児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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原子力損害の賠償に関する法律2条2項,3条1項にいう原子力損害について,同法3条1項本文の規定による損害賠償のほかに,民法上の不法行為の規定による損害賠償を求めることができるか(水戸地裁H20.2.27)

 原発被害も訴訟になれば、こういう事実認定手法で判断されるでしょう。

水戸地方裁判所判決平成20年2月27日
判例タイムズ1285号201頁
       判例時報2003号67頁
       LLI/DB 判例秘書登載
第4 当裁判所の判断
 1 争点(1)(被告S金属鉱山に対する主位的・予備的請求の適否)及び(2)(被告JCOに対する主位的請求の適否)について
  (1) 被告らに対する民法上の不法行為に基づく請求及び被告S金属鉱山に対する原賠法3条1項に基づく請求について
 原告らは,民法709条及び715条1項(被告S金属鉱山に対する主位的請求の一部及び被告JCOに対する主位的請求)又は原賠法3条1項(被告らに対する予備的請求)に基づき,被告らに対して損害賠償を請求しているが,以下のとおり,本件事故による損害賠償に民法上の不法行為に関する規定の適用はないから,被告らに対する民法709条及び715条1項に基づく請求はいずれも失当であり,また,原賠法上,被告S金属鉱山が本件において損害賠償責任を負う余地はないから,被告S金属鉱山に対する原賠法3条1項に基づく請求も失当である。
 ア 原賠法は,3条1項本文において,「原子炉の運転等の際,当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは,当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。」として原子力事業者の原子力損害に関する賠償責任を規定しているところ,本件事故は,八酸化三ウラン粉末を溶解・混合均一化して硝酸ウラニル溶液を製造するという核燃料物質の加工(同法2条1項2号,同法施行令(昭和37年政令第44号)1条2号イ及びロ)に際して発生したものであるから,これは,同法3条1項本文にいう「原子炉の運転等の際」に発生したものである。したがって,本件事故により生じた「原子力損害」については,上記核燃料物質の加工に関する原子力事業者である被告JCO(前提事実(1)イ(ア),同法2条3項3号)が賠償する責任を負うべきことになる。
 そして,同法3条1項にいう「原子力損害」とは,「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し,又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害」をいう(同法2条2項本文)ところ,原賠法その他の法令上,原賠法3条1項によって賠償されるべき損害の範囲に関する規定は何ら存在しないから,民法上の債務不履行ないし不法行為による損害賠償責任に関する一般原則に従って,「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用」と相当因果関係がある損害の全てが原賠法3条1項により賠償されることになるものと解するのが相当である。
 本件事故においては,硝酸ウラニル溶液が臨界に達して,中性子線等の放射線が放出されるなどしており(前提事実(2)),「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用」が発生していたものと認められるが,原告らは,本件事故による被曝と相当因果関係があるものとして損害賠償を請求しているのであるから,本件事故と相当因果関係がある損害が存在すれば,当該損害について,被告JCOに対して原賠法3条1項に基づいて賠償を請求することができるが,他方,同法4条1項が「前条の場合においては,同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は,その損害を賠償する責めに任じない。」として,原子力事業者以外の者が責任を負わないことを明記しているため,前記核燃料物質の加工に関する原子力事業者には該当しない被告S金属鉱山に対しては,原賠法上はもちろんのこと,民法を含むその他のいかなる法令によっても,当該損害の賠償を請求することはできない。
 さらに,原賠法に規定する原子力損害の賠償責任は,原子力事業者に対して原子力損害に関する無過失責任を規定するなどした民法の損害賠償責任に関する規定の特則であり,民法上の債務不履行又は不法行為の責任発生要件に関する規定は適用を排除され,その類推適用の余地もないのであるから,本件事故による被曝と相当因果関係があるものとして損害賠償を請求する限りにおいては,原子力事業者に該当する被告JCOとの関係においても,民法上の不法行為に基づいて,損害賠償を求めることはできないというほかない。
 以上のとおり,本件事故による損害賠償に関しては,民法上の不法行為に関する規定の適用はなく,原賠法3条1項によってのみ賠償を請求しうるものであるから,原告らの民法709条及び715条1項の適用ないし類推適用に基づく請求(被告S金属鉱山に対する主位的請求の一部及び被告JCOに対する主位的請求)は,それ自体失当である。また,原賠法3条1項に基づく被告S金属鉱山に対する請求(予備的請求)は,同法4条1項の規定により原子力損害に関する賠償責任を負うのは原子力事業である被告JCOに限られるから,同様に失当である。
 イ 原告らは,原賠法4条1項が,同法の制定に際して,当時,核燃料の独占的供給者であったアメリカ及びイギリスによる燃料供給者を免責することとしない限り核燃料を供給しないという理不尽な要求に屈した結果として規定された不合理なものであり,また,被告S金属鉱山が被告JCOの完全親会社であり一体的関係にあること,同法4条1項が資材等の供給者の免責を目的とするものであることなどから,被告S金属鉱山が同法4条1項の規定により免責されることはなく,また,被告S金属鉱山が免責を主張することは,権利濫用として許されないと主張する。
 しかし,原賠法が規定する原子力損害に関する損害賠償制度は,原子力損害に係る損害賠償責任を負う者を原子力事業者に限定する(同法4条1項)一方で,原子力事業者に対し,原子力損害に関して無過失責任を課す(同法3条1項本文)とともに,原子力損害の賠償責任が発生する場合に備えて,その賠償を実施することにより原子力事業者に生ずる損害を保険者又は政府が填補又は補償することを内容とする原子力損害賠償責任保険契約(同法8条)又は原子力損害賠償補償契約(同法10条)の締結等の損害賠償措置を講ずることを義務付け(同法6条,7条),さらに,損害賠償措置を超える原子力損害については,政府が必要と認める限度で原子力事業者が損害を賠償するのに必要な援助を行うこととして(同法16条),被害者の十分な救済を実現しようとするものであり,その内容は格別不合理なものではなく,その適用自体を問題とされるようなものではない。また,原賠法4条1項は,その制定経過を踏まえた上で,「同条の規定により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者は,その損害を賠償する責めに任じない。」という一義的に明らかな文言により規定され,資材等の供給者に限らず,原子力事業者以外の者全てが原子力損害に係る損害賠償責任を負わないことを明記しているのであるから,同法3条により損害を賠償する責めに任ずべき原子力事業者以外の者に原子力損害に係る損害賠償責任を負わせるものと解する余地はなく,原告らの主張は失当である。
 なお,原子力損害に関して損害賠償責任を負う者が原子力事業者に限定されるのは,同法4条1項の規定の存在自体による結果であって,その効果は被告S金属鉱山が主張するか否かにかかわらず当然に発生するものであるから,同条項の適用について被告S金属鉱山の権利濫用はそもそも問題とならない。
  (2) 被告S金属鉱山に対する債務引受ないし保証に基づく請求について
 原告らは,被告S金属鉱山が被告JCOが本件事故に関して負う損害賠償責任につき債務引受ないし保証をした旨主張(被告S金属鉱山に対する主位的請求の一部)し,その根拠として,被告S金属鉱山の代表取締役が,?平成11年10月1日の記者会見において「地域の被害に対する補償については被告S金属鉱山が全面的にバックアップする」旨述べた事実,?同月5日の記者会見において「被告JCOの臨界事故について道義的,社会的責任があり,誠意をもって対応する」旨発言した事実があったと主張するが,被告S金属鉱山の代表取締役という法人の代表者が記者会見において上記のような見解を述べたこと自体から,原告らという特定個人との間で債務引受ないし保証契約が締結されたことになるわけではないから,原告らの主張は,そのような事実の存否にかかわらず失当である(なお,被告S金属鉱山の代表取締役が上記のようなことを述べた事実を認めるに足りる証拠も存在しない。)。
 したがって,原告らとの間における債務引受ないし保証契約を締結したことを根拠として,被告S金属鉱山が,本件事故に関する損害賠償責任を負うとの主張は理由がない。
  (3) 以上より,被告らに対する主位的請求及び被告S金属鉱山に対する予備的請求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
 2 争点(3)(本件事故と相当因果関係のある損害の存否)について
