児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者性交・不同意性交・不同意わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録・性的姿態撮影罪弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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「京都府児童ポルノの規制等に関する条例案に対する意見書」(2011年9月30日)

http://www.kyotoben.or.jp/siritai/menu/pages_kobetu.cfm?id=592
京都府児童ポルノの規制等に関する条例案に対する意見書」(2011年9月30日)
2011年(平成23年)9月30日
京都府知事   山 田 啓 二 殿
京都府議会議長 近 藤 永太郎 殿
京都府議会 各議員団  御中
京 都 弁 護 士 会 
会長 小 川 達 雄

京都府児童ポルノの規制等に関する条例案に対する意見書
意見の趣旨
1 京都府は、児童ポルノ対策として、刑罰の新設ではなく、児童ポルノが人権侵害であることの教育・啓発や被害児童等に対するケアに力を注ぐべきである。
2 規制対象としての児童ポルノの定義を明確かつ限定的なものにすべきである。
3 廃棄命令は、誤った命令や濫用の危険性があるので、導入すべきではない。
4 立入調査等の規定は、誤解を招くおそれが高いので、削除すべきである。
5 十分な期間をかけて改めてパブリックコメント手続きを取り、その結果を集約・公表した上で府議会での審議をすべきである。



意見の理由
1 京都府が行うべき児童ポルノ対策〜刑罰規制よりも教育・啓発やケアを
  実在する子どもを被写体とする児童ポルノは子どもの性的虐待の記録であり、子どもに対する人権侵害である。
  それゆえ、そのような人権侵害を生まないために、児童ポルノがその製造はもとより、所持して閲覧すること自体も被写体である子どもに対する人権侵害であるということを教育や啓発によって周知することが必要である。また、子ども自身が自己尊重感を持ち、怖い目にあったときに嫌なことは嫌と意思表示をし、そのことを信頼できる大人に相談することやメディアリテラシーを身につけることによって自己を守る力をつけるように子どもたちに教えていく教育も必要である。
  しかしながら、学校教育や社会教育、府民への啓発活動などは十分とは言えないのが現状であり、もっと力を入れる必要がある。
  また、被害を受けた子どもとその家族に対するケアも必要であるが、現状では、専門的相談体制の整備、関係機関の連携等十分とは言えない。
  そこで、子どもに対する身体的心理的ケア、保護者を含めた家族に対する心理的ケアを保障するために、児童ポルノ等による性的虐待の被害に対応する専門的かつ利用しやすい相談窓口の設置や関係機関との連携に加えて、専門的相談担当者の養成・配置、医療やカウンセリング等の保障、子どもや保護者に日常的に接する機会の多い職種に対する研修などが実施されるべきである。
  これらの教育・啓発や被害児童に対するケアは、住民に近いところで行政を行う地方自治体が積極的に行うべき課題であり、そのために、十分な人的経済的措置を保障すべきである。
  他方、刑罰による規制は基本的には全国統一的に行われるべきものであり、条例による刑罰規制は地域的特性に応じた必要性がある場合に行われるべきものである。しかしながら、児童ポルノの単純所持や有償取得が他の地域ではなく特に京都府下で増えているというデータはなく、刑罰を含む規制を法律ではなく条例によって一地域で行うべき立法事実はない。また、児童ポルノ規制法の所持・取得に関する刑罰規制についての議論が国会レベルで行われているところであり、その点からも京都府が独自の条例による規制を行うべき状況にはない。
  ところが、今回の京都府児童ポルノの規制等に関する条例案(以下「条例案」という。)は、府の責務としての啓発活動や教育の推進、被害児童に対する支援をあげてはいるもののその具体的施策は不明である一方で、単純所持や有償取得に対する刑罰規制を新設している。
  むしろ、京都府が行う児童ポルノ対策としては、刑罰の新設ではなく、児童ポルノが人権侵害であることの教育・啓発や被害児童等に対するケアに力を注ぐべきである。

