児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

被告東海事業所の転換試験棟内において発生した臨界事故に伴う屋内退避要請地域内に工場を有していた原告が、取引先から取引を停止され損害を被ったとして損害賠償を請求した事案において、原子力損害の賠償に関する法律3条1項の「損害」とは、無過失責任主義及び無限責任主義を採用していることから、風評損害についても当該事故と相当因果関係が認められる損害である限り、認められるとした事例(東京地裁H18.4.19)

 風評被害の立証方法の参考になります。
 結果としては、反訴が一部認容されています。

東京地裁平成18年 4月19日
判時 1960号64頁
エストロー・ジャパン
第3 当裁判所の判断
 1 認定事実
 前記前提事実に加え,証拠(甲1,24,27,42ないし44,46ないし56,73,76,乙1,2,5ないし21,33ないし35,証人C,原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
  (1) 本件臨界事故発生後,事故現場からは人体に有害な中性子線等が多量に放出され,被告東海事業所周辺では,事故直後に4.5ミリシーベルト毎時もの中性子線が測定された。また,本件臨界事故後,被告東海事業所から放射性物質である放射性希ガスや放射性ヨウ素がわずかながら大気中に放出されたほか,被告東海事業所周辺の土壌,ダスト,ヨモギ等から,セシウム137,ナトリウム24,ストロンチウム91,ヨウ素131,133等が検出された。
 本件臨界事故の際,沈殿槽内に約7バッチ分の濃縮ウランを含有する硝酸ウラニル溶液の注入作業を行っていた被告従業員2名が多量の放射線を被曝して重大な放射線障害を被り,平成11年12月21日及び平成12年4月27日,いずれも多臓器不全により死亡したほか,被告東海事業所に勤務していた従業員及び臨界収束作業に従事した作業員,本件臨界事故に対応するため外部から派遣された防災業務従事者,被告東海事業所周辺の住民ら一般民間人を含め,600人を超える多数の者が被曝した。
  (2) 本件臨界事故は,我が国で初めての臨界事故であるとともに,我が国の原子力関連施設における事故では初めての死者を出した事案であり,国際原子力機関IAEA)の国際評価尺度に基づく評価でも,「異常な事象」のレベルを超えて「事故」のレベルに達した事案とされ,昭和54年に発生した米国スリーマイル島原子力発電所事故の属するレベル5に次ぐレベル4に属すると評価されるなど,我が国の原子力業界史上最大,最悪の事故となった。
 被告は,平成12年,本件臨界事故に関して,規制法違反,労働安全衛生法違反,業務上過失致死の罪を問われた被告東海事業所長らと共に,規制法違反,労働安全衛生法違反の罪で起訴され,水戸地方裁判所は,平成15年3月3日,被告について規制法違反,労働安全衛生法違反の罪で罰金刑に,被告東海事業所長らに対して規制法違反,労働安全衛生法違反,業務上過失致死の罪で禁固刑等に処する旨の判決を宣告した。
 また,被告は,本件臨界事故を起こした後,ウラン燃料の加工の事業を停止し,内閣総理大臣は,被告に対し,平成12年3月28日,前記加工の事業の許可を取り消す旨の行政処分を行った。
  (3) 本件臨界事故は,上記のとおり我が国で初めての臨界事故であり,マスコミにより大々的に報道されたが,事故直後の被告内部の混乱に加えて,被告から関係各機関への連絡が遅れたことも加わり,事故直後は情報不足が指摘された。平成11年9月30日付け朝日新聞夕刊には,被告の東海事業所で臨界事故発生の可能性が高いこと,作業員3名が被曝していること,放射線量が一時通常値の1万6000倍にも達したこと,事故に関する情報が乏しく,不安が広がっていることなどについて,大きく取り上げられた。
 その後,臨界事故の発生が確認されたことから,テレビニュースでも報道が続けられ,翌10月1日には,朝日新聞,読売新聞,毎日新聞及び産経新聞の全国紙4紙のいずれの朝刊においても,本件臨界事故の発生が一面で大きく取り上げられた。その中では,事故により被告従業員の少なくとも3名が被曝し,そのうち2名が一般の8000倍の放射線を被曝し重傷であること,被告の東海事業所から放射能漏れが生じていること,被告東海事業所周辺の放射線量が一時通常の1万倍以上に達していたこと,事故現場から半径350メートル圏内の住民に避難要請が出され,住民が避難していること,汚染の範囲が不明であることなどが取り上げられた。なお,同日付けの記事の中には,事故現場から10キロ圏内を屋内退避要請地域と設定したことに対する疑問提起や,施設外放射線量について健康影響がほとんどない旨の指摘(朝日親聞,産経新聞)などもなされていた。
 同月2日付け新聞各紙では,本件臨界事故の内容や事故原因に対する情報,事故に対する被告及び政府の対応に対する批判,有識者らの本件臨界事故に対する見解が示されたほか,事故現場周辺の住民が,被曝等の健康影響を危ぐして,放射線量の測定検査等に詰め掛けたり,電話相談に殺到していること,本件臨界事故後,茨城県産作物の買い控え,値下がり傾向がうかがわれ,食品メーカーや生産者側からの出荷停止の動きが出るなど,本件臨界事故による農作物や魚介類への風評被害が進んでいること,JA茨城県中央会が,茨城県産の農産物等について安全性を訴えるキャンペーンを始める予定であること,茨城県及び県内金融機関が,本件臨界事故で営業被害を受けた中小企業に対して緊急融資等の支援策を決めたことなどが大きく取り上げられた。
