は,濱が加療約125日間を要する頸椎捻挫,バスに同乗していた高校教員C(当時34歳)が加療約117日間を要する左股関節後方脱臼等,同じく同乗していた野球部マネージャーD(当時17歳)が全治74日間を要する左母指末節骨骨折等,同野球部マネージャーE(当時17歳)が加療約7日間を要する頭部打撲傷等,同部員F(当時16歳)が入院加療11日間を要する右大腿打撲傷等,同部員G(当時17歳)が加療約7日間を要する頭部打撲等である)。
 1審検察官は禁錮刑(禁錮2年6月)を求刑したのに対して,1審弁護人は被告人が自衛官であり,禁錮以上の刑に処せられるとその資格を失うことになること(自衛隊法38条2項,1項2号)などを理由に罰金刑を求めた。
 これに対して,1審判決は,被告人の過失の程度は大きく,生じた結果も重大であるが,とりわけ被告人が眠気を押して運転したことについて,被告人1人を責めることはできず,その過失については一定の酌むべき事情が認められ,被告人に有利に斟酌することのできる事情に照らせば,本件は直ちに禁錮刑を言い渡すべき事案とはいえず,執行猶予付きの禁錮刑を選択すべきか罰金刑を選択すべきかの量刑上の限界的事案ということができるとし,被告人が禁錮以上の刑に処せられると自衛官としての資格を失うこととなるという社会生活上の不利益を考慮すれば,執行猶予付きの禁錮刑ではなく,罰金刑を選択するのが相当であると判断し,被告人を罰金100万円に処した。
 しかしながら,罰金刑を選択した1審判決の量刑は軽過ぎて不当であり,是認できない。以下,理由を説明する。
 本件では,上記のとおり,被告人が公務員であり,禁錮以上の刑を受ければ失職するという不利益を被ることをどのように斟酌するかが問題となるところ,1審判決は,「自動車運転過失致死傷罪においては,基本的には過失の程度の大きさと生じた結果の重さによって禁錮刑を選択すべきか罰金刑を選択すべきかが決せられるものといえ,禁錮以上の刑に処せられることにより被告人が必然的に職を失うという事情は,執行猶予付きの禁錮刑を選択すべきか罰金刑を選択すべきかの量刑上の限界的事案に限って考慮することの許される事情というべき」と説示しており,1審判決のこのような判断の仕方は相当なものとして是認できる。
 そこで,本件が過失の程度,結果の重大性等の犯情に照らして,上記「量刑上の限界的事案」に当たるという1審判決の判断が是認できるかどうかについて検討する。
 まず,過失の程度については,1審判決も指摘するとおり,被告人は,バスを運転して高速道路を時速約80キロメートルないし90キロメートルの相当な高速度で進行しており,しかも,バスには被告人のほかに教員,生徒合計25名が同乗していたのであり,本件当時の高速道路の交通量も少なくなかったと認められるのであるから(実況見分調書(1審甲3)によれば,本件当日は土曜日で快晴であったため,通行車両はやや多い状態であったとされている),ひとたび運転中に仮眠状態に陥れば,制御されなくなった自動車が他の車両や道路脇のガードレール等に衝突するなどして人の死傷という重大な結果を伴う事故が起きることは容易に予見できたといえる。また,被告人が眠気を覚えたのは運転を開始してからおよそ40分経過した時点であり(1審乙4),学校到着まではいまだ30分程度は運転を続けなければいけない可能性があったことを考えると(1審甲40添付の平成23年6月27日付け「学校管理自動車利用許可願」によれば運転時間は1時間10分となっている),その間に仮眠状態に陥る危険性は高く,そのことを認識することも可能であったと認められる。他方で,そのような事故を回避するためには,バスを停車させて休憩を取るなどの眠気を解消する措置をとることが必要であったところ,被告人が眠気を覚えた地点以降にも高速バスの停留所や路肩などバスを停車することが可能な場所があり,そのことを被告人も知っていたと認められるのであるから,事故を回避することは十分可能であったといえる。それにもかかわらず,自分の眠気を重く受け止めず,到着までは相当時間の運転が必要であった学校まで運転できると安易に考えて運転を継続した被告人の過失の程度は,1審判決も説示するとおり,重いというほかない。
 この点,①弁護人は,路肩への停車は法律上の障害はなくても,一般人は危険な行為と認識しているのであるから,実際に停車を選択することはできなかったと主張し,②1審判決は,被告人のために酌むべき事情の中で,保護者である被告人にはバスの行程等について裁量はなく,学校に戻った後も野球部の練習が予定されており,自身の都合や判断により休息等を取り難い状況であった旨説示している。
 そこで,これらの事情が,過失(とりわけ結果回避の可能性)の程度にどの程度影響を与えるかについて検討すると,まず,①については,上記のとおり,重大な事故回避のためには路肩のような場所への停車が求められることもあるのであり,本件では路肩以外にも高速バスの停留所も存在していたのであるから,弁護人の指摘する事情は,被告人の過失の程度を大きく軽減するものとはいえない。また,②については,確かに,学校とどこの間を往復するかという行程についてはあらかじめ決まっていたことから,被告人がその行程を変更する裁量は有していなかったといえるものの,学校への到着時間は特段決まっておらず(上記「学校管理自動車利用許可願」によれば運転時間は1時間10分となっているが,これはあくまで運転時間の見込みを記載したに過ぎず,記載された運転時間の厳格な遵守が求められていたとは解されない),進行速度,休憩の有無などの自動車の具体的な運行については,実際に自動車を運転する者の裁量に委ねられていたと考えられる。そうすると,たとえ休憩を取ることについて心理的な抵抗があったとしても,最優先とされるべき安全の確保のために,自らの判断に基づいて,あるいは同乗していた教員らに相談の上バスを停車させるべきだったといえ,それを行わずに運転を継続した点は非難を免れない。したがって,②の点も被告人の過失の程度を大きく軽減する事情とまではいい難い。