 本件においては,原告らの被告JCOに対する予備的請求(原賠法に基づく請求)の当否のみが問題となるが,以下のとおり,これは理由がない。
  (1) 原告らの本件事故による被曝線量について
 本件においては,原告らに本件事故と相当因果関係のある損害が生じていたか否かを検討する前提として,本件事故による原告らの被曝線量が争いとなっているので,まず,この点について検討する。
 ア 放射線の人体に対する影響に関する知見
 (ア) 影響の種類による分類
 a 早期影響と晩発影響(乙2,52)
 放射線の人体に対する影響は,時間経過の観点から,早期影響と晩発影響に分類される。
 早期影響とは,被曝後,比較的早い時期にあらわれる影響のことをいい,嘔吐,下痢,頭痛,意識障害及び発熱並びに放射線火傷(脱毛,紅斑,乾性落屑,湿性落屑又は壊死等)などがこれに該当する(晩発影響に該当しないものは全て早期影響である。)。晩発影響とは,被曝後,数年あるいはさらに長い時間が経過してからあらわれる影響のことをいい,白内障及びがん(白血病を含む。)の発症がこれに該当する。
 b 確率的影響と確定的影響(乙2,52)
 放射線の人体に対する影響は,放射線防護・管理の観点から,確率的影響と確定的影響(非確率的影響)に分類され,少しでも放射線を浴びればその量に比例した確率によって影響があらわれると仮定されているものを確率的影響といい,ある程度以上の量の放射線を被曝しないと影響があらわれないものを確定的影響という。生物学的にみれば,確率的影響は細胞の遺伝情報が変わることによって生ずる影響であり,他方,確定的影響は細胞の分裂能が傷害され細胞数が減少することによって生ずる影響である。
 この分類でいう確率的影響には,遺伝影響と発がん(白血病を含む。)とが該当し,それ以外のものは全て確定的影響に該当する。
 (イ) 中性子線の性質(甲97,乙2,51)
 放射線には,アルファ線ベータ線及び陽子線等の荷電粒子線,エックス線及びガンマ線の短波長の電磁放射線並びに中性子線のように電離(分子から電子を引き離して一対の陰イオンと陽イオンを生み出す性質。「イオン化」ともいう。)作用を持つものと,紫外線,赤外線及びラジオ波等の長波長の電磁放射線のように電離作用を持たないものとがある。
 電荷を持つ荷電粒子線が物質を通過する際に急速にエネルギーを失うため物質を透過する力が小さいのに対し,中性子は,電荷を持たず物質を通過する際にエネルギーを失う割合が小さいため,物質を透過する力が大きい。
 (ウ) 影響の種類による分類と議論に用いる線量の単位
 a 吸収線量(乙2,110)
 吸収線量は,物理量であるエネルギーを使って,単位質量当たりの吸収エネルギーとして放射線量を定義するものである。
 物質の種類に関係なく物質1kg当たり1J(ジュール)のエネルギーが吸収されるときの放射線量が1Gy(グレイ。1Gyの千分の一が1mGyである。)と定義される。
 b 線量当量と等価線量
 ? 線量当量(乙1,2)
 吸収線量に線質係数を乗じたものを線量当量という(単位はSv(シーベルト)であり,1Svの千分の一が1mSvである。)。
 放射線は,同じ吸収線量であっても,放射線の種類やエネルギーの違いによって異なる生物影響を示す。そこで,放射線の人体に対する影響を評価するに際して,その違いを反映させるための係数が線質係数である。線質係数の値は,放射線が水又はそれとほぼ等価の吸収を示すと考えられる軟組織を通過する際に1μm当たりに失われるエネルギー(Linear Energy Transfer。eV(電子ボルト)によりあらわされる。)との関係で定義されたものである。線質係数は,ガンマ線については1,中性子線については10とされていた。
 線量当量及び線質係数は,1990年勧告以前に用いられていたものであり,放射線防護・管理の観点から導入されたものである。
 ? 等価線量(乙2,52,110)
 吸収線量に放射線荷重係数を乗じたものを等価線量という(単位はSv(シーベルト)であり,1Svの千分の一が1mSvである。)。
 放射線荷重係数は,新たな知見に基づいて,1990年勧告において,組織・臓器の平均吸収線量に適用するための概念として,低線量における確率的影響の生物学的効果比(Relative Biological Effectiveness,以下「RBE」という。)を考慮して導入された係数である。RBEは,線質係数と同様に,放射線の人体に対する影響を評価するに際して,放射線の種類やエネルギーによって生じる生物影響の違いを反映させるための係数であるが,線質係数が放射線防護・管理の観点から用いられる概念であるのに対し,RBEは生物学的な観点から用いられる概念である。RBEの値は,放射線の種類はもちろんのこと,同じ種類の放射線についても,いかなる生物の,どのような影響を,どのようにして観察したかによっても異なるものであるが,放射線荷重係数は,上記のとおり,低線量における確率的影響のRBEを考慮して選択されたものであるため,これを確定的影響の評価に用いることはできない。
 中性子線の放射線荷重係数は,エネルギーによって5ないし20とされている。
 c 実効線量当量と実効線量
 ? 実効線量当量(乙1,2)
 実効線量当量とは,臓器・組織ごとに,線量当量に各臓器・組織の荷重係数を乗じた数値を計算し,その数値を全身にわたって合計したものをいう。
 荷重係数は,臓器の確率的影響に対する感受性をあらわすための数値であり,生殖腺の荷重係数は遺伝的影響を,その他の臓器・組織の荷重係数は発がんを対象として,生物学的な情報に基づいて定められていた。実効線量当量は,1990年勧告以前に用いられていたものであり,荷重係数は,1977年勧告において,生殖腺については0.25,赤色骨髄及び肺については各0.12,乳房については0.15,甲状腺及び骨表皮については各0.03,残りの組織については0.30とされていた(合計すると1.0となる。)。
 ? 実効線量(乙2,52,110)
 実効線量とは,臓器・組織ごとに,等価線量に各臓器・組織の組織荷重係数を乗じた数値を計算し,その数値を全身にわたって合計したものをいう。
 組織荷重係数は,1990年勧告において,致死性の発がんの発生確率だけでなく,非致死性のがんの発生確率,重篤な遺伝的影響の発生確率及び余命損失の大きさを考慮して,各臓器の寄与率をもとに,生殖腺については0.20,赤色骨髄,結腸,肺及び胃については各0.12,膀胱,乳房,肝臓,食道及び甲状腺については各0.05,皮膚及び骨表皮については各0.01,残りの組織については0.05とされている(合計すると1.0となる。)。
 d 放射線防護に関する法令における用語
 放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律(昭和32年法律第167号)及び同法施行令(昭和35年政令第259号)に基づいてその実施のために規定された同法施行規則(昭和35年総理府令第56号),並びに,同施行令及び同規則に基づいて規定された昭和63年科学技術庁告示第15号等の放射線防護に関する法令においては,放射線の量等をあらわす用語として,線量当量及び実効線量当量が用いられていた(本件事故当時も同様であった。)。
 本件事故後,1990年勧告を踏まえた放射線防護に関する法令の改正が行われ,昭和35年総理府令第56号が平成12年総理府令第119号により一部改正され,昭和63年科学技術庁告示第15号が平成13年科学技術庁告示第5号により全部改正される(改正後の府令・告示の施行日はいずれも平成13年4月1日である。)などし,放射線の量等をあらわす用語に関して,線量当量が等価線量に,実効線量当量が実効線量に,それぞれ改められるなどした。
 e 確定的影響と確率的影響の評価
 ? 確定的影響(甲40,乙1,2,113,115)
 確定的影響には,被曝線量がある線量(しきい値)を超えた場合に初めて影響が出始め,また,被曝線量がしきい値を超えると被曝線量に応じてその影響が大きくなるという特徴がある。なお,昭和59年に採択されたICRPのpublication41(電離放射線の非確率的影響)は,同報告書でいう非確率的影響の「しきい線量」について,「ある特定の影響が被曝した人々の少なくとも1〜5%に生ずるのに必要な放射線の量を表すのに用いる。」としている。
 確定的影響の評価に際しては,放射線荷重係数が低線量における確率的影響のRBEを考慮して選択されたものであることなどから,実効線量や放射線荷重係数を用いることはできず,吸収線量を用いることになる。また,中性子線による確定的影響を問題とする際には,吸収線量に問題とする傷害に適したRBEを乗じた線量を用いることになる(その単位はGyEq(グレイ当量)ないしγGyEq(ガンマグレイ当量)とされる。)。中性子線の放射線荷重係数は,確定的影響を評価するためのRBE(問題とする影響の種類によって異なる。)と比較して,一般にかなり大きいとされている(中性子線の放射線荷重係数は,前記のとおり,エネルギーに応じて5ないし20とされているが,1990年勧告には,水晶体混濁を指標としたときの中性子線のRBEは2ないし3であること,確定的影響のRBEが通常は10を超えないことなどが記載されている。)。
 1990年勧告は,確定的影響のしきい値につき,(a)身体の大部分の組織については,放射線を1回に浴びた場合には数Gy,何年間も継続して被曝した場合には1年当たり約0.5Gy,(b)成人の男性生殖腺に一時的不妊(成人の臓器・組織の中で影響が生ずる値が最も低い。)が生ずる線量について,1回の被曝で0.15Gyとしており,(c)成人よりも放射線に弱いとされている胎児に奇形(最も低い値で生ずる影響である。)が生ずる線量は0.1Gyである等としている。