  (4) 茨城県は,本件臨界事故直後から,農林水産物(水稲,かんしょ,白菜,しいたけなど10品目15点),畜産物(鶏卵,牛乳,牛肉,豚肉の4品目26点),水産物(さけ,しらす,ムラサキイガイ,加工品物など10品目10点)についてサンプリング調査を行い,平成11年10月1日には,本件臨界事故現場周辺1ないし8キロメートルの地点で採取したピーマン,小松菜,大根,サツマイモ,ネギ,白菜につき,いずれも人工放射性核種(核分裂により人工的に生成される物質)が検出されず,安全性に問題がないことを発表し,茨城県のホームページで安全宣言を出すとともに,翌日の新聞にも取り上げられた。
 また,茨城県は,同月2日には,本件臨界事故現場周辺の河川等の水質調査,水産物のサンプリング検査,農林水産物のサンプリング検査について,いずれも安全性に問題がない旨を順次茨城県のホームページで公表し,同月4日には,茨城県内で製造された加工食品等についても,安全である旨をホームページで公表した。
 政府も,同月2日夕方,茨城県産の農畜水産物や井戸水が,検査の結果,安全性に問題はない旨を発表した。
  (5) 平成11年10月3日から同月6日にかけての新聞各紙では,政府による茨城県産の農畜水産物等の「安全宣言」のほか,本件臨界事故の原因として,被告従業員の違法な作業が明らかになってきたこと,放射能の施設外への漏出がわずかながら認められたこと,避難要請,屋内退避要請が解除され,周辺住民の生活が平常に戻りつつあるものの,周辺住民からは不安の声が聞かれることなどが掲載され,風評被害等の関係では,茨城県産の農作物や魚介類について,通常どおり取引が再開された例が紹介されたほか,買い控えや値下がりなどの影響がある旨の指摘がされており,JA茨城県中央会や茨城県漁連などが被告に対する被害補償請求の動きに出ていること,被告に対して,我が国で初めて原子力保険が適用されたことなどが取り上げられた。
 同月5日及び同月6日の日本経済新聞朝刊には,「臨界事故の衝撃(上・下)」と題する記事が連載され,その中で,「事故現場の十キロ圏内外に点在する豆腐,納豆などの食品加工メーカーは量販店への納入が大きく落ち込んでいる。…大手納豆メーカーのX社(金砂郷町)は『出荷は戻ってきたが,通常の80%程度の水準』と話している。」,「納豆のX社(金砂郷町)は『事故が起こった翌日の1日に放射能検知器を購入し,製品の納豆を自主検査した』。」,「大手スーパーの中には5日現在でも県内産の食品の納入を拒否しているところがあるという。」などと記載されている。
 小渕恵三首相(当時)は,茨城県の要請を受けて,農作物安全PR活動に携わり,その様子は同月7日付けの新聞に,茨城県の農産物安全PR活動については,同月10日付けの新聞にそれぞれ取り上げられた。
  (6) 原告は,本件臨界事故当時,業界4位の売上高を占める水戸を拠点とする納豆メーカーであり,茨城県久慈郡金砂郷町△△c番地に本社社屋及び本社工場を有していたところ,これらの社屋及び工場は,いずれも本件臨界事故現場から約9キロメートルの位置にあり,事故現場から10キロメートル圏内の屋内退避要請地域にあった(なお,原告以外の上位3社は,いずれも事故現場周辺には本社社屋又は直営工場を有していなかった。)。
 原告は,これらの工場のほか,平成10年に和歌山工場が完成したことにより,全国に七つの委託工場を有し,各工場から全国に納豆及び大豆加工製品の出荷を行っていたが,原告の納豆製品は,いずれの工場で製造されたものについても,茨城県久慈郡金砂郷町の本社所在地のみを記載することとされており,製品のパッケージからは,その製品が全国のどの工場で生産されたものであるかを判別することができないようになっていた。
  (7) 原告は,従来,「丹精」や「味道楽」等の定番商品により,販売店の中段の棚を押さえながら売上げを増加させていたところ,平成9年に高柿工場が,平成10年に和歌山工場がそれぞれ建設され,原告の納豆製品を増産する体制が整ったため,原告は,平成11年1月ころ,同年9月からテレビコマーシャルを放映することを決定し,売上高を増加させる販売戦略を立てた。具体的には,同年3月ころから商品の単価を下げ,販売店に特売企画を組んでもらい,販売店の店頭に並べてもらう原告商品の量を増やして認知度を上げ,その上で,同年9月からテレビコマーシャルを開始し,その商品単価を維持したまま,販売店に更に特売企画を組んでもらって,販売数量を増やし,その後,徐々に単価を戻して,売上金額を増加させるというものであった。
 原告は,株式会社電通(以下「電通」という。)とテレビコマーシャルの制作・放映の委託に関する契約を締結し,同年9月1日から同年11月30日までの3か月間,関東,関西及び東北地区において,原告のテレビコマーシャルが実施されることとなり,原告は,電通に対し,2億6581万7557円を支払った。
 原告のテレビコマーシャルの内容は,原告のブランドを宣伝するとともに,原告の量販商品である「d」を宣伝するものであり,CM総合研究所の「消費者1000人の月例CM好感度調査」において,そのうち二つが全体3279作品中の54位及び142位であった。
  (8) 原告は,本件臨界事故直後の平成11年10月1日,ほぼすべての販売店から取引停止の通告を受け,それまでに予定を組んでいた特売企画もすべてキャンセルされ,同日以降,販売店から300件近い返品が相次いだ。また,原告は,本件臨界事故直後から,原告の納豆製品の安全性等に関する事柄について電話による多数の問い合わせを受けた。茨城県内の量販店であるジャスコでは,本件臨界事故後1週間ほど,「先日の東海村での事故のため当店では“X社”の商品の販売を見合わせております。」との貼り紙が出された。
 原告は,同月1日,財団法人日本乳業技術協会に対して原告商品の検査を依頼し,放射能汚染が認められない旨の証明書を入手した上,これを全国の販売店にファクシミリで送付し,取引再開を求めた。その後,取引は徐々に再開され,同月末ころまでに取引先の7割ないし8割程度について,同年末ころまでには9割程度について,取引が再開されたものの,一部取引先については,現在に至るまで取引再開がなされていない。