 さらに,被告人が,眠気を覚えた理由には,炎天下で行われた開会式等に参加した疲労や食後に生じる生理的な睡魔があり,加えて同乗者が眠り,会話もない静かな状態で運転したことも影響していると考えられ,これらは眠気を覚えたことについて被告人に特段責められるべき事情がないという意味で経緯として斟酌することのできる事情ではあるものの,眠気を覚えながら運転を中止しなかった点こそが問題であって,上記事情が被告人の過失の程度を大きく引下げる要素とまではいえない。
 次に,結果の重さについてみると,死亡者が1名,傷害を負った者が6名(しかも傷害の程度が重い被害者も数名いる)という結果は重大である。特に,亡くなったAが被った肉体的苦痛,無念さは察するに余りあり,夫であり父親であった同人を突如無くした遺族が被った精神的苦痛も大きかったと推察される。そうすると,結果も重いというほかない。
 ここで,被害者らの落ち度についてみると,まず追突された大型トラックについては,弁護人は,大型トラックの運転手が法定最低速度を下回る速度で進行していた可能性がある以上,同運転手に落ち度がなかったとはいえないと主張するが,法定最低速度を下回っていたとしてもその程度は小さく,1審判決も指摘するとおり,同運転手が急停止するなどの危険な運転をしたわけでもなく,上り坂に差し掛かり車両の性能もあいまって速度が徐々に下がったというにとどまることから,同運転手に落ち度があったとまではいえない。また,バスの同乗者についても全員がシートベルトを着用して座っており,落ち度はなかったといえる。
 弁護人は,学校管理自動車の運用基準(1審甲40添付資料②。大分県教育委員会作成)によれば,運転者が保護者等の場合は必ず教職員が同乗するように定められていることなどから,生徒輸送中の指導監督,管理についても教員が行うものと解され,同乗していたAも運転者として登録されていた(同添付資料③)ことから,同人にも運行上の責任があった旨主張する。
 確かに,バスに同乗していた教員らは,学校管理自動車の運行管理に関する要綱(「学校管理自動車取扱要綱」,同添付資料②。同教育委員会作成)上はバスの運行に責任を負っていなかったとはいえ,引率者としての立場にあったのであるから,生徒の安全を確保するためにも,運転中の運転手にも気を配ることが望ましかったといえる。
 しかしながら,被告人の運転に配慮せず,車内で睡眠を取っていた(あるいは黙って座っていた)に過ぎない教員らには,本件事故の予見可能性がなかったのはもとより,教員らは,生徒全員にシートベルトをするように指導を行うなど日頃から生徒の安全を確保しようと努めていたと認められることからも,教員らに落ち度と同視し得る程度の責められるべき事情があったということはできない。
 そうすると,弁護人の指摘する事情が,被告人の過失の程度,あるいは結果の重大性を大きく軽減する事情とはいえない。
 以上の過失の程度,結果の重大性等の犯情に照らせば,被告人の刑事責任は到底軽視することができない。そうすると,本件は,刑期をどの程度にするか,あるいは執行猶予を付すかどうかについては,他の一般情状を踏まえながら更なる検討が求められるとしても,禁錮刑の選択自体はやむを得ない事案であって,1審判決が説示するような,執行猶予付きの禁錮刑を選択すべきか罰金刑を選択すべきかの検討が求められる「量刑上の限界的事案」ということはできない。
 したがって,罰金刑を選択した1審判決は,軽過ぎて不当というほかない。
 検察官の主張には理由がある。
 第4 破棄自判
 そこで,刑訴法397条1項,381条により1審判決を破棄した上,同法400条ただし書を適用して,更に次のとおり判決する。
 1審判決が認定した(罪となるべき事実)に1審判決挙示の法令を適用し(科刑上一罪の処理を含む),所定刑中禁錮刑を選択し,その所定刑期の範囲内で,上記第3に記載した事情に加えて,被告人が過失を認めて真摯な反省の態度を示し,慰謝に努め,Aの遺族及びDとの間でも賠償金が支払われて示談が成立し,遺族も被告人の処罰を特に望んでいないこと,それ以外の傷害を負った被害者らに対しても見舞金が支払われ,任意保険による賠償により示談が成立する見込みがあり,多くの被害者が被告人の寛大な処分を望んでいること,被告人に前科がないことなどの情状を考慮し,被告人を禁錮2年6月に処し,情状により刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予することとし,主文のとおり判決する。
  平成24年12月19日
    福岡高等裁判所第3刑事部
        裁判長裁判官  陶山博生
           裁判官  中村光一
  裁判官西崎健児は差し支えのため署名押印できない。
        裁判長裁判官  陶山博生