2 定義が不明確かつ広範囲であること
  条例案においては、①有償取得に対する直罰規定、②単純所持に対する廃棄命令、③単純所持に対する罰則なし禁止規定の3段階の規制を規定している。また、児童ポルノ以外でも一定のものについては、製造、所持・保管、提供、運搬をしない努力義務を府民に課している。
  このような規制法規、とりわけ罰則を伴う規制法規については、罪刑法定主義の観点から、規制対象が明確に定められる必要がある。
  ところが、条例案は、これらの規制の対象となる児童ポルノの定義については、現行の児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律(以下「法」という。)第2条第3項の定義をそのまま引用するとともに、一部でそれを限定するという形を取っている(第2条第2項)。また、法第7条第1項の規定を参照し、法の児童ポルノの定義を取り込む形で「児童ポルノ記録」という新たな定義を設けている(第2条第3項)。
  しかしながら、法第2条第3項の定義自体が極めて曖昧で不明確かつ広範囲に過ぎると批判されているものであり、とりわけ同項第3号の「衣服の全部又は一部を着けない児童の姿態であって性欲を興奮させ又は刺激するもの」については、成長の記録としての幼児の裸の写真や普通の水着姿の写真のように一般的に児童ポルノとして想定される以外のものまで取り込んでしまう危険性が指摘されてきた。
  この点は、条例案も、廃棄命令の対象については、法第2条第3項第3号を「衣服の全部を着けない姿態を描写した(情報を記録した)もの又は性器若しくは肛門を描写した(情報を記録した)ものに限る」(第8条第1項、第2項)とすることで限定づけようとはしている。しかし、この条例案の定義であっても、成長の記録としての幼児の全裸写真が含まれるのかどうかは明確ではない。
  さらに、罰則なし禁止の対象としては、法第2条第3項の定義そのままであり(第7条)、法の定義に対する批判がそのままあてはまる。同じことは、府民や関係事業者の責務(第4条、第5条)の対象としての「児童ポルノ」の定義についても言える。
  また、規制対象行為として、条例案第7条第2項で「電気通信回線を通じて児童ポルノ記録の提供を受けてはならない」とあるのは、インターネットを通じてダウンロードした場合の他、サイトを閲覧しただけでも該当するのかどうか明確ではない。
  よって、規制対象としての児童ポルノ及び児童ポルノ記録の定義を明確かつ限定的なものにすべきであり、かつ、規制対象行為についても明確にすべきである。
  なお、努力義務規定の対象である「児童に係るわいせつな行為を視覚により認識することができる方法により描写した」「写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物で/情報を記録した電磁的記録その他の記録で」「児童ポルノ(記録)に該当しないもの」(第10条第1項、第2項)についても、対象が曖昧であるので明確にすべきである。

3 廃棄命令
  この廃棄命令(第8条)は、直罰規定では規制方法として極めて強度であることから、廃棄命令に違反した場合に刑罰を科す方がより謙抑的であるという判断から提案されたものと考えられる。
  しかし、この廃棄命令は単純所持規制の一類型であるため、単純所持規制に対する批判が当てはまってしまう。たとえば、送りつけられたメールに添付されていた画像や荷物の中に忍び込まされていた写真などを知らない間に所持していた場合などに誤って廃棄命令を出されてしまう危険性がある。
  これに対しては、知らない間に所持させられていた場合には、廃棄命令が出される前の聴聞手続きで述べればよいので廃棄命令を受けることはないという反論が予想される。しかしながら、知らない間に所持させられていたことの根拠を示すことを求められても、「ないことの証明」は困難であり、誤って廃棄命令を受けてしまう可能性がある。
  よって、このような制度は新設すべきではない。

4 立入調査、質問、資料提出
  「廃棄命令等をするため必要があると認めるとき」には児童ポルノ(記録)を所持・保管していると認められる者その他の関係者に対して、立入調査させることや質問させること、必要な資料の提出を求めさせることができるとされている(第9条)。
  これは、「求めさせることができる」という文言からは、行政処分であるとは解せられない。しかしながら、わざわざ一条文を設けて規定することにより、新たな権限を付与した根拠規定と誤解されたり、従う義務のあるものとして誤解されたりする危険性がある。
  また、隠してあるものを発見しようと思えば、立ち入った上で様々な個所を捜索的に見る必要があると思われるが、その都度「この引き出しを開けてもよいですか」「このパソコンのデータを見せてもらえますか」と了解を取るとしても、それは事実上の捜索に近いものとなり、児童ポルノとは関係のない物やデータもさらすことになって過度に広範なプライバシー侵害となりかねない。
  さらに、「その他の関係者」というのはどのような範囲の人を指すのか不明確であり、知事(その指示を受けた府職員)が「廃棄命令等をするため必要がある」と認めた場合には誰に対しても質問したり必要な資料の提出を求めたりできるかのように読めてしまう。しかし、「関係者」に質問するということは、児童ポルノ(記録)の所持・保管という疑いをかけられていることを「関係者」に告げることになるので、一種の風評被害をもたらすことになりかねない。
  よって、誤解を招く立入調査等の規定は削除すべきである。

5 手続きの不十分さ
  この条例案の提案にあたってはパブリックコメントが実施されたが、パブリックコメントの段階では項目のみが示されただけで、条例案としての条文さえも示されなかった。そのため、廃棄命令については、その内容や手続きは全くわからないままであった。
  また、パブリックコメント期間は、去る7月13日から8月12日までとされていたが、当初は京都府民意見提出手続きのホームページ上では公表されていなかった。指摘を受けて実際に公表されたのは、7月15日であった。
  このような状態での条例案の提出は、パブリックコメント手続きを十分に行ったとはいえないものである。改めてパブリックコメントを募集するとともに、その結果を集約・公表した上で、府議会での審議にゆだねるべきである。
以 上



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