 また,原告は,本件臨界事故後,実施中であったテレビコマーシャルについて,その内容が本件臨界事故の悲惨な状況下では似つかわしくないと判断し,同年11月末日まで放映予定のコマーシャルの放映を予定より1か月早い同年10月末日で打ち切った。
  (9) 本件臨界事故の翌日である平成11年10月1日付けで製造された原告の納豆製品のうち,取引先から返品されたり納入を拒絶されたりしたことにより廃棄を余儀なくされたものは,別表1のとおり,総グラム数合計451万4600グラムであり,同日付けで製造された原告の納豆具材のうち,同様に廃棄を余儀なくされたものは,5309個である。また,本件臨界事故前である平成10年7月1日から平成11年6月30日までの原告の納豆製品の製造原価計算書によれば,原告の納豆製品の平均製造原価は,100グラム当たり53円87銭であり,原告の納豆具材の製造原価は,1個当たり2円である。
 平成10年から平成13年までの各6月期の原告の納豆売上高,変動費,限界利益限界利益率,固定費(テレビコマーシャル費用を含む。),営業利益の推移は,別表2のとおりである。
  (10) 原告の納豆製品の平成9年7月から平成14年6月までの全商品月次販売数量の推移は,別表3のとおりである。
 これによると,原告の納豆製品の全商品月次販売数量は,平成9年10月には前月比5.18パーセントの増加,平成10年10月には前月比3.00パーセントの増加,平成12年10月には前月比0.83パーセントの増加,平成13年10月には前月比9.53パーセントの増加がそれぞれ認められるのに対し,本件臨界事故直後の平成11年10月には前月比3.52パーセントの減少が認められ,また,平成11年10月の前年同月比は,マイナス0.19パーセントで,平成11年9月のそれ(プラス6.56パーセント)と比較して6.75ポイントの悪化が認められる。もっとも,同年11月については,前年同月比が0.41ポイントの改善に転じており,その後,平成11年12月から平成12年2月にかけては,前年同月比のマイナス幅が再び拡大し続けているが,平成12年2月から同年3月にかけて前年同月比で6ポイント強の改善に転じ,本件臨界事故後では初めて,平成11年9月の全商品月次販売数量を上回っている。
  (11) 原告の納豆製品の平成8年10月から平成14年6月までの全商品月次売上金額の推移は,別表4のとおりである。
 これによると,原告の納豆製品の全商品月次売上金額は,平成9年10月には前月比5.48パーセントの増加,平成10年10月には1.70パーセントの増加,平成12年10月には前月比0.35パーセントの増加,平成13年10月には前月比8.78パーセントの増加がそれぞれ認められるのに対し,本件臨界事故直後の平成11年10月には前月比3.81パーセントの減少が認められ,また,平成11年10月の前年同月比は,マイナス4.90パーセントで,平成11年9月のそれ(プラス0.55パーセント)と比較して5.45ポイントの悪化が認められる。もっとも,同年11月については,前年同月比が0.50ポイントの改善に転じており,その後,平成11年12月から平成12年2月にかけては,前年同月比のマイナス幅が再び拡大し続けているが,平成12年2月から同年3月にかけて前年同月比で5ポイント弱の改善に転じ,本件臨界事故後では初めて,平成11年9月の全商品月次売上金額を上回っている。
  (12) 日経メディアマーケティング社が提供している日経POSデータ(POSとは,「Point Of Sales system」(販売時点情報管理システム)の略であり,販売時点(小売店頭)における販売活動を総合的に把握するシステムである。)によれば,全国600店(日本経済新聞社が直接データを収集する31チェーン190店舗と,財団法人流通システム開発センターの流通データサービスから提供を受ける118チェーンのPOSデータを合算したもの。なお,重複は除かれ,また,流通データサービスから提供されるデータの店舗数は毎週又は毎月異なる。)についての来店客1000人当たりの納豆の購入金額及び購入数量は,別表5のとおりである。
 これによると,全国600店についての来店客1000人当たりの納豆の購入金額及び購入数量は,納豆業界全体について見ると,購入金額については,平成11年10月に前月比0.89パーセントの減少が認められるほか,平成11年10月の前年同月比は,マイナス5.09パーセントで,平成11年9月のそれ(マイナス2.63パーセント)と比較して2.46ポイントの悪化が認められ,また,購入数量については,同年10月で前月比0.65パーセントの減少が認められるほか,平成11年10月の前年同月比は,マイナス3.10パーセントで,平成11年9月のそれ(マイナス0.35パーセント)と比較して2.75ポイントの悪化が認められるのに対し,原告について見ると,購入金額については,平成11年10月に前月比5.57パーセントの減少が認められるほか,平成11年10月の前年同月比は,マイナス8.73パーセントで,平成11年9月のそれ(マイナス3.88パーセント)と比較して4.85ポイントの悪化が認められ,また,購入数量については,同年10月に前月比5.16パーセントの減少が認められるほか,平成11年10月の前年同月比は,マイナス3.42パーセントで,平成11年9月のそれ(プラス2.58パーセント)と比較して6.00ポイントの悪化が認められる。
  (13) 平成10年から平成12年までの家計調査年報によれば,各年における全国の100世帯当たりの1か月間の納豆購入頻度及び10000分比の購入世帯数の推移は,別表6のとおりである。
 これによると,全国の100世帯当たりの購入頻度及び10000分比の購入世帯数については,平成11年6月から同年8月にかけて,前年同月比でマイナス傾向が続いており,納豆製品の売上げが減少傾向にあったことはうかがわれるものの,平成11年9月から同年10月にかけては,前年同月比でそれぞれ1.09ポイント,0.81ポイントの悪化にとどまっている。