 また,IAEAが平成10年に出した「放射線傷害の診断と治療」という文書においては,1Gy以下では異常は生じず,もしあったとしても問題とするほどのものではないとした上で,1Gyを超え2Gy未満の被曝による放射線症を軽症(白血球(好中球)が被曝後10日くらいまでに約10分の1に,さらに1か月半後には100分の1くらいになることがあるが,2か月くらいで回復する。),2ないし4Gyの被曝による放射線症を中等症,4ないし6Gyを重症,6ないし8Gyを非常に重症,8Gy以上を致死的と分類している。さらに,早期影響につき,(a)嘔吐については,被曝線量が1ないし2Gyの場合は2時間以内に,2ないし4Gyの場合は1ないし2時間の間に,4ないし6Gyの場合は1時間以内に,6ないし8Gyの場合は30分以内に,8Gy以上では10分以内に発症するとされ,(b)下痢については,被曝線量が4ないし6Gyとなると起こり始め,6ないし8Gyでは重度のものが1ないし3時間の間に1割以上の人に生じ,8Gy以上では全員に見られるとされ,(c)頭痛については,被曝線量が4Gy以下でも軽いものが見られることがあるが,4ないし6Gyでは中等度のものが4ないし24時間の間に,6ないし8Gyでは重度のものが3ないし4時間の間に大部分の人に見られ,8Gy以上では重度のものが1ないし2時間の間に大部分の人に見られるとされ,(d)意識については,6ないし8Gyでも多少影響されることがあり,8Gy以上では意識を喪失することもあるとされ,(e)体温については,2ないし4Gyで1ないし3時間の間に微熱が出て,4ないし6Gyでは1ないし2時間の間に発熱し,6Gy以上では1時間以内に高熱が出るとされている。
 ? 確率的影響(乙1,2,52,100)
 確率的影響については,被曝した放射線の量に比例して影響が発生する確率が大きくなると仮定されている。低線量の被曝による確率的影響の中で放射線防護・管理において最も重要な問題となるのは,発がんのリスクである。
 どれだけ被曝線量を少なくしても確率的影響のリスクはなくならないから,確率的影響の観点に立った放射線防護・管理の目標は,被曝線量を影響が発生する確率が容認できるレベルに制限することにある。1990年勧告においては,このような観点から,容認しうる被曝線量(実効線量)の限度(線量限度)を,放射線作業従事者については5年間に100mSv,一般公衆については1年間に1mSvとしている。1977年勧告においては,実効線量当量の限度について,放射線作業従事者につき1年間に50mSv,一般公衆につき1年間に1mSv(当初1年間に5mSvとされていたのを変更)とされていた。
 放射線被曝による確率的影響のリスク(損害)の推定値について,1990年勧告においては,放射線作業従事者に関して,致死的がんにつき1Sv当たり0.04(1mSv当たり0.00004),致死的でないがん及び遺伝的影響につきそれぞれ1Sv当たり0.008(1mSv当たり0.000008)とされ,一般公衆に関して,致死的がんにつき1Sv当たり0.05(1mSv当たり0.00005),致死的でないがんにつき1Sv当たり0.01(1mSv当たり0.00001),遺伝的影響につき1Sv当たり0.013(1mSv当たり0.000013)とされている。1977年勧告においては,致死的がんにつき1Sv当たり0.0125(1mSv当たり0.0000125),遺伝的影響につき1Sv当たり0.004(1mSv当たり0.000004)とされていた(致死的でないがんについては推定値が存在しない。)。1990年勧告は,誘発されるリスク(損害)は一定線量によって自然発生率の一定倍数増えるという考え方に基づいているのに対し,1977年勧告は,誘発されるリスク(損害)は一定線量によって(自然発生率にかかわらず)一定数増えるという考えに基づいたものである。
 イ 原告らの被曝線量
 (ア) 旧科技庁の線量推定について
 原告らが本件事故により被曝した放射線中性子線とガンマ線との合計)に関しては,旧科技庁が,当時の放射線防護に関する法令に則って実効線量当量を用いて算定し,それぞれ6.5mSvと推定している(前提事実(2)ウ)が,以下のとおり,これには合理性が存し,原告らの実効線量当量がこの推定値を超えることはないものと認められる。
 a 旧科技庁による線量推定は,旧原研が本件事故当日である平成11年9月30日午後8時45分ころに転換試験棟から約100mないし約750mの19地点において測定した中性子線及びガンマ線の実測値(旧原研は22地点において測定を実施していたが,建物の遮蔽による影響を受けて測定値が低くなったと推測される3点は除外された。)をもとに,最小自乗法を用いて転換試験棟からの距離に応じた推定値(屋外における被曝を想定した線量が算出される。)の関係式(フィッティングカーブ)を導き出した上で,これに,周辺住民に対して実施した聴き取り調査により判明した事故当日の30分ごとの行動(転換試験棟からの距離と屋外での滞在時間)を踏まえて家屋内に滞在した時間に応じた遮蔽効果等による補正を加えて算定されたものである(甲47の?及び?,120の?,乙51,54)から,その推定方法自体に特段不合理な点はない。
 また,上記推定方法に関しては,?種々の測定結果の中から,同一の測定機種を用いているため系統性があり,転換試験棟を中心に全方位において,しかも,遠方にまで及んで広範囲において実施されていた旧原研の測定結果に基づいたものであること(甲47の?,乙54),?家屋による遮蔽効果については,建築専門家の協力を得た上で現地調査を実施して,家屋の種類及び部材を詳細に分類した上で計算されたものであること(乙54),?行動調査の結果につき,30分以内に調査対象者が大きく移動していた場合には,その時間内において線源に最も近かった場所を当該30分の滞在場所とするなど過小評価とならないように配慮されていたこと(乙121の?の引用文献6)などの事情が認められるから,旧科技庁による線量推定には合理性が存するものである。
 そして,東海事業所から約80メートルの場所に本件事故が発生した午前10時35分から午後4時ころまで居合わせた7名の一般住民について,旧科技庁の関係式(フィッティングカーブ)により算出された推定線量(中性子線とガンマ線との合計)と,全身カウンタを用いて測定された体内に生成された24Naに基づく線量評価とを比較すると,前者が14mSvないし26mSvであったのに対し,後者は6.7mSvないし16mSvであったというのである(甲47の?,乙54)から,旧科技庁による推定線量は,過大評価となっている可能性はあっても,過小評価となっているおそれはないというベきである。
 b 原告らは,?放射線荷重係数が過少であること,?建物の遮蔽効果が過大に評価されておりデータの選択が誤っていること,?行動調査が杜撰であったこと,?旧科技庁等が測定データを隠蔽している疑いがあることなどから,旧科技庁の線量推定は信頼できず,原告花子の被曝線量は少なくとも39.0mSv,原告太郎の被曝線量は少なくとも43.6mSvである旨主張する(甲2,11,18(甲41と同一)。神戸大学において放射線計測の基礎・応用を専門とする山内知也教授も同趣旨の見解を述べている(甲144,95,139,証人山内)。)が,以下のとおり,いずれも採用できない。
 ? 放射線荷重係数を問題とする点について
 原告らは,1990年勧告において,中性子線の放射線荷重係数が20とされていることを根拠に,原告らの被曝線量もこれを踏まえて2倍に評価されるべきである旨主張するが,旧科技庁による線量評価は,実効線量当量により算定されたものであるところ,前記ア(ウ)b及びcのとおり,放射線荷重係数は1990年勧告において導入された等価線量及び実効線量を算定する際に用いられる係数であり,これを線量当量及び実効線量当量の算定に用いることはできない。
 線量当量及び実効線量当量の算定に際しては,線質係数が用いられるところ,その値は,ガンマ線については1,中性子線に関しては10とされていたのであり(前記ア(ウ)b?),旧科技庁の線量推定もこれを踏まえたものであったから,原告らの主張はその前提を欠いており失当である。
 ? 建物による遮蔽効果等を問題とする点について
 原告らは,旧科技庁の関係式(フィッティングカーブ)を導出する根拠となった旧原研の測定値が既に建物の遮蔽効果による影響を受けたものであったのに,線量評価において,再度行動調査の結果に基づく家屋の遮蔽効果が考慮されているため,建物の遮蔽効果が過大に評価されており,また,可能な限り保守側に考える観点から,旧科技庁が導出した関係式(フィッティングカーブ)は,最も遮蔽効果が少ないと思われる地点を通過するように補正されるべきである(その結果,原告らの被曝線量は中性子線につき2.6倍に評価されるべきである。)旨主張する。
 しかし,前記aのとおり,旧科技庁の関係式(フィッティングカーブ)は,建物の遮蔽による影響を受けて測定値が低くなったと思われる3点の測定値を除外した上で,屋外における被曝を想定した線量を算出するものとして導き出されたものであるから,旧科技庁の線量推定において,家屋による遮蔽効果が過大に評価されているとは認められない。また,原告らが主張する関係式(フィッティングカーブ)の補正は,旧科技庁の関係式が,複数の測定値と推定値(未知数で与えられる。)との差から最も確からしい推定値を求める最小自乗法により導出されたものであるのに,測定値のうち最大のものを基準として関係式全体を大幅に修正しようとするものであり,補正前の関係式と補正後の関係式との関連・連続性が明らかでなく,補正後の関係式の相当性が担保されているのか疑義があるといわざるをえないから,これを採用することはできない。
