児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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第1回 児童ポルノ罪の保護法益

第1回 児童ポルノ罪の保護法益

奥村徹(大阪弁護士会)

自己紹介
 日本刑法学会会員
 児童ポルノ・児童買春は肯定していないが、立法趣旨に即した解釈を求めている。
① 弁護人として関与した事件(福祉犯)100件以上*1
② 論文*2

1 児童ポルノ罪の保護法益はなにか?
 保護法益児童ポルノ罪の趣旨であって、重要な解釈基準であるが、必ずしも一義的ではない。
 ここでは、立法者の手を離れた後、どう解釈されていいるかを解説したい。
(1)目的規定(立法者意思)
 まず法典の冒頭にある目的規定から保護法益を探ってみる。
 刑法であれば、国家的法益・社会的法益・個人的法益について各種の罪が列挙されているからある罪が社会的法益か個人的法益か微妙な場合もあろうが、児童ポルノの罪は、児童買春・児童ポルノ法という特別法に、

旧法第1条(目的)
この法律は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性にかんがみ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利の擁護に資することを目的とする。

現行法第1条(目的)
この法律は、児童に対する性的搾取及び性的虐待が児童の権利を著しく侵害することの重大性にかんがみ、あわせて児童の権利の擁護に関する国際的動向を踏まえ、児童買春、児童ポルノに係る行為等を処罰するとともに、これらの行為等により心身に有害な影響を受けた児童の保護のための措置等を定めることにより、児童の権利を擁護することを目的とする。

という極めて限定された特別の目的を目指して、児童買春罪と並べて規定されている。
 しかも、現行法の目的規定は旧法のそれに比べて「児童の権利性」が強調されているから、保護法益については、旧法にもまして、児童の権利侵害を強調して解釈すべきである。

 この点については、児童の権利侵害を重視するか(個人的法益説)、児童を性的対象とする社会的風潮を重視するか(社会的法益説)が問題となるが、児童ポルノに関する行為が児童の権利を侵害しないのであれば、児童を性的対象とする社会的風潮が蔓延しようと何の害もないから一向に構わないことになるはずであって、「児童ポルノによる権利侵害」が社会的法益説の大前提となることを忘れてはならない。そういう意味では、児童ポルノ罪の保護法益は「第一次的に個人的法益であり、第二次的に社会的法益の保護も目指す」であると理解される。そう理解しなければ、児童ポルノ規制は理由を失う。

(2)裁判例=特に提供罪・陳列罪については個人的法益侵害を重視しない
 個人的法益を重視すれば、被害児童1人1罪、児童ポルノ罪は行為1回1罪になるはずであるが、そういう解釈は通用しない。
 条文しか受け取っていない裁判所にとっては、個人的法益であることは見逃されやすい。社会的法益である刑法175条と酷似しているからであろう。
 中には児童ポルノによる児童の権利侵害を重視した判決もないにはないが(東京高裁H15.6.4*3、名古屋高裁H18.5.30*4)、稀である。
 法文のみを読んだ裁判所にとって児童の権利侵害が重視すべきという趣旨が読み取れていない。

 ここで個人的法益説が明確に否定された裁判例を列挙する。
 なお、提供罪については、被害児童の個性・人数・年齢を考慮せず包括一罪とするのが一般的である。
代表例として京都地裁H14.4.24は「109人の少女たち」の児童ポルノ性について、被害児童109人の認定を拒み、控訴審である大阪高裁H14.9.12も1人1人を被害者として扱うことを拒んでいる。

①公然陳列罪 東京高裁H16.6.23
 被害児童1名1罪とした原判決を修正して「包括一罪」としている。
②4項提供罪 福岡高裁那覇支部H17.3.1*5
 多数被害者の数回の提供罪を包括一罪とした「判例」である。
③販売罪 大阪地裁H13.2.21

