児童ポルノ・児童買春・児童福祉法・監護者わいせつ・不同意わいせつ・強制わいせつ・青少年条例・不正アクセス禁止法・わいせつ電磁的記録弁護人 奥村徹弁護士の見解(弁護士直通050-5861-8888 sodanokumurabengoshi@gmail.com)

性犯罪・福祉犯(監護者わいせつ罪・強制わいせつ罪・児童ポルノ・児童買春・青少年条例・児童福祉法)の被疑者(犯人側)の弁護を担当しています。専門家向けの情報を発信しています。

宇田川寛史「電車内での強制わいせつ事件について、PTSDを傷害として認定し、強制わいせつ致傷に訴因変更した事例」捜査研究 第604号

 DSMⅣ ICD10thの基準でPTSDを認定して、「致傷」
 強姦とか強制わいせつの判決を見ていると、量刑理由でかならず被害者の精神的影響に言及されていて、程度の差はあれ相当なダメージを受けている。
 その中で、程度の著しいものを、程度の差で強制わいせつ・致傷なし(六月以上十年以下の懲役)を致傷あり(無期又は三年以上の懲役)に引き上げてしまうというか引き上げられているということです。
 刑法理論としての議論は学者に任せるとして、実務家としては、そうなると、すべての性犯罪について、致傷に訴因変更されるおそれを覚悟しないとだめですね。
 痴漢一回で無期懲役ですからね。

2 裁判例
奈良地判H13.4.5
富山地判H13.4.19
山口地判H13.5.30

3 以上より、PTSDも傷害罪等における「傷害」に当たり得ると解されたが、本件において、PTSDを傷害として認定し訴因変更するには、PTSDによる傷害罪の成立を否定した福岡高判平成一二年五月九日に留意する必要があった。
・・・
確かに、同判決の指摘するように、犯罪被害者は、犯罪被害を受けることにより、多かれ少なかれ心理的ストレスを被ることがあり得、殊に致傷罪の設けられている強盗、強姦、強制わいせつ等の被害者の場合には心理的ストレスを受けることが通常ということもできるから、PTSDと認定されるか否かの差は、生理的機能障害の程度の差に帰着すると言わざるを得ないと思われる。

第176条(強制わいせつ)
十三歳以上の男女に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、六月以上十年以下の懲役に処する。十三歳未満の男女に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。

第181条(強制わいせつ等致死傷)
第百七十六条若しくは第百七十八条第一項の罪又はこれらの罪の未遂罪を犯し、よって人を死傷させた者は、無期又は三年以上の懲役に処する。


参考文献

甲斐行夫「心的外傷後ストレス症候群(PTSD)による傷害罪の成立が否定された事例」研修 第639号
(2) まず,奈良地判平成13年4月5日(公刊物末登載)は,被告人が,被害者に精神的不安感を与え,不眠状態に陥れるなどしようと企て,約半年間にわたり,数百回にわたり,深夜から早朝にかけて無言電話をかけ,被害者に著しい精神的不安感を与え,かつ強度の不眠状態に陥れるなどして,被害者の心身を極度に疲労させ,約1年間の加療を要する外傷後ストレス障害等の傷害を負わせたという事案について,傷害罪の成立を認めた。
(3) 次に,富山地判平成13年4月19日(公刊物未登載)は,被告人が無言電話や脅迫電話を繰り返しかけることにより,被害者が恐怖や不安を感じて普段どおりの精神状態ではいられなくなり,通常の日常生活を送ることができない状態になるかもしれないことを認識しつつ,約3年半にわたり,ほぼ連日被害者方等に脅迫電話等をかけ,被害者に重大な精神的ストレスを与え,外傷性ストレス障害の傷害を負わせたという事案において,傷害罪の成立を認めた。
(4) さらに,山口地判平成13年5月30日(控訴,佐藤弘規「実務刑事判例評釈」警察公論第56巻8号59頁)は、被告人が,乗用車内で被害者の陰部を手指で弄ぶという強制わいせつ行為をしたが,当該行為に起因する重大な精神的ストレスにより,被害者に入院加療約37日間を要する心的外傷後ストレス障害の傷害を負わせたとの事案で,強制わいせつ致傷罪の成立を認めた