 全国の100世帯当たりの1か月間の納豆購入頻度のその後の推移を見ると,平成11年11月から平成12年1月にかけて,各月の前年同月比はマイナス幅が拡大傾向にあったことが認められるものの,同年3月ころ,いったんマイナス4パーセント程度にまで回復しており,購入世帯数の推移についても同様の傾向にあったことが認められる。
  (14) 富士経済の「食品マーケティング便覧」によれば,平成10年から平成13年までの納豆業界上位各社のシェアの推移は,別表7のとおりである。
 これによると,原告のシェアは,平成10年には6.5パーセントであったのが,平成11年には6.2パーセントにまで縮小したものの,平成12年には6.7パーセントにまで拡大し,平成13年も6.7パーセントのシェアを維持している。
 なお,同表記載の販売額について見ると,納豆業界全体では,平成10年には1307億円であったのが,平成11年には1288億円で前年比1.45パーセントの減少,平成12年には1180億円で前年比8.39パーセントの減少,平成13年には1260億円で前年比6.78パーセントの増加となっているのに対し,原告は,平成10年には85億円であったのが,平成11年には80億円で5.88パーセントの減少,平成12年には79億円で1.25パーセントの減少,平成13年には84億円で6.33パーセントの増加となっており,納豆業界全体に比較して,平成11年には売上げを大きく減少させながら,本件臨界事故後の平成12年には,売上げの減少幅が格段に小さくなっていることがうかがわれる。
 2 原告の主位的請求(原賠法3条1項に基づく請求)について
  (1) 前記前提事実及び認定事実によれば,本件臨界事故は,「原子力事業者」(原賠法2条3項)である被告において,「原子炉の運転等」,すなわち,「核燃料物質等」の「加工」(同条1項)の過程で生じたものであると認められ,また,本件臨界事故では,硝酸ウラニル溶液が臨界に達し,放射線である中性子線等が被告東海事業所の転換試験棟から多量に放出されたほか,放射性物質である放射性希ガスや放射性ヨウ素もごく少量とはいえ上記転換試験棟から放出されたことが認められるから,「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用」(原賠法3条1項)が生じたものと認められる。
 そして,原賠法1条1項は,同法の目的を被害者の保護と原子力事業の健全な発達にあるとし,損害賠償責任については,無過失責任主義を採用し(同法3条1項),免責事由も極めて限定している上,原子力損害賠償責任の履行を確保するため,日本原子力保険プールとの原子力損害賠償責任保険契約(同法8条)及び政府との原子力損害賠償補償契約(同法10条)を締結し,基金を用意するほか,原子力損害が事業者の損害賠償措置額を超え,かつ,同法の目的を達成するため必要があると認められる場合には,政府が必要な援助を行うことができる(同法16条1項)として,無限責任主義を採用しており,同法が,賠償されるべき損害の範囲について何ら限定を付していないことからすれば,当該事故と相当因果関係が認められる損害である限り,これを「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し,又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害」(同法3条1項)と認めて妨げないというべきであり,いわゆる風評損害について,これと別異に解すべき根拠はない。
  (2) そこで,原告主張の損害の当否について,以下検討する。
   ア 前記認定のとおり,本件臨界事故は,我が国で初めての臨界事故であり,中性子線等の放射線が多量に放出され,放射性物質も施設外に放出されたほか,本件臨界事故当時,現場で作業に当たっていた被告従業員2名を被曝により死に至らしめたものであり,我が国最悪の原子力事故として,マスコミにより大きく取り上げられ,事故後数日間にわたって,全国紙でも大きな記事として取り上げられていたことが認められ,本件臨界事故及びその報道がなされた直後,茨城県産の農産物や魚介類について,自主的な出荷停止の動きがあったほか,出荷した場合でも買い控えや値下がりなどの動きがあったことが認められる。
 また,原告の納豆製品については,本社工場で生産されたもの以外でも,そのパッケージ上には,生産者として原告の名称及び原告の本社所在地である「茨城県久慈郡金砂郷町△△c番地」の地名しか表示されていないところ,原告は,本件臨界事故直後から,原告の納豆製品を取り扱う販売店のほとんどから商品の返品や取引停止の措置を受け,本社宛にも相当数の電話による問い合わせがなされたことが認められるほか,季節によって売上げに変動のある原告の納豆製品については,平成11年を除き,平成9年から平成13年まで,いずれも9月から10月にかけて,全商品月次販売数量及び全商品月次売上金額がいずれも横ばいないし増加傾向を示しており,平成11年9月の全商品月次販売数量及び全商品月次売上金額が前年同月比でそれぞれ6.56パーセントの増加,0.55パーセントの増加といずれも増加傾向を示していたにもかかわらず,本件臨界事故直後の同年10月については,それぞれ0.19パーセントの減少,4.90パーセントの減少といずれも減少していたことが認められる。