 さらに、製造罪というのは、直接対人的な行為類型であり、被害児童が完全特定されている(裁判所にも被害者がみえている)のであるが、それでも、被害児童の人数に関係なく、包括一罪とするものが多い。
④大阪地裁H17.7.15
「本罪はそのような個別の児童のみだらな姿態にかかる撮影行為のすべてを処罰しているわけではない。すなわち、本罪の成立には児童にみだらな姿態をとらせること、すなわち、犯人による児童に対する何らかの働きかけのあることが必要とされており、結局、本罪の罪質ないし処罰根拠という観点からすれば、上記個人的法益の保護は補助的なものと解される。」と判示して、端的に個人的法益説を否定する。
奈良地裁H18.1.13
 判示第4の合計11名の児童に対する製造罪を包括一罪としている。
⑥大阪高裁h18.9.21
 大阪高裁h18.9.21は5項製造罪(販売目的製造罪)は被害児童数にかかわらず包括一罪とした奈良地裁H18.1.13の控訴審判決である。
 事案は奈良地裁H18.1.13の通りで、十分検討して合計11名の児童に対する製造罪を包括一罪だという理由を付した上で、被害者1名の製造罪の訴因から被害者11名の製造罪の訴因への訴因変更許可を適法と判断している。判例である。

阪高裁平成18年9月21日
,被告人は,業として児童ポルノを含むいわゆる裏ビデオの製造・販売を反復継続して行っており,上記各訴因はいずれもその一環であることに照らせば,これらはいずれも包括一罪として評価するのが相当である。

岡山地裁H16.12.14
被害児童3名の製造と陳列を包括一罪とするもの
和歌山地裁H14.8.27
 併合罪の記載はなく、複数児童に対する製造罪を一罪とするもの
神戸地裁尼崎支部H17.7.4
 複数児童の製造罪は1罪
千葉地裁H14.12.10
 複数児童に対する製造罪と販売罪は一罪。
横浜地裁H13.3.7
 被害児童4名への製造を一罪とした
⑫大阪地裁H14.4.25
被害者2名を包括一罪とした。
前橋地裁H13.12.27
 被害児童2名・2週間にわたる製造行為を一罪としている。
金沢地裁H16.4.9
児童5名の製造罪を単純一罪とする
⑮札幌地裁H15.8.27
 児童2名の製造行為を包括一罪とした。
富山地裁高岡支部H19.4.11
 児童買春罪と提供目的製造罪を観念的競合とする。
 さらに被害児童は数人いるが、製造→提供を牽連犯として、提供罪を包括一罪とするので、結局、提供罪がかすがいとなって、複数児童に対する児童買春罪→製造→提供が科刑上一罪となっている。

(3)販売罪・提供罪・公然陳列罪の量刑は、製造罪よりも著しく軽い。
 児童ポルノ罪の保護法益児童ポルノの流通による権利侵害であるとすれば、まさに流通させる行為である販売罪・提供罪・公然陳列罪が重く、準備行為である所持罪・製造罪は軽くなるはずであるが、実際には裁判所には販売罪・提供罪・公然陳列罪による権利侵害が読み取れないので、これらの量刑は比較的軽い。
 組織的な販売犯でも製造さえしていなければ執行猶予となる。
児童ポルノ画像のネット販売に有罪 元プロ野球投手ら/横浜地裁判決2005.06.16 読売新聞社

(4)裁判所に個人的法益が読み取れない理由
 このように、刑罰法規の基本である保護法益について多くの裁判所に理解されていない法律というのは、立法技術的に問題があると言うべきである。プロの法律家である裁判官が揃いも揃って読み違える場合は、法文が悪いと言うべきである。
 児童ポルノ罪はどうして個人的法益に対する罪であると読めないのか?
 法文上、「人に対する罪」ではなく「物に関わる罪」であると規定されており、しかも、被害者無き犯罪の典型であるわいせつ図画罪(刑法175条)と体裁が似ているからである。
 すなわち、情報流通に関する犯罪(流布犯)としては、刑法にも名誉毀損罪、侮辱罪、信用毀損罪が存在するが、すべて、対象が「人の」「人を」と規定されていて、個人的法益であることが明確にされている。

刑法第230条(名誉毀損) 
公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
第231条(侮辱)
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。
第233条(信用毀損及び業務妨害) 
虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

