児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

PTSDによる強制わいせつ致傷罪を認めた事例(広島地裁H22.6.15)

 裁判例は公刊されてませんが、小倉判事の論稿に詳しく紹介されています。
  山口地判平成一三年五月三〇日 強制わいせつ致傷
  水戸地下妻支判千成一三年七月一一日 強姦致傷
  東京地判平成一四年一月二四日 強制わいせつ致傷
  さいたま地判平成一五年六月二七日 強姦致傷
  東京地判平成五年一〇月三日 強姦致傷
  東京地判平成一六年一二月一〇日 強姦致傷

 高裁レベルでは肯定例はありません。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100616-00000218-mailo-l34
裁判員裁判:女性にPTSD、強制わいせつ認定 被告に懲役8年判決−−地裁 /広島
6月16日15時6分配信 毎日新聞
 女性に性的暴行を加えようとして心的外傷後ストレス障害(PTSD)を負わせたとして強姦致傷罪などに問われた被告(39)の裁判員裁判の判決が15日、広島地裁であった。伊名波宏仁裁判長は「強姦までする意思があったとは認定できない」として罪名を強制わいせつ致傷罪に切り替えたうえで、「被害女性の気持ちを考えない非常に身勝手な犯行」として、懲役8年(求刑・同10年)の実刑判決を言い渡した。
 判決によると、被告は昨年2月24日午前4時5分ごろ、中区の女性(当時35歳)宅に侵入し、押し倒して、わいせつな行為をしようとした。女性が大声で叫んだため被告は逃走。女性はPTSDに陥った。

参考文献
杉田雅彦「PTSD(心的外傷後ストレス障害)と刑事事件」判タ1071号56頁
甲斐行夫「心的外傷後ストレス症候群(PTSD)による傷害罪の成立が否定された事例」研修639号
葛西敬一「心的外傷後ストレス障害(PTSD)ではなく、それと症状が類似する『重度ストレス反応』との病名により傷害罪で処理した事例」研修702号
小倉正三「心的外傷後ストレス障害(PTSD)と傷害罪の成立」小林充先生 佐藤文哉先生古稀祝賀刑事裁判論集 上巻
船山泰範「嫌がらせ電話によりPTSDを負わせ、傷害罪が認められた事例」現代刑事法 第47号
宇田川 寛史「電車内での強制わいせつ事件について、PTSDを傷害として認定し、強制わいせつ致傷に訴因変更した事例」捜査研究 第604号
林美月子「PTSDと傷害」神奈川法学 第36巻3号
佐々木 和夫 「暴行を受けたことによる心的外傷後ストレス症候群による傷害罪の成立が否定された事例--福岡高判平12.5.9判時1728・159 」現代刑事法. 4(7) (通号 39)
滝沢誠「傷害罪と心的外傷後ストレス傷害 」中央大学大学院研究年報. (31)

小倉正三「心的外傷後ストレス障害(PTSD)と傷害罪の成立」小林充先生 佐藤文哉先生古稀祝賀刑事裁判論集 上巻P363
ところで、精神病を発病させることも傷害と解されているから、精神に障害を生じた場合、その診断名が「精神衰弱症」であっても、「PTSD」であっても、病名の遠いはそれほど大きな意味を持たないとも言えよう。しかし、これは嫌がらせ一電話など暴行以外の方法による傷者罪の成否の場合に百えることであり、強姦や強制わいせつの事例で、身体的傷害は全くない場合に、強姦致傷や強制わいせつ致傷が成立するとされる裁判例では、その精神障害の診断名はPTSDに限られている。というのもPTSDによる致傷罪が成立するとの裁判例が出るのは、PTSDという精神傷害が精神医学において精神病として認められて以後のことであるからである。従前は、犯罪被害者の心理的ストレス状態は、恐怖という体験を伴う種々の犯罪被害者となった者が共通してしばしば被る症状であり、人それぞれに精神的ショックを被り、その恐怖や衝撃的な場面を思い返すことによって心理的ストレスが増幅され、ある程度の期間にわたって心の不安定な状態が続くということはよくあることであり、通例というべきであると考えられて、それを量刑において考慮して、それ相応の刑罰を科していたのであるが、その心理的ストレス状態を傷害として致傷罪の成立を認めるということはなかったのである。しかし、性暴力や虐待の被害者が精神的後遺症による再体験、回避、持続的な覚醒亢進の諸症状に永く苦しむのも明白な事実であり、単一の外傷後症候群としてのPTSDという精神障害が、精神医学において精神病として承認されるに至ったのである。ただ、PTSDという精神障害が初めて登場したのは一九八〇年のDSM-Ⅲの中であり、その後、その改訂版のDSM-ⅣやICD-10の診断基準も作成されるなど、PTSDは未完成で生成中の概念であり、使用する診断基準についても精神科医の間で分かれている。
したがって、PTSDによる傷害罪の成立を認定するのは、慎重である必要があると思われる。PTSDによる傷害を認定するには、まず、①PTSDに詳しい医師の診断が必要である。次に、②PTSDによる傷害は、致傷罪の定めのある犯罪において一次的に犯罪被害を受けた後、その後被害者の内面に影響を与えるいわば二次的、派生的な傷害ととらえるべきである。③致傷罪の定めのある犯罪においても、PTSDの診断概念の成立経緯にかんがみて、強姦致傷、強制わいせつ致傷、監禁致傷など性暴力や虐待に関する犯罪に限られるべきで、強盗致傷などに広げるべきではない。③無言電話や嫌がらせ電話など暴行以外の方法によって生じる精神障害については、一次的、直接的に生じた傷害であって、二次的、派生的なものではなく、また、外傷的出来事の要件該当性に疑問があり、PTSDという傷害ではないと思われる