 さらに,原告らは,旧原研の測定値の他に,旧科技庁の関係式(フィッティングカーブ)よりも高い測定値が存在することから,旧科技庁の線量推定が不合理である旨主張するが,旧科技庁の関係式(フィッティングカーブ)は,前記aのとおり,最小自乗法を用いて導出されたものであるから,これを超える測定値が存在したからといって,直ちにその客観性に疑義が生じるようなものではないし,旧科技庁の関係式(フィッティングカーブ)の導出に当たり,客観性が担保されるよう様々な配慮がなされていたことは,前記aのとおりであるから,原告らの主張は失当である。
 なお,東海事業所周辺の家庭において本件事故当時から保管されていた五円玉に含まれる亜鉛の放射化量(65Znの放射能量)の測定結果と計算で求められた中性子線スペクトルに基づいて周辺住民の中性子線被曝量を推定すると旧科技庁の関係式(フィッティングカーブ)を上回る結果となった旨の論考(甲16(甲51と同一))が存在するが,熱中性子(運動エネルギーが非常に低い中性子)については物質の透過・反射による増減が大きいため,線源から五円硬貨の場所までの遮蔽等の条件を正確に再現して,熱領域から速領域まで広範に及ぶスペクトルを遠方まで計算することは困難であり,その推定値には中性子線スペクトルの信頼性による不確実さが伴うというのである(乙54)から,これによって,旧科技庁の関係式(フィッティングカーブ)の信頼性が直ちに揺らぐものではない。
 ? 行動調査を問題とする点について
 原告らは,旧科技庁が線量推定の前提とした行動調査が杜撰であり,原告らの本件事故当日の行動を詳細に検討すると,旧科技庁の関係式(フィッティングカーブ)を前提としても,原告花子の被曝線量は1.3倍に,原告太郎の被曝線量は1.4倍に,それぞれ評価されるべきである旨主張するが,原告らが主張の根拠とする行動調査及びその評価の内容(甲2,11,18,53の?及び?)をみると,東海工場内に滞在していても窓が開いていた時間や,自動車で移動していた時間について,全て屋外に滞在していたものとして遮蔽効果が全くなかったものと評価されており,被曝線量の過大評価となっている疑いが強いものといわざるをえない。
 そして,原告らが窓の開いた東海工場内に滞在した時間(原告太郎についてはその可能性がある時間も含む。)及び自動車で移動していた時間の合計は,いずれも約3時間にわたっており,原告らが主張の根拠とする行動調査に基づく線量推定が相当な過大評価となっているおそれが高いから,原告らが主張するような被曝線量の補正を採用することはできない。
 ? 測定データの隠蔽を問題とする点について
 原告らは,公表されている測定値の他にも,高い測定値が隠蔽されている可能性があるから,旧科技庁の線量推定は過小評価の疑いがある旨主張するが,旧科技庁の線量推定が合理性を有するものであることは,これまでも繰り返し説示してきたところであり,また,仮にそのような測定値が存在したとしても,測定機器や測定方法の相違によって旧原研の測定値よりも高い値が検出されていた可能性が否定できず,これを旧原研の測定値と同列に扱うことはできないから,上記主張を採用することはできない。
 (イ) 実効線量当量及び実効線量について
 原告らが本件事故により被曝した放射線中性子線とガンマ線との合計)の線量を,当時の放射線防護に関する法令に則って,実効線量当量により算定すると,上記(ア)のとおり,それぞれ多くとも6.5mSvとなる。
 そして,日本原子力学会による本件事故に関する調査・分析によれば,中性子線及びガンマ線を合計した実効線量は,実効線量当量の約1.8倍になるというのである(乙54)から,本件事故後の放射線防護に関する法令の改正を踏まえて,上記実効線量当量を実効線量(中性子線とガンマ線との合計)に換算すると,それぞれ多くとも11.7mSvであるということになる。
 (ウ) グレイ当量について
 中性子線による確定的影響を問題とする際には,吸収線量に問題とする傷害に適したRBEを乗じたグレイ当量(ないしガンマグレイ当量)によって評価することになるところ,中性子線に関しては,(a)前記ア(ウ)e?のとおり,線質係数が10,放射線荷重係数が5ないし20とされているのに対し,確定的影響を評価するためのRBEは一般にこれと比較してかなり小さいとされており,1990年勧告には,水晶体混濁を指標としたときの中性子線のRBEは2ないし3であり,確定的影響のRBEが通常は10を超えない旨記載されていること,(b)ICRPのpublication58においても,皮膚影響に関するRBEに関して,豚ないしマウスの皮膚を用いた実験に基づいて,高線量と比較して値が大きくなる低線量(1ないし5MeV)におけるRBEは6.5ないし8.7であるとされ,これは動物と人とで同様のものとされていること(乙121の?),(c)13MeVの中性子線によるマウスの腸管壊死の実験から評価されたRBEは1.7であるとされているが,これを用いて,本件事故当時に硝酸ウラニル溶液を製造する作業に従事していた被告JCO従業員3名の被曝線量を試算した値が他の線量推定方法による評価結果と矛盾していないこと(乙111の?),(d)本件事故による被曝が中性子線のみによるものではなくガンマ線と混合したものであったことなどからすると,本件において,中性子線による皮膚影響を問題とする場合のRBEは,高くても10を超えることはないものというべきである。
 これを前提に,原告らに関して皮膚影響を問題とする場合のグレイ当量を算出すると,線質係数を10として算出された実効線量当量の値を超えることはないということになるから,いずれについても,6.5mGyEqを超えることはないというべきである。
 なお,低線量被曝の生物学的影響に関する論考の中には,低線量の中性子線被曝の極限RBE(線量が限りなく小さくなった場合のRBE)は50ないし70である旨指摘するもの(甲70,71)があるが,これは放射線に対する感受性が高いとされるリンパ球の染色体異常を評価して得られたものであり,後にみるように,本件において主に問題とされる皮膚影響とは異なる生物影響に着目したものであるから,これを本件における皮膚影響を評価する際のRBEとして採用することはできない。
 また,市川名誉教授は,ムラサキツユクサの雄しべの突然変異に関する研究を根拠に,低線量の中性子線の被曝によっても,人体に対する影響がある旨の意見を述べる(甲103,証人市川)が,その具体的な内容をみると,同名誉教授はムラサキツユクサについて中性子線被曝によって一つ一つの細胞に影響・反応があることを確認したところ,ムラサキツユクサにそのような影響・反応が生ずる以上は人体に対する影響も起こり得ると考えられるというものにすぎず,組織レベルでの影響や具体的な健康影響についてまで言及したものではないから,これは,上記の認定・判断を左右するようなものではない。
 (エ) 以上より,原告らの被曝線量は,実効線量当量(中性子線とガンマ線との合計)ではいずれも多くとも6.5mSv,実効線量(中性子線とガンマ線との合計)ではいずれも多くとも11.7mSvであり,グレイ当量(中性子線による皮膚影響を問題とする場合)ではいずれも6.5mGyEqを超えることはないというべきである。
  (2) 原告花子に本件事故と相当因果関係のある損害が生じていたか否かについて
 原告花子は,本件事故によって放射線に被曝したことに起因して,下痢,口内炎胃潰瘍及びPTSDを発症する健康被害を被ったと主張し,これと関連して治療費,休業損害,逸失利益及び慰謝料等の損害賠償を請求している。
 訴訟上の因果関係(相当因果関係)の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではないが,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきところ(最高裁昭和50年10月24日第二小法廷判決同48年(オ)第517号・民集第29巻9号1417頁,平成12年最高裁判決参照),以下のとおり,経験則に照らして本件全証拠を総合検討しても,本件事故ないし事故による被曝がこれらの健康被害ないし損害を発生させた関係を是認し得る高度の蓋然性の証明はない(なお,PTSDに関してはその発症自体を認めることができない。)から,原告花子の請求は理由がない。
 ア 原告花子が主張する健康被害について
 (ア) 原告花子の症状の経過等
 証拠(甲4ないし7,30,81,94,110,141,乙13ないし16,71,証人今村,原告花子)及び弁論の全趣旨によると,原告花子の下痢,胃潰瘍口内炎及び精神症状等の経過につき,以下の事実が認められる。
 a 原告花子は,平成3年9月19日,1か月前から生じた痛みを伴う心窩部膨満及び食欲不振を訴えて,日鉱記念病院内科を受診した。消化管内視鏡検査を受けた結果,胃体下部後壁に深く大きな潰瘍が確認されたため同科に入院したが,制酸剤及び抗潰瘍剤等による治療によって症状が改善し,同年10月10日に退院した。
 退院後も,定期的に通院を続け,平成5年1月30日,同6年12月12日,同7年5月1日及び9月14日,同8年1月5日及び11月12日並びに同9年5月31日にそれぞれ胃潰瘍と診断され,ガスター,ガスロンN,セルベックス及びファイナリンG(いずれも消化性潰瘍治療薬である。)の処方を受けるなどしていた。
 b 原告花子は,平成3年3月ころから南高野医院に通院するようになり,神経症不眠症と診断されていたが,同9年には血尿及び高脂血症と,同10年3月及び12月に上気道炎と,それぞれ診断されていた。
