児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

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佐藤弘規「実務刑事判例評釈 強制わいせつの被害者が受けた精神的ストレスをPTSDと認定し、強制わいせつ致傷罪の成立を認めた事例(山口地裁H13.5.30」警察公論第56巻8号

 で、控訴審判決はどうなったんでしょうか?

山口地裁H13.5.30
被告人の行為は、客観的に被害者の死亡、あるいは重傷という事態を引き起こすような出来事とは言い難くもとより被告人にそのような意図があったとは窺われない。
しかし、被害者が性的被害を受けた場合抵抗すれば殺されるかもしれないという認識を持っていたことなどからすれば、本件犯行は'被害者からみて、「実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事」というPTSD の診断基準であるDSM-Ⅳ (後記評釈参照)の基準に該当する。
同診断基準に関する医学的知見は一般の精神科医ではなくPTSD及びその診断基準に精通した専門家ないし精神科医のそれを基準にして考慮すべきところ、現在の精神医学界においては、診断基準の使用に際して主観的要素を含めて判断することは普通のこととなっておりPTSD発症の原因となる出来事に関する基準もそれを客観的'外形的にのみ判断しているわけではない。PTsDの診断に当たっては、患者の症状を正しく診察しDSM-ⅣであればBないしDの基準に該当するかどうかの判断が重要である。そもそもBないしDの基準に該当すること自体、特異な事態であり、'その正しい診察がなされれば、たとえA(1)の基準該当性判断に際して主観的事情を考慮しても'懇意的判断に流れるわけではないo (結局、被害者の病状は、DSM-Ⅳの診断基準のすべてを満たすからPTSDに該当し、強制わいせつ致傷にいう「傷害」に該当する。)

本判決は「被害者の重い精神的、身体的症状からしてこれが傷害罪にいう傷害に該当することは明らかである。」と判示しているが'福岡高判平成一二年五月九日判決(判例時報一七二八号l五九頁)が指摘するように、多-の犯罪被害者がそれなりの心理的ストレスを被ることは通例であるから,何らかの精神的障害がすべて「傷害」に当たるとすれば,ほとんど常に致傷結果を伴うこととなり、致傷結果を伴わない強盗罪、強姦罪'強制わいせつ罪等を独立の犯罪として規定する意味がなくなるのであって'致傷罪の定めのある罪や暴行罪の場合にも、その程度によっては'致傷罪ないし傷害罪を構成せず、量刑上考慮するに止めるのを相当とする場合があることにも注意すべきである。
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本判決は、強制わいせつの被害者が受けた精神的ストレスをPTSDと認定し、強制わいせつ「致傷」に当たるとした初めての判決と思われるがPTSDが強制わいせつ致傷における傷害に当たり得るとしても前記福岡高裁判決も含めて、未だPTSDを傷害罪にいう傷害に当たると認めた高裁以上の判決はないから'安易に傷害と判断することなく、前記三で指摘した要素等を十分に検討した上で事案の処理を行うことが必要と解され'本件控訴審を含め、今後の判例の動向にも注意する必要であろう