 他方で,日経POSデータを前提とすると,全国600店についての来店客1000人当たりの納豆の購入金額及び購入数量については,平成11年9月から同年10月にかけて,納豆業界全体でもわずかながら下落が見られるものの,平成11年10月の前月比はそれぞれマイナス0.89パーセント,マイナス0.65パーセントにとどまり,また,前年同月比は,平成11年9月がそれぞれマイナス2.63パーセント,マイナス0.35パーセントであったのが,平成11年10月にはそれぞれマイナス5.09パーセント,マイナス3.10パーセントとなり,それぞれ2.46ポイント,2.75ポイント悪化したのに対し,原告においては,平成11年10月の前月比はそれぞれマイナス5.57パーセント,マイナス5.16パーセントに上り,前年同月比も,平成11年9月がそれぞれマイナス3.88パーセント,プラス2.58パーセントであったのが,平成11年10月にはそれぞれマイナス8.73パーセント,マイナス3.42パーセントとなり,それぞれ4.85ポイント,6.00ポイントも悪化しており,業界全体の売上減少傾向に比較して,原告については,平成11年9月にいったん売上げを伸ばしながら,平成11年10月になると,売上げを大きく減少させたことが認められる。
 また,家計調査年報によれば,全国の100世帯当たりの1か月間の納豆購入頻度及び10000分比の購入世帯数については,平成11年6月から同年8月にかけて,前年同月比でマイナス傾向が続いており,納豆製品の売上げが減少傾向にあったことはうかがわれるものの,平成11年9月から同年10月にかけては,前年同月比でそれぞれ1.09ポイント,0.81ポイントの悪化にとどまっており,本件臨界事故前後で原告の売上減少傾向に匹敵するほどの購入頻度の急激な減少傾向は認められない。
 そして,本件臨界事故現場から10キロ圏内の屋内退避要請地域については,放射線及び放射性物質の放出による健康影響はないものとされているほか,一部新聞記事にはその旨の報道が先行的になされていたこと,本件臨界事故直後の平成11年10月1日から同月5日にかけて,茨城県などによって事故現場周辺の農林水産物,水質,加工品等の安全性について調査が行われ,いずれも放射線ないし放射性物質による影響は認められない旨の結果が公表されていたこと,同月6日以降は,政府やJA茨城県中央会等もキャンペーンを行うなどして安全性のPR活動を行ったことが認められるが,原子力事故が放射線放射能の放出といった目には見えない危険を伴うものであること,本件臨界事故が前記のとおり死傷者を出した重大なものであり,事故直後からマスコミで大々的に取り上げられていた(証拠として提出された新聞記事(甲27)を見ると,臨界事故の重大性を報じる記事は,その安全性を示す記事よりもはるかに大きく取り上げられており,このことからも,一般読者に事故の重大性に関する印象が強く伝わっていたことが推測される。)ことなどからすれば,本件臨界事故後,原告の納豆製品を含む茨城県産の加工品について安全性が確認され,その旨のPR活動がなされていたとしても,消費者ないし消費者の動向を反映した販売店において,事故現場から10キロメートル圏内の屋内退避要請地域にある本社工場を「生産者」と表示した原告の納豆製品の危険性を懸念して,これを敬遠し,取扱いを避けようとする心理は,一般に是認できるものであり,それによる原告の納豆製品の売上減少等は,本件臨界事故との相当因果関係が認められる限度で本件臨界事故による損害として認めることができるというべきである。
 そこで,まず,原告主張に係る即時損害の有無・内容を検討するに,本件臨界事故の翌日である平成11年10月1日付けで製造された原告の納豆製品のうち,取引先から返品されたり納入を拒絶されて廃棄されたものが,総グラム数合計451万4600グラムであり,同日付けで製造された原告の納豆具材のうち,同様に廃棄されたものが,5309個であること,本件臨界事故前である平成10年7月1日から平成11年6月30日までの原告の納豆製品の製造原価計算書によれば,原告の納豆製品の平均製造原価が,100グラム当たり53円87銭であり,原告の納豆具材の製造原価が,1個当たり2円であることは,前記認定のとおりである。
 そして,上記のとおり,本件臨界事故に伴い,原告の納豆製品の安全性を懸念する消費者ないしは販売店の心理は,一般に是認できるものであること,原告の納豆製品が,「生産者」のみを表示することとされており,消費者には当該製品がどこで製造されたものかが明らかでないため,上記心理が全国的に広がったとしてもやむを得ないこと,原告の取扱商品が加工食品ないしはその具材であって,人の体内に摂取されるものであるだけに,本件臨界事故の影響を懸念して返品されたり納入を拒絶された商品については,廃棄するよりほかに採り得る手段がなかったものといわざるを得ないことなどにかんがみれば,原告主張に係る即時損害については,これを本件臨界事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であり,その損害については,53.87円(100グラム当たりの平均製造原価)に451万4600グラム(廃棄数量)を乗じ,これを100グラムで除した金額に消費税分を加算して得られる255万3615円(1円未満切捨て)と,2円(平均製造原価)に5309個(廃棄個数)を乗じた金額に消費税分を加算して得られる1万1148円(1円未満切捨て)との合計256万4763円と認めるのが相当である。
 なお,被告は,即時損害の平均製造原価の計算について,本件臨界事故前の平成11年6月期の数値を用いていることに疑問を呈し,本件臨界事故時を含む平成12年6月期の数値を用いるべきである旨主張するが,平成12年6月期の数値を用いると,平均製造原価の計算過程で本件臨界事故による影響が加味されてしまうことになるから,本件臨界事故がなかった場合の損害を算定する上でこれを用いるのは相当でないというべきであり,この点に関する被告の主張は,採用することができない。
   ウ 次に,原告主張に係る営業損害の有無・内容について検討する。