 神経症不眠症については,遅くとも平成10年4月ころから,睡眠薬であるサイレースの処方を受けていた。
 c 原告花子は,平成10年11月9日,時々心窩部痛がある旨を訴えて日鉱記念病院内科を受診し,胃潰瘍(再発)と診断された。同11年3月5日に受診した際にも,時々腹痛がある旨を訴えていた。
 また,平成11年1月17日には,南高野医院において,アフタ性口内炎及び上気道炎と診断され,抗ヒスタミン薬であるプロコン,気管支拡張薬であるテルダン(口腔用)及び抗菌薬であるトミロンの処方を受け,ストレスのない生活を心がけるよう注意された。同年7月31日に再び上気道炎と診断され,その後,同年9月16日に同医院を受診した際には,ストレスのない生活を心がけるよう注意された。
 原告花子は,平成11年9月29日,同医院を受診したが,その際,朝起きられない旨を訴えていたため,処方するサイレースの量を2分の1とすることになった。
 d 原告花子は,平成11年10月1日午前3時ころから下痢を発症した。また,同日中から口の中に違和感を感じ始め,同月2日の昼ころ,口内炎ができているのに気付いた。
 e 原告花子は,平成11年11月初旬から心窩部痛を感じ,同月16日に日鉱記念病院内科において消化管内視鏡検査を受けたところ,胃体下部後壁に潰瘍が確認され,同月18日,同科に入院した。同年12月5日に退院したが,その後も通院を継続して,ガスター及びセルベックス等の処方を受けていた。
 また,原告花子は,平成11年11月13日に南高野医院を受診した。リンパ球・白血球数の上昇及び糖尿の傾向が見られたが,胸部レントゲンや心電図では異常は見られなかった。原告花子は,サイレースを2分の1にしても眠い旨を訴えていた。
 f 原告花子は,平成11年12月10日,回春荘病院を受診し,体が動かず食欲がないことなどを訴え,本件事故がそのきっかけとなっている旨述べていた。原告花子は,うつ状態と診断され,抗うつ薬であるトフラニール(三環系抗うつ薬)及びルボックス(選択的セロトニン再取込阻害薬),並びに,睡眠薬であるロラメット及びグッドミンの処方を受けて,通院しながら治療を受けることとなった。
 原告花子は,平成11年12月24日に同病院を受診した際に,少し調子が出てきており,もう一度薬をもらえれば大丈夫と思う旨述べ,同12年1月18日に同病院を受診した際には,調子がよく薬をやめたこと,最近眠れない日があること,気分は安定していることなどを述べた。その後,抗うつ薬及び睡眠薬の処方を受けながら通院を継続し,同年2月19日に受診した際には,もう一つ元気が出ないが,2月から1日おきに出勤しており,以前の死にたいと感じる症状はとれたことを,同年3月18日に受診した際には,3月からは休まないで通勤していることを,同年7月11日に受診した際には,大分良くなってきているような気がすることを,それぞれ述べており,症状の改善傾向が見られたが,同年10月16日に受診した際に,落ち込んでいて意欲がない旨を述べ,抑うつの増悪が見られるとともに,同年11月13日に受診した際には,気分があまりすっきりしないと述べる(なお,同日に,それまで処方されていたトフラニールに代わって,同じく三環系抗うつ薬であるアナフラニールが処方された。)など,症状が思わしくない状態となった。
 また,原告花子は,平成11年10月に南高野医院を受診して,消化性潰瘍治療薬の処方を受けた。
 g 原告花子は,平成12年11月15日の午前中に,同月13日に回春荘病院において処方を受けた抗うつ薬7日分を服用して意識不明となり,同月15日午後8時10分ころ,秦病院に救急搬送され,そのまま入院した。入院時,頭部CT及び胸部レントゲンでは異常は確認されなかったが,瞳孔の対光反応が低下し,意識レベルは刺激に対して応答する状態であった。同月16日に内視鏡検査が実施されたが,食道及び十二指腸に異常は認められず,胃にも明らかな潰瘍・腫瘍は確認されなかった。原告花子は,意識状態が回復し,同月18日に同病院を退院して,回春荘病院に転院した。
 原告花子は,自殺企図があったとして,回春荘病院において,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律(昭和25年法律第123号)に基づく医療保護入院となり,隔離された上で,電話,面会及び外出につき行動制限が課されることとなった。その後,平成12年12月2日には精神症状が落ち着いたため行動制限が解除となり,同月19日からは任意入院として入院を継続していたが,同13年1月10日には,外来通院を継続することを前提に,退院するに至った。
 h 原告花子は,平成13年1月10日に回春荘病院を退院した後も通院を継続し,抗うつ薬であるテトラミド抗不安薬であるテパス,睡眠薬であるインスミン及び下剤であるアローゼンなどの処方を受け,同14年6月ころまで,良眠・食欲良で,気分もまあまあという状態が続いていた。
 原告花子は,平成13年7月4日,佐藤厚子医師に対して,「診断書にPTSDと書いて欲しいのですが。」と言ったところ,「JCOの事故に関するPTSDとの診断は,もう少し詳しい医師に依頼して欲しい。」と言って断られたことがあったが,同年8月27日には「今日は診断書を書いて欲しい。」「『入院しました』という証明だけで良いです。」と言って,うつ病のために同12年11月18日から同13年1月10日まで入院加療を行い,現在は通院加療中である旨記載された診断書(甲5の?)の発行を受けた。
 また,原告花子は,平成13年7月19日,心窩部及び胃の不快感を訴えて,南高野医院を受診した。同年8月9日に内視鏡検査を受けたところ,十二指腸の軽度変形及び胃体下部から幽門にかけての萎縮性変化が確認されたが,食道及び球部に異常・変形はなく,胃の潰瘍も認められなかった。
 i 原告花子は,平成14年6月26日,一郎を伴って,東邦大学附属大橋病院精神神経科を受診した。
 原告花子らは「回春荘病院において,佐藤厚子医師から,事故でPTSDと習ったことがないから書けない旨言われたが,事故との関係で発病したことを証明するために診断書が欲しい。」と訴えていた。
 同科の高橋医師は,原告花子を,心的外傷後ストレス障害(PTSD)と診断し,本件事故との因果関係は明白である旨記載した診断書(甲6)を作成した。
 j 原告花子は,その後も回春荘病院に通院して,従前と同様の治療を受けていたが,平成14年11月7日に再び東邦大学附属大橋病院精神神経科を受診して,高橋医師から抗不安薬であるテパス及び抗うつ薬であるデプロメール(選択的セロトニン再取込阻害薬。製品名は異なるが,ルボックスと同一の薬剤である。)の処方を受けた。原告花子は,高橋医師から処方された薬を飲み始めると,2日目に非常に調子がよくなったように感じ,同月20日,今村医師に対して,高橋医師の診察を受けたこと等を伝えたところ,回春荘病院においても,同様の処方を受けることとなった。
 その後,原告花子の症状は比較的良好な状態が継続している。
 k 原告花子は,平成15年10月22日,今村医師から,「外傷後ストレス障害」(PTSD)と診断する旨の診断書(甲30)の発行を受けた。
 今村医師は,平成16年4月5日,原告花子をPTSDと診断するに至った経緯について説明した同15年10月22日付けの書面(甲81)を作成した。
 l なお,原告花子の供述及び陳述書(甲141)には,上記aないしkの経過と異なる部分もあるが,診療録の客観的な記載に反しており,採用することはできない。
 (イ) 本件事故による被曝と原告花子が主張する健康被害との相当因果関係について
 上記のような病状の経過等を踏まえて検討すると,以下のとおり,本件事故による被曝に起因して下痢,口内炎胃潰瘍及びPTSDを発症したという原告花子の主張は,いずれも失当である。
 a PTSDないし精神症状について
 原告花子は,前記(ア)eないしjのとおり,本件事故後,継続して精神症状に関する治療を受けていた事実が認められるが,この症状がPTSDに該当するものと認めることはできず,また,同症状が本件事故ないし事故による被曝によって招来された関係を是認しうる高度の蓋然性を認めることもできない。
 ? 証拠(乙4,19の?,72)によると,PTSDとは,強い精神的外傷を受けた後に生じる精神症状であり,その診断基準については,ICD−10又はDSM−?において,それぞれ別紙「PTSDの診断基準」記載のとおりとされている。
 これらの診断基準を踏まえると,ある人がPTSDを発症していると判断するためには,少なくとも,当該人が,(a)生命・身体に重大な危険が及ぶ等の大きな精神的苦痛を生じさせる出来事を体験していること,(b)体験に関する記憶・苦痛を繰り返し想起・感得していること,(c)体験に関係する会話,場所又は人物等を回避しようとしていること,(d)心理的な感受性の亢進と覚醒の増大が存在していることが必要であるということができる。
 これを原告花子についてみると,原告花子は,本件事故に関し,中性子線を中心とする放射線による被曝を体験したものであるが,被曝自体に関しては何らの知覚も経験しておらず(原告花子),客観的にも,前記(1)イ(イ)のとおり,被曝した線量は実効線量当量(中性子線とガンマ線との合計)で多くとも6.5mSvという健康影響が問題とされるようなものではなく,しかも,平成12年1月には,その旨を旧科技庁から通知されていたのである(甲1)から,これは,上記(a)にいう大きな精神的苦痛を生じさせる出来事には該当しないものというほかない(なお,原告花子は,本件事故当日に,現場付近の騒然とした雰囲気や防護服を着た人を目撃したことが恐ろしかった旨供述するが,そのような体験自体が大きな精神的苦痛を生じさせるものといえないことはいうまでもない。)。