 印刷物などの有体物を媒介とする場合もあるが、媒体による限定はないので、個人的法益であることに誤解は生じない。

 ところが、改正前の児童ポルノ法は、刑法175条をそのまま流用して設けられた。刑法175条は風俗に関する罪であって被害者無き犯罪の典型である。しかも、明治40年制定であるから、規制対象が有体物とされている。
 児童ポルノ法がこのような刑法の規定を真似たために、児童ポルノ罪も被害者無き犯罪であって、物に対する罪であるとの理解が広がった。

刑法第175条(わいせつ物頒布等)
わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金若しくは科料に処する。販売の目的でこれらの物を所持した者も、同様とする。

児童ポルノ
第二条  
3  この法律において「児童ポルノ」とは、写真、ビデオテープその他の物であって、次の各号のいずれかに該当するものをいう。
第七条  児童ポルノを頒布し、販売し、業として貸与し、又は公然と陳列した者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。
2 前項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者も、同項と同様とする。
3 第一項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを外国に輸入し、又は外国から輸出した日本国民も、同項と同様とする。

 対象を有体物に限定して、「公然陳列」という刑法に由来する概念を用いている点で、現行法の体裁も基本的には刑法175条にならっていると読める。旧法の個人的法益性が読み取りづらい体裁を追認したのである。

現行法
第2条(定義)
この法律において「児童」とは、十八歳に満たない者をいう。
2 この法律において「児童買春」とは、次の各号に掲げる者に対し、対償を供与し、又はその供与の約束をして、当該児童に対し、性交等(性交若しくは性交類似行為をし、又は自己の性的好奇心を満たす目的で、児童の性器等(性器、肛門又は乳首をいう。以下同じ。)を触り、若しくは児童に自己の性器等を触らせることをいう。以下同じ。)をすることをいう。
一 児童
二 児童に対する性交等の周旋をした者
三 児童の保護者(親権を行う者、未成年後見人その他の者で、児童を現に監護するものをいう。以下同じ。)又は児童をその支配下に置いている者
3 この法律において「児童ポルノ」とは、写真、電磁的記録(電子的方式、磁気的方式その他人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。以下同じ。)に係る記録媒体その他の物であって、次の各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写したものをいう。

第7条(児童ポルノ提供等)
児童ポルノを提供した者は、三年以下の懲役又は三百万円以下の罰金に処する。電気通信回線を通じて第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録その他の記録を提供した者も、同様とする。
2 前項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者も、同項と同様とする。同項に掲げる行為の目的で、同項の電磁的記録を保管した者も、同様とする。
3 前項に規定するもののほか、児童に第二条第三項各号のいずれかに掲げる姿態をとらせ、これを写真、電磁的記録に係る記録媒体その他の物に描写することにより、当該児童に係る児童ポルノを製造した者も、第一項と同様とする。
4 児童ポルノを不特定若しくは多数の者に提供し、又は公然と陳列した者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。電気通信回線を通じて第二条第三項各号のいずれかに掲げる児童の姿態を視覚により認識することができる方法により描写した情報を記録した電磁的記録その他の記録を不特定又は多数の者に提供した者も、同様とする。
5 前項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを製造し、所持し、運搬し、本邦に輸入し、又は本邦から輸出した者も、同項と同様とする。同項に掲げる行為の目的で、同項の電磁的記録を保管した者も、同様とする。
6 第四項に掲げる行為の目的で、児童ポルノを外国に輸入し、又は外国から輸出した日本国民も、同項と同様とする。

 実際、解釈において「物」にこだわった裁判例も多く見受けられる。
①大阪地裁H13.2.21*6
②大阪高裁H14.9.12*7
名古屋高裁金沢支部H17.6.9*8
 裁判所の弁護をすれば、法文の体裁に従って、忠実に解釈した結果であって、児童ポルノ罪の被害者を見失うのも無理もない。

(5)今後の動向
 立法者は個人的法益重視の立法であると思い込んでおり、今後も権利侵害を重視した改正を進めるものと予想される。
 一方、裁判実務では、社会的法益重視で積み重ねられた裁判例や実務に縛られて、立法者の意思との乖離が進むであろう。