 (ア) 原告は,主位的に,原告の月次納豆売上高の推移を重回帰分析の手法で分析し,原告の月次納豆売上高に有意な影響を及ぼすのは,?カバー率,?原告の納豆製品の平均小売価格,?季節指数,?納豆業界の他社売上高合計の4要素であるとして重回帰式を導いた上,原告と同種同規模の会社である旭松の広告効果を加味して本件臨界事故が発生せず,予定どおりにテレビコマーシャルを実施した場合の原告の納豆売上高を算出し,それらを基にして事故後1年目の本来の営業利益を2億2356万3000円,事故後2年目の本来の営業利益を5億5035万3000円である旨主張する。
 なるほど,前記のとおり,本件臨界事故発生に伴って,消費者や販売店において,原告の納豆製品の安全性を懸念し,これを敬遠し,取扱いを避けようとする心理自体は,一般に是認できるものであり,前記認定事実によれば,本件臨界事故前後において,納豆業界全体の売上減少幅以上に原告の売上減少幅が大きく,しかも,原告の売上げについては,平成11年9月にいったん売上げを伸ばした後,同年10月になって急激に落ち込んでいること,同年6月から同年8月にかけて,消費者の納豆製品の購買頻度に減少傾向はあったものの,その傾向自体は緩やかであることが認められるところ,本件臨界事故の前後である同年9月から同年10月にかけて,本件臨界事故以外に納豆の売上げに格別の影響を及ぼすような事情が生じたことをうかがわせる証拠がないことからすれば,同年9月から同年10月にかけての原告の納豆売上高の急激な減少については,本件臨界事故以外にこれを合理的に説明できる要因がなく,同年10月以降の売上減少については,本件臨界事故との相当因果関係が認められる限度で風評損害として認めることができるものと考えられる。
 もっとも,経験則上,風評被害については,一般に,事故直後に最も強く事故の影響を受け,その後,正確な情報が伝えられるのに伴って,徐々に収束していくものと考えられるところ,前記のとおり,一連の安全宣言及び報道に加え,原告は,本件臨界事故の翌日である平成11年10月1日,原告の納豆製品が返品されたり納品を拒絶されたことから,財団法人日本乳業技術協会に対して原告商品の検査を依頼し,放射能汚染が認められない旨の証明書を入手した上,これを全国の販売店にファクシミリで送付し,取引再開を求め,同月末ころまでに取引先の7割ないし8割程度について,同年末ころまでには取引先の9割程度について,取引が再開されたことが認められるほか,原告の全商品月次販売数量及び全商品月次売上金額の推移を見ると,本件臨界事故後の同年10月については,月次販売数量の前年同月比が6.75ポイント,月次売上金額の前年同月比が5.45ポイント悪化したのに対し,平成11年11月については,月次販売数量の前年同月比が0.41ポイント,月次売上金額の前年同月比が0.50ポイントの改善に転じているから,本件臨界事故と相当因果関係のある風評損害は,月次販売数量ベースで6.75ポイント,月次売上金額ベースで5.45ポイント悪化した平成11年10月期を最大値として,その後,徐々に軽減する傾向にあったものと認められる。
 他方,原告の全商品月次販売数量及び全商品月次売上金額のその後の推移を見ると,平成11年12月から平成12年2月にかけては,前年同月比のマイナス幅が再び拡大し続けているところ,平成11年11月ないし同年12月以降,本件臨界事故に関連する風評が新たに生じたとか,風評が再び強まったなどの事情を認めるに足りる証拠はない(むしろ,この販売数量・売上金額の低迷については,納豆市場の長期的低迷,他社による新製品開発・販売強化等の本件臨界事故に伴う風評とは異なる様々な要因が存在した可能性を否定できない。)から,同年12月から平成12年2月にかけて,更に減少した売上分については,本件臨界事故と相当因果関係のある風評損害とまでは認め難い(なお,全国の100世帯当たりの1か月間の納豆購入頻度の推移を見ると,平成11年11月から平成12年1月にかけて,各月の前年同月比はマイナス幅が拡大傾向にあったことが認められるものの,平成12年3月ころ,いったんマイナス4パーセント程度にまで回復していることが認められるほか,購入世帯数の推移についても同様の傾向にあったことが認められ,原告の月次販売数量及び月次売上金額の推移と符合していることがうかがわれる。これは,原告の平成11年12月からの更なる売上減少が,市場動向と連動したものであって,これを風評損害と考えるのは相当でないことを裏付けているものと考えることができる。)。
 そして,原告の全商品月次販売数量及び全商品月次売上金額が,減少傾向の中でも,平成12年2月から同年3月にかけて前年同月比で5ないし6ポイント程度の改善に転じ,本件臨界事故後では初めて,平成11年9月の全商品月次販売数量及び全商品月次売上金額の数値を上回っていることなどの事情をも併せ考慮すると,本件臨界事故と相当因果関係のある風評損害が生じた期間としては,平成12年2月までの5か月間と認めるのが相当である。
 原告の主張によれば,原告は,重回帰式を基礎として求められる事故後2年間の営業利益と実際の営業利益との間の乖離をすべて本件臨界事故によるものと断定し,実際の営業利益が重回帰式を基礎として求められる営業利益に達しない限り,それらはすべて本件臨界事故と相当因果関係のある損害であるとするものであり,原告が導出した重回帰式の正確性については,決定係数が0.832という高い数値を示しており,かつ,本件臨界事故以前の原告の納豆売上高をほぼ忠実に反映していることから裏付けられるとするが,重回帰分析は,過去の実際のデータから原因と結果の関係を多項式で表し,これにより将来の結果を予測するものであって,市場の状況等の過去の構造がそのまま将来も続くことが前提とされている(証人D)以上,実際の結果が予測と異なった場合,説明変数以外の何らかの要因が影響した可能性もあながち否定できないものであるにもかかわらず,その要因が何であるかについては数式上明らかではなく,結局は背後の社会的・経済的事象から検討せざるを得ないものであるところ,前記のとおり,本件臨界事故による風評損害は,本件臨界事故直後に最も強く事故の影響を受け,その後,徐々にその影響が軽減していくものと考えられ,本件臨界事故と相当因果関係のある風評損害が生じた期間としては,平成12年2月までの5か月間と認めるのが相当であるにもかかわらず,原告は,重回帰式を基礎として求められる事故後2年間にわたる営業利益と実際の営業利益との間の乖離をすべて本件臨界事故によるものと断定するものであって,かかる考え方は,風評の影響に関する上記経験則と整合しないものといわざるを得ない。