 上記(b)の点についても,原告花子は,現場付近の騒然とした雰囲気,防護服を着た人又は本件事故当日の青い空を想起することがある旨供述するにすぎず,被曝そのものに関する記憶や苦痛は特段想起されていない。
 また,原告花子は,本件事故から間もない平成11年10月5日,同居していた一郎の家族が原告らの自宅から引っ越しをした際に,手伝いをしないで自宅にいると邪魔になるのではないかと考えて自ら東海工場に行き,また,同月8日には,衆議院議員らが東海工場を訪問した際にその場に居合わせたほか(原告花子),前記(ア)fのとおり,同12年2月には1日おきに出勤し,同年3月には休まずに出勤していたというのであって(同19年4月5日には,東海工場において,同10年10月5日に出社したときの状況を再現したという写真を撮影している(甲143の写真番号7)。),本件事故による被曝を体験したという現場を再三にわたって訪問していたのであるから,上記(c)にいうような回避症状は存在しないか,比較的弱いものであったということができる。
 そして,上記(d)の点についてみても,前記(ア)fのとおり,原告花子は,倦怠感,食欲不振ないし不眠を訴えて,抗うつ薬睡眠薬の処方を受けていたのであり(なお,不眠は遅くとも平成3年3月ころから継続して訴えていた症状である。),本件事故後に特段の亢進・覚醒状態を生じているとは認められない。
 以上のとおり,原告花子は,上記(a)ないし(d)の要件を充足しないのであるから,ICD−10又はDSM−?に規定するその他の要件について検討するまでもなく,PTSDを発症したとは認められないというほかない。
 ? 原告花子がPTSDを発症したものと認められないことは,上記のとおりであるが,この点を別としても,本件事故後の原告花子の精神症状が,本件事故ないし事故による被曝によって発症ないし悪化したものと認めることはできない。
 すなわち,原告花子は,前記(ア)bのとおり,平成3年3月ころから,南高野医院において,神経症不眠症と診断され,遅くとも同10年4月ころからは,睡眠薬であるサイレースの処方を受けていたところ,前記(ア)cのとおり,本件事故の直前においても,同11年1月17日及び9月16日に,医師からストレスのない生活を心がけるよう注意を受け,本件事故の前日である同月29日には,朝起きられない旨を訴えて,サイレースの処方量が半分とされていたのであるから,本件事故前に,既にうつ状態が疑われる状況にあったものといえる。そして,本件事故後の原告花子の症状の経過をみると,前記(ア)e及びfのとおり,本件事故の直後である同年10月2日から休業するようになり,その後,倦怠感,食欲不振ないし不眠などを訴えて,主に回春荘病院に通院し,うつ状態という診断のもと,抗うつ薬睡眠薬の処方を受けていたが,同年12月末ころからは改善傾向を訴えるようになり,同12年3月には毎日出勤するようになっていたのであるから,事故前の症状との連続性を認めることができ,本件事故後の症状は,事故前の症状が遷延化して生じたものとみる余地がある。他方,原告花子は,同年11月20日に回春荘病院での診察の際に,原告太郎が仕事や家庭を顧みずに,本件事故後に結成された臨界事故被害者の会(以下「被害者の会」という。)の活動に傾倒していることに関して強い不満を述べており(乙15の?(Bカ−60)),これに起因するストレスが症状の悪化に影響していた疑いが強いこと(本件事故によって原告太郎の行動が招来された関係を認めることができないことは,後に(3)(ア)イa?において説示するとおりである。)から,本件事故ないし事故による被曝によって原告花子の精神症状が発症ないし悪化したということまでは認めることはできない。
 なお,原告花子は,前記(ア)f及びgのとおり,平成12年10月ころから抑うつ症状が増悪し,同年11月15日には,抗うつ薬を大量に服用して自殺を図るに至っているが,その理由は,何もやる気が起きないのが嫌になり,生きていても仕方がないと考えたことによるというものである(原告花子)ところ,このような倦怠感が本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものと認められないことは,上記のとおりである。また,原告花子は,本件事故に起因して自らの精神症状が悪化したと考えて自殺企図に及んだとする(原告花子)が,原告花子には,レントゲン撮影の際のエックス線被曝については医師が行うものであるから恐怖を感じないという一方で,自らの症状は中性子線被曝によるものであると断定する(原告花子)ほか,前記(ア)h及びiのとおり,本件事故によりPTSDに罹患した旨記載した診断書を発行するよう2度にわたって求めるなど,自らの精神症状等を殊更に本件事故と結びつけて考えようとする傾向があるところ,これまでも繰り返し説示したとおり原告花子の被曝線量は健康影響を問題とされるようなものではなく,自身も,本件事故直後の同11年10月2日に健康診断を受けた際に,健康上の問題はない旨伝えられ(原告花子),その後,旧科技庁からも被曝線量の推定値が確率的影響を発生させる可能性が極めて小さい旨伝えられていたのである(甲1)から,このような独自の考え方に基づく行動についてまで,本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものということはできない(なお,原告花子は,前記(ア)fのとおり,同11年12月から,長期間服用していると自殺企図の副作用があるというトフラニールないしアナフラニール(証人今村)を服用していたところ,自殺企図の直前に自らの判断でその服用量を減らしていた事実があるから(甲33,乙16),自殺企図にこの副作用が影響していた疑いも払拭できない。)から,この自殺企図に関しても,本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものとは認められないといわざるをえない。
 ? ところで,高橋医師は,平成14年6月26日,原告花子をPTSDと診断し,その発症と本件事故との因果関係は明白である旨付記した診断書(甲6)を作成しているが,前記(ア)iのとおり,初めから事故によりPTSDを発症した旨の診断書を出して欲しいと求めていた原告花子に対し,前記?のICD−10又はDSM−?にもあるとおり,診断に際しては継続的な経過観察が重要であるPTSDについて,既往歴や従前の経過等について回春荘病院等との間で申送りや照会等もないまま,初診日である同日の診察の結果(原告花子の経歴や主訴の確認が主である。)のみを根拠として診断に至っているのであるから,その判断の合理性には疑義があるというほかない。
 また,回春荘病院において平成14年5月15日から原告花子の診察を担当している今村医師は,原告花子が本件事故に起因するPTSDを発症している旨診断している(甲30,81,110,137,証人今村)が,これを採用することはできない。すなわち,同医師の判断は,本件事故によって起こる健康ヘの恐怖が引き金となってPTSDを発症したというものである(証人今村)が,前記(1)イ(イ)のとおりの原告花子の被曝線量(実効線量当量では多くとも6.5mSv,実効線量では多くとも11.7mSv)を前提として,前記(1)ア(ウ)e?の確率的影響に関するリスク(損害)の推定値に関する知見を踏まえて評価すると,原告花子のリスク(損害)は,多く見積もっても,実効線量当量によれば,致死的がんにつき0.00008125,遺伝的影響につき0.000026,実効線量によれば,致死的がんにつき0.000585,致死的でないがんにつき0.000117,遺伝的影響につき0.0001521というものであり,現実的な影響を心配する程のものでないことが認められる。そして,前記?のとおり,原告花子が,本件事故直後の健康診断や,その後の旧科技庁からの通知によって,本件事故による健康影響のおそれがない旨を伝えられていたことからすれば,原告花子が抱いていたという恐怖は,前記?と同様に,本件事故を殊更に健康影響と結び付けようとする独自の考え方に基づくものというほかないから,その恐怖自体について,本件事故ないし事故による被曝によって招来されたという関係を認めることはできない。さらに,同医師の見解の内容自体についてみても,前記?のとおりのICD−10又はDSM−?の診断基準から逸脱したものであり,また,南高野医院での神経症不眠症による通院歴を全く把握しないまま結論が出されていることなどに照らすと,その客観性・合理性には疑義があるから,これを採用することはできない。
 なお,原告花子は,回春荘病院において原告花子を診察していた佐藤厚子医師,本件事故後に地域社会の中で心のケア相談を担当してきた佐藤親次医師,医師である櫻井充参議院議員,中野幹三医師及び日立保健所の職員が,原告花子がPTSDを発症している旨の診断ないし発言をしていると主張し,これに沿う証拠(甲73,83,原告花子)も存在するが,いずれについても,その内容自体あるいは判断根拠が判然とせず,これらによって,これまでの認定・判断が左右されるものではない。
 b 下痢,口内炎及び胃潰瘍について
 原告花子は,前記(ア)d及びeのとおり,平成11年10月1日午前3時ころから下痢を発症し,同月2日に口内炎が,同年11月16日に胃潰瘍が,それぞれ確認された事実が認められるが,これらの症状が,本件事故ないし事故による被曝により招来された関係を是認しうる高度の蓋然性を認めることはできない。