福岡高等裁判所平成12年5月9日
判例タイムズ1056号277頁
判例時報1728号159頁
研修639号29頁
現代刑事法4巻7号67頁
ジュリスト臨時増刊1202号152頁
同志社法学54巻1号292頁
法学教室258号31頁
4 また、傷害罪における傷害とは、一般に人の身体の生理的機能に障害を与えること、ないしは、人の健康状態を不良に変更することを指すと解するのを相当とするところ、人の精神的機能に障害を与える場合も右にいう人の生理的機能に障害を与える場合に含まれ、傷害罪にいう傷害に該当するというべきてあるが、本件については、治療措置といえるほどのものは採られておらず、経過観察の措置も採られていない上、症状の程度を明確にするに足りる証拠も乏しいことを考慮すると、傷害罪の傷害に当たるといえるかどうかについても全く疑問の余地がないとはいえない(なお、DSM−Ⅳの診断基準に掲げられている精神障害に該当しないからといって、それだけで刑法上の傷害に当たらないとはいえないと解される。。のみならず、このような心理的ストレス状態は、有形力の行使や細菌感染などの物理的、化学的原囚、過程により直接生じたものではなく、犯罪の被害を受けたことによる恐怖等を伴う体験を、被害者自身が想起し直すという心理的原因、過程によりいわば 間接的、派生的、二次的に生じたものであり、有形力の行使(暴行)等から直接生じた被害とは異なるという点において、暴行の被害を受けた場合に限られるものではなく、恐怖という体験を伴う種々の犯罪の被害者となった者が共通してしばしば被る症状であることに留思すべきところ、深夜窃盗に入られ犯人の姿を見て恐怖を感じた場合にも、強盗や強姦等の恐怖を伴う被害に遭った場合にも、殺してやると脅迫され恐怖を抱いた場合にも、人それぞれに精神的ショックを被り、その心怖や衝撃的な場面を思い返すことによって心理的なストレスが増幅され、ある程度の期間にわたって不安定な状態が続くということはよくあることであって、このような恐怖等を伴う多くの犯罪の被害者が程度の差はあれそれなりの心理的なストレス状態を生ずることは、むしろ通例というべきであろう(だからこそ、このような心理的なストレスを生じることが予想される犯罪については、それ相応の刑罰を科しているとすらいえるであろう。)。確かに、例えば、直接的、積極的に被害者を心理的なストレス状態やノイローゼ状態に陥らせることを意図し、脅迫や恐怖体験を与える行為を繰り返すなどして、殊更に被害者にそのような症状を生じさせた場合は、それが比較的軽度のものでも、それが身体の生理的機能の障害に該当し傷害罪を構成する場合があることは明らかであるし、他方、致傷罪の定めのある場合でも、恐怖感を伴う体験や精神的ショックを受けた者が、その状況を思い返すことにより例えばノイローゼ状態になるような相当程度の精神的障害を呈するような場合においては、致傷罪を構成することになるのも見やすいところであるが、本件のように、ある程度のストレス状態になること、すなわち、憤りや強い被害感情、恐怖心等から興奮しやすい状態、不眠状態、心理的に不安定な状態になるといった程度にとどまりあるいはそれにとどまる疑いが残る場合には、仮にそれが厳密には傷害の概念それ自体に当てはまる程度のものといえる場合においても、それはそれぞれの犯罪の本来の構成要件自体にそのような結果がある程度予想されていて、それがいわばその中に織り込み済みになっていると解する余地があり、致傷罪の定めのない窃盗、脅迫罪等の場合にそれが情状として量刑上考慮されるのは当然であるが、これと同様に、致傷罪の定めのある罪の場合や暴行罪(傷害罪には暴行致傷としての傷害が含まれる。)の場合にも、心理的なストレス状態については、その程度に照らして 致傷罪を構成せず、したがって、暴行罪の場合にも、同様にその情状として量刑上考慮するのを相当とする場合があると考えられる。殊に、致傷罪の設けられている強盗、強姦、強制わいせつ等の被害者の場合には、傷害を受けたことにより多かれ少なかれ心理的ストレス状態を生ずるのがむしろ通常といえるのであって、これを生じない場合の方が稀であるといえる以上、通常予想されるようなストレス状態をすべて致傷に当たるとすれば、これらの罪のほとんどないしはかなりの場合がその致傷罪を構成することになり、これを構成しない場合がむしろ稀になるということにもなりかねないと思われるが、そのような結果になることは、我か国の刑法の体系が予想しているところとは必ずしも思われないことからして、相当でないと考えられる。

判例コンメンタール刑法第2巻P316(強姦致死傷・強制わいせつ致死傷)
(2)軽微な傷害
他方、医学上の創傷であっても、日常生活において看過される程度の軽微な損傷は含まれない
・2日間で自然治癒
・外陰部裂傷全治4、5日間、被害者気づかず
・全治2日間のひっかき傷、痛み、治療なし
・治療不要の全治3日間の陰部擦過傷
・全治3日間の擦過傷
・自然治癒した腎部の表皮剥脱

判例コンメンタール刑法第2巻P319(強姦致死傷・強制わいせつ致死傷)
(3)被害者の自殺
PTSD など心理的な影響を致傷と捉えれば、強姦、わいせつ被害を唯一の原因として自殺した場合や、被害時の暴行脅迫等により自殺念慮を伴う高度の精神障害を起こし、自殺したような痛ましい事案において、因果関係が認められる可能性も皆無ではあるまい。

 被害者が自殺したら、致死罪もありうるということ。