のみならず,原告の月次納豆売上高に有意な影響を及ぼす要因が,?カバー率,?原告の納豆製品の平均小売価格,?季節指数,?納豆業界の他社売上高合計の4要素であることについては,これが重回帰式を導出する基礎とされた期間以外の期間にも妥当することについて何ら実証されておらず,したがって,本件臨界事故以前の過去の一定期間の原告の納豆売上高を忠実に反映していることから直ちに原告が導出した重回帰式が将来を正確に予測できるものと即断することはできないし,本件臨界事故のように,市場に少なからず影響を与える出来事があると,原告の納豆製品の平均小売価格や納豆業界の他社売上高合計について,多かれ少なかれ事故の影響を受けた数値を用いざるを得ないのであるから,必ずしも正確な将来予測ができるというものでもないというべきである。
 加えて,原告が導出したD式は,B式から予測された広告効果をA式から得られた数値に掛け合わせるというものであり,論理的に矛盾しているとまではいえないものの,少なくとも本件臨界事故後の2年間,旭松よりも高い広告効果を生むテレビコマーシャルを継続的に供給し続けることを前提としており,平成11年9月時点のテレビコマーシャルの好感度が旭松のそれよりも上位であったとしても,そのことから上記のような前提を導くことが相当とは認め難いのみならず,B式の導出過程において,「納豆業界の他社売上高」を説明変数として採用することなく旭松の売上高を説明することができるとしており,業界全体の市場動向と無関係に売上げが決まるものとは経験則に照らし考え難いことからして,そもそもB式の正確性に疑問が残ること,原告は,B式,D式ともにCM効果を全売上高について勘案しているところ,実際にテレビコマーシャルが実施されたのはいずれも特定の地域にとどまっており,CM実施後に全売上高が増加したからといって,全国規模のCM効果として勘案することは,テレビコマーシャルの効果を過大視するおそれがあることなど,原告が導出した重回帰式の信用性については,疑問を払拭し得ないといわざるを得ない。
 したがって,原告の主位的主張は,採用することができない。
 (イ) 次に,原告は,予備的に,本件臨界事故直前3年間の原告の売上高の推移を基礎に重回帰式を導き,本件臨界事故直前3年間と同様の割合で売上げが上昇したと仮定した場合の営業利益を主張しているところ,前記認定事実によれば,本件臨界事故直前の平成11年5月ころの消費者の納豆購買頻度等の動向は,前年よりも落ち込んでいたものと認められ,原告の納豆売上高の前年同月比の推移を見ても,既に本件臨界事故前の時点でマイナスを示した月が続いていたことが認められるから,たとえ予備的主張に係る重回帰式の決定係数が高い数値を示していたとしても,その信用性についてはにわかに首肯し難い。
 そうすると,原告の予備的主張も,採用することができない。
 (ウ) 上記のとおり,本件臨界事故により被った原告の営業損害を算定するに当たり,原告主張の方法によることはできないが,以上説示したところによれば,本件臨界事故と相当因果関係のある風評損害が生じた期間としては,平成11年10月から平成12年2月までの5か月間と認めるのが相当であり,かつ,本件臨界事故の影響の程度は,同期間を通じてこれを平均すると,おおむね,最大値と見られる平成11年10月の売上減少幅の2分の1に相当するものと認めるのが相当であるから,その間に得べかりし原告の納豆売上高は,同期間の納豆売上高合計36億7044万2845円を0.97275(=1−0.02725。0.02725は,平成11年10月の悪化ポイント数5.45の2分の1に相当する数値)で除して得られる37億7326万4297円であると認められる。
 そうすると,本件臨界事故によって生じた風評損害としての売上減少分の営業利益は,事故がなければ平成11年10月から平成12年2月までに得べかりし納豆売上高合計37億7326万4297円から実際の納豆売上高である36億7044万2845円を控除した残額1億0282万1452円につき,直近の限界利益率である原告の平成11年6月期の限界利益率より推測される予想利益率38.08パーセントを乗じて得られる3915万円(1万円未満切捨て)と認めるのが相当である。
 また,原告が,本件臨界事故後,電通とのテレビコマーシャルの制作・放映の委託に関する契約に基づき,実施中であったテレビコマーシャルについて,その内容が本件臨界事故の悲惨な状況下では似つかわしくないと判断し,同年11月末日まで放映予定であったにもかかわらず,予定より1か月早い同年10月末日で打ち切ったことは前記認定のとおりであるところ,本件臨界事故自体が重大な事故であったことや,本件臨界事故による農産物等の安全性を危ぐする風評があったことからすれば,本件臨界事故が発生した後の同月1日以降は,原告のテレビコマーシャルが,かえって原告ないし原告商品のイメージ低下に繋がり,このため上記契約を締結した目的を達することができない状況になった以上,原告が出捐したテレビコマーシャル費2億6581万7557円の2分の1に相当する1億3290万円(1万円未満切捨て)については,本件臨界事故に起因する営業損害であると認めるのが相当である。
 したがって,本件臨界事故による風評損害としての売上減少等の営業損害は,上記合計1億7205万円となる。