 ? 原告花子が問題とする下痢,口内炎及び胃潰瘍の発症は,放射線による影響のうち確定的影響に属するものであるが,原告花子の本件事故による被曝線量は,前記(1)イ(ウ)のとおり,皮膚影響を問題とする場合のグレイ当量では6.5mGyEqを超えることはないというものである。
 ところで,確定的影響が生ずるしきい線量については,前記(1)ア(ウ)e?のとおり,1990年勧告は,身体の大部分の組織につき,放射線を1回に浴びた場合には数Gyとし,IAEAも,1Gy以下では異常は生じないとしていた(下痢に関しては,IAEAが,被曝線量が4ないし6Gyになると起こり始めるとしていた。)ところ,原告花子が被曝した線量は,これらのしきい線量と比較して著しく少量であり,その程度の被曝によって健康影響が生ずるとは通常考えられない程度のものである(もっとも,前記(1)ア(ウ)e?のとおり,ICRPがしきい線量の意味について,「ある特定の影響が被曝した人々の少なくとも1〜5%に生ずるのに必要な放射線の量を表すのに用いる。」と説明していることからして,原告花子の被曝線量から健康影響が絶対に生じえないものであるとまでは断定できない。)。
 そして,(a)ICRPのpublication59においては,放射線による皮膚傷害のしきい線量(括弧内は出現時期)に関し,初期一時的紅斑につき2Gy(数時間),一時的脱毛につき3Gy(3週間),主紅斑につき6Gy(10日),永久脱毛につき7Gy(3週間),乾性落屑につき10Gy(4週間),湿性落屑につき15Gy(4週間),晩発性紅斑につき15Gy(6ないし10週間)などとされていること(乙52),(b)上記のとおり,IAEAが,下痢は被曝線量が4ないし6Gyとなると起こり始めるとしていることからすると,下痢,口内炎又は胃潰瘍を生ずるほどの放射線被曝を受けながら,体表に何らの皮膚傷害も伴わないということは考え難いというべきであるが,原告花子には,本件事故後,何らの皮膚傷害も生じていないのであるから,同年10月1日に生じたという下痢,同月2日に確認されたという口内炎及び同年11月16日に確認された胃潰瘍が,本件事故による被曝によって招来されたものであるとは考え難い。
 なお,中性子線のRBEは問題とする傷害によって異なるものであるから,皮膚影響を問題とする場合のグレイ当量と,下痢,口内炎又は胃潰瘍を問題とする場合のグレイ当量とは,異なった値となるおそれがあるが,前記(1)イ(ウ)のとおり,皮膚影響を問題とする場合のグレイ当量がもともと最大限高く見積もった値であることに加え,前記(1)ア(ウ)e?及びイ(ウ)のとおり,中性子線に関しては,(a)確定的影響を評価するためのRBEは一般に実効線量当量又は実効線量の算定に用いる線質係数(10とされていた。)又は放射線荷重係数(5ないし20とされている。)と比較してかなり小さいとされていること,(b)ICRPのpublication58において,皮膚影響に関するRBEについて,高線量と比較して値が大きくなる低線量(1ないし5MeV)におけるRBEが6.5ないし8.7であるとされていること,(c)13MeVの中性子線によるマウスの腸管壊死の実験から評価されたRBEは1.7であるとされている(腸管への影響を問題とする点では下痢と共通する部分がある。)が,これを用いて被告JCO従業員3名の被曝線量を試算した値が他の線量推定方法による評価結果と矛盾していないことなどからすると,下痢,口内炎又は胃潰瘍を問題とする場合のRBEも,高くても10を超えることはないものと解するのが相当であり,これらの影響を問題とする場合のグレイ当量も6.5mGyEqを超えることはないというべきである。
 ? さらに,原告花子の症状を具体的にみても,下痢,口内炎及び胃潰瘍の発症が,本件事故ないし事故による被曝によって招来された関係を是認しうる高度の蓋然性を認めることはできない。
 すなわち,胃潰瘍については,前記(ア)a及びcのとおり,原告花子は,平成3年9月19日に胃潰瘍と診断されて入院したのを始め,毎年のように繰り返し胃潰瘍と診断されており,継続的に消化性潰瘍治療薬の処方を受けていたのに,同10年11月9日には胃潰瘍(再発)と診断されるに至っていたのであり,胃潰瘍が強固な症状として存在していたことが認められ,その後も,同11年3月5日に,時々腹痛がある旨を訴えて日鉱記念病院内科を受診していたことからすると,本件事故当時も根治していなかったものと見るのが相当である。このような臨床経過に加えて,同年11月16日に確認された胃潰瘍が,前記(ア)a及びeのとおり,胃体下部後壁という同3年9月19日に確認された胃潰瘍と同一の部位に生じていることをあわせて考慮すると,本件事故後に確認された胃潰瘍は,本件事故による被曝と関係なく発症ないし再発したものと考えるのが自然である。
 また,下痢については,原告花子によれば,平成11年10月1日に発症してから同年11月まで継続したというのである(甲7(5枚目))が,低線量の放射線被曝による早期影響として発症した下痢が,このように長期間継続するものであるのか疑義がある。
 さらに,口内炎についても,前記(ア)cのとおり,原告花子は,平成11年1月17日にアフタ性口内炎と診断されて治療を受けており,本件事故以前に同様の症状が存在していたのであって,これが継続していた疑いも払拭できない。
 以上のように,原告花子の下痢,口内炎及び胃潰瘍の発症については,その被曝線量からして,本件事故ないし事故による被曝と関係したものであると推認するのが困難であり,かえって,その関係を疑わせる事情が存在するのであるから,上記各症状の発症が本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものと認めることはできない。
 ? なお,村田医師は,低線量の中性子線被曝によっても,原告花子が主張するような健康被害が発生する可能性がある旨の意見を述べる(甲108,証人村田)が,同医師の意見は,長年にわたって原爆の被爆者を診察してきた自らの経験を踏まえて,一般的・抽象的な可能性を指摘するものにすぎないから,これによって,原告花子の症状等に照らして,個別具体的に検討してきたこれまでの認定・判断が左右されることはない。
 イ 原告花子が主張する具体的な損害について
 本件事故ないし事故による被曝が,原告花子に健康被害を発生させた関係を認めることができないのは上記のとおりであるが,これを踏まえて,原告花子が本件事故により被ったと主張する損害の存否について検討すると,以下のとおり,そのような損害が存在するとは認められない。
 (ア) 治療費について
 原告花子は,下痢,口内炎胃潰瘍及び精神症状の治療のために要した費用が本件事故により被った損害である旨主張するが,原告花子には本件事故以前から胃潰瘍及び精神症状等の症状があり,主張に係る本件事故に起因する発症とは関係なく,いずれにしても相当の治療費の負担は避けられなかったことに加え,下痢,口内炎胃潰瘍及び精神症状につき,本件事故によって発症・悪化したものと認められないことは前記アのとおりであるから,その治療のための費用が本件事故により生じた損害といえないことは明らかである。
 (イ) 休業損害
 原告花子は,本件事故ないし事故による被曝に起因して精神症状が悪化し,休業を余儀なくされたとして,休業損害の賠償を請求しているが,本件事故によって精神症状が悪化したものと認められないことは前記アのとおりであり,主張に係る休業が,本件事故ないし事故による被曝によるものであるとは認められないから,休業損害の請求には理由がない。
 (ウ) 逸失利益について
 原告花子は,本件事故ないし事故による被曝に起因するPTSDないし精神症状が平成14年6月26日に固定したとして,その症状によって喪失したとする労働能力に関する逸失利益の賠償を請求しているが,原告花子には本件事故以前から精神的な疾患があったことが強く疑われる上,前記ア(ア)jのとおり,原告花子の精神症状は,同年11月以降は,比較的良好な状態が継続しているのであるから,主張に係る労働能力の喪失が存在するのかについては疑義があるといわざるをえない。
 また,仮に労働能力の喪失が存在したとしても,本件事故によって精神症状が悪化したものと認められないことは前記アのとおりであるから,逸失利益の請求には理由がない。
 (エ) 慰謝料について
 原告花子は,慰謝料を請求する根拠として,本件事故に起因して,胃潰瘍及び精神症状の治療のために入院・通院を強いられたこと,自殺を企図するに至ったこと,精神症状に関して後遺症が残ったこと,平成13年2月ころに甲野工業を廃業するに至ったこと,被曝したため将来がんなどの病気を発症するのではないかと不安に感じていることを主張するが,原告花子が主張する健康被害及び自殺企図につき,本件事故ないし事故による被曝によって招来された関係を是認し得る高度の蓋然性の証明がないことは,前記ア(イ)において既に説示したとおりであり,また,主張に係る後遺症についても,上記ウで労働能力の喪失に関して説示したのと同様に,その存在及び本件事故との関係につき疑義があるといわざるをえないから,これらの事情に関する慰謝料の請求には理由がない。
 甲野工業の廃業に関しても,後に(3)イ(イ)において,原告太郎の慰謝料請求と関連して検討するとおり,本件事故ないし事故による被曝によって招来されたものとは認められないから,これに関する慰謝料の請求には理由がない。