   エ 原告は,本件臨界事故により営業利益が大幅に減少したため,資金繰りが著しく逼迫し,事業を継続するため,金融機関からの緊急の借入金に頼らざるを得ず,借入金利息合計1億6678万5723円の支払を余儀なくされたとして,同額を本件臨界事故と相当因果関係のある損害として主張する。
 しかしながら,前記説示によれば,本件臨界事故による風評損害は,本件臨界事故後平成12年2月までの売上減少の一部にとどまり,その余の売上減少については,本件臨界事故による風評以外の要因による可能性を否定できないものであるから,同年3月以降になされた各融資については,本件臨界事故による風評を原因としたものとは認められない。
 また,関東銀行による平成11年12月29日の融資については,本件臨界事故後3か月の時点でなされており,本件臨界事故による風評損害を補填するためであった可能性もなくはないものの,当該融資額が2億円である(甲58,59)のに対し,本件臨界事故による風評を原因とした営業利益の減少が平成12年2月までの5か月間で3915万円程度にとどまることからすれば,自己資金で充当し得た可能性も十分考えられるところであって,この減少分について上記2億円の一部が充てられたか否かは定かでないし,仮にその一部が上記減少分の補填に充てられたとしても,当該資金が新たな事業投資にも利用されたような場合,資金取得のための費用については,投資による成果との対価関係をも有しているといえるのであって,その費用を損害とまではにわかに断定し難い。
 そうすると,この点に関する原告の主張は,採用することができない。
   オ 原告は,本件臨界事故により,「b」という原告の社会的評価と原告商品の社会的評価が著しく毀損され,また,多数の取引先から出荷停止等の措置を受け,その対応に膨大な労力と時間を費やし,さらに,営業利益の大幅な減少から多数の従業員をリストラせざるを得ず,従業員の士気の低下と求心力の低下を招くなどの甚大な無形の損害を被ったとして,慰謝料1億円を請求する。
 そこで,前記認定事実に基づき検討するに,原告は,本件臨界事故後,事故現場から10キロメートル圏内の屋内退避要請地域に本社工場を有していたことを契機として,本件臨界事故に伴う放射線放射能汚染を懸念されるようになり,取引停止や返品,納入拒否,特売企画のキャンセル等の措置を受けたことが認められるほか,販売店においても,一時は,原告の納豆製品を入荷できない旨明記されるなどしており,本件臨界事故直後から原告の本社に度々問い合わせがあったことなども勘案すると,「b」という地名を使用した原告ないしは原告商品のブランドイメージは,少なからず打撃を受けたことがうかがわれる。
 加えて,前記認定事実によれば,原告は,本件臨界事故後,消費者及び販売店の双方から,原告の納豆製品の安全性について多数の問い合わせを受け,電話対応や,取引停止,返品,納入拒否等の対応に追われたほか,本件臨界事故の翌日,原告の納豆製品について放射能汚染が認められない旨の証明書を取るために奔走し,その旨の証明書を入手した上,これを全国の販売店にファクシミリで送付するなどして,販売店に対する取引停止の解除や納品の促進を図るために多大な労力や時間を費やしたことなどが認められ,また,原告自身の故意,過失等とは無縁の本件臨界事故によって売上減少を余儀なくされたことから,社内の志気等にも,少なからぬ影響を受けたことが認められる。
 上記認定の事情のほか,本件に顕れた一切の諸事情を勘案すると,原告が本件臨界事故により被った無形の損害に対する慰謝料としては,500万円をもって相当と認める。
   カ 原告は,本訴提起のため,テレビコマーシャル好感度資料取得費用,日経POS情報取得費用,売上予測分析費用,報道資料取得費用として,合計451万0150円を支出したとして,同額が損害である旨主張するところ,原告が支出したこれらの費用は,いずれも,原告主張の損害を基礎付ける目的で,主として重回帰分析を行うための費用として支出したものであり,上記説示のとおり,本件においては,重回帰分析を基礎とした原告の主張は採用することができないものである以上,これらの費用について,本件臨界事故と相当因果関係のある損害として認めることはできない。
   キ 以上によれば,本件臨界事故と相当因果関係のある損害は,即時損害256万4763円,営業損害1億7205万円及び慰謝料500万円の合計1億7961万4763円となる。
 原告は,平成11年12月30日,被告から,本件仮払合意に基づく仮払金として2億1300万円の支払を受けているので,原告が被った上記損害額1億7961万4763円及びこれに対する本件臨界事故発生日である同年9月30日から上記仮払金の支払日である同年12月30日までの間の民法所定の年5分の割合による遅延損害金225万7453円の合計1億8187万2216円はすべて填補されていることとなり,かえって,原告は,被告に対し,その差額である3112万7784円を返還すべき義務があるといわなければならない。
第4 結論
 以上の次第であって,原告の本訴請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がないから,これを棄却することとし,被告の反訴請求は,上記差額3112万7784円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成16年6月12日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,これを認容し,その余は失当であるから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 土肥章大 裁判官 古市文孝 裁判官山門優は,転補につき,署名押印することができない。裁判長裁判官 土肥章大)