 なお,将来における発がん等の不安・恐怖については,前記(1)イ(イ)のとおりの原告花子の被曝線量(実効線量当量では多くとも6.5mSv,実効線量では多くとも11.7mSv)自体が,現実的な健康影響を心配する程のものではなく,その不安・恐怖が本件事故ないし事故による被曝により招来されたものと認められないことは,前記ア(イ)a?のとおりであるが,上記の被曝線量が,前記(1)ア(ウ)e?の一般人に関する線量限度(実効線量及び実効線量当量のいずれによっても1年間に1mSv)を超えるものであることからすると,放射線に曝されたこと自体によって生じる精神的苦痛を観念しえないではない。しかし,証拠(原告花子,原告太郎)及び弁論の全趣旨によれば,原告らは,被告JCOから,営業損失として請求したものとして49万2000円の支払を受けたほか,各3万円の見舞金を受け取っている事実,さらに,健康面に関しては,被告JCOによって定期的な健康診断が継続して実施されている事実が認められるから,上記苦痛に対する慰謝の措置は,既に講じられているというべきである。
 したがって,原告花子による慰謝料の請求は理由がない。
  (3) 原告太郎に本件事故と相当因果関係のある損害が生じていたか否かについて
 原告太郎は,本件事故によって放射線に被曝したことに起因して,皮膚病及び糖尿病が悪化する健康被害を被ったと主張し,これと関連して治療費及び慰謝料等の損害賠償を請求しているが,以下のとおり,経験則に照らして本件全証拠を総合検討しても,本件事故ないし事故による被曝がこれらの健康被害ないし損害を発生させた関係を是認し得る高度の蓋然性の証明はないから,この請求は理由がない。
 ア 原告太郎が主張する健康被害について
 (ア) 原告太郎の症状の経過
 証拠(甲102,142,乙11の?及び?,証人小笠原,原告太郎)及び弁論の全趣旨によると,原告太郎の皮膚病及び糖尿病等の経過につき,以下の事実が認められる。
 a 原告太郎は,昭和62年ころから,皮疹の出現を繰り返していた。
 また,原告太郎は,平成2年に健康診断において糖尿病と診断されたため,秦病院に通院して食事制限を受けながら経過を観察するなどしていた。
 b 原告太郎は,平成4年7月3日,皮膚のかゆみ等を訴えて,多賀総合病院皮膚科を初めて受診し,丘疹状紅皮症等と診断され,同月9日から11月27日まで同科に入院した。
 退院後も同科への通院を続け,ステロイド剤の内用・外服の処方を受けていた。
 c 原告太郎は,平成6年4月19日,多賀総合病院内科を受診した。
 同科においては,糖尿病に対する治療として,食事制限を指導されたほか,内服薬の処方を受けた。
 d 原告太郎は,平成7年1月2日ころ,39度の熱を出した感冒をきっかけに皮疹が増悪し,全身落屑を伴い,体幹及び四肢に米粒大の紅色丘疹が汎発して手足に厚い落屑を生じる紅皮症様の状態となった。
 原告太郎は,平成7年1月9日から8月7日までの間,多賀総合病院皮膚科に入院した。原告太郎は,ステロイド剤の内用・外服を受けたが,症状の軽快・増悪を繰り返した。同年5月末から数度にわたってPUVA療法(光増感薬を投与後に長波紫外線を照射する療法(乙41))を受けたが,ステロイド剤の外服を中止していたこともあってか症状が悪化したため,ステロイド剤の外服が増加された。その後,ステロイド剤の内用・外服を継続したところ,徐々に症状が改善されたため,退院に至った。
 原告太郎の症状については,薬剤の変更によっても皮疹に変化がなく,薬剤に起因するものとは考えられなかったが,内視鏡及び腹部エコーなどの検査によっても,その原因は明らかにならなかった。
 e 平成7年8月7日に多賀総合病院皮膚科を退院してからは,同8年1月9日に症状がやや悪化し,同年3月29日に下肢に紅班が生じてところどころに膿疹が生じたりしたほか,同年9月17日に症状の悪化が見られたこともあったが,同9年には,比較的よい状態が継続していた。
 なお,原告太郎は,平成9年4月7日から19日までの間,下痢・嘔吐のため,同病院内科に入院した。
 f 原告太郎は,平成9年10月ころに乳頭温泉に行ってから紅皮症が悪化して,痒みや39度の熱が生じたため,同年12月19日,多賀総合病院皮膚科に入院し,ステロイド剤の外用,抗アレルギー薬及び抗生物質の処方を受けるなどした。
 原告太郎は平成10年5月15日に退院したが,入院中の同年1月5日に外泊した際に症状が悪化して紅包及び丘疹が見られたことがあった。
 g 平成10年5月15日に多賀総合病院皮膚科を退院した後は,病状が良好で比較的安定している時期もあったが,同年6月26日に下肢の状態の悪化,同年8月3日に痒疹のやや増加,同年9月14日に背中の状態のやや悪化及びリンパ管炎の発症,同年10月4日にかゆみが酷くて眠れない旨を訴えての急患での診療(両上腕に腫脹が認められたが症状は落ち着いていた。),同年12月28日に症状の全体としての悪化,同11年2月8日に症状の悪化,同年3月9日に紅班丘疹混在及び結節性痒疹の多発,同年4月2日に症状の全体としての悪化,同年6月25日に手の症状の悪化,同年7月7日に顔面の結節性痒疹の増悪,同年8月28日に症状悪化などがあり,紅皮症の症状は,全体としては,従前と同様に軽快・増悪を繰り返す状態であった。
 平成11年9月からは紅皮症の症状は概ね良好であり,本件事故後の同年10月2日,10月14日及び11月12日の診察の際においても同様であり,同年11月23日の診察においても大きな変化は確認されなかった。
 もっとも,原告太郎は,平成11年10月8日に素手で草刈りをしたのをきっかけに掌に痒みを感じ始め,同年12月2日の診察の際には,手の湿疹病変がひどい状態であることが確認された。その後,同12年3月25日にやや良い状態が,同年9月6日にかゆみが和らいでいる状態が,それぞれ確認されたこともあったが,紅皮症の症状は比較的悪い状態が継続した。
 h 原告太郎は,平成13年2月19日から6月30日までの間,過労等によって皮疹が悪化したため,安静・休養を目的として,多賀総合病院皮膚科に入院した。
 原告太郎は,入院期間中の平成13年5月18日から20日まで,同12年2月ころに結成された被害者の会の活動と関連して外泊した後,同13年5月21日に肺炎を発症した。39度の発熱,咳及び痰があり,CT画像上では間質性肺炎が疑われた。血液検査においてもかなり重症であり,抗生物質の点滴を開始したが,2日経ってもレントゲン及び血液検査のいずれによっても改善は確認できなかった。その後,内科の医師とも協議の上,ウイルス性肺炎又は真菌性肺炎を疑い,同年5月24日からステロイド剤であるPSL60mg及び抗真菌薬であるジフルカン100mgの点滴を開始したところ,同月25日から著明に改善した。また,このPSLの投与を契機に,それまでの処方では効果があがっていなかった紅皮症も劇的に改善し,退院時にはほぼ無疹の状態となった。
 他方,PSLの増量に伴い糖尿病及び高脂血症が悪化し,糖尿病に対してはインスリン注射による対応を要するに至った。その後,PSLの減量に伴って血糖値も落ち着いたため,内服に切り替えて退院した。
 i 平成13年6月30日に多賀総合病院皮膚科を退院した後,紅皮症の症状は,しばらくの間は良好であったが,同年11月ころから,浮腫,水疱及び疱皮が生じ,また,紅斑局面が見られるなど徐々に悪化するようになった。糖尿病については,通院して投薬を受けていたものの経過が芳しくなかったため,同14年1月4日,2月1日及び3月1日に,それぞれ入院を勧められたが,原告太郎は,仕事が忙しい等の理由により,入院しなかった。
 原告太郎は,平成14年4月1日から5月4日までの間,血糖及び糖尿をコントロールするために同病院内科に入院した。また,同年6月10日から7月20日までの間,インスリン導入目的で同科に入院した。
 原告太郎は,以後,糖尿病の治療のためにインスリン注射を必要とする状態となり,紅皮症の症状も大きな変化がない状態が継続している。
 j なお,原告太郎の供述及び陳述書(甲142)には,上記aないしiの経過と異なる部分もあるが,診療録の客観的な記載に反しており,採用することはできない。
 (イ) 本件事故による被曝と原告太郎が主張する健康被害との相当因果関係について
 上記のような病状の経過等を踏まえて検討すると,以下のとおり,本件事故による被曝に起因して皮膚病及び糖尿病が悪化したという原告太郎の主張は,いす(ママ)れも失当というほかない。
 a 皮膚病について
 原告太郎は,前記(ア)gないしiのとおり,かねてから罹患していた紅皮症に関し,本件事故から約2か月が経過した平成11年12月2日に手の症状の悪化が確認され,同13年5月24日から肺炎の治療のためにステロイド剤の大量投与を受けたため一時的にほとんど症状がなくなるまでに回復したものの,その後,同年11月ころから再び徐々に症状が悪化した事実が認められるが,この症状の悪化が,本件事故ないし事故による被曝により招来された関係を是認しうる高度の蓋然性を認めることはできない。
 ? 原告太郎が問題とする皮膚病の悪化は,放射線による影響のうち確定的影響に属するものであるが,原告太郎の本件事故による被曝線量は,前記(1)イ(ウ)のとおり,皮膚影響を問題とする場合のグレイ当量では6.5mGyEqを超えることはないというものである。他方,ICRPのpublication59においては,放射線による皮膚傷害のしきい線量(括弧内は出現時期)に関し,初期一時的紅斑につき2Gy(数時間),一時的脱毛につき3Gy(3週間),主紅斑につき6Gy(10日),永久脱毛につき7Gy(3週間),乾性落屑につき10Gy(4週間),湿性落屑につき15Gy(4週間),晩発性紅斑につき15Gy(6ないし10週間)などとされており(乙52),原告太郎が被曝した線量は,これらのしきい線量と比較して著しく少量であり,その程度の被曝によって皮膚影響が生ずるとは通常考えられない程度のも